説明

溶接熱影響部の靱性に優れた鋼材およびその製造方法

【課題】入熱量が50kJ/mm以上の大入熱溶接を行なった場合であってもHAZ靱性に優れた鋼材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】(a)全酸化物系介在物の組成を測定して単独酸化物に質量換算したとき、ZrO2:5〜50%、REMの酸化物:5〜50%、CaO:50%以下(0%を含まない)を満足し、且つ、(b)全介在物のうち、円相当直径が0.1〜2μmの介在物が120個/mm2以上、3μm超の酸化物が5.0個/mm2以下、5μm超の酸化物が5.0個/mm2以下であり、全介在物の組成を測定したとき、全介在物の個数に対して、(c−1)REMとZrのモル比が0.6〜1.4を満足するREMおよびZr含有介在物Iの個数割合が30%以上であるか、および/または(c−2)REMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比が0.5〜1.2を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物IIの個数割合が40%以上を満足する鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、橋梁や高層建造物、船舶などに使用される鋼材に関するものであり、特に、溶接したときに熱影響を受ける部位(以下、「溶接熱影響部」または「HAZ」ということがある。)の靱性に優れた鋼材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
橋梁や高層建造物、船舶などに使用される鋼材に要求される特性は、近年益々厳しくなっており、とりわけ良好な靱性が求められている。これらの鋼材は、一般的に溶接して接合されることが多いが、溶接継手部のうち、特にHAZは溶接時に熱影響を受けて靱性が劣化しやすいという問題がある。この靱性劣化は溶接時の入熱量が大きくなるほど顕著に現れ、その原因は溶接時の入熱量が大きくなるとHAZの冷却速度が遅くなり、焼入性が低下して粗大な島状マルテンサイトを生成することにあると考えられている。従ってHAZの靱性を改善するには、溶接時の入熱量を極力抑えればよいと考えられる。しかしその一方で、溶接作業効率を高めるうえでは、例えばエレクトロガス溶接、エレクトロスラグ溶接、サブマージアーク溶接などの溶接入熱量が50kJ/mm以上の大入熱溶接法の採用が望まれる。
【0003】
そこで本出願人は、大入熱溶接法を採用した場合のHAZ靱性劣化を抑制する鋼材を特許文献1〜3に提案している。これらの鋼材は、粒内フェライト変態の核となる酸化物としてREMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有しているところに特徴がある。上記酸化物は、溶鋼中では液状で存在するため鋼中に微細分散する。しかも上記酸化物は熱的に安定であり、例えば、1400℃レベルの高温に長時間曝されても固溶して消失しないため、HAZ靱性の向上に大きく寄与する。
【0004】
また本出願人は、上記特許文献1を開示した後も一層高いレベルの大入熱溶接時のHAZ靱性に優れた鋼材を提供するための研究を重ねており、その結果、特許文献4に記載の発明を先に提案した。特許文献4では、鋼材中の全酸化物系介在物(粒内フェライト変態の核となる酸化物に限定されず、全ての酸化物を対象とする。)の大きさと個数がHAZ靱性の向上に深く関与しており、特に、円相当直径で5.0μm超の粗大な酸化物を5個以下に低減すれば、入熱量が概ね50kJ/mm程度の大入熱溶接を行なってもHAZ靱性に優れた鋼材が得られることを開示している。このように特許文献4によれば、粗大な酸化物の個数が著しく抑えられているため、上記特許文献1の実施例に開示されたHAZ靱性評価方法よりも大きな入熱量で溶接を行なってもHAZ靱性を高めることができた。具体的には、上記特許文献1では、1400℃の加熱温度で5秒間保持した後800℃から500℃までの温度を300秒で冷却する熱サイクル(入熱条件:1400℃×5秒、冷却時間Tc=300秒)を与え、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)を測定したが、特許文献4では、1400℃の保持時間を30秒間と長くした熱サイクル(入熱条件:1400℃×30秒、冷却時間Tc=300秒)を与えたときの吸収エネルギーを上記と同様にして測定しており、この場合でも良好なHAZ靱性が得られたことを確認している。
【0005】
一方、特許文献5〜7には、上記特許文献1〜4のようにREMの酸化物とZrO2を併用する技術ではないが、溶存酸素量を調整した溶鋼中にREMを添加すれば、約300kJ/cm(約30kJ/mm)を超える大入熱溶接を行なったときのHAZ靱性を向上できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−100213号公報
【特許文献2】特開2007−247004号公報
【特許文献3】特開2007−247005号公報
【特許文献4】特開2009−197267号公報
【特許文献5】特開2003−221643号公報
【特許文献6】特開2003−286540号公報
【特許文献7】特開2002−363687号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、特に入熱量が50kJ/mm以上の大入熱溶接を行なった場合であってもHAZ靱性に優れた鋼材およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決することのできた本発明に係る溶接熱影響部の靱性に優れた鋼材は、C:0.02〜0.15%(質量%の意味。以下成分について同じ。)、Si:0.5%以下(0%を含まない)、Mn:2.5%以下(0%を含まない)、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含まない)、Al:0.050%以下(0%を含まない)、N:0.010%以下(0%を含まない)、Ti:0.005〜0.10%、Zr:0.0005〜0.050%、REM:0.0003〜0.015%、Ca:0.0003〜0.010%、およびO:0.0005〜0.010%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼材である。そして、(a)前記鋼材に含まれる全酸化物系介在物の組成を測定して単独酸化物に質量換算したとき、平均組成で、ZrO2:5〜50%、REMの酸化物(REMをMの記号で表すとM23):5〜50%、CaO:50%以下(0%を含まない)を満足し、且つ、(b)前記鋼材に含まれる全介在物のうち、円相当直径で0.1〜2μmの介在物が観察視野面積1mm2あたり120個以上で、円相当直径で3μm超の酸化物が観察視野面積1mm2あたり5.0個以下で、円相当直径で5μm超の酸化物が観察視野面積1mm2あたり5.0個以下であり、(c−1)前記鋼材に含まれる全介在物の組成を測定したとき、全介在物の個数に対して、REMとZrのモル比(REM/Zr)が0.6〜1.4を満足するREMおよびZr含有介在物Iの個数割合が30%以上であるか、および/または(c−2)前記鋼材に含まれる全介在物の組成を測定したとき、全介在物の個数に対して、REMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比[(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)]が0.5〜1.2を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物IIの個数割合が40%以上である点に要旨を有している。
【0009】
上記鋼材は、更に他の元素として、
[1]Cu:2%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.5%以下(0%を含まない)、
[2]Cr:3%以下(0%を含まない)および/またはMo:1%以下(0%を含まない)、
[3]Nb:0.25%以下(0%を含まない)および/またはV:0.1%以下(0%を含まない)、
[4]B:0.005%以下(0%を含まない)
等の元素を含有してもよい。
【0010】
本発明の上記鋼材は、溶存酸素量QOfを0.0003〜0.01質量%の範囲に調整した溶鋼にREMを添加するにあたり、前記溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMが下記(1)式を満足する量のREMを添加すると共に、上記範囲に溶存酸素量QOfを調整した溶鋼に、REM、Zr、Ti、Ca、およびAlを添加するにあたり、REMおよびZrをa群元素、Ti、Ca、およびAlをb群元素としたとき、各元素の添加条件が下記(2)および/または下記(3)を満足することによって製造できる。
2logQREM+3logQOf≦−12.00 ・・・(1)
(2)前記a群元素について、REMとZrを同時に添加するか、またはREMとZrのうち一方の元素を添加してから5分以内に他方の元素を添加する。
(3)前記a群元素の添加前および/または添加後に前記b群元素を添加することとし、前記a群元素の添加前に前記b群元素を添加する場合について、前記b群元素のうち最初の元素の添加開始時点から前記a群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間をt1(分)、前記a群元素の添加後に前記b群元素を添加する場合について、前記a群元素のうち最後の元素の添加開始時点から前記b群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間をt2(分)とし、前記t1と前記t2の合計を3分以上とする。(0≦t1、0≦t2、但し、t1およびt2は0ではない。)
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、粒内α変態(αはフェライト、或いはフェライトおよびベイナイトの混合組織を意味する。以下同じ。)の核となる酸化物(Zr、REM、およびCaを含有する酸化物)が所定量生成されていると共に、鋼材中に存在する介在物および酸化物の大きさと個数(即ち、粒度分布)、並びに全介在物の個数に対して所定の元素を特定の関係で含有する介在物の個数割合が適切に制御されているため、大入熱溶接時のHAZ靱性に優れた鋼材を提供することができる。特に本発明の鋼材では、HAZ靱性向上に有用な円相当直径が0.1〜2μmの微細な介在物が所定量以上存在するだけでなく、HAZ靱性向上に悪影響を及ぼすことが明らかになった円相当直径が3μm超の粗大な酸化物および円相当直径が5μm超の超粗大な酸化物の両方の個数が有意に抑制されており、しかも全介在物の個数に対して、REMとZrのモル比が所定の関係を満足するREMおよびZr含有介在物Iの個数割合および/またはREMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比が特定の関係を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物IIの個数割合を所定量以上としているため、上記特許文献4の実施例に開示されたHAZ靱性評価方法よりも大きな入熱量で溶接を行ってもHAZ靱性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、a群元素の添加前後においてb群元素を添加したときの元素の添加順の一例を示している。
【図2】図2は、本発明で規定する(1)式の左辺の値(Z値)と円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数との関係を示すグラフである。
【図3】図3は、円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数と−40℃における吸収エネルギー(vE-40)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、上記特許文献1〜4に開示された粒内α変態の核となる酸化物を利用した技術を改良し、より大きな入熱量で溶接を行ってもHAZ靱性が劣化しない鋼材を得るための技術に関するものである。
【0014】
即ち、本発明者らは、上記特許文献4を提案した後も更に一層高いレベルの大入熱溶接時のHAZ靱性に優れた鋼材を提供するため研究を進めてきた。その結果、特許文献4よりも更に大入熱量の条件である「1450℃の加熱温度で5秒間保持した後800℃から500℃までの温度を400秒で冷却する熱サイクル」(入熱条件:1450℃×5秒、冷却時間Tc=400秒)を与えた場合でもHAZ靱性に優れた鋼材を提供するには、特許文献4のように円相当直径で5.0μm超の酸化物を5個以下に低減するだけでは不充分であり、特許文献4を含め従来では全く着目されていなかった3.0μm超の酸化物の個数を低減すること、および鋼材に含まれる全介在物の組成を測定したとき、鋼材に含まれる全介在物の個数に対して、REMとZrのモル比(REM/Zr)が0.6〜1.4を満足するREMおよびZr含有介在物Iの個数割合が30%以上であるか、REMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比[(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)]が0.5〜1.2を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物IIの個数割合が40%以上であることが極めて重要であることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
このように本発明の特徴部分は、
(ア)HAZ靱性向上に有用な円相当直径0.1〜2μmの微細な介在物の個数を増大させる(120個/mm2以上)と共に、
(イ)HAZ靱性向上に悪影響を及ぼす円相当直径5μm超の酸化物の個数を低減させ(5.0個/mm2以下)、更に、
(ウ)本発明においてHAZ靱性向上に悪影響を及ぼすことが初めて明らかになった円相当直径3μm超の酸化物の個数も低減させ(5.0個/mm2以下)、並びに
(エ)鋼材に含まれる全介在物の組成を測定したとき、鋼材に含まれる全介在物の個数に対して、REMとZrのモル比(REM/Zr)が0.6〜1.4を満足するREMおよびZr含有介在物Iの個数割合が30%以上であるか、鋼材に含まれる全介在物の個数に対して、REMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比[(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)]が0.5〜1.2を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物IIの個数割合が40%以上であるところにある。
【0016】
このような特徴部分を備えることによって、上記特許文献4よりも一層大きな入熱量で溶接を行ってもHAZ靱性を改善できる。即ち、上記特許文献4との関係で言えば、上記(ア)および(イ)に加え、上記(ウ)および(エ)を規定したところに本発明の特徴部分が存在する。
【0017】
なお、厳密に言えば、上記(ア)の規定は上記特許文献4とは異なっており、特許文献4では酸化物を対象にして当該酸化物中の微細な個数を制御しているのに対し、本発明では酸化物だけでなく鋼材中に存在する全ての介在物を対象にして当該介在物中の微細な個数を制御している点で相違している。本発明者らの検討結果によれば、良好なHAZ靱性を実現するには、とりわけ円相当直径(以下、単に「粒径」と略記する場合がある。)が大きい酸化物(本発明では、3μm超の酸化物と5μm超の酸化物の両方)の寄与度が非常に大きいことが明らかになった。そしてこの大きい酸化物が生成しないように制御すれば、粒径0.1〜2μmの小さい介在物については、これを酸化物に限定せずに、全介在物に拡げても所望の特性を確保できるのである。
【0018】
また、上記(ウ)の要件を具備させるには、上記特許文献4や前述した特許文献5〜7のように、REM添加前の溶鋼中の溶存酸素量を制御するだけでは不充分であり、当該溶鋼中の溶存酸素量QOfに応じてREMの添加量QREMを適切に制御することが極めて重要であることも判明した。詳細には、REM添加前の溶鋼の溶存酸素量QOfに応じて、下記(1)式を満足する量のREM(QREM)を添加する。これにより、所望とするHAZ靱性の実現に悪影響を及ぼす粒径が大きいREM系酸化物の生成を抑制することができる。下記(1)式の技術的意義などの詳細は後述する。
2logQREM+3logQOf≦−12.00 ・・・(1)
【0019】
更に、上記(エ)の要件うち、上記介在物Iの個数割合についての要件を具備させるには、REMとZrの添加順序、およびこれらの元素の添加間隔時間に留意する必要があり、溶存酸素量QOfを調整した溶鋼にREMを添加するにあたり、REMとZrを同時に添加するか、またはREMとZrのうち一方の元素を添加してから他方の元素を添加するまでの時間を5分以内に制御することが重要であることが明らかとなった。
【0020】
また、上記(エ)の要件うち、上記介在物IIの個数割合についての要件を具備させるには、REM、Zr、Ti、Ca、およびAlの添加条件を適切に制御することが重要であることが明らかとなった。詳細には、REM、Zr、Ti、Ca、およびAlをa群(REMおよびZr)とb群(Ti、Ca、およびAl)に分けたときの各群の添加順序、および群同士の添加間隔時間に留意する必要がある。
【0021】
上記(エ)の要件の技術的意義についても詳細は後述する。
【0022】
本明細書では、粒内α変態の核となる酸化物、即ち、Zr、REM、およびCaを含有する酸化物と、鋼材中に含まれるすべての酸化物を区別するため、説明の便宜上、前者を特に「Zr・REM・Ca系酸化物」と呼び、後者を特に「全酸化物系介在物」と呼ぶ場合がある。なお、酸化物には、単独酸化物の他、酸化物以外の介在物(例えば、硫化物や窒化物、炭化物、或いはこれらの複合化合物)が複合している複合酸化物も含む意味である。また、上記のZr・REM・Ca系酸化物を構成する必須成分(Zr、REM、およびCa)を、特に「粒内α変態核生成元素」と呼ぶ場合がある。
【0023】
ここで、粒内α変態の起点となるZr・REM・Ca系酸化物について説明する。上記Zr・REM・Ca系酸化物は、Zrの酸化物、REMの酸化物、およびCaの酸化物を必ず含んでいるものを意味している。Zr・REM・Ca系酸化物を構成する元素(粒内α変態核生成元素)は、Zr、REM、およびCaであるが、これら以外に、例えば、Ti、Mn、Si、Alなどの酸化物形成元素や、その他の鋼中成分を含んでいても良い。
【0024】
上記Zr・REM・Ca系酸化物の存在形態は特に限定されず、粒内α変態核生成元素を単独で含有する単独酸化物として存在していても良いし、粒内α変態核生成元素の2種以上を含む複合酸化物として存在していても良い。単独酸化物の例としては、ZrではZrO2;CaではCaO;REMでは、REMを「M」の記号で表したとき、M23、M35、MO2などが例示される。また、これらの酸化物は、互いに凝集して存在しても良いし、上記酸化物に硫化物や窒化物などの他の化合物が複合析出した形態で存在しても良い。
【0025】
上記Zr・REM・Ca系酸化物は、Tiの酸化物を更に含有していることが好ましい。Tiの酸化物が更に存在すると粒内α変態が促進され、HAZ靱性の向上が一層高められるようになる。Tiの酸化物は、単独酸化物(例えば、Ti23、Ti35、TiO2)として存在していても良いし、Zr・REM・Ca系酸化物の少なくとも一種とTiとを含む複合酸化物の形態で存在していても良い。
【0026】
また、本発明の鋼材には、上記の酸化物以外に硫化物、窒化物、炭化物、或いはこれらの複合化合物等も含まれるが、本明細書では、鋼材中に含まれる酸化物、硫化物、窒化物、炭化物、或いはこれらの複合化合物等を総称して「全介在物」と呼ぶ。
【0027】
また、本明細書では、鋼材に含まれる全酸化物系介在物のうち、円相当直径が0.1〜2μmの酸化物を「微細な酸化物」、円相当直径が3μm超の酸化物を「粗大な酸化物」、円相当直径が5μm超の酸化物を「超粗大な酸化物」と夫々呼び、これらを区別する場合がある。なお、上記特許文献4では、円相当直径で5μm超の酸化物を「粗大な酸化物」と定義していたが、本明細書では、円相当直径で3μm超の酸化物を「粗大な酸化物」としている。
【0028】
本明細書において「大入熱溶接のHAZ靱性に優れた鋼材」とは、鋼材に対し、1450℃で5秒間保持した後、800℃から500℃までの温度を400秒で冷却する熱サイクル(熱履歴)を与えたとき(入熱条件:1450℃×5秒、冷却時間Tc=400秒)、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)が130J以上を満足するものを意味する。このvE-40は大きい程良く、好ましくはvE-40が150J以上である。上記の熱サイクルを特に「大入熱熱履歴」と呼ぶ場合がある。この熱サイクルによる入熱量は、上記特許文献1や特許文献4に記載の熱サイクルによる入熱量に比べて高いものであり、その意味で、本発明の「大入熱溶接」と、上記特許文献1や特許文献4に記載の「大入熱溶接」の入熱レベルが相違するものである。
【0029】
本発明において、熱サイクルの温度を1450℃に設定したのは、HAZのうち特に溶接金属に近接した部位(ボンド部と呼ばれることがある。)の熱温度は1400℃を超えて概ね1450℃程度になることを考慮したものである。
【0030】
以下、本発明を構成する上記(a)〜(c)の要件について、詳しく説明する。
【0031】
[(a)酸化物の平均組成について]
本発明の鋼材は、鋼材に含まれる全酸化物系介在物の組成を測定して単独酸化物(合計が100%)として質量換算したときに、平均組成で、ZrO2:5〜50%、REMの酸化物(REMをMの記号で表すとM23):5〜50%、CaO:50%以下(0%を含まない)、を満足しており、これにより粒内α変態の核として有効に作用するようになる。各酸化物の下限値を下回ると、溶接時に粒内α変態の核となる酸化物の量が不足し、HAZ靱性の向上作用が発揮されない。一方、各酸化物の上限値を超えると、酸化物が粗大化し、粒内α変態の核として有効に作用する微細な酸化物の個数が少なくなり、HAZ靱性向上作用が有効に発揮されない。
【0032】
上記ZrO2は、5%以上であり、好ましくは8%以上、より好ましくは10%以上である。一方、上限は50%であり、好ましい上限は45%、より好ましい上限は40%である。
【0033】
上記REMの酸化物は、5%以上であり、好ましくは10%以上、より好ましくは13%以上である。一方、上限は50%であり、好ましい上限は45%、より好ましい上限は40%である。なお、REMの酸化物は、REMを記号Mで表すと、鋼材中にM23、M35、MO2などの形態で存在するが、本発明では、REMの酸化物をすべてM23に換算したときの量を意味する。
【0034】
上記CaOは、粒内α変態の核として有効に作用するが、過剰に含まれると却って粒内α変態能が劣化する。また、CaOが過剰に含まれると鋳造時に用いるノズルの溶損を引き起こす。従って上限は50%とし、好ましくは45%以下、より好ましくは40%以下、特に好ましくは30%以下とする。上記作用を有効に発揮させるには、CaOは、3%以上含有していることが好ましい。CaOは、より好ましくは5%以上、更に好ましくは10%以上とする。
【0035】
なお、全酸化物系介在物の組成の残りの成分は特に限定されず、本発明の鋼材中に含まれる酸化物形成元素の酸化物(例えば、SiO2、Al23、MnOなど)が挙げられる。
【0036】
上記鋼材に含まれる全酸化物系介在物の組成は、鋼材の表面を例えば電子線マイクロプローブX線分析計(Electron Probe X-ray Micro Analyzer;EPMA)で観察し、観察視野内に認められる酸化物を定量分析して測定できる。測定条件の詳細は、後記する実施例の欄で説明する。
【0037】
[(b)全介在物の粒度分布について]
次に、本発明を特徴付ける全介在物の個数と大きさについて説明する。本発明の鋼材は、
(i)円相当直径で0.1〜2μmの微細な介在物が観察視野面積1mm2あたり120個以上で、
(ii)円相当直径で3μmを超える粗大な酸化物が観察視野面積1mm2あたり5.0個以下で、且つ、
(iii)円相当直径で5μmを超える超粗大な酸化物が観察視野面積1mm2あたり5.0個以下
のすべてを満足するものである。特に本発明では、円相当直径(粒径)が大きな酸化物について、上記(ii)および上記(iii)の両方を規定したところに最大の特徴がある。
【0038】
ここで、上記(ii)および上記(iii)の要件を両方満足するということは、とりもなおさず、粒径が3μm超5μm以下の酸化物の個数が5.0個以下と少ないことを意味している。即ち、本発明による大入熱熱履歴を受けた場合でもvE-40≧130Jと非常に高いHAZ靱性を確保するには、上記特許文献4では全く着目していなかった「粒径3μm超5μm以下」の酸化物の低減が極めて重要であり、当該範囲の酸化物の個数を制御できない場合は、当該酸化物が脆性破壊の起点となってHAZ靱性が劣化することが、本発明者らの検討結果によって初めて明らかになった。
【0039】
以下、実施例の下記表5、表6を参照しながら、上記(ii)および上記(iii)の技術的意義を詳しく説明する。
【0040】
下記表5のNo.1〜32は、本発明で規定する要件をすべて満足する例である。上記(ii)および上記(iii)に着目して検討すると、No.1〜32のうち5μm超の酸化物数が最も多いNo.5(1.440個)でも3μm超の酸化物数は4.64個に抑えられており、その結果、良好なHAZ靱性を確保できている。
【0041】
一方、下記表6のNo.35〜38、49、53、54、61は、上記(iii)の要件を満足するが、上記(ii)の要件を満足しない例である。詳細には、5μm超の酸化物は0.440〜2.250個と、5.0個以下に抑えられているが、3μm超の酸化物は5.0個を超え、5.71〜10.65個と増加しており、その結果、所望のHAZ靱性が得られなかった。
【0042】
ここで、上記No.35〜38、49、53、54、61は、上記(iii)の要件を満足するという点において上記特許文献4の範囲に含まれるものであるが、特許文献4の範囲内に含まれるものであっても、上記(ii)の要件を満足しないものは、本発明で規定する所望のHAZ靱性を達成できないことが分かる。そこで本発明では、上記(iii)の他に所望のHAZ靱性を確保するための要件として、上記(ii)を更に規定した次第である。
【0043】
また、上記(ii)および上記(iii)の要件から、所望のHAZ靱性達成には、特に3μm超5μm以下の酸化物の個数が深く関与していることが読み取れる。即ち、製造条件によっては3μm超5μm以下の極く狭い範囲に酸化物が5.0個を超えて存在することがあるが、たとえ、上記(i)の微細領域の個数を多数増大させて上記(iii)の超粗大領域の個数を低減したとしても、3μm超5μm以下の粗大領域に5.0個超の酸化物が存在するだけで、所望のHAZ靱性が得られないことは、本発明者らにとっても予想外の知見であった。
【0044】
上記(ii)および上記(iii)の両方を満足させることによって何故所望のHAZ靱性を確保できるのかについて、詳細なメカニズムは不明であるが、1400℃を超えて1450℃になるとTiNの消失が加速的に進行して靱性が低下する。しかし3μm超5μm以下の酸化物を低減することで、このような靱性低下を抑えられると考えられる。
【0045】
上述したように本発明では上記(ii)および上記(iii)の要件を同時に満足することが必要である。即ち、粒径が3μm超の粗大な酸化物の個数は5.0個以下とし、且つ、粒径が5μm超の超粗大な酸化物の個数は5.0個以下とする。これらの個数は少なければ少ない程良く、いずれの場合も、好ましくは3.0個以下、より好ましくは2.0個以下、特に好ましくは1.0個以下、最も好ましくは0個である。詳細には、両者のバランスも含めて適切に制御することが好ましく、本発明の範囲内(いずれも5.0個以下)において、粒径が3μm超の粗大な酸化物よりも粒径が5μm超の超粗大な酸化物の個数を少なくすることが好ましい。具体的には、超粗大な酸化物の個数は下限(0個)に近づく程良く、おおむね1.0個以下が好ましく、限りなく0個に近い方が最も好ましいのに対し、粗大な酸化物の個数は、上限(5.0個)に近くても良く、おおむね4.0個以下でも好ましく用いられる。
【0046】
なお、円相当直径で3μmを超える酸化物の個数と5μmを超える酸化物の個数は、鋼材の断面を、例えば、EPMAで観察し、観察視野内に認められる介在物の成分組成を定量分析し、酸素含有量が5%以上の介在物を酸化物とし、該酸化物の円相当直径を、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して測定して求めればよい。
【0047】
以上、本発明を特徴付ける上記(ii)および上記(iii)について詳述した。
【0048】
本発明の鋼材においては、上記(i)で規定するように、円相当直径が0.1〜2μmの微細な介在物を観察視野面積1mm2あたり120個以上とする必要がある。微細な介在物の個数は観察視野面積1mm2あたり120個以上とし、好ましくは1mm2あたり200個以上、より好ましくは1mm2あたり500個以上、更に好ましくは1mm2あたり700個以上である。
【0049】
なお、円相当直径で0.1〜2μmの微細な介在物の個数は、鋼材の断面を、例えば、SEMで観察して測定して求めればよい。
【0050】
本発明の鋼材では、円相当直径で0.1μm未満の介在物は、介在物分散によるHAZ靱性向上作用に殆ど寄与しないため、上記介在物の個数には含めていない。
【0051】
上記「円相当直径」とは、介在物(酸化物を含む)の面積が等しくなる様に想定した円の直径であり、SEM観察面上で認められるものである。
【0052】
[(c)REM/Zr比が0.6〜1.4を満足するREMおよびZr含有介在物Iの個数割合、および(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)比が0.5〜1.2を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物IIの個数割合について]
本発明の鋼材は、全介在物の個数と大きさが適切に調整されているのに加えて、鋼材に含まれる全介在物の組成を測定したとき、全介在物の個数に対して、
(c−1)REMとZrのモル比(REM/Zr)が0.6〜1.4を満足するREMおよびZr含有介在物I(以下、単に、介在物Iということがある)の個数割合が30%以上であるか、
(c−2)REMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比[(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)]が0.5〜1.2を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物II(以下、単に、介在物IIということがある)の個数割合が40%以上であることにより、HAZ靱性が一層高められるようになる。
【0053】
上記(c−1)および(c−2)の要件は、少なくともいずれか一方を満足していればよく、勿論両方を満足していてもよい。
【0054】
上記(c−1)の要件は、粒内α変態核生成元素(REM、Zr、およびCa)のうち、REMおよびZrを含有する介在物について、所望とするHAZ靱性を実現するためのREM/Zrのモル比および上記介在物Iの個数割合を特定したものである。一方、上記(c−2)の要件は、粒内α変態核生成元素(Zr、REM、およびCa)、および介在物を構成する他の元素(TiおよびAl)を含有する介在物について、所望とするHAZ靱性を実現するための(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)のモル比および上記介在物IIの個数割合を特定したものである。
【0055】
即ち、後記する実施例で明らかにするように、上記(a)、(b)の要件がほぼ同じであっても鋼材の靱性値にバラツキが生じることが判明した。つまり、上記(a)、(b)で規定するように、酸化物の平均組成および介在物の大きさと粒度分布を制御することによって、大入熱量で溶接を行っても−40℃における吸収エネルギー(vE-40)は100J以上を達成できるが、上記(a)、(b)に加えて上記(c−1)で規定する介在物Iの個数割合および/または上記(c−2)で規定する介在物IIの個数割合を制御することによって、vE-40は130J以上を達成できる。
【0056】
上記(c−1)について、例えば、下記表5に示すNo.2と下記表6に示すNo.33は、上述した(b)の全介在物の粒度分布はおおむね同じであるにもかかわらず、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)には42Jの差が生じていた。そこで本発明者らが更に検討を重ねた結果、介在物を構成するREMおよびZrについて、Zrに対するREMのモル比(REM/Zr)が0.6〜1.4を満足する介在物Iの全介在物に対する個数割合が30%以上に制御されたもの(上記No.2)は、粒内α変態能に優れており、HAZ靱性が良好であるが、上記比を満足する介在物Iの個数割合が30%未満のもの(上記No.33)では所望のHAZ靱性を確保できないことが分かった。REMとZrは、粒内α変態の核となる酸化物を生成させる元素であり、全介在物に対する上記介在物Iの個数割合と、HAZ靱性との関係は、良好な相関関係を有していることが判明し、上記(c−1)の要件を規定した。即ち、REM/Zr比が0.6を下回るか、REM/Zr比が1.4を超える介在物に比べると、REM/Zr比が0.6〜1.4を満足している介在物Iは、粒内α変態能に優れているため、HAZにおける金属組織を一段と微細化し、HAZ靱性を向上するのに寄与することが分かった。
【0057】
そして、全介在物の個数に対する上記介在物Iの個数割合を30%以上とすることによって、大入熱量で溶接を行っても−40℃における吸収エネルギー(vE-40)は130J以上を達成できる。全介在物の個数に対する上記介在物Iの個数割合は多い程良く、好ましくは40%以上、より好ましくは50%以上である。上記介在物Iの個数割合は多いほどよく、最も好ましくは100%である。
【0058】
上記(c−2)についても上記(c−1)と同様であり、例えば、下記表5に示すNo.17と下記表6に示すNo.51は、上述した(b)の全介在物の粒度分布はおおむね同じであるにもかかわらず、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)には36Jの差が生じていた。そこで本発明者らが更に検討を重ねた結果、介在物を構成するREM、Zr、Ti、Ca、およびAlについて、REMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比[(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)]が0.5〜1.2を満足する介在物IIの全介在物に対する個数割合が40%以上に制御されたもの(上記No.17)は、粒内α変態が促進され、HAZ靱性が良好になるが、上記比を満足する介在物IIの個数割合が40%未満のもの(上記No.51)では所望のHAZ靱性を確保できないことが分かった。
【0059】
(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)比が上記範囲を満足している介在物IIは、粒内α変態の核となる元素のうちREMとZrが、介在物を構成する他の元素(Al、Ca、Ti)との関係で適切に制御されているため、粒内α変態が促進され、HAZにおける金属組織が一段と微細化するため、HAZ靱性が向上する。
【0060】
即ち、鋼中に分散している介在物の成分組成とHAZ靱性との関係について検討したところ、HAZにおいて粒内αを生成させることによって金属組織を微細化するには、粒内α変態の核となる介在物自体が、α相と良好な整合性を有していなければならない。α相との整合性が良好な介在物としては、REMとZrに加えてTiを含有する介在物が有効であることが本発明者らの実験により明らかになった。しかしREM、Zr、およびTiを含有する介在物を起点として生成した粒内αが、その後のオーステナイト相中で成長するには、REM、Zr、およびTiを含有する介在物自体とオーステナイト相との整合性も良好であることが望まれる。そこで本発明者らは、REM、Zr、およびTiを含有する介在物と、オーステナイト相との整合性を改善するために更に検討したところ、介在物の融点を制御してやれば、粒内α変態を制御できるとの知見が得られた。即ち、溶接時に、介在物がオーステナイト相中で一旦溶融すれば、溶融した介在物とオーステナイト相との親和性が良好となり、冷却過程において介在物は周囲のオーステナイト相と整合性を保ちつつ結晶化される。更に温度が低下するとα相が生成し始めるが、それはαとの整合性が良好な介在物から優先的に生成し、介在物から生成したαはオーステナイトとも整合性が良好であるため、粒内α変態が促進され、結晶の微細化によるHAZ靱性の向上効果が享受される。
【0061】
そこで本発明者らは、REM、Zr、およびTiを含有する介在物について、融点が低くなる成分組成領域を見出すために、高温レーザー顕微鏡を用いて介在物の融点挙動を調査した。その結果、REM、Zr、およびTiを含有する介在物の融点は、CaとAlの含有量に影響を受け、これらの元素のモル数換算に基づく(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)比が0.5〜1.2の範囲である場合には、介在物の融点が局所的に低下し、粒内α変態能が高まることが判明した。
【0062】
即ち、(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)比が0.5を下回るか、(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)比が1.2を超える介在物に比べると、(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)が0.5〜1.2を満足している介在物IIは、粒内α変態能に優れているため、HAZにおける金属組織を一段と微細化し、HAZ靱性を向上するのに寄与することが分かった。
【0063】
上記鋼材に含まれる介在物の組成は、鋼材の断面を、例えば、EPMAで観察し、観察視野内に認められる介在物の成分組成を定量分析して求めればよく、鋼材に含まれる全介在物の組成を測定した後、全介在物の個数に占める上記介在物Iの個数割合および上記介在物IIの個数割合を求めればよい。なお、本発明の鋼材では、円相当直径が0.1μm以上の介在物についてその組成を定量分析する。円相当直径が0.1μm未満の介在物は、小さ過ぎて精度良く定量分析できないからである。
【0064】
次に、本発明の鋼材(母材)における成分組成について説明する。本発明の鋼材は、基本成分として、C:0.02〜0.15%、Si:0.5%以下(0%を含まない)、Mn:2.5%以下(0%を含まない)、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含まない)、Al:0.050%以下(0%を含まない)、N:0.010%以下(0%を含まない)、Ti:0.005〜0.10%、Zr:0.0005〜0.050%、REM:0.0003〜0.015%、およびCa:0.0003〜0.010%を含有している。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
【0065】
Cは、鋼材(母材)の強度を確保するために欠くことのできない元素であり、0.02%以上含有させる必要がある。C量は、好ましくは0.04%以上、より好ましくは0.05%以上とする。しかしC量が0.15%を超えると、溶接時にHAZに島状マルテンサイト(MA)が多く生成してHAZの靱性劣化を招くばかりでなく、溶接性にも悪影響を及ぼす。従ってC量は0.15%以下、好ましくは0.10%以下、より好ましくは0.08%以下とする。
【0066】
Siは、脱酸作用を有すると共に、固溶強化により鋼材(母材)の強度向上に寄与する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Siは、0.01%以上含有させることが好ましい。Siは、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.1%以上含有させるのがよい。しかしSi量が0.5%を超えると、鋼材の溶接性や靱性が劣化するため、Si量は0.5%以下に抑える必要がある。Si量は、好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.25%以下、更に好ましくは0.21%以下とする。
【0067】
Mnは、鋼材(母材)の強度向上に寄与する元素である。しかしMn量が2.5%を超えると、鋼材(母材)の溶接性を劣化させる。従ってMn量は、2.5%以下に抑える必要がある。Mn量は、好ましくは2.30%以下、より好ましくは2.0%以下とする。なお、上述した効果を有効に発揮させるには、Mnは、0.2%以上含有させることが好ましい。Mn量は、より好ましくは0.40%以上、更に好ましくは0.60%以上、特に好ましくは0.8%以上とする。
【0068】
Pは、偏析し易い元素であり、特に鋼材中の結晶粒界に偏析してHAZ靱性を劣化させる。従ってP量は0.03%以下に抑制する必要がある。P量は、好ましくは0.02%以下、より好ましくは0.015%以下とする。なお、Pは、通常、不可避的に0.001%程度含有している。
【0069】
Sは、Mnと結合して硫化物(MnS)を生成し、母材の靱性や板厚方向の延性を劣化させる有害な元素である。また、SがLaやCeなどのREMと結合してREMの硫化物(例えば、LaSやCeSなど)を生成すると、REMの酸化物の生成が阻害されるため、HAZ靱性が劣化する。従ってS量は0.02%以下に抑制する必要がある。S量は、好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.010%以下、更に好ましくは0.006%以下とする。なお、Sは、通常、不可避的に0.0005%程度含有している。
【0070】
Alは、脱酸剤として作用する元素である。しかし過剰に添加すると酸化物を還元して粗大なAl酸化物を形成し、HAZ靱性が劣化する。従ってAl量は0.050%以下に抑える必要がある。Al量は、好ましくは0.04%以下、より好ましくは0.03%以下、更に好ましくは0.025%以下、特に好ましくは0.010%以下とする。なお、Alは、通常、不可避的に0.0005%程度含有している。
【0071】
Nは、窒化物(例えば、ZrNやTiNなど)を析出する元素であり、該窒化物は、ピン止め効果により、溶接時にHAZに生成するオーステナイト粒の粗大化を防止して粒内α変態を促進し、HAZ靱性の向上に寄与する。Nは多いほど窒化物を形成してオーステナイト粒の微細化を促進するため、HAZの靱性向上に有効に作用する。しかしN量が0.010%を超えると、固溶N量が増大して母材自体の靱性が劣化し、HAZ靱性も低下する。従ってN量は0.010%以下に抑える必要がある。N量は、好ましくは0.0090%以下、より好ましくは0.008%以下とする。なお、上述した効果を有効に発揮させるには、Nは0.003%以上含有させることが好ましい。N量は、より好ましくは0.004%以上、更に好ましくは0.005%以上とする。
【0072】
Tiは、鋼材中にTiNなどの窒化物や、Tiを含む酸化物を生成し、HAZ靱性の向上に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるには、Tiは0.005%以上含有させる必要がある。Ti量は、好ましくは0.007%以上、より好ましくは0.010%以上である。しかし過剰に添加するとTiの固溶強化によって母材自体が硬化し、HAZ靱性の低下に繋がるため、Tiは0.10%以下に抑えるべきである。Ti量は、好ましくは0.07%以下、より好ましくは0.06%以下とする。
【0073】
Zrは、Zrを含む複合酸化物を生成してHAZ靱性の向上に寄与する元素である。こうした作用を発揮させるには、0.0005%以上含有させる必要がある。Zr量は、好ましくは0.0015%以上、より好ましくは0.0020%以上とする。しかしZrを過剰に添加すると、粗大なZr酸化物(例えば、ZrO2)が多く生成してHAZ靱性が劣化する。従ってZr量は0.050%以下に抑える。Zr量は、好ましくは0.04%以下、より好ましくは0.03%以下、更に好ましくは0.01%以下とする。
【0074】
REM(希土類元素)とCaは、夫々の酸化物を生成させるのに必要な元素である。これらの酸化物を含有することで、酸化物が微細分散し易くなり、この微細分散した酸化物が粒内α変態の核となるため、HAZ靱性の向上に寄与する。
【0075】
REMは、0.0003%以上含有させるべきであり、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.0020%以上とする。しかしREMを過剰に添加すると、固溶REMが生成し、これが偏析することで母材の靱性が劣化する。従ってREM量は0.015%以下に抑えるべきである。REM量は、好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.007%以下とする。なお、本発明において、REMとは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味である。これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有するのがよい。
【0076】
Caは、0.0003%以上含有させるべきであり、好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0008%以上、更に好ましくは0.001%以上とする。しかしCaを過剰に添加すると、粗大なCa硫化物が生成して母材の靱性が劣化する。また、Caを過剰に添加すると、CaOが過剰に生成して高CaO濃度の介在物が生成し、最適介在物組成範囲から逸脱するため、介在物の粒内変態核として作用する効果が弱まり、HAZ靱性が却って劣化する。従ってCa量は、0.010%以下に抑える。Caは、好ましくは0.009%以下、より好ましくは0.008%以下、更に好ましくは0.005%以下とする。
【0077】
本発明の鋼材は、上記元素を必須成分として含有するものであり、O(酸素)量は0.0005〜0.010%である。ここで酸素量は、トータル酸素量を示し、酸化物を形成している酸素と鋼材中に固溶しているフリー酸素の合計量を意味している。鋼材の残部成分は、鉄および不可避不純物(例えば、Mg、As、Seなど)であればよい。
【0078】
本発明の鋼材は、更に他の元素として、
[1]Cu:2%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.5%以下(0%を含まない)、
[2]Cr:3%以下(0%を含まない)および/またはMo:1%以下(0%を含まない)、
[3]Nb:0.25%以下(0%を含まない)および/またはV:0.1%以下(0%を含まない)、
[4]B:0.005%以下(0%を含まない)、
等の元素を含有することも有効である。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
【0079】
《[1]Cuおよび/またはNi》
CuとNiは、いずれも鋼材の強度を高めるのに寄与する元素であり、夫々単独で、或いは複合して添加できる。
【0080】
しかしCu量が2%を超えると、母材の強度を著しく高め過ぎて母材の靱性を却って劣化させるため、HAZ靱性も低下する。従ってCu量は2%以下とすることが好ましい。Cu量は、より好ましくは1.8%以下、更に好ましくは1.5%以下とする。なお、Cu添加による作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。Cu量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.20%以上とする。
【0081】
Ni量が3.5%を超えると、上記Cuと同様に、母材の強度を著しく高め過ぎて母材の靱性を劣化させるため、HAZ靱性も低下する。従ってNi量は3.5%以下とすることが好ましい。Ni量は、より好ましくは3.0%以下、更に好ましくは2.5%以下とする。なお、Ni添加による作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。Ni量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.2%以上とする。
【0082】
《[2]Crおよび/またはMo》
CrとMoは、いずれも鋼材の強度を高めるのに寄与する元素であり、夫々単独で、或いは複合して添加できる。
【0083】
しかしCrが3%を超えると、母材の強度を著しく高め過ぎて母材の靱性を劣化させるため、HAZ靱性を低下する。従ってCr量は3%以下が好ましい。Cr量は、より好ましくは2%以下、更に好ましくは1.0%以下とする。なお、Cr添加による作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。Cr量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.15%以上とする。
【0084】
MoもCrと同様に、1%を超えると、母材の強度を著しく高め過ぎて母材の靱性を劣化させるため、HAZ靱性を低下する。従ってMo量は1%以下とすることが好ましい。Mo量は、より好ましくは0.9%以下、更に好ましくは0.8%以下である。なお、Mo添加による作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。Mo量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.15%以上とする。
【0085】
《[3]Nbおよび/またはV》
NbとVは、いずれも炭窒化物として析出し、該炭窒化物のピン止め効果により、溶接時にオーステナイト粒が粗大化するのを防止し、HAZ靱性を向上させる作用を有する元素である。NbとVは、夫々単独で、或いは複合して添加することができる。
【0086】
しかしNb量が0.25%を超えると、析出する炭窒化物が粗大化し、HAZ靱性を却って劣化させる。従ってNb量は0.25%以下とすることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.2%以下、更に好ましくは0.15%以下とする。なお、Nb添加による作用を有効に発揮させるには、0.002%以上含有させることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.010%以上、更に好ましくは0.02%以上とする。
【0087】
VもNbと同様に、0.1%を超えると、析出する炭窒化物が粗大化し、HAZ靱性を却って劣化させる。従ってV量は0.1%以下とすることが好ましい。V量は、より好ましくは0.09%以下、更に好ましくは0.08%以下とする。なお、V添加による作用を有効に発揮させるには、0.002%以上含有させることが好ましい。V量は、より好ましくは0.005%以上、更に好ましくは0.01%以上とする。
【0088】
《[4]B(ホウ素)》
Bは、粒界フェライトの生成を抑制して靱性を向上させる元素である。しかしB量が0.005%を超えると、オーステナイト粒界にBNとして析出し、靱性の低下を招く。従ってB量は0.005%以下が好ましい。B量は、より好ましくは0.004%以下、更に好ましくは0.0030%以下とする。なお、B添加による作用を有効に発揮させるには、0.001%以上含有させることが好ましい。B量は、より好ましくは0.0015%以上とする。
【0089】
次に、本発明の鋼材を製造するにあたり、好適に採用できる製造方法について説明する。
【0090】
本発明の鋼材を製造するには、
(1)溶存酸素量QOfを0.0003〜0.01質量%の範囲に調整した溶鋼にREMを添加するにあたり、前記溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMが下記(1)式を満足する量のREMを添加する必要がある。
2logQREM+3logQOf≦−12.00 ・・・(1)
【0091】
また、上記範囲に溶存酸素量QOfを調整した溶鋼に、REM、Zr、Ti、Ca、およびAlを添加するにあたり、REMおよびZrをa群元素、Ti、Ca、およびAlをb群元素としたとき、各元素の添加条件が下記(2)および/または下記(3)を満足することも重要である。
(2)前記a群元素について、REMとZrを同時に添加するか、またはREMとZrのうち一方の元素を添加してから5分以内に他方の元素を添加する。
(3)前記a群元素の添加前および/または添加後に前記b群元素を添加することとし、前記a群元素の添加前に前記b群元素を添加する場合について、前記b群元素のうち最初の元素の添加開始時点から前記a群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間をt1(分)、前記a群元素の添加後に前記b群元素を添加する場合について、前記a群元素のうち最後の元素の添加開始時点から前記b群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間をt2(分)とし、前記t1と前記t2の合計を3分以上とする。(0≦t1、0≦t2、但し、t1およびt2は0ではない。)
以下、詳細に説明する。
【0092】
[(1)溶鋼の溶存酸素量とREMの添加量との関係について]
上記(1)式は、本発明で規定する所望のHAZ靱性を確保するために設定されたものであり、上記(1)式に基づき、溶鋼の溶存酸素量QOfに応じてREMの添加量QREMを適切に添加すれば所望のHAZ靱性を確保できる(後記する実施例を参照)。
【0093】
なお、上記(1)式の左辺の係数は、下記(2)式で示される溶鋼中におけるREMの酸化物の生成反応式に基づく値である。
2REM+3O=REM23 ・・・(2)
【0094】
溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMが上記(1)式を満足するということは、REMの酸化物の生成に関与するREMの添加量QREMを少なく設定したことを意味する。その結果、生成するREMの酸化物の個数も少なくなるため、結果的に、粗大・超粗大な酸化物の個数が本発明の範囲内に低減されることになり、所望のHAZ靱性が確保されるものと思料される。
【0095】
上記Z値が−12.00を超えると、溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMのバランスが悪くなり、REMの添加量QREMが多くなって粗大なREMの酸化物が生成する。その結果、HAZ靱性が低下する。従って、上記Z値を−12.00以下とする。Z値は、好ましくは−12.25以下、より好ましくは−12.50以下、更に好ましくは−12.75以下である。Z値の下限は特に限定されないが、鋼中のREM量などを考慮すると、おおむね、−15程度である。
【0096】
なお、上記特許文献4では、上記(1)式について全く留意していない。そのため、(1)式の関係を満足せず、(1)式の左辺の値(Z値)が−12.00を超えるようにREMの添加量QREMを多くしている場合があった。また、前述した特許文献5〜7には、溶存酸素量QOfを調整した溶鋼にREMを添加することが記載されているもののREMの添加量QREMを溶存酸素量QOfに応じて決定して添加する点については全く考慮されていない。また、上記特許文献5〜7では、REMと、ZrおよびCaを併用することについては記載されていないため、本発明で規定するようにHAZ靱性向上作用を有するZr、REM、およびCaを含有する酸化物(Zr・REM・Ca系酸化物)がそもそも得られていない。
【0097】
次に、上記(1)式を構成するREMの添加量QREMと溶存酸素量QOfについて説明する。
【0098】
まず、上記REMの添加量QREMは、上記の通り、溶存酸素量QOfに応じて適宜添加すれば良い。なお、REMの添加量QREMは、本発明鋼材中に含まれるREM量に比べて多く設定している。これは、鋳造前に添加したREM量は、鋳造過程などで揮発したり、スラグ中に分散するなどし、鋼材中に含まれるREM量が少なくなるからである。
【0099】
また、溶鋼の溶存酸素量QOfは0.0003〜0.01質量%の範囲とする。溶存酸素とは、酸化物を形成しておらず、溶鋼中に存在するフリーな状態の酸素を意味する。即ち、本発明の鋼材を製造するには、まず前提条件として、溶鋼の溶存酸素量QOfを0.0003〜0.01質量%の範囲に調整する。溶鋼の溶存酸素量QOfが0.0003質量%未満では、溶鋼の溶存酸素量QOfが不足するため、粒内α変態の核となるZr・REM・Ca系酸化物を所定量確保できず、HAZ靱性を改善できない。また、溶存酸素量QOfが不足すると、酸化物を形成できなかったZrが炭化物を形成したり、REMやCaが硫化物を形成するため、母材自体の靱性を劣化させる原因となる。従って上記溶存酸素量QOfは、0.0003質量%以上とする。上記溶存酸素量QOfは、好ましくは0.001質量%以上、より好ましくは0.0020質量%以上である。
【0100】
一方、上記溶存酸素量QOfが0.01質量%を超えると、溶鋼の溶存酸素量が多過ぎるため、溶鋼中の酸素と上記元素の反応が激しくなって溶製作業上好ましくないばかりか、粗大な酸化物や超粗大な酸化物を生成してHAZ靱性を却って劣化させる。従って上記溶存酸素量QOfは0.01質量%以下に抑えるべきである。上記溶存酸素量QOfは、好ましくは0.008質量%以下、より好ましくは0.007質量%以下とする。
【0101】
ところで、転炉や電気炉で一次精錬された溶鋼中の溶存酸素量QOfは、通常0.01質量%を超えている。そこで本発明の製造方法では、溶鋼の溶存酸素量QOfを何らかの方法で上記範囲に調整する必要がある。
【0102】
溶鋼の溶存酸素量QOfを調整する方法としては、例えばRH式脱ガス精錬装置を用いて真空脱酸する方法や、Si、Mn、Ti、Alなどの脱酸性元素を添加する方法などが挙げられ、これらの方法を適宜組み合わせて溶存酸素量QOfを調整すれば良い。また、RH式脱ガス精錬装置の代わりに、取鍋加熱式精錬装置や簡易式溶鋼処理設備などを用いて溶存酸素量QOfを調整しても良い。この場合、真空脱酸による溶存酸素量QOfの調整はできないため、溶存酸素量QOfの調整にはSi等の脱酸性元素を添加する方法を採用すれば良い。Si等の脱酸性元素を添加する方法を採用するときは、転炉から取鍋へ出鋼する際に脱酸性元素を添加しても構わない。
【0103】
[(2、3)REM、Zr、Ti、Ca、およびAlの添加順序について]
上記のように溶鋼の溶存酸素量QOfを上記範囲に調整した後は、上記介在物Iの個数割合を前述した(c−1)に規定するように30%以上とするには、REMとZrの添加条件が上記(2)の要件を満足することが重要であり、上記介在物IIの個数割合を前述した(c−2)に規定するように40%以上とするには、REM、Zr、Ti、Ca、およびAlの添加条件が上記(3)の要件を満足することが重要である。従って、添加順序は少なくともいずれか一方を満足していれば良いが、上記介在物Iの個数割合を30%以上とし、上記介在物IIの個数割合を40%以上とするには、上記(2)と(3)の要件を両方満足することが重要である。
【0104】
[(2)REMとZrの添加順序について]
(2)では、a群元素(REM、Zr)の添加順序のみを規定したものであり、これにより介在物Iの個数割合を調整できる。
【0105】
全介在物の個数に対する上記介在物Iの個数割合を増加させるには、溶存酸素量QOfを調整した溶鋼に対して、REMとZrを同時、またはほぼ同時(5分間以内)に添加する必要がある。
【0106】
REMとZrを別々に添加する場合は、REMを添加してからZrを添加してもよいし、Zrを添加してからREMを添加してもよく、いずれの場合でもREM(またはZr)を添加してからZr(またはREM)を添加するまでの間隔を5分間以内とすることが必要である。この間隔は、好ましくは4分間以内であり、より好ましくは3分間以内である。
【0107】
なお、Zr・REM・Ca系酸化物によるHAZ靱性の更なる向上を目的として、b群元素(Ti、Ca、Al)の添加順序にも留意することが好ましい。例えば、Caは、REMおよびZrの後に添加することが推奨される。
【0108】
また、Ti酸化物の微細化によるHAZ靱性の更なる向上を目的として、例えば、Tiは、REMを添加する前に溶鋼に添加することが好ましい。Ti酸化物は、Zr・REM・Ca系酸化物に比べて溶鋼との界面エネルギーが小さいため、溶鋼にZr、REM、およびCaを添加する前にTiを添加することで、Ti酸化物を微細化でき、結果的に、HAZ靱性に寄与する微細な酸化物を生成させることができる。そしてTiを添加した後に、Zr、REM、およびCaを上記のように添加することで、所望とする粒内α変態の核となるZr・REM・Ca系酸化物が得られる。
【0109】
溶存酸素量QOfを調整した溶鋼にTiを添加してからREMを添加した場合でも、後述するように、溶鋼の溶存酸素量QOfに応じてREMの添加量QREMが上記(1)式を満足するようにREMを添加すれば、酸化物の大きさと密度を適切に制御できる。REMより先にTiを添加すると溶鋼の溶存酸素はTiと結合して酸化物を形成するため減少するが、Tiは、REMと比べると酸素と結合し難く、且つTi酸化物は溶鋼との界面エネルギーが小さいため、円相当直径が3μmを超える粗大な酸化物を形成し難いからである。また、TiよりもREMおよびZrの方が、酸素と結合しやすいため、REMおよびZrよりTiを先に添加しても上記介在物を生成させることができる。
【0110】
[(3)a群元素(REM、Zr)とb群元素(Ti、Ca、およびAl)の添加順序について]
(3)はa群元素とb群元素の添加条件を規定したものであり、これにより介在物IIの個数割合を調整できる。
【0111】
全介在物の個数に対する上記介在物IIの個数割合を増加させるには、溶存酸素量QOfを調整した溶鋼に対して添加するREM、Zr、Ti、Ca、およびAlの添加条件を適切に制御する必要がある。具体的には、REMおよびZrをa群元素、Ti、Ca、およびAlをb群元素としたとき、a群元素の添加前および/または添加後にb群元素を添加する必要がある。即ち、a群元素とb群元素は同時に添加せず、時間差を付けて添加する必要がある。
【0112】
また、上記a群元素と上記b群元素の添加間隔時間を適切に制御する必要がある。即ち、a群元素の添加前にb群元素を添加する場合について、b群元素のうち最初の元素の添加開始時点からa群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間をt1(分)、a群元素の添加後にb群元素を添加する場合について、a群元素のうち最後の元素の添加開始時点からb群元素のうち最初の元素(a群元素添加後に最初に添加するb群元素)の添加開始時点までの時間をt2(分)としたとき、t1とt2の合計を3分以上とする必要がある。
【0113】
上記t1を算出するにあたり、a群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間とは、第1のa群元素を添加する時点までの時間を意味する。例えば、REMとZrを同時に添加する場合は、同時添加する時点までの時間であるし、REMを添加してからZrを添加する場合は、REM(a群元素のうち最初に添加した元素)を添加する時点までの時間を意味する。
【0114】
また、上記t2を算出するにあたり、a群元素のうち最後の元素の添加開始時点までの時間とは、全てのa群元素を添加する最後の時点を意味する。例えば、REMとZrを同時に添加する場合は、同時添加する時点であるし、REMを添加してからZrを添加する場合は、Zr(a群元素のうち最後に添加した元素)を添加する時点までの時間を意味する。
【0115】
ここで、上記a群元素と上記b群元素の添加間隔時間と、上記a群元素とb群元素の添加順序について、図面を用いて説明する。図1は、a群元素の添加前後においてb群元素を添加したときの元素の添加順の一例を示している。図1において、a1とa2はa群元素を示しており、◆は夫々の元素の添加開始時点を示している。また、b1〜b4はb群元素を示しており、●は夫々の元素の添加開始時点を示している。
【0116】
図1では、b1→b2→a1→a2→b3→b4の順に元素を添加しており、a群元素のうち最初に添加する元素がa1、a群元素のうち最後に添加する元素がa2、b群元素のうち最初に添加する元素がb1、a群元素を添加してから最初に添加するb群元素がb3である。上記t1とは、b群元素のうち最初の元素の添加開始時点からa群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間であるから、図1では、b1の添加開始時点からa2の添加開始時点までの時間がt1となる。また、上記t2とは、a群元素のうち最後の元素の添加開始時点からb群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間であるから、図1では、a2の添加開始時点からb3の添加開始時点までの時間がt2となる。
【0117】
図1において、a群元素を同時に添加する場合は、a1とa2を同時に添加すればよく、この場合は、a群元素のうち最初の元素の添加開始時点とa群元素のうち最後の元素の添加開始時点が同じになる。
【0118】
上記a群元素と上記b群元素の添加間隔時間について、具体例を挙げてより詳細に説明する。
【0119】
まず、第1の例として、Al→Ti→REM→Zr→Caの順で添加する場合について説明する。この場合は、上記t1とは、Al(最初に添加するb群元素)の添加開始時点からREM(最初に添加するa群元素)の添加開始時点までの時間であり、上記t2とは、Zr(最後に添加したa群元素)の添加開始時点からCa(残りのb群元素について最初に添加するb群元素)の添加開始時点までの時間を意味している。
【0120】
また、第2の例として、Al→Ti→REMとZrを同時→Caの順で添加する場合について説明する。この場合は、上記t1とは、Al(最初に添加するb群元素)の添加開始時点からREMとZrの添加開始時点までの時間であり、上記t2とは、REMとZrの添加開始時点からCa(残りのb群元素について最初に添加するb群元素)の添加開始時点までの時間を意味している。
【0121】
上記t1とt2の合計は、3分以上とする。t1とt2の合計を3分以上とすることによって、REMとZrを含み、適量のAl、Ca、およびTiを含有する介在物を生成させることができる。上記t1とt2の合計は、5分以上とすることが好ましく、より好ましくは7分以上である。t1とt2の合計の上限は特に限定されないが、時間が長過ぎると生産性が低下するため、上限は概ね20分程度である。
【0122】
なお、b群元素を添加する前にa群元素を添加しない場合や、b群元素を添加した後にa群元素を添加しない場合は、t1またはt2を0分として計算すればよい。但し、t1=t2=0は除く。
【0123】
上記a群元素とb群元素の添加順序については、a群元素を添加してからb群元素を添加してもよいし、b群元素を添加してからa群元素を添加してもよい。また、b群元素を添加してからa群元素を添加し、次いでb群元素を添加してもよい。a群元素を添加する前後の両方でb群元素を添加する場合は、a群元素の添加前後ですべてのb群元素の種類および含有量が制御されていればよい。例えば、b群元素の一部を添加した後、a群元素を添加し、次いでb群元素の残りを添加してもよいし、a群元素を添加する前後で同じ元素を重複して添加してもよい。
【0124】
上記a群元素と上記b群元素は、上記(b−2)の要件を満足する範囲内において夫々同時に添加してもよいし、別々に添加してもよい。
【0125】
また、上記b群元素を添加するにあたり、REMとZrの添加条件が上記(b−1)の要件を満足するように添加すれば、上記介在物Iの個数割合を30%以上に制御でき、HAZ靱性を向上できる。
【0126】
溶鋼へ添加するREM、Ca、Zr、およびTiの形態は特に限定されず、例えば、REMとして、純La、純Ce、純Yなど、或いは純Ca、純Zr、純Ti、更にはFe−Si−La合金、Fe−Si−Ce合金、Fe−Si−Ca合金、Fe−Si−La−Ce合金、Fe−Ca合金、Fe−Zr合金、Fe−Ti合金、Ni−Ca合金などを添加すればよい。また、溶鋼へミッシュメタルを添加してもよい。ミッシュメタルとは、希土類元素の混合物であり、具体的には、Ceを40〜50%程度、Laを20〜40%程度含有している。但し、ミッシュメタルには不純物としてCaを含むことが多いので、ミッシュメタルがCaを含む場合は本発明で規定する範囲を満足する必要がある。
【0127】
こうして成分調整して得られた溶鋼は、常法に従って連続鋳造してスラブとした後、常法に従って熱間圧延すればよい。
【0128】
本発明の鋼材は、1450℃で5秒間保持した後、800℃から500℃への冷却時間を400秒として冷却する熱履歴を与えた場合(入熱条件:1450℃×5秒、冷却時間Tc=400秒)であっても、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)で130J以上を確保できる。そのため、本発明に係る鋼材は、例えば橋梁や高層建造物、船舶などの構造物の材料として使用でき、小〜中入熱溶接はもとより、入熱量が50kJ/mm以上の大入熱溶接においても溶接熱影響部の靱性劣化を防ぐことができる。本発明の鋼材は、板厚が約3.0mm以上の厚鋼板などを対象としている。
【0129】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0130】
真空溶解炉(容量150kg)を用い、下記表1、表2に示す条件で、下記表3、表4に示す成分組成(質量%)の供試鋼(残部は鉄および不可避不純物)を溶製し、150kgのインゴットに鋳造して冷却した。その後、加熱、圧延を行い、厚鋼板を製造した。なお、下記表3、表4に示す供試鋼のうち、本発明で規定する要件を満足する供試鋼のトータルO量は0.0005〜0.010%の範囲であることを確認している。
【0131】
上記供試鋼を真空溶解炉で溶製するに当っては、Ti、Zr、REM、およびCa以外の元素について成分調整すると共に、C、Si、Mn、およびAlから選ばれる少なくとも1種の元素を用いて脱酸して溶鋼の溶存酸素量QOfを調整した。調整後の溶存酸素量QOfを下記表1に示す。
【0132】
溶存酸素量QOfを調整した溶鋼に、Tiを添加した後、ZrおよびREMを添加してからCaを添加した。ZrおよびREMの添加順序を下記表1、表2に示す。このとき、REMを添加してからZrを添加するか、Zrを添加してからREMを添加した場合には、一方の元素を添加してから他方の元素を添加するまでに要した時間(添加間隔時間)を下記表1、表2に示す。a群元素(REMおよびZr)とb群元素(Ti、Ca、およびAl)との添加間隔時間の総和(t1+t2)を下記表1、表2に示す。
【0133】
また、REMの添加量をQREMとし、この値を下記表1、表2に示す。更に、上記溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMの値を下記(1)’式に代入して算出したZ値を下記表1、表2に併せて示す。
Z=2logQREM+3logQOf ・・・(1)’
【0134】
なお、TiはFe−Ti合金の形態で、ZrはFe−Zr合金の形態で、REMはLaを約25%とCeを約50%含有するミッシュメタルの形態で、CaはNi−Ca合金の形態で、夫々添加した。但し、下記表3のNo.12、下記表4のNo.39、41は、ミッシュメタルの形態ではなく、Ceのみを添加した。
【0135】
上記元素を添加した後、インゴットに鋳造して冷却した。得られたインゴットを熱間圧延し、厚さが30〜80mmの厚鋼板を製造した。得られた厚鋼板のt/4(但し、tは鋼板の厚み)位置における横断面からサンプルを切り出し、該サンプルに含まれる全酸化物系介在物の成分組成を測定し、単独酸化物として質量換算して酸化物の平均組成を算出した。
【0136】
全酸化物系介在物の成分組成は、次の手順で測定した。切り出されたサンプル表面を、日本電子データム製の電子線マイクロプローブX線分析計(EPMA;「JXA−8500F(装置名)」)を用いて観察し、円相当直径が0.1μm以上の介在物について成分組成を定量分析した。観察条件は、加速電圧を20kV、試料電流を0.01μA、分析個数を100個以上とし、介在物の中央部での成分組成を特性X線の波長分散分光により定量分析した。分析対象元素は、Si、Mn、S、Al、Ti、Zr、La、Ce、Ca、およびO(酸素)とし、既知物質を用いて各元素のX線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、分析対象とする上記介在物から得られたX線強度と上記検量線からその介在物に含まれる元素量を定量した。
【0137】
得られた定量結果のうち酸素含量が5質量%以上の介在物を酸化物とした。このとき、一つの介在物から複数の元素が観測された場合には、それらの元素の存在を示すX線強度の比から各元素の単独酸化物に質量換算して酸化物の組成を算出した。本発明では、このように単独酸化物として質量換算し、平均したものを酸化物の平均組成とした。酸化物のうち、ZrO2、REMの酸化物、およびCaOの平均組成を下記表5、表6に示す。なお、REMの酸化物は、金属元素をMで表すと、鋼材中にM23、M35、またはMO2の形態で存在するが、全ての酸化物をM23に換算して組成を算出した。また、下記表5、表6に示した「その他」とは、ZrO2、REMの酸化物、およびCaO以外の酸化物(例えば、Al23、MnO、SiO2など)である。
【0138】
次に、定量した介在物についてSEM観察により円相当直径を測定し、円相当直径(粒径)が0.1〜2.0μmの介在物の個数を測定した。下記表5、表6に測定結果を観察視野面積1mm2あたりに換算した個数を示す。
【0139】
また、得られた定量結果のうち酸素含量が5質量%以上である酸化物の円相当直径をSEM観察により測定し、円相当直径(粒径)が3μmを超える酸化物の個数と、円相当直径(粒径)が5μmを超える酸化物の個数を測定した。下記表5、表6に酸化物の個数を観察視野面積1mm2あたりに換算した値を示す。
【0140】
図2に、上記Z値と円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数との関係を示す。図2には、下記表5、表6に示すNo.1〜32の結果(図2の○)とNo.35〜40、53、54、61の結果(図2の●)のうち、Z値の臨界的意義を示すために、Z値が−12.50〜−11.50の範囲にあるものをプロットした。
【0141】
図2から明らかなように、溶鋼の溶存酸素量QOfに応じて上記(1)式を満足するようにREMを添加すれば、円相当直径が3μmを超える酸化物の生成が抑えられることが分かる。
【0142】
次に、定量した介在物のうちREMおよびZrを含有する介在物について、REMとZrのモル比を算出し、全介在物の個数に対して、REM/Zr比が0.6〜1.4の範囲を満足するREMおよびZr含有介在物Iの個数割合(介在物Iの個数割合)を算出し、結果を下記表5、表6に示す。定量した介在物のうちREM、Zr、Ti、Ca、およびAlを含有する介在物について、REMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比[(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)]を算出し、全介在物の個数に対して、(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)比が0.5〜1.2の範囲を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物IIの個数割合(介在物IIの個数割合)を算出し、結果を下記表5、表6に示す。
【0143】
次に、溶接時に熱影響を受けるHAZの靱性を評価するために、大入熱溶接を模擬して下記に示す溶接再現試験を行なった。溶接再現試験は、厚鋼板のt/4位置(但し、tは板厚)から切り出したサンプルが1450℃になる様に加熱し、この温度で5秒間保持した後、冷却する熱サイクルを与えた。冷却速度は、800℃から500℃への冷却時間が400秒となるように調整した(入熱条件:1450℃×5秒、冷却時間Tc=400秒)。
【0144】
冷却後のサンプルの衝撃特性は、上記熱サイクルを与えた後のサンプルから圧延方向にVノッチシャルピー試験片を3本採取し、JIS Z2242に従って衝撃試験を行なって評価した。衝撃試験では、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)を測定し、3回の平均値を算出した。本発明では、vE-40の平均値が130J以上のものを合格(HAZ靱性良好)とする。測定結果を下記表5、表6に示す。
【0145】
下記表1〜表6から次のように考察できる。No.1〜32は、本発明で規定する要件を満足する例であり、鋼材に含まれる全酸化物系介在物の組成を測定して単独酸化物に質量換算したときに、ZrO2、REMの酸化物、およびCaOを所定量含有するように調整したうえで、円相当直径が3μm超の酸化物と円相当直径が5μm超の酸化物の生成を抑え、且つ円相当直径が0.1〜2μmの介在物を多く生成させており、更に全介在物の個数に対して、上記介在物Iの個数割合が30%以上になっているか、および/または上記介在物IIの個数割合が40%以上になっているため、HAZ靱性が良好な鋼材が得られている。また、Si含有量が高い方がHAZ靱性は良好になる傾向が読み取れる。
【0146】
一方、No.33〜64は、本発明で規定するいずれかの要件を外れる例である。これらのうち、No.33、51、52、55〜58、62、64は、REMを添加してからZrを添加までの時間、No.34、60は、Zrを添加してからREMを添加するまでの時間が本発明で規定する要件を満足していないため、上記介在物Iの個数割合が30%を下回っている。従ってHAZ靱性が劣化している。
【0147】
No.35〜40、53、54、61は、溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMのバランスが上記(1)式を満足していないため、円相当直径が3μmを超える酸化物(特に、円相当直径が3μmを超え、5μm以下の酸化物)が多く生成している。従ってHAZ靱性が劣化している。No.41は、鋼材に含まれる全酸化物系介在物の組成を測定して単独酸化物に質量換算したときのREMの酸化物量が本発明で規定する範囲を下回っているため、溶接時に粒内α変態の核となる酸化物量が不足し、HAZ靱性が劣化している。
【0148】
No.42とNo.59は、鋼材に含まれるREM量が多く、鋼材に含まれる全酸化物系介在物の組成を測定して単独酸化物に質量換算したときのREMの酸化物量が本発明で規定する範囲を上回っているため、酸化物が粗大化し、粒内α変態の核として作用する微細な酸化物の個数が少なくなり、HAZ靱性向上作用が発揮されていない。No.43は、鋼材に含まれるZr量が少な過ぎるため、全酸化物系介在物の組成に占めるZrO2量が少なくなり、粒内α変態の核となるZr・REM・Ca系酸化物量が少なくなっていると考えられる。そのためHAZ靱性が劣化している。No.44とNo.63は、鋼材に含まれるZr量が多過ぎるため、全酸化物の組成に占めるZrO2量が多くなっている。そのため溶接時に粒内α変態の核となる酸化物量が不足し、微細組織が得られずHAZ靱性が劣化している。
【0149】
No.45は、鋼材に含まれるCa量が多過ぎるため、全酸化物系介在物の組成に占めるCaO量が多くなっている。そのため溶接時に粒内α変態の核となる酸化物量が不足し、微細組織が得られずHAZ靱性が劣化している。No.46は、鋼材に含まれるCa量が少な過ぎるため、CaO量が生成していない。そのため粒内α変態の核となるZr・REM・Ca系酸化物量が少なくなり、HAZ靱性が劣化している。No.47は、鋼材に含まれるTi量が多過ぎるため、Tiの固溶により母材が固溶強化されたため、結果的にHAZ靱性が劣化している。No.48は、鋼材に含まれるTi量が少な過ぎるため、粒内α変態の核となる円相当直径が0.1〜2μmの介在物の生成量を確保できていない。従ってHAZ靱性が劣化している。No.49は、鋼材に含まれるAl量が多過ぎるため、円相当直径が3μmを超える粗大な酸化物を多く生成し、HAZ靱性が劣化している。No.50は、鋼材に含まれるN量が多過ぎる例であり、鋼材に含まれる固溶N量が過剰となり、HAZ靱性が劣化していると考えられる。
【0150】
次に、図3に、円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数と−40℃における吸収エネルギー(vE-40)との関係を示す。図3では、下記表5、表6に示すNo.1〜32の結果を○で、No.35〜40、49、53、54、61(比較例のうち5.0個を超える例)の結果を●で示した。
【0151】
図3から明らかなように、円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数が5.0個以下であれば、1450℃で5秒間加熱保持した場合であっても良好なHAZ靱性を示すことが分かる。
【0152】
次に、下記表5に示したNo.2と下記表6に示したNo.33を取上げて考察する。これらの鋼材は、全介在物の個数に対する上記介在物Iの個数割合が相違する以外は、ほぼ同じ例である(全介在物の個数に対する上記介在物IIの個数割合はいずれも40%を下回っている)。上記介在物Iの個数割合が、全介在物の個数に対して30%を下回る場合(No.33)は、vE-40が130J未満になるのに対し、全介在物の個数に対して30%以上の場合(No.2)は、vE-40が130J以上になり、HAZ靱性を改善できていることが分かる。また、同様の結果が、下記表5に示したNo.23と下記表6に示したNo.62についても得られている。即ち、上記介在物Iの個数割合が、全介在物の個数に対して30%以上の場合(No.23)は、vE-40が130J以上になり、HAZ靱性を改善できた。
【0153】
次に、下記表5、表6に示したNo.17とNo.51を取上げて考察する。これらの鋼材は、全介在物の個数に対する上記介在物IIの個数割合が相違する以外は、ほぼ同じ例である(全介在物の個数に対する上記介在物Iの個数割合はいずれも30%を下回っている)。上記介在物IIの個数割合が、全介在物の個数に対して40%を下回る場合(No.51)は、vE-40が130J未満になるのに対し、全介在物の個数に対して40%以上の場合(No.17)は、vE-40が130J以上になり、HAZ靱性を改善できていることが分かる。また、同様の結果が、下記表5に示したNo.26と下記表6に示したNo.64についても得られている。即ち、上記介在物IIの個数割合が、全介在物の個数に対して40%以上の場合(No.26)は、vE-40が130J以上になり、HAZ靱性を改善できた。
【0154】
【表1】

【0155】
【表2】

【0156】
【表3】

【0157】
【表4】

【0158】
【表5】

【0159】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.02〜0.15%(質量%の意味。以下成分について同じ。)、
Si:0.5%以下(0%を含まない)、
Mn:2.5%以下(0%を含まない)、
P :0.03%以下(0%を含まない)、
S :0.02%以下(0%を含まない)、
Al:0.050%以下(0%を含まない)、
N :0.010%以下(0%を含まない)、
Ti:0.005〜0.10%、
Zr:0.0005〜0.050%、
REM:0.0003〜0.015%、
Ca:0.0003〜0.010%、および
O :0.0005〜0.010%を含有し、
残部が鉄および不可避不純物からなる鋼材であって、
(a)前記鋼材に含まれる全酸化物系介在物の組成を測定して単独酸化物に質量換算したとき、平均組成で、
ZrO2:5〜50%、
REMの酸化物(REMをMの記号で表すとM23):5〜50%、および
CaO:50%以下(0%を含まない)を満足し、且つ、
(b)前記鋼材に含まれる全介在物のうち、
円相当直径で0.1〜2μmの介在物が観察視野面積1mm2あたり120個以上で、
円相当直径で3μm超の酸化物が観察視野面積1mm2あたり5.0個以下で、
円相当直径で5μm超の酸化物が観察視野面積1mm2あたり5.0個以下であり、
(c−1)前記鋼材に含まれる全介在物の組成を測定したとき、全介在物の個数に対して、REMとZrのモル比(REM/Zr)が0.6〜1.4を満足するREMおよびZr含有介在物Iの個数割合が30%以上であるか、および/または
(c−2)前記鋼材に含まれる全介在物の組成を測定したとき、全介在物の個数に対して、REMとZrの合計モル数と、AlとCaとTiの合計モル数との比[(REM+Zr)/(Al+Ca+Ti)]が0.5〜1.2を満足するREM、Zr、Al、Ca、およびTi含有介在物IIの個数割合が40%以上
であることを特徴とする溶接熱影響部の靱性に優れた鋼材。
【請求項2】
前記鋼材が、更に他の元素として、
Cu:2%以下(0%を含まない)および/または
Ni:3.5%以下(0%を含まない)を含有する請求項1に記載の鋼材。
【請求項3】
前記鋼材が、更に他の元素として、
Cr:3%以下(0%を含まない)および/または
Mo:1%以下(0%を含まない)を含有する請求項1または2に記載の鋼材。
【請求項4】
前記鋼材が、更に他の元素として、
Nb:0.25%以下(0%を含まない)および/または
V :0.1%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の鋼材。
【請求項5】
前記鋼材が、更に他の元素として、
B:0.005%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜4のいずれかに記載の鋼材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の鋼材を製造する方法であって、
溶存酸素量QOfを0.0003〜0.01質量%の範囲に調整した溶鋼にREMを添加するにあたり、前記溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMが下記(1)式を満足する量のREMを添加すると共に、
上記範囲に溶存酸素量QOfを調整した溶鋼に、REM、Zr、Ti、Ca、およびAlを添加するにあたり、REMおよびZrをa群元素、Ti、Ca、およびAlをb群元素としたとき、各元素の添加条件が下記(2)および/または下記(3)を満足することを特徴とする溶接熱影響部の靱性に優れた鋼材の製造方法。
2logQREM+3logQOf≦−12.00 ・・・(1)
(2)前記a群元素について、REMとZrを同時に添加するか、またはREMとZrのうち一方の元素を添加してから5分以内に他方の元素を添加する。
(3)前記a群元素の添加前および/または添加後に前記b群元素を添加することとし、前記a群元素の添加前に前記b群元素を添加する場合について、前記b群元素のうち最初の元素の添加開始時点から前記a群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間をt1(分)、前記a群元素の添加後に前記b群元素を添加する場合について、前記a群元素のうち最後の元素の添加開始時点から前記b群元素のうち最初の元素の添加開始時点までの時間をt2(分)とし、前記t1と前記t2の合計を3分以上とする。(0≦t1、0≦t2、但し、t1およびt2は0ではない。)

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−162797(P2012−162797A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−206542(P2011−206542)
【出願日】平成23年9月21日(2011.9.21)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】