説明

液状錯体化合物、当該液状錯体化合物を含有する電解質、及び当該電解質を備える電気化学デバイス

【課題】マトリックス由来の自由なイオンを有しないため、デザイン性が良好でかつ高い極性を備え、反応溶媒や電解液として有用な液状錯体化合物、当該液状錯体化合物を含有して優れたイオン伝導特性を示す電解質、及び、当該電解質を備えて電気的特性に優れた電気化学デバイスを提供すること。
【解決手段】本発明の液状錯体化合物は、アルキル化ホウ素と含窒素複素環が共存してアルキル化ホウ素−含窒素複素環複合構造をとることにより構成される。また、イオン性化合物と当該液状錯体化合物を含有する電解質はイオン伝導性に優れ、更には、当該電解質を備えた電気化学デバイスは優れた電気的特性を有するため、各種電池や電気二重層キャパシタ等として使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液状錯体化合物、当該液状錯体化合物を含有する電解質、及び当該電解質を備える電気化学デバイスに関する。更に詳しくは、液物性を維持しつつ優れた極性を有し、イオン性化合物とともに用いた場合にはイオン伝導性に優れる液状錯体化合物、当該液状錯体化合物を含有し、イオン伝導性に優れる電解質、及び当該電解質を備え、電気的特性に優れる電気化学デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、デザイン性が高い反応溶媒や電解質として用いるイオン液体の研究が行われており、また、これらについて諸特性のいっそうの向上が求められている。イオン液体は不燃性、不揮発性であり、再利用も可能なクリーン溶媒であり、また、電解質として用いた場合であっても電気化学的な安定性が高く、かつイオン伝導性に優れた液体である。このようなイオン液体はリチウム電池や燃料電池等の各種電池、エレクトロクロミックディスプレイ、色素増感太陽電池、電気二重層キャパシタ等、さまざまな電気化学デバイスへの利用が検討されている。
【0003】
また、電池等においては、特性を改善する上では高いイオン伝導性のみならず、電極との反応性を有する目的イオンの選択的輸送もまた重要である。一般的なイオン液体の場合、リチウムイオン輸率は多くの非プロトン性極性溶媒と同様に室温において0.2〜0.3であり、リチウムイオンのアニオンに対する移動度は低い。また、イオン液体の場合には、マトリックス自身がイオンにより構成されているが、かかる構成を取る場合には構成イオンもまた電解質内を電位勾配に沿って移動していると考えられるため、目的イオンの選択的輸送は容易ではない。更には、このようなイオン液体を備える電解質を電池等の電気化学デバイスに用いた場合にあっては、充放電時に電解質の内部で分極が起こるという問題も発生していた。
【0004】
一方、このような問題を解決する手段としては、カチオンとアニオンを共有結合で結びつけることにより、マトリックス由来のイオン移動を抑止した双性イオン型溶融塩を挙げることができる。また、ルイス酸性の有機ホウ素ユニットをアニオンレセプターとして導入した有機ホウ素溶融塩も、カチオン輸率を改善した材料である(例えば、特許文献1〜特許文献8、及び非特許文献1〜非特許文献3参照。)。
【0005】
【特許文献1】特開平4−349365号公報
【特許文献2】特開平10−92467号公報
【特許文献3】特開平11−86905号公報
【特許文献4】特開平11−260400号公報
【特許文献5】特開2002−110230号公報
【特許文献6】特開2004−263004号公報
【特許文献7】特開2004−161615号公報
【特許文献8】特開2005−228588号公報
【非特許文献1】吉澤(Yoshizawa,M)、平尾(Hirao,M)、伊藤(Ito-Akita,K)、大野(Ohno,H)、「ジャナル・オブ・マテリアル・ケミストリー(Journal of MaterialChemistry)」,(英国),2001年,第11巻,p.1057
【非特許文献2】松見(Matsumi, N)、水雲(Mizumo, T)、大野(Ohno,H)、「ポリマー・ブレティン(Polymer Bulletin)」,(ドイツ),2004年,第51巻,p.389
【非特許文献3】松見(Matsumi, N)、三宅(Miyake, M)、大野(Ohno, H)、「ケミカル・コミュニケーションズ(Chemical. Communications)」,(英国),2004年,p.2852
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記した従来技術については、カチオン輸率は向上したものの、なお相当量のマトリックス由来によるアニオンの移動が必要とされていた。加えて、かかる従来技術にあっては、マトリックスが液物性を維持している系はごく限られていた。したがって、イオン液体と同様、マトリックスが液物性を維持し、かつ、マトリックスに本質的にイオンを含まないデザイン性に優れた電解液の開発が期待されている。
【0007】
本発明は前記の課題に鑑みてなされたものであり、常温で安定した液物性を示すことに加え、マトリックス由来の自由なイオンを有しないため、デザイン性が良好でかつ高い極性を備え、反応溶媒や電解液として有用な液状錯体化合物、また、当該液状錯体化合物を含有して優れたイオン伝導性を示す電解質、及び、当該電解質を備えて電気的特性に優れた電気化学デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明の液状錯体化合物は、アルキル化ホウ素と含窒素複素環が共存していることを特徴とする。
【0009】
本発明の液状錯体化合物は、アルキル化ホウ素と含窒素複素環が共存することにより、含窒素複素環の窒素原子がアルキル化ホウ素のホウ素原子に配位して、アルキル化ホウ素−含窒素複素環複合構造を形成する。すなわち、本発明に係る液状錯体化合物は、アルキル化ホウ素と含窒素複素環が共存して、アルキル化ホウ素−含窒素複素環複合構造をとることにより、ホウ素と窒素の両原子上に電荷が生成するため、液物性を維持しながら、マトリックス由来の自由なイオンを有することなく高い極性を備えることができ、また、溶液としてのデザイン性も良好となる。よって、様々な有機化合物やイオン性化合物に適用した場合にあっては、その溶解性を高める効果が得られ、イオン性化合物とともに用いる場合にはその解離性を高める効果を奏することが可能な、高いイオン伝導度を有する電解質を構成できる電解液、もしくは反応溶媒となる。
【0010】
本発明の液状錯体化合物は、前記含窒素複素環がイミダゾール環、ピリジン環及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる1種であることが好ましい。このような構成によれば、前記した含窒素複素環としてイミダゾール環やピリジン環等を採用し、これらをアルキル化ホウ素との複合構造としているので、ホウ素、窒素両原子上に電荷が安定して生成し、高い極性が得られ、マトリックス中を単独で移動可能なイオンが存在しない液状錯体化合物となり、前記した効果を効率よく奏することができる。
【0011】
本発明の液状錯体化合物は、下記式(I)で表される分子構造を有することが好ましい。
【0012】
【化1】

(式(I)中、3つのRのうち少なくとも1つはアルキル基、残りはアルキル基または水素原子であり、R、R、R、Rはそれぞれ水素原子または1価の基、を示す。)
【0013】
このような構成によれば、本発明に係る化合物は、式(I)で表されるように、アルキル化ホウ素−イミダゾール複合構造を有することにより、これとともに用いるイオン性化合物の解離性を高める効果が得られ、高いイオン伝導度を有する電解質を構成できる液状の錯体化合物となる。
【0014】
本発明に係る液状錯体化合物は、下記式(II)で表される分子構造を有することが好ましい。
【0015】
【化2】

(式(II)中、3つのRのうち少なくとも1つはアルキル基、残りはアルキル基または水素原子であり、R、R、R、R、Rはそれぞれ水素原子または1価の基、を示す。)
【0016】
このような構成によれば、本発明に係る化合物は、式(II)で表されるように、アルキル化ホウ素−ピリジニウム複合構造を有することにより、これとともに用いるイオン性化合物の解離性をより高める効果が得られ、高いイオン伝導度を有する電解質を構成できる液状の錯体化合物となる。
【0017】
本発明の液状錯体化合物は、前記Rが全てアルキル基であることが好ましい。
かかる本発明によれば、式(I)あるいは式(II)においてRを全てアルキル基とすることにより、アルキル化ホウ素がトリアルキルボランとなり、化合物がキャリアーイオンの輸送の際の活性化エネルギーが小さく、低粘度系の液状錯体化合物となる。
【0018】
また、本発明の電解質は、イオン性化合物と、前記した本発明の液状錯体化合物を含有することを特徴とする。本発明の電解質は、高い極性を有する本発明の液状錯体化合物を含有しているので、イオン性化合物とともに用いることによりその解離性が高められ、高いイオン伝導度を有する電解質となる。
【0019】
また、本発明の電気化学デバイスは、前記した本発明の電解質を備えることを特徴とする。本発明に係る電気化学デバイスは、高いイオン伝導性を有する本発明の電解質を備えているので、優れた電気的特性を有することになる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の液状錯体化合物によれば、アルキル化ホウ素−含窒素複素環複合構造をとることにより、低粘度で液物性を維持しつつ、高い極性を発現できるため、溶液としてのデザイン性も良好であり、高いイオン伝導度を有する電解質を構成できる電解液、もしくは反応溶媒を提供する。また、かかる液状錯体化合物を含有する本発明の電解質は、高いイオン伝導度を発現できる、イオン伝導性に優れた電解質となる。そして、当該電解質を備えた本発明の電気化学デバイスは、電気的特性に優れたものとなり、リチウム一次電池、リチウム二次電池、リチウムイオン電池、燃料電池、太陽電池等の各種電池や、電気二重層キャパシタ等に適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明は、アルキル化ホウ素に含窒素複素環を共存させることにより、アルキル化ホウ素−含窒素複素環複合構造を形成している液状錯体化合物である。
まず、本発明の液状錯体化合物を構成するアルキル化ホウ素として、ホウ素、モノアルキル化ホウ素、ジアルキル化ホウ素、トリアルキル化ホウ素を適用することができるが、本発明の液状錯体化合物は、キャリアーイオンの輸送の際の活性化エネルギーが小さい低粘度の系が好ましく、この観点から、トリアルキル化ホウ素(トリアルキルボラン)とすることが好ましい。
【0022】
アルキル化ホウ素におけるアルキル基以外の基としては、例えば、水素原子、アリール基、アリル基、ベンジル基、アルケニル基、アルキニル基、アルキルエーテル基、アルキルエステル基、アルキルケトン基、複素環基またはこれらの誘導体(以下、「水素原子等」ということもある。)が挙げられる。これらは直鎖構造だけではなく、側鎖を有していてもよく、更には環状構造を有していてもよい。
【0023】
アルキル基としては、例えば、メチル基(CH−)、エチル基(CHCH−)、プロピル基(CHCHCH−)、イソプロピル基((CHCH−)、ブチル基(CHCHCHCH−)、イソブチル基((CHCHCH−)、s−ブチル基(CHCHCH(CH)−)、t−ブチル基((CHC−)、フェニル基(C−)等を挙げることができる。
【0024】
また、本発明の液状錯体化合物を構成する、アルキル化ホウ素と共存する含窒素複素環としては、例えば、イミダゾール環、ピリジン環、ピロリジン環、ピペリジン環、ピロリン環、ピロール環、ピラゾール環、インドール環、カルバゾール環、及びこれらの誘導体等を挙げることができる。これらの含窒素複素環のうち、イミダゾール環、ピリジン環またはこれらの誘導体を有することが好ましく、含窒素複素環としてこれらを採用することにより、ホウ素、窒素両原子上に電荷が安定して生成し、高い極性が得られ、マトリックス中を単独で移動可能なイオンが存在しない液状錯体化合物となる。
【0025】
更には、本発明の液状錯体化合物は、その分子構造として、式(I)または式(II)で表される構造を有していることが好ましい。式(I)に表されるアルキル化ホウ素−イミダゾール複合構造、あるいは、式(II)に表されるアルキル化ホウ素−ピリジニウム複合構造を有することにより、イオン性化合物と電解質を形成した場合にあっては、ともに用いるイオン性化合物の解離性を高める効果が得られ、高いイオン伝導度を有する電解質を構成できる液状錯体化合物となる。また、イミダゾール環あるいはピリジン環を形成するためのイミダゾール化合物、ピリジン化合物は安価で入手できるので、本発明の液状錯体化合物を低コストで提供可能とする。
【0026】
【化3】

【0027】
【化4】

【0028】
式(I)及び式(II)で表される構造において、3つのRのうち少なくとも1つはアルキル基、残りはアルキル基または水素原子等であり、アルキル基または水素原子であることが好ましい。一方、前記したように、本発明の液状錯体化合物は、キャリアーイオンの輸送の際の活性化エネルギーが小さい低粘度の系が好ましく、この観点から、3つのRを全てアルキル基とすることが特に好ましい。
【0029】
また、式(I)におけるR〜R、式(II)におけるR〜Rは、それぞれ水素原子または1価の基であり、1価の基としては、例えば、アルキル基、アリール基、アリル基、アルケニル基、ビニル基、アルキニル基、アルキルエーテル基、アルキルエステル基、アルキルケトン基、シアノ基、ヒドロキシル基、ホルミル基、アリールオキシ基、アルキルチオ基、アリールチオ基、アシルオキシ基、スルホニルオキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、アリールアミノ基、カルボンアミノ基、オキシスルホニルアミノ基、スルホンアミド基、オキシカルボニルアミノ基、アシル基、オキシカルボニル基、カルバモイル基、スルホニル基、スルフィニル基、オキシスルホニル基、スルファモイル基、カルボン酸基、スルホン酸基、ベンジル基、ホスホン酸基、複素環基、及びこれらの誘導体が挙げられる。これらは直鎖構造だけでなく、側鎖を有していてもよく、更には環状構造を有していてもよい。
【0030】
以下に、式(I)で表される構造の好ましい例を示す。式(III)は、式(I)において3つのR、及びRをアルキル基、R、R、Rを水素原子としたものであり、また、式(IV)は、式(I)において3つのRをアルキル基、Rをアリル基、R、R、Rを水素原子としたものである。なお、m、nは正の整数である。
【0031】
【化5】

【0032】
【化6】

【0033】
ここで、式(III)、式(IV)で表される構造において、mが16以上の整数であると、得られる液状錯体化合物は高粘度、低極性となり、溶媒、もしくは電解液ないし電解質としての充分な性能が得られないため、mは15以下が好ましい。
【0034】
また、式(III)で表される構造において、nが5以上の整数であると、生成した化合物の極性が低下し、本発明の液状錯体化合物を含有する電解質に用いるイオン性化合物の解離性を高める効果が充分得られず、また、溶媒として用いる場合にも様々な基質の溶解能力が低下するため、nは4以下が好ましい。
【0035】
以下に、式(III)及び式(IV)で表される構造の好ましい具体例を、式(V)及び式(VI)として例示する。
【0036】
【化7】

【0037】
【化8】

【0038】
同様に、式(II)で表される構造の好ましい例を示す。式(VII)は、式(II)において3つのR、及びRをアルキル基、R、R、R及びRを水素原子としたものであり、また、式(VIII)は、式(II)において3つのRをアルキル基、R、R、R、R及びRを水素原子としたものであり、式(IX)は、式(II)において3つのRをアルキル基、Rをビニル基、R、R、R及びRを水素原子としたものである。なお、m、nは正の整数である。
【0039】
【化9】

【0040】
【化10】

【0041】
【化11】

【0042】
ここで、式(VII)、式(VIII)、式(IX)で表される構造において、mが16以上の整数であると、得られる液状錯体化合物は、高粘度、低極性となり、溶媒、もしくは電解液ないし電解質としての充分な性能が得られないため、mは15以下が好ましい。
【0043】
また、式(VII)で表される構造において、nが4以上の整数であると、生成した化合物の極性が低下し、本発明の液状錯体化合物を含有する電解質に用いるイオン性化合物の解離性を高める効果が充分に得られず、また、溶媒として用いる場合にも様々な基質の溶解能力が低下するため、nは3以下が好ましい。
【0044】
以下に、式(IX)で表される構造の好ましい具体例を、式(X)として例示する。
【0045】
【化12】

【0046】
以下に、本発明の実施形態に係る液状錯体化合物の好ましい製造方法について例示して説明する。
次のスキームに示すように、式(X)で表されるアルキル化ホウ素は、式(Y)で表されるイミダゾール類等の含窒素複素環化合物と反応させることによって、式(I’)で表される本発明の実施形態に係る液状錯体化合物が得られる。なお、式(I’)におけるnは、前記した式(III)と同様正の整数であり、nは4以下が好ましい。
【0047】
ここで、式(X)で表されるアルキル化ホウ素としては、例えば、トリエチルボラン、トリブチルボラン等を好適に挙げることができる。また、式(Y)で表されるイミダゾール類としては、例えば、イミダゾール、1−メチルイミダゾール、1−エチルイミダゾール等を好適に挙げることができ、東京化成工業(株)製等の市販品を使用することができる。
【0048】
【化13】

【0049】
以上、式(I)で表される構造を有する本発明の実施形態に係る液状錯体化合物の好ましい例を説明したが、式(II)で表される構造を有する本発明の実施形態に係る液状錯体化合物についても、同様にして製造できる。すなわち、次のスキームに示すように、式(X)で表されるアルキル化ホウ素は、式(Z)で表されるピリジン環類の含窒素複素環化合物と反応させることによって、式(II’)で表される本発明の実施形態に係る液状錯体化合物が前記の式(I’)同様に得られる。ここで、式(Z)で表されるピリジン化合物としては、例えばピリジンを挙げることができ、東京化成工業(株)製等の市販品を使用することができる。なお、式(II’)におけるnは、前記した式(VII)と同様正の整数であり、nは3以下が好ましい。
【0050】
【化14】

【0051】
本発明の液状錯体化合物は、アルキル化ホウ素と含窒素複素環が共存し、含窒素複素環の窒素原子がアルキル化ホウ素のホウ素原子に配位して、アルキル化ホウ素−含窒素複素環複合構造を形成することにより、ホウ素と窒素の両原子上に電荷が生成するため、マトリックス由来の自由なイオンを有することなく、液物性を維持しながら、高い極性を有することができ、溶液としてのデザイン性も良好となる。よって、様々な有機化合物やイオン性化合物に適用した場合にあっては、その溶解性を高める効果が得られ、例えば、イオン性化合物とともに用いる場合にはその解離性を高める効果を備える、高いイオン伝導度を有する電解質を構成できる電解液もしくは反応溶媒となる。
【0052】
また、本発明の電解質は、イオン性化合物と、前記した本発明の液状錯体化合物を含有することにより構成される。かかる構成の電解質は、極性に優れた本発明の液状錯体化合物を含有しているので、高いイオン伝導度を有する電解質となる。本発明の電解質は、キャリアーイオンを提供するため、かかるキャリアーイオンから構成されるイオン性化合物を、本発明の液状錯体化合物と共存させることにより得ることができるが、液状錯体化合物とイオン性化合物との割合は、特に制限はないが、有効成分として含有すればよく、粘度と極性を考慮すれば、例えば、0.1〜10モル/リットル程度とすればよいが、この範囲には限定されない。
【0053】
キャリアーイオンから構成されるイオン性化合物としては、例えば、LiClO、LiBF、LiAsF、LiPF、LiSCN、LiBr、LiI、LiSO、Li10Cl10、LiAlCl、LiSbF、LiCl、NaClO、NaI、NaSCN、NaBr、KClO、KSCN等のリチウム(Li)、ナトリウム(Na)、またはカリウム(K)の1種を含む無機イオン塩が挙げられる。
また、LiCFSO、LiN(CFSO、LiN(CSO、LiN(CFSO)(CSO)、LiC(CFSO、LiC(CSO等のリチウムを含む有機イオン塩が挙げられる。
更には、(CHNBF、(CH)NBr,(CH)N(CFSON、(CH)N(CSON、(CNBF、(CNClO、(CNI、(CN(CFSON、 (CN(CSON、(CNBr、(n−CNBF、(n−C)N(CFSON、(n−C)4N(CSON、(n−CNClO、(n−CNI、(CN−maleate、(CN−benzoate、(C)4N−phtalate等の四級アンモニウム塩等が挙げられる。これらのイオン性化合物は、それぞれを単独で、あるいは二種類以上を組み合わせて使用することができる。
【0054】
なお、本発明に係る電解質は、必要に応じて、プロピレンカーボネート、ポリエチレンオキシド、ジメトキシエタン等の液体電解質である有機溶媒や1−エチル−3メチルイミダゾール−ビストリフルオロメチルスルホニルイミド(TFSI)や1−エチル−3メチルイミダゾール−テトラフルオロボレート等のイオン液体を、本発明の効果を妨げない範囲で添加するようにしてもよい。
【0055】
本発明の電解質を調製するには、特に制限はないが、例えば、本発明の液状錯体化合物とイオン性化合物を、窒素雰囲気下でテトラヒドロフラン等の溶剤中で撹拌等の手段により混合し、混合後溶剤を除去して乾燥することにより簡便に得ることができる。
【0056】
また、本発明の電気化学デバイスは、かかる本発明の電解質を備えることを特徴とする。かかる電気化学デバイスは、イオン伝導性に優れる本発明の電解質を備えるので、電気的特性に優れた電気化学デバイスとすることができる。ここで、電気化学デバイスの例としては、リチウム一次電池、リチウム二次電池、リチウムイオン電池、燃料電池、太陽電池等の各種電池や、電気二重層キャパシタ等が挙げられる。
【0057】
図1は、本発明の電気化学デバイスの一態様であるリチウム二次電池1の構成の一例を示した断面図である。かかるリチウム二次電池に代表される各種電池は、正極、負極、及び本発明の電解質を備える。
図1に示すリチウム二次電池1は、図示しない正極端子付きの正極集電体12と、これに接触する正極13と、図示しない負極端子付きの負極集電体14と、これに接触する負極15と、正極13と負極15との間に挟まれた電解質11と、これらを収納する容器18とから構成される。
【0058】
ここで、正極13の正極活物質としては、例えば、マンガン酸リチウム、ニッケル酸リチウム、コバルト酸リチウム等の遷移金属酸化物、ポリアセチレン、ポリフェニレン、ポリアニリン、ポリピロール等の従来公知の導電性高分子等が用いられる。一方、負極15の負極活物質としては、例えば、リチウムイオンを貯蔵できる炭素材料、リチウム金属、リチウム合金、導電性高分子等の従来公知のものが用いられる。正極集電体12及び負極集電体14としては、例えば、アルミニウム、銅等の金属や、炭素材料等の従来公知のものが用いられる。
【0059】
電解質11は、図1に示すように電気化学デバイスをリチウム二次電池とする場合にあっては、電解質がキャリアーイオンとしてリチウムイオンを有することが好ましいことから、本発明に係る液状錯体化合物と、リチウムイオンを有するイオン性化合物を適用するのが好ましい。また、容器18としては、例えば、金属ケース、樹脂ケース、樹脂フィルム等の従来公知のものが用いられる。
【0060】
次に、図2は、本発明の電気化学デバイスの他の態様である電気二重層キャパシタ2の構成の一例を示した断面図である。電気二重層キャパシタ2は、本発明の電解質からなるセパレーター21と、セパレーター21を介して対向配置された分極性電極22に加え、加えて、セパレーター21と分極性電極22を側面から保持するガスケット23と、分極性電極22に接する一対の集電体24を基本構成として備える。
【0061】
分極性電極22としては、例えば、活性炭、または活性炭をバインダーにより固形化したものに、電解液を染み込ませたもの等が用いられる。ガスケット23としては、例えば、樹脂材料等の従来公知の構成材料が用いられる。集電体24としては、例えば、カーボン粉末等により導電性を付与された導電性樹脂等の従来公知のものを用いることができる。
【0062】
なお、本発明は、その精神または主要な特徴から逸脱することなく、他のいろいろな形で実施することができる。そのため、上記した実施の形態若しくは実施例はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示すものであって、明細書本文にはなんら拘束されない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、すべて本発明の範囲内のものである。また、本発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
【0063】
例えば、電気化学デバイスの一例として図1にリチウム二次電池1の構成、及び図2に電気二重層キャパシタ2の構成を示したが、リチウム二次電池及び電気二重層キャパシタの構成はこれらには限定されない。
その他、本発明の実施の際の具体的な構造及び形状等は、本発明の目的を達成できる範囲で他の構造等としてもよい。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら制約されるものではない。
【0065】
[実施例1]
(液状錯体化合物Aの調製)
室温、窒素雰囲気にて、1.0Mトリブチルボラン及び溶剤としてテトラヒドロフラン溶液10mlに1−エチルイミダゾール0.961gを加え、反応溶液を2時間攪拌した。その後、溶媒を留去、減圧乾燥し1−エチルイミダゾール−トリブチルボラン錯体2.76gを得た(収率99%)。これを本発明化合物Aとする。以下にH−NMR、11B−NMRの測定結果を示す。併せて、図3にH−NMR、図4に11B−NMRのチャートを示す。
【0066】
H−NMR及び11B−NMRの測定結果)
H−NMR(溶媒:CDCl、δ(ppm):0.87、1.30、1.46、4.01、6.91、7.09、7.63)
11B−NMR(溶媒:CDCl、δ(ppm):−11.9)
【0067】
[実施例2]
(液状錯体化合物Bの調製)
室温、窒素雰囲気にて、1.0Mトリブチルボラン及び溶剤としてテトラヒドロフラン溶液10mlに1−アリルイミダゾール1.08gを加え、反応溶液を2時間攪拌した。その後、溶媒を留去、減圧乾燥し1−アリルイミダゾール−トリブチルボラン錯体2.84gを得た(収率98%)。これを本発明化合物Bとする。以下にH−NMR、11B−NMRの測定結果を示す。併せて、図5にH−NMR、図6に11B−NMRのチャートを示す。
【0068】
H−NMR及び11B−NMRの測定結果)
H−NMR(溶媒:CDCl、δ(ppm):0.80、1.27、4.56、5.19〜5.31、5.94、6.89、7.10、7.61)
11B−NMR(溶媒:CDCl、δ(ppm):−11.6)
【0069】
[実施例3]
(液状錯体化合物Cの調製)
室温、窒素雰囲気にて、1.0Mトリブチルボラン及び溶剤としてテトラヒドロフラン溶液10mlにイミダゾール0.681gを加え、反応溶液を2時間攪拌した。その後、溶媒を留去、減圧乾燥しイミダゾール−トリブチルボラン錯体2.40gを得た(収率98%)。これを本発明化合物Cとする。以下にH−NMR、11B−NMRの測定結果を示す。併せて、図7にH−NMR、図8に11B−NMRのチャートを示す。
【0070】
H−NMR及び11B−NMRの測定結果)
H−NMR(溶媒:CDOD、δ(ppm):0.60、1.15、1.89、6.89、7.84)
11B−NMR(溶媒:CDOD、δ(ppm):−21.6、−18.3)
【0071】
[試験例1]
(粘度測定)
本発明化合物A、B、及びCについて、JIS Z8803に従い粘度の測定を行った。25℃における各化合物の粘度を表1に示す。
【0072】
(測定結果)
【表1】

【0073】
表1に示すように、25℃における本発明化合物A〜Cの粘度は、それぞれ36cP、28cP、及び109cPであった。これらの値は典型的なイオン液体である1−エチル−3メチルイミダゾール−ビストリフルオロメチルスルホニルイミド(TFSI)等の粘度(43〜45cP)と比較しても同程度であり、反応溶媒や電解質への使用を考えても充分に低い粘度である。
【0074】
[試験例2]
(極性評価)
上記の本発明化合物A〜Cについて、Reichard色素を用いて極性を評価した。各化合物で測定したReichard色素の吸収極大波長より算出した極性パラメータE(30)値を表2に示す。
【0075】
(測定結果)
【表2】

【0076】
表2に示すように、極性パラメータE(30)の値は、本発明化合物A、B、Cについてそれぞれ44、43、60と高い値であった。本発明化合物A、Bの極性は、非プロトン性極性溶媒であるアセトンやアセトニトリルの極性パラメータの値(40〜45)と同程度であった。
【0077】
[実施例4]
(電解質Aの調製)
溶剤であるテトラヒドロフラン10ml中に、室温、窒素雰囲気にて、本発明化合物A2mlと、イオン性化合物であるLiN(CFSO) 0.0574gとを混合し、1時間攪拌した後、前記溶剤を除去し、24時間真空乾燥させることにより、本発明電解質Aを得た。
【0078】
[実施例5]
(電解質Bの調製)
溶剤であるテトラヒドロフラン10ml中に、室温、窒素雰囲気にて、本発明化合物A2mlと、イオン性化合物であるLiN(CFSO) 0.144gとを混合し、1時間攪拌した後、前記溶剤を除去し、24時間真空乾燥させることにより、本発明電解質Bを得た。
【0079】
[実施例6]
(電解質Cの調製)
溶剤であるテトラヒドロフラン10ml中に、室温、窒素雰囲気にて、本発明化合物A2mlと、イオン性化合物であるLiN(CFSO 0.287gとを混合し、1時間攪拌した後、前記溶剤を除去し、24時間真空乾燥させることにより、本発明電解質Cを得た。
【0080】
[実施例7]
(電解質Dの調製)
溶剤であるテトラヒドロフラン10ml中に、室温、窒素雰囲気にて、本発明化合物A2mlと、イオン性化合物であるLiN(CFSO 0.574gとを混合し、1時間攪拌した後、前記溶剤を除去し、24時間真空乾燥させることにより、本発明電解質Dを得た。
【0081】
[実施例8]
(電解質Eの調製)
溶剤であるテトラヒドロフラン10ml中に、室温、窒素雰囲気にて、本発明化合物B2mlと、イオン性化合物であるLiN(CFSO 0.0574gとを混合し、1時間攪拌した後、前記溶剤を除去し、24時間真空乾燥させることにより、本発明電解質Eを得た。
【0082】
[実施例9]
(電解質Fの調製)
溶剤であるテトラヒドロフラン10ml中に、室温、窒素雰囲気にて、本発明化合物B2mlと、イオン性化合物であるLiN(CFSO 0.144gとを混合し、1時間攪拌した後、前記溶剤を除去し、24時間真空乾燥させることにより、本発明電解質Fを得た。
【0083】
[実施例10]
(電解質Gの調製)
溶剤であるテトラヒドロフラン10ml中に、室温、窒素雰囲気にて、本発明化合物B2mlと、イオン性化合物であるLiN(CFSO 0.287gとを混合し、1時間攪拌した後、前記溶剤を除去し、24時間真空乾燥させることにより、本発明電解質Gを得た。
【0084】
[実施例11]
(電解質Hの調製)
溶剤であるテトラヒドロフラン10ml中に、室温、窒素雰囲気にて、本発明化合物B2mlと、イオン性化合物であるLiN(CFSO 0.574gとを混合し、1時間攪拌した後、前記溶剤を除去し、24時間真空乾燥させることにより、本発明電解質Hを得た。
【0085】
[試験例3]
(イオン伝導度測定)
実施例4〜11で調製した本発明電解質A〜Hを用いて、電気化学デバイスとして二端子セルを作製した。二端子セル5の構成を、図9に断面図として示す。二端子セル5は、電解質11を挟むようにして2つの電極51,52を従来公知のホットプレスにより積層して構成され、本試験においては、一方の電極51及びもう一方の電極52としてステンレスを使用した。
【0086】
この二端子セル5を用いて、これらの電解質の電気化学的特性として、イオン伝導度の測定を行った。イオン伝導度は、交流インピーダンス法によって測定した。50℃において測定されたイオン伝導度を表3に示す。
【0087】
(測定結果)
【表3】

【0088】
表3に示すように、本発明電解質A〜Hは幅広い塩濃度範囲において良好なイオン伝導度を示し、電解液由来のイオンを含まない、より選択的なイオン輸送に適した電解質として期待できるものであった。
【0089】
この結果からわかるように、ホウ素や含窒素複素環上の置換基を選択することで溶媒としての極性や粘度を制御し、また、好ましくは、カチオン輸率を同時に考慮することにより、イオン伝導度をさらに向上させることができる。以上より、本発明に係る液状錯体化合物は、高極性、低粘度であるとともに、イオン性化合物とともに電解質を形成した場合にあっては、イオン伝導度が高い電解質となり、電気的特性に優れた電気化学デバイスを提供できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明に係る液状錯体化合物は、反応溶媒のほか、リチウム一次電池、リチウム二次電池、リチウムイオン電池、電気二重層キャパシタ、燃料電池等の電気化学デバイス用電解質として広く適用できるものである。また、これらの電気化学デバイスに本発明に係る電解質を用いることによって充放電性能、充放電サイクル性能等の電気的特性に優れた電気化学デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明の電気化学デバイスの一態様であるリチウム二次電池の構成の一例を示した断面図である。
【図2】本発明の電気化学デバイスの一態様である電気二重層キャパシタの構成の一例を示した断面図である。
【図3】実施例1で得られた本発明化合物AのH−NMRチャートを示す図である。
【図4】実施例1で得られた本発明化合物Aの11B−NMRチャートを示す図である。
【図5】実施例2で得られた本発明化合物BのH−NMRチャートを示す図である。
【図6】実施例2で得られた本発明化合物Bの11B−NMRチャートを示す図である。
【図7】実施例3で得られた本発明化合物CのH−NMRチャートを示す図である。
【図8】実施例3で得られた本発明化合物Cの11B−NMRチャートを示す図である。
【図9】試験例3で使用した二端子セルの構成を示した断面図である。
【符号の説明】
【0092】
1 リチウム二次電池(電気化学デバイス)
2 電気二重層キャパシタ(電気化学デバイス)
5 二端子セル
11 電解質
12 正極集電体
13 正極
14 負極集電体
15 負極
18 容器
21 セパレーター(電解質)
22 分極性電極
23 ガスケット
24 集電体
51 電極
52 電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルキル化ホウ素と含窒素複素環が共存していることを特徴とする液状錯体化合物。
【請求項2】
前記含窒素複素環がイミダゾール環、ピリジン環及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる1種であることを特徴とする請求項1に記載の液状錯体化合物。
【請求項3】
下記式(I)で表される分子構造を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の液状錯体化合物。
【化1】

(式(I)中、3つのRのうち少なくとも1つはアルキル基、残りはアルキル基または水素原子であり、R、R、R、Rはそれぞれ水素原子または1価の基、を示す。)
【請求項4】
下記式(II)で表される分子構造を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の液状錯体化合物。
【化2】

(式(II)中、3つのRのうち少なくとも1つはアルキル基、残りはアルキル基または
水素原子であり、R、R、R、R、Rはそれぞれ水素原子または1価の基、を示す。)
【請求項5】
前記Rが全てアルキル基であることを特徴とする請求項3または請求項4に記載の液状錯体化合物。
【請求項6】
イオン性化合物と、前記請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の液状錯体化合物を含有することを特徴とする電解質。
【請求項7】
前記請求項6に記載の電解質を備えることを特徴とする電気化学デバイス。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−210971(P2007−210971A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−34589(P2006−34589)
【出願日】平成18年2月10日(2006.2.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17(2005)年8月12日 インターネットアドレス「http://www.rsc.org/Publishing/journals/CC/article.asp?doi=b507805a」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年9月28日 ザ ロイヤル ソサエティ オブ ケミストリー発行の「ケミカルコミュニケーションズ(2005年度版ナンバー36)」に発表
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】