説明

液体噴射装置

【課題】 本発明の目的は、駆動電圧と変位量との関係において圧電体の強誘電特性に起因して生じる非線形性やヒステリシスの問題、及び圧電駆動素子を高温で製造しなければならないという問題を克服し、高精度化及び高速化が図られた液体噴射装置を提供すること。
【解決手段】 液体を注入するための液体注入口5と、注入された前記液体を貯蔵するための液体貯蔵部6と、貯蔵された液体を噴射する液体噴射口7と、前記液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口7から噴射するために前記液体に圧力を加えるための圧電駆動素子1と、該圧電駆動素子によって振動させられる振動板3と、を有し、前記圧電駆動素子は非強誘電性の圧電体膜20Bを有する液体噴射装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェットプリンタのヘッドやディーゼルエンジンの燃料噴射装置に代表される、圧電駆動素子の逆圧電効果により微細な液体粒子を間欠的に噴射する液体噴射装置に関する。
特に、高速化及び高精度化が図られた液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、パソコンやデジタルカメラ等の開発が進み、高容量で高画質の画像データが取り扱われるようになってきた。
そのためプリンタにも、高解像度、多階調、及び高速印刷等が求められているが、特に、インクジェットプリンタは、最も普及しているプリンタのタイプである。
インクジェットプリンタの性能を決めるのは主としてプリンタヘッドであり、このプリンタヘッドは、現在では圧電方式と熱方式の2方式が実用化されている。
【0003】
圧電方式は、圧電駆動素子に電圧を印加することにより圧電体膜を変形する逆圧電効果を利用してインク粒をノズルから間欠的に噴射するものであり、バイモルフ型や積層型がある。
一方、熱方式は、薄膜ヒータの加熱による液体の突沸の力を利用してインク粒を間欠的に噴射するものである。
高解像度、多階調印刷のためにはインク粒径が小さく、その粒径を精度良く制御でき、しかもインク粒を所定の位置に正確に噴射する必要がある。
また、高速印刷のためには噴射速度の高速化と液体噴射ノズルの集積化も考えられる。
【0004】
因みに、このインク粒を噴射する技術は、インクジェットプリンタ以外でも、ディーゼルエンジンの燃料噴射装置や工業製品の製造プロセスにおける製品への刻印や描画、液体原料の供給等に利用することができる。
また、医療関係やバイオテクノロジー等の分野では微小量液体の送出の技術が必要とされている。
以上のように、多くの分野で高精度、高速な液体噴射装置が求められている。
【0005】
ところで従来の熱方式や圧電方式の液体噴射装置では高精度、高速化を実現するためには以下のような問題があった。
従来の熱方式の液体噴射装置は構造が簡単で、安価に製造できる利点を有しているが、薄膜ヒータの加熱による液体の突沸の力を利用して液体を噴射しているため、液体の噴射量の制御が難しく、また、液体の噴射毎に加熱、冷却を繰り返すために昇温、降温に時間が必要で高速化には限界があった。
また、熱に弱い液体の使用は必然的に困難となる。
【0006】
一方、圧電方式の液体噴射装置は圧電体の逆圧電効果を利用して液体を噴射するため、熱方式に比べて噴射量の制御が比較的容易で、噴射の繰返し時間も短縮できる。
しかし、圧電方式の液体噴射装置に用いられる圧電駆動素子は、一般的にPZT等の強誘電性圧電セラミックスが使用されており、駆動電圧に対する変位量は非線形である。
【0007】
そして、繰り返し圧電駆動素子に電圧を印加すると、いわゆるヒステリシスループが形成される。
すなわち、圧電駆動素子に印加した駆動電圧の履歴により圧電体膜の変位量ひいては液体噴射量が決まり、駆動電圧を印加中に電圧にノイズが乗ると、ノイズが乗った履歴の影響により液体噴射量がその都度異なってきて、バラツキを生じ、高精度な噴射量制御が困難となる。
【0008】
一方では、多くの強誘電体には鉛や重金属等の有害な物質が使用されている。
更に、強誘電性圧電セラミックスは形成時に高温焼成工程を必要とするため、多ノズル化した場合の高精度な部品加工が困難である。
また強誘電性圧電体には動作時の自己発熱と印加電圧の影響により分極状態が徐々に変化してしまうという問題もある。
これらの問題点を克服するために、圧電駆動素子に強誘電性を示さない単結晶圧電体を用いる提案(例えば、特許文献1参照)や、駆動信号を最適化することにより駆動電圧に対する変位の非線形性の影響を受けにくくする提案(例えば、特許文献2参照)がなされている。
【0009】
【特許文献1】特開平11−48478号公報 (明細書の段落0026)
【特許文献2】特開2001−138551号公報 (明細書の段落0081)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述したような単結晶圧電体を用いた場合、単結晶材料を薄く研磨する必要があり製造プロセスにおいて工数が増え、結果的に材料費が高価になるなどの問題があった。
また、駆動信号を調整する方法では電気回路が複雑になり、高価になるばかりでなく、電気的な処理時間が長くなり高速化に対し不利に働くおそれがあった。
いずれにしても、これらの提案によっては、強誘電性圧電物質に特徴的な非線形性、ヒステリシス、分極状態の経時変化及び高温の製造工程の発生などの本質的な問題点は、まだ克服されていない。
【0011】
本発明はこのような問題点に鑑みてなされたもので、駆動電圧と変位量との関係において圧電体の強誘電特性に起因して生じる非線形性やヒステリシスの問題、及び圧電駆動素子を高温で製造しなければならないという問題を克服し、高精度化及び高速化が図られた液体噴射装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かくして、本発明者は、このような課題背景に対して鋭意研究を重ねた結果、液体噴射装置の圧電駆動素子に、意外にも非強誘電性の圧電物質を用いることにより、上記の問題点を解決することができることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0013】
すなわち、本発明は、(1)、液体を注入するための液体注入口と、注入された前記液体を貯蔵するための液体貯蔵部と、貯蔵された液体を噴射する液体噴射口と、前記液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口から噴射するために前記液体に圧力を加えるための圧電駆動素子と、該圧電駆動素子によって振動させられる振動板と、を有し、前記圧電駆動素子は非強誘電性の圧電体膜を有する液体噴射装置に存する。
【0014】
また、本発明は、(2)、前記圧電体膜は、ウルツ鉱型結晶構造の化合物を主成分とする上記(1)記載の液体噴射装置に存する。
【0015】
また、本発明は、(3)、前記ウルツ鉱型結晶構造の化合物は、窒化アルミニウム、窒化ガリウム、窒化インジウム、酸化亜鉛又は硫化亜鉛である上記(2)記載の液体噴射装置に存する。
【0016】
また、本発明は、(4)、前記ウルツ鉱型結晶構造の化合物が一軸配向している上記(3)記載の液体噴射装置に存する。
【0017】
また、本発明は、(5)、前記圧電駆動素子は、圧電体膜の上下に形成された上部電極膜及び下部電極膜とを備え、下部電極が振動板に接合形成されている上記(1)記載の液体噴射装置に存する。
【0018】
なお、本発明の目的に添ったものであれば、上記(1)から(5)を適宜組み合わせた構成も採用可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、液体貯蔵部の体積を膨張、収縮させ液体噴射口から液体を噴射するための手段である圧電駆動素子を非強誘電体にしたので、駆動電圧に対する変位量が線形応答を示し、またヒステリシスも示さなくなるために高精度な液体噴射が可能となる。
また、分極状態が変化することもなく、長期に渡って高精度で安定した液体噴射特性が維持できる。
【0020】
更に、窒化アルミニウム、窒化ガリウム及び窒化インジウム等のウルツ鉱型結晶構造を有する圧電体は、スパッタリング法などによる低温での形成が可能であり、既存の半導体プロセスの技術により超小型で精密な製造が可能である。
したがって、マイクロレベルでのノズルの集積化が容易となり、高速な液体噴射も可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0022】
図1は、本発明の液体噴射装置の一実施形態に用いられる圧電駆動素子の基本構造の断面を示す説明図である。
図に示すように、圧電駆動素子1は、下部電極膜2A、圧電体膜2B及び上部電極膜2Cから構成されている。
即ち、圧電駆動素子1は、圧電体膜2Bの上下に形成された上部電極膜2C及び下部電極膜2Aとを備え、下部電極膜2Aが振動板3に接合形成されている。
この振動板3は、圧電駆動素子1が振動すると、それに同期して振動する。
なお、下部電極膜2Aは、振動板3が導電体である場合は振動板3が電極の役割を果たすので、必ずしも設ける必要はない。
【0023】
振動板3の材質には、炭素鋼、タングステン鋼、クロム鋼、モリブデン鋼、ステンレス鋼、銅、リン青銅、真鍮、ニッケル合金、アルミニウム合金、マグネシウム合金、チタン合金、亜鉛合金、白金、金、銀その他の金属材料を用いることもできる。
また、いわゆる金属材料の他にシリコンやガリウムヒ素などの半導体、酸化アルミニウムなどの酸化物、窒化ケイ素、窒化ホウ素若しくは窒化チタンなどの窒化物、炭化ケイ素や炭化タングステンなどの炭化物、又はポリイミド、ポリエチレン若しくはビニール等の有機高分子材料を用いることもできる。
【0024】
下部電極膜2Aの材質には、アルミニウム、ニッケル、クロム、白金、金、銀、銅、鉄、タンタル、タングステン、ジルコニア、モリブデン、ルテニウム、イリジウム及びパラジウム等の金属やそれらの合金を用いることができる。
また、ルテニウム酸化物などの金属酸化物や窒化チタンなどの金属窒化物を用いることもできる。
ところで、振動板3と下部電極膜2Aとの間には、これらの層の接合性や更にはクオリティの観点から切合成中間層としてTiやCr等を積層することが好ましい。
中間層としては導電性を有する金属膜であればTi及びCr以外でも良く、例えばIn,Ag,Cu,Zn,Sn,Ge,Ni,Pd,Pbを用いることもできる。
【0025】
圧電体膜2Bは非強誘電体であり、ウルツ鉱型結晶構造の化合物、例えば窒化アルミニウム、窒化ガリウム、窒化インジウム、酸化亜鉛又は硫化亜鉛を主成分とする材料が用いられ、特に窒化アルミニウムを主成分とすることが好ましい。
窒化アルミニウムは、作製や薄膜化が容易であるなど、圧電素子の小型化及び薄型化に向けて、有望な材料であるからである。
【0026】
なお、窒化アルミニウムを圧電素子として利用するには、C軸配向性が強いほど圧電性も強くなるという観点から、C軸に一軸配向した窒化アルミニウムが好ましい。
配向性が望まれるのは、窒化アルミニウムに限られず、窒化インジウム、窒化ガリウム、硫化亜鉛又は酸化亜鉛その他の材料についても、同様に、圧電性等の観点から配向性のあることが好ましい。
【0027】
圧電体膜2Bに非強誘電体を用いることにより、後述する試験結果で示すように、駆動電圧と変位量との関係のグラフは線形応答を示し、ピコメートル(pm)オーダーの微小振動からマイクロメートル(μm)オーダーの振動までの広い範囲に渡る振動を精度良く高速に発生させることが可能になる。
上部電極膜2Cの材質には、下部電極膜2Aに用いることができる材料の中から選択することができる。
【0028】
以上述べた圧電体膜、電極膜、振動板等の相互間の形成方法は、スパッタリング法、真空蒸着法、レーザーアブレーション法、イオンプレーティング法、CVD法、MOCVD法及びMBE法、或いは塗布等が知られており、その中から適宜好ましいものを選択すれば良い。
【0029】
図2は、本発明の一実施形態の液体噴射装置を横から見た場合の断面を示している。
この液体噴射装置4は、円筒状の装置本体9と、この装置本体9の外周面に備えられた圧電駆動素子1とを有している。
筒状の装置本体9の後端側には、装置本体9内に液体を注入する液体注入口5が形成されている。
この液体注入口5の形状は、装置本体9の先端側に行くほど穴径が小さくなるテーパ状にされている。
液体注入口5は、比較的大きな空間、すなわち注入した液体を貯蔵する液体貯蔵部6に連通されている。
また、装置本体9には、液体貯蔵部6と装置本体9の外周とを貫通する穴が形成され、この穴の箇所に圧電駆動素子1が備えられている。
【0030】
圧電駆動素子1を駆動させると、すなわち下部電極膜2Aと上部電極膜2Cとの間に駆動電圧を印加すると、圧電体膜2Bが振動し、この振動が振動板3により増幅され、振動板3が液体貯蔵部6に貯蔵された液体に圧力を加える。
そして、圧力を加えられた液体は装置本体9の先端に形成された液体噴射口7から噴射される。
この作用により液体貯蔵部6の体積が収縮(加圧)と膨張(減圧)を繰り返し、1サイクル毎に液体噴射口7から液滴8を噴射する。
【0031】
(線形性確認試験)
圧電駆動素子の圧電体膜に非強誘電性の材料を用いると、圧電体膜に印加される駆動電圧と圧電体膜の変位量がほぼ直線状になることの確認試験を行った。
本試験で使用した圧電駆動素子10(17mm×17mm)の構造は、図3に示すように、振動板3としてシリコンウエハ(厚さ500μm)、圧電体膜20Bとして窒化アルミニウム(厚さ1μm)を用い、圧電体膜20Bを挟んで下部電極膜20A(厚さ100nmの白金薄膜)と上部電極膜20C(厚さ100nmの白金薄膜)を形成した。
そして下部電極膜20Aと上部電極膜20Cの間に正弦波の電圧を印加した。 また変位量をレーザードップラー振動計を用いて測定した。
【0032】
図4は、本発明の液体噴射装置に用いられる圧電駆動素子の駆動電圧と変位特性との関係を示しており、試験結果である。
図から分かるように、良好な線形性を示すグラフが得られた。
また、駆動速度は40kHz以上にすることができた。
なお、本実施例の場合には、振動板3として厚さ500μmのシリコンウエハを用いたために変位量はナノメートル(nm)オーダーとなったが、振動板の形状や弾性率を調整することによりピコメートルからマイクロメートルの広い範囲での変量調整が当然可能である。
【0033】
以上、本発明を説明してきたが、本発明は上述した一実施形態にのみ限定されるものではなく、その本質を逸脱しない範囲で、他の種々の変形が可能であることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】図1は、本発明の液体噴射装置の一実施形態に用いられる圧電駆動素子の基本構造の断面を示す説明図である。
【図2】図2は、本発明の一実施形態の液体噴射装置を横から見た場合の断面を示す説明図である。
【図3】図3は、確認試験人で使った圧電駆動素子の構造を示す説明図である。す説明図である。
【図4】図4は、圧電駆動素子の駆動電圧と変位特性との関係を示す説明図である。
【符号の説明】
【0035】
1 圧電駆動素子
2A 下部電極膜
2B 圧電体膜
2C 上部電極膜
3 振動板
4 液体噴射装置
5 液体注入口
6 液体貯蔵部
7 液体噴射口
8 液滴
9 装置本体
10 圧電駆動素子
20A 下部電極膜
20B 圧電体膜
20C 上部電極膜
30 振動板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を注入するための液体注入口と、
注入された前記液体を貯蔵するための液体貯蔵部と、
貯蔵された液体を噴射する液体噴射口と、
前記液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口から噴射するために前記液体に圧力を加えるための圧電駆動素子と、
該圧電駆動素子によって振動させられる振動板と、
を有し、
前記圧電駆動素子は非強誘電性の圧電体膜を有することを特徴とする液体噴射装置。
【請求項2】
前記圧電体層は、ウルツ鉱型結晶構造の化合物を主成分とすることを特徴とする請求項1記載の液体噴射装置。
【請求項3】
前記ウルツ鉱型結晶構造の化合物は、窒化アルミニウム、窒化ガリウム、窒化インジウム、酸化亜鉛又は硫化亜鉛であることを特徴とする請求項2記載の液体噴射装置。
【請求項4】
前記ウルツ鉱型結晶構造の化合物が一軸配向していることを特徴とする請求項3記載の液体噴射装置。
【請求項5】
前記圧電駆動素子は、圧電体膜の上下に形成された上部電極膜及び下部電極膜とを備え、
下部電極が振動板に接合形成されていることを特徴とする請求項1記載の液体噴射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−212992(P2006−212992A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−29761(P2005−29761)
【出願日】平成17年2月4日(2005.2.4)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】