説明

溶接用電源装置及び溶接機

【課題】電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値を電極を短絡状態として測定する際、短絡異常が発生したままでの測定を防止することができる溶接用電源装置を提供する。
【解決手段】電極先端電圧の算出にかかる電極先端までの合計抵抗値と合計インダクタンス値とを測定する測定モードにおいて、各測定値の実測定中に、検出した出力電圧Vmが電極の短絡異常を含む要因による異常値か否かが判定される。異常と判定されると、異常報知装置にて異常の旨の報知がなされる。つまり、実測定時に要求される電極の短絡状態が異常である場合、その旨の報知により作業者にて認識可能となり、短絡異常が発生したままでの実測定の継続が防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極先端電圧の算出に基づいてフィードバック制御を実施する溶接用電源装置及びその溶接用電源装置を備える溶接機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接用電源装置は、例えば特許文献1にて示されるように、商用電源からの交流入力電力を整流した直流電力をインバータ回路にて高周波交流電力に変換し、溶接トランスにて電圧調整された高周波交流電力を整流回路と直流リアクトルとでアーク溶接に適した直流出力電力に変換するように構成されている。電源装置にて生成された出力電力はトーチにて支持される電極に供給され、これにより電極先端と溶接対象との間にアークが生じて、溶接対象の溶接が行われるようになっている。
【0003】
また、このような溶接用電源装置は、出力電流及び出力電圧の検出を行っており、制御装置は、その時々で検出された出力電流及び出力電圧をインバータ回路のPWM制御にフィードバックし、その時々の出力電力を適正値とする制御を実施することで、溶接性能の向上が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−103868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、好適なアークを生じさせるためには、電源装置内で検出する出力電圧をインバータ回路の制御値に反映させるのみならず、正にそのアークが生じている電極の先端電圧を算出し、算出した電極先端電圧を制御値に反映させるのが好ましい。
【0006】
と言うのは、実際には溶接を行うトーチ(電極)と電源装置との間は離間していることが多く、両者間がパワーケーブルを介して接続されているのが一般的な使用形態である。従って、パワーケーブルのケーブル長が使用者毎に異なるため、ケーブル自体の抵抗値が異なるばかりか、ケーブルの敷設状態、例えば余長分を何周も周回させて敷設すると、直線的に敷設した場合や周回数の違いによってインダクタンス値も異なってくる。そのため、更なる溶接性能の向上を図るためには、パワーケーブルを含む電源装置外部の電極までの間での抵抗及びインダクタンスの電圧変動分が無視できないためである。
【0007】
従って、電源装置内で検出する出力電圧をインバータ回路の制御値に反映させる態様では、真の電極先端電圧とは乖離した電圧値がインバータ回路の制御値に反映されることになり、このことが好適なアークの発生の妨げとなって、更なる溶接性能の向上の妨げとなることが懸念されるものである。
【0008】
このような電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値の測定は電極先端を短絡させた状態で行うが、短絡異常(短絡不良)である場合には抵抗値やインダクタンス値の測定誤差が大きく、これらを用いて算出する先端電圧の値が精度の低いものとなる。また、同じく電極先端が短絡異常であると、電極先端にて不意にアークが生じることがあるため、電極付近に作業者が居た場合にその作業者に対して不安感を与えてしまう。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値を電極を短絡状態として測定する際、短絡異常が発生したままでの測定を防止することができる溶接用電源装置、及びその溶接用電源装置を備える溶接機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、直流電力を高周波交流電力に変換するインバータ回路と、変換した交流電力の電圧調整を行う溶接トランスと、該溶接トランスの二次側交流電力から溶接に適した直流出力電力を生成する直流変換手段とを備え、生成した前記出力電力の電極への供給に基づいて溶接対象との間に溶接のためのアークを生じさせるものであり、本装置内の検出手段にて検出した出力電流と出力電圧とに基づいて前記電極の先端電圧を算出し、算出した先端電圧に基づいて前記インバータ回路を制御する制御手段を更に備えた溶接用電源装置であって、前記電極を短絡状態として行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時の前記出力電圧の電圧値に基づいて前記電極先端までの経路上の合計抵抗値を算出する抵抗値算出手段と、前記電極を短絡状態として行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時からの電流減衰量に基づいて前記電極先端までの経路上の合計インダクタンス値を算出するインダクタンス値算出手段とを含む処理を実行する測定モードを有し、前記検出手段にて検出した前記出力電圧の電圧値に対して前記電極先端までの経路上の前記合計抵抗値及び前記合計インダクタンス値にかかる電圧変化分を補正して前記先端電圧を算出する先端電圧算出手段を備えており、前記測定モードでの実測定中に、前記検出手段にて検出した前記出力電圧が前記電極の短絡異常を含む要因による異常値か否かを判定する短絡異常判定手段と、前記短絡異常判定手段にて異常と判定されるとその旨を報知する異常報知手段とを備えたことをその要旨とする。
【0011】
この発明では、電極先端電圧の算出にかかる電極先端までの合計抵抗値と合計インダクタンス値とを測定する測定モードにおいて、各測定値の実測定中に、検出した出力電圧が電極の短絡異常を含む要因による異常値か否かが短絡異常判定手段にて判定される。短絡異常判定手段にて異常と判定されると、異常報知手段にて異常の旨の報知がなされる。これにより、実測定時に要求される電極の短絡状態が異常である場合、その旨の報知により作業者にて認識可能となるため、短絡異常が発生したままで実測定が継続されることが防止される。結果、作業者による実測定のやり直しができ、精度の良い先端電圧を取得することに寄与できる。また、短絡異常による不意なアークの発生を抑制でき、作業環境改善に寄与できる。
【0012】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の溶接用電源装置において、前記測定モードにおける実測定の前に、前記電極の短絡状態の確認のための所定電圧印加を実施し、該電圧印加に基づいて前記出力電圧が前記電極の短絡異常を含む要因による異常値か否かを判定する測定前判定手段を備え、前記異常報知手段は、前記測定前判定手段にて異常と判定されるとその旨を報知することをその要旨とする。
【0013】
この発明では、測定モードにおける実測定の前に、測定前判定手段にて電極の短絡状態の確認のための所定電圧印加が実施され、該電圧印加に基づいて出力電圧が電極の短絡異常を含む要因による異常値か否かが判定される。測定前判定手段にて異常と判定されると、異常報知手段にて異常の旨の報知がなされる。これにより、実測定の前において、実測定時に要求される電極の短絡状態が異常である場合、その旨の報知により作業者にて認識可能となるため、短絡異常が発生したままで実測定が行われることが未然に防止される。
【0014】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の溶接用電源装置において、前記測定前判定手段による測定前判定時に前記電極に対して印加する電圧は、実測定中に印加される電圧よりも小さい電圧値に設定されたことをその要旨とする。
【0015】
この発明では、測定前判定時に電極に対する印加電圧は、実測定中の印加電圧よりも小さい電圧値に設定されるため、短絡異常による不意なアークの発生を確実に防止でき、一層の作業環境改善に寄与できる。
【0016】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接用電源装置を備えて構成された溶接機である。
この発明では、短絡異常が発生したままでの抵抗値及びインダクタンス値の測定を防止できる溶接機の提供が可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値を電極を短絡状態として測定する際、短絡異常が発生したままでの測定を防止することができる溶接用電源装置、及びその溶接用電源装置を備える溶接機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態のアーク溶接機の電源装置を示す構成図である。
【図2】インダクタンス値の変化を説明するための説明図である。
【図3】抵抗値及びインダクタンス値の算出手法を説明するための説明図である。
【図4】短絡状態の判定の説明に用いるタイミング図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1は、消耗電極式のアーク溶接機10を示す。アーク溶接機10では、溶接用電源装置11のプラス側出力端子にトーチTHにて支持されるワイヤ電極12が接続され、該電源装置11のマイナス側出力端子に溶接対象Mが接続され、該電源装置11にて生成された直流出力電力のワイヤ電極12への給電によりアーク溶接が行われる。このとき、ワイヤ電極12は溶接時に消耗するため、ワイヤ供給装置13にて消耗に応じて送給がなされる。ワイヤ電極12及び溶接対象Mには、電源装置11の出力端子に接続されるパワーケーブル14を介して出力電力が供給されるようになっている。
【0020】
溶接用電源装置11は、商用電源から供給される三相の交流入力電力をアーク溶接に適した直流出力電力に変換するものである。交流入力電力は、ダイオードブリッジ及び平滑コンデンサよりなる整流平滑回路21にて直流電力に変換され、変換された直流電力はインバータ回路22で高周波交流電力に変換される。インバータ回路22は、IGBT等のスイッチング素子TRを4個用いたブリッジ回路にて構成され、制御装置31によるPWM制御が実施される。
【0021】
インバータ回路22にて生成された高周波交流電力は、溶接トランス23にて所定電圧値に調整された二次側交流電力に変換される。溶接トランス23の二次側交流電力は、ダイオードを用いた整流回路24と直流リアクトル25とで、アーク溶接に適した直流出力電力に変換される。
【0022】
本実施形態の直流リアクトル25には、過飽和特性を有する過飽和リアクトルが用いられている。図2に示すように、直流リアクトル25の特性は、電流値Ip1を含む所定電流値Iaより大となる高電流領域は、必要最低限のインダクタンス値Laで一定となる通常特性領域A1である。一方、所定電流値Ia以下となる低電流領域は、電流値の減少に伴ってインダクタンス値が直線的に次第に大きくなる過飽和特性領域A2である(電流値Ip2でインダクタンス値Lb)。つまり、このような特性の直流リアクトル25を用いることで、高電流領域ではインダクタンス値が小さいことから電流平滑のための波形制御への影響が小さく、低電流領域ではインダクタンス値が増大することでアーク切れが防止されると言うように、全電流領域に亘って好適な直流出力電力が生成される。
【0023】
図1に示すように、制御装置31は、インバータ回路22のスイッチング素子TRに対しPWM制御を実施し、直流出力電力をその時々で適正値とする制御を行っている。このとき、制御装置31は、その時々の出力電流I及び出力電圧Vの検出を行い、検出した出力電流I及び出力電圧Vに基づくPWM制御へのフィードバックを行っている。
【0024】
即ち、電源装置11内のマイナス側出力端子の電源線上に電流センサ33が備えられており、制御装置31は、処理部(CPU)32においてその電流センサ33を介して電源装置11の出力電流Iを検出している。また、整流回路24の直後の電源線間に電圧センサ34が備えられており、制御装置31は、処理部32においてその電圧センサ34を介して電源装置11の出力電圧Vを検出している。制御装置31は、処理部32にてその時々に検出した出力電流I及び出力電圧Vに基づいてPWM制御のデューティの算出を行い、インバータ回路22に出力するPWM制御信号を生成する。
【0025】
ここで、PWM制御には、制御に用いる出力電圧Vとして、正にアークが生じるワイヤ電極12の先端電圧Vaを用いるのが好ましいが、先端電圧Vaの直接的な検出は困難である。そこで、制御装置31は、電圧センサ34から電極12までの間の電圧変化分を記憶装置(図示略)に予め保持しておき、その時々に検出した出力電圧Vにその電圧変化分の補正を行って先端電圧Vaを得るようにし、算出した先端電圧Vaを用いたPWM制御を実施する。
【0026】
ところで、電圧センサ34から電極12までの間の電圧変化分には、電源装置11内部の電圧変化分(整流回路24から出力端子までの抵抗値R1とインダクタンス値L1による電圧変化分)と、外部の電圧変化分(出力端子からパワーケーブル14を介しての電極12先端までの抵抗値R2とインダクタンス値L2による電圧変化分)とがある。電源装置11の内部電圧変化分は、使用状態の影響を受けないために予め補正項として先端電圧Vaの算出に組み込むことが可能であるが、外部電圧変化分は、パワーケーブル14のケーブル長や敷設状態(直線敷設や周回敷設、その周回数)等、使用者毎に条件が相違するため、抵抗値R2、特にインダクタンス値L2の変化の影響を大きく受ける。
【0027】
そのため、使用者がアーク溶接機10を現場に設置し、パワーケーブル14の敷設も含めて正に使用状態としたところで、内部の抵抗値R1及びインダクタンス値L1と、外部の抵抗値R2及びインダクタンス値L2とを合計した抵抗値R及びインダクタンス値Lが測定される。測定した合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lは、制御装置31内に保持される。
【0028】
尚、本実施形態の電源装置11には、前記合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lの測定を行うための処理を実行する測定モードが備えられており、電源装置11に備えられる操作スイッチ(図示略)の操作に基づいて制御装置31が測定モードに移行できるようになっている。また、トーチTHに備えられるトーチスイッチや、ワイヤ供給装置13に備えられる操作リモコン(共に図示略)を使用し、電源装置11から離れた位置から測定モードに移行可能に構成してもよい。因みに、測定モードでの測定時においては、ワイヤ電極12を溶接対象Mと短絡状態とする必要があるが、本実施形態では図1に示すように、ワイヤ電極12を溶接対象Mに直接短絡させず、トーチTHの先端部に備えられワイヤ電極12への給電を行うコンタクトチップTHaを溶接対象Mと短絡させて行う。この場合、短絡用の特殊治具を作製して使用してもよい。
【0029】
測定モードについて詳述すると、図3に示すように、先ずインバータ回路22を動作させて、出力電流Iが電流値Ip1まで増大される。この電流値Ip1は、過飽和特性を有する直流リアクトル25の単体において、インダクタンス値Laで一定となる通常特性領域A1の電流値である。実際には図2に示すように、パワーケーブル14の敷設状態等で特性がオフセットするため、合計インダクタンス値Lはオフセットした値La1で一定となるが、そのオフセット分も考慮した通常特性領域A1の電流値に設定される。そして、このような電流値Ip1で保持した区間での平均電圧値Veが測定される。これにより、先ず合計抵抗値Rが次式(a)にて算出される。
【0030】

R=Ve/Ip1 ・・・ (a)

次いで、インバータ回路22の動作を停止させて、この時の時刻T0から計時が開始される。同時に、時刻T0を起点に刻々と変化する出力電流Iのサンプリングが行われ、時定数に該当する電流減衰量となる電流値ΔIp1(Ip1×36.8%)に到達した時刻をT1とし、その時刻T1−T0間の時間(時定数)τ1が求められる。これにより、通常特性領域A1で変化する合計インダクタンス値La1(リアクトル25の単体ではインダクタンス値La)が次式(b)にて算出される。
【0031】

La1=R・τ1(=Ve・τ1/Ip1) ・・・ (b)

次いで、再びインバータ回路22を動作させて、出力電流Iが過飽和特性領域A2内の所定電流値Ip2に調整される。調整後、インバータ回路22の動作を再び停止させて、この時の時刻T2から計時が開始される。同時に、時刻T2を起点に刻々と変化する出力電流Iのサンプリングが行われ、時定数に該当する電流減衰量となる電流値ΔIp2(Ip2×36.8%)に到達した時刻をT3とし、その時刻T3−T2間の時間(時定数)τ2が求められる。これにより、過飽和特性領域A2で変化する合計インダクタンス値Lb1(リアクトル25の単体ではインダクタンス値Lb)が次式(c)にて算出される。
【0032】

Lb1=R・τ2=(Ve・τ2/Ip2) ・・・ (c)

次いで、図2に示すように、算出された通常特性領域A1の合計インダクタンス値La1と過飽和特性領域A2の合計インダクタンス値Lb1とが直線補完により、合計インダクタンス値Lが電流Iの関数L(I)として得られる。そして、このようにして得られた合計インダクタンス値Lの関数L(I)と、先に求めた合計抵抗値Rとが制御装置31内に保持される。以上で、測定モードが終了する。
【0033】
そして、制御装置31は、溶接動作時において、その時々の出力電流I及び出力電圧Vから次式(d)にて先端電圧Vaを算出している。

Va=V−L(I)・dI/dt−RI ・・・ (d)

因みに、具体的数値で示すと、インバータ回路22のオンに基づいて出力電流Iの電流値Ip1=400[A]を10[ms]間出力させ、その後、インバータ回路22をオフさせる。この間の平均電圧値Veが4[V]であると、上記式(a)から、

R=Ve/Ip1=4/400=0.01[Ω]

と合計抵抗値Rが算出される。
【0034】
次いで、電流値Ip1が時定数τ1に相当する電流減衰量となる電流値ΔIp1は、

ΔIp1=400×0.368=147[A]

であり、インバータ回路22をオフしてから出力電流Iが400[A]からその147[A]に達するその時定数τ1が3[ms]であれば、上記式(b)から、

La1=R・τ1=0.01×3=0.03[mH]

と通常特性領域A1において、直流リアクトル25の単体のインダクタンス値Laを含む合計インダクタンス値La1が算出される。尚、上記した電流値Ip1は、予め使用する直流リアクトル25の仕様から推定し、過飽和特性領域A2に達しない値に設定する必要がある。
【0035】
次いで、インバータ回路22を再びオンさせて出力電流Iを過飽和特性領域A2内となる例えばアーク溶接機10の最小電流に相当する電流値Ip2=20[A]として10[ms]間出力させ、その後、インバータ回路22をオフさせる。電流値Ip2が時定数τ2に相当する電流減衰量となる電流値ΔIp2は、

ΔIp2=20×0.368=7[A]

であり、インバータ回路22をオフしてから出力電流Iが20[A]からその7[A]に達するその時定数τ2が10[ms]であれば、上記式(c)から、

Lb1=R・τ2=0.01×10=0.1[mH]

と過飽和特性領域A2において、直流リアクトル25の単体のインダクタンス値Lbを含む合計インダクタンス値Lb1が算出される。
【0036】
そして、これらLa1=0.03[mH]、Lb1=0.1[mH]の直線補完を行うことで合計インダクタンス値Lの関数L(I)が得られ、先に得られた合計抵抗値Rとで、上記式(d)からその時々の先端電圧Vaが算出できるようになっている。尚、上記に挙げた具体的数値は一例であり、これに限定されない。
【0037】
このように過飽和特性を有する直流リアクトル25を用いた本実施形態の溶接用電源装置11であっても先端電圧Vaが適切に算出されることから、適切に算出される先端電圧Vaに基づいたインバータ回路22のその時々の制御が一層適切に行われる。従って、過飽和特性のリアクトル25を用いることとの相乗効果で、全電流領域に亘って一層適切なアーク溶接用の直流出力電力の生成ができるものとなっている。
【0038】
ところで、測定モードの上記の実測定の前には、電極12(コンタクトチップTHa)が十分な短絡状態となっているかの判定(測定前判定)が行われる。具体的には、図4に示すように、出力電流Iを電流値Ip1まで増大させて行う実測定を実施する前に、電極12(コンタクトチップTHa)に対して例えば15[V]程度の電圧印加が行われる。尚、上記で用いた出力電圧Vを以降では実出力側と検出側とで分けることとし、実出力側の出力電圧を「Vs」、検出側の出力電圧を「Vm」とする。
【0039】
測定前判定時の15[V]の出力電圧Vsの印加に基づいて、電極12(コンタクトチップTHa)の短絡状態が正常である場合では、制御装置31の処理部32にて検出される出力電圧Vmは0[V]付近の僅かな電圧値である。従って、検出される出力電圧Vmが短絡異常判定のための閾値より低くなるため、処理部32は実測定が可能な短絡状態にあると判定する。一方、短絡異常が生じている場合には、検出される出力電圧Vmの電圧値は高くなる。処理部32は、短絡異常判定のための閾値より高くなると、次の実測定が好適に行えない短絡異常状態であると判定する。すると、処理部32は、異常報知装置36を作動させて作業者に異常の旨を報知する。
【0040】
尚、異常報知装置36は、電源装置11やトーチTH、ワイヤ供給装置13等に備えられる表示器を用いる報知、ブザーやリレーの作動音等、発音による報知を行う装置等で構成される。また、トーチTHの先端部から不活性ガスを放出しながら溶接を行うアーク溶接機10とした場合、ガスの放出音にて先の異常報知を行うこともできる。そして、作業者はその異常報知を受け、電極12(コンタクトチップTHa)の確実な短絡が図られて、再度測定前判定からの測定が実施される。
【0041】
次いで、実測定の実施最中に、電極12(コンタクトチップTHa)の短絡状態が異常となることも考えられるため、制御装置31の処理部32は、検出した出力電圧Vmの異常電圧の検出を行っている。短絡異常に起因する異常電圧が生じたことを検出すると、処理部32は上記と同様に異常報知装置36を作動させて作業者に異常の旨を報知する。作業者は同様にその異常報知を受け、電極12(コンタクトチップTHa)の確実な短絡を図り、再度測定前判定からの測定が実施される。
【0042】
更に、電極12(コンタクトチップTHa)の短絡異常が生じないで測定が正常に終了しても、取得した合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lとが異常値となり得ることも考えられる。例えば、電源装置11とトーチTHとの間に敷設されるパワーケーブル14が断面積、ケーブル長等で適合しないものを用いていたり、適合品としても異常な巻回状態となっていたりする場合等では測定値が異常値となり得る。これを踏まえ、本実施形態の制御装置31に備えられる記憶装置35には、本電源装置11に好適なケーブル14の断面積やケーブル長等と共に、その抵抗値○[Ω]とインダクタンス値△[μH]との適正範囲が関連付けられデータベース(DB)化されて保持されている。
【0043】
そして、処理部32は、現在用いているケーブル14の抵抗値及びインダクタンス値の適正範囲から、実際に測定した合計抵抗値Rや合計インダクタンス値Lがその適正範囲内か否かの判定を行う。適正範囲内である場合は、合計抵抗値Rや合計インダクタンス値Lの更新、即ち制御装置31として現在保持している合計抵抗値Rや合計インダクタンス値Lのデータ更新が行われ、以降の制御に用いられる。一方、測定した合計抵抗値Rや合計インダクタンス値Lが適正範囲外(異常値)であると判定した場合には、制御装置31として現在保持している合計抵抗値Rや合計インダクタンス値Lのデータ更新を行わず、異常報知装置36による異常報知が実施される。作業者はその異常報知を受け、測定状態の確認、現在用いているパワーケーブル14自体の確認やその敷設状態の確認等を行うことができるようになっている。
【0044】
次に、本実施形態の特徴的な効果を記載する。
(1)先端電圧Vaの算出にかかる電極12の先端までの合計抵抗値Rと合計インダクタンス値L(本実施形態では関数L(I))とを測定する測定モードにおいて、各測定値の実測定中に、検出した出力電圧V(Vm)が電極12の短絡異常を含む要因による異常値か否かが判定される。異常と判定されると、異常報知装置36にて異常の旨の報知がなされる。これにより、実測定時に要求される電極12の短絡状態が異常である場合、その旨の報知により作業者にて認識可能となるため、短絡異常が発生したままで実測定が継続されることを防止することができる。結果、作業者による実測定のやり直しができ、精度の良い先端電圧Vaを取得することに寄与することができる。また、短絡異常による不意なアークの発生を抑制でき、作業者の作業環境改善に寄与することができる。
【0045】
(2)測定モードにおける実測定の前に、電極12の短絡状態の確認のための所定電圧印加(15[V]程度)が実施され、該電圧印加に基づいて出力電圧V(Vm)が電極12の短絡異常を含む要因による異常値か否かが判定される。異常と判定されると、異常報知装置36にて異常の旨の報知がなされる。これにより、実測定の前において、実測定時に要求される電極12の短絡状態が異常である場合、その旨の報知により作業者にて認識可能となるため、短絡異常が発生したままで実測定が行われることを未然に防止することができる。
【0046】
(3)測定前判定時に電極12に対する印加電圧は、本実施形態では例えば15[V]であり、実測定中の印加電圧よりも十分に小さい電圧値に設定される。そのため、短絡異常による不意なアークの発生を確実に防止でき、一層の作業環境改善に寄与することができる。
【0047】
尚、本発明の実施形態は、以下のように変更してもよい。
・上記実施形態では、測定前判定時に電極12に対する印加電圧を15[V]程度に設定したが、電圧値は一例であり適宜変更してもよい。この場合、実測定中の印加電圧よりも十分に小さい電圧値に設定するのが好ましい。
【0048】
・上記実施形態では、抵抗値R、インダクタンス値Lの各測定値の実測定中と測定前との両者で電極12の短絡異常の判定を行うようにしたが、少なくとも実測定中に実施し、測定前は省略してもよい。
【0049】
・上記実施形態で述べた異常報知装置36は一例であるため、適宜変更してもよい。
・上記実施形態では、記憶装置35に各種ケーブル14に関するデータベース(DB)を記憶し各測定値との比較を行うようにしたが、これを省略してもよい。
【0050】
・上記実施形態では、過飽和特性を有する直流リアクトル25を用いたが、電流値とインダクタンス値とが一定に変化する線形特性を有する一般的なリアクトルを用いてもよい。因みに、このようなリアクトルを用いれば、一回の電流減衰量の測定にてインダクタンス値の取得が可能(関数の取得は不要)で、先端電圧Vaの算出が容易である。
【符号の説明】
【0051】
10 アーク溶接機(溶接機)
11 溶接用電源装置
12 ワイヤ電極(電極)
22 インバータ回路
23 溶接トランス
24 整流回路(直流変換手段)
25 直流リアクトル(直流変換手段)
31 制御装置(制御手段、先端電圧算出手段、抵抗値算出手段、インダクタンス値算出手段、短絡異常判定手段、測定前判定手段、異常報知手段)
33 電流センサ(検出手段)
34 電圧センサ(検出手段)
36 異常報知装置(異常報知手段)
M 溶接対象
I 出力電流
Ip1 電流値
Ip2 電流値
V 出力電圧
Vs 出力電圧(実出力)
Vm 出力電圧(検出)
Va 先端電圧
R 合計抵抗値
L 合計インダクタンス値
L(I) 関数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電力を高周波交流電力に変換するインバータ回路と、変換した交流電力の電圧調整を行う溶接トランスと、該溶接トランスの二次側交流電力から溶接に適した直流出力電力を生成する直流変換手段とを備え、生成した前記出力電力の電極への供給に基づいて溶接対象との間に溶接のためのアークを生じさせるものであり、本装置内の検出手段にて検出した出力電流と出力電圧とに基づいて前記電極の先端電圧を算出し、算出した先端電圧に基づいて前記インバータ回路を制御する制御手段を更に備えた溶接用電源装置であって、
前記電極を短絡状態として行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時の前記出力電圧の電圧値に基づいて前記電極先端までの経路上の合計抵抗値を算出する抵抗値算出手段と、前記電極を短絡状態として行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時からの電流減衰量に基づいて前記電極先端までの経路上の合計インダクタンス値を算出するインダクタンス値算出手段とを含む処理を実行する測定モードを有し、前記検出手段にて検出した前記出力電圧の電圧値に対して前記電極先端までの経路上の前記合計抵抗値及び前記合計インダクタンス値にかかる電圧変化分を補正して前記先端電圧を算出する先端電圧算出手段を備えており、
前記測定モードでの実測定中に、前記検出手段にて検出した前記出力電圧が前記電極の短絡異常を含む要因による異常値か否かを判定する短絡異常判定手段と、
前記短絡異常判定手段にて異常と判定されるとその旨を報知する異常報知手段と
を備えたことを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接用電源装置において、
前記測定モードにおける実測定の前に、前記電極の短絡状態の確認のための所定電圧印加を実施し、該電圧印加に基づいて前記出力電圧が前記電極の短絡異常を含む要因による異常値か否かを判定する測定前判定手段を備え、
前記異常報知手段は、前記測定前判定手段にて異常と判定されるとその旨を報知することを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項3】
請求項2に記載の溶接用電源装置において、
前記測定前判定手段による測定前判定時に前記電極に対して印加する電圧は、実測定中に印加される電圧よりも小さい電圧値に設定されたことを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接用電源装置を備えて構成されたことを特徴とする溶接機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−157198(P2012−157198A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−15508(P2011−15508)
【出願日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】