説明

溶接方法

【課題】高いアスペクト比の溶接部が形成できるアーク溶接装置を提供する。
【解決手段】本明細書に開示するアーク溶接装置は、一方の電極11と、他方の電極12と、一方の電極11と他方の電極12に接続された母材20との間に形成されるアーク領域13の母材側の部分の周囲からアーク領域13の中心部に向かって第1シールドガスを流し、アーク領域13の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にする第1ガス供給部15と、を備える溶接装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アーク溶接が、溶接加工において用いられている。
【0003】
アーク溶接では、一方の電極及び他方の電極に溶接電流を供給すると共に、電極と母材との間にシールドガスを供給することにより、シールドガスを電離させて運動エネルギーを有する電子を形成する。この生成した電子は、一方の電極と母材との間にアーク領域を形成する。アーク領域内の電子は、母材に衝突することにより、運動エネルギーを母材に与えて母材を溶融する。
【0004】
図1は、従来の例によるアーク溶接装置を示す図である。
【0005】
アーク溶接装置100は、図示しない溶接電源と、この電源により溶接電流が供給される一方の電極101及び図示しない他方の電極と、一方の電極に沿って母材に向かってシールドガスを供給する円筒状のガスノズル102とを備える。
【0006】
母材を溶接する際には、溶接電源から、一方の電極101及び他方の電極に溶接電流を供給すると共に、ガスノズル102からシールドガスを供給することにより、一方の電極と母材との間にアーク領域103が形成される。アーク領域103は、上方から供給されるシールドガスの圧力によって母材側に押しつぶされており、母材との接触部分が大きく拡がるので、溶接幅Wが大きくなる。このように、アーク領域103は、下ぶくれのベル型の形状を有している。
【0007】
そのため、アーク溶接では、母材との接触部分におけるアーク領域のエネルギー密度が低いので、溶接部の溶け込み深さが浅くなる。即ち、アーク溶接は、溶接部の溶け込み深さと溶接幅Wとの比であるアスペクト比が低い。そのため、アーク溶接は、低歪みが求められる溶接又は高速溶接には適しておらず、主に粗い精度の溶接加工に用いられている。
【0008】
一方、低歪みが求められる溶接又は高速溶接には、レーザ溶接が用いられている。レーザ溶接は、溶融部のエネルギー密度が高いため、高いアスペクト比の溶接部が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平8−267250号公報
【特許文献2】特開2003−53543号公報
【特許文献3】特許第2670076号公報
【特許文献4】特開平11−241168号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、レーザ溶接は、溶接装置のコストが高いという問題点がある。
【0011】
また、アーク溶接には、水冷コンタクトチップを用いて、アーク領域のエネルギー密度を向上させたプラズマ溶接がある。
【0012】
しかし、プラズマ溶接装置は、通常のアーク溶接装置よりもコストが高いという問題点がある。また、プラズマ溶接は、コンタクトチップが受ける熱の影響により出力制限を有するという問題点もある。
【0013】
そして、アーク溶接において、コストの高くない溶接装置を用いて、高いアスペクト比の溶接部を形成できる溶接方法は、まだ開示されていない。
【0014】
本明細書では、上述した問題点を解決するアーク溶接の溶接方法を提供することを目的とする。
【0015】
また、本明細書では、上述した問題点を解決するアーク溶接の溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本明細書に開示する第1発明の溶接方法は、一方の電極(11)と他方の電極(12)に接続された母材(20)との間に形成されるアーク領域(13)の母材側の部分の周囲からアーク領域(13)の中心部に向かって第1シールドガスを流し、アーク領域(13)の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にしてアーク溶接を行うことを特徴とする。
【0017】
これにより、第1シールドガスの流れの圧力によって、アーク領域の母材側の部分が周囲から押し縮められるので、電離度が高く且つ幅の狭いアーク領域が形成される。この電離度が高く且つ幅の狭いアーク領域によって、母材が溶融されるので、高いアスペクト比の溶接部が形成される。また、第1シールドガスの流量を調節するまたは、ノズル径、ノズル高さを調節することにより、上述した圧力比の範囲を達成できるので、低いコストで第1発明の溶接方法を実施すること可能である。
【0018】
上述した第1発明は、上記一方の電極(11)と上記他方の電極(12)に接続された母材(20)との間に形成されるアーク領域(13)が中を通る開口部(14a)を有するノズル板14の母材側から上記開口部(14a)を通って上記一方の電極(11)側に抜けるように上記第1シールドガスを流し、上記ノズル板(14)の母材側におけるアーク領域(13)の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にしてアーク溶接を行うことが好ましい。
【0019】
これにより、第1シールドガスが、アーク領域の母材側の部分の周囲から圧力を加えると共に、開口部とアーク領域との間から一方の電極側に流れていくことができるので、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域の形状が安定する。
【0020】
この際、上述した第1発明は、上記開口部(14a)の中を通るアーク領域(13)の部分の断面積と、上記開口部(14a)の面積との比は、1以上35以下であるか、又は、上記開口部(14a)を通る上記第1シールドガスの流量は、5リットル/分以上35リットル/分以下であるか、又は、上記開口部(14a)は円形を有し、上記開口部(14a)の直径と、上記ノズル板(14)及び母材(20)の間の距離との比は、1以上20以下であることが好ましい。
【0021】
これにより、第1シールドガスは、アーク領域に周囲から圧力を加えると共に、アーク領域を損なわないように開口部とアーク領域との間から一方の電極側に流れていくことができるので、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域の形状がより安定する。
【0022】
また、上述した第1発明は、上記一方の電極(11)側から上記開口部(14a)に向かって、第2シールドガスを流すことが好ましい。この際、上記第2シールドガスの電離電圧は、上記第1シールドガスの電離電圧よりも低いか、又は、上記第1シールドガスの密度は、上記第2シールドガスの密度よりも高いことが好ましい。これにより、アーク領域の幅を狭くして電離度を一層高めることができる。
【0023】
更に、上述した第1発明は、上記一方の電極(11)と母材(20)との間の距離を拡大しながら、上記一方の電極(11)と他方の電極(12)との間に流れる電流が一定になるように、上記一方の電極(11)と他方の電極(12)との間に印加する電圧を増加することが好ましい。この際、上記一方の電極(11)と他方の電極(12)との間の電圧が所定の閾値よりも大きくなると、上記一方の電極(11)と母材(20)との間の距離を拡大することを停止することが好ましい。これにより、入熱量を増大して、溶融部のエネルギー密度を向上したアーク溶接が行える。
【0024】
本明細書に開示する第2発明の溶接装置は、一方の電極(11)と、他方の電極(12)と、上記一方の電極(11)と上記他方の電極(12)に接続された母材(20)との間に形成されるアーク領域(13)の母材側の部分の周囲からアーク領域(13)の中心部に向かって第1シールドガスを流し、アーク領域(13)の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にする第1ガス供給部(15)と、を備えることを特徴とする。
【0025】
これにより、第1シールドガスの流れの圧力によって、アーク領域の母材側の部分が周囲から押し縮められるので、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域が形成される。この電離度が高く且つ幅の狭いアーク領域によって、母材が溶融されるので、高いアスペクト比の溶接部が形成される。また、第1シールドガスの流量を調節することにより、上述した圧力比の範囲を達成できるので、低いコストで第2発明の溶接装置を製造することが可能である。
【0026】
上述した第2発明の溶接装置は、上記一方の電極(11)と上記他方の電極(12)に接続された母材(20)との間に形成されるアーク領域(13)が中を通るように形成された開口部(14a)を有するノズル板(14)を備え、上記第1ガス供給部(15)は、上記ノズル板(14)の母材側に上記第1シールドガスを流して、上記ノズル板(14)の母材側におけるアーク領域(13)の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にすることが好ましい。
【0027】
これにより、第1シールドガスが、アーク領域の母材側の部分の周囲から圧力を加えると共に、開口部とアーク領域との間から一方の電極側に流れていくことができるので、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域の形状が安定する。
【0028】
また、上述した第2発明は、上記第1ガス供給部(15)は、上記ノズル板(14)の母材側に上記第1シールドガスを供給する第1ガス供給管(15a)と、上記ノズル板(14)の母材側におけるアーク領域(13)の中心部の圧力を測定する第1圧力センサ(15b)と、上記ノズル板(14)の母材側におけるアーク領域外の圧力を測定する第2圧力センサ(15c)と、上記第1圧力センサ(15b)の測定値及び上記第2圧力センサ(15c)の測定値を入力して、上記ノズル板(14)の母材側におけるアーク領域(13)の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下になるように上記第1シールドガスを上記第1ガス供給管(15a)に供給する量を制御する制御部(15d)と、を有することが好ましい。
【0029】
これにより、絶縁板の母材側に第1シールドガスを流して、ノズル板の母材側におけるアーク領域の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にすることが実施される。
【0030】
また、上述した第2発明は、上記一方の電極(11)側から上記開口部(14a)に向かって、第2シールドガスを流す第2ガス供給部(17)を備えることが好ましい。
【0031】
これにより、例えば、第1シールドガス及び第2シールドガスの電離電圧又は密度を適宜選択することにより、アーク領域の幅を狭くして電離度を一層高めることができる。
【0032】
更に、上述した第2発明は、上記一方の電極(11)と母材(20)との間の距離を変化させるように上記一方の電極(11)を駆動する駆動部(21)と、上記駆動部(21)を制御する駆動制御部(22)と、上記一方の電極(11)と上記他方の電極(12)との間に一定の電流を供給する電源(16)と、を備え、上記駆動制御部(22)は、上記一方の電極(11)と母材(20)との間の距離を拡大するように上記駆動部(21)を制御し、上記電源(16)は、上記一方の電極(11)と母材(20)との間に流れる電流が一定になるように、上記一方の電極(11)と上記他方の電極(12)との間に印加する電圧を増加することが好ましい。この際、上記駆動制御部(22)は、上記一方の電極(11)と上記他方の電極(12)との間の電圧が所定の閾値を超えると、上記一方の電極(11)の駆動を停止するように上記駆動部(21)を制御することが好ましい。これにより、入熱量を増大して、溶融部のエネルギー密度を向上したアーク溶接が行える。
【0033】
なお、上記各手段に付した括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示す一例である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】従来の例による溶接装置を示す図である。
【図2】(A)は、本明細書に開示する溶接装置の第1実施形態を示す断面図であり、(B)は、図2(A)の上面図であり、(C)は、図2(B)の鎖線で囲われた要部の拡大図である。
【図3】(A)は、図2(A)の要部の拡大図であり、(B)は、母材の溶接温度分布を示す図である。
【図4】サハの熱電離の式を示す図である。
【図5】温度と電離度との関係を示す図である。
【図6】アーク領域内のシールドガスの電離度の分布を示す図である。
【図7】圧力比と電離度との関係を示す図である。
【図8A】圧力比とアスペクト比との関係を示す図(その1)である。
【図8B】圧力比とアスペクト比との関係を示す図(その2)である。
【図9】本明細書に開示する溶接装置の第2実施形態を示す図である。
【図10】シールドガスの電離電圧及び密度を示す図である。
【図11】本明細書に開示する溶接装置の第3実施形態を示す図である。
【図12】一方の電極の変位量と電圧と電流との関係を説明する図である。
【図13】図12の時間t1及びt3におけるアーク領域を示す図である。
【図14】本明細書に開示する溶接装置の他の例を示す図である。
【図15】本明細書に開示する溶接装置のまた他の例を示す図である。
【図16】図15のY-Y線断面図を示す図である。
【図17】図15のZ-Z線断面図を示す図である。
【図18】実施例及び比較例の溶接結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本明細書で開示する溶接装置の好ましい実施形態を、図を参照して説明する。但し、本発明の技術範囲はそれらの実施形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された発明とその均等物に及ぶものである。
【0036】
図2(A)は、本明細書に開示する溶接装置の第1実施形態の平面図を示す断面図であり、図2(B)は、図2(A)の上面図であり、図2(C)は、図2(B)の鎖線で囲われた要部の拡大図である。図3(A)は、図2(A)の要部の拡大図であり、図3(B)は、母材の溶接温度分布を示す図である。
【0037】
本実施形態の溶接装置10は、アーク領域の母材側の部分の周囲からアーク領域の中心部に向かって、シールドガスを流すことにより、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域を形成し、この幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域によって母材を溶融することにより、高いアスペクト比の溶接部を形成する。
【0038】
溶接装置10は、棒状の一方の電極11と、他方の電極12と、一方の電極11と他方の電極12に接続された母材20との間に形成されるアーク領域13が中を通るように形成された円形の開口部14aを有するノズル板14と、ノズル板14の母材側に第1シールドガスを流して、ノズル板14の母材側におけるアーク領域13の中心部の圧力と、アーク領域外の位置の圧力との比を70以上5000以下にする第1ガス供給部15と、を備える。
【0039】
また、溶接装置10は、円筒状の母材20を支持する筐体18を有する。筐体は、円筒状の母材20を回転可能に支持する。母材20は、図示しない駆動装置により回転させられる。ノズル板14は、図2(A)に示すように、筐体18の中央部に配置される。ノズル板14は、筐体18の一部分として形成されていても良い。
【0040】
筐体18と母材20との間には、電気絶縁材19が配置されており、筐体18と母材20とは電気的に絶縁されている。電気絶縁材19は、筐体18と母材20との間を、円筒状の母材20を回転可能にシールして、シールドガスが隙間から流出することを防止する。図2(A)は、図2(B)のX−X線断面図である。また、図2(A)及び図2(B)では、後述する第1圧力センサ15b及び第2圧力センサ15cは記載されていない。
【0041】
図3(A)に示すように、第1ガス供給部15は、ノズル板14の母材側に第1シールドガスを供給する第1ガス供給管15aと、ノズル板14の母材側におけるアーク領域13の中心部の圧力を測定する第1圧力センサ15bと、ノズル板14の母材側におけるアーク領域外の位置の圧力を測定する第2圧力センサ15cと、第1圧力センサ15bの測定値及び第2圧力センサ15cの測定値を入力して、ノズル板14の母材側におけるアーク領域13の中心部の圧力とアーク領域外の位置の圧力との比を70以上5000以下になるように第1シールドガスを第1ガス供給管15aに供給する量を制御する制御部15dと、を有する。以下、ノズル板14の母材側におけるアーク領域13の中心部の圧力とアーク領域外の位置の圧力との比を、単に圧力比ともいう。
【0042】
図2(A)に示すように、第1ガス供給部15は、4本の第1ガス供給管15aを有している。第1ガス供給管15aそれぞれは、筐体18に配管されている。第1シールドガスは、4本の第1ガス供給管15aを通った後筐体18と母材20との間を通って、ノズル板14の母材側に供給される。第1シールドガスは、電離してアーク領域13を形成する。また、第1シールドガスは、溶融した溶接部を大気から遮蔽する。
【0043】
開口部14aは、電気絶縁性のノズル板14の中央に形成される。一方の電極11は、開口部14aの中央部に位置するように配置される。一方の電極11と母材20との間に形成されるアーク領域13は、開口部14aの中央部に位置する。
【0044】
第1ガス供給管15aを通って筐体18内に供給された第1シールドガスは、電気絶縁材19によって筐体18の外側に流れることが防止される。そのため、筐体18内に供給された第1シールドガスは、ノズル板14の母材側から開口部14aを通って一方の電極11側に抜ける。ノズル板14の一方の電極11側に抜けた第1シールドガスは、図示しない排気部によって、排気されても良い。
【0045】
図2(C)中の矢印で示すように、第1ガス供給管15aを通ってノズル板14の母材側に供給された第1シールドガスは、アーク領域13の母材側の部分の周囲からアーク領域13の中心部に向かって流れる。このように、周囲から第1シールドガスの圧力を受けたアーク領域13は中心部の方向に押し縮められるので、電離度の高い幅の狭いアーク領域13が形成される。
【0046】
本明細書において、アーク領域13の母材側の部分は、一方の電極11と他方の電極12に接続された母材20との間に形成されるアーク領域13の長さの半分よりも母材側の部分であることが好ましく、特に、アーク領域13の長さの3分の1よりも母材側の部分であることが好ましい。
【0047】
また、アーク領域13には、アーク領域13の母材側の部分と共に、アーク領域13の一方の電極側の部分を含めて、第1シールドガスを流しても良い。アーク領域13に対して、第1シールドガスを流す高さは、ノズル板14及び母材20の間の距離hを調整することにより変更できる。
【0048】
第1圧力センサ15bは、公知の方法によって、アーク領域13の中心部の位置に固定され得る。第2圧力センサ15cは、ノズル板14の母材側の面に、公知の方法によって固定され得る。
【0049】
制御部15dは、第1圧力センサ15bの測定値及び第2圧力センサ15cの測定値を入力して、圧力比を70以上5000以下になるように第1シールドガスを第1ガス供給管15aに供給する量を制御する。
【0050】
制御部15dが圧力比を制御する方法としては、公知の制御方法を用いることができる。制御方法としては、例えば、フィードバック制御を用いることができる。このフィードバック制御では、第1圧力センサ15bの測定値及び第2圧力センサ15cの測定値との比を現在の圧力比とし、この現在の圧力比と目標とする圧力比との差がゼロになるように、第1シールドガスを第1ガス供給管15aに供給する量が制御される。
【0051】
第1圧力センサ15b及び第2圧力センサ15cは、アーク領域13の温度に対する耐熱性を有していることが好ましい。
【0052】
制御部15dは、連続して又は所定の間隔で、第1圧力センサ15bの測定値及び第2圧力センサ15cの測定値を入力して、圧力比を70以上5000以下になるように第1シールドガスを第1ガス供給管15aに供給する量を制御するようにしても良い。
【0053】
また、制御部15dは、溶接条件が変更された時にだけ、第1圧力センサ15b及び第2圧力センサ15cを用いて、第1シールドガスを第1ガス供給管15aに供給する量を決定し、その後、溶接条件が変更されない限りは第1圧力センサ15b及び第2圧力センサ15cを用いることなく、決定された第1シールドガスの供給量を用いて、第1シールドガスを第1ガス供給管15aに供給しても良い。このようにすれば、第1圧力センサ15b及び第2圧力センサ15cは、圧力を測定する時にだけアーク領域13内又はノズル板14の母材側の位置に配置し、圧力を測定しない場合には、アーク領域13内又はノズル板14の母材側の位置に配置しなくても良い。
【0054】
また、第1シールドガスを第1ガス供給管15aに供給する量は、アーク放電をしない状態で圧力比が70以上5000以下になるように決定しても良い。また、第1シールドガスを第1ガス供給管15aに供給する量は、熱伝導解析シミュレーション等の計算を用いて決定しても良い。
【0055】
また、溶接装置10は、一方の電極11及び他方の電極12に溶接電流を供給する溶接電源16を有する。溶接電源16は、直流電流又は交流電流を各電極に供給し得る。また、溶接電源16は、連続電流又はパルス電流を各電極に供給し得る。溶接電源16は、直流電流を各電極に供給する場合には、一方の電極11を陰極として、他方の電極12を陽極とするように、溶接電流を供給する。
【0056】
一方の電極11及びノズル板14は、図示しない支持部によって、母材20と接触しないように支持されている。
【0057】
なお、図2では、図3に示す制御部15d、溶接電源16及び母材20は示していない。
【0058】
母材20は、接合される形態により、各種の継ぎ手の形態を有し得る。母材20の形成材料としては、例えば、ステンレス鋼や合金鋼等の金属や銅、アルミなどの非鉄金属を用いることができる。溶接継ぎ手については、例えば、突き合わせ継ぎ手、開先継ぎ手、重ね継ぎ手又は隅肉継ぎ手の形態を有し得る。また、溶接装置10は、図示しない溶接ワイヤ又は溶接棒及びこれらのワイヤ又は棒を溶接部に供給する手段を有し得る。電極11の形成材料としは、例えば、セリウム入りタングステン及びトリウム入りタングステン、ランタナ入りタングステンなどを用いることができる。
【0059】
従来のアーク溶接装置により形成されるアーク領域の形状を、図3(A)中に鎖線で示す。従来の溶接装置により形成されるアーク領域の形状は、下ぶくれのベル型の形状を有している。
【0060】
一方、溶接装置10により形成されるアーク領域13の形状(実線)は、図3(A)に示すように、アーク領域の幅が狭まっている。アーク領域13の形状は、従来の形状と比べて、特に母材側の部分の幅が狭まっており、全体として円柱状の縦長の形状を有している。
【0061】
このように、溶接装置10により形成されるアーク領域13の形状は、母材との接触部分の幅が小さいので、溶接幅Wも小さくなる。従って、溶接装置10では、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域13が形成される。
【0062】
図3(B)には、溶接装置10により溶接される母材上の位置と母材の温度との関係(実線)が示されている。また、図3(B)には、従来のアーク溶接装置により溶接される母材上の位置と母材の温度との関係(鎖線)が示されている。溶接装置10によりアーク溶接される母材上の溶接温度の分布は、従来の温度分布に対して、幅が狭く且つ温度が高くなる。
【0063】
次に、溶接装置10が、アーク領域の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にしてアーク溶接を行う理由を以下に説明する。
【0064】
アーク領域13は、シールドガスを形成するガス分子が電離し、電子と、イオン化したガス分子と、イオン化していない中性のガス分子とが混在したプラズマ状態となっている。このような電離したプラズマ状態の電離度と、圧力と、温度との関係は、サハの熱電離の式によって表され得る。
【0065】
図4は、サハの熱電離の式を示す図である。
【0066】
ここで、xは電離したガス分子の比率である電離度を示し、Pは圧力を示し、Aは定数を示し、Tは絶対温度を示し、eは電気素量を示し、Viはガス分子の電離電圧を示し、kはボルツマン定数を示す。
【0067】
図5は、温度と電離度との関係を示す図である。
【0068】
図5に示すように、プラズマ状態では、ガス分子の電離度xは、温度の増加と共に、増加し、電離度が1に近づくにつれて温度の増加率が低減する。
【0069】
図6は、アーク領域内のシールドガスの電離度の分布を示す図である。図6に示すアーク領域内のシールドガスの電離度の分布は、次のようにして得られた。まず、熱電等解析の計算によりアーク領域内の温度分布を求め、次に、求めたアーク領域内の温度をサハの熱電離の式に代入して、アーク領域内のシールドガスの電離度の分布を得た。
【0070】
図6に示すように、アーク領域の中心部に近い程、ガス分子の電離度が高くなっている。一方、アーク領域の中心部から外側に離れる程、ガス分子の電離度が低くなっている。
【0071】
一方、図5に示す電離度と温度との関係から、母材の溶融に必要な溶接温度が得られる電離度が0.016以上であることが分かる。そこで、図6に示すアーク領域の電離度分布において、電離度が0.016以上である幅を、電離領域幅Lとして示す。
【0072】
また、図5に示す温度と電離度との関係から、11000Kあたりから、温度の増加と共に、電離度が急激に増加することが分かる。そこで、11000Kにおける圧力比と電離度との関係をまとめた結果を図7に示す。
【0073】
図7は、圧力比と電離度との関係を示す図である。
【0074】
従来のアーク溶接では、電離度が0.016以上で行われていた。図7から、電離度が0.016となる圧力比は1である。
【0075】
また、電離度が0.0019程度では、アーク溶接に必要なプラズマ温度が得られないことが分かっている。図7から、電離度が0.0019となる圧力比は70である。
【0076】
従って、図6に示すアーク領域における電離度が0.016の部分の圧力比を70倍以上にすることにより、圧力比が70以上となり、電離度を0.0019以下にできることが分かる。その結果、電離度が高く且つ幅の狭いアーク領域が得られることになる。
【0077】
ここで、アーク領域の中心部の圧力を測定する位置は、一方の電極の中心の鉛直下方であることが好ましい。また、アーク領域の中心部の圧力を測定する位置は、アーク領域の母材側の部分であることが好ましい。
【0078】
また、アーク領域外の圧力を測定する位置は、ノズル板14の母材側の領域であれば、アーク領域の近傍の位置でも良いし、アーク領域から離れていても良い。更に、アーク領域外の圧力を測定する位置は、ノズル板14の一方の電極11側の領域であっても良い。
【0079】
また、アーク領域外は、アーク領域13から、アーク領域13の電離領域幅Lの1/2、特に1/3以下の距離の部分であることが好ましい。
【0080】
図8Aは、圧力比とアスペクト比との関係を示す図(その1)である。
【0081】
図8Aは、図2及び図3に示すに示す溶接装置を用いて母材をアーク溶接した溶接部の溶け込み深さと溶接幅との比であるアスペクト比と圧力比との関係を実験及び計算により求めたものである。
【0082】
アーク溶接の実験では、溶接電流は、50Aであり、シールドガスの流量は、5〜25リットル/分であり、一方の電極と母材との間の距離は、1mmであり、開口部の直径は、3mmであり、一方の電極の形成材料はセリウム入りのタングステンであり、母材の形成材料はステンレス鋼であった。図8Aでは、圧力比が100以下のデータが実験により求められた。また、アスペクト比の計算は、アーク溶接した溶け込み深さと溶接部の幅とを測定し、溶け込み深さと幅との比として求めた。図8Aでは、圧力比が500以上のデータが計算により求められた。計算では、シミュレーションによりガスの流れを解析して、アーク領域の形状に影響を与えるガスの分布を求めた。計算条件は、上述したアーク溶接の実験と同じ条件を用いた。図8Aでは、一部のプロットには、その圧力比の値が示されている。
【0083】
図8Aでは、圧力比の範囲が3つに大別されて示している。領域R1では、圧力比が小さいので、アーク領域の幅が広くなるため、アスペクト比が小さくなる。領域R3では、圧力比が大きいので、シールドガスの流れが乱れて放電が不安定となり、場合によっては放電が停止するため、アスペクト比が小さくなる。領域R2では、安定したアーク放電が形成され且つ幅の狭いアーク領域が形成されるので、高いアスペクト比が得られる。このように、領域R2の圧力比の範囲において、アーク溶接が行われることが好ましいことが分かる。具体的には、領域R2の圧力比として、以下の知見が得られた。
【0084】
この圧力比は70以上であることにより、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域が安定して形成される。上述した圧力比は、更に、100以上、特に200以上であることが、幅がより狭く且つ電離度のより高いアーク領域を得る観点から好ましい。
【0085】
また、この圧力比が5000以下であることにより、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域が安定して形成される。更に、この圧力比は、3000以下、特に1000以下であることが、幅がより狭く且つ電離度のより高いアーク領域を得る観点から好ましい。
【0086】
次に、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域の形状を形成するための溶接装置10の好ましい構成について、更に以下に説明する。
【0087】
まず、開口部14aの中を通るアーク領域13の部分の断面積と、開口部14aの面積との比は、1以上35以下であることが好ましい。面積の比をこのような範囲にすることにより、第1シールドガスが、アーク領域に周囲から圧力を加えると共に、アーク領域を損なわないように開口部とアーク領域との間から一方の電極側に流れていくことができるので、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域の形状がより安定する。
【0088】
また、開口部14aを通る第1シールドガスの流量は、5リットル/分以上35リットル/分以下であることが好ましい。第1シールドガスの流量をこのような範囲にすることにより、第1シールドガスが、アーク領域に周囲から圧力を加えると共に、アーク領域を損なわないように開口部とアーク領域との間から一方の電極側に流れていくことができるので、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域の形状がより安定する。
【0089】
更に、開口部14aの中を通るアーク領域13の部分の断面積と、開口部14aの面積との比は、1以上35以下であることが好ましい。距離の比をこのような範囲にすることにより、第1シールドガスが、アーク領域に周囲から圧力を加えると共に、アーク領域を損なわないように開口部とアーク領域との間から一方の電極側に流れていくことができるので、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域の形状がより安定する。具体的には、開口部14aの直径dを5mm以下とし、ノズル板14及び母材20の間の距離を2mm以下にすることが好ましい。
【0090】
図8Bは、圧力比とアスペクト比との関係を示す図(その2)である。図8B中の○印のプロットは、ノズル板14及び母材20の間の距離hが0.3mmであり、□印のプロットは、ノズル板14及び母材20の間の距離hが0.6mmである。
【0091】
図8Bに示すアスペクト比は、図2及び図3に示す溶接装置を用いて母材をアーク溶接した溶け込み深さと溶接部の幅とを測定し、溶け込み深さと幅との比として求めた。また、このアーク溶接では、溶接電流は、40Aであり、シールドガスの流量は、10〜20リットル/分であり、一方の電極と母材との間の距離は、1mmであり、開口部の直径は、3mmであり、一方の電極の形成材料はセリウム入りのタングステンであり、母材の形成材料はステンレス鋼であった。
【0092】
図8Bに示すように、開口部14aの直径dが一定の場合には、ノズル板14及び母材20の間の距離hが短い方が、高いアスペクト比が得られることが分かる。これは、ノズル板14及び母材20の間の距離hが短い方が、幅が狭く且つ電離度の高いアーク領域の形状が安定して形成されるためと考えられる。また、アスペクト比は、圧力比が高い程、増加することが分かる。
【0093】
上述した本実施形態の溶接装置10によれば、第1シールドガスの流れの圧力によって、アーク領域の母材側の部分が周囲から押し縮められるので、電離度が高く且つ幅の狭いアーク領域が形成される。そして、この電離度が高く且つ幅の狭いアーク領域によって、母材が溶融されるので、高いアスペクト比の溶接部が形成される。また、第1シールドガスの流量を調節することやノズル径、ノズル高さの設計をすることにより、上述した圧力比の範囲を達成できるので、溶接装置を低いコストで製造することが可能である。
【0094】
次に、上述した溶接装置の第2〜第3実施形態を、図9〜図14を参照しながら以下に説明する。第2実施形態について特に説明しない点については、上述の第1実施形態に関して詳述した説明が適宜適用される。また、同一の構成要素には同一の符号を付してある。
【0095】
図9は、本明細書に開示する溶接装置の第2実施形態を示す図である。
【0096】
本実施形態の溶接装置10は、一方の電極11側から開口部13に向かって、第2シールドガスを流す第2ガス供給部17を備える。第2ガス供給部17は、一方の電極11に沿って、第2シールドガスを供給する第2ガス供給管17aを備える。
【0097】
第2ガス供給管17aは、内部に棒状の一方の電極11が配置されており、一方の電極11の外周に沿って、第2シールドガスを開口部14aに供給する。
【0098】
また、一方の電極11の中心部には、第2シールドガスを流す流路が形成されている。第2ガス供給部17は、一方の電極11の中を通して、第2シールドガスを供給する。
【0099】
次に、幅をより狭くし且つ電離度をより高くするための第1シールドガスと第2シールドガスとの関係について、以下に説明する。
【0100】
一つ目の考え方として、第2シールドガスの電離電圧は、第1シールドガスの電離電圧よりも低いことが好ましい。第2ガス供給管17aから、電離し易い第2シールドガスを供給することにより、アーク領域13で第2シールドガスの電離状態を速やかに形成できる。一方、第1ガス供給管15aから、電離し難い第1シールドガスを供給することにより、第1シールドガスの流れの圧力によって、アーク領域13が周囲から押し縮める。しかし、第1シールドガスの電離電圧は高いので、第1シールドガスは電離され難いため、アーク領域13の幅が拡がることが抑制される。
【0101】
図9中には、第1実施形態の溶接装置により形成されるアーク領域が鎖線で示されており、第2実施形態の溶接装置により形成されるアーク領域が実線で示されている。
【0102】
図10は、溶接装置10により使用され得るシールドガスの電離電圧及び密度を示す図である。なお、図10に示す密度は、温度が300(常温)Kのものである。
【0103】
上述した一つ目の考え方を適用する場合には、例えば、第2シールドガスとして、電離電圧の低いArを用い、第1シールドガスとして電離電圧の高いHeを用いることができる。
【0104】
次に、2つ目の考え方として、第1シールドガスの密度は、第2シールドガスの密度よりも高いことが好ましい。第1ガス供給管15aから、密度の高い第1シールドガスを供給することにより、第1シールドガスの流れの圧力によって、アーク領域13の母材側の部分を周囲から押し縮めることが十分にできる。一方、第2ガス供給管17aの中心から、密度の低い第2シールドガスを供給することにより、アーク領域13の幅を拡げることなく、シールドガスを供給することができる。2つ目の考え方の場合には、第2シールドガスを、第2ガス供給管17aの中心からのみ供給することが好ましい。使用するガスは、CO2ガス、N2、Ar、混合ガスAr+H2、Ar+He等を用いても良い。
【0105】
上述した本実施形態の溶接装置10によれば、アーク領域の幅をより狭くして電離度を一層高めることができる。
【0106】
図11は、本明細書に開示する溶接装置の第3実施形態を示す図である。
【0107】
本実施形態の溶接装置10は、溶融部のエネルギー密度を更に高める。
【0108】
溶融部に与えられるエネルギー密度は、下記の式により求められる。
エネルギー密度=入熱量(電流×電圧)/入熱面積
ここで、電流は、一方の電極11と他方の電極12との間に流れる電流であり、電圧は、一方の電極11と他方の電極12との間に印加される電圧である。また、入熱面積は、アーク領域が形成される母材20の部分の面積である。
【0109】
上述した各実施形態では、この入熱面積を低減することにより、溶融部に与えられるエネルギー密度の向上を図っていた。
【0110】
本実施形態では、この入熱面積の低減と共に、電圧を増加して入熱量を増大することにより、溶融部のエネルギー密度を更に高める。
【0111】
図11に示すように、溶接装置10は、一方の電極11と母材20との間の距離を変化させるように一方の電極11を駆動する駆動部21と、駆動部21を制御する駆動制御部22と、を備える。駆動部21は、一方の電極11を上下に駆動して、一方の電極11と母材20との間の距離を変化させる。また、駆動制御部22は、一方の電極11と他方の電極12との間に印加される電圧を測定しており、測定した電圧に基づいて、駆動部21を制御する。
【0112】
一方の電極11と母材20との間の距離が変化すると、アーク領域13のアーク長が変化する。このアーク長が変化すると、アーク領域13の抵抗が変化する。具体的には、アーク領域13の抵抗は、アーク長が長くなると増加し、アーク長が短くなると低減する。
【0113】
一方、安定したアーク溶接を行うには、一方の電極11と他方の電極12との間に流れる電流が一定であることが好ましい。
【0114】
溶接電源16は、アーク長が変化してアーク領域13の抵抗が変化した時に、一方の電極11と他方の電極12との間に印加される電圧を変化させて、一方の電極11と他方の電極12との間に一定の電流を供給する。
【0115】
溶接装置10は、まずアーク領域13を形成した後、アーク長を拡大しながら、一方の電極11と他方の電極12との間に流れる電流が一定になるように、一方の電極11と他方の電極12との間に印加される電圧を増加する。そして、一方の電極11と他方の電極12との間の電圧が所定の閾値よりも大きくなるまで、アーク長を拡大する。そして、所定のエネルギー密度が得られる入熱量となる電圧に到達した後、母材20を回転しながら、母材20の溶接を更に続ける。次に、溶接装置10の動作を、図12を参照して、以下に説明する。
【0116】
図12は、一方の電極の変位量と電圧と電流との関係を説明する図である。図13は、図12の時間t1及びt3におけるアーク領域を示す図である。
【0117】
図12には、一方の電極11の上方への変位量、一方の電極11と他方の電極12との間に印加される電圧、及び一方の電極11と他方の電極12との間に流れる電流と、時間との関係が示されている。
【0118】
まず、時間t1において、第1シールドガスが流されてアーク領域13が形成される。時間t1における一方の電極11の変位量はゼロである。アーク領域13が形成されると、一方の電極11と他方の電極12との間に印加される電圧は、VからVへ低減して、電流はゼロからIへと増加する。最初にアーク領域13が形成される際の一方の電極11と母材20との間の距離は、電圧Vが印加されて、アーク領域13が形成され得る距離であれば良い。ただし、一方の電極11と母材20との間の距離が離れすぎていると、アーク領域13が形成できない。そして、時間t1から時間t2の間、変位量を一定にして、アーク領域13を安定させる。
【0119】
次に、時間t2において、駆動制御部22は、一方の電極11と母材20との間の距離を拡大するように駆動部21を制御する。一方の電極11は、母材20とは反対側に上方へ向かって移動して、変位量が増加し始める。溶接電源16は、一方の電極11と母材20との間に流れる電流が一定になるように、一方の電極11と他方の電極12との間に印加する電圧を増加し始める。図12に示すように、電圧は増加するが、電流は一定の値Iで推移する。
【0120】
次に、時間t3において、駆動制御部22は、一方の電極11と他方の電極12との間の電圧が所定の閾値Vを超えると、一方の電極11の駆動を停止するように駆動部21を制御する。この際、一方の電極11の変位量はDとなっており、アーク領域13は、当初よりもアーク長が変位量Dの分だけ長くなっている。
【0121】
このようにして、一方の電極11と他方の電極12との間の電圧が所定の閾値Vに到達することにより、所望の入熱量が得られることになる。そして、溶接装置10は、一方の電極11と他方の電極12との間に電圧を印加した状態で、母材20を回転させてアーク溶接Vを続ける。
【0122】
なお、溶接装置10は、時間t1においてアーク領域13を形成した後も、時間t1から時間t3の間では、母材20は停止しているものの、母材20のアーク溶接は行われている。
【0123】
次に、溶接装置10が、アーク長を拡大する際に、入熱面積の増大を防止して、エネルギー密度の低減を阻止することを、図13を参照して、以下に説明する。
【0124】
まず、時間t1において、一方の電極の変位量がゼロの状態で、アーク領域13が形成される。
【0125】
本実施形態の溶接装置10は、上述した第1実施形態と同様に、時間t1から時間t2に亘って、アーク領域13の母材側の部分の周囲からアーク領域13の中心部に向かって第1シールドガスが流されている。
【0126】
もし、第1シールドガスが流されていない場合には、アーク長の増加に伴って、入熱面積が増大する。図13では、時間t3において、第1シールドガスが流されていない場合のアーク領域の形状が鎖線で示されている。
【0127】
溶接装置10では、アーク領域13の母材側の部分の周囲からアーク領域13の中心部に向かって第1シールドガスが流されるので、アーク領域13の幅が拡がることが防止されるため、入熱面積が増大することが防止される。従って、エネルギー密度の増大が、入熱面積の増大により損なわれることが防止される。
【0128】
このような観点から、アーク長の増加に伴って、アーク領域13の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を増加させて、アーク領域13の幅が拡がることを防止することが好ましい。具体的には、アーク長の増加に伴って、第1シールドガスの流量を増加させることが好ましい。
【0129】
上述した本実施形態の溶接装置10によれば、入熱面積の低減と共に、電圧を増加し入熱量を増加することにより、溶融部のエネルギー密度が更に高められる。
【0130】
本発明では、上述した実施形態の溶接方法及びそのような溶接方法を用いる溶接装置は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更が可能である。また、一の実施形態が有する構成要件は、他の実施形態にも適宜適用することができる。
【0131】
例えば、本明細書に開示する溶接装置10は、図14に示すように、一方の電極11と、他方の電極12と、一方の電極11と他方の電極12に接続された母材20との間に形成されるアーク領域13の母材側の部分の周囲からアーク領域13の中心に向かって第1シールドガスを流し、アーク領域13の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にする第1ガス供給部と、を備えていれば良く、他の構成要素は、上述した実施形態とは異なっていても良い。
【0132】
また、本明細書に開示する溶接装置10は、図15〜図17に示すような形状の筐体28を有していても良い。
【0133】
図15は、本明細書に開示する溶接装置のまた他の例を示す図である。図16は、図15のY-Y線断面図を示す図である。図17は、図15のZ-Z線断面図を示す図である。
【0134】
筐体28は、一方の電極11及びノズル板14が配置される上側筐体28aと、下側筐体28bとを有する。上側筐体28aと下側筐体28bとにより形成される空間には、母材40が回転可能に配置される。
【0135】
母材は、図2に示すように、単純な円筒形状を有するとは限らない。図15に示す例では、母材40は、円筒形状の部分から突出した凸部40aを有する。
【0136】
上側筐体28aは、母材40の凸部40aに対応した形状の凹んだ凹部32を有している。母材40の凸部40aは、この凹部32内で回転する。
【0137】
一方の電極11は、電気絶縁材29を介して、上側筐体28aに固定される。
【0138】
一方の電極11と母材40との間には、ノズル開口部14aを有するノズル板14が配置される。一方の電極11は、ノズル開口部14aの中央の上方に位置する。ノズル板14は、筐体18の一部分として形成されていても良い。
【0139】
下側筐体29bには、第1ガス供給管15aが配管されている。第1ガス供給管15aから筐体28内に供給された第1シールドガスは、筐体28と母材40との間を通り、ノズル板14の母材側に供給される。更に、第1シールドガスは、ノズル板14の母材側から、ノズル開口部14aを通って、一方の電極11側の空間に流れる。そして、第1シールドガスは、一方の電極11側の空間から、排出口30を通って外部へ排出される。
【0140】
ここで、母材40は、母材固定治具31を用いて、図示しない外部の母材回転装置に接続される。母材回転装置は、母材固定治具31を回転することにより、母材40を回転させる。
【0141】
母材40を固定した母材固定治具31は、筐体28の開口部33内に挿入される。そして、母材固定治具31と筐体28との間には、空隙34が存在する。この空隙34は、回転する母材固定治具31が、筐体28と接触することを防止するために設けられる。
【0142】
筐体28における開口部33以外の部分では、上側筐体28aと下側筐体28bとがテーパ状の突き合わせ面同士を突き合わせて、閉じた空間が形成されている。
【0143】
第1ガス供給管15aから筐体28内に供給された第1シールドガスは、この空隙34を通って、外部へ流れる。
【0144】
一方、母材固定治具31の内部には、第3ガスを供給する第3ガス供給管26が配置されており、第3ガス供給管26から空隙34に向けて、第3ガスが供給される。空隙34に供給された第3ガスは、筐体28の外側から内側に向かって流れる。
【0145】
従って、空隙34では、筐体28の内側から外側に向かって流れる第1シールドガスと、筐体28の外側から内側に向かって流れる第3ガスとがぶつかり合うので、第1シールドガスが、筐体28の内側から外側に向かって流れることが防止される。
【0146】
この第3ガスとしては、第1シールドガスと同じガスを用いることが好ましい。また、第3ガスの流量は、空隙34を通って筐体28の内側から外側に向かって流れる第1シールドガスの流量と同じにすることが好ましい。
【0147】
なお、図15〜図17では、アーク領域、センサ等の一部の構成要素を図示していない。
【0148】
このように、筐体28は、母材40が回転可能に挿入される開口部33を有しており、この開口部33では、筐体28と母材40又は母材固定治具31との間に空隙34が設けられており、この空隙34では、筐体28の内側から外側に向かって第1シールドガスが流されており、筐体28の外側から内側に向かって第3ガスが流されていることが好ましい。
【0149】
上述した図15〜図17に示す溶接装置10では、摺動部分に第3ガスを流すことにより第1シールドガスが筐体28外に流れることを確実に防止できる。
【実施例】
【0150】
次に、本明細書に開示する溶接装置を実施例を用いて以下に説明する。但し、本発明の範囲は、実施例に限定されるものではない。
【0151】
[実施例]
図2及び図3に示す溶接装置を用いてアーク溶接を行い実施例とした。アーク溶接では、溶接電流は、50Aであり、シールドガスの流量は、25リットル/分であり、一方の電極と母材との間の距離は、1mmであり、開口部の直径は、3mmであり、一方の電極の形成材料はセリウム入りのタングステンであり、母材の形成材料はステンレス鋼であった。
【0152】
実施例の圧力比は100であった。
【0153】
図1に示す従来の溶接装置を用いてアーク溶接を行い比較例とした。アーク溶接では、溶接電流は、50Aであり、シールドガスの流量は、25リットル/分であり、電極と母材との間の距離は、1mmであり、一方の電極の形成材料はセリウム入りのタングステンであり、母材の形成材料はステンレス鋼であった。
【0154】
比較例の圧力比は1であった。
【0155】
実施例及び比較例それぞれについて、溶接部の寸法及びアスペクト比を測定した結果を図18に示す。
【0156】
実施例の溶接部の幅は、比較例よりも32%小さく、且つ溶け込み深さは58%大きかった。また、実施例の溶接部のアスペクト比は、比較例の2.3倍であった。
【0157】
また、実施例のエネルギー密度は、1000W/mmであり、比較例のエネルギー密度は、100W/mmであった。
【符号の説明】
【0158】
10 溶接装置
11 一方の電極
12 他方の電極
13 アーク領域
14 ノズル板
14a 開口部
15 第1ガス供給部
15a 第1ガス供給管
15b 第1圧力センサ
15c 第2圧力センサ
15d 制御部
16 溶接電源
17 第2ガス供給部
17a 第2ガス供給管
18 筐体
19 電気絶縁材
20 母材
21 駆動部
22 駆動制御部
25 第1ガス供給管
26 第3ガス供給管
28 筐体
28a 上側筐体
28b 下側筐体
29 電気絶縁材
30 排出口
31 母材固定治具
32 凹部
33 開口部
34 空隙
40 母材
40a 凸部
100 溶接装置
101 電極
102 ガスノズル
103 アーク領域
120 母材
W 溶接幅
L 電離領域幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方の電極(11)と他方の電極(12)に接続された母材(20)との間に形成されるアーク領域(13)の母材側の部分の周囲からアーク領域(13)の中心部に向かって第1シールドガスを流し、アーク領域(13)の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にしてアーク溶接を行う溶接方法。
【請求項2】
前記一方の電極(11)と前記他方の電極(12)に接続された母材(20)との間に形成されるアーク領域(13)が中を通る開口部(14a)を有するノズル板14の母材側から前記開口部(14a)を通って前記一方の電極(11)側に抜けるように前記第1シールドガスを流し、前記ノズル板(14)の母材側におけるアーク領域(13)の中心部の圧力とアーク領域外の圧力との比を70以上5000以下にしてアーク溶接を行う請求項1に記載の溶接方法。
【請求項3】
前記開口部(14a)の中を通るアーク領域(13)の部分の断面積と、前記開口部(14a)の面積との比は、1以上35以下である請求項2に記載の溶接方法。
【請求項4】
前記開口部(14a)を通る前記第1シールドガスの流量は、5リットル/分以上35リットル/分以下である請求項2又は3に記載の溶接方法。
【請求項5】
前記開口部(14a)は円形を有し、
前記開口部(14a)の直径と、前記ノズル板(14)及び母材(20)の間の距離との比は、1以上20以下である請求項2〜4の何れか一項に記載の溶接方法。
【請求項6】
前記一方の電極(11)側から前記開口部(14a)に向かって、第2シールドガスを流す請求項1〜5の何れか一項に記載の溶接方法。
【請求項7】
前記第2シールドガスの電離電圧は、前記第1シールドガスの電離電圧よりも低い請求項6に記載の溶接方法。
【請求項8】
前記第1シールドガスの密度は、前記第2シールドガスの密度よりも高い請求項6に記載の溶接方法。
【請求項9】
前記一方の電極(11)と母材(20)との間の距離を拡大しながら、前記一方の電極(11)と他方の電極(12)との間に流れる電流が一定になるように、前記一方の電極(11)と他方の電極(12)との間に印加する電圧を増加する請求項1〜8の何れか一項に記載の溶接方法。
【請求項10】
前記一方の電極(11)と他方の電極(12)との間の電圧が所定の閾値よりも大きくなると、前記一方の電極(11)と母材(20)との間の距離を拡大することを停止する請求項9に記載の溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2013−99793(P2013−99793A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−42256(P2013−42256)
【出願日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【分割の表示】特願2011−220065(P2011−220065)の分割
【原出願日】平成23年10月4日(2011.10.4)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】