説明

液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)を使用した農薬の分析方法

【課題】試験液の調製工程を共通化することにより個別に分析していた農薬を一括して分析できる農薬の分析方法を提供すること。
【解決手段】試料に加水して限外ろ過を行い得た試験液を、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)により測定することを特長とする農薬の分析方法である。また、農薬が、ジクワット、ダミノジット、アミトロール又はクロルメコートであることを特徴とする農薬の分析方法である。分析できる試料は特に限定されないが、例えば、小麦、小麦粉、ライ麦、コーン、そば、米等の穀類や穀類調製品や果実類、野菜類等を挙げることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)を使用した農薬の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
残留農薬を効率的に分析するためには、複数の農薬を一括して分析できることが好ましい。
厚生省生活衛生局では、衛化第43号(平成9年4月8日)「残留農薬迅速分析法の利用について」において、多数の農薬を一括して分析する方法(以下「一斉分析法」ともいう。)を告示している。
この分析方法は、誘導体化処理をせずにガスクロマトグラフィー(以下「GC」ともいう。)で分析できる農薬、または高速液体クロマトグラフィ(以下「HPLC」ともいう。)で分析できるN―メチルカーバイト系農薬等に概ね適用することができ、その試験方法は、概略以下のとおりである。
【0003】
試料をアセトン抽出した後、けいそう土カラムで固相抽出し、ゲル浸透クロマトグラフィ(以下「GPC」ともいう。)により精製し、さらに、シリカゲルミニカラムとフロリジルカラムによる精製、又は塩酸処理により精製し、GC又はHPLCで測定する。
【0004】
上記一斉分析法で、分析できない農薬、例えばダミノジット、アミトロール、クロルメコート等の分析方法は厚生労働省のホームページに掲示されている(非特許文献1参照)。
一方、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)を使用した農薬の分析方法が試みられており、ジクワット(非特許文献2参照)、ダミノジット(非特許文献3参照)、アミトコール(非特許文献4参照)等の分析方法が知られている。
【0005】
前記液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)を使用したジクワットの分析方法では1%蟻酸−アセトニトリル又は水−アセトニトリルで標準溶液を調製している。
【0006】
また、前記液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)を使用したダミノジットの分析方法では、果実加工品をC18固相カラムにより精製を行っている。
【0007】
また、前記液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)を使用したアミトロールの分析方法では、水質試料を固相カートリッジに通水し、固相カートリッジに残っている水分を除き、25%アンモニア水/クロロホルム/アセトニトリル(10/9/81)で溶出し精製を行っている。
【0008】
また、前記厚生労働省のホームページに掲示されているクロルメコートの分析方法の概略は水−メタノールによる抽出工程、強酸性陽イオンによる精製工程、フェニルチオ化合物合成反応工程、ガスクロマトグラフィーによる測定である。
【0009】
以上のとおり、これらの農薬を分析する方法では、煩雑な試験液の調製工程や測定する農薬ごとに試験液を調製する必要があり、農薬を一括した工程で測定することができなかった。
また、分析には多量の有機溶媒が必要であった。
【0010】
【非特許文献1】厚生労働省ホームページ、インターネット〈URL:http://www.mhlw.go.jp/index.html〉
【非特許文献2】日本ウォーターズ株式会社ホームページ、インターネット〈URL:http://www.waters.co.jp/〉
【非特許文献3】福岡市保険環境研究所報第28号(平成14年度)、インターネット〈URL:http://www.fch.chuo.fukuoka.jp/h14shoho/131.html〉
【非特許文献1】環境省ホームページ、化学物質環境実態調査におけるLC/MSを用いた化学物質の分析法とその解説、インターネット〈URL:http://www.env.go.jp/chemi/anzen/lcms_method/〉
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、本発明の目的は、試験液の調製工程を共通化することにより個別に分析していた農薬を一括して分析できる農薬の分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、農薬の測定に液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)を使用することにより、従来個別に分析していた農薬の試験液の調製工程を共通化し、効率よく農薬が分析できることを見出し本発明を完成するに至った。
従って、本発明は、試料に加水して限外ろ過を行い得た試験液を、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)により測定することを特長とする農薬の分析方法である。
また、農薬が、ジクワット、ダミノジット、アミトロール又はクロルメコートであることを特徴とする請求項1に記載の農薬の分析方法である。
【発明の効果】
【0013】
農薬の試験液調製工程を共通化したので、一括して農薬の分析ができるようになり、効率的に農薬分析を行うことができる。
また、従来方法に比較して有機溶媒を使用せず環境負荷が少ない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
本発明で農薬分析方法により分析できる試料は特に限定されないが、例えば、小麦、小麦粉、ライ麦、コーン、そば、米等の穀類や穀類調製品や果実類、野菜類等を挙げることができる。
【0016】
試料が大きい場合は粒状又は粉状にしてから加水することが好ましい。例えば、小麦等の穀物粒は粉砕して粒状にしてから加水を行う。
小麦粉等の粉状物であればそのまま加水を行う。
十分な抽出を行うため、振とう抽出が好ましい。
振とう時間は、20分間程度である。
十分な抽出を行うため、加水量は試料に対し質量比で8倍程度である。
本発明において、抽出溶媒は水のみであり、従来の試験方法のように有機溶媒を使用することがない。
【0017】
次に前記加水した試料から固形分を分離する。
直接限外ろ過することもできるが、限外ろ過の前に固形分を除去しておくことが好ましい。
分離方法には、遠心分離やろ過等を使用することができる。
遠心分離機を使用する場合は、3000min−1で10分間程度行う。
また、ろ過にはろ紙や精密ろ過フィルターを使用することができる。
【0018】
次に固形分を分離した前記試料を限外ろ過して試験液を調製する。
限外ろ過には例えば、MILLIPORE社製、Microcon:YM-3、分画分子量3000(商品名)やADVANTEC社製、ULTRA FILTER UNIT:USY−1、分画分子量1万(商品名)等を使用することができる。
前記試験液は、蒸留水で定容することができる。
本発明では、限外ろ過により試験液を調製しているので、従来方法であるC18固相カラムによる精製方法に比較して回収率が向上している。
【0019】
前記試験液を、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)により測定し農薬を分析する。
【0020】
液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)とは、液体クロマトグラフィーで分離した液体中のサンプルをイオン化して、そのうちの1つを前駆イオン(以下「Q1」ともいう。)として選択し、前記Q1を分解してプロダクトイオン(以下「Q3」ともいう。)を検出する方法をいう。
この分析に使用する機器は、市販品を使用することができ、例えば、HLPC装置として横河アナリティカルシステムズ株式会社製 HP1100シリーズ(商品名)、質量分析機としてアプライドバイオシステムズジャパン株式会社製、API2000(商品名)を挙げることができる。
カラムはスペルコ株式会社製 Discovery(商品名)やインタクト株式会社製 Unison UK−Phenyl(商品名)等を測定する農薬によって適宜選択して使用する。
【0021】
前記試験液を5〜10μl程度、HPLCにより分離を行う。
使用するカラムの充填剤としてはシリカゲルをオクタデシル基等で修飾したもの等を挙げることができ、粒径は3〜5μm程度である。
また、カラムの直径は2〜5mm程度であり、長さは150mm程度である。
移動相に使用する溶液は、水とアセトニトリル又はメタノールの混液が使用でき、水は必要に応じて蟻酸等の有機酸を0.1体積%程度含む水溶液であってもよい。
前記溶液のカラムへの流速は0.1〜1.0ml/分程度であり、カラムの温度は0〜50℃程度に保持する。
【0022】
前記HPLCで分離した溶液は順次質量分析部に導入され溶液中の農薬をイオン化する。
イオン化はエレクトロスプレーイオン化法により、プラス又はマイナスにイオン化することができる。
イオン化した液体中のサンプルを選択しQ1とする。
Q1は検出する農薬の質量により適宜設定するが、通常100〜500[m/z]である。
ここで、[m/z]とは質量と電荷の比率である。
【0023】
前記Q1を分解し、Q3として検出し農薬分析を行う。
Q3は目的とする農薬により適宜選択する。
【0024】
前記Q1及びQ3は検出する農薬を希釈して前記液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)で分析して予め求めることができる。
定量分析は、ピーク高さ法、ピーク面積法により行うことができるが精度の点でピーク面積法が好ましい。
【0025】
本発明の方法によれば、従来個別に分析していた農薬をQ1とQ3を適宜選択することにより同一の試験液で測定することができる。
【0026】
本発明の農薬に分析方法により分析できる農薬として、ジクワット、ダミノジット、アミトロール又はクロルメコートを挙げることができる。
【0027】
ジクワットは英国のICI社が開発したジピリジウム系除草剤の1つであり、現在の食品衛生法では基準値として全粒粉を除く小麦粉(0.5ppm)、全粒粉を含む小麦粉(2ppm)小麦ふすま(5ppm)が設定されている農薬である。
【0028】
ダミノジット(商品名:ビーナイン)はノガタック・ケミカル社が開発した植物成長調整剤で、全ての食品から検出されてはならない。
【0029】
アミトロールは非農地用の除草剤で1975年に失効している。
全ての食品から検出されてはならない。
【0030】
クロルメコートは、植物成長調整剤であり、ジベレリンの生合成を阻害することにより、伸長抑制効果を持つといわれており、主に小麦の茎桿の伸長抑制等に用いられる。
【実施例】
【0031】
[実施例1]
[ジクワットの分析]
1.検出限界及び直線性の確認
ジクワットを蒸留水で希釈し、検出限界及び直線性の確認を行った。
液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)の測定条件を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
ジクワットのリテンションタイムは12.2分程度であった。
【0034】
測定結果を表2に示す。
測定はピーク面積法で行った。
【表2】

【0035】
1ppb〜100ppbまでの直線性については問題なかった。
【0036】
2.添加回収試験
検出試料として小麦粉、小麦全粒粉、ライ麦粉を使用した。
試料にジクワットを100ppb添加した処理区を作製し、回収率を算出した。
試料4gを50ml遠心管に採取し、蒸留水40ml添加し、15分間振とう器で振とう抽出後、3000min−1、10分間遠心分離し上清を5Bのろ紙でろ過し、0.45μmのフィルターでろ過後、MILLIPORE社製、Microcon:YM-3、分画分子量3000を使用して限外ろ過し、LC/MS/MS用試験液を得た。
本方法による検液の濃度は0.1g/mlである。
【0037】
前記試験液を、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)により測定した。
測定機器及び測定条件は表1のとおりである。
測定はピーク面積法により行った。
結果を表3に示す。
【0038】
【表3】

【0039】
回収率は70%〜100%の範囲内にあり、分析精度に問題はなかった。
【0040】
[実施例2、比較例1]
[ダミノジットの分析]
1.検出限界及び直線性の確認
ダミノジットを蒸留水で希釈し、検出限界及び直線性の確認を行った。
液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)の測定条件を表4に示す。
【0041】
【表4】

【0042】
ダミノジットのリテンションタイムは29分程度であった。
【0043】
測定結果を表5に示す。
測定はピーク面積法で行った。
【0044】
【表5】

【0045】
1ppb〜100ppbまでの直線性については問題なかった。
サンプル濃度は0.1g/mlである。一部のサンプルから夾雑ピークが確認されたことから、検出限界を5ppb(サンプル換算で0.05ppm)とした。
【0046】
2.添加回収試験
実施例1の添加回収試験において、添加する農薬をジクワットからダミノジットに変更し、表4に示す液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)の測定条件に変更した以外は実施例1と同様にして添加回収試験を行った。
また、比較例1として、C18固相カラムで精製した試験液を実施例2と同様にして添加回収試験を行った。
測定はピーク面積法により行った。
結果を表6に示す。
【0047】
【表6】

【0048】
回収率は70%〜100%の範囲内にあり、分析精度に問題はなかった。
本発明の方法は、C18固相カラムを使用した場合より、回収率がいずれも高かった。
【0049】
[実施例3]
[アミトロールの分析]
1.検出限界及び直線性の確認
アミトロールを蒸留水で希釈し、検出限界及び直線性の確認を行った。
液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)の測定条件を表7に示す。
【0050】
【表7】

【0051】
アミトロールのリテンションタイムは14分程度であった。
【0052】
測定結果を表8に示す。
測定はピーク面積法で行った。
【表8】

【0053】
1ppb〜100ppbまでの直線性について問題なかった。
【0054】
2.添加回収試験
実施例1の添加回収試験において、添加する農薬をジクワットからアミトロールに変更し、検出試料を小麦全粒粉からコーングリッツに変更し、表7に示す液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)の測定条件に変更した以外は実施例1と同様にして添加回収試験を行った。
測定はピーク面積法により行った。
結果を表9に示す。
【0055】
【表9】

【0056】
回収率は70%〜120%の範囲内にあり、分析精度に問題はなかった。
【0057】
[実施例4]
[クロルメコートの分析]
1.検出限界及び直線性の確認
クロルメコートを蒸留水で希釈し、検出限界及び直線性の確認を行った。
液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)の測定条件を表10に示す。
【0058】
【表10】

【0059】
クロルメコートのリテンションタイムは13.4分程度であった。
【0060】
測定結果を表11に示す。
測定はピーク面積法で行った。
【表11】

【0061】
1ppb〜100ppbまでの直線性については問題なかった。サンプル濃度は0.1g/mlであることから、検出限界を10ppbとした。
【0062】
2.添加回収試験
実施例1の添加回収試験において、添加する農薬をジクワットからクロルメコートに変更し、表10に示す液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)の測定条件に変更した以外は実施例1と同様にして添加回収試験を行った。
測定はピーク面積法により行った。
結果を表12に示す。
【0063】
【表12】

【0064】
回収率は70%〜120%の範囲内にあり、分析精度に問題はなかった。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に加水して限外ろ過を行い得た試験液を、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC―MS/MS)により測定することを特長とする農薬の分析方法。
【請求項2】
農薬が、ジクワット、ダミノジット、アミトロール又はクロルメコートであることを特徴とする請求項1に記載の農薬の分析方法。


【公開番号】特開2008−96320(P2008−96320A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−279383(P2006−279383)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【出願人】(000231637)日本製粉株式会社 (144)
【Fターム(参考)】