説明

溶接部特性に優れた溶接鋼管の製造方法

【課題】鋼材の化学成分や溶接条件以外の方法で溶接部特性を向上することのできる溶接鋼管の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.03%以上を含有し、更にNb:0.005%以上および/またはMo:0.10%以上を含有し、かつ式(1)で定義される炭素当量(Ceq)が0.340以上である厚鋼板を圧延方向を長手方向として管状に冷間成形して、突合せ部をサブマージアーク溶接する溶接鋼管の製造方法であって、溶接部の溶接後放冷中に、溶接時の最高到達温度が1200℃以上のHAZ部をα/γ変態点以上950℃以下の温度域にて、且つ、母材部および最高到達温度が900℃以下のHAZ部をα/γ変態点以下の温度域にて、溶接部に圧縮加工を施すことを特徴とする溶接鋼管の製造方法。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(1)
ここで、各成分元素は、質量%を意味する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接を行うUOE鋼管などの溶接鋼管の製造方法に関し、特にHAZ(溶接熱影響部)靱性や耐低温割れ性、耐SSC特性に優れた溶接鋼管の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接鋼管における溶接部の強度、靱性特性は、主に鋼材の化学成分や溶接条件を制御し、HAZ粗粒域の縮小、組織微細化および焼入性の最適化を図ることにより得られる。しかし、これらの制御因子のうち鋼材の化学成分は、母材の強度、靱性や耐サワー性能などの特性を確保するためにも重要な因子であるが、高強度化を所望する際の多量の合金元素の添加など、必ずしも溶接部特性にとって好ましい制御因子とは限らない。
【0003】
もうひとつの制御因子である溶接条件についても、内外面のラップの確保やアンダーカットの防止、内部欠陥の低減など溶接部品質の確保のために最低限必要な入熱が存在し、その必要入熱は鋼管の肉厚が厚くなるほど大きくなるなど、溶接条件の制御だけでは、所望の溶接部特性が得られない可能性がある。
【0004】
また、入熱を下げることは、一般にHAZ粗粒域の縮小や組織微細化などを通じてHAZ靱性の向上が図られるが、過度の入熱低減はHAZの硬化を招き、低温割れの助長や耐SSC特性の劣化を引き起こす。そこで、これらの制御因子以外の方法での溶接部特性の向上を可能とする製造方法の開発が求められている。
【0005】
例えば、特許文献1には、内外面2層溶接の片側に仮付溶接を行い、その反対側に対して本溶接を行った後に、仮付ビードを一部切削、除去した後、仮付溶接を行った側の本溶接を行うことで、溶接部靱性を向上させる技術が開示されている。また、特許文献2には、溶接後放冷中に400℃以上で溶接止端部を含むHAZに対して超音波振動でピーニング処理を行うことにより、HAZ靱性を向上させる技術が開示されている。また、特許文献3には、溶接後放冷中にエアーの吹き付けなどの手段で冷却速度を速くし、HAZ硬さを向上させることでHAZ靱性を向上させる技術が開示されている。また、特許文献4には、溶接鋼管の焼入焼戻もしくは焼鈍処理時に溶接部をAc〜Acに加熱保持し、圧延を施す技術が開示されている。さらに、特許文献5には、溶接部に対して熱間で圧縮加工を加えて溶接部組織に再結晶を起こさせ組織を微細化し、溶接部特性を向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−136130号公報
【特許文献2】特開2004−148383号公報
【特許文献3】特開2004−99930号公報
【特許文献4】特開平1−234523号公報
【特許文献5】特開2005−288471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の仮付溶接の切削、除去処理は、工数の増大をまねき生産性を悪化させることになる。また、特許文献2のピーニング処理は、溶接止端表面から深さ数mm程度までしか効果がなく、管厚内部位置でのHAZ靱性の改善は望めない。また、特許文献3の冷却速度を速くすることは、高強度を得るために高合金化した鋼管に対しては効果があるものの、通常の強度グレードの鋼管ではその効果は小さく、むしろHAZ靱性が劣化することもある。さらに、低温割れやSSCの発生も助長することになる。
【0008】
また、特許文献4の溶接鋼管の熱処理時に溶接部に圧延を行うことは、熱間で鋼管を圧延する装置を必要とし、実施することが困難である。さらに、特許文献5の溶接部に対して熱間で圧縮加工を加えることは、電縫溶接のスクイズロールと同様の設備を導入することで実施可能であるが、圧縮加工を加える温度範囲を適正に選択しなければ、溶接部に圧縮ひずみを集中させることができず、所望の効果を得るために多大の圧縮荷重を必要としてしまう。また、ラインパイプなどの鋼管素材は一般にTMCPにより製造され、その効果を最大化させるためにNbやMoが添加させているが、このことは溶接部に圧縮加工を加えたときの溶接部組織の再結晶を抑制するため、所望の効果を得ることができない可能性がある。
【0009】
また、この他に溶接パス数を増やして1パスあたりの溶接入熱を低減する方法や、溶接後に鋼管全体もしくは溶接部を熱処理する方法も考えられるが、このことはともに工数の増大をまねき生産性を悪化させるため、好ましくない。
【0010】
本発明は、上記した問題点に鑑みてなされたものであり、鋼材の化学成分の調整や溶接条件の最適化によらないで、生産性の著しい悪化を伴わず、溶接部特性を向上することのできる溶接鋼管の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、上記課題を解決するために、特許文献5で開示されている溶接後放冷中に溶接部にひずみを与える手法に着目し、Nb、Mo添加厚鋼板の圧縮時に起こる現象を詳細に把握するために加工フォーマスタ試験および実装置での実験を行い、以下の知見を得た。
【0012】
まず、溶接部各組織に溶接後放冷中の種々の温度域で圧縮加工を加えたときの変形抵抗、変態点、室温まで冷却した後の硬さの調査を加工フォーマスタ試験により行った。このとき、CGHAZは母材から切り出したサンプルに最高到達温度1400℃の溶接を模擬した熱履歴を与えることで再現した。CGHAZとは一般に粗粒ベイナイトとなり靱性が低いとされる溶融線近傍組織のことをいう。FGHAZは同じく母材から切り出したサンプルに最高到達温度900℃の溶接を模擬した熱履歴を与えることで再現した。FGHAZとはAc点直上まで加熱されて軟質なフェライトとなり継手強度の低下の主因となる組織のことをいう。WM(溶接金属)は母材をTi−B系ワイヤおよび溶融型フラックスを用いてサブマージアーク溶接で溶接することで作製した溶接金属から切り出したサンプルに最高到達温度1400℃の溶接を模擬した熱履歴を与えることで再現した。これらのサンプルについて最高到達温度から室温までの冷却途中の各温度(1000〜300℃)で1パス5%の圧縮を加えた。
【0013】
図1に圧縮温度と変形抵抗の関係を示す。変形抵抗は圧縮温度がγ(オーステナイト)域のときは100MPa以下と小さいが、変態開始温度以下になると急激に大きくなる。一般に同じ温度ではα(フェライト)はγよりも変形抵抗が小さいため、厚板圧延のように空冷でAr点以下になる場合は、今回みられたような急激な変形抵抗の上昇はみられない。この変形抵抗の急激な上昇の原因について種々調査した結果、固溶Cによる動的ひずみ時効によるものと推定できた。そのため、動的ひずみ時効の原因となる固溶C、Nを低減するため、Cを極限まで下げてTiを添加した鋼(薄鋼板分野ではTi添加IF鋼と呼ばれる)で同様の熱履歴を与え、変態開始温度以下で圧縮加工を行った結果、急激な変形抵抗の上昇はみられなかった。
【0014】
図2に圧縮温度と室温まで冷却した後の硬さの関係を示す。硬さはγ域では900℃以下でほぼ一定で変態開始温度以下になると急激に上昇するのは、変態後の組織にひずみが導入されるためである。一方、無圧縮材とγ域圧縮材とを比較するとCGHAZの場合はγ域圧縮材の硬さが低く、FGHAZの場合は硬さの低下は生じていない。
【0015】
これは、γ域で圧縮加工を加えることでγが微細化し、焼きが入りにくくなり変態点が上昇したためで、本来焼入性の高いCGHAZは変態点の上昇に伴い硬さが低下するが、圧縮加工を加えずとも十分に変態点の高いFGHAZの硬さにはほとんど影響が及ばなかったためである。また、1000℃で圧縮加工したもので硬さの低下が少なかったのは、圧縮温度が再結晶温度域であったためであり、その証拠にNb、Moが添加されていない鋼の場合では、今回用いた鋼に比べてCGHAZの硬さの低下が少なかった。
【0016】
以上の結果をまとめると、CGHAZがγ域であり、母材やFGHAZがα/γ変態点以下であれば、CGHAZと溶接金属のみが変形抵抗が低いために、外部からの圧縮加工によるひずみを集中させ、CGHAZを軟化させることができることがわかった。また、FGHAZがγ域のときに圧縮してもFGHAZは軟化せず、継手強度の劣化がおきないこともわかった。
【0017】
CGHAZを軟化させることは、HAZ靭性の向上や低温割れおよびSSCの抑制ができ、さらに圧縮加工により溶接部内部のブローホールの圧着も可能になると考えられる。
【0018】
これらの期待される効果のうちHAZ靭性の向上効果について実継手で確認するために、後述する第1の実施の形態の装置を用いて実験を行った。供試鋼管は上述したNb、Mo添加厚鋼板の板幅端部をエッジミラーで開先加工し、Cプレス、Uプレス、Oプレスを経て開先部が付き合わさった管状に成形して、外面部を仮付溶接後、内面部をサブマージアーク溶接でシーム溶接したものを用いた。次にサブマージアーク溶接で外面溶接を行う際に、サブマージアーク溶接機の下流に第1の実施の形態の装置を設置し、後述するεW=0.2、εT=0.2を狙った圧縮を溶接部に加えた。本発明では、溶接部に圧縮加工を加えるときの温度管理が重要となるが、本実験では、あらかじめ溶接線中央から10mmの位置に熱電対をとりつけ溶接時の温度履歴を測定し、その結果をもとに移動線熱源モデルで溶接部近傍の温度履歴を予測することで圧縮温度と時間の関係を調査した。
【0019】
図3に最高到達温度が900℃の位置での推定圧縮温度とその後室温まで冷却した後の溶接継手のHAZ最高硬さと外面FL(溶融線)シャルピー試験の結果を示す。なお、ここで最高到達温度900℃の位置で管理したのは、それよりも高温では移動線熱源モデルと実際との計算誤差が大きくなるためである。図3より明らかなように最高到達温度が900℃の位置の圧縮時加工温度がα/γ変態温度直下近傍でHAZ最高硬さが最も低く、シャルピー吸収エネルギは最も高くなっている。これは、CGHAZにγ域で効果的にひずみを加えることができたためと考えられる。一方、それよりも高い温度域で圧縮すると母材やFGHAZなどの低温HAZも変形抵抗が小さくなり、CGHAZに十分ひずみが集中できずに、またそれよりも低い温度域で圧縮するとCGHAZも変態開始温度よりも温度が下がり本装置で加えた荷重では十分にひずまないだけでなく、変態後組織にひずみがかかるために、靭性の向上がみられず、場合によっては靭性の劣化やHAZの硬化を招くことがわかった。
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであって、その要旨は以下の通りである。
【0020】
第一の発明は、質量%で、C:0.03%以上を含有し、更にNb:0.005%以上および/またはMo:0.10%以上を含有し、かつ式(1)で定義される炭素当量(Ceq)が0.340以上である厚鋼板を圧延方向を長手方向として管状に冷間成形して、突合せ部をサブマージアーク溶接する溶接鋼管の製造方法であって、溶接部の溶接後放冷中に、溶接時の最高到達温度が1200℃以上のHAZ部をα/γ変態点以上950℃以下の温度域にて、且つ、母材部および最高到達温度が900℃以下のHAZ部をα/γ変態点以下の温度域にて、溶接部に圧縮加工を施すことを特徴とする溶接鋼管の製造方法である。
【0021】
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(1)
ここで、各成分元素は、質量%を意味する。
【0022】
第二の発明は、前記圧縮加工は、溶接部に対して鋼管円周方向に圧縮加工を施すことを特徴とする第一の発明に記載の溶接鋼管の製造方法である。
【0023】
第三の発明は、前記圧縮加工は、更に溶接部に対して鋼管の外径側から内径側に向かう方向にも圧縮加工を施すことを特徴とする第二の発明に記載の溶接鋼管の製造方法である。
【0024】
第四の発明は、前記圧縮加工は、サブマージアーク溶接機の溶接方向下流側に設置され、溶接部に熱間で圧縮加工を施す装置により行うことを特徴とする第一乃至第三の発明の何れかに記載の溶接鋼管の製造方法である。
【0025】
第五の発明は、前記圧縮加工を施す装置は、溶接鋼管を左右両側から挟み込む1対の成型ロールと、溶接部を鋼管の外径側から内径側に向かう方向に押えるガイドロールとからなることを特徴とする第四の発明に記載の溶接鋼管の製造方法である。
【発明の効果】
【0026】
本発明の製造方法によれば、HAZ靱性や耐低温割れ性、耐SSC特性に優れた溶接鋼管の製造が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】圧縮温度と変形抵抗との関係を示す図である。
【図2】圧縮温度と硬さとの関係を示す図である。
【図3】圧縮温度とHAZ最高硬さ、FLシャルピー吸収エネルギーとの関係を示す図である。
【図4】第1の実施の形態に係るUOE鋼管製造設備の構成を示す図である。
【図5】第1の実施の形態におけるひずみを定義する図である。
【図6】第2の実施の形態に係るUOE鋼管製造設備の構成を示す図である。
【図7】第2の実施の形態におけるひずみを定義する図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0029】
1.鋼管素材成分について
成分における%はすべて質量%とする。
【0030】
C:0.03%以上
本発明ではCGHAZにひずみを集中させることが必要である。そのため、変態開始温度以下で変形抵抗が大幅に増加する鋼管素材を用いる必要がある。
Cが0.03%以上では溶接中に生成したαが動的ひずみ時効により大きな変形抵抗をもつため、変態開始温度以下で大幅に変形抵抗が上昇する。0.03%未満では、変形抵抗の上昇が十分でないため、C量は0.03%以上とする。
【0031】
Nb:0.005%以上および/またはMo:0.10%以上
Nb、Moはともに未再結晶温度域を拡大する元素として知られている。Nbが0.005%以上および/またはMoが0.10%添加されていれば、未再結晶域が950℃以上まで拡大されるため、それぞれNb量は0.005%以上、Mo量は0.10%以上とする。
【0032】
C、Nb、MoおよびCeq以外の化学成分の範囲については特に規定しないが、本発明により得られるUOE鋼管をラインパイプ、ライザー管などの石油・天然ガス採掘用鋼管、プラント配管、海洋構造物などの構造管、建築用鋼管柱などに用いる場合に必要な強度、靱性、溶接性を得るためには、以下の成分範囲を満たしていることが望ましい。
【0033】
Siは脱酸上、鋼に必然的に含まれる元素であるが、0.5%を超えて添加すると、溶接性やHAZ靱性に悪影響を与えるため、Si量は0.5%以下とするのが良い。
【0034】
Mnは強度、靱性を同時に向上させることができる極めて重要な元素であるが、0.5%未満の添加ではその効果が十分でなく、2.8%を超えて添加すると、母材およびHAZの靱性を劣化させ、また中心偏析部にMnSが生成することで内部品質が劣化すること、更にHAZ組織が下部ベイナイトとなり本発明の効果が最大限に生かされなくなるため、Mn量は0.5〜2.8%の範囲とするのが良い。
【0035】
Alは脱酸剤として添加されるが、0.10%を超えて添加すると、溶接性、HAZ靱性や清浄度を低下させるため、Al量は0.10%以下とするのが良い。
【0036】
Cuは靱性をあまり劣化させずに強度を上げることのできる元素であるが、0.8%を超えて添加すると、スラブ表面に割れが発生し、圧延前にグラインダなどでの手入れが必要となるため、Cu量は0.8%以下とするのが良い。
【0037】
Niは強度、靱性およびHAZ靱性を向上させる元素であり、添加することが望ましいが、2%を超える添加によりHAZ組織が下部ベイナイトになり本発明の効果が最大限に生かせなくなるため、Ni量は2%以下とするのが良い。
【0038】
Crは母材強度を高めることのできる元素であるが、1.0%を超えて添加すると母材靱性、HAZ靱性を劣化させることになるため、Cr量は1.0%以下とするのが良い。
【0039】
Vは析出強化により強度を向上させるが、0.1%を超えて添加すると母材靱性、HAZ靱性が劣化するため、V量は0.1%以下とするのが良い。
【0040】
Tiは鋼中に不可避的に含まれるNと結合しTiNを生成することで、母材、HAZの結晶粒を微細化すること、および固溶Nを低減することにより靱性を向上させることができるが、0.005%未満の添加ではその効果が十分でなく、0.04%を超えて添加すると固溶TiやTiCの生成によって靱性の劣化を招くため、Ti量は0.005〜0.04%の範囲とするのが良い。
【0041】
Bは高強度化に極めて有効であるが、0.003%を超えて添加するとHAZが著しく硬化し、靱性が劣化するため、B量は0.003%以下とするのが良い。
【0042】
CaはMnSの形態を制御して靭性を改善するので添加してもよいが、0.005%を超えて添加するとCaOSクラスタが生成して靭性を劣化させるため、添加する場合は、Ca量は0.005%以下とするのが良い。
【0043】
P、S、N、Oの各元素は、鋼中に不可避的に含まれる元素であるが、Pは0.05%、Sは0.005%、Nは0.01%、Oは0.005%をそれぞれ超えると偏析の劣化や介在物の多量生成により、母材の延性、靱性、HAZ靱性を劣化させるため、P量は0.05%以下、S量は0.005%以下、N量は0.01%以下、O量は0.005%以下とするのが良い。
【0044】
炭素当量(Ceq):0.340以上
CeqはHAZの焼入れ性を示す指標であり、0.340未満とすると、CGHAZも焼入性の低いフェライト+パーライト組織となり、圧縮加工による軟化がおこらずHAZ靭性の改善効果がなくなるため、下限を0.340とした。また、Ceqが0.55を超えるとCGHAZが靱性のよい下部ベイナイトとなり、この成分領域では圧縮加工を加えることでCGHAZ軟化は期待できるがCGHAZの靱性はむしろ劣化するため、より好ましくは上限を0.55とする。
【0045】
2.圧縮加工温度について
溶接時の最高到達温度が1200℃以上のHAZ部:α/γ変態点以上950℃以下
CGHAZを軟化させるためには、CGHAZがγ域でなおかつ未再結晶域で圧縮加工を加える必要がある。圧縮加工温度がα/γ変態点未満ではCGHAZにひずみが集中できず、950℃以上では圧縮加工による組織微細化が十分でなくともにCGHAZの軟化効果が小さくなるため、α/γ変態点以上950℃以下で圧縮加工を加えることとする。
【0046】
溶接時の最高到達温度が900℃以下のHAZ部、および母材部:α/γ変態点以下
CGHAZに歪を集中させるためには、最高到達温度がそれよりも低い部分はできるだけ変形抵抗が大きい方がよい。そのためには、最高到達温度が900℃以下のHAZ部、および母材部がα/γ変態点以下である必要がある。
【0047】
なお、これらの温度の管理方法としては、実際の圧縮加工時もしくはそれと同じ条件で溶接した鋼管に対して、熱電対を用いて直接所望とする最高到達温度の箇所の温度履歴を測定するか、任意の箇所の温度履歴を熱電対で測定した後、その位置の溶融線からの距離から移動線熱源モデル等の熱伝導計算によって所望とする最高到達温度の箇所の温度履歴を推定して用いることが望ましい。また、熱伝導計算によって温度履歴を推定する場合は、最高到達温度が1200℃以上のHAZ部の温度履歴を計算する場合に誤差が大きくなるため、有限要素法などにより溶融線の形状などを考慮して温度履歴を求めることがより好ましい。一方で、より簡便な管理方法として、最高到達温度が900℃以下のHAZ部のα/γ変態点以下で、なおかつ最高到達温度が1200℃以上のHAZ部のα/γ変態点以上となる温度範囲で、最高到達温度が900℃以下のHAZ部を圧縮してもよい(この条件範囲であれば、本発明の請求範囲に収まることを確認している)。
【0048】
3.圧縮加工を加える方向
圧縮加工を加える方向は、円周方向もしくは円周方向に加えて外面から鋼管半径方向に加えることとする。鋼管断面にかける負荷を考えた場合、これ以外の負荷方法では溶接部に対して引張や剪断方向のひずみが主となり割れ発生の原因となるからである。また、剪断ひずみを小さくするために、外面から鋼管半径方向に加える力は円周方向の力に比べて小さいことが好ましい。
【0049】
4.圧縮加工を加える装置
圧縮加工を加える装置は上述した方向に十分な力をかけることができることが必要であり、以下に述べる第1または第2の実施の形態とするのが良い。
【0050】
(第1の実施の形態)
図4に、第1の実施の形態に係るUOE鋼管の製造設備の構成を示す。エッジミラー、Cプレス、Uプレス、Oプレスを経て鋼板を突合端部開口状の鋼管形状に成形した。突合端部開口状の鋼管(以下、単に鋼管と呼ぶ)1は、図4に示すように、複数の搬送ロール4により形成される搬送路上を搬送され、その搬送路の途中には溶接機3が配設され、その溶接機3の搬送方向下流側直近には溶接部加工装置2が配設されている。なお、鋼管1 は、突合端部を上方に向けて搬送される。溶接機3は、鋼管1の突合端部に対してサブマージアーク溶接を行うものである。
【0051】
溶接部加工装置2は、鋼管1を挟んで左右両側に配設される1対の成型ロール22、22を備え、溶接機3よりも搬送方向下流側に配設され、溶接機3によって形成した溶接部1aに対し熱間で圧縮加工を施すものである。前記成型ロール22は、上下方向にその回転軸が向くように配設されるとともに、鋼管1の外周面に上下に離れた2箇所(第1の接触箇所、第2の接触箇所)で当接するように楕円の円弧形状とされた鼓状のロールであり、搬送される鋼管1の幅よりも若干狭い間隔をもって1対が配設される。なお1対の成型ロール22、22のそれぞれにバックアップロール23が設けられている。
【0052】
上記のような第1の実施の形態に係るUOE鋼管の製造設備の動作、作用及び効果について説明する。鋼管1の突合端部が溶接機3に搬送されてきて、サブマージアーク溶接された溶接部1aがさらに搬送され、溶接部加工装置2に至ると、狭い成型ロール22、22間を通り抜ける際に鋼管1は左右両側から挟みこまれて鋼管円周方向に圧縮される方向に力を受ける。この力は、図4(b)に示すように、溶接部1aから遠い側の第1の接触箇所2箇所で鋼管1の左右両側から鋼管1の略中心に向かって水平方向に働く第1の力と、溶接部1aに近い側の第2の接触箇所2箇所で鋼管1の外径側から内径側に向かって斜め下方に働く第2の力と、に分けて考えることができる。
【0053】
このうち、第1の力により、溶接部1aは鋼管円周方向に圧縮される方向に力を受ける。この力はまた、鋼管1を上下方向に膨らませようとする力としても作用する。また、第2の力は、溶接部1aに対し鋼管円周方向に作用する水平成分と下方に作用する鉛直成分に分けて考えることができる。このうち鉛直成分は、上記第1の力による鋼管1の上下方向への膨らみを抑制しようとする力として作用する。この作用により、図4(c)に示すように鋼管1が変形しようとする作用が抑制される。
【0054】
この成型ロール22、22による圧縮加工前後の溶接部1aの断面を図5(b)に示す。実線は成型ロール22、22通過前(圧縮加工前)の溶接部1aを、破線は成型ロール22、22通過後(圧縮加工後)の溶接部1aの溶接金属部を示す。これらの図に示すように、圧縮加工により溶接部1aには鋼管円周方向に塑性変形が生じている。なお、上記実施形態においては鼓状の成型ロール22を用いたが、成型ロール22の形状は特に限定されない。例えば、上記鋼管1と接触する2箇所にそれぞれ別の成型ロールを配置してもよい。また、鋼管1との接触箇所は2箇所(左右合わせれば4箇所)に限定されず、1箇所(同2箇所)又は3箇所(同6箇所)以上であってもよい。
【0055】
(第2の実施の形態)
図6に、第2の実施の形態に係るUOE鋼管の製造設備の構成を示す。第2の実施の形態は、第1の実施の形態と略同様の構成であるが、溶接部加工装置2の構成が異なっている。以下、この異なる点を中心に説明する。溶接部加工装置2は、第1の実施の形態のものと若干形状の異なる1対の成型ロール22、22と、ガイドロール21とを備え、第1の実施の形態と同様、溶接部1aに対して圧縮加工を施すものである。成型ロール22は、第1の実施の形態と同様に全体が鼓状であるが、鋼管1と1箇所で接触するような形状にしてある。ガイドロール21は、搬送方向に沿う方向に回転する円板状のロールであり、1対の成型ロール22、22の間でかつ鋼管1の突合端部外周面を鋼管1の外径側から内径側に向かう方向に押さえるように配設される。
【0056】
上記のような第2の実施の形態に係るUOE鋼管の製造設備の動作、作用及び効果について説明する。鋼管1の突合端部が溶接機3に搬送されてきて、サブマージアーク溶接された溶接部1aがさらに搬送され、溶接部加工装置2に至ると、溶接部1aは成型ロール22、22によって左右両側から挟みこまれて鋼管円周方向に圧縮される方向に力を受けるとともに、ガイドロール21からも鋼管1の外径側から内径側に向かって圧縮される方向に力を受ける。このとき、成型ロール22、22から受ける力は、鋼管1の左右両側から鋼管1の略中心に向かって水平方向に働く力による。この力により、溶接部1aは鋼管円周方向に圧縮される方向に力を受ける。この力はまた、鋼管1を上下方向に膨らませる力としても作用する。
【0057】
ガイドロール21により突合端部外周面を鋼管1の外径側から内径側に向かう方向に押さえる力は、鉛直下方に働くものであり、上記成型ロール22、22から付与される力により鋼管1が上下方向に膨らもうとするのを抑制するように作用する。この作用により、図4(c)に示すように鋼管1が変形しようとする作用が抑制される。また、このガイドロール21から付与される鉛直下方に働く力に加えて溶接部1aは鋼管円周方向に圧縮される方向に力を受けるため、第2の実施の形態では、溶接部1aは成型ロール22、22により鋼管円周方向、そして、ガイドロール21により鋼管1の外径側から内径側に向かう方向(鋼管径方向)に、それぞれ圧縮され、溶接部1aには鋼管円周方向並びに鋼管径方向の塑性変形が起こる。なお、上記第2の実施の形態では、第1の実施の形態とは別な形状の成型ロール22、22を用いているが、第1の実施の形態と同じ形状の成型ロール22、22を用い、ガイドロール21に加えて鋼管1の外径側から内径側に向かう方向に力を付与するようにしてもよい。
【実施例1】
【0058】
本発明の効果を確認するために溶接鋼管を作製し、HAZ最高硬さおよびFLシャルピー吸収エネルギを評価した。
【0059】
供試鋼管1は、表1に示す化学成分を有する鋼種(A〜D)を種々の板厚に圧延し、その板幅端部にエッジミラーで開先加工し、Cプレス、Uプレス、Oプレスを経て開先部が付き合わさった管状に成形したものの外面部を仮付溶接後、内面部をサブマージアーク溶接でシーム溶接し、次にサブマージアーク溶接で外面溶接を行う際に、サブマージアーク溶接の下流に設置した上記第1の実施の形態又は第2の実施の形態の設備を用いて圧縮加工を施し、最後に拡管することで製造した。表1に供試鋼管の化学成分を、表2に供試鋼管の製造条件および溶接部特性を示す。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
圧縮温度は、あらかじめ溶接線中央から10mmの位置に熱電対をとりつけ溶接時の温度履歴を測定し、その結果をもとに移動線熱源モデルで溶接部近傍の温度履歴を予測し、最高到達温度が900℃の位置の温度と時間の関係を調査し、同位置が所望の圧縮温度になるように時間管理で圧縮を加えた。
【0063】
なお、本発明では、最高到達温度が900℃以下のHAZ部のα/γ変態点以下で、なおかつ最高到達温度が1200℃以上のHAZ部のα/γ変態点以上となる温度範囲で、最高到達温度が900℃以下のHAZ部を圧縮しても、所望の温度範囲で圧縮できたものとした。
【0064】
また、種々の荷重の圧縮加工を施し、溶接部1aに生じる塑性変形の程度の異なる鋼管1を種々製造し、両試験を行った。そのとき鋼管に付与されたマクロひずみ(εW、εT、ε)を表2に併記する。表2中のεW、εT、εは下記の式(1)〜式(3)によって求められる値である。
【0065】
εW=(W0−W1)/W0 ・・・式(1)
εT=(T1−T0)/T0 ・・・式(2)
ε=εW/εT ・・・式(3)
なお、図5に示すように、W0は溶接直後の溶接部1aの幅、W1は成型ロール通過後の溶接部1aの幅、T0は溶接直後の溶接部1aの厚さ、T1は成型ロール通過後の溶接部1aの厚さである。なお、第2の実施の形態については図7に示す。
【0066】
変態温度は、鋼種(A〜D)毎にフォーマスタ試験片を採取し、FGHAZおよびCGHAZを模擬するために最高到達温度を900℃および1400℃に変化させたCCT図を作成し、管厚から推定される冷却速度のときの変態点を採用した。
【0067】
シャルピー衝撃試験は、外面溶接部で外表面下6mm位置が試験片中央になるように、またノッチが溶接部断面方向にHAZと溶接金属が50%ずつ入るように(すなわち試験片中央がFLとなるように)ノッチを入れた。試験は、−30℃で各3本ずつ試験し、その平均吸収エネルギを求めた。
【0068】
HAZの最高硬さは溶接部の断面マクロ組織観察用試験片を採取し、荷重1kgfで外面溶接外面下6mmの位置のFLから母材方向へ0.4mmピッチで4.8mm測定し、その最高値を求めた。
【0069】
発明の効果は、圧縮加工を加えたものと加えていないものを比較し、両者の差がFLシャルピー吸収エネルギの場合は50J以上、HAZ最高硬さの場合は10以上の場合に効果があったものとして評価した。
【0070】
表2に示す試験結果によると、鋼管No.1〜3は本発明の範囲内にあるため、圧縮加工によりHAZ最高硬さの低下およびFLシャルピー靱性の向上効果が得られている。一方、その他の鋼管については、いずれかの条件が本発明範囲外であるため、圧縮加工による溶接部特性の改善効果が得られていない。鋼管No.4は、圧縮温度が低すぎるため変形抵抗が大きく十分なひずみが付与できず、加工硬化も伴うため、むしろ靱性の劣化およびHAZ硬さの上昇を招いている。鋼管No.5は、圧縮温度が高すぎるため、CGHAZにひずみを集中できずに、改善効果が小さい。鋼管No.6は、厚鋼板成分でNb、Moが所望の量の添加がされていないため、未再結晶域での圧縮が行われず、改善効果が小さい。鋼管No.7は、C量が少なすぎるため2相域の変形抵抗が十分でなく、最適な圧縮加工温度で圧縮しても十分な改善効果が得られていない。鋼管No.8は、Ceqが小さすぎるため、CGHAZ組織がフェライト+パーライト組織になり、十分な改善効果が得られていない。
【符号の説明】
【0071】
1 鋼管
1A 母材
1B 溶接金属部
1C HAZ部
1a 溶接部
2 溶接部加工装置
21 ガイドロール
22 成型ロール
23 バックアップロール
3 溶接機
31 フラックス供給管
33 溶接用ワイヤ
4 搬送ロール
5 フラックス
8 試験片
P 中点
W0 溶接直後の溶接部の幅
W1 成型ロール通過後の溶接部の幅
T0 溶接直後の溶接部の厚さ
T1 成型ロール通過後の溶接部の厚さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03%以上を含有し、更にNb:0.005%以上および/またはMo:0.10%以上を含有し、かつ式(1)で定義される炭素当量(Ceq)が0.340以上である厚鋼板を圧延方向を長手方向として管状に冷間成形して、突合せ部をサブマージアーク溶接する溶接鋼管の製造方法であって、溶接部の溶接後放冷中に、溶接時の最高到達温度が1200℃以上のHAZ部をα/γ変態点以上950℃以下の温度域にて、且つ、母材部および最高到達温度が900℃以下のHAZ部をα/γ変態点以下の温度域にて、溶接部に圧縮加工を施すことを特徴とする溶接鋼管の製造方法。
Ceq=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(1)
ここで、各成分元素は、質量%を意味する。
【請求項2】
前記圧縮加工は、溶接部に対して鋼管円周方向に圧縮加工を施すことを特徴とする請求項1に記載の溶接鋼管の製造方法。
【請求項3】
前記圧縮加工は、更に溶接部に対して鋼管の外径側から内径側に向かう方向にも圧縮加工を施すことを特徴とする請求項2に記載の溶接鋼管の製造方法。
【請求項4】
前記圧縮加工は、サブマージアーク溶接機の溶接方向下流側に設置され、溶接部に熱間で圧縮加工を施す装置により行うことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の溶接鋼管の製造方法。
【請求項5】
前記圧縮加工を施す装置は、溶接鋼管を左右両側から挟み込む1対の成型ロールと、溶接部を鋼管の外径側から内径側に向かう方向に押えるガイドロールとからなることを特徴とする請求項4記載の溶接鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−45607(P2012−45607A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−192005(P2010−192005)
【出願日】平成22年8月30日(2010.8.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】