説明

湿し水の浄化方法

【課題】 オフセット印刷で用いる湿し水の汚れを、必要成分を残存させたまま効果的に除去できる。
【解決手段】 汚れた湿し水に粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤及びアニオン性高分子凝集剤を、この順序で添加してそれぞれ攪拌する。これにより湿し水の必要成分を残存させたまま、粘着性のない強固なフロックが早期に形成され、汚れを効果的に除去できる。また粘着性のない強固なフロックは、フィルターの目詰まりが生じ難く固液分離が容易になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オフセット印刷機に使用する湿し水の浄化方法に関し、更に詳しくは湿し水の必要成分を残存させたまま汚れ成分を浄化する湿し水の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オフセット印刷は、短時間かつ低コストで製版することができ、また多色刷りの仕上りが優れている等の理由によって、今日では、新聞、書籍、カレンダー、ポスター、パンフレット等の大部分の印刷物に広く使用されている。このオフセット印刷は周知のように、印刷版上に親油性の画線部と、親水性の非画線部とが形成され、この印刷版に水ローラー等により水を付与した後に、インキローラーによりインキを付与することで、親水性の非画線部は水が付着し、親油性の画線部にインキが付着する性質を利用するものである。そしてこの印刷版に付着したインキをブランケットに転写した後に、紙等へ印刷する方式のものである。
【0003】
ところで上述したオフセット印刷では、高品質な印刷を行なうためには、印刷版に付与する水(以下「湿し水」という)の管理が、極めて重要である。すなわちオフセット印刷中には、湿し水に各種の不純物、例えば、印刷紙から発生する紙粉、インキ練ローラーから発生するインキミストや印刷版上で湿し水に混入した乳化インキ、ローラー洗浄液、印刷紙の裏移りを防止するパウダー、あるいは印刷機を潤滑する機械油等が少しずつ混入して、時間と共に湿し水の汚れが進む。
【0004】
しかるにこのような不純物で汚れた湿し水を使用すると、印刷版への水送りが悪くなったり、印刷物の地汚れ等が発生したりする。一方湿し水の送り量を多くすると、インキの濃度が低下するため、インキ量を増加させなければならないといった、悪循環サイクルが発生する。このため湿し水は、周期的に交換することが必要であった。
【0005】
このため従来から、湿し水の汚れを除去する手段が多種提案されている。すなわちオゾンによって湿し水の汚れを酸化分解する手段がある(例えば特許文献1参照)。またフィルターで湿し水の汚れを濾し取る手段がある(例えば特許文献2参照)。さらに湿し水にカチオン性凝集剤とアニオン性凝集剤のいずれか一方、あるいは両方を混入攪拌して、汚れをフロック化し、フィルター等で濾し取る手段がある(例えば特許文献3参照)。
【0006】
さらに湿し水に適用するとの明示はないものの、カチオン性高分子凝集剤やアニオン性高分子凝集剤等によって不純物を除去する手段として、次の提案がされている。すなわちシリカゲル等の担体を、カチオン性高分子凝集剤、またはカチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤とでカチオン化し、このカチオン化した担体を、工場排水等に投入し、汚泥をこの担体に強固に固定して、固液の分離を容易にする等のものがある(例えば特許文献4参照)。また上述したカチオン化した担体を、アニオン性高分子凝集剤を添加した工場排水等に投入し、汚泥をこの担体に強固に固定して、固液の分離を容易にする等のものがある(例えば特許文献5参照)さらに粉末シリカゲルと、粉末または粒状のカチオン性高分子凝集剤あるいはアニオン性高分子凝集剤のいずれかまたは両方を混合したものを、水に溶解することによって、凝集剤同士の吸着(ママコ現象)を防止して、凝集剤の濃度を増強させる等のものがある(例えば特許文献6参照)。
【特許文献1】特開2004−33816号公報(1−4頁、第1図)
【特許文献2】特開2003−211625号公報(1−5頁、第1図)
【特許文献3】特開平10−175285号公報(1−6頁、第1図)
【特許文献4】特開昭63−31595号公報(1−5頁)
【特許文献5】特開昭63−31596号公報(1−6頁)
【特許文献6】特開2003−205205号公報(1−4頁、第1図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかるに上述した従来の手段を、オフセット印刷の湿し水の浄化方法に使用した場合には、いずれも次の改良すべき問題があった。すなわちまず特許文献1等に開示されているオゾンによって湿し水の汚れを酸化分解する手段では、分解物が湿し水に残存し、さらに湿し水中の必要成分も酸化させてしまうという問題がある。また特許文献2等に開示されているフィルターで湿し水の汚れを濾し取る手段では、フィルターのメッシュサイズを大きくすると、微細な汚れ成分が除去できず、逆にメッシュサイズを小さくすると、目詰まりを生じてフィルターの交換頻度が高くなり、ランニングコストが上昇するという問題がある。さらにインクの着色成分をフィルターで濾し取るのは困難であり、このために活性炭等の吸収剤をフィルターに練りこむと、湿し水中の必要成分も除去されてしまうという問題がある。
【0008】
次に本願発明者は、上述した従来の手段を用いて、粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、あるいはアニオン性高分子凝集剤をオフセット印刷の汚れた湿し水に添加して、その浄化効果の確認試験を実施したところ、後述する図3の比較例に示すように、いずれも次の改良すべき問題があることが判明した。すなわち特許文献3に開示されている手段に従って、粉末シリカを添加しないで、汚れた湿し水にカチオン性高分子凝集剤、またはアニオン性高分子凝集剤のみを添加したところ、比較例1、2、に示すように、湿し水の透過率は低く、汚れの浄化効果が見られないことが判明した。また粉末シリカを添加しないで、汚れた湿し水に、カチオン性高分子凝集剤、及びアニオン性高分子凝集剤を添加したところ、比較例3に示すように、湿し水の透過率は低く、汚れの浄化効果が見られないことが判明した。更に、粘着性のフロックが発生し、フィルターの目詰まりが発生し易いことが判明した。
【0009】
次に特許文献4に開示されている手段を用いて、粉末シリカを担体としてカチオン性高分子凝集剤でカチオン化し、このカチオン化した担体を、汚れた湿し水に投入したところ、比較例−5に示すように、湿し水の透過率は低く、汚れの浄化効果が低いことが判明した。さらに粉末シリカを担体として、カチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤との双方でカチオン化し、このカチオン化した担体を、汚れた湿し水に投入したところ、比較例13、18に示すように、湿し水の透過率は低く、汚れの浄化効果が低いことが判明した。
【0010】
また特許文献5に開示されている手段を用いて、粉末シリカを担体としてカチオン性高分子凝集剤でカチオン化し、このカチオン化した担体を、アニオン性高分子凝集剤を混入した汚れた湿し水に投入したところ、比較例10に示すように、湿し水の透過率は低く、汚れの浄化効果が低いことが判明した。さらに粉末シリカを担体として、カチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤との双方でカチオン化し、このカチオン化した担体を、アニオン性高分子凝集剤を混入した汚れた湿し水に投入したところ、比較例−14に示すように、湿し水の透過率は低く、汚れの浄化効果が低いことが判明した。
【0011】
次に特許文献6に開示されている手段を用いて、粉末シリカと、カチオン性高分子凝集剤またはアニオン性高分子凝集剤のいずれかを、予め混合したものを、汚れた湿し水に投入したところ、比較例5,7に示すように、フロックサイズが小さく濾紙を通過するために、浄化効果が低かった。またこの特許文献6には必ずしも明示されていないが、粉末シリカに、カチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤との両方を予め混合したものを、汚れた湿し水に投入したところ、比較例13,18に示すように、浄化効果が低いことが判明した。
【0012】
なお特許文献6には、粉末シリカと、カチオン性高分子凝集剤またはアニオン性高分子凝集剤のいずれかを、予め混合しないで、汚れた湿し水に投入する手段は、開示されていないが、この手段を用いたところ、比較例4、6に示すように、フロックサイズが小さく、湿し水の透過率が低いことが判明した。
【0013】
ところで上述した従来の手段には、いずれも浄化後に、湿し水に含まれる必要成分が残存するか否かについては、明示されていない。すなわち湿し水には、印刷品質等を向上させるために、グリコール、グリコールエーテル系、硝酸塩類等の成分を添加する必要がある。また湿し水は、インキの乳化による印刷の汚れ、インキの乾きの遅れ、印刷した画線の太さが過大または過少になること等を防止するため、必要成分の含有率やpHを4〜6程度に維持する必要がある。しかるに湿し水の汚れを除去する際に、これらの必要成分の含有率やpHが変化してしまうと、汚れを浄化した後に、必要成分の残存程度やpHの変化を計測して、適正な値になるように補充や調整をしなければならない。したがって、湿し水の汚れを除去する際に、これらの必要成分の含有率やpHが変化しなければ、極めて効率的で低コストの浄化を達成することができる。
【0014】
そこで本発明の目的は、オフセット印刷で用いる湿し水の汚れを、必要成分を残存させたまま、効果的に除去できる湿し水の浄化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明者は、上述したように各種試験等を行なった結果、粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、およびアニオン性高分子凝集剤によって、オフセット印刷の汚れた湿し水を効果的に浄化するために必要となる手段を見出した。すなわち粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、およびアニオン性高分子凝集剤のいずれかの1を欠く場合には、浄化効果が低いことが判明した。次に粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、およびアニオン性高分子凝集剤を使用する場合であっても、予めこれらを混合してから汚れた湿し水に添加すると、これらをそれぞれ単独で汚れた湿し水に添加する場合に比べて、浄化効果が大きく低下することが判明した。
【0016】
さらに粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、およびアニオン性高分子凝集剤をそれぞれ単独で汚れた湿し水に添加する場合であっても、アニオン性高分子凝集剤を最初に湿し水に添加すると、後述する図3の比較例8、9、15、16に示すように、浄化効果が大きく低下することが判明した。すなわちカチオン性高分子凝集剤と、アニオン性高分子凝集剤とを、汚れた湿し水に添加してそれぞれ攪拌する手段においては、これらを汚れた湿し水に添加する順序が重要であることが判明した。
【0017】
さらに粉末シリカの替わりに、粉末状のゼオライトやベントナイト等の活性白土、ポリ塩化アルミニウムやポリ硫酸アルミニウム等の無機系凝集剤を使用したところ、後述する図3の比較例19〜22に示すように、湿し水の物性(pHおよび伝導率)が、著しく変化することが判明した。したがって、粉末シリカをこれらの物質で代替することは困難であることも判明した。
【0018】
以上の試験結果等を踏まえ、本発明による湿し水の浄化方法の特徴は、オフセット印刷に用いる湿し水の汚れを浄化する方法であって、この湿し水に、粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤及びアニオン性高分子凝集剤を、この順序で添加してそれぞれ攪拌することにある。また上記湿し水に、上記カチオン性高分子凝集剤、粉末シリカ、及びアニオン性高分子凝集剤を、この順序で添加してそれぞれ攪拌してもよい。
【0019】
上記粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤及びアニオン性高分子凝集剤の添加重量比は、浄化効果の面から粉末シリカ100に対してカチオン性高分子凝集剤が1.7〜19.9、アニオン性高分子凝集剤が0.2〜3.9であることが望ましい。この範囲を外れると、図3の比較例23〜26に示すように、汚れを浄化する効果が低下するためである。
【0020】
また、粉末シリカの粒径は、フロックサイズと浄化効果に関与され、粒径が小さくなると、凝集沈殿するフロックのサイズが小さくなり、固液分離が困難になる。一方粒径が大きくなると、凝集沈殿させるための添加量を増加させる必要があり、コストが上昇する。したがってこの双方の問題を解決すべく、粉末シリカの平均粒径は、1〜20μmであることが望ましく、さらに2〜15μmであることがより望ましい。
【0021】
なお汚れた湿し水と粉末シリカの添加重量比は、浄化効果の面から、汚れた湿し水100に対して、粉末シリカが0.01〜0.5であることが望ましい。更に0.01〜0.3であることがより望ましい。汚れた湿し水と粉末シリカの添加重量比が小さくなると浄化効果が低下し、大きくなるとコストが上昇するからである。
【0022】
ここで「オフセット印刷」とは、印刷版として親油性の画線部と、親水性の非画線部とを形成した印刷版を用いて、この印刷版に湿し水を非画線部に付着した後、インキを画線部に付着させたものを一旦ブランケットに転写してから紙等に印刷するものを意味し、例えば印刷紙として巻取紙を使用するオフセット輪転印刷の他、印刷紙として枚葉紙を使用するオフセット枚葉印刷が該当する。
【0023】
また「粉末シリカ」とは、粉末状のシリカを意味し、例えばシリカゲル、又は乾式、湿式若しくはエーロゲル法で製造された微紛シリカが該当する。なお粉末シリカとしては、微紛シリカを使用することが望ましく、更に湿式法シリカを使用することがより望ましい。
【0024】
「カチオン性高分子凝集剤」は、例えば、カチオン性モノマーの単独重合体、カチオン性モノマーとノニオン性モノマーの共重合体、縮合系ポリアミン、ポリビニルアミン、ポリビニルアミジン、ポリ(メタ)アリルアミン、ジシアンジアミド・ホルマリン縮合物、ポリエチレンイミン、ポリビニルイミダリン、ポリビニルピリジン、ジアリルアミン塩・二酸化硫黄共重合体、ポリジメチルジアリルアンモニウム塩・二酸化硫黄共重合体、ポリジメチルジアリルアンモニウム塩、ポリジメチルジアリルアンモニウム塩・アクリルアミド共重合体、またはアリルアミン塩重合体が該当する。
【0025】
上記カチオン性モノマーの単独重合体、またはカチオン性モノマーとノニオン性モノマーとの共重合体では、カチオン性モノマーとしては、例えばジメチルアミノエチルアクリレート、ジメチルアミノエチルメタクリレート、ジエチルアミノエチルアクリレート、ジエチルアミノエチルメタクリレート、若しくはこれらの中和塩や4級塩が該当する。一方
ノニオン性モノマーとしては、例えばアクリルアミド、メタクリルアミド、メタアクリロニトリル、若しくは酢酸ビニルが該当する。なおこの単独重合体または共重合体の分子内にアミジン単位を含有させたものを使用することも可能である。
【0026】
ここで縮合系ポリアミンとしては、例えばアルキレンジクロライドとアルキレンポリアミンとの縮合物、アニリンとホルマリンの縮合物、アルキレンジアミンとエピクロルヒドリンとの縮合物、またはアンモニアとエピクロルヒドリンとの縮合物が該当する。さらにエピクロルヒドリンと縮合するアルキレンジアミンとしては、例えばジメチルアミン、ジエチルアミン、メチルプロピルアミン、メチルブチルアミン、またはジブチルアミンが該当する。
【0027】
「アニオン性高分子凝集剤」としては、例えばポリアクリルアミド部分加水分解物、アニオン性モノマーの単独重合体、またはアニオン性モノマーとノニオン性モノマーとの共重合体が該当する。ここでアニオン性モノマーとしては、例えばアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、ビニルスルホン酸、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アリルアミドエタンスルホン酸、2−アクリルアミドエタンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、2−メタクリルアミドエタンスルホン酸、2−メタクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、2−アクリロイルオキシエタンスルホン酸、3−アクリロイルオキシプロパンスルホン酸、4−アクリロイルオキシブタンスルホン酸、2−メタクリロイルオキシエタンスルホン酸、3−メタクリロイルオキシプロパンスルホン酸、4−メタクリロイルオキシブタンスルホン酸、またはこれらのアルカリ金属、アルカリ土類金属等の金属塩、若しくはアンモニウム塩が該当する。またこれらアニオン性モノマーは、単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。さらにノニオン性モノマーとしては、例えばアクリルアミド、メタクリルアミド、メタアクリロニトリル、または酢酸ビニル等が該当する。
【0028】
なお上記カチオン性高分子凝集剤としては、縮合系ポリアミン、ポリビニルアミジン、またはアミジン単位を含有する重合体のいずれかの1を使用することが望ましい。さらに上記アニオン性高分子凝集剤としては、ポリアクリルアミド部分加水分解物、ポリアクリルアミドとアニオン性モノマーとの共重合体のいずれかの1を使用することが望ましい。
【0029】
「この順序で添加してそれぞれ攪拌する」とは、まず粉末シリカだけを汚れた湿し水に添加して攪拌し、次にこの湿し水に、カチオン性高分子凝集剤だけを添加して攪拌し、最後にこの湿し水に、アニオン性高分子凝集剤だけを添加して攪拌することを意味する。
【発明の効果】
【0030】
粉末シリカとカチオン性高分子凝集剤とを、それぞれ別個に汚れた湿し水に添加して攪拌し、最後にこの湿し水にアニオン性高分子凝集剤を添加して攪拌することによって、湿し水の汚れ成分を迅速に凝集させて、強固で粘着性がない流動性の高い大きなサイズのフロックが形成できる。したがってフィルター等によって、目詰まりを生じることなく、容易に湿し水の汚れ成分を除去することができる。さらに加えて、湿し水の必要成分が除去されず、pH等の物性値も変化させないという、新規で有益な効果を得ることができる。
【0031】
また粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤及びアニオン性高分子凝集剤の添加重量比を粉末シリカ100に対してカチオン性高分子凝集剤が1.7〜19.9、アニオン性高分子凝集剤が0.2〜3.9、とすることによって、高い浄化効果が可能となる。
【0032】
さらに粉末シリカの平均粒径を、1〜20μmとすることによって、凝集した汚れの固液分離を容易にし、かつ粉末シリカの添加量の増加を抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
図1を参照しつつ、本発明によるオフセット印刷機の湿し水の浄化方法を説明する。さてオフセット印刷機では、水舟1を有する印刷胴に湿し水を供給しているが、多色刷り(ここでは4色刷り)では、印刷胴毎に水舟11〜14を設けている。そして湿し水は、低温で版面に供給する必要があるため、各水舟11〜14内の湿し水は、冷却用タンク2から循環することで、所定の低温に安定維持している。したがって湿し水は、オフセット印刷機の使用時間の経過にしたがって、各水舟11〜14内で汚れが発生し、循環系全体の湿し水が汚れてくることになる。
【0034】
そこで本発明の湿し水浄化方法では、冷却用タンク2から、マグネットポンプ等で汚れた湿し水を攪拌/反応槽3に汲み出した後、スクリュー式攪拌機等によって攪拌している状態において、粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、及びアニオン性高分子凝集剤を、それぞれ単独に、この順序で添加する。すなわち粉末シリカは、マスフィーダー方式の添加装置4によって、汚れた湿し水10リットル当たり30gを添加する。次に1分の時間間隔をおいて、カチオン性高分子凝集剤を純水に1wt%混合した溶液を、ダイヤフラム式の定量ポンプを備えた添加装置5によって、汚れた湿し水10リットル当たり100cc添加する。さらに1分の時間間隔をおいて、アニオン性高分子凝集剤を純水に0.2wt%混合した溶液を、ダイヤフラム式の定量ポンプを備えた添加装置6によって、汚れた湿し水10リットル当たり100cc添加する。
【0035】
アニオン性高分子凝集剤の溶液を添加した後、ほぼ1分を経過すると反応が終了して、汚れ成分が凝集し、強固で粘着性がない流動性の高い大きなフロックが形成されるので、バックフィルター(メッシュ:15μm)を使用した固液分離装置7によって、このフロックと液体とを分離する。フロックを除去した液体は、マグネットポンプ等によって、冷却用タンク2へ戻される。また装置内のバックフィルターに回収されたフロックは、必要に応じて除去する。このようにして冷却用タンク2の汚れた湿し水が浄化されるので、循環系全体の湿し水が綺麗に浄化される。
【0036】
なお粉末シリカとしては、水澤化学工業株式会社製ミズカシルP−801を使用する。またカチオン性高分子凝集剤としては、三井化学アクアポリマー株式会社アコフロックC573を使用する。さらにアニオン性高分子凝集剤としては、三井化学アクアポリマー株式会社製アコフロックA130を使用する。また湿し水の浄化は、オフセット印刷機が所定の運転時間を経過毎に行なうが、冷却用タンクの湿し水の汚れや、印刷物の品質の低下等を目視によって確認し、これらが許容範囲を超えたときに行なうようにしてもよい。また湿し水の透過率をモニターして、透過率が所定の値以下になったときに、手動または自動的に湿し水の浄化を行なうように構成することも容易である。
【0037】
なお粉末シリカは、所定の添加量が添加できれば、上述したように汚れた湿し水に、直接添加する方法に限らず、水に溶かした水溶液状態で添加してもよい。またカチオン性高分子凝集剤及びアニオン性高分子凝集剤は、所定の添加量が添加できれば、汚れた湿し水に直接添加してもよいが、反応速度が速くなることから、上述したように水に溶解させた水溶液を添加する方法が望ましい。
【実施例】
【0038】
以下図2を参照しつつ、本発明による汚れた湿し水の浄化方法の効果を確認した試験結果(実施例1〜10)を説明する。また図3を参照しつつ、従来例による浄化方法の効果を調査した試験結果(比較例1〜26)を説明する。なお実施例1〜10、および比較例1〜26共に、粉末状のカチオン性高分子凝集剤、およびアニオン性高分子凝集剤は、予めマグネットスターラーで攪拌している純水中に少量づつ溶解して水溶液にしたものを、汚れた湿し水に添加した。粉末シリカは、直接汚れた湿し水に添加した。
【0039】
実施例及び比較例で使用した浄化剤は、次の通りである。
(1) 粉末シリカA:水澤化学工業株式会社 ミズカシルP801(湿式沈降法/平均粒径6μm)
(2) 粉末シリカB:水澤化学工業株式会社 ミズカシルP78A(湿式粉砕法/平均粒径6μm)
(3) カチオン性高分子凝集剤A:三井化学アクアポリマー株式会社 アコフロックC573
(4) カチオン性高分子凝集剤B:栗田工業株式会社 クリフィックスCP111
(5) アニオン性高分子凝集剤A:三井化学アクアポリマー株式会社 アコフロックA130
(6) ポリ塩化アルミニウム:大明化学工業株式会社 タイパック
(7) ポリ硫酸アルミニウム:大明化学工業株式会社 液体硫酸アルミニウム
(8) ベントナイト:日本活性白土株式会社 フロナイト723
(9) ゼオライト:株式会社ゼオテック ZEFAR−N
【0040】
各物性の良否の判断基準は、次のとおりである。
(1) フロックの形状(目視にて以下の基準で判断した)
◎ : フロックの流動性が良好で、サイズが大きく、形状も均一であり、粘着性もない。(可)
○ : フロックの流動性が良好で、サイズが大きく、粘着性もない。(可)
△ : フロックの流動性が不良か、あるいはサイズが小さいが、粘着性はない。(不可)
× : フロックの流動性が不良で、サイズが小さく、粘着性もある。(不可)
(2) pH
JIS Z8802の方法に準拠して測定した。判断基準としては、浄化前の汚れた湿し水(ブランク)の数値から変化が少ないものが良い。
【0041】
(3) 伝導率(mS/m)
JIS K0130の方法に準拠して測定した。この伝導率は、エッチ液中の電気伝導性をもつ硝酸塩類の添加量を示す指標である。判断基準としては、浄化前の汚れた湿し水(ブランク)の数値から変化が少ないものが良い。
(4) 糖度(Brix%)
(株)アタゴ製の手持屈折計を使用して測定した。この糖度は、グリコール、グリコールエーテル系添加物の添加量を示す指標である。判断基準としては、浄化前の汚れた湿し水(ブランク)の数値から変化が少ないものが良い。
【0042】
(5) 透過率(%)
分光光度計を使用して可視光領域(波長400〜800nm)の透過率を測定した。この透過率は、湿し水の汚れ残存量を表す指標である。判断基準としては、透過率が高い方が良い。合格基準は、波長420nmは70%以上、波長780nmは90%以上とした。
(6) エッチ液の残存量の測定(wt%)
高速液体クロマトグラフィーを用いて、エッチ液の検量線を作成し、各試料の定量分析を実施して、残存量を測定した。判断基準としては、浄化前の汚れた湿し水(ブランク)の数値から変化が少ないものが良い。
【0043】
実施例1の試験は、次のとおりである。すなわちオフセット印刷で使用した汚れた湿し水(ブランク)100ccをビーカーに取り出し、マグネットスターラーで攪拌しながら、まず(添加順番1)粉末シリカを0.3g(3000ppm)添加し、1分間攪拌した後、次に(添加順番2)1wt%のカチオン性高分子凝集剤Aの水溶液を1cc(100ppm)添加し、1分間攪拌した。その後(添加順番3)0.2wt%のアニオン性高分子凝集剤Aの水溶液を0.5cc(10ppm)添加し、1分間攪拌した後に、マグネットスターラーによる攪拌を終了し、フロック形状を目視にて判定した。その後反応液を、桐山ロート(ろ紙メッシュ:7μm使用)を用いて固液分離した。分離した液体については、pH、伝導率、糖度、透過率、エッチ液の残存量の各物性を測定した。
【0044】
実施例2、3の試験では、アニオン性高分子凝集剤の添加量を増加させた。具体的には、実施例1で添加したアニオン性高分子凝集剤Aを、10ppmからそれぞれ30、100ppmに増加させた。実施例4の試験では、実施例2で使用したカチオン性高分子凝集剤を、Aから異なる商品であるBに変更した。実施例5の試験では、実施例4で使用した粉末シリカを、Aから異なる商品であるBに変えた。実施例6の試験では、カチオン性高分子凝集剤Aと、アニオン性高分子凝集剤Aの双方の添加量を、実施例1の100ppmと10ppmとから、それぞれ200ppmと40ppmとに増加させた。
【0045】
また実施例7の試験では、粉末シリカAとカチオン性高分子凝集剤Aとの添加順番を、実施例6の添加順番と入れ替えた。実施例8の試験では、実施例6で使用したカチオン性高分子凝集剤をAから異なる商品であるBに変更した。実施例9、10の試験では、カチオン性高分子凝集剤Aの添加量を、500ppmに増量した。
【0046】
上述した試験結果を図2の右半分に示す。図2から明らかなように、本発明による湿し水の浄化方法によって、次の作用効果が得られることが確認できた。
【0047】
すなわち実施例1〜10のいずれの試験においても、流動性が良好で、サイズも大きく、形状も均一であり、粘着性もないフロック(◎印)、あるいは流動性が良好で、サイズも大きく、粘着性もないフロック(○)が形成され、このフロックを濾紙で除去した湿し水は、汚れの残存量を表す透過率が、浄化前の状態(ブランク)から、大幅に上昇している。具体的には透過率が、波長420nmでは、1.5%から71.7〜91.1%に、波長600nmでは、6.6%から83.7〜96.8%に、波長780nmでは、16.5%から90.4〜98.6%に大幅に上昇し、湿し水の汚れが効果的に浄化できることが確認できた。
【0048】
更に実施例1〜10のいずれの試験においても、湿し水の必要成分が除去されず、pH等の物性値も変化させないという、新規で有益な効果を得ることができることが確認できた。すなわちpHは、浄化前の状態(ブランク)の4.4から、実施例4で僅かに4.3に変化した以外は、変化しない。伝導率も、172mS/mから、160〜165mS/m(減少率:93〜96%)と、殆ど変化しない。糖度も2.0Brix%から、1.9Brix%(減少率:95%)と、殆ど変化しない。さらにエッチ液の残存量も、3.0%から、2.8〜2.9%(減少率:93〜97%)と、殆ど変化しないことが確認できた。
【0049】
以上によって、粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤及びアニオン性高分子凝集剤を、この順序で添加してそれぞれ攪拌することによって、湿し水の汚れを容易、迅速かつ効果的に浄化でき、更に湿し水の必要成分が除去されずに残存させることができることを確認した。また実施例7に示すように、アニオン性高分子凝集剤を最後に添加する限り、粉末シリカとカチオン性高分子凝集剤との添加順番を入れ替えても、上述したものと同等の作用効果が得られることを確認した。
【0050】
さらに添加重量比が、粉末シリカ100に対して、カチオン性高分子凝集剤1.7〜19.9、アニオン性高分子凝集剤0.2〜3.9の範囲では、ほぼ同等の作用効果が得られることを確認した。
【0051】
さて次に図3を参照しつつ、汚れた湿し水に対して従来例の浄化手段を用いた場合に、どのような作用効果が得られるかを調査した試験結果(比較例1〜26)を説明する。なお使用した粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、及びアニオン性高分子凝集剤、並びに試験結果の判断基準等は、図2に示した実施例と同等である。
【0052】
特許文献3に開示されているように、粉末シリカを添加しないで、カチオン性高分子凝集剤もしくはアニオン性高分子凝集剤のみ、またはカチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤との双方を添加する手段では、比較例1、2、3に示すように、いずれもフロックサイズが小さく、粘着性があるフロック(×)が形成され、濾紙を通過するものや目詰まりするものがあり、フロックの除去が困難となった。このため、汚れの残存率を示す透過率は、処理前の状態から、上述した実施例の半分も満たない程度しか上昇しなかった。したがって特許文献3に開示されているように、粉末シリカを添加しないで、カチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤との一方あるいは双方だけを、汚れた湿し水に添加する手段では、汚れ成分の浄化が不十分であることが判明した。
【0053】
次に特許文献4に開示されている手段を用いて、予め粉末シリカを、カチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤のいずれか、または双方で処理してカチオン化した後に、汚れた湿し水に混合した場合には、比較例5,7及び比較例13、18に示すように、フロックサイズが小さく(△)、濾紙を通過するため、このフロックを除去することが困難となった。このため、透過率の上昇が、上述した実施例に比べて少なかった。
【0054】
したがって特許文献4に開示されている手段を用いて、予め粉末シリカを、カチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤とのいずれか、または双方でカチオン化処理してから、汚れた湿し水に混合した場合には、汚れ成分の浄化が不十分であることが判明した。
【0055】
さらに特許文献5に開示されている手段を用いて、予め粉末シリカを、カチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤のいずれか、または双方で処理してカチオン化した後に、アニオン性高分子凝集剤を添加した汚れた湿し水に混合した場合には、比較例10、及び比較例14に示すように、粘着性はないがサイズの小さなフロック(△)が発生し、濾紙を通過するため、透過率の上昇が、上述した実施例に比べて少なかった。なお予め粉末シリカを、カチオン性高分子凝集剤で処理してカチオン化した後に、汚れた湿し水に混合し、その後に、この汚れた湿し水にアニオン性高分子凝集剤を添加する手段でも、比較例11に示すように、いずれも粘着性はないがサイズの小さなフロック(△)が発生し、上記同様に、透過率の上昇が、上述した実施例に比べて少なかった。
【0056】
したがって、特許文献5に開示されているように、予め粉末シリカを、カチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤とのいずれか、または双方でカチオン化処理したものを、アニオン性高分子凝集剤を事前に添加した汚れた湿し水に混合する手段では、汚れ成分の浄化が不十分であることが判明した。
【0057】
次に特許文献6に開示されている手段を用いて、粉末シリカ、及びカチオン性高分子凝集剤とアニオン性高分子凝集剤とのいずれか一方だけを混合してから、汚れた湿し水に添加する手段では、比較例5,7に示すように、いずれもサイズの小さなフロック(△)が形成され、濾紙を通過するため、このフロックを除去することが困難となった。このため、汚れの残存率を示す透過率は、上述した実施例に比べて少なかった。
【0058】
また、粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、及びアニオン性高分子凝集剤を、予め混合してから、汚れた湿し水に添加する手段でも、比較例13、18に示すように、いずれも粘着性はないがサイズの小さなフロック(△)が発生し、透過率の上昇が、上述した実施例に比べて少なかった。したがって、特許文献6に開示されているように、粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、及びアニオン性高分子凝集剤を予め混合して、汚れた湿し水に添加する手段は、これらを単独で、それぞれ汚れた湿し水に添加する場合に比べて、汚れの浄化が低いことが判明した。
【0059】
次に粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤、およびアニオン性高分子凝集剤をそれぞれ単独で湿し水に添加する場合であっても、アニオン性高分子凝集剤を最初に湿し水に添加すると、比較例8,9,15,16に示すように、浄化効果が大きく低下することが判明した。すなわち粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤と、アニオン性高分子凝集剤を、汚れた湿し水に添加してそれぞれ攪拌する手段においては、アニオン性高分子凝集剤を、最後に添加することが必要であることが判明した。
【0060】
さらに粉末シリカの替わりに、粉末状のゼオライトやベントナイト等の活性白土、ポリ塩化アルミニウムやポリ硫酸アルミニウム等の無機系凝集剤を使用したところ、比較例19〜22に示すように、湿し水の物性(pHおよび伝導率)が、著しく変化することが判明した。したがって、粉末シリカをこれらの物質で代替することは困難であることも判明した。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明による湿し水の浄化方法は、オフセット印刷で用いる湿し水の汚れを、必要成分を残存させたまま、効果的に除去できる。したがってオフセット印刷および湿し水の浄化に関する産業に広く利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】湿し水の浄化方法を実施する概略構成図である。
【図2】湿し水の浄化方法の効果等を確認した試験結果を示す表である(実施例)。
【図3】従来例の手段を用いて、湿し水の浄化の効果等を確認した試験結果を示す表である(比較例)。
【符号の説明】
【0063】
1、11〜14 (印刷胴の)水舟
2 冷却用タンク
3 攪拌/反応槽
4 (粉末シリカの)添加装置
5 (カチオン性高分子凝集剤水溶液の)添加装置
6 (アニオン性高分子凝集剤水溶液の)添加装置
7 固液分離装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
オフセット印刷に用いる湿し水の浄化方法であって、
上記湿し水に、粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤及びアニオン性高分子凝集剤を、この順序で添加してそれぞれ攪拌することを特徴とする
湿し水の浄化方法。
【請求項2】
オフセット印刷に用いる湿し水の浄化方法であって、
上記湿し水に、カチオン性高分子凝集剤、粉末シリカ及びアニオン性高分子凝集剤を、この順序で添加してそれぞれ攪拌することを特徴とする
湿し水の浄化方法。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかにおいて、上記粉末シリカ、カチオン性高分子凝集剤及びアニオン性高分子凝集剤の添加重量比は、粉末シリカ100に対してカチオン性高分子凝集剤が1.7〜19.9、アニオン性高分子凝集剤が0.2〜3.9であることを特徴とする湿し水の浄化方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかの1において、上記粉末シリカの平均粒径は、1〜20μmであることを特徴とする湿し水の浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−810(P2007−810A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−185549(P2005−185549)
【出願日】平成17年6月24日(2005.6.24)
【出願人】(000175250)三浦印刷株式会社 (7)
【Fターム(参考)】