溶接熱影響部の耐食性に優れたフェライト単相系ステンレス鋼板
【課題】
溶接熱影響部の耐食性に優れたステンレス鋼を提供する。
【解決手段】
酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、酸化皮膜の欠陥率が3.0%以下であることを特徴とする、溶接部熱影響部の耐食性が改善されたステンレス鋼板。
溶接熱影響部の耐食性に優れたステンレス鋼を提供する。
【解決手段】
酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、酸化皮膜の欠陥率が3.0%以下であることを特徴とする、溶接部熱影響部の耐食性が改善されたステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は予め付与された酸化皮膜によって、溶接熱影響部などの大気中で再度加熱される部位に生成する酸化皮膜を改質し、その耐食性を改善するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼はその優れた耐食性により様々な用途で利用されているが、一般に溶接によって製造された製品については、溶接熱影響部の耐食性が劣化することが知られている。これは、溶接熱影響部が酸化されることでステンレス鋼の耐食性を担う不動態皮膜が破壊されるためと考えられている。その対策として、溶接時にArガスなどのシールガスを用いて溶接熱影響部の酸化を軽減する方法や、溶接後に溶接熱影響部に生成した酸化皮膜を研磨や酸洗などにより除去するとともに不動態皮膜を復元することによって耐食性が改善されている。
【0003】
予め鋼板に生成させた酸化皮膜によって再加熱時の酸化を抑制する方法はこれまでにも提案されており、例えば、特許文献1では表層にSiが濃化し、下層にAlが濃化した二相構造の酸化皮膜が提案されている。その他にも、特許文献2では(Al+Si)/(Mn+Cr+Fe)>0.1、特許文献3では(Al+Si+Cr)/Fe≧0.6の組成をもつ酸化皮膜が提案されている。特許文献4では原子比率でAl≧35%,Ti≧8%,Si≦8%とすることで耐銹性が改善されるとしている。特許文献5〜7ではAlを濃化させた皮膜が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−213378
【特許文献2】特開2002−275592
【特許文献3】特開平8−295999
【特許文献4】特開平7−180001
【特許文献5】特開平6−041695
【特許文献6】特開平4−002075
【特許文献7】特開平5−271880
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1〜3ではAlおよびSiさらにはCrを含む酸化皮膜を有し、特許文献4ではAlおよびTiを含みSiを低減した酸化皮膜を有することを特徴とするが、本発明ではAl単独の濃化を目的としており、さらに皮膜の厚みと欠陥にも言及する。その理由は、特許文献1,3では250〜350℃程度の加熱環境での耐酸化性の改善を図るものであって、耐食性には言及していないのに対して、本発明は溶接熱影響部を対象とし、500℃を超えるより高温環境での表面改質とその後の耐食性改善を目的としていることにある。特許文献2は光輝焼鈍時、すなわち水素と窒素の混合ガス中での過剰な酸化を抑制することを目的としており、本発明では溶接など大気中での加熱を想定した表面改質を目的としていることにある。特許文献4では生成した皮膜が再加熱されない環境での耐食性を評価しているのに対して、本名発明は加熱環境に再度置かれた後の耐食性の改善を目的としているところにある。
【0006】
特許文献5,7は酸化皮膜中にAlを濃化させる点では本発明と同じであるが、皮膜中へのAlの濃化にTiを利用している点が本発明と異なり、皮膜厚みにも言及していない。この理由は、特許文献5では使用環境が500℃までであることと、特許文献7では再加熱されない環境での耐食性を評価していることにあると考える。
【0007】
特許文献6も皮膜中にAlを濃化させる点では本発明と同じであるが、皮膜へAlを濃化するためには素材のAl含有量が0.5質量%以上必要であるとしている。また、得られた皮膜厚みは2nm程度であるとされており、本発明の酸化皮膜よりも薄い。この理由は、特許文献7では皮膜改質した鋼材を1200℃の高温で再加熱した際の酸増量を測定し、耐酸化性のみを評価しているのに対し、本発明では再加熱後の耐食性を向上することを目的として再加熱後の皮膜組成,皮膜厚み,皮膜の欠陥まで制御していることに起因すると推察される。結果的に本発明は皮膜組成だけでなく皮膜厚みと皮膜の欠陥を減少することが目的達成の必須条件であるという新たな知見に基づき、特許文献6よりも厚い皮膜を生成して改質する点が異なる。さらに、特許文献6では皮膜改質を実施するための光輝焼鈍において雰囲気ガスの組成には言及しておらず、本発明ではガス組成や露点をより厳格に制御している点が製造方法として異なり、皮膜の厚みや、皮膜成分など特許文献6で開示されていない部分において異なっているものと考える。
【0008】
これら既知の知見と本発明の違いをまとめると、酸化皮膜の組成を制御するだけでなく、酸化皮膜の厚みを増し、さらに酸化皮膜の欠陥を低減する必要があることを本発明で新たに提案することにある。そのため、目的の酸化皮膜を得るための熱処理条件についても厳格に制御した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のステンレス鋼では、その目的を達成するため、窒素と水素の混合ガス雰囲気中での熱処理により生成された酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼であって、酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、(1)式で定義する皮膜の欠陥率が3.0%以下であることを特徴とする。
ステンレス鋼としては0.05質量%以上のAlを含有することを特徴とする。
このような表面特性を有するステンレス鋼は、水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min以上、または均熱時間が5min未満の場合は600℃〜到達温度までの昇温速度が(2)式を満足し,雰囲気ガスの露点が−60〜−50℃の条件で仕上げ光輝焼鈍することで得られる。
【0010】
請求項1に記載の発明は、
窒素と水素の混合ガス雰囲気中の熱処理により生成された酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼であって、酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、(1)式で定義する酸化皮膜の欠陥率が3.0%以下であることを特徴とする溶接部熱影響部の耐食性が改善されたステンレス鋼板である。
硫酸:1mol/L,チオシアン酸カリウム:0.01mol/L,液温30℃の水溶液中で、10mV/minの条件でアノード分極し、250mVにおけるアノード電流密度から(1)式で算出される値を皮膜欠陥率とする。
皮膜欠陥率=A/B×100(%) ・・・(1)
A:評価材のアノード電流密度,B:酸洗仕上げ材のアノード電流密度
【0011】
請求項2に記載の発明は、
C:0.02質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:0.5質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.005質量%以下、Ni:0.5質量%以下、Cr:16〜24質量%、Al:0.05〜1.0質量%、Nb:0.1〜0.5質量%以下、Ti:0.1質量%以下、N:0.02質量%以下、Mo:2.0質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる請求項1のフェライト単相系ステンレス鋼板である。
【0012】
請求項3に記載の発明は、
水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min以上で雰囲気ガスの露点を−60〜−50℃の条件で熱処理することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載のフェライト単相系ステンレス鋼板の製造方法である。
【0013】
請求項4に記載の発明は、
水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min未満で600℃から到達温度までの平均昇温速度が(2)式を満足し,雰囲気ガスの露点を−60〜−50℃の条件で熱処理することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフェライト単相系ステンレス鋼板の製造方法である。
V≦0.2×T ・・・(2)
V:昇温速度(℃/min),T:到達温度(℃)
【発明の効果】
【0014】
本発明に従えば、溶接熱影響部などの大気中で500℃を越える高温で再加熱された部位の耐食性が著しく改善される。その結果、溶接時のArガスシールや溶接後の溶接熱影響部の酸化皮膜の酸洗浄が不要となる。さらに、これまで溶接熱影響部の耐食性を確保するためだけに、Cr,Moなどの耐食性を改善する合金元素をより多く含む鋼種を選択していた場合、それら元素を低減したより安価な鋼種の選択も可能となり、溶接部を有しかつ耐食性が要求される製品の製造コスト低減に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】溶接前の酸化皮膜の厚み、酸化皮膜の欠陥率および酸化皮膜中のAl原子比率と溶接熱影響部の耐食性の関係
【図2】皮膜に含まれる各元素の原子比率の深さ方向の変化の一例
【図3】熱処理後の酸化皮膜の厚みと鋼中Al含有量の関係
【図4】熱処理後の酸化皮膜中のAl原子比率と鋼中Al含有量の関係
【図5】熱処理後の皮膜厚みと焼鈍温度の関係
【図6】熱処理後の酸化皮膜厚みと昇温速度の関係
【図7】熱処理時の到達温度と昇温速度を変化させて得られた鋼板の溶接後の耐食性評価結果
【図8】熱処理後の酸化皮膜厚みと熱処理における均熱時間の関係
【図9】酸化皮膜の厚みと雰囲気ガスの露点の関係
【図10】酸化皮膜の欠陥率と雰囲気ガスの露点の関係
【図11】酸化皮膜の厚みと熱処理時の雰囲気ガス組成の関係
【図12】皮膜の欠陥率と熱処理時の雰囲気ガス組成の関係
【図13】酸化皮膜の組成と熱処理時の雰囲気ガス組成の関係
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者等は溶接熱影響部など大気中で加熱される部位のフェライト系ステンレス鋼板の皮膜を詳細に調査した結果、加熱によってステンレス鋼の耐食性を担う不動態皮膜が破壊され、特に500〜800℃に加熱された領域においてFe2O3を主体とする酸化皮膜が生成し、塩水中での耐食試験の結果、Fe2O3を主体とする酸化皮膜が生成した領域に集中して孔食が発生することを見出した。
そこで、再加熱部の酸化皮膜中へのFe2O3の生成を抑制する方法を詳しく検討した結果、溶接時に大気中再加熱される前に窒素と水素の混合比が60〜90体積%のガスからなる雰囲気中で、酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、(1)式で定義する皮膜の欠陥率が3.0%以下である酸化皮膜を予め付与すれば、大気中での再加熱部の酸化皮膜はAl2O3とCr2O3を主とした皮膜組成へ改質され、Fe2O3の生成が抑制されることを見出した。
【0017】
以下に本発明範囲を決定した理由を述べる。図1から図13のデータ採取に用いた素材を表1に示す。図2から図13のデータ採取には表1の試料No.5を用いた。
【0018】
【表1】
【0019】
図1には溶接前の酸化皮膜の厚み、酸化皮膜の欠陥率および酸化皮膜中のAl原子比率と溶接熱影響部の耐食性の関係を示す。溶接にはTIGパルス溶接機を用いて、板厚1.0mm×幅75mm×長さ175mmの鋼板の幅中央に、鋼板と電極との距離1mm、溶接速度300mm/min、周波数10Hzにおいて裏面のビード幅が4mmになるように溶接電流を調整し、Arバックシールを行わずに行って裏面を観察面とした。溶接後に試験片の幅中央に溶接ビードが納まるように幅50mm×長さ55mmの試験片を2枚切り出し、80℃に保持した1000ppmCl−,10ppmCu2+水溶液750ccに20h浸漬した後、溶接部熱影響部を目視観察して孔食の有無で耐食性を評価した。図1を見ると、厚み15nm以上、欠陥率が3.0%以下のAlを主体とする組成の酸化スケールを付与すれば、溶接熱影響部の発銹が抑制さることが分かる。
【0020】
酸化皮膜組成の分析および皮膜厚みの測定はX線光電子分光法(XPS)により行った。図2に皮膜に含まれる各元素の原子比率の深さ方向の変化の一例を示す。各元素の原子比率はXPSによる各元素のスペクトルの積分面積に基づいた半定量分析値により算出した値である。皮膜厚みはXPS装置のArイオンによるスパッタリング機能を利用して測定した。具体的には、スパッタリングによって酸素の原子比率が表面と比較して1/2となる位置を酸化皮膜とメタルの界面と定義し、鋼板上に皮膜厚みが既知のSiO2皮膜を有する標準サンプルを用いてスパッタリング時間と深さの関係を算出し、スパッタリング時間を皮膜厚みに換算した。さらに、酸化皮膜中のAl濃度は皮膜表面で高く、メタルとの界面に近いほど低くなる傾向が認められたため、酸化皮膜中のAl濃度は、表面から2.5nm深さまで濃度と酸素の原子比率から求めたメタルとの界面から皮膜側へ2.5nmの深さの位置の濃度との平均値とした。このとき、Alの濃度は酸素および他の微量検出元素を除いた、Al,Si,Mn,Cr,Feの原子比率として求めた。
【0021】
大気中での加熱時に本発明によるAl主体の酸化皮膜がFe2O3の生成を抑制する理由は、加熱時に鋼板表面に供給される酸素がAl主体の酸化皮膜によって遮断され、鋼板表面に達する酸素量が極めて低くなり、酸化の進行が抑制されると共に、鋼板表面まで到達した一部の酸素も低酸素ポテンシャル領域でFeよりも安定となるAlやCrの酸化物として成長するものと考える。また、15nmに満たない皮膜厚みでは酸素遮断効果が不足するものと考える。さらに、十分な皮膜厚みが得られても皮膜に欠陥が多い場合も酸素を遮断する効果が不足するものと考える。
【0022】
図3には熱処理後の酸化皮膜の厚みと鋼中Al含有量の関係、図4には熱処理後の酸化皮膜中のAl原子比率と鋼中Al含有量の関係を示す。鋼中Al量の増大にともない、酸化皮膜の厚みと酸化皮膜中のAl原子比率は増大し、鋼中のAl含有量は多い方が望ましいことが分かるが、0.05質量%以上の添加ではその効果は小さい。一方、過剰のAlを添加すると、鋼材が硬化し加工性の劣化や製造コストの増大が懸念されるためその上限を1.0%とした。
【0023】
次に、Al以外の素材の成分限定理由について述べる。
C:0.02質量%以下
Cは炭化物を形成して耐食性を劣化する元素であるため、その上限を0.02質量%とした。
【0024】
Si:0.2〜1.0質量%
Siはフェライト組織を安定化する。本発明の熱処理においてフェライト単相組織を維持するために0.2質量%以上の添加を行っても良い。しかしながら、本発明鋼の成分の中ではSiはAlに次いで酸化され易い元素であるため過剰の添加は本発明で提案するAl主体の酸化皮膜の形成を妨げるとともに、素材を硬質化して加工性を劣化するためその上限を1.0質量%とした。
【0025】
Mn:0.5質量%以下
Mnはフェライト組織の安定化を阻害するとともに、硫化物を形成し耐食性を劣化するためその上限を0.5質量%とした。
【0026】
P:0.05質量%以下
Pは燐化物を形成して耐食性を劣化する元素であるため、その上限を0.05質量%とした。
S:0.005質量%以下
Sは硫化物を形成して耐食性を劣化する元素であるため、その上限を0.005質量%とした。
【0027】
Ni:0.5質量%以下
Niはフェライト単相組織の安定化を阻害するためその上限を0.5質量%とした。
Cr:16〜24質量%
Crは耐食性を向上するための必須元素であるとともに、フェライト組織を安定化する効果をもつ。その効果を得るため16質量%以上の添加とした。一方で過剰のコストの上昇を招くためその上限を24質量%とした。
【0028】
Ti:0.1質量%以下
Tiは耐食性を改善するとともにフェライト組織の安定化に有効な元素であるが、ステンレス鋼に通常見られる添加元素の中ではAlとともに容易に酸化する元素であり、本発明で提案する酸化皮膜の形成を妨げる。そのため0.1質量%以下に規制した。
【0029】
N:0.02質量%以下
Nは窒化物を形成して耐食性を劣化、あるいは鋼材を硬化して加工性を劣化するため、その上限を0.02質量%とした。
【0030】
Mo:2.0質量%以下
Moは耐食性の向上のため必要に応じて添加される元素であり、過剰な加工性の低下、コストの上昇を招くためその上限を2.0質量%とした。
【0031】
本発明の特徴であるAl主体の酸化皮膜の製造方法については、通常の溶製,熱間圧延,熱延板焼鈍,冷間圧延を経て製造された鋼板を以下の熱処理条件で仕上げることを特徴とする。図5には熱処理後の皮膜厚みと焼鈍温度の関係を示す。均熱時間は0minとし、目標温度へ到達後に直ちに空冷却した。冷却速度は600℃まで約90s、600℃から200℃まで約400sであり、昇温から到達温度に達して冷却後200℃まで炉内雰囲気を維持した。
【0032】
図5によれば熱処理温度が高いほど酸化皮膜の厚みは増大するが、過熱時の昇温速度にも影響される。昇温速度の影響は後述するが、熱処理時の到達温度が1000℃に満たない場合、工業的に用いられる連続光輝焼鈍炉などの均熱時間の短い熱処理炉では10.0nmを超える皮膜厚みが得られ難いと考えられる。一方、1050℃を越える高温では熱処理にかかる費用が増大するとともに結晶粒の過剰な粗大化を招き加工性の劣化が懸念されるため、1000〜1050℃を適正範囲とした。なお、図5には溶接後の耐食性も合せて示すが、発銹が認められたものは全て皮膜厚みが薄いことが分かる。また、900℃で焼鈍したものは酸化皮膜の欠陥率も大きいことを確認している。
【0033】
図6に熱処理後の酸化皮膜厚みと昇温速度の関係について示す。発明者らは熱処理温度が同じでも本発明のようにナノメートルレベルの厚みの酸化皮膜を制御しようとする場合、目標温度に到達するまでの昇温過程も考慮する必要があり、特に600℃から到達温度までの平均昇温速度の影響が大きいことを見出した。図6によれば昇温速度が小さいほど酸化皮膜の厚みが増大し、熱処理温度毎に適正な昇温速度範囲があることがわかる。図7に熱処理時の到達温度と昇温速度を変化させて得られた鋼板の溶接後の耐食性評価結果を示す。図7に斜線で示す特許請求範囲が(2)式で示した条件となる。
【0034】
図8には熱処理後の酸化皮膜厚みと熱処理における均熱時間の関係について示す。均熱時間が長いほど酸化皮膜の厚みは増大し、均熱時間が5minに達すると昇温速度の影響は小さく、15nm前後の酸化皮膜厚みが得られることが分かる。したがって、均熱を5min以上とする場合については、昇温速度の制限をなくした。
【0035】
図9に酸化皮膜の厚みと雰囲気ガスの露点の関係を示す。露点が高いほど酸化皮膜の厚みは増大した。露点−40℃においては昇温速度が本発明範囲より速くても目標とする15nmの皮膜厚みが得られた。しかしながら、溶接後の耐食試験では発銹が認められた。
この理由を明確にするため、以下の方法で酸化皮膜の欠陥量を評価した。すなわち、硫酸:1mol/L,チオシアン酸カリウム:0.01mol/L,液温30℃の水溶液中で、10mV/minの条件で得たアノード分極曲線から電位250mVにおける電流密度を得た。本発明の皮膜は主に絶縁性を有するAl2O3からなるため、皮膜に欠陥がない場合にはアノード電流が低くなる。
【0036】
なお、予備実験として一旦本発明の皮膜を付与した後に研磨(SiC研磨紙#400)により皮膜の一部を剥離し、素材露出面積とアノード電流値の相関をとった結果、皮膜の一部を剥離したサンプルのアノード電流値は、原点と皮膜を元々付与していない素材露出面積率100%のサンプル(酸洗仕上げ材)の電流値を結んだ直線上に乗り、皮膜露出面積とアノード電流値に1次の相関があることを把握している。図10に酸化皮膜の欠陥率と雰囲気ガスの露点の関係を示す。図10によれば、露点−40℃で得られた皮膜には欠陥が多いことが分かった。一方、−60℃より乾湿側の露点は工業的に維持することが難しく製造コストを増大するだけである。そのため熱処理時の雰囲気ガスの露点の適正範囲を−60〜−50℃とした。
【0037】
図11には酸化皮膜の厚みと熱処理時の雰囲気ガス組成の関係を示す。酸化皮膜の厚みに及ぼす雰囲気ガス組成の影響は小さいが、100%水素ガス雰囲気では15nm以上の酸化皮膜厚みを得られても、溶接後の耐食試験で発銹が認められる場合があった。図12に示す皮膜の欠陥率と熱処理時の雰囲気ガス組成の関係を見ると、100%水素ガス雰囲気を用いると酸化皮膜に欠陥が多くなることが分かった。なお、均熱時間を10nmとして皮膜厚みを十分に厚くした場合、酸化皮膜の欠陥率も低下し溶接後の耐食試験で発銹は認められなかった。一方、100%窒素ガス雰囲気では、図13に示す酸化皮膜の組成と熱処理時の雰囲気ガス組成の関係から分かるように、熱処理後の皮膜中のAl濃度が低下し、本発明が目的とする酸化皮膜組成が得られない。
【0038】
なお、Al濃度が減少する代わりにCr濃度が増大することを確認している。本発明では易酸化性のAlを主体とする酸化皮膜を予め付与することで、その後に溶接熱影響部のように大気中で高温にさらされた際に、その酸化皮膜が維持されて大気中の酸素が鋼板表面へ触れることを抑制し、耐食性劣化原因となる鉄の酸化を抑制できるものと考えている。そのため、欠陥が少なくAl主体の酸化皮膜を得るために適正雰囲気ガス組成は水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気とした。
【実施例】
【0039】
先に表1に示したフェライト系ステンレス鋼板を、通常の溶製,熱間圧延,熱延板焼鈍,冷間圧延を経て製造し、最終工程で表2に示す条件で焼鈍した。その鋼板を、TIGパルス溶接機を用いて、板厚1.0mm×幅75mm×長さ175mmの鋼板の幅中央に、鋼板と電極との距離1mm、溶接速度300mm/min、周波数10Hzにおいて裏面のビード幅が4mmになるように溶接電流を調整し、Arバックシールを行わずに溶接し、耐食試験に供した。
耐食試験は、試験片の幅中央に溶接ビードが納まるように幅50mm×長さ55mmの試験片を2枚切り出し、80℃に保持した1000ppmCl−,10ppmCu2+水溶液750ccに20h浸漬した後、溶接部熱影響部を目視観察し、孔食の有無で評価した。
【0040】
各元素の原子比率はXPSによる各元素のスペクトルの積分面積に基づいた半定量分析値により算出した値である。皮膜厚みはXPS装置のArイオンによるスパッタリング機能を利用して測定した。具体的には、スパッタリングによって酸素の原子比率が表面と比較して1/2となる位置を酸化皮膜とメタルの界面と定義し、鋼板上に皮膜厚みが既知のSiO2皮膜を有する標準サンプルを用いてスパッタリング時間と深さの関係を算出し、スパッタリング時間を皮膜厚みに換算した。さらに、酸化皮膜中のAl濃度は皮膜表面で高く、メタルとの界面に近いほど低くなる傾向が認められたため、酸化皮膜中のAl濃度は、表面から2.5nm深さまで濃度と酸素の原子比率から求めたメタルとの界面から皮膜側へ2.5nmの深さの位置の濃度との平均値とした。このとき、Alの濃度は酸素および他の微量検出元素を除いた、Al,Si,Mn,Cr,Feの原子比率として求めた。
【0041】
皮膜欠陥は、硫酸:1mol,チオシアン酸カリウム:0.01mol,液温30℃の水溶液中で、10mV/minの条件で得たアノード分極曲線から電位250mVにおける電流密度を求め、酸洗仕上げ材(2D)の電流密度を基準に次式にて皮膜欠陥率を求めた。
皮膜欠陥率=A/B×100(%) ・・・(1)
A:評価材のアノード電流密度,B:研磨仕上げ材のアノード電流密度
表2には鋼板表面の酸化皮膜組成、酸化皮膜厚み、酸化皮膜の欠陥率および溶接後の耐食試験結果を合せて示す。
耐食試験結果は発銹ありを○、発銹なしを×とした。この結果より、皮膜欠陥が溶接後の耐食性を大きく左右していることがわかる。
【0042】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、溶接熱影響部の耐食性に優れたステンレス鋼を提供できる。
【技術分野】
【0001】
本発明は予め付与された酸化皮膜によって、溶接熱影響部などの大気中で再度加熱される部位に生成する酸化皮膜を改質し、その耐食性を改善するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼はその優れた耐食性により様々な用途で利用されているが、一般に溶接によって製造された製品については、溶接熱影響部の耐食性が劣化することが知られている。これは、溶接熱影響部が酸化されることでステンレス鋼の耐食性を担う不動態皮膜が破壊されるためと考えられている。その対策として、溶接時にArガスなどのシールガスを用いて溶接熱影響部の酸化を軽減する方法や、溶接後に溶接熱影響部に生成した酸化皮膜を研磨や酸洗などにより除去するとともに不動態皮膜を復元することによって耐食性が改善されている。
【0003】
予め鋼板に生成させた酸化皮膜によって再加熱時の酸化を抑制する方法はこれまでにも提案されており、例えば、特許文献1では表層にSiが濃化し、下層にAlが濃化した二相構造の酸化皮膜が提案されている。その他にも、特許文献2では(Al+Si)/(Mn+Cr+Fe)>0.1、特許文献3では(Al+Si+Cr)/Fe≧0.6の組成をもつ酸化皮膜が提案されている。特許文献4では原子比率でAl≧35%,Ti≧8%,Si≦8%とすることで耐銹性が改善されるとしている。特許文献5〜7ではAlを濃化させた皮膜が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−213378
【特許文献2】特開2002−275592
【特許文献3】特開平8−295999
【特許文献4】特開平7−180001
【特許文献5】特開平6−041695
【特許文献6】特開平4−002075
【特許文献7】特開平5−271880
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1〜3ではAlおよびSiさらにはCrを含む酸化皮膜を有し、特許文献4ではAlおよびTiを含みSiを低減した酸化皮膜を有することを特徴とするが、本発明ではAl単独の濃化を目的としており、さらに皮膜の厚みと欠陥にも言及する。その理由は、特許文献1,3では250〜350℃程度の加熱環境での耐酸化性の改善を図るものであって、耐食性には言及していないのに対して、本発明は溶接熱影響部を対象とし、500℃を超えるより高温環境での表面改質とその後の耐食性改善を目的としていることにある。特許文献2は光輝焼鈍時、すなわち水素と窒素の混合ガス中での過剰な酸化を抑制することを目的としており、本発明では溶接など大気中での加熱を想定した表面改質を目的としていることにある。特許文献4では生成した皮膜が再加熱されない環境での耐食性を評価しているのに対して、本名発明は加熱環境に再度置かれた後の耐食性の改善を目的としているところにある。
【0006】
特許文献5,7は酸化皮膜中にAlを濃化させる点では本発明と同じであるが、皮膜中へのAlの濃化にTiを利用している点が本発明と異なり、皮膜厚みにも言及していない。この理由は、特許文献5では使用環境が500℃までであることと、特許文献7では再加熱されない環境での耐食性を評価していることにあると考える。
【0007】
特許文献6も皮膜中にAlを濃化させる点では本発明と同じであるが、皮膜へAlを濃化するためには素材のAl含有量が0.5質量%以上必要であるとしている。また、得られた皮膜厚みは2nm程度であるとされており、本発明の酸化皮膜よりも薄い。この理由は、特許文献7では皮膜改質した鋼材を1200℃の高温で再加熱した際の酸増量を測定し、耐酸化性のみを評価しているのに対し、本発明では再加熱後の耐食性を向上することを目的として再加熱後の皮膜組成,皮膜厚み,皮膜の欠陥まで制御していることに起因すると推察される。結果的に本発明は皮膜組成だけでなく皮膜厚みと皮膜の欠陥を減少することが目的達成の必須条件であるという新たな知見に基づき、特許文献6よりも厚い皮膜を生成して改質する点が異なる。さらに、特許文献6では皮膜改質を実施するための光輝焼鈍において雰囲気ガスの組成には言及しておらず、本発明ではガス組成や露点をより厳格に制御している点が製造方法として異なり、皮膜の厚みや、皮膜成分など特許文献6で開示されていない部分において異なっているものと考える。
【0008】
これら既知の知見と本発明の違いをまとめると、酸化皮膜の組成を制御するだけでなく、酸化皮膜の厚みを増し、さらに酸化皮膜の欠陥を低減する必要があることを本発明で新たに提案することにある。そのため、目的の酸化皮膜を得るための熱処理条件についても厳格に制御した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のステンレス鋼では、その目的を達成するため、窒素と水素の混合ガス雰囲気中での熱処理により生成された酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼であって、酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、(1)式で定義する皮膜の欠陥率が3.0%以下であることを特徴とする。
ステンレス鋼としては0.05質量%以上のAlを含有することを特徴とする。
このような表面特性を有するステンレス鋼は、水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min以上、または均熱時間が5min未満の場合は600℃〜到達温度までの昇温速度が(2)式を満足し,雰囲気ガスの露点が−60〜−50℃の条件で仕上げ光輝焼鈍することで得られる。
【0010】
請求項1に記載の発明は、
窒素と水素の混合ガス雰囲気中の熱処理により生成された酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼であって、酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、(1)式で定義する酸化皮膜の欠陥率が3.0%以下であることを特徴とする溶接部熱影響部の耐食性が改善されたステンレス鋼板である。
硫酸:1mol/L,チオシアン酸カリウム:0.01mol/L,液温30℃の水溶液中で、10mV/minの条件でアノード分極し、250mVにおけるアノード電流密度から(1)式で算出される値を皮膜欠陥率とする。
皮膜欠陥率=A/B×100(%) ・・・(1)
A:評価材のアノード電流密度,B:酸洗仕上げ材のアノード電流密度
【0011】
請求項2に記載の発明は、
C:0.02質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:0.5質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.005質量%以下、Ni:0.5質量%以下、Cr:16〜24質量%、Al:0.05〜1.0質量%、Nb:0.1〜0.5質量%以下、Ti:0.1質量%以下、N:0.02質量%以下、Mo:2.0質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる請求項1のフェライト単相系ステンレス鋼板である。
【0012】
請求項3に記載の発明は、
水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min以上で雰囲気ガスの露点を−60〜−50℃の条件で熱処理することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載のフェライト単相系ステンレス鋼板の製造方法である。
【0013】
請求項4に記載の発明は、
水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min未満で600℃から到達温度までの平均昇温速度が(2)式を満足し,雰囲気ガスの露点を−60〜−50℃の条件で熱処理することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフェライト単相系ステンレス鋼板の製造方法である。
V≦0.2×T ・・・(2)
V:昇温速度(℃/min),T:到達温度(℃)
【発明の効果】
【0014】
本発明に従えば、溶接熱影響部などの大気中で500℃を越える高温で再加熱された部位の耐食性が著しく改善される。その結果、溶接時のArガスシールや溶接後の溶接熱影響部の酸化皮膜の酸洗浄が不要となる。さらに、これまで溶接熱影響部の耐食性を確保するためだけに、Cr,Moなどの耐食性を改善する合金元素をより多く含む鋼種を選択していた場合、それら元素を低減したより安価な鋼種の選択も可能となり、溶接部を有しかつ耐食性が要求される製品の製造コスト低減に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】溶接前の酸化皮膜の厚み、酸化皮膜の欠陥率および酸化皮膜中のAl原子比率と溶接熱影響部の耐食性の関係
【図2】皮膜に含まれる各元素の原子比率の深さ方向の変化の一例
【図3】熱処理後の酸化皮膜の厚みと鋼中Al含有量の関係
【図4】熱処理後の酸化皮膜中のAl原子比率と鋼中Al含有量の関係
【図5】熱処理後の皮膜厚みと焼鈍温度の関係
【図6】熱処理後の酸化皮膜厚みと昇温速度の関係
【図7】熱処理時の到達温度と昇温速度を変化させて得られた鋼板の溶接後の耐食性評価結果
【図8】熱処理後の酸化皮膜厚みと熱処理における均熱時間の関係
【図9】酸化皮膜の厚みと雰囲気ガスの露点の関係
【図10】酸化皮膜の欠陥率と雰囲気ガスの露点の関係
【図11】酸化皮膜の厚みと熱処理時の雰囲気ガス組成の関係
【図12】皮膜の欠陥率と熱処理時の雰囲気ガス組成の関係
【図13】酸化皮膜の組成と熱処理時の雰囲気ガス組成の関係
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者等は溶接熱影響部など大気中で加熱される部位のフェライト系ステンレス鋼板の皮膜を詳細に調査した結果、加熱によってステンレス鋼の耐食性を担う不動態皮膜が破壊され、特に500〜800℃に加熱された領域においてFe2O3を主体とする酸化皮膜が生成し、塩水中での耐食試験の結果、Fe2O3を主体とする酸化皮膜が生成した領域に集中して孔食が発生することを見出した。
そこで、再加熱部の酸化皮膜中へのFe2O3の生成を抑制する方法を詳しく検討した結果、溶接時に大気中再加熱される前に窒素と水素の混合比が60〜90体積%のガスからなる雰囲気中で、酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、(1)式で定義する皮膜の欠陥率が3.0%以下である酸化皮膜を予め付与すれば、大気中での再加熱部の酸化皮膜はAl2O3とCr2O3を主とした皮膜組成へ改質され、Fe2O3の生成が抑制されることを見出した。
【0017】
以下に本発明範囲を決定した理由を述べる。図1から図13のデータ採取に用いた素材を表1に示す。図2から図13のデータ採取には表1の試料No.5を用いた。
【0018】
【表1】
【0019】
図1には溶接前の酸化皮膜の厚み、酸化皮膜の欠陥率および酸化皮膜中のAl原子比率と溶接熱影響部の耐食性の関係を示す。溶接にはTIGパルス溶接機を用いて、板厚1.0mm×幅75mm×長さ175mmの鋼板の幅中央に、鋼板と電極との距離1mm、溶接速度300mm/min、周波数10Hzにおいて裏面のビード幅が4mmになるように溶接電流を調整し、Arバックシールを行わずに行って裏面を観察面とした。溶接後に試験片の幅中央に溶接ビードが納まるように幅50mm×長さ55mmの試験片を2枚切り出し、80℃に保持した1000ppmCl−,10ppmCu2+水溶液750ccに20h浸漬した後、溶接部熱影響部を目視観察して孔食の有無で耐食性を評価した。図1を見ると、厚み15nm以上、欠陥率が3.0%以下のAlを主体とする組成の酸化スケールを付与すれば、溶接熱影響部の発銹が抑制さることが分かる。
【0020】
酸化皮膜組成の分析および皮膜厚みの測定はX線光電子分光法(XPS)により行った。図2に皮膜に含まれる各元素の原子比率の深さ方向の変化の一例を示す。各元素の原子比率はXPSによる各元素のスペクトルの積分面積に基づいた半定量分析値により算出した値である。皮膜厚みはXPS装置のArイオンによるスパッタリング機能を利用して測定した。具体的には、スパッタリングによって酸素の原子比率が表面と比較して1/2となる位置を酸化皮膜とメタルの界面と定義し、鋼板上に皮膜厚みが既知のSiO2皮膜を有する標準サンプルを用いてスパッタリング時間と深さの関係を算出し、スパッタリング時間を皮膜厚みに換算した。さらに、酸化皮膜中のAl濃度は皮膜表面で高く、メタルとの界面に近いほど低くなる傾向が認められたため、酸化皮膜中のAl濃度は、表面から2.5nm深さまで濃度と酸素の原子比率から求めたメタルとの界面から皮膜側へ2.5nmの深さの位置の濃度との平均値とした。このとき、Alの濃度は酸素および他の微量検出元素を除いた、Al,Si,Mn,Cr,Feの原子比率として求めた。
【0021】
大気中での加熱時に本発明によるAl主体の酸化皮膜がFe2O3の生成を抑制する理由は、加熱時に鋼板表面に供給される酸素がAl主体の酸化皮膜によって遮断され、鋼板表面に達する酸素量が極めて低くなり、酸化の進行が抑制されると共に、鋼板表面まで到達した一部の酸素も低酸素ポテンシャル領域でFeよりも安定となるAlやCrの酸化物として成長するものと考える。また、15nmに満たない皮膜厚みでは酸素遮断効果が不足するものと考える。さらに、十分な皮膜厚みが得られても皮膜に欠陥が多い場合も酸素を遮断する効果が不足するものと考える。
【0022】
図3には熱処理後の酸化皮膜の厚みと鋼中Al含有量の関係、図4には熱処理後の酸化皮膜中のAl原子比率と鋼中Al含有量の関係を示す。鋼中Al量の増大にともない、酸化皮膜の厚みと酸化皮膜中のAl原子比率は増大し、鋼中のAl含有量は多い方が望ましいことが分かるが、0.05質量%以上の添加ではその効果は小さい。一方、過剰のAlを添加すると、鋼材が硬化し加工性の劣化や製造コストの増大が懸念されるためその上限を1.0%とした。
【0023】
次に、Al以外の素材の成分限定理由について述べる。
C:0.02質量%以下
Cは炭化物を形成して耐食性を劣化する元素であるため、その上限を0.02質量%とした。
【0024】
Si:0.2〜1.0質量%
Siはフェライト組織を安定化する。本発明の熱処理においてフェライト単相組織を維持するために0.2質量%以上の添加を行っても良い。しかしながら、本発明鋼の成分の中ではSiはAlに次いで酸化され易い元素であるため過剰の添加は本発明で提案するAl主体の酸化皮膜の形成を妨げるとともに、素材を硬質化して加工性を劣化するためその上限を1.0質量%とした。
【0025】
Mn:0.5質量%以下
Mnはフェライト組織の安定化を阻害するとともに、硫化物を形成し耐食性を劣化するためその上限を0.5質量%とした。
【0026】
P:0.05質量%以下
Pは燐化物を形成して耐食性を劣化する元素であるため、その上限を0.05質量%とした。
S:0.005質量%以下
Sは硫化物を形成して耐食性を劣化する元素であるため、その上限を0.005質量%とした。
【0027】
Ni:0.5質量%以下
Niはフェライト単相組織の安定化を阻害するためその上限を0.5質量%とした。
Cr:16〜24質量%
Crは耐食性を向上するための必須元素であるとともに、フェライト組織を安定化する効果をもつ。その効果を得るため16質量%以上の添加とした。一方で過剰のコストの上昇を招くためその上限を24質量%とした。
【0028】
Ti:0.1質量%以下
Tiは耐食性を改善するとともにフェライト組織の安定化に有効な元素であるが、ステンレス鋼に通常見られる添加元素の中ではAlとともに容易に酸化する元素であり、本発明で提案する酸化皮膜の形成を妨げる。そのため0.1質量%以下に規制した。
【0029】
N:0.02質量%以下
Nは窒化物を形成して耐食性を劣化、あるいは鋼材を硬化して加工性を劣化するため、その上限を0.02質量%とした。
【0030】
Mo:2.0質量%以下
Moは耐食性の向上のため必要に応じて添加される元素であり、過剰な加工性の低下、コストの上昇を招くためその上限を2.0質量%とした。
【0031】
本発明の特徴であるAl主体の酸化皮膜の製造方法については、通常の溶製,熱間圧延,熱延板焼鈍,冷間圧延を経て製造された鋼板を以下の熱処理条件で仕上げることを特徴とする。図5には熱処理後の皮膜厚みと焼鈍温度の関係を示す。均熱時間は0minとし、目標温度へ到達後に直ちに空冷却した。冷却速度は600℃まで約90s、600℃から200℃まで約400sであり、昇温から到達温度に達して冷却後200℃まで炉内雰囲気を維持した。
【0032】
図5によれば熱処理温度が高いほど酸化皮膜の厚みは増大するが、過熱時の昇温速度にも影響される。昇温速度の影響は後述するが、熱処理時の到達温度が1000℃に満たない場合、工業的に用いられる連続光輝焼鈍炉などの均熱時間の短い熱処理炉では10.0nmを超える皮膜厚みが得られ難いと考えられる。一方、1050℃を越える高温では熱処理にかかる費用が増大するとともに結晶粒の過剰な粗大化を招き加工性の劣化が懸念されるため、1000〜1050℃を適正範囲とした。なお、図5には溶接後の耐食性も合せて示すが、発銹が認められたものは全て皮膜厚みが薄いことが分かる。また、900℃で焼鈍したものは酸化皮膜の欠陥率も大きいことを確認している。
【0033】
図6に熱処理後の酸化皮膜厚みと昇温速度の関係について示す。発明者らは熱処理温度が同じでも本発明のようにナノメートルレベルの厚みの酸化皮膜を制御しようとする場合、目標温度に到達するまでの昇温過程も考慮する必要があり、特に600℃から到達温度までの平均昇温速度の影響が大きいことを見出した。図6によれば昇温速度が小さいほど酸化皮膜の厚みが増大し、熱処理温度毎に適正な昇温速度範囲があることがわかる。図7に熱処理時の到達温度と昇温速度を変化させて得られた鋼板の溶接後の耐食性評価結果を示す。図7に斜線で示す特許請求範囲が(2)式で示した条件となる。
【0034】
図8には熱処理後の酸化皮膜厚みと熱処理における均熱時間の関係について示す。均熱時間が長いほど酸化皮膜の厚みは増大し、均熱時間が5minに達すると昇温速度の影響は小さく、15nm前後の酸化皮膜厚みが得られることが分かる。したがって、均熱を5min以上とする場合については、昇温速度の制限をなくした。
【0035】
図9に酸化皮膜の厚みと雰囲気ガスの露点の関係を示す。露点が高いほど酸化皮膜の厚みは増大した。露点−40℃においては昇温速度が本発明範囲より速くても目標とする15nmの皮膜厚みが得られた。しかしながら、溶接後の耐食試験では発銹が認められた。
この理由を明確にするため、以下の方法で酸化皮膜の欠陥量を評価した。すなわち、硫酸:1mol/L,チオシアン酸カリウム:0.01mol/L,液温30℃の水溶液中で、10mV/minの条件で得たアノード分極曲線から電位250mVにおける電流密度を得た。本発明の皮膜は主に絶縁性を有するAl2O3からなるため、皮膜に欠陥がない場合にはアノード電流が低くなる。
【0036】
なお、予備実験として一旦本発明の皮膜を付与した後に研磨(SiC研磨紙#400)により皮膜の一部を剥離し、素材露出面積とアノード電流値の相関をとった結果、皮膜の一部を剥離したサンプルのアノード電流値は、原点と皮膜を元々付与していない素材露出面積率100%のサンプル(酸洗仕上げ材)の電流値を結んだ直線上に乗り、皮膜露出面積とアノード電流値に1次の相関があることを把握している。図10に酸化皮膜の欠陥率と雰囲気ガスの露点の関係を示す。図10によれば、露点−40℃で得られた皮膜には欠陥が多いことが分かった。一方、−60℃より乾湿側の露点は工業的に維持することが難しく製造コストを増大するだけである。そのため熱処理時の雰囲気ガスの露点の適正範囲を−60〜−50℃とした。
【0037】
図11には酸化皮膜の厚みと熱処理時の雰囲気ガス組成の関係を示す。酸化皮膜の厚みに及ぼす雰囲気ガス組成の影響は小さいが、100%水素ガス雰囲気では15nm以上の酸化皮膜厚みを得られても、溶接後の耐食試験で発銹が認められる場合があった。図12に示す皮膜の欠陥率と熱処理時の雰囲気ガス組成の関係を見ると、100%水素ガス雰囲気を用いると酸化皮膜に欠陥が多くなることが分かった。なお、均熱時間を10nmとして皮膜厚みを十分に厚くした場合、酸化皮膜の欠陥率も低下し溶接後の耐食試験で発銹は認められなかった。一方、100%窒素ガス雰囲気では、図13に示す酸化皮膜の組成と熱処理時の雰囲気ガス組成の関係から分かるように、熱処理後の皮膜中のAl濃度が低下し、本発明が目的とする酸化皮膜組成が得られない。
【0038】
なお、Al濃度が減少する代わりにCr濃度が増大することを確認している。本発明では易酸化性のAlを主体とする酸化皮膜を予め付与することで、その後に溶接熱影響部のように大気中で高温にさらされた際に、その酸化皮膜が維持されて大気中の酸素が鋼板表面へ触れることを抑制し、耐食性劣化原因となる鉄の酸化を抑制できるものと考えている。そのため、欠陥が少なくAl主体の酸化皮膜を得るために適正雰囲気ガス組成は水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気とした。
【実施例】
【0039】
先に表1に示したフェライト系ステンレス鋼板を、通常の溶製,熱間圧延,熱延板焼鈍,冷間圧延を経て製造し、最終工程で表2に示す条件で焼鈍した。その鋼板を、TIGパルス溶接機を用いて、板厚1.0mm×幅75mm×長さ175mmの鋼板の幅中央に、鋼板と電極との距離1mm、溶接速度300mm/min、周波数10Hzにおいて裏面のビード幅が4mmになるように溶接電流を調整し、Arバックシールを行わずに溶接し、耐食試験に供した。
耐食試験は、試験片の幅中央に溶接ビードが納まるように幅50mm×長さ55mmの試験片を2枚切り出し、80℃に保持した1000ppmCl−,10ppmCu2+水溶液750ccに20h浸漬した後、溶接部熱影響部を目視観察し、孔食の有無で評価した。
【0040】
各元素の原子比率はXPSによる各元素のスペクトルの積分面積に基づいた半定量分析値により算出した値である。皮膜厚みはXPS装置のArイオンによるスパッタリング機能を利用して測定した。具体的には、スパッタリングによって酸素の原子比率が表面と比較して1/2となる位置を酸化皮膜とメタルの界面と定義し、鋼板上に皮膜厚みが既知のSiO2皮膜を有する標準サンプルを用いてスパッタリング時間と深さの関係を算出し、スパッタリング時間を皮膜厚みに換算した。さらに、酸化皮膜中のAl濃度は皮膜表面で高く、メタルとの界面に近いほど低くなる傾向が認められたため、酸化皮膜中のAl濃度は、表面から2.5nm深さまで濃度と酸素の原子比率から求めたメタルとの界面から皮膜側へ2.5nmの深さの位置の濃度との平均値とした。このとき、Alの濃度は酸素および他の微量検出元素を除いた、Al,Si,Mn,Cr,Feの原子比率として求めた。
【0041】
皮膜欠陥は、硫酸:1mol,チオシアン酸カリウム:0.01mol,液温30℃の水溶液中で、10mV/minの条件で得たアノード分極曲線から電位250mVにおける電流密度を求め、酸洗仕上げ材(2D)の電流密度を基準に次式にて皮膜欠陥率を求めた。
皮膜欠陥率=A/B×100(%) ・・・(1)
A:評価材のアノード電流密度,B:研磨仕上げ材のアノード電流密度
表2には鋼板表面の酸化皮膜組成、酸化皮膜厚み、酸化皮膜の欠陥率および溶接後の耐食試験結果を合せて示す。
耐食試験結果は発銹ありを○、発銹なしを×とした。この結果より、皮膜欠陥が溶接後の耐食性を大きく左右していることがわかる。
【0042】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、溶接熱影響部の耐食性に優れたステンレス鋼を提供できる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素と水素の混合ガス雰囲気中の熱処理により生成された酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼であって、酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、(1)式で定義する酸化皮膜の欠陥率が3.0%以下であることを特徴とする溶接部熱影響部の耐食性が改善されたステンレス鋼板。
硫酸:1mol/L,チオシアン酸カリウム:0.01mol/L,液温30℃の水溶液中で、10mV/minの条件でアノード分極し、250mVにおけるアノード電流密度から(1)式で算出される値を皮膜欠陥率とする。
皮膜欠陥率=A/B×100(%) ・・・(1)
A:評価材のアノード電流密度,B:酸洗仕上げ材のアノード電流密度
【請求項2】
C:0.02質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:0.5質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.005質量%以下、Ni:0.5質量%以下、Cr:16〜24質量%、Al:0.05〜1.0質量%、Nb:0.1〜0.5質量%以下、Ti:0.1質量%以下、N:0.02質量%以下、Mo:2.0質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する、請求項1のフェライト単相系ステンレス鋼板。
【請求項3】
水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min以上で雰囲気ガスの露点を−60〜−50℃の条件で熱処理することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載のフェライト単相系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min未満で600℃から到達温度までの平均昇温速度が(2)式を満足し,雰囲気ガスの露点を−60〜−50℃の条件で熱処理することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフェライト単相系ステンレス鋼板の製造方法。
V≦0.2×T ・・・(2)
V:昇温速度(℃/min),T:到達温度(℃)
【請求項1】
窒素と水素の混合ガス雰囲気中の熱処理により生成された酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼であって、酸化皮膜の厚みが15nm以上、酸化皮膜中のAlの濃度がAl,Si,Mn,Cr,Feの原子比率において50原子%以上であるとともに、(1)式で定義する酸化皮膜の欠陥率が3.0%以下であることを特徴とする溶接部熱影響部の耐食性が改善されたステンレス鋼板。
硫酸:1mol/L,チオシアン酸カリウム:0.01mol/L,液温30℃の水溶液中で、10mV/minの条件でアノード分極し、250mVにおけるアノード電流密度から(1)式で算出される値を皮膜欠陥率とする。
皮膜欠陥率=A/B×100(%) ・・・(1)
A:評価材のアノード電流密度,B:酸洗仕上げ材のアノード電流密度
【請求項2】
C:0.02質量%以下、Si:1.0質量%以下、Mn:0.5質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.005質量%以下、Ni:0.5質量%以下、Cr:16〜24質量%、Al:0.05〜1.0質量%、Nb:0.1〜0.5質量%以下、Ti:0.1質量%以下、N:0.02質量%以下、Mo:2.0質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する、請求項1のフェライト単相系ステンレス鋼板。
【請求項3】
水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min以上で雰囲気ガスの露点を−60〜−50℃の条件で熱処理することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載のフェライト単相系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
水素比率60〜90体積%からなる水素と窒素の混合ガス雰囲気中で、温度1000〜1050℃,均熱時間5min未満で600℃から到達温度までの平均昇温速度が(2)式を満足し,雰囲気ガスの露点を−60〜−50℃の条件で熱処理することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフェライト単相系ステンレス鋼板の製造方法。
V≦0.2×T ・・・(2)
V:昇温速度(℃/min),T:到達温度(℃)
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2011−190523(P2011−190523A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60161(P2010−60161)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】
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