説明

溶接ソリッドワイヤおよび溶接金属

【課題】高効率なMIG溶接法による9%Ni鋼同士の溶接において、溶接継手の良好なビード形状と高い極低温靭性とを両方達成する共金系溶接ソリッドワイヤおよびその溶接金属を提供する。
【解決手段】9%Ni鋼母材の共金系溶接ソリッドワイヤに、一定割合のREMとOとを含有させて、溶接継手1aの極低温靭性を阻害しない範囲での微量だが、溶接金属3中にREMの微細酸化物を形成でき、かつ良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を供給するとともに、Al、Tiをともに規制し、更に、MIG溶接法におけるシールドガスを、炭酸ガスを含まないか微量しか含まないアルゴンガスとして、溶接継手1aの良好なビード形状と高い極低温靭性とを両方達成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極低温用の9%Ni鋼(9%ニッケル鋼)の溶接に適した鉄基の溶接ソリッドワイヤ(溶接用ソリッドワイヤ)および9%Ni鋼同士の溶接継手の溶接金属に関するものである。以下、9%Ni鋼同士の溶接継手を単に「継手」とも言う。
【背景技術】
【0002】
周知のごとく、9%Ni鋼は−196℃程度の極低温下で使用される高張力鋼であり、高い耐力と卓越した低温靭性を有する。このため、極低温用鋼としてLNGや液体窒素、液体酸素の等の貯蔵タンクあるいはその関連機器等に広く用いられている。このような9%Ni鋼の優れた極低温靭性を活用するためには、9%Ni鋼同士を溶接して形成される溶接継手の溶接金属(溶接部)においても、当然ながら、この母材と同程度の極低温靭性などの特性が要求される。
【0003】
こうした背景から、9%Ni鋼同士の溶接技術についてもこれまで種々の検討が加えられている。例えば、極低温用の9%Ni鋼母材と同じあるいは母材に類似した成分の溶接ワイヤ(所謂共金系溶接ワイヤ)を用いてこれを溶接すれば、極低温特性の優れた溶接継手が得られるものと考えられる。しかし、MIGなどのTIGよりも高効率な溶接法では、安定した低温靭性は確保できず、このような低温靭性に難があることから、MIGよりも効率が低いTIG溶接に限定され、施工の作業能率が著しく低くなる。このため、共金系ワイヤの適用例はほとんどない。
【0004】
図1に9%Ni鋼板同士の突合せ溶接継手例(溶接試験例)を示す。TIGにしてもMIGにしても、9%Ni鋼板2a、2b同士の溶接継手1aにおける溶接金属3を、大入熱により、溶着パス(1)〜(13)を多層盛りに、順次形成していく過程は同じではある。
【0005】
このうち、TIGでは、溶着量を比較的小さくしてビードを薄くするため、後続するビード、例えばビード(13)によって、前のビード、例えばビード(12)が完全に逆変態される。これによって、前記各溶着層の比較的粗大な原質部(凝固組織)が微細な再熱組織(再熱処理組織)となっている。即ち、上層部溶接時の熱サイクルによって適度の熱処理効果が得られるため、下層部組織の微細化が図れ、下層部の低温靭性が高められる。
【0006】
これに対して、高効率なMIG溶接法では、溶着量が比較的大きいために、必然的に、前記再熱組織と、再熱されない原質部(凝固組織)が板厚方向に交互に位置することなる。このため、継手1における溶接金属3としても、MIG溶接によるものの方が、TIG溶接によるものよりも、安定した低温靭性の確保が難しい。
【0007】
このため、従来から、9%Ni鋼の高効率なMIG溶接による溶接施工に際しては、主に、Ni量が60%程度と高いNi基合金(所謂インコネル)の溶接ワイヤが多く使用されてきた。しかし、このようなNi基合金溶接ワイヤを用いた溶接継手は、−196℃でも溶接ままで優れた靭性を示すものの、引張強さ、特に0.2%耐力は9%Ni鋼母材に比べて極めて低い。この結果高張力鋼として9%Ni鋼を使用するにも拘わらず、溶接継手の強度が低いために、設計応力もこれに応じて下げざるを得ず、溶接継手の強度を確保するためには、溶接構造物全体の板厚を増大させなければならない不利を生じる。
【0008】
従って、前記Ni基合金溶接ワイヤを使用する限り、9%Ni鋼の高い強度が十分には活かされず、溶接構造物の板厚増加、重量の増加、高価なNi基合金溶接ワイヤの消費量増大という二重三重の負荷や負担を余儀なくされている。しかも、前記Ni基合金溶接ワイヤによる溶接では、どうしても、Niに伴う高温割れの問題がつきまとう他、母材である9%Ni鋼とは、その成分組成が大きく異なるために、溶接時の互いの熱膨張係数差による、熱疲労発生の問題なども出てくる。
【0009】
以上のような溶接施工上の制約から、9%Ni鋼自体は極低温用鋼としての前記卓越した性能を具備しているにも拘わらず、従来からその適用範囲が著しく制限されているのが実情である。
【0010】
このため、前記Ni基合金溶接ワイヤに代えて、前記9%Ni鋼母材と同じあるいは母材に類似した成分の共金系溶接ワイヤを用いた溶接技術ついて、従来より溶接継手部の極低温特性を高めるための研究も実施されている。
【0011】
例えば、特許文献1では、前記9%Ni鋼の共金系溶接ワイヤの化学成分組成において、ニッケル、マンガン、硼素、酸素などの含有量を適正範囲に調整、制限することによりこれを改善する方法が開示されている。しかし、この方法ではJIS-Z-3111に準じたシャルピー衝撃試験による溶接継手部の低温靭性改善結果が報告されているものの、全体の吸収エネルギーのみでこれを評価している。即ち、亀裂発生強度からの取組みはなされていない。
【0012】
特許文献2では、前記9%Ni鋼の共金系溶接ワイヤによる溶接施工法を工夫して溶接継手部の低温靭性を改善する方法が提案されている。すなわち、多層盛り溶接した後に、最終層の溶接ビード表面を150℃以下まで冷却し、次いで前記最終層の溶接ビード表面を不活性ガスでシールドしつつ、非消耗電極からのアークで再溶融させる方法が開示されている。この方法は、前記上層部溶接時の熱サイクルによる熱処理効果が期待できない開先中央部の最終層を、再溶融させることによって熱処理を加えて低温靭性を向上させようとするものである。しかし、この方法は溶接施工において工数が増えるという問題とともに、あくまで溶接継手部における最終溶接層のみの部分的な低温靭性の改善に止まる。従って、溶接継手の特性を支配する溶接金属全体の低温靭性向上に対しては自ずと限界を有する問題がある。
【0013】
特許文献3では、前記9%Ni鋼の共金系溶接ワイヤによる、炭化物形態の制御と、溶接部の熱処理を短時間化して、低温靭性を改善する技術が提案されている。このとき、その添加の理由は記載が無く不明であるが、実施例においてREMを0.042%以上添加した共金系溶接ワイヤが使用されている。この技術においても、前記特許文献2と同様、溶接後の熱処理が必要とされるため工数の増加、ひいてはコストの増加を招く。またワイヤ成分に関する検討が不十分である。そして、やはり前記した耐亀裂発生強度から要求される低温靭性は認識されていない。
【0014】
このような従来の前記9%Ni鋼の共金系溶接ワイヤによる低温靭性改善は、共通して、現実の亀裂発生を反映した耐亀裂発生強度という亀裂発生からの解明の観点が無い。従って、通常の低温靭性評価のためのシャルピー衝撃試験やCOD試験による吸収エネルギーの評価においては、基準を満たす十分な低温靭性が得られているものの、実際の構造物としての低温靭性を精緻に評価されていなかった。
【0015】
これに対して、この耐亀裂発生強度の観点からの、低温靭性の評価法自体の開発を手始めとして、前記9%Ni鋼の共金系溶接ワイヤによる、低温靭性改善技術が、特許文献4、5などで提案され始めている。
【0016】
これら特許文献4、5に開示されている通り、実際に、前記LNGや液体窒素、液体酸素の等の貯蔵タンクあるいはその関連機器等の溶接構造物に外力(荷重)が付加された際には、まず亀裂が発生し、その後に亀裂が伝播する。このような現実の亀裂発生を反映した、耐亀裂発生強度から要求される低温靭性の評価のためには、前記外力付加時における亀裂発生の開始から終了までの靭性を測定することが必要不可欠となる。
【0017】
これが可能な極低温靭性の試験方法として、荷重−変位曲線により、シャルピー衝撃試験時の亀裂発生と伝播過程との分離が可能な、計装化シャルピー衝撃試験法がある。この測定法では、外力付加時における亀裂発生時の靭性値(吸収エネルギー)Eiと、亀裂発生開始から終了までの亀裂伝播の際の靭性値(吸収エネルギー)Ep、そして耐亀裂発生強度(最大荷重)を測定することができる。これらEiとEpとの合計の靭性値Et(Ei+Ep)と前記耐亀裂発生強度とによって、現実の溶接構造物の大型脆性破壊強度に即した、より精緻な極低温靭性の評価が可能となる。
【0018】
このような観点に基づき、特許文献4では、特にCr(クロム)を添加して極低温靭性を向上させる。より具体的には、TIG溶接による多層盛り溶接に際しては、開先の溶接金属(溶接部)中央部の下層部は、その前に溶接された上層部の溶接時の熱サイクルによって熱処理効果を受ける。この時、溶接金属(溶接部)中央部の下層部において、溶接後にベイナイトやマルテンサイト組織となった初期組織が、前記熱処理効果を受けて、オーステナイトに逆変態すれば、溶接金属の組織は細かくなりやすい。Ni−Mnを含有する前記9%Ni鋼の成分系において、Crは、フェライト/オーステナイトの変態温度を低下させる優れた作用がある。特許文献4では、Crを共金系ワイヤに特定量含有させることで、このCrの特異な性質を活用し、前記溶接金属組織を微細化することができ、溶接継手部の耐亀裂発生強度を高めている。
【0019】
また、特許文献5では、同様に、特にREM(レム、希土類元素類)を添加して極低温靭性を向上させる。通常、酸化物は低温靭性を著しく損なうため、前記9%Ni鋼同士の継手の溶接金属中に多数の大きい酸化物を形成することは好ましくない。しかし、前記溶接金属中に含まれる微量の酸素と反応して生成する酸化物が十分に微細であれば、こうした酸化物は破壊起点として作用せず、むしろ溶接凝固過程や凝固後の結晶粒成長を抑制するピン止め粒子として、良い方向に機能する。このため、微細酸化物は溶接金属全体の低温での強度や靭性を高めるのに有効に作用する。
【0020】
特許文献5では、このような効果を持つ元素としてREMが最適であることを確認し、REMを共金系溶接ワイヤに特定量含有させることで、溶接金属中に微細なREMの酸化物を適量分散させる。このREMの酸化物は、他の金属元素の酸化物、例えばAlと比較すると、溶融鉄合金との濡れ性がよい性質を持っている。このため、REMの酸化物が、溶接金属中の液相中に生成しても、互いに凝集しづらく、それ以上の大きな酸化物には成長しない。それゆえ、REMの酸化物は、微細なままで存在することが可能で、前記溶接凝固過程や凝固後の結晶粒成長を抑制するピン止め粒子として機能する。したがって、溶接金属全体の低温での強度や靭性を高めるのに有効に作用する。ここで、REMとは希土類元素(Rare Earth Metal)のことであり、周期律表のLaからLuまでの元素を総称するものである。
【0021】
一方、REMを共金系溶接ワイヤに特定量含有させる技術としては、特許文献6のような提案もなされている。この特許文献6の技術は、REMとCaを複合添加し、更に添加するREM量とCa量の比を一定の範囲内に制御することで、純Arガス中でのアーク安定化を図ろうとする技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開昭54−76452号公報
【特許文献2】特開昭53−118241号公報
【特許文献3】特開昭61−15925号公報
【特許文献4】特開2009−90312号公報
【特許文献5】特開2009−101414号公報
【特許文献6】特開昭57−171598号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
前記低温の貯蔵タンクあるいはその関連機器等の溶接は、前記した通り、効率が低いTIG溶接に限定されることなく、作業効率が高いガスシールドアーク溶接にて施工したい。前記特許文献4、5でも、共金系溶接ワイヤを用いた極低温用鋼の溶接法として、TIG溶接法の他に、シールドガスとして不活性ガスをメインとしたMIG溶接方法(プラズマMIG溶接法や同軸複層ワイヤ溶接法など)の採用が望ましいことが記載されている。
【0024】
このMIG溶接方法は、前記9%Ni鋼同士の溶接後に、その継手に形成される溶接金属中の酸素量を100ppm以下に保持する必要性からも、これに適した溶接方法である。酸素が過剰に前記継手の溶接金属中に含まれると、酸化物の数密度の増大や酸化物の凝集、合体による粗大化をもたらし、前記極低温靭性を著しく低下させる。この結果、前記9%Ni鋼同士の溶接継手の、前記計装化シャルピー衝撃試験法による前記vE−196℃や前記耐亀裂発生強度が、前記基準値を満たせなくなる。
【0025】
ガスシールドアーク溶接方法では、通常は、純Ar(アルゴン)ガスや、Arガスに2〜5%程度、あるいは多いものでは20%程度のCO(炭酸ガス)を加えたシールドガスを用いて、ガスシールドアーク溶接を行う(一般的に80%Ar−20%CO溶接をMAG溶接と呼ぶ)。ただ、これらシールドガスのうち、前記炭酸ガスを含むシールドガスでは、この炭酸ガスから由来する酸素によって、前記溶接金属中の酸素量を低減できず、溶接金属中の酸素量が高くなりすぎて、前記した通り、前記極低温靭性が確保できない。
【0026】
このため、ガスシールドアーク溶接方法において、前記9%Ni鋼同士の溶接継手に形成される溶接金属中の酸素量を低減するためには、シールドガスを純Arとする。このように、シールドガスを炭酸ガスを含まない純Arとすると、前記溶接金属中の酸素量は低減されて、前記極低温靭性は向上する。しかし、反対に、前記9%Ni鋼同士の溶接継手におけるビード形状が悪くなるという問題が新たに発生する。
【0027】
図2に、ビード形状が悪くなった、9%Ni鋼板同士の突合せ溶接継手例を示す。図2は、MIG溶接による、9%Ni鋼板2a、2b同士の溶接継手1bを示すが、溶接金属4におけるビードの形状は、図2に示すように、上向きに大きく膨らむような凸形状となって、溶接金属4の側縁部と9%Ni鋼板2a、2bの表面とが不連続な変曲点(屈曲部)によってつながる、専門用語で所謂オーバーラップとなる。このような上向きに大きく膨らむ不良な凸形状のビードは、9%Ni鋼同士が互いに直交する隅肉溶接継手のような場合でも、その隅角部(L字形状部)の溶接部において、同様に発生する。そして、このような不良な凸形状のビードが、溶接継手の溶接部に亙って、部分的にでも存在すると、周知の通り、溶接継手の前記疲労強度を低下させる原因となり、溶接継手の信頼性を低下させる。
【0028】
ここで、良好な(正常な)ビード形状は、前記図1に示すように、突合せ溶接継手の場合には、周知の通り、上向きに膨らむ上に凸なビードであるが、ビードの高さが低く、なだらかで、溶接金属4の側縁部と9%Ni鋼板2a、2bの表面とがなだらかに連続的につながっている。また、前記T字やL字の溶接継手の場合には、良好な(正常な)ビード形状は、その隅角部(L字形状部)の溶接部において、公知のように、下向きに順次凹む円弧状曲線の凹形状となっており、やはり、溶接金属の側縁部と9%Ni鋼表面とがなだらかに連続的につながっている。即ち、これら正常な公知のビード形状では、前記した溶接金属の側縁部と9%Ni鋼板の表面とが不連続な変曲点(屈曲部)によってつながるようなことが無い。したがって、溶接継手の前記疲労強度を低下させることがなく、溶接継手の信頼性が確保される。
【0029】
このような不良な凸形状のビード形状発生の問題は、溶接継手の一断面や部分的な断面だけの問題ではなく、溶接継手の溶接部の長手方向全般に亙る問題である。言い換えると、継手の前記疲労強度を保証したり、信頼性を確保するためには、溶接継手の溶接部の長手方向全般に亙って、ビードの形状が正常に(良好に)保証されることが必要となる。
【0030】
このため、このような不良な凸形状のビード形状が、部分的にでも発生した場合には、溶接施工では周知なように、ビード形状を良好な形状に研磨、切削して整える後工程(作業)が必要となる。ただ、9%Ni鋼が適用される、実際の前記低温構造物における、膨大な溶接施工の長さや溶接施工箇所の数を考慮すると、このような後工程が必要な場合には、MIG溶接の適用自体が現実的ではなくなる。
【0031】
因みに、通常の、前記炭酸ガスを含むシールドガスを用いたMIG溶接方法では、この炭酸ガスから由来する酸素の作用によって、ビードのぬれ性が良くなって、ビード形状が良好な形状となる。したがって、ビード形状を良好な形状に研磨、切削して整える前記後工程(作業)は不要である。言い換えると、通常のMIG溶接方法では、炭酸ガスを含むシールドガスを用いることによって、溶接継手における良好なビード形状を保証している。
【0032】
以上説明したように、MIG溶接方法による9%Ni鋼同士の溶接継手形成の実用化のためには、ある程度の酸素を必要とする前記良好なビード形状制御と、酸素を規制する必要がある前記継手の極低温靭性向上制御とが大きな課題である。しかも、これらの制御は、酸素の要不要において相矛盾する制御であり、互いに両立させることが難しい課題となっている。
【0033】
このためか、前記特許文献4、5でも、共金系溶接ワイヤを用いた9%Ni鋼同士の溶接法は、MIG溶接法でも可能であることを記載しつつも、各々その実施例では、溶接施工の作業能率が劣るが、安定した低温靭性を確保できる、TIG溶接法を実際には用いている。なお、共金系溶接ワイヤを用いた9%Ni鋼同士の実際の溶接を、シールドガスを純ArとしたMIG溶接で行い、9%Ni鋼板同士の突合せ溶接継手を作成した例もあるにはある。ただ、このような例でも、前記特許文献4、5と同様に、意図しているのは低温靭性の確保でしかない。即ち、継手溶接部の長手方向(溶接施工方向)全般に亙る問題で、継ぎ手の信頼性に関わる問題である、前記不良な前記凸形状のビード形状発生の問題を、全く認識していない。
【0034】
一方、前記特許文献6では、純ArガスをシールドガスとしたMIG溶接を行っており、前記したように、REMとCaの複合添加によってアークを安定化させ、溶接金属内部の欠陥を低減することが可能となっている。しかし、この特許文献6の技術においても、前記不良な前記凸形状のビード形状発生の問題を、全く認識していない。Caも酸化物を形成しやすい元素であり、純ArガスをシールドガスとしたMIG溶接を行った場合には、ビード形状不良発生を生じやすくするものである。また、Caの過剰な添加は低温靭性を劣化させることにもなる。
【0035】
しかも、前記不良な前記凸形状のビード形状は、前記継手形状や溶接姿勢によらず発生し、継手溶接部の長手方向(溶接施工方向)に亙って発生する。また、前記した通り、極低温靭性向上のために、シールドガスを炭酸ガスを含まない純Arとして、酸素量を低減としたMIG溶接で行うほど発生しやすくなる。
【0036】
9%Ni鋼の溶接用途である前記LNGや液体窒素、液体酸素の等の貯蔵タンクあるいはその関連機器等の大型構造物では、このような不良な凸形状のビードの発生は、MIG溶接法採用への大きな障害となる。言い換えると、9%Ni鋼の溶接用途を大きく制限することにもつながる。したがって、このような不良な前記凸形状のビードの発生の問題解決と、酸素を規制する必要がある前記継手の極低温靭性向上とを両立させない限り、MIG溶接方法による9%Ni鋼同士の溶接継手形成を実用化できない。
【0037】
本発明はかかる問題に鑑みなされたものであって、高効率なMIG溶接などのガスシールドアーク溶接法によって9%Ni鋼同士の溶接が可能な溶接ソリッドワイヤおよび溶接された継手の溶接金属を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0038】
前記目的を達成するための、本発明溶接ソリッドワイヤの要旨は、質量%で、C:0.10%以下(0%を含まない)、Si:0.15%以下(0%を含まない)、Mn:0.1%〜0.8%、Ni:8.0〜15.0%、REM:0.005〜0.040%、O:0.0020〜0.0150%を各々含み、かつ前記REMとOとの質量比[REM]/[O]が2.5〜4.2の範囲であり、更に、Al:0.03%以下(0%を含む)、Ti:0.03%以下(0%を含む)に各々規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものとする。
【0039】
ここで、前記溶接ソリッドワイヤの前記REMとOとの質量比[REM]/[O]が3.1〜4.2の範囲であることが好ましい。また、前記溶接ソリッドワイヤが、純アルゴンガスか、炭酸ガスを2%未満(0%を含まない)含むアルゴンガスかをシールドガスとして使用した、9%Ni鋼のガスシールドアーク溶接に使用されるものであることが好ましい。
【0040】
前記目的を達成するための、本発明溶接金属の要旨は、9%Ni鋼同士の溶接継手における溶接金属であって、質量%で、C:0.10%以下(0%を含まない)、Si:0.15%以下(0%を含まない)、Mn:0.1%〜0.8%、Ni:8.0〜15.0%、REM:0.005〜0.040%、O:0.0150%以下(0%を含まない)を各々含み、更に、Al:0.03%以下(0%を含む)、Ti:0.03%以下(0%を含む)に各々規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなり、この溶接金属の断面組織を1000倍のSEMで観察した際の、最大径が0.1μm以上、1μm未満の範囲の酸化物の平均個数が、観察視野1mm当たり、1×10〜5.0×10個とする。
【0041】
ここで、前記溶接金属が前記9%Ni鋼同士を溶接ソリッドワイヤとシールドガスとを用いたガスシールドアーク溶接して形成されたものであり、前記溶接ソリッドワイヤが、質量%で、C:0.10%以下(0%を含まない)、Si:0.15%以下(0%を含まない)、Mn:0.1%〜0.8%、Ni:8.0〜15.0%、REM:0.005〜0.040%、O:0.0020〜0.0150%を各々含み、かつ前記REMとOとの質量比[REM]/[O]が2.5〜4.2の範囲であり、更に、Al:0.03%以下(0%を含む)、Ti:0.03%以下(0%を含む)に各々規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものであり、前記シールドガスが、純アルゴンガスか、炭酸ガスを2%未満(0%を含まない)含むアルゴンガスであることが好ましい。
【発明の効果】
【0042】
本発明は、前記した通り、高効率なMIG溶接法による9%Ni鋼同士の溶接において、溶接継手の良好なビード形状と高い極低温靭性とを両方達成する。このために、本発明では、前記した通り、お互いの制御が相矛盾する、溶接継手における、前記良好なビード形状の制御と、前記高い極低温靭性への制御とを両立させる。即ち、ある程度の酸素を必要とする前記良好なビード形状制御と、酸素を規制する必要がある前記継手の極低温靭性向上制御とを両立させる。このような相矛盾する制御の両立化の観点は、前記特許文献4、5、6には無い、本発明の新規な観点である。
【0043】
このために、本発明は酸素の制御をより緻密に行い、前記継手の極低温靭性を阻害しない範囲での微量だが、前記溶接金属中にREMの微細酸化物を形成でき、かつ前記良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を、前記溶接ソリッドワイヤに存在(含有)させる。
【0044】
この際、前記溶接金属に対して、前記MIG溶接法のシールドガスからは、基本的に酸素の供給を行わない。このため、本発明で用いるMIG溶接法のシールドガスは、純アルゴンガスを用いる。また、炭酸ガスを含んだとしても、前記良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を、溶接ソリッドワイヤからの酸素供給の補助的に供給するために、常法とは大きく異なり、2%未満の微量な含有量としたアルゴンガスを用いる。
【0045】
本発明は、前記溶接ソリッドワイヤにREMを添加し、前記したREMの酸化物が大きな酸化物に成長しない性質を利用して、前記溶接金属中にREMの微細酸化物を適量分散させている。そして、前記溶接金属の前記溶接凝固過程や凝固後の結晶粒成長を抑制するピン止め粒子として機能させる。これによって、前記溶接金属の極低温での強度や靭性を高める。
【0046】
因みに、前記特許文献5でも、本発明と同様に、前記溶接ソリッドワイヤにREMを添加し、前記溶接金属中にREMの微細酸化物を適量分散させ、前記溶接金属の極低温での強度や靭性を高めている。但し、本発明では、この特許文献5とは違い、前記した通り、前記継手の極低温靭性を阻害しない範囲での微量だが、前記溶接金属中にREMの微細酸化物を形成でき、かつ前記良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を、前記溶接ソリッドワイヤに存在(含有)させる。言い換えると、前記継手の極低温靭性を阻害しない観点と、前記溶接金属中にREMの微細酸化物を形成するだけの前記特許文献5の観点では、前記溶接ソリッドワイヤに微量存在(含有)させる酸素量が必然的に少なくなる。このため、前記良好なビード形状に制御し得る程度の酸素が不足し、MIG溶接において前記良好なビード形状に制御できなくなる。
【0047】
これに対して、本発明では、前記した、溶接金属中にREMの微細酸化物を形成でき、かつ前記良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を、溶接ソリッドワイヤに存在(含有)させるために、先ず、前記溶接ソリッドワイヤにおける、前記REMとOとの質量比[REM]/[O]を、特定のより限定された範囲に制御する。
【0048】
また、本発明は、更に、このようなOとの質量比で決まる量のREMの添加効果に加えて、REMよりも強力な脱酸剤であるAlやTiなどの量をより低めに制御する(低減する)ことを組み合わせて、適量な酸素を存在させ、前記継手のビード形状を前記良好な形状にする。これによって、溶接継手の疲労強度を低下させず、しかも、前記不良な凸形状となったビード形状を研磨、切削して整える後工程(作業)も不要とする。
【0049】
本発明は、例えば、常法に比して酸素量が極端に少ない、純ArなどをシールドガスとしてMIG溶接しても、前記した継手の極低温靭性を低下させずに、前記継手のビード形状が良好に形成できることを目指す。この点、MIG溶接方法では、前記継手のビード形状の良好な形成のためには、前記した通り、酸素の存在がある程度必要である。この酸素を、本発明では、前記脱酸剤であるAlやTiなどの量を規制した、溶接ソリッドワイヤ側から供給することによって保証する。そして、同時に、従来の炭酸ガスを多く含むシールドガスによるような、酸素の過剰な供給を抑制して、極低温靭性の低下を防止する。
【0050】
このように、本発明は、溶接ソリッドワイヤ中の酸素量を、前記した通り、REMとの質量比で決まる量として、前記溶接金属の結晶粒成長を抑制するピン止め粒子としてのREMの微細酸化物形成用と、前記継手のビード形状を前記良好な形状にする供給量とに、より緻密に振り分ける。
【0051】
このような緻密な酸素量を保証するためには、前記REMとOとの質量比の制御だけでなく、この酸素と反応してしまうREMよりも強力な脱酸剤である、AlやTiなどの含有量をより低めに制御する(低減する)ことを行うことが必須となる。これらAlやTiは、元々不純物として規制されるべきものではあるが、不純物としての微量含有範囲での含有量が多くなると、AlやTiの酸化物を形成して酸素を消費する。この結果、REMの微細酸化物となり、また前記継手のビード形状を良好にするための、溶接ソリッドワイヤからの酸素の供給量が不足する。
【0052】
以上の緻密な酸素量の制御によって、本発明は、ガスシールドアーク溶接中の過剰な酸素の存在によって前記継手の極低温靭性を低下させないことを前提に、前記溶接金属中で前記REMの微細酸化物によって前記溶接金属の結晶粒を微細化して継手の極低温靭性を向上させ、しかも、前記継手のビード形状を前記良好な形状にする。
【0053】
因みに、前記特許文献5の実施例の表2において、REMを実質量含む溶接ソリッドワイヤ例(番号5〜10)においては、前記REMとOとの質量比[REM]/[O]あるいはAlとTiの含有量の、いずれかが本発明範囲から外れている。このため、前記特許文献5では、ある程度の酸素を必要とする前記良好なビード形状制御と、酸素を規制する必要がある前記継手の極低温靭性向上制御とを両立させることが難しい。前記特許文献4、5が、MIG溶接でも実施可能としつつ、実際には、実施例での共金系溶接ワイヤを用いた9%Ni鋼同士の溶接に、TIG溶接法を用いざるを得ないのは、このような理由にもよる。
【0054】
本発明によれば、9%Ni鋼を溶接した際にその母材と略同等の極低温靭性の特性を有する溶接継手の溶接金属と、そのような溶接金属を形成することができる共金系溶接ソリッドワイヤを提供することができる。しかも、これらの効果を、前記継手のビード形状を良好にして疲労強度を高めた上で達成することができる。
【0055】
前記極低温靭性として、具体的には、前記計装化シャルピー衝撃試験法による、前記9%Ni鋼同士の継手の−196℃の極低温の吸収エネルギー(vE−196℃)としては100Jを超える高い値とし、−196℃の耐亀裂発生強度(最大荷重)としては25000Nが基準値を超える高い値とすることができる。このため、前記継手のビード形状の良好な形成と相まって、実際の大型溶接構造物の脆性破壊現象に即した優れた極低温特性を備えた溶接継手を形成させることができる。
【0056】
そして、本発明のかかる共金系溶接ソリッドワイヤの使用により、高合金系ワイヤの使用に比したコスト低減が図れ、溶接継手の強度不足に伴う母材鋼の板厚増加や重量増加に起因する、前記大きな負荷や負担を一掃することができる。また、これに伴い、溶接継手の耐熱割れ性の低下や熱膨張係数の違いによる熱疲労特性の劣化等の品質上の問題も解消することができるため、極低温用鋼で構成される溶接構造物の製作が容易となる。このため、卓越した低温特性を具備する9%Ni鋼の各種用途への普及を著しく拡大できる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】良好なビード形状の9%Ni鋼板同士の突合せ溶接継手例を示す説明図である。
【図2】不良なビード形状の9%Ni鋼板同士の突合せ溶接継手例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0058】
まず、本発明溶接ソリッドワイヤの化学成分組成の限定理由について説明する。なお、以下の説明は、MIG溶接などのガスシールドアーク溶接法を主体に行うが、勿論、本発明はTIG溶接法にても適用できる。
【0059】
溶接ソリッドワイヤの化学成分組成:
先ず、本発明の共金系溶接ソリッドワイヤの化学成分組成は、9%Ni鋼による溶接継手および溶接継手の溶接金属の、高い耐力と低温靭性とを保証するものとする。このために、本発明溶接ソリッドワイヤは、質量%で、C:0.10%以下(0%を含まない)、Si:0.15%以下(0%を含まない)、Mn:0.1%〜0.8%、Ni:8.0〜15.0%、REM:0.005〜0.040%、O:0.0020〜0.0150%を各々含み、かつ前記REMとOとの質量比[REM]/[O]が2.5〜4.2の範囲であり、更に、Al:0.03%以下(0%を含む)、Ti:0.03%以下(0%を含む)に各々規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものとする。
【0060】
以下、本発明の溶接ソリッドワイヤや溶接金属の化学成分について詳述するが、以下に記載する以外の元素(化学成分)は不可避的不純物に含まれる。また、以下の元素含有量の%表示は全て質量%の意味である。なお、以下の説明では、溶接継手における溶接金属の特性に即して説明するが、溶接継手の特性としても同じ意味になる。
【0061】
C(炭素):0.10%以下(0%を含まない)
溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中のCは、少量でも溶接金属の引張強度(TS)を高める上で有効であるため、0%を超える実質量を含有させるが、多量に含まれると溶接金属の低温靭性を著しく低下させる。このため、Cの含有量はその上限を0.10%と規定する。
【0062】
Si(珪素):0.15%以下(0%を含まない)
溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中のSiは溶接作業性の向上に有効に作用するので、0%を超える実質量を含有させるが、多量に含まれると溶接金属の低温靭性を著しく低下させ、かつ高温割れ感受性を著しく高める。このため、Siの含有量はその上限を0.15%と規定する。
【0063】
Mn(マンガン):0.1%〜0.8%
溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中のMnは、溶接作業性を改善するとともに、脱酸剤あるいは硫黄捕捉剤として卓越した効果を発揮するため、重要な基本成分となる。Mnの含有量が0.1%未満では、前記Mnの効果が不足して、溶接作業性が著しく低下する問題が生じる。一方、Mnの含有量が0.8%を越えると、溶接金属中に安定な残留オーステナイトが生じやすくなり、下記Niの過剰な含有の場合と同様に、溶接金属の低温靭性が著しく損なわれる。従って、Mnの含有量は0.1%〜0.8%の範囲、好ましくは0.1%〜0.5%の範囲とする。
【0064】
Ni(ニッケル):8.0〜15.0%
溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中のNiは、共金系溶接ソリッドワイヤの使用対象となる9%鋼の場合と同様に、低温靭性を確保する上で重要な成分である。Niが8.0%未満では溶接金属に対して十分な低温靭性を付与することができない。一方Niが15.0%を越えると、溶接金属の機械的強度が高くなりすぎて、延性が極端に低下し、更には不安定な残留オーステナイト生じることで、極低温下ではマルテンサイトに変態して低温靭性の低下を招く。従って、Niの含有量は8.0〜15.0%の範囲とする。
【0065】
REM:0.005〜0.040%
溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中のREMは重要かつ特徴的な成分として位置付けられる。このREMとは希土類元素(Rare Earth Metal)のことであり、周期律表のLaからLuまでの元素を総称する。これら元素はいずれも同等の効果を発揮するので、これらREMの元素の中から選択して、1種あるいは2種以上の元素を含有させればよい。
【0066】
周知の通り、通常、多くの酸化物は、低温靭性を著しく損なうため、溶接金属中に多数の大きい酸化物を形成することは好ましくない。しかし、REMが溶接金属中に含まれる微量の酸素と反応して生成するREMの酸化物は、粗大化せずに、溶接金属中で微細に存在する。このようなREMの酸化物は、他の粗大な酸化物に比して、破壊起点として作用せず、むしろ溶接凝固過程や凝固後の結晶粒成長を抑制するピン止め粒子として機能する。このため、溶接金属中に含まれるREMの酸化物は、溶接金属全体の強度や靭性を高めるのに有効に作用する。
【0067】
本発明では、このようなREMの微細な酸化物を溶接金属中に適量分散させることにより、溶接金属の極低温特性を向上させる。REMの酸化物が他の酸化物と異なり、溶接金属中で微細なままで分散した状態で維持されるのは、例えばAlと比較すると溶融鉄合金との濡れ性がよい性質を持っているためである。このため、REMの酸化物が溶接金属の液相中に生成しても、互いに凝集しづらく、それ以上の大きな酸化物や粗大な酸化物には成長しないことによると考えられる。
【0068】
これらREMを溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中に含有させることにより、溶接金属の極低温特性を高めることができるが、後述する実施例から明らかなようにその含有量を適正範囲に維持する必要がある。REMの含有量が0.005%未満では、溶接金属の耐亀裂発生強度が不足し、目的とする極低温特性を十分確保することができない。一方、REMの含有量が0.040%を越えて過剰に含有される場合には、やはり溶接金属の耐亀裂発生強度が低下して、低温靭性が劣化し、やはり.目的とする極低温特性を十分に得られなくなる。従って、REMの含有量は0.005〜0.040%の範囲とする。
【0069】
O(酸素):0.0020〜0.0150%
溶接ソリッドワイヤ中のOは、REMと前記微細な酸化物を溶接金属中で形成するのに必須となるため、溶接ソリッドワイヤ中のOには下限が必要であり、0.0020%以上含有させる。したがって、本発明では、従来のように、溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中のOを単に低い値に抑制、規制するのでは無い。
【0070】
ただ、溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中にOが過剰に含まれると、溶接金属中に他の金属との酸化物を含めて、酸化物の個数密度の増大や凝集・合体による粗大化をもたらすことになり、低温靭性を著しく低下させる。このため、溶接ソリッドワイヤ中や溶接金属中のOの含有量には上限が必要で0.0150%以下とする。
【0071】
REMとOとの質量比[REM]/[O]が2.5〜4.2
ここで、溶接ソリッドワイヤ中のREMとOとの質量比[REM]/[O]が重要となる。前記した通り、本発明は、溶接ソリッドワイヤ中の酸素量を、REMとの質量比で決まる量として、前記溶接金属の結晶粒成長を抑制するピン止め粒子としてのREMの微細酸化物形成用と、前記継手のビード形状を前記良好な形状にする供給量とに、酸素をより緻密に振り分ける。
【0072】
このために、溶接金属中にREMの微細酸化物を形成でき、かつ良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を、溶接ソリッドワイヤに存在(含有)させるために、溶接ソリッドワイヤにおける、前記REMとOとの質量比[REM]/[O]を、2.5〜4.2の特定のより限定された範囲に制御する。
【0073】
溶接ソリッドワイヤ中の[REM]/[O]が小さすぎると、Oに対するREMの含有量が少なすぎて、溶接金属中のOが過剰となって、REMなどの酸化物が粗大化するか過剰な酸化物が生成して極低温靭性が著しく低下する。一方、溶接ソリッドワイヤ中の[REM]/[O]が大きすぎると、Oに対するREMの含有量が過剰となって、良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を、溶接金属に供給できずに、ビード形状が前記不良な凸形状となる。したがって、REMとOとの質量比[REM]/[O]は2.5〜4.2の範囲、好ましくは3.1〜4.2の範囲とする。
【0074】
Al:0.03%以下、Ti:0.03%以下
本発明は、前記した通り、Oとの質量比で決まる量のREMの添加効果に加えて、REMよりも強力な脱酸剤であるAlやTiなどの量をより低めに制御する(低減する)ことを組み合わせて、適量な酸素を存在させ、前記継手のビード形状を前記良好な形状にする。これによって、例え、常法に比して酸素量が極端に少ない、純ArなどをシールドガスとしてMIG溶接しても、前記した継手の極低温靭性を低下させずに、前記継手のビード形状が良好に形成できる。MIG溶接方法では、前記継手のビード形状の良好な形成のためには、酸素の存在がある程度必要である。この酸素を、本発明では、前記脱酸剤であるAlやTiなどの量を規制した、溶接ソリッドワイヤ側から供給することによって保証する。これによって、溶接継手の疲労強度を低下させず、しかも、前記不良な凸形状となったビード形状を研磨、切削して整える後工程(作業)も不要とする。そして、同時に、従来の炭酸ガスを多く含むシールドガスによるような、酸素の過剰な供給を抑制して、極低温靭性の低下を防止する。
【0075】
このために、溶接ソリッドワイヤ中のAlを0.03%以下(0%を含む)、およびTiを0.03%以下、いずれもこれらの元素を含まない0%の場合を含んで、これら両方の脱酸元素の含有量を同時にできるだけ低く抑制する。Al、Tiがこれらの上限を超えて含有されると、AlやTiなどの酸化物が増し、OやREMの含有量や前記質量比が適切であっても、溶接金属中のOが不足し、良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を、溶接金属に供給できずに、ビード形状が前記不良な凸形状となる。また、前記AlやTiなどの粗大な酸化物の存在によって、極低温靭性も著しく低下する。
【0076】
したがって、本発明では、Alをブローホール等の溶接欠陥の防止用の脱酸剤として含有させ、また、チタンも微細酸化物形成のREMと同効元素として同時に含有させるような、従来技術とは、Al、Tiに対する考え方が大きく異なる。
【0077】
この他の元素
この他の元素として、例えば、Ca(カルシウム)、Cr(クロム)、Mg(マグネシウム)、P(りん)、S(硫黄)、B(硼素)などは、上記成分の溶接ワイヤを使用する場合に極低温靭性を確保する上で、有害な不純物となる。したがって、不可避的不純物として、常法による製鋼工程での経済的な範囲ではあるが、できるだけ低減する。
【0078】
酸化物の個数:
本発明では、前記した通り、REMの微細酸化物を、9%Ni鋼同士の溶接継手における溶接金属中に適量分散させることにより、溶接金属の極低温特性を向上せる。このREMの微細酸化物の溶接金属中の適量分散とは、具体的には、この溶接金属の断面組織を1000倍のSEMで観察した際の、最大径が0.1μm以上、1μm未満の範囲の酸化物の平均個数として、観察視野1mm当たり、1×10〜5.0×10個とする。
【0079】
ここで、前記酸化物の規定は、REMの酸化物での規定ではなく、酸化物の種類を問わない、溶接金属中の全ての酸化物を対象として規定している。溶接金属中の酸化物は、REMの酸化物だけではなく、他の金属酸化物も当然存在する。しかし、前記酸化物の平均個数を測定する際に、何の酸化物であるかを判別して、REMの微細酸化物のみ選択してカウントすることは煩雑である。また、REM以外の酸化物を含めてカウントしても、溶接金属のREMの酸化物と低温靭性特性との相関関係には、あまり外乱とはならない。このため、REMの微細酸化物のみ選択してカウントするのは、手間を要するだけで、あまり意味が無い。したがって、本発明では、REMの酸化物だけではなく、全ての酸化物を前記平均個数の規定の測定対象とする。このため、後述する通り、SEMによる前記微細酸化物の平均個数の測定の際に、EDX(エネルギー分散型分光)などを用いて、酸化物であるか否かを識別し、かつ、これら酸化物の大きさを判別するが、酸化物の種類自体は問わない。
【0080】
酸化物の平均個数が、観察視野1mm当たり、1×10個未満では、溶接時の凝固過程や凝固後の結晶粒成長を抑制するピン止め粒子としてのREMの微細酸化物が不足する。このため、溶接金属の耐亀裂発生強度が低下して、低温靭性が劣化する。一方、酸化物の平均個数が、観察視野1mm当たり、5.0×10個を超えても、やはり、溶接金属の耐亀裂発生強度が低下して、低温靭性が劣化し、目的とする極低温特性を十分に得られなくなる。従って、最大径が0.1μm以上、1μm未満の範囲の酸化物の平均個数は前記範囲と規定する。
【0081】
溶接ソリッドワイヤの製造:
以上説明した、本発明溶接ソリッドワイヤは、上記成分組成の共金系の鋼線材の素線(原線)を、製品径(0.8〜1.6mmφの細径)の溶接用ソリッドワイヤまで、ローラダイスや孔ダイス線引き装置を用いた、公知の伸線工程によって、伸線して製造される。
【0082】
このように製造された溶接ソリッドワイヤは、スプールに巻装、あるいはペールパックに装填された収納形態で搬送され、溶接に供せられる。より一般的には、このように収納された溶接ソリッドワイヤは、前記した9%Ni鋼による低温構造物の溶接施工現場にて、送給機の送給ローラによりスプール(あるいはペールパック)から引き出され、後続するコンジットケーブル(フレキシブルなガイド管)に内包されたライナーなどを経由して、溶接位置にあるMIG溶接のトーチ内の給電チップ部分まで送給される。
【0083】
このような一連の溶接用ワイヤの送給作業の際に、送給条件によらず、一定速度で安定的に溶接ソリッドワイヤが供給される、ワイヤの送給性を安定的に確保するために、溶接ソリッドワイヤ表面に、銅めっきや潤滑剤あるいは防錆油の塗布を施しても良い。これら銅めっきや潤滑剤には、送給ライナーからの送給抵抗を下げて、ワイヤの送給性を向上させる効果があり、前記伸線性を大きく向上させ、通電性や防錆性などを向上させる効果もある。
【0084】
ただ、一方で、溶接ソリッドワイヤ表面に銅めっきや潤滑剤あるいは防錆油を施す際の、環境上の問題を配慮して、これらの銅めっきや潤滑剤あるいは防錆油を表面に有しない裸の溶接ソリッドワイヤであっても良い。
【0085】
また、本発明溶接ソリッドワイヤは、通常の共金系のみからなる単一のソリッドワイヤだけでなく、公知の同軸複層ワイヤの構造を採用しても良い。
【0086】
溶接法:
本発明では、MIG溶接を主たる溶接方法とするが、溶接法としては前記ガスシールドアーク溶接法と広義に規定している。これは、MIG溶接の定義が「Metal Inert Gas welding」、つまり不活性ガス(Ar)をシールドガスとする溶接であるので、厳密には、シールドガスが100%Ar(純アルゴンガス)の時を意味するからである。これに対して、本発明では、前記した通り、純アルゴンガスの場合だけではなく、シールドガスに、炭酸ガスを2%未満(0%を含まない)という、わずかにArに混入させた場合も範囲に含むが、このような場合も、MIG溶接と呼べるのか、前記定義からは微妙な問題がある。したがって、本発明では、このように炭酸ガスをわずかに含む場合も、明確に範囲に含めるために、適用溶接方法を、「MIG溶接」より広義の、「ガスシールドアーク溶接」と規定した。
【0087】
本発明では、前記した通り、9%Ni鋼同士の継手における溶接金属に対して、前記シールドガスからは、基本的には酸素の供給を行わない。このため、本発明溶接ソリッドワイヤによる溶接施工や、本発明溶接金属の形成で用いる溶接シールドガスは、基本的には純Ar(アルゴン)ガスを用いる。また、炭酸ガスを含んだとしても、前記良好なビード形状に制御し得る程度の酸素を、溶接ソリッドワイヤからの酸素供給の補助的に供給するために、常法とは大きく異なり、2%未満の微量な含有量としたArガスを用いる。従来のMIG溶接あるいはガスシールドアーク溶接のように、Arガスに2〜3%程度、あるいは多いものでは20%程度のCO(炭酸ガス)を加えたシールドガスでは、これに含まれる前記炭酸ガスから由来する酸素によって、前記溶接金属中の酸素量を低減できない。このため、溶接金属中の酸素量が高くなりすぎて、前記した通り、前記極低温靭性が確保できない。
【0088】
これらガスシールドアーク溶接の施工としては、継手形状や溶接姿勢(下向き、横向き)に合わせて(応じて)、高効率化やアークをより安定させるための種々の(公知の)方法や条件、装置、治具が適用できる。言い換えると、これら通常のガスシールドアーク溶接の溶接方法や条件、装置、治具がそのまま使用できる点が本発明の利点でもある。例えば、MIG溶接電源とプラズマ溶接電源とを併用した公知のプラズマMIG溶接法や、前記同軸複層ワイヤ溶接法などを適用することができる。
【0089】
9%Ni鋼:
本発明の共金系溶接ワイヤを使用して溶接される極低温用鋼としての9%Ni鋼は、前記低温構造物の、溶接される種々の継手形状や部位に合わせて(応じて)、鋼板や型鋼、条鋼など種々の形状が選択される。ここで、溶接ソリッドワイヤ中のAl、Tiを、前記した通り、前記酸素の緻密な制御のために規制しているが、母材である9%Ni鋼のAl、Tiも、同じ脱酸剤であり、溶接部におけるこの酸素制御の外乱となりやすい。したがって、母材である9%Ni鋼でも、Al:0.05%以下(0%を含む)、Ti:0.05%以下(0%を含む)に、各々規制することが好ましい。なお、この母材からのAl、Tiの混入は、100%ではなく、希釈されて行われるために、溶接ソリッドワイヤ中のAl、Tiの含有量よりは若干高くてもよい。
【実施例】
【0090】
表4に示す化学成分組成の同じ9%Ni鋼板の端部同士を、前記図1のごとく、開先形状が45°の開先加工を施した突合せMIG溶接を行い、9%Ni鋼同士の継手を製作した。そして、これら製作した継手の溶接金属(ビード)の化学成分組成や酸化物個数を分析、測定し、また継手の極低温靭性も測定、評価した。これらの結果を表2に示す。
【0091】
共金系溶接ワイヤは、表1に示す種々の化学成分組成の(通常の単一組成の)溶接ソリッドワイヤを使用し、表3に示す溶接条件にて突合せ溶接を行った。なお、溶接は、共通して、自動アーク制御装置付きのガスシールドアーク溶接装置を用い、溶接姿勢は下向きで行った。また、溶接継手の溶接部の長さ(板幅方向の長さ)は300mmと一定にし、図1のように裏当材5を使用した。
【0092】
溶接金属の分析:
前記作製した溶接継手における溶接金属の化学成分組成を、前記鋼材の化学成分分析と同じく、公知の蛍光X線分析法にて分析した。なお、表1に示す溶接ソリッドワイヤの化学成分組成において、Ca、Cr、Mg、P、Sなどの不純物が含まれる場合、表2には記載していないが、溶接金属には、溶接ソリッドワイヤとほぼ同量のこれら不純物を各々含んでおり、含有量の極端な増減は無かった。
【0093】
また、更にこの溶接金属の断面組織を、Carl Zeiss社製の電界放射式走査型電子顕微鏡「装置名:SUPRA 35」を用いて、倍率1000倍にて、0.0048mmの領域を10視野観察した際の、最大径が0.1μm以上、1μm未満の範囲の酸化物の平均個数を求めた。ここで、前記酸化物の最大径とは、酸化物の最大の長さ(この最大の長さを直径とする円相当径)であり、前記この最大径を有する酸化物の、観察視野1mm当たりの平均個数を求める。なお、上記SEMによる観察の際に、EDX(エネルギー分散型分光)などを用いて、各晶析出物の元素分析(元素量分析)を行い、酸化物であるか否かを識別するが、酸化物の種類自体は問わない(前記最大径の範囲の酸化物であれば全てカウントする)。
【0094】
ビード形状の評価:
溶接後の、溶接金属のビード形状を、溶接継手の溶接部の前記長さ(板幅方向の長さ300mm)全般に亙って2段階で評価した。即ち、各パス毎にグラインダ処理を実施せずに良好なビード形状の溶接金属が形成された場合は○と評価した。各パス毎にグラインダ処理を実施しないと良好なビード形状の溶接金属が形成できなかったものは×と評価した。
【0095】
ここで、良好な(正常な)ビード形状とは、前記した通り、図1のように、上向きに膨らむ上に凸なビードであるが、ビードの高さが低く、なだらかで、このビードの側縁部と9%Ni鋼表面とがなだらかに連続的につながっているものである。また、前記不良な凸形状とは、前記図2のように、大きく上向きに膨らむ凸状のビードであって、このビードの側縁部と9%Ni鋼表面とが不連続な変曲点(屈曲部)によってつながっているものである。
【0096】
溶接継手の極低温靭性:
前記作製した溶接継手の極低温靭性は、前記計装化シャルピー衝撃試験法により求めた。
【0097】
この計装化シャルピー衝撃試験を実施すると、衝撃刃により試験片に与えられる荷重と、衝撃刃が試験片に接触した後の変位との関係を表す、前記荷重−変位曲線を得ることができる。したがって、この試験法によれば、通常のシャルピー衝撃試験機のような静的な吸収エネルギーではなく、前記外力付加時における亀裂発生の開始から終了までの動的な吸収エネルギー(J)や、最大荷重(曲線のピークにおける荷重の値)を測定できる。この最大荷重は、衝撃試験開始(荷重−変位がいずれも0の点)から、衝撃試験時の亀裂発生に必要な荷重に相当しており、この値が大きいほど、亀裂発生に必要な強度すなわち耐亀裂発生強度が高いことを意味している。
【0098】
これらの継手の極低温靭性の測定は、前記製作した継手からJIS−Z−3112、4号によるシャルピー衝撃試験片を作成し、−196℃の温度にて、前記計装化シャルピー衝撃試験機:JTトーシ(株)製、最大秤量300J、型式:CAI−300Dを使用して、各試験片の前記極低温靭性を測定した。
【0099】
また、前記シャルピー衝撃試験後の試験片の破断面(破面)における前記脆性部の面積割合を、脆性破面率(%)として求めた。
【0100】
ここで、前記した通り、−196℃の極低温の吸収エネルギー(vE−196℃)としては100Jが基準値となり、−196℃の耐亀裂発生強度(最大荷重)としては25000Nが基準値となる。したがって、この計装化シャルピー衝撃試験法の結果、前記vE−196℃や前記耐亀裂発生強度が、ともに前記基準値を超えて大きいことが、極低温靭性に優れた継手と言える。
【0101】
表2の通り、表1の溶接ワイヤの化学成分組成が本発明の範囲を満足する発明例は、表3の通り、MIG溶接におけるシールドガス条件も酸素(炭酸ガス)が無いか、あるいは酸素(炭酸ガス)濃度が著しく低い、好ましい条件で行われている。この結果、表2の溶接金属の化学成分組成や組織が規定する範囲を満足している。そして、−196℃の極低温の吸収エネルギー(vE−196℃)は100Jの基準値を、−196℃の耐亀裂発生強度(最大荷重)は25000Nの基準値を、各々はるかに超える優れた極低温靭性を有している。
【0102】
しかも、発明例は、この優れた極低温靭性が、表2の通り、良好な(正常な)ビード形状とともに得られている。このことは、これら発明例では、ある程度の酸素を必要とする良好なビード形状制御と、酸素を規制する必要がある継手の極低温靭性向上制御との、互いに両立させることが難しい制御が、両立できていることを意味している。したがって、MIG溶接などのガスシールドアークによる9%Ni鋼同士の溶接継手形成の実用化の道を開くものであることが分かる。
【0103】
一方、表2の比較例17,18は、表1の本発明の化学成分組成範囲を満足する溶接ワイヤ1、2を用いているものの、表3の通り、シールドガス条件が、酸素(炭酸ガス)濃度が高すぎる。このため、表2の通り、良好なビード形状は得られているものの、vE−196℃や耐亀裂発生強度(最大荷重)が基準値を下回って劣っている。
【0104】
表2の比較例19〜30は、いずれも表1の化学成分組成が本発明の範囲を満足しない溶接ワイヤ15〜26を用いた比較例である。
比較例19はCが多すぎる(表1の溶接ワイヤ15)。
比較例20はSiが多すぎる(表1の溶接ワイヤ16)。
比較例21はMnが少なすぎる(表1の溶接ワイヤ17)。
比較例22はMnが多すぎる(表1の溶接ワイヤ18)。
比較例23はNiが少なすぎる(表1の溶接ワイヤ19)。
比較例24はNiが多すぎる(表1の溶接ワイヤ20)。
比較例25はREMが少なすぎる(表1の溶接ワイヤ21)。
比較例26はREMが多すぎる(表1の溶接ワイヤ22)。
比較例27はOが多すぎる(表1の溶接ワイヤ23)。
比較例28はワイヤ中の[REM]/[O]が大きすぎる(表1の溶接ワイヤ24)。
比較例29はAlが多すぎる(表1の溶接ワイヤ25)。
比較例30はTiが多すぎる(表1の溶接ワイヤ26)。
【0105】
したがって、これら表2の比較例19〜30は、表3の通り、MIG溶接におけるシールドガス条件も酸素(炭酸ガス)が無いか、あるいは酸素(炭酸ガス)濃度が著しく低い、好ましい条件で行われているものの、表2の通り、vE−196℃や耐亀裂発生強度(最大荷重)が基準値を下回って劣っている。
【0106】
以上の実施例から、本発明で規定する、溶接ワイヤの化学成分組成範囲や、MIG溶接におけるシールドガスの好ましい低酸素条件によって、9%Ni鋼を溶接した際に、その母材と略同等の極低温靭性の特性を有する溶接継手や溶接金属が得られることが実証される。しかも、これらの効果を、前記継手のビード形状を良好にして疲労強度を高めた上で達成できることも実証される。
【0107】
【表1】

【0108】
【表2】

【0109】
【表3】

【0110】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明によれば、共金系溶接ワイヤを用いた高効率なMIG溶接法による9%Ni鋼同士の溶接において、溶接継手の良好なビード形状と高い極低温靭性とを両方達成することができる。このため、9%Ni鋼の優れた極低温靭性を高効率なMIG溶接法によって達成でき、極低温のLNGや液体窒素、液体酸素の等の貯蔵タンクあるいはその関連機器等の構造物に広く用いることができる。
【符号の説明】
【0112】
1:溶接継手、2:9%Ni鋼板、3、4:溶接金属、5:裏当材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10%以下(0%を含まない)、Si:0.15%以下(0%を含まない)、Mn:0.1%〜0.8%、Ni:8.0〜15.0%、REM:0.005〜0.040%、O:0.0020〜0.0150%を各々含み、かつ前記REMとOとの質量比[REM]/[O]が2.5〜4.2の範囲であり、更に、Al:0.03%以下(0%を含む)、Ti:0.03%以下(0%を含む)に各々規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接ソリッドワイヤ。
【請求項2】
前記溶接ソリッドワイヤの前記REMとOとの質量比[REM]/[O]が3.1〜4.2の範囲である請求項1に記載の溶接ソリッドワイヤ。
【請求項3】
前記溶接ソリッドワイヤが、純アルゴンガスか、炭酸ガスを2%未満(0%を含まない)含むアルゴンガスかをシールドガスとして使用した、9%Ni鋼のMIG溶接に使用されるものである請求項1または2に記載の溶接ソリッドワイヤ。
【請求項4】
9%Ni鋼同士の溶接継手における溶接金属であって、質量%で、C:0.10%以下(0%を含まない)、Si:0.15%以下(0%を含まない)、Mn:0.1%〜0.8%、Ni:8.0〜15.0%、REM:0.005〜0.040%、O:0.0150%以下(0%を含まない)を各々含み、更に、Al:0.03%以下(0%を含む)、Ti:0.03%以下(0%を含む)に各々規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなり、この溶接金属の断面組織を1000倍のSEMで観察した際の、最大径が0.1μm以上、1μm未満の範囲の酸化物の平均個数が、観察視野1mm当たり、1×10〜5.0×10個であることを特徴とする極低温靭性に優れた高強度溶接金属。
【請求項5】
前記溶接金属が前記9%Ni鋼同士を溶接ソリッドワイヤとシールドガスとを用いたガスシールドアーク溶接して形成されたものであり、前記溶接ソリッドワイヤが、質量%で、C:0.10%以下(0%を含まない)、Si:0.15%以下(0%を含まない)、Mn:0.1%〜0.8%、Ni:8.0〜15.0%、REM:0.005〜0.040%、O:0.0020〜0.0150%を各々含み、かつ前記REMとOとの質量比[REM]/[O]が2.5〜4.2の範囲であり、更に、Al:0.03%以下(0%を含む)、Ti:0.03%以下(0%を含む)に各々規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものであり、前記シールドガスが、純アルゴンガスか、または炭酸ガスを2%未満(0%を含まない)含むアルゴンガスである、請求項4に記載の極低温靭性に優れた高強度溶接金属。

【図1】
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【図2】
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