説明

液体麹の製造方法

【課題】 本発明は、液体麹において、液体培地の組成を最適化することにより、酵素活性の高い液体麹を製造する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われた穀類を培養原料とし、窒素源を含有する液体培地で白麹菌および/または黒麹菌を培養することを特徴とする酵素活性の増強された液体麹の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体麹の製造方法に関し、詳しくは酵素活性の増強された液体麹の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酒類等の製造に用いられる麹は、蒸煮等の処理後の原料に糸状菌の胞子を接種して培養する固体麹と、水に原料及びその他の栄養源を添加して液体培地を調製し、これに麹菌の胞子又は前培養した菌糸等を接種して培養する液体麹がある。
【0003】
従来の酒類などの発酵飲食品、例えば、日本酒、焼酎、しょうゆ、みそ、みりん等の製造では、固体培養法により製麹された、いわゆる固体麹が広く利用されている。この固体培養法は、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・オリーゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)等の麹菌の胞子を、蒸煮した穀類等の固体原料へ散布し、その表面で麹菌を増殖させる培養方法である。
【0004】
例えば、焼酎の製造では、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)やアスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)等の固体麹が広く用いられている。しかしながら、固体培養法は、原料や麹菌が不均一に分散する培養系であるため、温度や水分含量、各種栄養成分といった因子を均一にすることが困難であり、その培養制御は大変煩雑である。また、開放状態で製麹されることも多く、この場合は、雑菌による汚染といった品質管理面での注意も要する。そのため、大規模製造には不向きな方法とも言える。
【0005】
これに対して、液体培養法は、培養制御や品質管理が容易であり、効率的な生産に適した培養形態である。しかし、例えば、焼酎醸造に必要な酵素活性が十分に得られない等の理由から、麹菌を液体培養して得られる培養物を、実際に焼酎麹として用いた例は少ない。ここで、液体培養法で得られる培養物とは、液体培養法で得られる培養物そのもの(以下、液体麹と称することがある)の他、培養液、菌体、それらの濃縮物又はそれらの乾燥物であってもよい。
【0006】
液体培養法で得られる培養物が焼酎等の発酵飲食品の製造に利用されない大きな理由として、上記理由の他に、液体培養では麹菌のアミラーゼ、セルラーゼ等の酵素生産挙動が固体培養と大きく異なるばかりか、全般的に生産性が低下することが知られている(非特許文献1、2参照)。
【0007】
通常、焼酎をはじめとする酒類の製造では、並行複発酵によりアルコールが生成される。従って、麹菌へのグルコース供給に影響を与える麹菌の糖質分解関連酵素、特にグルコアミラーゼや耐酸性α−アミラーゼは、アルコール発酵における鍵酵素である。しかしながら、液体培養法で得られる培養物において、グルコアミラーゼの活性は著しく低く、生産挙動も固体培養とは大きく異なることが知られている(非特許文献3〜6参照)。
【0008】
麹菌のグルコアミラーゼ活性を向上させる方法として、菌糸の生育にストレスを与えながら麹菌を培養する方法(特許文献1参照)や焙焼した穀類を麹菌培養液に添加する方法(特許文献2参照)が報告されている。特許文献1に開示の方法は、多孔性膜上又は空隙を有する包括固定化剤中で培養してグルコアミラーゼをコードする新規遺伝子glaBを発現させて同酵素活性を高めるもので、厳密な制御又は特殊な培養装置が必要であり、実用的ではない。また、特許文献2に開示の方法は、原料の少なくとも一部に焙焼した穀類を用いた液体培地で麹菌を培養するもので、穀類を焙焼するという、新たな製造工程が加わることになる。
【0009】
そこで、本発明者らは、麹菌にとって難分解性の糖質を含有する液体培地を用いた麹菌の培養方法に関する発明を提案した(特許文献3参照)。この発明によれば、麹菌の液体培養において、酒類などの発酵飲食品の製造に使用可能な、グルコアミラーゼ等の糖質分解関連酵素の活性が高い麹菌培養物を、簡便、且つ安価に得ることができる。
【0010】
一方、耐酸性α−アミラーゼについては、最近、分子生物学的な解析が詳細に行なわれ始めている(非特許文献7参照)。それによれば、白麹菌は非耐酸性α−アミラーゼと耐酸性α−アミラーゼという性質の異なる2種類のアミラーゼ遺伝子を有しているが、その発現様式は大きく異なっており、液体培養においては、非耐酸性α−アミラーゼは十分に生産されるものの、焼酎醸造の鍵酵素である耐酸性α−アミラーゼはほとんど生産されないことが報告されている。
【0011】
焼酎製造では、焼酎もろみの腐造防止のために低pH環境下で醸造する。しかし、非耐酸性α−アミラーゼは、低pH条件では速やかに失活してしまうため、焼酎醸造の糖質分解にはほとんど貢献しない。そのため、焼酎醸造の糖質分解に寄与していると考えられる耐酸性α−アミラーゼを、麹菌の液体培養で大量に生成させることが、焼酎製造のために不可欠である。
【0012】
過去には、麹菌の液体培養における耐酸性α−アミラーゼの生産挙動を詳細に検討した報告があるものの、その方法はペプトンやクエン酸緩衝液を含む合成培地を用いている上に、培養時間が100時間以上かかるなど、実際の焼酎醸造に適用できるような液体麹の製造方法であるとは言い難い(非特許文献8〜10参照)。
このように、耐酸性α−アミラーゼは、基本的に液体培養では生成されない酵素であると一般的に考えられており、これまでに耐酸性α−アミラーゼの活性が高い液体麹は開発されていない。
【0013】
【特許文献1】特開平11−225746号公報
【特許文献2】特開2001−321154号公報
【特許文献3】特開2003−265165号公報
【非特許文献1】Iwashita K. et a1:Biosci. Biotechno1. Bioche.,62,1938-1946(1998)
【非特許文献2】山根雄一ら:日本醸造協会誌.,99,84-92(2004)
【非特許文献3】Hata Y. et. Al.:J. Ferment. Bioeng.,84,532-537(1997)
【非特許文献4】Hata Y. et. a1.:Gene.,207,127-134(1998)
【非特許文献5】Ishida H. et. al.:J. Ferment. Bioeng.,86,301-307(1998)
【非特許文献6】Ishida H. et. a1:Curr. Genet.,37,373-379(2000)
【非特許文献7】Nagamine K. et.a1.:Biosci. Biotechno1. Biochem.,67,2194-2202(2003)
【非特許文献8】Sudo S. et al:J. Ferment. Bioeng.,76,105-110(1993)
【非特許文献9】Sudo S. et al:J. Ferment. Bioeng.,77,483-489(1994)
【非特許文献10】須藤茂俊ら:日本醸造協会誌,89,768-774(1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明者らは、表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われた穀類を培養原料として含む液体培地で麹菌を培養することにより、グルコアミラーゼや耐酸性α−アミラーゼといった焼酎等の製造に必要な酵素活性を十分に含有する液体麹が製造できることを見出し、既に特許出願した(特願2004−350661号明細書、特願2004−352320号明細書参照)。
しかしながら、これらの方法によるグルコアミラーゼや耐酸性α−アミラーゼ以外の酵素生産挙動はこれまで不明であった。
【0015】
本発明の目的は、液体麹において、グルコアミラーゼ及び耐酸性α−アミラーゼといったデンプン分解酵素、並びに、それ以外の酵素活性を増強させる方法を開発することであり、特に、液体培地の組成を最適化することにより、酵素活性の高い液体麹を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、液体麹における更なる酵素高生産を目指し、上記培養原料と種々の栄養源との併用効果について鋭意検討を重ねた結果、液体培地中に特定の窒素源を含有させることにより、さらには、硫酸塩およびリン酸塩を共存させることによって、デンプン分解酵素であるグルコアミラーゼ、セルロース分解酵素であるセルラーゼ、並びに、タンパク分解酵素である酸性カルボキシペプチダーゼの生産性が向上することを見出し、本発明を完成したのである。
【0017】
すなわち、請求項1に係る本発明は、表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われた穀類を培養原料とし、窒素源を含有する液体培地で白麹菌および/または黒麹菌を培養することを特徴とする酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項2に係る本発明は、窒素源が硝酸塩であることを特徴とする請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項3に係る本発明は、窒素源が、酵母菌体又はその処理物、穀類穀皮、穀類糠の中の少なくとも1種類、あるいはこれらと硝酸塩との混合物であることを特徴とする請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項4に係る本発明は、液体培地が、硝酸塩を0.05〜2.0%(w/vol)の濃度で含有する請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項5に係る本発明は、液体培地が、更にリン酸塩を含有することを特徴とする請求項2に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項6に係る本発明は、液体培地が、リン酸塩を0.05〜1.0%(w/vol)の濃度で含有する請求項5に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項7に係る本発明は、液体培地が、更に硫酸塩を含有することを特徴とする請求項5に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項8に係る本発明は、液体培地が、硫酸塩を0.01〜0.5%(w/vol)の濃度で含有する請求項7に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
【0018】
請求項9に係る本発明は、酵素が、デンプン分解酵素、セルロース分解酵素およびタンパク分解酵素から選ばれた1種または2種以上である請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項10に係る本発明は、穀類が、米、小麦、大麦、そば、ヒエ、アワ、キビ、コウリャン又はトウモロコシであることを特徴とする請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法である。
請求項11に係る本発明は、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法で得られた液体麹である。
請求項12に係る本発明は、請求項11に記載の液体麹を用いることを特徴とする酵素製剤の製造方法である。
請求項13に係る本発明は、請求項12に記載の方法で得られた酵素製剤である。
【0019】
請求項14に係る本発明は、培養原料である表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われた穀類と、窒素源とを含む液体培地で、白麹菌および/または黒麹菌を培養して酵素を生産することを特徴とする酵素の生産方法である。
請求項15に係る本発明は、窒素源が、硝酸塩であることを特徴とする請求項14に記載の酵素の生産方法である。
請求項16に係る本発明は、窒素源が、酵母菌体又はその処理物、穀類穀皮、穀類糠の中の少なくとも1種類、あるいはこれらと硝酸塩との混合物であることを特徴とする請求項14に記載の酵素の生産方法である。
請求項17に係る本発明は、液体培地が、硝酸塩を0.05〜2.0%(w/vol)の濃度で含有する請求項14に記載の酵素の生産方法である。
請求項18に係る本発明は、液体培地が、更にリン酸塩を含有することを特徴とする請求項15に記載の酵素の生産方法である。
請求項19に係る本発明は、液体培地が、リン酸塩を0.05〜1.0%(w/vol)の濃度で含有する請求項18に記載の酵素の生産方法である。
請求項20に係る本発明は、液体培地が、更に硫酸塩を含有することを特徴とする請求項18に記載の酵素の生産方法である。
請求項21に係る本発明は、液体培地が、硫酸塩を0.01〜0.5%(w/vol)の濃度で含有する請求項20に記載の酵素の生産方法である。
請求項22に係る本発明は、酵素が、デンプン分解酵素、セルロース分解酵素およびタンパク分解酵素から選ばれた1種または2種以上である請求項14に記載の酵素の生産方法である。
請求項23に係る本発明は、原料の穀類が米、小麦、大麦、そば、ヒエ、アワ、キビ、コウリャン又はトウモロコシであることを特徴とする請求項14に記載の酵素の生産方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われた穀類を培養原料とする液体培地に窒素源として特定の有機物及び/又は無機物を添加し、さらに硫酸塩およびリン酸塩を添加して、該液体培地で麹菌を培養することで、液体麹におけるデンプン分解酵素の生産性を著しく向上することができるだけでなく、セルロース分解酵素およびタンパク分解酵素が高生産された液体麹を製造することができる。また、上記の酵素以外にも、麹菌が生産する酵素全般について生産性が増大するものと考えられる。
【0021】
本発明により製造した液体麹を用いて焼酎等の発酵飲食品を製造すると、セルロース分解酵素活性が高いことから、モロミ粘度の低下により良好な発酵が行われ、アルコール収量の増大が期待できる。また、高いタンパク分解酵素活性によりアミノ酸生成量が増大し、華やかな香りを有する発酵飲食品を製造することができる。
【0022】
さらに、液体培養は、固体培養に比べ厳密な培養コントロールが可能であるため、品質が安定した液体麹を安価に製造することができる。
しかも、本発明において使用される穀類は、未精白、或いは少なくとも穀皮が穀粒の表面に残されている程度までに精白されたものであるので、原料利用率や歩留まりの向上が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明について具体的に説明する。
【0024】
本発明における液体麹の製造方法は、穀類及び窒素源等の原料を添加して調製された液体培地で麹菌の培養を行ない、酵素活性を増強した液体麹を製造する工程を包含するものである。
すなわち、本発明においては、培養原料として表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われた穀類を含む液体培地を使用して麹菌を培養するため、当該穀類中のでん粉の糖化に時間がかかり、培養系への糖の放出速度が抑制され、液体麹の酵素活性が増強される。さらに、特定の栄養源を含有する液体培地を用いるため、麹菌により種々の酵素が高生産される。
【0025】
ここで、麹菌が生産する酵素としては、グルコアミラーゼ、α−アミラーゼ等のデンプン分解酵素や、セルラーゼ、β-グルコシダーゼ等のセルロース分解酵素、酸性カルボキシペプチダーゼ、酸性プロテアーゼ等のタンパク分解酵素などが挙げられるが、必ずしもこれらに限定されない。
【0026】
本発明において、培養原料として用いる穀類としては大麦、米、小麦、そば、ヒエ、アワ、キビ、コウリャン、トウモロコシ等を挙げることができる。これらの培養原料の形状としては、表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われていることが必要であって、未精白物、または少なくとも穀皮が穀粒の表面に残されている程度までに精白された精白歩合以上のもの等を用いることができ、玄米、玄麦なども使用できる。また、米の場合には、玄米はもちろんのこと、籾殻が全部付いているものでもよいし、籾殻が一部付いているものでもよい。
例えば、穀類が大麦の場合には、未精白の精白歩合100%のもの、或いは未精白の精白歩合を100%とし、この未精白の精白歩合(100%)から大麦の穀皮歩合(一般的には7〜8%)を差し引いた割合、すなわち、92〜93%程度の精白歩合以上のものである。
【0027】
ここで、精白歩合とは穀類を精白して残った穀類の割合を言い、例えば精白歩合90%とは、穀類の表層部の穀皮等を10%削り取ることを意味する。また、本発明において玄麦とは、未精白の大麦から、穀皮が穀粒の表面に残されている程度までに精白されたものまで、すなわち精白歩合90%以上のものを含む。また、穀皮とは穀類の粒の表面を覆っている外側部位のことを言う。
【0028】
上記の培養原料は、単独あるいは2種以上を組み合わせて、以下の液体培地の調製に用いる。すなわち、培養原料の穀類は、後述する窒素源とともに水と混合して液体培地を調製する。穀類の配合割合は、麹菌培養物中にデンプン分解酵素やセルロース分解酵素、タンパク分解酵素などの酵素が選択的に生成、蓄積される程度のものに調製される。
【0029】
例えば、大麦を培養原料とした場合には、水に対して玄麦を1〜20%(w/vo1)添加した液体培地に調製される。また、玄麦として未精白の大麦を用いた場合には、さらに好ましくは8〜10%(w/vol)添加した液体培地に調製され、玄麦として95%精白した大麦を原料とした場合には、さらに好ましくは1〜4%(w/vo1)添加した液体培地に調製される。
また、籾殻を除いた玄米を培養原料とした場合には、水に対して玄米を1〜20%(w/vo1)、好ましくは5〜13%(w/vo1)、より好ましくは8〜10%(w/vo1)を添加した液体培地に調製される。
その他の穀類を使用する場合も、同様に水に対して1〜20%(w/vo1)添加した液体培地に調製される。
【0030】
このように、使用する原料の精白度、使用する麹菌株、培養原料の種類等によって、最適な配合使用量は異なるので、これらを考慮して適宜に選択すればよい。
培養原料の使用量が上限値より多くなると、培養液の粘性が高くなり、麹菌を好気培養するために必要な酸素や空気の供給が不十分となり、培養物中の酸素濃度が低下して、培養が進み難くなるので好ましくない。一方、該原料の使用量が下限値に満たないと、目的とする酵素が高生産されない。
【0031】
培養原料に含まれるデンプンは、培養前にあらかじめ糊化しておいてもよい。デンプンの糊化方法については特に限定はなく、蒸きょう法、焙焼法等常法に従って行なえばよい。後述する液体培地の殺菌工程において、高温高圧滅菌等によりデンプンの糊化温度以上に加熱する場合は、この処理によりデンプンの糊化も同時に行なわれる。
【0032】
液体培地には、前述の培養原料の他に窒素源として有機物、無機物等を添加し含有させる。これらの窒素源は、麹菌が増殖し、目的とする酵素が十分に生産されるものであれば特に限定はない。有機物としては、例えば、酵母菌体又はその処理物(例えば、酵母菌体分解物、酵母エキスなど)、穀類穀皮、穀類糠等が挙げられ、無機物としては、例えば、硝酸塩が挙げられる。
硝酸塩としては硝酸カリウム、硝酸ナトリウムなどを用いることができ、特に硝酸カリウムが好ましい。
【0033】
これらの窒素源は、単独で用いる他、2種類以上の有機物及び/又は無機物を組み合せて使用してもよい。
窒素源の添加量は、麹菌の増殖を促進する程度であれば特に限定はないが、有機物としては0.1〜2%(w/vol)、好ましくは0.5〜1.0%(w/vol)である。また、無機物としての硝酸塩の添加量は0.05〜2.0%(w/vol)、好ましくは0.1〜2.0%(w/vol)、もっとも好ましくは0.2〜1.5%(w/vol)である。
上限値を超えて窒素源を添加した場合は、麹菌の増殖を阻害するため好ましくない。また、添加量が下限値未満である場合は、酵素生産が促されないため、やはり好ましくない。
【0034】
本発明で窒素源の一種として用いられる酵母は、醸造工程や食品製造で用いられるビール酵母、ワイン酵母、ウイスキー酵母、焼酎酵母、清酒酵母、パン酵母のほかにサッカロマイセス(Saccharomyces)属、キャンディダ(Candida)属、トルロプシス(Torulopsis)属、ハンゼニアスポラ(Hanseniaspora)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属、デバリオマイセス(Debaryomyces)属、サッカロマイコプシス(Saccharomycopsis)属、サッカロマイコデス(Saccharomycodes)属、ピヒア(Pichia)属、パキィソレン(Pachysolen)属等の酵母菌体を挙げることができる。
【0035】
これらの酵母は、菌体そのものを窒素源として用いることもできるが、酵母菌体分解物や酵母エキスとして用いることもできる。酵母菌体分解物あるいは酵母エキスは、酵母菌体を自己消化法(酵母菌体内に本来あるタンパク質分解酵素を利用して菌体を可溶化する方法)、酵素分解法(微生物由来や植物由来の酵素製剤等を添加して可溶化する方法)、熱水抽出物法(熱水中に酵母菌体を一定時間浸漬して可溶化する方法)、酸あるいはアルカリ分解法(種々の酸あるいはアルカリを添加して可溶化する方法)、物理的破砕法(超音波処理や高圧ホモジナイズ法、ガラスビーズ等の固形物を混合して混合・攪拌することにより破砕する方法)、凍結融解法(凍結・融解を1回以上行なうことにより破砕する方法)等により処理することで得られる。
【0036】
また、窒素源として米糠等の穀類糠を用いることもでき、これは穀類を精白した時にできる副産物である。穀類の種子は表皮部、胚芽部、胚乳部と、それらを保護するモミガラからできているが、このうち胚芽と表皮部を合わせたものが糠である。
さらに、本発明においては、穀類穀皮、すなわち穀類の表皮部を窒素源として用いることもでき、通常は培養原料の穀類と同一種類の穀類穀皮を用いる。これらの穀類糠や穀類穀皮は他の窒素源と併用することができる。
【0037】
本発明に用いる液体培地には、前述の培養原料や窒素源の他に、硫酸塩およびリン酸塩を添加し含有させることができる。これらの無機塩類を併用することにより、デンプン分解酵素、セルロース分解酵素およびタンパク分解酵素などの酵素活性を増強させることが可能となる。
たとえば、硫酸塩としては硫酸マグネシウム7水和物、硫酸鉄7水和物、硫酸アンモニウムなどを用いることができ、特に硫酸マグネシウム7水和物が好ましい。リン酸塩としてはリン酸2水素カリウム、リン酸アンモニウムなどを用いることができ、特にリン酸2水素カリウムが好ましい。
これらの無機塩類は、単独で用いることもでき、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0038】
また、液体培地における上記の無機塩類の濃度は、麹菌培養物中にデンプン分解酵素やセルロース分解酵素、タンパク分解酵素などの酵素が選択的に生成、蓄積される程度のものに調整される。たとえば、硫酸塩の場合は0.01〜0.5%、好ましくは0.02〜0.1%、リン酸塩の場合は0.05〜1.0%、好ましくは0.1〜0.5%(いずれもw/vol)とする。
上記の無機塩類は、単独で用いる他、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
【0039】
液体培地には、前述の窒素源や無機塩類以外の有機物や無機塩類等も、栄養源として適宜添加することができる。これらの添加物は麹菌の培養に一般に使用されているものであれば特に限定はないが、有機物としては小麦麩、コーンスティープリカー、大豆粕、脱脂大豆等を、無機塩類としてはアンモニウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等の水溶性の化合物を挙げることができ、2種類以上の有機物及び/又は無機塩類を同時に使用してもよい。
これらの添加量は麹菌の増殖を促進する程度であれば特に限定はないが、有機物としては0.1〜5%(w/vol)程度、無機塩類としては0.1〜1%(w/vol)程度添加するのが好ましい。
上限値を超えてこれらの栄養源を添加した場合は、麹菌の増殖を阻害するため好ましくない。また、添加量が下限値未満である場合は、酵素生産が促されないため、やはり好ましくない。
【0040】
上記の培養原料および窒素源を水と混合することにより得られる麹菌の液体培地は、必要に応じて滅菌処理を行なってもよく、処理方法には特に限定はない。例としては、高温高圧滅菌法を挙げることができ、121℃で15分間行なえばよい。
【0041】
滅菌した液体培地を培養温度まで冷却後、白麹菌および/または黒麹菌を液体培地に接種する。
本発明で用いる麹菌としては、グルコアミラーゼ、耐酸性α−アミラーゼ、α−アミラーゼなどのデンプン分解酵素、セルラーゼ、β−グルコシダーゼなどのセルロース分解酵素、酸性カルボキシペプチダーゼ、酸性プロテアーゼなどのタンパク分解酵素等の生産能を有する麹菌が好ましい。具体的には、白麹菌としてはアスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)等、黒麹菌としてはアスペルギルス・アワモリ(Aperigillus awamori)やアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)等が挙げられる。
また、培地に接種する麹菌の形態は任意であり、胞子又は菌糸を用いることができる。
【0042】
これらの麹菌は1種類の菌株による培養、又は同種若しくは異種の2種類以上の菌株による混合培養のどちらでも用いることができる。これらは胞子又は前培養により得られる菌糸のいずれの形態のものを用いても問題はないが、菌糸を用いる方が対数増殖期に要する時間が短くなるので好ましい。
麹菌の液体培地への接種量には特に制限はないが、液体培地1ml当り、胞子であれば1×10〜1×10個程度、菌糸であれば前培養液を0.1〜10%程度接種することが好ましい。
【0043】
麹菌の培養温度は、生育に影響を及ぼさない限りであれば特に限定はないが、好ましくは25〜45℃、より好ましくは30〜40℃で行なうのがよい。培養温度が低いと、麹菌の増殖が遅くなるため雑菌による汚染が起きやすくなる。培養時間は24〜72時間が適当である。
培養装置は、液体培養を行なうことができるものであればよいが、麹菌は好気培養を行なう必要があるので、酸素や空気を培地中に供給できる好気的条件下で行なう必要がある。また、培養中は培地中の原料、酸素、及び麹菌が装置内に均一に分布するように撹拌をするのが好ましい。撹拌条件や通気量については、培養環境を好気的に保つことができる条件であればいかなる条件でもよく、培養装置、培地の粘度等により適宜選択すればよい。
【0044】
上記の培養法で培養することにより、デンプン分解酵素、セルロース分解酵素、タンパク分解酵素などの酵素が高生産され、焼酎等の製造に使用できる酵素活性を有する液体麹が得られる。
尚、本発明において液体麹とは、培養したそのものの他に、培養物を遠心分離等することにより得られる培養液、それらの濃縮物又はそれらの乾燥物等も包含するものとする。
【0045】
上述の通り、上記の培養法によれば、デンプン分解酵素、セルロース分解酵素、タンパク分解酵素などの酵素を高生産することができる。
したがって、請求項14に記載の酵素の生産方法は、上記した液体麹の製造方法と同様である。
【0046】
本発明の製造方法で得られた液体麹は、焼酎等の発酵飲食品の製造に好適に用いることができる。例えば、清酒を製造する場合には、酒母や各もろみ仕込み段階において、焼酎を製造する場合には、もろみ仕込み段階において、しょうゆを製造する場合には、盛り込みの段階において、味噌を製造する場合には、仕込み段階において、みりんを製造する場合は、仕込み段階において、甘酒を製造する場合には、仕込みの段階において、液体麹を固体麹の代わりに用いることができる。
また、得られた液体麹の一部を次の液体麹製造におけるスターターとして用いることもできる。このように液体麹を連続的に製造することにより、安定的な生産が可能になると同時に、生産効率の向上も図ることができる。
【0047】
また、上記した液体麹を用いて焼酎等の発酵飲食品を製造する場合には、全工程を液相で行なうことができる。全工程を液相で行なう発酵飲食品の製造方法としては、例えば、焼酎を製造する場合、トウモロコシ、麦、米、いも、さとうきび等を掛け原料に用い、該原料を約80℃の高温で耐熱性酵素剤を使用して溶かして液化した後、これに上記した液体麹、及び酵母を添加することでアルコール発酵させたもろみを、常圧蒸留法又は減圧蒸留法等により蒸留して製造する方法が挙げられる。
【0048】
本発明の方法で得られた液体麹は、その高い酵素活性から、酵素製剤、並びに消化剤などの医薬品などとしての利用も可能である。この場合、得られた麹菌培養物を所望の程度に濃縮・精製し、適当な賦形剤、増粘剤、甘味料などを添加して常法により製剤化すればよい。
また、麹菌のデンプン分解酵素などの遺伝子のプロモーター領域を利用することにより、麹菌培養物中に目的の異種タンパク質を高生産させることが可能である。
【実施例】
【0049】
以下、本発明を実施例によってより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
実施例1(液体麹の製造における無機窒素物の添加)
液体培地に無機窒素物として硝酸カリウムを添加した場合の効果を以下の方法で調べた。
すなわち、無添加(対照)、0.2%(w/vol)又は0.4%(w/vol)の硝酸カリウムを添加した水に、原料となる玄麦を2%(w/vol)となるように加えた3種類の液体培地を調製した。
それぞれの液体培地100mlを容量500mlのバッフル付三角フラスコに入れ、オートクレーブ滅菌後、あらかじめ液体培地で前培養した白麹菌(Aspergillus
kawachii IFO4308)を液体培地に対して1%(v/vol)になるように接種した。尚、玄麦はオーストラリア産スターリング95%精白のものを使用した(以下の実施例も基本的に同様)。
【0051】
その後、温度37℃、振とう速度100rpmにて48時間培養を行なった。培養終了後、得られたそれぞれの培養物について、グルコアミラーゼ、耐酸性α−アミラーゼの活性を測定した。そして、表1及び図1に硝酸カリウムの使用量別の液体培地で麹菌を培養して得られた培養物のグルコアミラーゼ、及び耐酸性α−アミラーゼの活性について示した。
尚、グルコアミラーゼの酵素活性の測定には、糖化力分別定量キット(キッコーマン製)を用いた。また、耐酸性α−アミラーゼの酵素活性の測定は、非特許文献7に記載の方法を若干改良し、培養物を酸処理することで非耐酸性α−アミラーゼを失活させた後、α−アミラーゼ測定キット(キッコーマン製)を用いて耐酸性α−アミラーゼ活性を測定した。より具体的には、培養液1mlに9mlの100mM酢酸緩衝液(pH3)を添加して37℃で1時間酸処理を行なった後に、α−アミラーゼ測定キット(キッコーマン製)を用いて測定した。
【0052】
表1及び図1に示すとおり、無機窒素物である硝酸カリウムを液体培地に添加して培養したものは0.2%添加区、0.4%添加区とも無添加の対象区と比較してグルコアミラーゼと耐酸性α−アミラーゼの両酵素の活性が大幅に増加しており、しかもグルコアミラーゼと耐酸性α−アミラーゼのバランスも良好であることが分かる。
【0053】
【表1】

【0054】
実施例2(液体麹の製造における複数の無機物の添加)
次に、複数の無機物を添加した場合の効果を以下のようにして調べた。
すなわち、無機窒素物として硝酸カリウム又は硝酸ナトリウム、無機塩としてリン酸2水素カリウムを表2に記載する配合で水に添加した。硝酸ナトリウムの添加量は硝酸カリウム2.0%に相当するモル濃度である20mMから算出し、硝酸イオン濃度が等しくなるように1.7%配合した。対照としては、無機窒素物と無機塩無添加の水を用いた。
上記のように調製した原料水に、培養原料となる玄麦を2%(w/vol)となるように加えた4種類の液体培地を調製し、実施例1と同じ条件で白麹菌の液体培養を行なった。その後、グルコアミラーゼ活性、耐酸性α−アミラーゼ活性を実施例1と同じ方法で測定した。結果を表2及び図2に示す。
【0055】
【表2】

【0056】
表2及び図2に示すとおり、無機窒素物と無機塩を添加した場合も、無添加の対照区と比較してグルコアミラーゼと耐酸性α−アミラーゼの両酵素の活性が増加した。
【0057】
実施例3(液体麹の製造における酵母菌体又は酵母自己消化物の添加)
酵母菌体又は酵母自己消化物(酵母エキス)を添加した液体培地を用いて液体麹を製造した。
【0058】
(1)添加する酵母菌体又は酵母自己消化物の調製
ビール醸造工程から回収されたビール酵母を、以下の条件で処理し、液体麹製造で使用するビール酵母菌体及び酵母自己消化物(1)、(2)とした。
【0059】
酵母菌体:ビール酵母を5,000×g、15分間の遠心分離により水分含量70%程度にまで脱水して得たビール酵母菌体
酵母自己消化物(1):ビール酵母菌体を等量の水に懸濁後、52℃で18時間処理して得た酵母自己消化物
酵母自己消化物(2):ビール酵母菌体を等量の1%乳酸に懸濁後、52℃で18時間処理して得た酵母自己消化物
【0060】
(2)酵母を添加した液体培地を用いた液体麹の調製
調製した酵母菌体ならびに酵母自己消化物(1)〜(2)を、それぞれ0.20%、0.50%、1%(v/vol)になるように水に添加し、原料水を調製した。これらの原料水に、培養原料の玄麦を2%(w/vol)となるように加えて液体培地を調製したのち、実施例1と同じ条件で白麹菌の液体培養を行なった。その後、グルコアミラーゼ活性と耐酸性α−アミラーゼ活性を実施例1と同じ方法で測定した。
【0061】
一方、対照区として、水に玄麦を2%(w/vol)のみ添加して調製した液体培地(No.1)についても、実施例1と同様に白麹菌を接種して液体培養を行ない、得られた液体麹のグルコアミラーゼ活性と耐酸性α−アミラーゼ活性を同様に測定した。結果を表3及び図3に示す。
【0062】
【表3】

*:単位はv/vol
【0063】
(3)結果
表3及び図3に示した通り、酵母菌体そのものを添加した試験区、酵母自己消化物を添加した試験区のいずれも、無添加の対照区(No.1)よりもグルコアミラーゼ活性、及び耐酸性α−アミラーゼ活性ともに増加している。特に、No.7 の試験区は良好な結果を示した。また、どの試験区においても、酵母菌体又は酵母自己消化物の添加量に比例して、グルコアミラーゼ活性と耐酸性α−アミラーゼ活性が増加している。
【0064】
実施例4(無機窒素物及び/又は無機塩と酵母菌体の組み合わせの添加)
硝酸カリウム、リン酸2水素カリウム及び酵母菌体を表4に示した通りに組み合わせて水に添加し、原料水を調製した。使用した酵母菌体は、ビール醸造工程から回収したビール酵母を遠心分離により水分含量70%程度にまで脱水した酵母菌体そのもの(実施例3の酵母菌体)である。なお、対照(No.1)として、無添加の原料水を用いた。
表4の組み合わせで調製した原料水に、玄麦を2%(w/vol)添加して調製した液体培地を用いて、実施例1と同様にそれぞれ白麹菌を接種して液体培養を行ない、それぞれのグルコアミラーゼ活性と耐酸性α−アミラーゼ活性を測定した。結果を表4及び図4に示す。
【0065】
【表4】

【0066】
表4及び図4から、全ての試験区において、無添加の対照区(No.1)よりグルコアミラーゼ活性と耐酸性α−アミラーゼ活性ともに非常に高いことが分かる。特に、試験区No.15〜18は両酵素とも活性が非常に高かった。このことから、無機窒素物及び/又は無機塩と酵母菌体の併用により液体培地中の栄養バランスが改善され、糸状菌による酵素生産が活発に行なわれたと考えられる。
【0067】
実施例5(大麦糠、酵母菌体、無機物の組み合わせ)
大麦糠及び酵母菌体、硝酸カリウム、リン酸2水素カリウムを表5に示した通りに組み合わせて水に添加し、液体培地の原料水とした。使用した大麦糠は、70%精白大麦(オーストラリア産スターリング)の搗精工程から回収されたものであり、大麦穀皮及び糠を含むものである。また、使用した酵母菌体は、ビール醸造工程から回収したビール酵母を遠心分離により水分含量70%程度にまで脱水した酵母菌体そのもの(実施例3の酵母菌体)である。一方、対照としては無添加の原料水を用いた。
表5の組み合わせで調製した原料水に、玄麦を2%(w/vol)添加して調製した液体培地を用いて、実施例1と同様にそれぞれ白麹菌を接種して液体培養し、それぞれのグルコアミラーゼ活性及び耐酸性α−アミラーゼ活性を同様にして測定した。結果を表5及び図5に示す。
【0068】
【表5】

○:硝酸カリウム0.2%(w/vol)とリン酸2水素カリウム0.3%(w/vol)を添加した試験区
【0069】
表5及び図5から、全ての試験区において、無添加の対照区(No.1)よりもグルコアミラーゼ活性及び耐酸性α−アミラーゼ活性とも非常に高いことが分かる。特に、試験区No.4は両酵素とも活性が非常に高く、バランスも良かった。このことから、大麦糠と酵母菌体の併用により液体培地中の栄養バランスが改善され、糸状菌による酵素生産が活発に行なわれたと考えられる。
なお、大麦糠又は酵母菌体と無機窒素物及び無機塩との併用(No.8 、No.9)も良好な結果を示した。
【0070】
実施例6(大麦穀皮と酵母菌体の組み合わせの添加)
硝酸カリウム、リン酸2水素カリウム、大麦穀皮及び酵母菌体を表6に示した通りに組み合わせて原水に添加し、液体培地の原料水とした。使用した大麦穀皮は、70%精白大麦の搗精工程から得られた大麦糠を2mmメッシュのふるいに通して、大麦穀皮のみを回収したものである。また、使用した圧搾酵母は、ビール醸造工程から回収したビール酵母を遠心分離により水分含量70%程度にまで脱水した酵母菌体そのもの(実施例3の酵母菌体)である。一方、対照として、無添加の原水(No.1)を用いた。
表6の組み合わせで調製した原料水に、玄麦を2%(w/vol)添加して調製した液体培地を用いて、実施例1と同様にそれぞれ白麹菌を接種して液体培養し、得られた液体麹のグルコアミラーゼ活性と耐酸性α−アミラーゼ活性を測定した。結果を表6及び図6に示す。
【0071】
【表6】

【0072】
表6及び図6から、全ての試験区において、無添加の対照区(No.1)よりもグルコアミラーゼ活性と耐酸性α−アミラーゼ活性ともに非常に高いことが分かる。特に、試験区No.6〜9は両酵素とも活性が非常に高く、バランスも良かった。このことから、大麦穀皮と酵母菌体の併用により液体培地中の栄養バランスが改善され、糸状菌による酵素生産が活発に行なわれたと考えられる。
【0073】
実施例7(液体麹製造における硫酸塩添加効果)
以下のような方法で液体麹を製造し、それらの酵素活性を測定した。
1.前培養方法
65%精白麦(オーストラリア産スターリング)8gと水100mlを500mlバッフル付三角フラスコに張り込み、121℃で15分間オートクレーブ滅菌した。放冷後、この前培養培地に白麹菌(Aspergillus kawachii NBRC4308)を1×10個/mlになるように植菌し、37℃、24時間、100rpmで振盪培養し、前培養液とした。
【0074】
2.本培養方法
98%精白麦(玄麦、オーストラリア産スターリング)2.0%(w/vol)と、硝酸カリウム0.2%(w/vol)、リン酸2水素カリウム0.3%(w/vol)、硫酸マグネシウム7水和物0.1%(w/vol)及び塩化マグネシウム6水和物0.082(w/vol)を表7に示す組成比で含む5試験区の液体培地100mlを調製した。これらの液体培地を500mlバッフル付三角フラスコに張り込み、121℃で15分間オートクレーブ滅菌した。
放冷後、この本培養培地へ前培養液1mlを植菌し、37℃、48時間、100rpmで振盪培養した。なお、塩化マグネシウム6水和物の添加量は、硫酸マグネシウム7水和物0.1%に相当するモル濃度である8.12mMから算出し、各試験区の培地中のマグネシウム濃度が等しくなるように配合した。
【0075】
【表7】

【0076】
3.酵素活性測定法
培養終了後、デンプン分解酵素であるグルコアミラーゼ活性(GA)と耐酸性α−アミラーゼ活性(ASAA)について測定した。
グルコアミラーゼ活性(GA)の測定は、糖化力分別定量キット(キッコーマン製)を用いて行った。
耐酸性α−アミラーゼ活性(ASAA)の測定は、<Sudo S. et al: J. Ferment. Bioeng.,76,105-110(1993)、Sudo S. et al: J. Ferment. Bioeng.,77,483-489(1994)、須藤茂俊ら: 日本醸造協会誌.,89,768-774(1994)>に記載の方法を若干改良し、培養物を酸処理することで非耐酸性α−アミラーゼ活性を失活させた後、α−アミラーゼ測定キット(キッコーマン製)を用いて行なった。より具体的には、培養液1mlに9mlの100mM 酢酸緩衝液(pH3)を添加し、37℃で1時間酸処理を行なった後に、α−アミラーゼ測定キット(キッコーマン製)を用いて測定した。
【0077】
また、セルロース分解酵素であるセルラーゼ活性(CEL)と、タンパク分解酵素のひとつである酸性カルボキシペプチダーゼ活性(ACP)の測定も同時に行なった。
セルラーゼ活性(CEL)は、カルボキシメチルセルロース(CMC)を基質として加水分解により生じた還元糖量を、ジニトロサリチル酸(Dinitrosalicylic acid; DNS)法により定量する方法により行なった。より具体的には、1%CMC基質溶液(シグマ社製low viscosity(商品名)を100mM 酢酸緩衝液(pH5)に溶解)1mlに培養液1mlを加えて、40℃にて正確に10分間酵素反応を行なわせた後、DNS試薬(0.75%ジニトロサリチル酸、1.2%水酸化ナトリウム、22.5%酒石酸ナトリウムカリウム4水和物、0.3%乳糖1水和物を含む)4mlを加えてよく混合し、反応を停止した。反応停止液に含まれる還元糖量を定量するために、反応停止液を沸騰水浴中で15分間正確に加熱した。続いて、室温まで冷却した後、540nmの吸光度を測定することでグルコースに相当する還元糖量として定量した。1単位のセルラーゼ活性(CEL)は、1分間に1μmolのグルコースに相当する還元糖を生成する酵素量として表した。
酸性カルボキシペプチダーゼ活性(ACP)の測定は、酸性カルボキシペプチダーゼ測定キット(キッコーマン製)を用いて行なった。
測定結果を図7に示す。
【0078】
4.結果
図7(A)に示すように、硫酸マグネシウム添加区である試験区2で、グルコアミラーゼ活性が顕著に上昇した。また、図7(C)や図7(D)に示すように、硫酸マグネシウム添加区である試験区2では、セルラーゼや酸性カルボキシペプチダーゼ活性も上昇した。一方、同じマグネシウム塩である塩化マグネシウムを添加した試験区3では活性が上昇しなかったことから、これらの酵素生産性増大効果の本体が、硫酸根にあることが示唆された。
また、硫酸マグネシウムが添加されているが、硝酸カリウムやリン酸2水素カリウムが欠乏している試験区4、5では、酵素生産性増大効果が確認されなかったことから、硝酸塩、リン酸塩および硫酸塩が共に含まれているときに、顕著に酵素生産性が向上することが分かった。
【0079】
このように、表面が穀皮で覆われた穀類(玄麦)と、硝酸塩、リン酸塩ならびに硫酸塩を加えた液体培地を用いて麹菌を培養することで、グルコアミラーゼや耐酸性α−アミラーゼといった焼酎等の製造に必要な酵素群に加えて、セルロース分解酵素であるセルラーゼや、タンパク分解酵素である酸性カルボキシペプチダーゼが同時に高生産された液体麹が製造できる。
セルロース分解酵素が高生産されることで、焼酎製造におけるもろみ粘度の低下やアルコール収量の増大が期待できるし、また、タンパク分解酵素が高生産されることで、焼酎もろみのアミノ酸成分が増大すれば、華やかな香りを持つ焼酎製造も可能となる。
また、本発明の方法により、今回測定された酵素以外のデンプン分解酵素群やセルロース分解酵素群、タンパク質分解酵素群など、麹菌の生産する酵素群が全般的に高生産されている可能性が高いと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明によれば、液体麹におけるデンプン分解酵素の生産性を著しく向上することができるだけでなく、セルロース分解酵素およびタンパク分解酵素が高生産された液体麹を製造することができる。しかも、液体培養は、固体培養に比べ厳密な培養コントロールが可能であるため、品質が安定した液体麹を効率よく、かつ安価に製造することができる。
本発明により製造した液体麹を焼酎等の発酵飲食品の製造に用いることにより、アルコール収量やアミノ酸生成量が増大し、華やかな香味の発酵飲食品を効率よく製造することができる。
しかも、本発明において使用される穀類は、未精白、或いは少なくとも穀皮が穀粒の表面に残されている程度までに精白されたものであるので、原料利用率や歩留まりの向上が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】窒素源として硝酸カリウムを使用した液体培地で培養して得られた培養物のグルコアミラーゼ、及び耐酸性α−アミラーゼの活性を示す。また、黒棒はグルコアミラーゼ活性(U/ml)を、白棒は耐酸性α−アミラーゼ活性(U/ml)を示す。
【図2】無機窒素物と無機塩を使用した液体培地で培養して得られた培養物のグルコアミラーゼ、及び耐酸性α−アミラーゼの活性を示す。また、黒棒はグルコアミラーゼ活性(U/ml)を、白棒は耐酸性α−アミラーゼ活性(U/ml)を示す。
【図3】窒素源として酵母菌体又は酵母自己消化物を使用した液体培地で培養して得られた培養物のグルコアミラーゼ、及び耐酸性α−アミラーゼの活性を示す。また、黒棒はグルコアミラーゼ活性(U/ml)を、白棒は耐酸性α−アミラーゼ活性(U/ml)を示す。
【図4】無機窒素物と無機塩と酵母菌体を組み合わせて使用した液体培地で培養して得られた培養物のグルコアミラーゼ、及び耐酸性α−アミラーゼの活性を示す。また、黒棒はグルコアミラーゼ活性(U/ml)を、白棒は耐酸性α−アミラーゼ活性(U/ml)を示す。
【図5】窒素源として大麦糠、酵母菌体及び無機窒素物を組み合わせて使用した液体培地で培養して得られた培養物のグルコアミラーゼ、及び耐酸性α−アミラーゼの活性を示す。また、黒棒はグルコアミラーゼ活性(U/ml)を、白棒は耐酸性α−アミラーゼ活性(U/ml)を示す。
【図6】窒素源として大麦穀皮と酵母菌体を組み合わせて使用した液体培地で培養して得られた培養物のグルコアミラーゼ、及び耐酸性α−アミラーゼの活性を示す。また、黒棒はグルコアミラーゼ活性(U/ml)を、白棒は耐酸性α−アミラーゼ活性(U/ml)を示す。
【図7】硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩を使用した液体培地で培養して得られた麹菌培養物における各種酵素活性を示すグラフである。(A)はグルコアミラーゼ(GA)、(B)は耐酸性α−アミラーゼ(ASAA)、(C)はセルラーゼ(CEL)、(D)は酸性カルボキシペプチダーゼ(ACP)の活性(U/ml)をそれぞれ示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われた穀類を培養原料とし、窒素源を含有する液体培地で白麹菌および/または黒麹菌を培養することを特徴とする酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項2】
窒素源が硝酸塩であることを特徴とする請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項3】
窒素源が、酵母菌体又はその処理物、穀類穀皮、穀類糠の中の少なくとも1種類、あるいはこれらと硝酸塩との混合物であることを特徴とする請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項4】
液体培地が、硝酸塩を0.05〜2.0%(w/vol)の濃度で含有する請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項5】
液体培地が、更にリン酸塩を含有することを特徴とする請求項2に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項6】
液体培地が、リン酸塩を0.05〜1.0%(w/vol)の濃度で含有する請求項5に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項7】
液体培地が、更に硫酸塩を含有することを特徴とする請求項5に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項8】
液体培地が、硫酸塩を0.01〜0.5%(w/vol)の濃度で含有する請求項7に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項9】
酵素が、デンプン分解酵素、セルロース分解酵素およびタンパク分解酵素から選ばれた1種または2種以上である請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項10】
穀類が、米、小麦、大麦、そば、ヒエ、アワ、キビ、コウリャン又はトウモロコシであることを特徴とする請求項1に記載の酵素活性の増強された液体麹の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法で得られた液体麹。
【請求項12】
請求項11に記載の液体麹を用いることを特徴とする酵素製剤の製造方法。
【請求項13】
請求項12に記載の方法で得られた酵素製剤。
【請求項14】
培養原料である表面の全部又は一部が少なくとも穀皮で覆われた穀類と、窒素源とを含む液体培地で、白麹菌および/または黒麹菌を培養して酵素を生産することを特徴とする酵素の生産方法。
【請求項15】
窒素源が、硝酸塩であることを特徴とする請求項14に記載の酵素の生産方法。
【請求項16】
窒素源が、酵母菌体又はその処理物、穀類穀皮、穀類糠の中の少なくとも1種類、あるいはこれらと硝酸塩との混合物であることを特徴とする請求項14に記載の酵素の生産方法。
【請求項17】
液体培地が、硝酸塩を0.05〜2.0%(w/vol)の濃度で含有する請求項14に記載の酵素の生産方法。
【請求項18】
液体培地が、更にリン酸塩を含有することを特徴とする請求項15に記載の酵素の生産方法。
【請求項19】
液体培地が、リン酸塩を0.05〜1.0%(w/vol)の濃度で含有する請求項18に記載の酵素の生産方法。
【請求項20】
液体培地が、更に硫酸塩を含有することを特徴とする請求項18に記載の酵素の生産方法。
【請求項21】
液体培地が、硫酸塩を0.01〜0.5%(w/vol)の濃度で含有する請求項20に記載の酵素の生産方法。
【請求項22】
酵素が、デンプン分解酵素、セルロース分解酵素およびタンパク分解酵素から選ばれた1種または2種以上である請求項14に記載の酵素の生産方法。
【請求項23】
原料の穀類が米、小麦、大麦、そば、ヒエ、アワ、キビ、コウリャン又はトウモロコシであることを特徴とする請求項14に記載の酵素の生産方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−125002(P2007−125002A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−197621(P2006−197621)
【出願日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【Fターム(参考)】