説明

液中放電加工用圧粉体電極及びその製造方法並びにその電極を用いた硬質皮膜形成方法

【課題】 液中放電加工による皮膜を効率良く厚膜化でき、過酷な使用環境にも適用しうる耐摩耗性皮膜を低コストで実現可能な液中放電加工用圧粉体電極及びその製造方法並びにその電極を用いた硬質皮膜形成方法を提供する。
【解決手段】 被処理表面に臨み隣接配置される第1部分(11)と第2部分(12)とを有し、前記第1部分は、有機液体と反応し炭化物を生成可能な炭化物生成金属と、被処理金属部材と融合し易いバインダー金属とが均一に混在しており、前記第2部分は、前記バインダー金属のみからなる圧粉体電極(10)を構成した。そして、前記圧粉体電極を、有機液体中に浸漬された金属部材の被処理表面に近接させ液中放電させながら回転させて、前記第1部分と前記第2部分とが前記被処理表面に対して交互に臨むようにし、炭化物を含む構成成分の移着と、炭化物を含まないバインダー金属の移着とが、交互に行なわれるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液中放電加工により耐摩耗性や耐熱性に優れた皮膜を形成するための圧粉体電極、及び前記圧粉体電極の製造方法、並びに前記圧粉体電極を用いた硬質皮膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アルミ材など、軽量で加工性に優れた金属材料に、耐摩耗性や耐熱性等を付与するために、被処理表面に液中放電加工により硬質皮膜を形成する方法が提案されている。これは、放電に伴い溶出した電極材を被処理表面に堆積させて硬質皮膜を形成する方法であり、従来の放電による除去加工と区別するために放電堆積加工と呼ぶ場合もある。例えば特許文献1、2には、皮膜形成に必要な金属粉末などを均一に混合してから圧縮成型して圧粉体電極を構成し、この圧粉体電極を鉱物油等の有機液体中で被処理表面と対峙させてパルス放電させることにより、電極材と電極材の炭化物をアルミ材表面に移着させて、高硬度の炭化物を含有する耐摩耗性皮膜を形成する方法が記載されている。
【0003】
アルミニウムからなる母材に対して、通常の肉盛り溶接であれば、アルミ線材を用いて容易に肉盛り層を形成できる。しかし放電加工による皮膜形成ではアルミニウム粉末を成型した圧粉体電極を用いても皮膜は殆ど形成されない。その理由は、アルミニウムは融点が低いため、たとえ移着したとしても加工液の爆発により除去されてしまうからである。つまり除去される量と堆積される量がほぼ同じになってしまう。一方、チタンだけを圧粉体電極に用いても皮膜はほとんど形成されない。その理由は、加工液から分解され炭素と化合した炭化チタンは、アルミニウムと反応や合金化できず、移着できないからである。
【0004】
チタン粉末とアルミニウム粉末を混合した圧粉体電極を用い、アルミニウム母材へ放電を行う際、パルス放電により圧粉体電極側(陰極点)では、瞬間的にチタンとアルミニウムが共に溶解される。溶解されたチタンとアルミニウムは発熱反応を起こしながら一個の大きな粒子として母材表面に移動する。移動中に粒子の外側では、加工液から分解した炭素とチタンが反応して炭化チタンを生成する。その結果、粒子の外側では炭化チタンの割合が高く、内側は反応しなかったチタンとアルミの割合が高い粒子となって母材面に到着する。粒子内側のチタンは、発熱反応を起こして高温の活性化状態を維持しているため、放電により溶解した表面のアルミ材と反応してチタン-アルミ化合物もしくはチタン-アルミ合金を生成し、母材表面と強固に密着した皮膜を形成する。この密着力により粒子外側の炭化チタンも移着可能となり、アルミ材表面に炭化チタン、チタン-アルミ化合物、チタン-アルミ合金が密着した皮膜を形成する。
【0005】
次のパルス放電では、電極から移動してくる粒子の組成が同じでも、移着する側の表面から溶解するチタンの割合が増加するので、反応して形成される皮膜のチタン-アルミ化合物、チタン-アルミ合金の割合は増加する。さらに表面から溶解したチタンの一部は、加工液から分解した炭素と化合して炭化チタンとなって皮膜を形成するので、結果として炭化チタンの割合も増加する。このようなパルス放電を繰り返して皮膜が積層されるので、厚くなるほど表面の炭化チタンの割合が増加した皮膜となる。
【0006】
上記パルス放電は、1回のパルス時間を長くした方が圧粉体電極からの溶出量が増加する。そこで放電加工を利用した皮膜形成ではパルス放電時間を長くして皮膜を形成する。また、パルス放電時間が長い方が1回のパルスあたりの加熱時間が長くなるため、チタンの炭化率が高くなり、耐摩耗性に優れた高硬度の皮膜を得られる。この皮膜の硬さは、Al母材表面との界面付近で160HVであり、最表面では950HVに達する。
【0007】
しかし、パルス放電時間を長くすると、電極の溶出量の増加により放電初期の移着率は高くなるが、炭化チタン生成量の増加に伴い皮膜表層部における炭化チタンの割合が一気に高まり、放電により溶出した電極材の移着率が下がるうえ、放電自体が発生し難くなるため、長時間処理を施しても殆ど膜厚が増加せず、厚膜化が困難であることが実験により確認された。前述したように炭化チタンは、全く反応性を有さないので、皮膜の表面が炭化チタンで覆われてしまうと、それ以上の堆積は困難になる。逆にパルス放電時間を短くすると、炭化チタンの生成量は減少するが、当然ながら移着率が低下する。
【0008】
液中放電加工による皮膜の耐摩耗性に着目し、内燃機関のバルブシートの代替皮膜に利用することが検討されている。しかし、高温下で摺動を繰返すバルブシートの代替皮膜に適用する場合、耐摩耗性が良好であっても、膜厚が不足することにより、皮膜下のアルミ母材が過熱され、バルブ反力に耐えられなくなる程の強度低下を起こし、シート面形状を維持できなくなる問題があり、バルブシートのような過酷な使用環境に実施する上での障害となっていた。
【0009】
【特許文献1】特許第3832719号公報
【特許文献2】特開平7−197275号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はこのような実状に鑑みてなされたものであって、その目的は、液中放電加工による皮膜を効率良く厚膜化でき、過酷な使用環境にも適用しうる耐摩耗性皮膜を低コストで実現可能な液中放電加工用圧粉体電極及びその製造方法並びにその電極を用いた硬質皮膜形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明に係わる液中放電加工用圧粉体電極は、有機液体中に浸漬された被処理金属部材の被処理表面に近接して配置され、前記被処理金属部材との間に所定の電圧を印加することにより、前記被処理表面に対して液中放電させ、自体の構成成分およびその炭化物を前記被処理表面に移着させて硬質皮膜を形成するのに用いられる圧粉体電極であって、前記被処理表面に臨み隣接配置される第1部分と第2部分とを有し、前記第1部分は、前記有機液体と反応し炭化物を生成可能な炭化物生成金属と、前記被処理金属部材と融合し易いバインダー金属とが均一に混在しており、前記第2部分は、前記バインダー金属のみからなる。
【0012】
本発明において、前記炭化物生成金属がチタン、ニオブ、バナジウム、マンガン、ジルコニウム、モリブデン、ハフニウム、ニッケル、クロム、タングステン、鉄のうちのいずれか1つまたは複数の混合物であり、前記バインダー金属がアルミニウム、銅のいずれかまたはそれらの混合物であることが好適である。
【0013】
また本発明は、前記圧粉体電極の製造方法において、前記圧粉体電極を圧縮成形する金型内に仕切部材を配置し、前記金型内に第1容積部と第2容積部とを画成した状態で、前記第1容積部に炭化物生成金属とバインダー金属との混合粉末を、前記第2容積部にバインダー金属の粉末を、それぞれ注入した後、前記仕切部材を除去して圧縮成形するようにした。
【0014】
そして、前記圧粉体電極を用いた硬質皮膜形成方法として、前記圧粉体電極の前記第1部分と前記第2部分とを、有機液体中に浸漬された金属部材の被処理表面に近接させ、前記圧粉体電極と前記金属部材との間に所定の電圧を印加することにより、前記被処理表面に対して液中放電させながら、前記圧粉体電極を回転させて、前記第1部分と前記第2部分とが前記被処理表面に対して交互に臨むようにし、炭化物を含む構成成分の移着と、炭化物を含まないバインダー金属の移着とを、交互に行なうようにした。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係わる液中放電加工用圧粉体電極は、上記のように構成されているので、前記圧粉体電極を回転させ、炭化物生成金属とバインダー金属とが混在した第1部分と、バインダー金属のみからなる第2部分との位置を交互に移動させて放電加工を行うことにより、前記第1部分によって形成された炭化物含有層の表面側に、前記第2部分によって形成されたバインダー金属層を積層することで、良好な放電と電極材の溶出が維持され、更に前記第1部分による炭化物含有層を積層できる。すなわち、皮膜の積層を困難にする皮膜表面の炭化物の割合を抑制しながら皮膜を積層形成できるため、均一に混合された圧粉体電極で皮膜形成する場合よりも厚膜化が可能となる。
【0016】
しかも、炭化物生成金属とバインダー金属とが混在した第1部分と、バインダー金属のみからなる第2部分とが、1つの電極を構成しているため、これら第1、第2部分に共通の電圧波形で連続的(一定の周期で断続的なパルス電流)に印加され、第1部分による放電加工と第2部分による放電加工とが、共通の電極の異なる部分で同時に進行し炭化物生成金属と皮膜表面の反応を継続でき、別に用意した2本の電極で交互に放電させる場合に発生するような、皮膜の排除率が高い初期パルス放電を回避でき、皮膜を効率良く積層し厚膜化が図れる。
【0017】
前記第1部分に炭化物を生成しやすい金属を用いることにより、炭素との合金ではなく、高硬度の炭化物を皮膜中に分散でき、炭化物生成金属と皮膜表面の反応による積層を可能とする。また皮膜に含まれる炭化物およびアルミニウム、銅は、いずれも熱伝導に優れるため、本発明に係わる皮膜を内燃機関のバルブシートに適用した場合は、バルブからの排熱効率を促進できる利点がある。
【0018】
また本発明に係わる圧粉体電極の製造方法は、前記圧粉体電極を圧縮成形する金型内に仕切部材を配置し、該金型内に、前記第1部分に対応した第1容積部と、前記第2部分に対応した第2容積部とを画成した状態で、前記第1容積部に炭化物生成金属とバインダー金属との混合粉末を、前記第2容積部にバインダー金属の粉末を、それぞれ注入した後、前記仕切部材を除去して圧縮成形するようにしたので、成分の異なる第1部分と第2部分とを圧縮成形時に一体に結合させることができ、全体が均一な成分からなる電極を製造する場合に比較した工程の増加が最小限で済み、前記圧粉体電極を低コストで製造可能である。
【0019】
さらに本発明に係わる皮膜形成方法は、前記圧粉体電極の前記第1部分と前記第2部分とを、有機液体中に浸漬された被処理金属部材の被処理表面に近接させ、前記圧粉体電極と前記被処理金属部材との間に所定の電圧を印加することにより、前記被処理表面に対して液中放電させながら、前記圧粉体電極を回転させて、前記第1部分と前記第2部分とが前記被処理表面に対して交互に臨むようにし、炭化物を含む構成成分の移着と、炭化物を含まないバインダー金属の移着とが、交互に行なわれるようにするので、前記圧粉体電極を回転させる簡単な操作により、良好な放電と電極材の溶出を維持しながら皮膜を積層形成でき、均一に混合された圧粉体電極で皮膜形成する場合よりも厚膜化が可能となり、耐摩耗性および耐熱性に優れた皮膜を低コストで実現できる。
【0020】
特に、耐摩耗性皮膜を必要とする被処理表面が回転体形状面である場合は多く存在し、そのような被処理表面に対して前記圧粉体電極の連続回転により効率良く皮膜を形成でき、例えば、内燃機関のバルブシートのような高温摺動部の被覆に実施することにより、アルミ母材の過熱を防止し、高温によるアルミ母材の強度低下を防止することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について、内燃機関におけるシリンダーヘッドのバルブシート部に硬質皮膜を形成する場合を例に取り、図面と共に詳細に説明する。
【0022】
図1は、本発明方法を実施する放電加工装置1の概略を示しており、図において、放電加工装置1は、圧粉体電極10、該圧粉体電極10を保持する可動部2、該可動部2を駆動するための駆動部3(サーボヘッド)、加工液40を貯留する加工液槽4、電源装置5、および図示しない制御装置から主に構成されている。
【0023】
可動部2は、圧粉体電極10を保持可能なチャックを備え、駆動部3により駆動回転されるとともに、回転軸方向に進退可能に設けられている。また、駆動部3と加工液槽4とは、図示しない支持機構により、水平面内で直交する二軸方向に相対的に移動可能または位置決め可能に支持され、加工液槽4内に配置されている被加工物20の任意の部位に圧粉体電極10の先端を位置決め可能に構成されている。
【0024】
圧粉体電極10は、可動部2を介して電源装置5の陰極に電気的に接続されている。一方、被加工物20は、加工液槽4内に導電性の支持体6、7(治具)を介して支持され、電源装置5の陽極との導通が確保されており、これにより、加工液40に浸漬された圧粉体電極10と被加工物20との間に、電源装置5により所定の電圧を間欠的に印加してパルス放電を行うことができる。
【0025】
実施形態では被加工物20がシリンダーヘッドであり、被加工部位21がバルブシート部であって、図1では模式的に示されているが、通常、バルブシート部は、シリンダーヘッド下面に画成された燃焼室に傾斜して開口された吸排気ポートの周囲にリング状に形成されている。このため、支持体6、7は、バルブシート部(21)が水平に配置され、かつ圧粉体電極10の回転軸と同軸に配置されるように、シリンダーヘッド(20)を所定の角度(または任意の角度)で傾斜させて支持可能に構成されている。なお、被加工部位21を傾斜させる代わりに、圧粉体電極10〜駆動部3を傾斜可能としても良い。
【0026】
図2は、バルブシート部(21)と、該バルブシート部に対向し軸心を一致させて近接配置された圧粉体電極10を示す模式図である。図2において、圧粉体電極10は、中心軸50に対して45度傾斜した内円錐面をなすバルブシート部(21)に対応した切頭円錐形状をなし、かつ、その中央部に軸方向孔13を有する円筒状をなしている。
【0027】
圧粉体電極10は、金属粉を圧縮成形した圧粉体で形成されている。圧粉体は、空孔率が高く、強度および熱伝導率が低く抑えられるため、放電により電極材が溶出し易い。液中放電加工は、被加工物が除去される以上に電極材の移着量を増加させ、被加工物の表面に皮膜を形成する技術である。また、後述する成形時に皮膜形成に必要な元素を任意の割合で混合できる利点がある。
【0028】
図2に示す実施形態の圧粉体電極10は、中心軸50を含む分割面(50)を中心に、相互に組成の異なる第1部分11と第2部分12とを有している。図中右半分を構成する第1部分11は、鉱物油等の有機液体からなる加工液40と反応し、炭化物を生成可能な炭化物生成金属と、バルブシート部(21)の母材と融合し易いバインダー金属とが混在した混合部分であり、皮膜形成を行なう主力となる部分である。また、図中左半分を構成する第2部分12は、バルブシート部(21)の母材と融合し易いバインダー金属のみから構成された結合力回復部分である。
【0029】
実施形態の圧粉体電極10では、炭化物生成金属としてチタンを用いる一方、この炭化物生成金属と発熱反応により化合物を生成し、かつ、シリンダーヘッド(20)の主成分であるアルミ材と容易に合金化するバインダー金属としてアルミニウムを用い、これらの金属粉末を圧縮成形して圧粉体を構成している。具体的には、第1部分11に、チタンとアルミニウムをモル比で1:1の割合で混合した金属粉末を使用し、第2部分12にアルミニウム粉末のみを使用して圧粉体電極10を作製する。従って、圧粉体電極10全体でのチタンとアルミニウムの割合はモル比で1:3となる。
【0030】
次に、上記実施形態に基づく作用を説明する。
【0031】
図1に示した放電加工装置1を使用して、上記圧粉体電極10を被加工物20(アルミ材)に近接させた状態で、回転させながらパルス放電させと、図3に模式的に示すように、圧粉体電極10の回転に伴い、被加工面21に、第1部分11(チタン-アルミニウム混合部分)と第2部分12(アルミニウム主体のバインダー金属部分)が交互に臨み、移着率が高い第1部分11との放電により皮膜形成がなされ(30a)、第2部分12との放電により皮膜表層部におけるアルミニウムの割合を回復させ(30b)、移動粒子中のチタンとの反応を継続して行えるようになる(30c)。
【0032】
また、圧粉体電極10は、第1部分11と第2部分12とが一体となって1本の電極を構成しているため、上記第1部分11と第2部分12とが交互に移動しながらも、連続的なパルス放電が可能であり、皮膜の排除率が高い初期パルスの発生が抑制され、移着率および堆積速度の向上が可能となる。
【0033】
次に、本発明に係わる圧粉体電極の製造方法および放電加工の実施例について述べる。
【0034】
(実施例1)
圧粉体電極10の第1部分11(混合部分)用に、チタン50モル%、アルミニウム40モル%、ニオブ5モル%、バナジウム3モル%、マンガン2モル%からなる混合粉末を用意し、第2部分12(バインダー金属部分)用に、アルミニウム75重量%、シリコン15重量%、銅10重量%からなるアルミ合金粉末を用意する。次いで、金型内に仕切部材(仕切板)を配置して、上記第1部分11に対応した第1容積部と、上記第2部分12に対応した第2容積部とを画成し、第1容積部に上記混合粉末を、第2容積部に上記アルミ合金粉末を、それぞれ注入した後、仕切部材を除去して圧縮成形することにより、図2に示したような第1部分11と第2部分12とを有する圧粉体電極を得た。
【0035】
作製した圧粉体電極を図1に示す放電加工装置1に取り付け、シリンダーヘッドの素材にはAC4Bを使用し、直径26mmのバルブシートに対して、有機加工液(日石三菱製EDF-K)中でピーク電流17A、パルス時間256μsec、休止時間1024μsecにてパルス放電を行いながら、圧粉体電極を30rpmで回転させることにより皮膜を形成した。得られた皮膜は膜厚が150μmに達し、従来は4分間(それ以上でも変化せず)の放電で70μmであった膜厚が、ほぼ2倍に厚膜化された。
【0036】
(実施例2)
圧粉体電極10の第1部分11(混合部分)用に、チタン40モル%、銅40モル%、ホウ化チタン15モル%、ニオブ5モル%からなる混合粉末を用意し、第2部分12(バインダー金属部分)用に、銅95重量%、亜鉛3重量%、アルミニウム2重量%からなる銅合金粉末を用意する。次いで、実施例1と同様に金型内に仕切部材(仕切板)を配置して、混合粉末、銅合金粉末をそれぞれ注入した後、仕切部材を除去して圧縮成形することにより圧粉体電極を得た。
【0037】
作製した圧粉体電極を図1に示す放電加工装置1に取り付け、実施例1と同じ有機加工液中で、同条件のバルブシートに対して、ピーク電流21A、パルス時間512μsec、休止時間1024μsecにてパルス放電を行いながら、圧粉体電極を30rpmで回転させることにより皮膜を形成した。得られた皮膜は、従来は4分間の放電で50μmであった膜厚が、90μmに厚膜化された。
【0038】
次に、実施例1の圧粉体電極(分割電極)を用いて、30rpmで回転させながら液中放電加工を行ない、処理時間と膜厚の関係を調べる実験を行なった。また、比較例として、(1)チタンとアルミニウムをモル比1:1の割合で均一に混合して同形状に作成した圧粉体電極(1:1混合電極)と、(2)全体的な混合比率が本発明実施形態と等しくなるように、チタンとアルミニウムをモル比1:3の割合で均一に混合して同形状に作成した圧粉体電極(1:3混合電極)を作成し、上記同様に30rpmで回転させながら液中放電加工を行ない、処理時間と膜厚の関係を求めた。
【0039】
図4に示されるように、放電開始から2分程度では、比較例1の1:1混合電極の皮膜が最も厚く、移着率が良好であるが、それ以後は移着率が低下し、放電を継続しても皮膜の厚さは増加しなかった。一方、本発明実施形態の分割電極では、放電開始直後は比較例1にやや劣るものの、処理の継続とともに皮膜の厚さが確実に増加し、比較例1の1:1混合電極よりも厚い皮膜が得られた。
【0040】
また、比較例1と比較例2との関係から、アルミニウムの混合量を増加しても放電初期の堆積速度は高くならず、また放電が困難となった最終的な膜厚も、チタンとアルミニウムを1:1に混合した場合よりも薄くなるという結果を得た。理由としては、電極から溶出する粒子中のチタンの割合が少なく、その殆どが移動中に炭化チタンになってしまい、母材表面に到着した時には、アルミ材との反応の駆動力となる未反応のチタンが殆ど存在しなくなったことが考えられる。
【0041】
以上述べたように、本発明に係わる圧粉体電極を用いた皮膜形成方法によれば、皮膜の積層を困難にする皮膜表面の炭化物の割合を抑制しながら皮膜を積層形成できるため、均一に混合した圧粉体電極で皮膜形成する場合に比べて厚膜化が可能となる。放電初期の堆積速度こそ、チタンとアルミニウムを1:1に混合した圧粉体電極よりも少し低くなるが、放電の継続による移着率の低下が抑えられ、表面が炭化チタンに覆われて放電が困難となった最終的な膜厚においては、従来の混合電極より厚い皮膜を形成できる。
【0042】
本発明の皮膜形成方法を、シリンダーヘッドのバルブシート部に適用した場合、良好な熱伝導率を維持した状態で、耐摩耗性皮膜の膜厚を増加させることができるため、母材の過熱による強度低下を防ぐことができる。図5は、母材内部における熱源からの距離と温度との一般的な関係を示すものであり、温度t2が母材に強度低下を生じる臨界温度とすると、膜厚がd1である場合には、皮膜と母材との界面下に臨界温度t2以上の高温部t1が生じ、この部分の強度低下により皮膜が破損する虞があるが、膜厚がd2である場合には、臨界温度t2以上の高温部は生じず、母材の過熱による強度低下を防止でき、皮膜を維持できることになる。すなわち、膜厚の増加は、皮膜自体の強度向上だけでなく、母材の過熱による強度低下に起因した皮膜への過大な負荷を防止する点で有意義である。
【0043】
なお、上記実施形態においては、圧粉体電極10の第1部分11が、炭化物生成金属であるチタンと、バインダー金属であるアルミニウム合金とで構成され、第2部分12が、バインダー金属であるアルミニウム合金で構成されている場合を示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、下記の成分でも同様の効果を得ることができる。即ち、
(1)炭化物生成金属として、チタン以外に、ニオブ、バナジウム、マンガン、ジルコニウム、モリブデン、ハフニウム、ニッケル、クロム、タングステン、鉄のいずれか、またはその混合物を用いることができ、
(2)バインダー金属として、アルミニウム以外に、銅、またはそれらの混合物を用いることができる。
【0044】
また、圧粉体電極10の第1部分11における、炭化物生成金属とバインダー金属の混合比は、1:1以外であっても良い。さらに、圧粉体電極10における第1部分11と第2部分12の構成比は、1:1以外でも良く、分割線、分割面も必要に応じて変更可能である。また、第1部分11および/または第2部分12が、圧粉体電極10の回転方向に複数配置されていても良い。さらに、圧粉体電極10の外形状は被加工表面の形状に応じて、任意の回転体形状とすることができる。
【0045】
上記実施形態においては、本発明方法をシリンダーヘッドのバルブシート代替皮膜に実施する場合を示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、シリンダーブロックの鋳鉄スリーブの代替皮膜など、耐摩耗性または耐熱性が要求される各種皮膜に実施可能であり、部分処理によるマスキングが不要であるため、工業化に有利である。
【0046】
以上、本発明のいくつかの実施形態について述べたが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づいて各種の変形および変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明方法を実施する放電加工装置の概略を示す図である。
【図2】本発明実施形態の圧粉体電極による放電加工を示す概略断面図である。
【図3】本発明実施形態の圧粉体電極による放電加工を示す模式的な断面図である。
【図4】放電加工における処理時間と膜厚の関係を示すグラフである。
【図5】母材内部における熱源からの距離と温度の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0048】
1 放電加工装置
2 可動部
3 駆動部
4 加工液槽
5 電源装置
6,7 支持体(治具)
2b 電気加熱触媒
2c 給電手段
10 圧粉体電極
11 第1部分(混合部分)
12 第2部分(バインダー金属部分)
20 被加工物(シリンダーヘッド)
21 被加工表面(バルブシート部)
30,30a,30b,30c 皮膜
40 加工液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機液体中に浸漬された被処理金属部材の被処理表面に近接して配置され、前記被処理金属部材との間に所定の電圧を印加することにより、前記被処理表面に対して液中放電させ、自体の構成成分およびその炭化物を前記被処理表面に移着させて硬質皮膜を形成するのに用いられる圧粉体電極であって、
前記被処理表面に臨み隣接配置される第1部分と第2部分とを有し、前記第1部分は、前記有機液体と反応し炭化物を生成可能な炭化物生成金属と、前記被処理金属部材と融合し易いバインダー金属とが均一に混在しており、前記第2部分は、前記バインダー金属のみからなることを特徴とする液中放電加工用圧粉体電極。
【請求項2】
前記炭化物生成金属がチタン、ニオブ、バナジウム、マンガン、ジルコニウム、モリブデン、ハフニウム、ニッケル、クロム、タングステン、鉄のうちのいずれか1つまたは複数の混合物であり、前記バインダー金属がアルミニウム、銅のいずれかまたはそれらの混合物であることを特徴とする請求項1に記載の液中放電加工用圧粉体電極。
【請求項3】
請求項1または2に記載された圧粉体電極の製造方法において、前記圧粉体電極を圧縮成形する金型内に仕切部材を配置し、該金型内に、前記第1部分に対応した第1容積部と、前記第2部分に対応した第2容積部とを画成した状態で、前記第1容積部に炭化物生成金属とバインダー金属との混合粉末を、前記第2容積部にバインダー金属の粉末を、それぞれ注入した後、前記仕切部材を除去して圧縮成形することを特徴とする液中放電加工用圧粉体電極の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載された圧粉体電極を用いた硬質皮膜形成方法であって、前記圧粉体電極の前記第1部分と前記第2部分とを、有機液体中に浸漬された被処理金属部材の被処理表面に近接させ、前記圧粉体電極と前記被処理金属部材との間に所定の電圧を印加することにより、前記被処理表面に対して液中放電させながら、前記圧粉体電極を回転させて、前記第1部分と前記第2部分とが前記被処理表面に対して交互に臨むようにし、炭化物を含む構成成分の移着と、炭化物を含まないバインダー金属の移着とが、交互に行なわれるようにすることを特徴とする硬質皮膜形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−144223(P2008−144223A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−331924(P2006−331924)
【出願日】平成18年12月8日(2006.12.8)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】