説明

液体クロマトグラフ分析装置及び液体クロマトグラフ分析方法

【課題】 脂溶性の高い化合物であっても迅速且つ高分離・高感度な分析を行うことのできる液体クロマトグラフ分析装置及び液体クロマトグラフ分析方法を提供する。
【解決手段】 移動相容器11から移動相を送出する送液ポンプ12と、移動相中に分離対象試料を注入するインジェクタ13と、固定相を充填したカラム14によって試料の分離を行う試料分離手段と、カラム14で分離された試料成分を検出する質量分析計21等の検出手段とを備えた液体クロマトグラフ分析装置において、前記移動相として、高い溶出力を有し、水等の極性溶媒との混和性の高いアセトンを使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ分析装置及び液体クロマトグラフ分析方法に関し、特に、逆相系カラムを用いた脂質やポリマー添加物等の比較的脂溶性の高い化合物の分析に好適に利用することのできる液体クロマトグラフ分析装置及び液体クロマトグラフ分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフィーによる試料の分離には、一般的に疎水結合性を利用した逆相分配モードが用いられる。また、カラムから溶出された試料成分の検出には、紫外吸収強度を利用したUV検出器を用いるのが一般的であるため、液体クロマトグラフ分析を行う際の移動相としては、メタノール等のアルコールや、アセトニトリル、水などの吸収波長が短い液体が利用されている。
【0003】
このような逆相分配モードによる液体クロマトグラフ分析において、脂溶性の高い化合物を分析する場合には、分離場であるカラム内に試料成分が強く保持されるため、上記移動相のうち比較的溶出力の高いアセトニトリルを用いても試料成分の溶出が困難な場合がある。このため、従来、このような高脂溶性化合物のクロマトグラフ分析を行う際には、疎水結合性の弱いカラムを利用したり、エタノールやイソプロパノール等のより疎水性の高い移動相を利用したり、移動相のpHを調整したりすることで保持力の低減を図っていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記従来の分析手法のうち、疎水結合性の弱いカラムを用いる方法では、化合物の分離が悪くなる傾向がある。一方、移動相としてエタノールやイソプロパノールを用いた場合には移動相の粘度が高くなるため、移動相送液時に顕著な圧力上昇が認められ、装置に掛かる負担やカラムの劣化速度を助長するなどの決定的な欠点がある。また、これらの疎水性の高い移動相は高極性溶媒との混和性が低いため、水などと混合した際にエマルジョンを形成してしまい、液体クロマトグラフィーに適用できない場合が多い。
【0005】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、脂溶性の高い化合物であっても迅速且つ高分離・高感度な分析を行うことのできる液体クロマトグラフ分析装置及び液体クロマトグラフ分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために成された本発明に係る液体クロマトグラフ分析装置は、移動相を送出する送液手段と、移動相中に分離対象試料を注入するインジェクタと、固定相を充填したカラムによって試料の分離を行う試料分離手段と、カラムで分離された試料成分を検出する検出手段とを備えた液体クロマトグラフ分析装置において、前記移動相としてアセトンを使用することを特徴とする。
【0007】
また、本発明の別の態様に係る液体クロマトグラフ分析方法は、固定相を充填したカラム内を、分析対象試料を介挿させた移動相を通過させることにより該試料中の成分を分離し、分離された試料成分を検出器で検出する液体クロマトグラフ分析方法において、前記移動相としてアセトンを使用することを特徴とする。
【0008】
なお、上記本発明の液体クロマトグラフ分析装置及び液体クロマトグラフ分析方法において使用される検出器の種類は、特に限定されるものではないが、質量分析計、蒸発光散乱検出器、コロナ帯電エアゾル検出器など、化合物の吸光性を利用しない検出器を用いることが望ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の液体クロマトグラフ分析装置及び液体クロマトグラフ分析方法において移動相として用いられるアセトンは、従来から一般的に使用されているアセトニトリル等よりも強い脂溶性を示すため、非常に疎水結合性の高い化合物であっても効率よく分離溶出することができる。また、アルコール系移動相よりも粘度が低いため、カラムに掛かる負荷を抑えることができる。更に、脂溶性化合物だけでなく水のような高極性溶媒とも極めて混和性が高く、水とアセトンの比率傾斜(グラジエント)溶出法が利用できるため、分離性能を損なうことなく広範囲に亘る化合物の分析に適用できる。また、水溶性であるため、様々な添加物を用いる分析においても使用可能である。
【0010】
また、溶出力の高いアセトンを移動相に用いることで、分析配管内の汚染を大きく低減させることができ、更に、極性溶媒を必須とする大気圧イオン化法を用いる質量分析計を検出器として使用する場合でも感度低下を招来することがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、実施例を用いて本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【実施例1】
【0012】
図1は、本実施例に係る液体クロマトグラフ分析装置の概略構成図である。本実施例の液体クロマトグラフ分析装置は、液体試料中の成分を分離する液体クロマトグラフ部(LC部)10と、分離された試料成分をイオン化し、質量数に応じて分離・検出する質量分析部(MS部)20、及びLC部10とMS部20の各部を制御する制御部30とから構成される。
【0013】
移動相容器11に貯留されている移動相は送液ポンプ12により吸引され、一定流量で以てインジェクタ13を介してカラム14に流される。インジェクタ13によって移動相中に注入された試料液は移動相と共にカラム14に導入され、カラム14を通過する間に時間的に分離溶出される。質量分析計21では、導入された溶出液が気化され、エレクトロスプレイイオン化(ESI:ElectroSpray Ionization)法や大気圧化学イオン化(APCI:Atmospheric Pressure Chemical Ionization)法等の大気圧イオン化(API:Atmospheric Pressure Ionization)法によって、溶出液中の試料成分がイオン化され、質量電荷比に基づいて分離・検出される。信号処理部22では質量分析計21から入力される検出信号に基づいてマススペクトルやマスクロマトグラム、トータルイオンクロマトグラム(TIC:Total Ion Chromatogram)等が作成される。
【0014】
本実施例の液体クロマトグラフ分析装置では、上記移動相としてアセトン又はアセトンとその他の溶媒を所定の混合比で混合させたもの(典型的にはアセトンと水の混合溶媒)を使用する。また、必要に応じてpH調整試薬などの添加物を加えてもよい。
【0015】
なお、本実施例の液体クロマトグラフ分析装置は、上述のような組成の一定な移動相で溶離させるアイソクラティック分析を行うものとするほか、時間と共に移動相の組成を変化させるグラジエント分析を行うものとしてもよい。グラジエント分析を行う場合の送液部の構成を図2に示す。図2(a)は、それぞれ異なる移動相が収容された複数の移動相容器11a,11bのそれぞれに送液ポンプ12a,12bを備え、各ポンプの流量を制御することによって所定の混合比で移動相の混合を行う高圧グラジエント方式のものであり、図2(b)は、複数の移動相容器11a,11bと一つの送液ポンプ12を備え、各移動相容器11a,11bに設けられたバルブ16a,16bの開閉時間を所定の周期で制御することで、所定の混合比で移動相の混合を行う低圧グラジエント方式のものである。
【実施例2】
【0016】
以下、本発明の液体クロマトグラフ分析方法による分析例について説明する。
【0017】
1.トリアシルグリセロールの分析
上記のようなLC部及びMS部を備えた液体クロマトグラフ分析装置を用いて、アセトンと水を移動相として用いたグラジエント分析によりトリアシルグリセロールの液体クロマトグラフ分析を行った。
【0018】
分析条件は以下の通りである。
[HPLC] カラム:Shim-pack VP-ODS (島津製作所製:2.0 mmI.D. x 150 mmL)、移動相 A:水、移動相 B:アセトン、流速:0.2 mL/min、グラジエント:80%B (0 min)→100%B(5-20 min)、カラム温度:40 ℃
[質量分析] イオン化モード:APCIポジティブ、印加電圧:+4.5 kV、CDL 温度:230 ℃、BH 温度:200 ℃、プローブ温度:400 ℃、走査質量範囲:m/z 400-900
【0019】
上記分析により得られたトータルイオンクロマトグラム及び各成分のマスクロマトグラムを図3に示す。従来、疎水相互作用による分離カラムを使用した分析では本混合物を分離溶出させることは困難であり、単に疎水性の強い移動相を用いるだけでは、極性溶媒を必要とするAPCI等の大気圧イオン化法を用いる質量分析装置による検出を行う場合に、その感度が著しく低下してしまうという問題があった。しかし、本実施例の分析によれば、トリアシルグリセロールがその疎水性に従って効率よく分離溶出され、大気圧イオン化法を用いる質量分析計を用いた場合でも高感度に検出されていることが分かる。
【0020】
2.臭素系難燃剤の分析
プラスチック材料等に添加されるポリブロモジフェニルエーテル(PBDE)やポリブロモビフェニル(PBB)等の臭素系難燃剤は、近年、環境や健康に対する影響が懸念されており、欧州における「特定有害物質の使用制限に関する指令」(Restriction of the use of certain Hazardous Substances, 略称:RoHS)等による規制の対象となっている。このため、これらの臭素系難燃剤の迅速、簡便且つ正確な分析手法が求められている。ここでは、アセトンと水の混合溶媒を移動相として用いたアイソクラティック分析によって、ポリブロモジフェニルエーテル(PBDE)の液体クロマトグラフ分析を行った。
【0021】
分析条件は以下の通りである。
[HPLC] カラム: Shim-pack VP-ODS (島津製作所製:2.0 mmI.D. x 150 mmL)、移動相: 80% アセトン-水、流速: 0.2 mL/min、カラム温度: 40 ℃
[質量分析] イオン化モード: APCI ネガティブ、印加電圧: -3.5 kV、CDL 温度: 230 ℃、BH 温度:200 ℃、プローブ温度:400 ℃、ターゲット質量数:m/z 404.7,406.7, 408.7, 410.7, 412.7,484.5,486.5,488.5,490.5,492.5
【0022】
上記分析により得られたマスクロマトグラムを図4に、デカブロモジフェニルエーテル(Deca-BDE)のマススペクトルを図5に示す。上記のような臭素系難燃剤は疎水相互作用による分離カラムとの結合性が強く、従来の一般的な移動相を用いた分析では、分離時間が長くなるためにピーク形状が悪くなり、高感度・高分離分析は期待できなかった。しかし、本実施例の分析によれば、このような疎水結合性の高い臭素系難燃剤を十分に分離し、高感度に検出することができる。また、溶出力の弱い移動相でこのような疎水結合性の強い試料を分析した場合、分析配管内(インジェクタからカラムを経て各種検出器に至る流路)の汚染率が高くなるという問題があったが、本実施例の液体クロマトグラフ分析方法によれば、移動相として溶出力の強いアセトンを使用することで、このような配管内の汚染を解消することができる。
【0023】
3.ポリエーテル系抗生物質の分析
移動相としてアセトンと水を使用したグラジエント分析によりポリエーテル系抗生物質の液体クロマトグラフ分析を行った。
【0024】
分析条件は以下の通りである。
[HPLC] カラム:Shim-pack VP-ODS (島津製作所製:2.0 mmI.D. x 150 mmL)、移動相 A:水(添加物含有)、移動相 B:アセトン(添加物含有)、流速:0.2 mL/min、グラジエント:10%B (0 min)→90%B (20-25 min)、カラム温度:40 ℃
[質量分析] イオン化モード:ESI ポジティブ、印加電圧:+4.5 kV、CDL 温度:200 ℃、BH 温度:200 ℃、スキャン範囲:m/z 400-1000
【0025】
上記分析によって得られたトータルイオンクロマトグラム及び各成分のマスクロマトグラムを図6に示す。また、図7には試料に含まれる各抗生物質のマススペクトルを示す。上記ポリエーテル系抗生物質などの、脂溶性が高くなおかつ極性官能基を有する化合物は、溶媒の組成によりその性質が大きく変化するため、液体クロマトグラフによる分析が非常に困難であり、従来の一般的な移動相を用いた分析では、ピークのテーリングなどが顕著に観察されていた。しかし、本実施例の分析によれば、このようなポリエーテル系抗生物質を高効率且つ高感度に分析できることが確かめられた。また、上述の通り、本試料は極性官能基を持つことから、pH調整試薬やクラウンエーテル等の特定の機能を持った試薬などの添加が必須となるが、本実施例に係る移動相によれば、これらの試薬の添加を容易に行うことができる。
【0026】
以上、実施例を用いて本発明を実施するための最良の形態について説明したが、本発明の液体クロマトグラフ分析方法及び液体クロマトグラフ分析装置は、上記実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内で適宜変更が許容されるものである。例えば、上記実施例では、液体クロマトグラフィーによって分離された成分を質量分析計によって検出するものとしたが、その他の検出器、例えば、蒸発光散乱やコロナ帯電エアゾル検出器などを用いる構成としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施例に係る液体クロマトグラフ分析装置の概略構成図。
【図2】同実施例に係る液体クロマトグラフ分析装置における送液部の別の構成を示す模式図であり、(a)は高圧グラジエント方式、(b)は低圧グラジエント方式のものを示す。
【図3】本発明の第2の実施例におけるトリアシルグリセロールの分析結果を示すマスクロマトグラム及びトータルイオンクロマトグラム。
【図4】同実施例における臭素系難燃剤の分析結果を示すマスクロマトグラム。
【図5】臭素系難燃剤(Deca-BDE)のマススペクトル。
【図6】同実施例におけるポリエーテル系抗生物質の分析結果を示すマスクロマトグラム及びトータルイオンクロマトグラム。
【図7】ポリエーテル系抗生物質のマススペクトルであり、(a)はセンデュラマイシン、(b)はナラシン、(c)はサリノマイシン、(d)はモネンシンを示す。
【符号の説明】
【0028】
10…LC部
11、11a、11b…移動相容器
12、12a、12b…送液ポンプ
13…インジェクタ
14…カラム
15…カラムオーブン
16a、16b…バルブ
20…MS部
21…質量分析計
22…信号処理部
30…制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動相を送出する送液手段と、移動相中に分離対象試料を注入するインジェクタと、固定相を充填したカラムによって試料の分離を行う試料分離手段と、カラムで分離された試料成分を検出する検出手段とを備えた液体クロマトグラフ分析装置において、前記移動相としてアセトンを使用することを特徴とする液体クロマトグラフ分析装置。
【請求項2】
固定相を充填したカラム内を、分析対象試料を介挿させた移動相を通過させることにより該試料中の成分を分離し、分離された試料成分を検出器で検出する液体クロマトグラフ分析方法において、前記移動相としてアセトンを使用することを特徴とする液体クロマトグラフ分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−85776(P2007−85776A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−272180(P2005−272180)
【出願日】平成17年9月20日(2005.9.20)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】