説明

溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼

【課題】汎用の二相ステンレス鋼と同等の耐食性を有し、溶接熱影響部の耐食性低下を抑制した高N二相ステンレス鋼を提供すること。
【解決手段】オーステナイト相面積率が40〜70%で、下記(1)式によるPI値が30〜38で、下記(2)式によるNI値が100〜140で、下記(3)式によるγpreが1350〜1450である溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
PI=Cr+3.3Mo+16N・・・(1)
NI=(Cr+Mo)/N・・・(2)
γpre=−15Cr−28Si−12Mo+19Ni+4Mn+19Cu+770N+1160C+1475・・・(3)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト相とフェライト相の二相を持つ二相ステンレス鋼のうち、Ni,Mo等の高価な合金の含有量を抑えた省合金二相ステンレス鋼において、使用時の大きな課題の一つである溶接熱影響部の耐食性低下を抑制し、それにより溶接構造物への当該鋼適用時のネックとなり得る溶接作業性の向上を図ることが出来る省合金二相ステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
二相ステンレス鋼は、鋼の組織にオーステナイト相とフェライト相の両相を持ち、高強度高耐食性の材料として以前から石油化学装置材料、ポンプ材料、ケミカルタンク用材料等に使用されている。更に、二相ステンレス鋼は、一般に低Niの成分系であることから、直近の金属原料高騰状況に伴い、ステンレス鋼の主流であるオーステナイト系ステンレス鋼よりも合金コストが低くかつその変動が少ない材料として注目を浴びている。
【0003】
ところで、二相ステンレス鋼の直近のトピックとして、省合金タイプの開発とその使用量増加がある。
省合金タイプとは、従来の二相ステンレス鋼より高価な合金の含有量を抑え、低い合金コストのメリットを更に増大させた鋼種で、うち特許文献1と2はASTM−A240で規格化されており、前者はS32304(代表成分23Cr−4Ni−0.17N)、後者はS32101(代表成分22Cr−1.5Ni−5Mn−0.22N)に対応する。
従来鋼のメイン鋼種は、JIS SUS329J3LやSUS329J4Lであるが、これらはオーステナイト系の高耐食鋼SUS316Lよりも更に高耐食であり、高価なNiやMoをそれぞれ約6〜7%(以下、成分についての%は質量%を意味する)、約3〜4%添加している。
これに対し省合金二相ステンレス鋼は、耐食性をSUS316Lもしくは汎用鋼のSUS304に近いレベルとした代わりに、Moをほぼ0とし、NiをS32304では約4%、S32101では約1%と大幅に低減している。
【0004】
更に最近では、JIS SUS329J3Lに近い耐食性を有しつつ、NiやMoを低めた鋼種が開発され、特許文献3に記載されており、ASTM−A240ではS82441として規格化されている。具体的には、SUS329J3Lに比べMoを約3から約1.6、Niを約6から約3.6に低めた代わりに、Crを約23から約24、Mnを約1.5から約3、Nを約0.15から約0.27に高めることで耐食性を確保しつつ低廉化を図っている。
【0005】
特許文献4は、特許文献1のS32304の改良型として、酸性環境における耐食性を高めるためにCuを、強度を高めるためにNb,V,Tiの何れかを添加したものである。
また、特許文献5は、延性および深絞り性に優れたオーステナイト・フェライト系ステンレス鋼として、省合金二相鋼の成分系を規定しているが、その中で、選択元素として0.5%以下のV添加をしており、その効果として鋼の組織を微細化し強度を高める元素とある。
【0006】
これら省合金二相鋼において課題となるのが溶接熱影響部の耐食性低下である。省合金タイプの二相ステンレス鋼は、Ni,Moの代わりにNを多く添加することが通例である。このような高N二相鋼の場合、溶接を行った際、溶接部近傍の熱影響部(いわゆるHAZ部)において、ある限界以上の入熱量を受けた場合に、極端な耐食性低下を起こすことがある。
そのため高N二相鋼は、合金コストが安価であるにもかかわらず、耐食性と靭性があまり問題にならない用途において限定的に使用されるか、もしくは低入熱、即ち溶接速度を低めた溶接向け構造材として限定的に使用されている。
【0007】
この課題を克服するために、発明者らは特許文献6において、C:0.06%以下、Si:0.1〜1.5%、Mn:2.0〜4.0%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Cr:19.0〜23.0%、Ni:1.00〜4.0%、Mo:1.0%以下、Cu:0.1〜3.0%、V:0.05〜0.5%、Al:0.003〜0.050%、O:0.007%以下、N:0.10〜0.25%、Ti:0.05%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、Md30値が80以下、Ni−bal.が−8以上−4以下であり、かつN含有量の上限がNi−bal.との関係式で表され、オーステナイト相面積率が40〜70%であり、2×Ni+Cuが3.5以上であることを特徴とする溶接熱影響部の耐食性と靭性が良好な省合金二相ステンレス鋼を開示した。この発明のポイントは、固溶レベルの微量のV添加に加え、オーステナイト量推定式であるNi−bal.に応じたNの上限を規定することにより、HAZ部の窒化物析出を抑制することである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭61−56267号公報
【特許文献2】WO2002/27056号公報
【特許文献3】WO2010/70202号公報
【特許文献4】WO96/18751号公報
【特許文献5】特開2006−183129号公報
【特許文献6】WO2009/119895号公報
【特許文献7】特開2006−241590号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、特許文献6に示した省合金タイプの二相ステンレス鋼について得た技術的知見を基礎として、特許文献3のようにSUS329J3Lレベルのより高耐食な二相ステンレス鋼において前記技術的知見を適用すべく調整を行い、結果、合金コストを極力抑えた上で、上述のようなHAZ部の耐食性低下を抑制し、構造材等に使用する際の課題を少なくした省合金二相ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記HAZ部の耐食性低下を出来る限り抑制する方法について詳細に検討した結果、当該現象の発生機構および抑制策について知見を得、本発明に到った。その発生機構は特許文献6と同一であるが、抑制策はCr,Moをより高めたことにより異なるものとなった。溶接HAZ部において耐食性が低下する理由は下記の通りである。
【0011】
二相ステンレス鋼に添加されたNは、そのほとんどがオーステナイト相中に固溶し、フェライト相中への固溶はごく少量である。溶接時の加熱によってフェライト相の割合は増加、オーステナイト相は減少し、フェライト中の固溶N量が増加するが、溶接後の冷却時には、冷却速度が速いためオーステナイト相は溶接前の量まで戻らず、フェライト中の固溶N量が溶接前と比べて高いレベルに留まる。ところが、フェライト相のN固溶限は比較的小さいため、冷却時に固溶限を超えた分はCr窒化物となり析出する。この窒化物が析出することによりCrが消費され、いわゆるCr欠乏層を生じることで耐食性を低下させる。これが、溶接HAZ部において耐食性が低下する理由である。
【0012】
次に耐食性低下の抑制策であるが、通常、フェライト中の固溶C,N量を低減する手法としては、Ti,Nbのような炭窒化物安定化元素を合金化する事が広く知られており、フェライトステンレス鋼では、C,N含有量を極低レベルに低減し、0.1〜0.6%程度のTi,Nbを添加した高純度フェライトステンレス鋼が実用化されている。
ところが、Nを多量に含有する省合金二相ステンレス鋼にこのような量のTi,Nbを合金化すると、当該Nが窒化物として多量に析出し、靭性を阻害することになる。
そこで、本発明者らはNとの親和力のあるV,Nb,B等の元素についての作用を考慮し、その含有量と省合金二相ステンレス鋼溶接HAZ部の耐食性と靭性との関連性を調査・研究することにより、新たに以下の知見を得た。
【0013】
省合金二相ステンレス鋼において、V,Nb,B等の元素はそれぞれNとの親和力の大きさが異なり、元素の種類と量に応じてそれぞれの窒化物が生成する温度域が異なる。Ti,Zrのように親和力の非常に強い元素は凝固点前後のかなり高温で、また、親和力の比較的強いBは、熱間圧延や溶体化熱処理の温度付近で窒化物析出を生じてしまい、靭性低下をもたらす。ところが、VやNbについては、その含有量を調整することにより、Crの窒化物が生成する900〜600℃の温度域で固溶/析出を調整することができる。
【0014】
そこで、本発明者らは、V添加による改善策についてさらに検討を進めた。従来文献にて記載の通り、二相ステンレス鋼へのV添加の先例はあるが、通常行われるV添加は、強度を向上させるか、もしくは前述のTi,Nbと同様、固溶Nを出来る限りV窒化物として析出させCrの窒化物としての析出を抑え、Cr欠乏層を抑止するいわゆる安定化のために行うものであり、VはV窒化物を析出させるレベルの添加を行うのが通例である。
それに対し本願発明では、以下の考えに基づき固溶レベルのV添加に留めることにより、HAZ部の窒化物析出を抑制できるという知見を得た。その機構は次のとおりである。
【0015】
Cr窒化物は、溶接による加熱後冷却時にHAZ部が500〜900℃程度の窒化物析出温度域に数秒〜数十秒といった短時間晒されることにより析出する。また、VのNとの親和性は、Ti,Nb等よりは低いもののCrよりは高く、Nの活量を下げる。このためVの微量添加は、Cr窒化物の析出を遅延させ、数十秒といった短時間においてはCr窒化物の析出量を抑制できる。
ただし、従来法のようなVの多量添加を行うと、耐食性は向上するが靭性については多量のV窒化物が析出することとなり、従来鋼と同様に低下してしまう。
【0016】
それに対し発明者らは、Vを固溶レベルの添加に留めることにより、相互作用によりCr窒化物の析出を遅延させる方法を見出した。その機構は次のとおりと考えられる。
上記のとおりCr窒化物は、溶接による加熱後冷却時にHAZ部が500〜900℃程度の窒化物析出温度域に数秒〜数十秒といった短時間晒されることにより析出する。そして、VとNの親和性は高く、Nの活量を下げるため、Vの微量添加はCr窒化物の析出を遅延させ、数十秒といった短時間ではCr窒化物析出を抑制可能となる。
しかしながら、上記のようなV添加の効果を発揮させるためには、Vが固溶状態にあるようにしなければならない。そのためにはVの過剰な添加を抑制することに加え、溶接後の冷却時におけるフェライト中のN量を可能な限り低減する。溶接後冷却時のフェライト中のN量を可能な限り低減するために、単にN添加量を抑制することは意味が無く、Nをより多く固溶するオーステナイト相を十分確保することが必要である。
【0017】
このオーステナイト相確保条件を明確にすべく、本発明者らは、平衡析出温度をシミュレーション計算により求め、各成分の寄与の大きさを定式化することを試みた。具体的には、オーステナイト相の平衡析出温度推定値γpreについて、熱力学データを用いた平衡計算により添加元素の影響を算出し、更に実験にて確認して、下記の(3)式を導出した。なお、(3)式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
γpre=−15Cr−28Si−12Mo+19Ni+4Mn+19Cu+770N+1160C+1475 ・・・ (3)
【0018】
N量については、発明者らは、特許文献6においては母材オーステナイト量の推定式とNの関係式で直接上限を規定した。
これに対し、本発明のような高Cr,Mo鋼の場合は様相が異なる。当該鋼の場合、CrやMoとNの相互作用により析出が遅延するため、窒化物が最終的には相当量析出するようなN量でも短時間では析出せず、その結果、Cr,MoとNの関係式から得られるNI値、すなわち、(Cr+Mo)/Nを適正範囲とすれば、溶接入熱による短時間の加熱では実質上問題のない程度の析出量に留まることが判明した。
【0019】
以上に述べたV,γpre,NI値の適正範囲を明確にするために、本発明者らは、溶接HAZ部の熱サイクルを模擬した下記のような実験を行った。即ち、さまざまな成分の鋼材に、順に1)室温から1250℃まで15秒で昇温、2)1250℃に5秒間保定、3)1250℃から900℃まで15秒で等温冷却、4)900℃から400℃まで135秒で等温冷却、5)400℃から窒素吹付等により室温まで急冷、即ち図1のような熱履歴を試料に与え、その試料の特性を評価した。
当該ヒートパターンは、ステンレスで一般的に用いられている溶接の熱サイクルを模擬し簡略化したものになっている。2)の最高温度領域は窒素固溶限の小さいフェライト相の増加域、3)の中程度の温度領域は、フェライト相の一部のオーステナイト相への変態域、4)の低温域は、窒化物の析出域にそれぞれ大まかに対応している。各々の通過時間は実際の測温データを元に作成した。すなわちこのヒートパターンによって、実際の溶接時の窒化物の析出条件を模擬することができる。
【0020】
この評価法により、HAZ部での窒化物析出による耐食性低下を抑制しうる成分の適正範囲を明確にした。
まず、HAZ部のオーステナイト量は上記(3)式のγpreと関数関係にある事を見出した。HAZ部のオーステナイト量は、耐食性、耐応力腐食割れ性、靱性等の観点から40〜70%の面積率が適正であり、そこから逆算してγpreの適正範囲を規定した。
次に、Vの添加量を0.05%以上0.25%以下にすることで、Cr窒化物の析出抑制に大きな効果を得る二相ステンレス鋼を得ることが出来た。
更に、Cr窒化物析出を抑制し、耐食性を保持しうる範囲として、図2に示すようなオーステナイト相析出温度およびNI値の関係で規定される適正範囲を見出した。
以上の結果から、これらの制御因子の適正化を図り、上記課題を解決しうる成分系の省合金二相ステンレス鋼を発明するに至った。
【0021】
以上の知見より、本発明の要旨とするところは以下の通りである。
(1)質量%にて、
C :0.06%以下、 Si:0.1〜1.5%、
Mn:2.0〜4.0%、 P :0.05%以下、
S :0.005%以下、 Cr:23.0〜27.0%、
Ni:2.0〜6.0%、 Mo:0.5〜2.5%、
Cu:0.5〜3.0%、 V :0.05〜0.25%、
Al:0.003〜0.045%、 O :0.007%以下、
N :0.20〜0.28%
を含有し、更に、
Ca:0.0005〜0.0050%、 Mg:0.0005〜0.0050%、
REM:0.005〜0.050%
から選ばれる1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
オーステナイト相面積率が40〜70%で、
下記(1)式によるPI値が30〜38で、
下記(2)式によるNI値が100〜140で、
下記(3)式によるオーステナイト相の平衡析出温度推定値γpreが1350〜1450であることを特徴とする溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
PI=Cr+3.3Mo+16N ・・・ (1)
NI=(Cr+Mo)/N ・・・ (2)
γpre=−15Cr−28Si−12Mo+19Ni+4Mn+19Cu+770N+1160C+1475 ・・・ (3)
上記式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
【0022】
(2)更に、質量%にて、Nb:0.02〜0.08%を含有し、下記(4)式による値が0.003〜0.015であることを特徴とする前記(1)に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
Nb×N ・・・ (4)
上記式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
【0023】
(3)更に、質量%にて、Co:0.02〜1.00%を含有することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
(4)更に、質量%にて、B:0.0040%以下を含有することを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
【0024】
(5)更に、質量%にて、
Ti:0.05%以下、 Zr:0.02%以下、
Ta:0.07%以下、 W :1.0%以下、
Sn:0.1%以下
から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
(6)平衡的に窒化物が析出を開始する上限温度であるクロム窒化物析出温度TNが1000℃以下であることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれか1項に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0025】
本発明の請求項1の規定により、SUS329J3Lのような汎用レベルの二相ステンレス鋼と同レベルの耐食性を有し、かつNiやMoのような高コストの合金の使用を極力抑えるためNを多く添加した二相ステンレス鋼において大きな課題の一つである溶接熱影響部の耐食性低下を抑制し、構造材等に使用する際の課題を少なくした二相ステンレス鋼を提供することが出来る。その結果、低コストでオーステナイト系ステンレス鋼を代替する用途への拡大が図れ、産業上寄与するところは極めて大である。
請求項2においては、Nbの微量添加により窒化物析出による溶接熱影響部の耐食性低下を更に抑制することが可能である。
請求項3においては、当該鋼の溶接熱影響部の耐食性低下を抑制しつつ、母材の耐食性、靭性を更に向上しうる。
請求項4においては、当該鋼の溶接熱影響部の耐食性低下を抑制しつつ、熱間加工性を向上することが可能である。
請求項5においては、当該鋼の溶接熱影響部の耐食性と靭性低下を抑制しつつ、更に耐食性を向上させることが出来る。
請求項6の規定により、耐食性低下を更に抑制可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】溶接熱サイクルを模擬した熱処理の熱履歴を示した図である。
【図2】HAZ部の耐食性が良好な条件範囲を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に本発明を詳細に説明する。
先ず、本発明の請求項1記載の限定理由について説明する。なお、成分についての%は、質量%を意味する。
【0028】
Cは、ステンレス鋼の耐食性を確保するために0.06%以下の含有量に制限する。0.06%を越えて含有させるとCr炭化物が生成して、耐食性が劣化する。好ましくは0.04%以下である。一方、含有量を極端に低減することは大幅なコストアップになるため、好ましくは下限を0.001%とする。
【0029】
Siは、脱酸のため0.1%以上添加する。しかしながら、1.5%を超えて添加すると靱性が劣化する。そのため、上限を1.5%に限定する。好ましい範囲は0.2〜1.0%である。
【0030】
Mnは、二相ステンレス鋼中のオーステナイト相を増加させ、かつ加工誘起マルテンサイトの生成を抑制し靱性を向上させ、また窒素の固溶度を上げ溶接部における窒化物の析出を抑制することから2.0%以上添加する。しかしながら、4.0%を超えて添加すると耐食性が劣化する。そのため、上限を4.0%に限定する。好ましい範囲は2.0超〜3.0%未満である。
【0031】
Pは、鋼中に不可避的に含有される元素であって、熱間加工性を劣化させるため0.05%以下に限定する。好ましくは0.03%以下である。一方、含有量を極端に減することは大幅なコストアップになるため、好ましくは下限を0.005%とする。
Sは、Pと同様に鋼中に不可避的に含有される元素であって、熱間加工性、靱性および耐食性をも劣化させるため0.005%以下に限定する。好ましくは0.002%以下である。一方、含有量を極端に減ずることは大幅なコストアップになるため、好ましくは下限を0.0001%とする。
【0032】
Crは、耐食性を確保するために基本的に必要な元素であり、下記(1)によるPI値を高める3種のうちの1元素である。比較的安価な合金でもあり、本発明では23.0%以上含有させる。一方、フェライト相を増加させる元素であり、27.0%を超えて含有させると本発明の成分系ではフェライト量が過多となり耐食性と靱性を害する。このためCrの含有量を23.0%以上27.0%以下とした。好ましい範囲は24.0%超26.0%未満である。なお、(1)式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
PI=Cr+3.3Mo+16N ・・・ (1)
【0033】
Niは、二相ステンレス鋼中のオーステナイト相を増加させる元素であり、本発明の成分系においてオーステナイト相を確保するために、また加工誘起マルテンサイトの生成を抑制し靱性を向上させるため、および各種酸に対する耐食性を確保するために2.0%以上添加させる。一方、高価な合金であるため本発明では可能な限り抑制し6.0%以下とする。好ましい範囲は3.0%超5.5%未満である。
【0034】
Moは、上記PI値を高める3種のうちの1元素であり、ステンレス鋼の耐食性を大きく高める非常に有効な元素である。本発明ではPI値を確保するため0.5%以上含有させる。一方、非常に高価な元素であるため本発明では可能な限り抑制し、その上限を2.5%以下と規定した。好ましい範囲は1.0%超〜2.0%未満である。
【0035】
Cuは、Niと同様二相ステンレス鋼中のオーステナイト相を増加させること、および加工誘起マルテンサイトの生成を抑制し靱性を向上させること、更に各種酸に対する耐食性を改善するのに有効な元素であり、かつNiと比べて安価な合金であるため、本発明では0.5%以上添加する。一方、3.0%を越えて含有させると熱間加工性を阻害するので上限を3.0%とした。好ましい範囲は0.6%超〜2.0%であり、更に好ましい範囲は0.8%超〜1.5%、特に好ましい範囲は1.0%超〜1.5%である。
【0036】
Vは、本発明において重要な添加元素である。前述のようにNの活量を下げ、窒化物の析出を遅延させるためには0.05%以上の添加が必要である。一方、0.25%を越えて添加させるとV窒化物の析出によりHAZ部靭性を低下させるため、上限は0.25%とした。好ましい範囲は0.06%〜0.20%である。
【0037】
Alは、鋼の脱酸のための重要な元素であり、鋼中の酸素を低減するために0.003%以上の含有が必要である。一方でAlはNとの親和力が比較的大きな元素であり、過剰に添加するとAlNを生じて母材の靭性を阻害する。その程度はN含有量にも依存するが、Alが0.045%を越えると靭性低下が著しくなるため、その含有量の上限を0.045%と定めた。好ましくは0.030%以下である。
【0038】
Oは、非金属介在物の代表である酸化物を構成する有害な元素であり、過剰な含有は靭性を阻害する。また粗大なクラスター状酸化物が生成すると表面疵の原因となる。このためその含有量の上限を0.007%と定めた。好ましくは0.005%以下である。一方、含有量を極端に減ずることは大幅なコストアップになるため、下限を0.0005%とするのが好ましい。
【0039】
Nは、オーステナイト相に固溶して強度、耐食性を高めると共に二相ステンレス鋼中のオーステナイト相を増加させる有効な元素であり、特にオーステナイト相のPI値を上げるために重要である。このために0.20%以上含有させる。一方、0.28%を越えて含有させるとNI値を100以上とすることが実質上不可能となるため含有量の上限を0.28%とした。好ましい含有量は0.22〜0.26%である。
【0040】
本発明の二相鋼は、高Nかつ高オーステナイトの成分系になるため、熱間加工性が通常の二相ステンレス鋼と比較すると劣り、そのままでは熱間圧延時に耳割れ等を生じるおそれがある。これについてCa,Mg,REMは、いずれも鋼の熱間加工性を改善する元素であり、その目的で1種または2種以上添加される。一方、いずれも過剰な添加は逆に熱間加工性を低下するため、その含有量の上限を次のように定めた。CaとMgについては夫々0.0050%、REMについては0.050%である。ここでREMは、LaやCe等のランタノイド系希土類元素の含有量の総和とする。なお、CaとMgについては0.0005%から安定した効果が得られるので好ましい範囲は0.0005〜0.0050%であり、REMについては0.005%から安定した効果が得られるので好ましい範囲は0.005〜0.050%である。
【0041】
本発明の二相鋼において良好な特性を得るためには、オーステナイト相面積率を40〜70%の範囲にすることが必要である。40%未満では靱性不良が、70%超では熱間加工性、応力腐食割れの問題が出てくる。また、何れの場合も耐食性が不良となる。
特に本発明鋼では、窒化物析出による耐食性と靭性低下を極力抑制すべく、窒素の固溶限の大きいオーステナイト相を可能な限り多めにした方がよい。溶体化熱処理温度条件を二相鋼における通常の条件である1050℃付近で行う場合、当該オーステナイト量を確保するためには、本発明の規定範囲内でオーステナイト相増加元素とフェライト相増加元素の含有割合を調整することによって行う事が出来る。
【0042】
次に、下記(1)式で示すPI値は30以上38以下とする。PI値は、特許文献7等にも記載されている、ステンレス鋼の耐孔食性を示す一般的な指標である。本発明は、最も汎用的に使用されている二相ステンレス鋼であるSUS329J3L並みの耐食性を有するステンレス鋼を提供することを目的としているため、当該鋼並みのPI値を確保すべく下限を30とする。一方、本発明の成分系では、(Cr+Mo)/Nを確保したうえで達成できるのはせいぜい38であるため上限を38とする。なお、(1)式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
PI=Cr+3.3Mo+16N ・・・ (1)
【0043】
次に、下記(2)式で示すNI値は100以上140以下とする。このNI値は、Cr,MoとNの関係においてクロム窒化物析出が遅延するレベルの指標である。この値が100以上で、サブマージアーク溶接可能な溶接入熱3.5kJ/mmの溶接熱影響部に相当する図1のヒートパターンにおいても問題ないレベルの析出にとどまる。一方、この値が140を超えると、Nが相対的に少なすぎ、γ量(オーステナイト量)の低下、オーステナイト相における耐食性の低下等の問題を生じるため、上限を140とした。好ましくは100以上125以下である。なお、(2)式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
NI=(Cr+Mo)/N ・・・ (2)
【0044】
次に、下記(3)式に示す溶接冷却時のオーステナイト相析出駆動力を評価するための指標となるオーステナイト相の平衡析出温度の推定値γpreを1350以上1450以下とする。γpreが大きいほどオーステナイト相が生成しやすい。
この式は、サーモカルク社の熱力学計算ソフト「Thermo−Calc」(登録商標)を用いた平衡計算により求め、実験により修正した。
なお、γpreの高温側は融点(成分によって異なるが1400℃台)を超過しているが、本発明においては当該数値をオーステナイト相の駆動力を評価するための指標として使用していることから、仮想的に延長している。
【0045】
前述のように溶接熱影響部における耐食性低下は、溶接加熱によるオーステナイト量の減少を引き金にし、冷却中にCrNが析出してα粒界にCr欠乏層が形成されることによる。従って、γpreを一定以上確保することで、前述の(Cr+Mo)/N制御との組み合わせによりCrNの析出を抑制すれば耐食性低下は回避できる。
発明者らは、図1の溶接シミュレーションにより実験を行って溶接部オーステナイト量は(3)式のγpreに対応し、1350以上ならば十分な耐食性を得られることを確認した。逆に1450を超えるとオーステナイト相が過剰となり応力腐食割れや熱間加工性の問題が出てくる。好ましくは1370〜1430である。なお、(3)式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
γpre=−15Cr−28Si−12Mo+19Ni+4Mn+19Cu+770N+1160C+1475・・・(3)
【0046】
次に本発明の請求項2記載の限定理由について説明する。
Nbは前述の通り、Nの活量を下げ窒化物析出を抑制するのに有効な元素であり、選択的に添加される。但し、Nとの親和力が比較的高く、少量の添加でNb窒化物を析出してしまうので取り扱いには注意する必要がある。そこで、固溶限以下の添加となるようNとの関係式によって求められる上限までの添加をすることで、Vの効果を更に補填することが出来る。この効果を得るためにはNbは0.02%以上添加させる必要がある。しかしながら過剰添加するとNb窒化物が析出し、母材を含めた靱性を損ねるので0.08%以下である必要がある。
更に、いわゆる固溶度積を求める下記(4)式による値が0.003〜0.015となるNb添加とすることで、上記に示す効果を得、かつ靱性へ悪影響を及ぼさないことはない。なお、(4)式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
Nb×N ・・・ (4)
【0047】
次に、本発明の請求項3記載の限定理由について説明する。
Coは、鋼の靭性と耐食性を高めるために有効な元素であり、選択的に添加される。その含有量が0.02%未満であると効果が少なく、1.00%を越えて含有させると高価な元素であるためにコストに見合った効果が発揮されないようになる。そのため添加する場合の含有量を0.02〜1.00%と定めた。コストの点から好ましい範囲は0.02〜0.30%未満である。
【0048】
次に本発明の請求項4記載の限定理由について説明する。
Bは、鋼の熱間加工性を改善する元素であり、選択的に添加される。好ましくは0.0003%以上添加することにより安定して粒界強度を上げ熱間加工性を向上できる。但し、過剰の添加は、過剰析出ホウ化物により却って熱間加工性を損ねるので上限を0.0040%とする。
【0049】
次に、本発明の請求項5記載の限定理由について説明する。
Ti,Zr,Taは、添加によりCやSの耐食性への悪影響を抑制することができるが、過剰に添加すると靱性低下を生じる等の悪影響が発生するため、選択的に添加する場合の含有量は、Ti≦0.05%、Zr≦0.02%、Ta≦0.07%に限定した。
Wは、二相ステンレス鋼の耐食性を付加的に高めるために選択的に添加される元素であり、高価な元素であり過剰添加はコスト増を招くため1.0%以下を含有させる。
Snは、耐酸性を付加的に向上させる選択的元素であり、熱間加工性の観点から0.1%を上限として添加することが出来る。
なお、Ti、Zr、Ta、W、Snの効果を安定して発揮する含有量は、それぞれ0.001%以上、0.003%以上、0.01%以上、0.05%以上、0.05%以上である。
【0050】
次に本発明の請求項6記載の限定理由について説明する。
クロム窒化物析出温度TNは、平衡的に窒化物が析出を開始する上限温度であり、実験的に求められる特性値である。溶体化熱処理された鋼材を800〜1100℃で20分間の均熱処理後、5秒以内に水冷に供し、冷却後の鋼材についてクロム窒化物の析出量を実施例で詳述する非金属介在物の電解抽出残渣分析法によって求め、Cr残渣量が0.03%以下となる均熱処理温度のうちの最低温度と規定する。TNが低いほどクロム窒化物の析出する温度域が低温側に限定されるため、クロム窒化物の析出速度や析出量が抑制される。
【0051】
ここで、均熱処理温度を800〜1100℃に規定するのは、溶接による加熱後冷却時におけるHAZ部の一般的な温度域だからである。本発明では、一般的に行われる溶接による加熱後冷却時にクロム窒化物を析出させないようにするため、当該温度域でもって規定する。
また、クロム窒化物が十分に平衡する時間として均熱処理温度を20分間に規定する。20分未満では析出量の変化が激しい区域に該当して測定の再現性が得られにくくなり、20分超で規定すると測定に長時間を要する。したがって、クロム窒化物を十分に平衡させて再現性を確保する観点からいえば、均熱処理温度を20分超としても構わない。
均熱処理後においては、水冷に供するまでに長時間を要すると徐々に鋼材温度が低下してクロム窒化物が析出してしまい、そうすると測定したかった温度でのクロム窒化物量とは異なる値が得られてしまう。したがって、均熱処理後5秒以内に水冷に供することとする。
また、Cr残渣量が0.03%以下となる温度のうちの最低温度と規定したのは、実験によって残渣量0.03%以下が耐食性や靭性に悪影響を及ぼさない析出量であることを確認したことによる。
【0052】
本発明の目的である溶接部におけるクロム窒化物析出の抑制に関しては、本発明のような高Cr,Mo環境では前述のとおりNI値を制御することで窒化物の速やかな析出は抑制できるため、当該条件は必須とは言えないが、TNを1000℃以下に設計すると、窒化物析出性に更なる確実性が増す。好ましくは960℃以下である。
なお、TNを低下させるにはN量の低減が有効であるが、N量の極端な低下はオーステナイト相比率の低下と溶接部耐食性の低下とをもたらす。このため、オーステナイト相の生成元素であるNi,Mn,Cuの含有量とN含有量を適切に設計することが必要である。
また、TNはN含有量を低下させることにより低下するが、本発明鋼では耐食性を高めるためにNを0.20%以上含有させており、この場合にTNを800℃未満にすることは困難である。そのため、TNの下限を800℃とした。
【0053】
本発明の省合金二相ステンレス鋼材は、上記の何れかに記載の組成を有する二相ステンレス鋼の鋳片又は鋼片を、1100〜1250℃で再加熱し、仕上げ温度700〜1000℃で熱間圧延し、熱間圧延した鋼を熱処理温度900〜1100℃で板厚に応じた母材特性を確保しうる均熱時間(例えば10mm材では2〜40分)で熱処理し、その後冷却することによって製造することが出来る。
【実施例】
【0054】
以下に実施例について記載する。表1に供試鋼の化学組成を示す。なお、表1に記載されている成分以外は、Feおよび不可避的不純物元素である。また、表1中に記載のPI値、NI値、γpreの意味は夫々、
PI=Cr+3.3Mo+16N ・・・ (1)
NI=(Cr+Mo)/N ・・・ (2)
γpre=−15Cr−28Si−12Mo+19Ni+4Mn+19Cu+770N+1160C+1475 ・・・ (3)
を意味するものであり、上記式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
【0055】
表中のクロム窒化物析出温度TNは、以下の手順で求めた。
(1) 10mm厚の供試鋼を後述する条件で溶体化熱処理する。
(2) 800〜1100℃の任意の温度で20分間均熱処理を行い、その後5秒以内に水冷を行う。
(3) 冷却後の供試鋼表層を#500研磨する。
(4) 3g試料を分取し、非水溶液中(3%マレイン酸+1%テトラメチルアンモニウムクロライド+残部メタノール)で電解(100mV定電圧)してマトリックスを溶解する。
(5) 0.2μm穴径のフィルターで残渣(=析出物)を濾過し、析出物を抽出する。
(6) 残渣の化学組成を分析し、そのクロム含有量を求める。この残渣中のクロム含有量をクロム窒化物の析出量の指標とする。
(7) (2)の均熱処理温度を種々変化させ、残渣中のクロム含有量が0.03%以下となる均熱処理温度のうちの最低温度をTNとする。
【0056】
なお、空欄は添加していないか不純物レベルであることを示す。また表中のREMはランタノイド系希土類元素を意味し、含有量はそれら元素の合計を示している。
これらの成分鋼を実験室の50kg真空誘導炉によりMgOるつぼ中で溶製し、厚さが約100mmの扁平鋼塊に鋳造した。鋼塊の本体部分より熱間圧延用素材を加工し、1180℃の温度に1〜2h加熱後、仕上温度950〜850℃の条件にて圧延し、12mm厚×約700mm長の熱間圧延鋼板を得た。なお、圧延直後の鋼材温度が800℃以上の状態より200℃以下までスプレー冷却を実施した。最終の溶体化熱処理は1050℃×20分均熱後水冷の条件で実施した。
【0057】
更に、上記にて製造した厚鋼板を素材として溶接実験を行った。評価材にベベル角度35°、ルート面1mmのレ型開先を作成し、サブマージアーク溶接による溶接実験を行った。12mm厚鋼板を素材とし、ワイヤ径4.0mmφのJIS SUS329J3L共金系の市販溶接ワイヤを使用し、溶接電流:520〜570A、アーク電圧:30〜33V、溶接速度:30〜33cm/minの条件で溶接継手を作成した。
【0058】
上記により得られた厚鋼板および溶接継手について、以下の通り特性評価を行った。
熱間加工性の評価は、圧延材約700mmのうち最も長い耳割れの長さを耳割れ長さとし、10mm以下のものを良好と判断した。
母材の衝撃特性については、JIS4号Vノッチシャルピー試験片を圧延直角方向より各3本切り出し、破壊が圧延方向に伝播するようにVノッチを加工して、最大エネルギー500J仕様の試験機にて−20℃での衝撃値を測定し、150J/cm以上を良好と判断した。
【0059】
オーステナイト相面積率については、圧延方向と平行な断面を埋込み鏡面研磨し、KOH水溶液中で電解エッチングを行った後、光学顕微鏡観察により画像解析を行うことによってフェライト相面積率を測定し、残りの部分をオーステナイト相面積率とした。
更に耐食性を評価すべく、母材および溶接継手(母材、HAZ部、溶接金属を全て含む)の表層から採取した試験片の表面を#600研磨し、ASTM G48 Method E規定に準拠し、塩化第二鉄浸漬試験により孔食発生温度を測定した。母材では30℃以上、溶接継手では20℃以上を良好と判断した。
【0060】
評価結果を表2に示す。
本発明鋼では、圧延材の耳割れ、母材の衝撃特性、CPT、溶接HAZ部のCPTいずれも良好な値を示した。
【0061】
熱間加工性については、P、S、Cuが過剰な場合に熱延板の耳割れが10mm超となった(鋼No.J、K、Q)。
また、Ca、Mg、REMの添加が無いもの(No.X)、および、逆に過剰添加したもの(No.Y、Z、AA)は、同様に熱間加工性が低下した。
更に、B,Snを過剰添加したもの(No.AD、AH)も同様であった。
更にオーステナイト相面積率の高すぎるNo.D,AJも10mm超となった。No.Dはγpreが高すぎたためといえる。
【0062】
母材靱性についてはSi、S、Al、V、Nb、Ti、Zr、Taを過剰添加した鋼No.G、K,S,W、AB、AE、AF、AGは、200J/cmを切り不良であった。
No.ACは、Nbの絶対値は少ないが、Nb×Nが0.017で本発明範囲(Nb×N:0.003〜0.015)を超えており、靭性不良となった。なお、本発明鋼No.4のNb×Nは0.013、本発明鋼No.13のNb×Nは0.014である。
逆に、Niが少なすぎるNo.Lも靭性不良だった。
更に、Si、Alが少なすぎる鋼No.F、Rは、脱酸不良となったため高Oとなり、多量の介在物起因の靱性不良となった。
更にオーステナイト量の少なすぎるNo.AIも靭性不良だった。
【0063】
母材の耐食性については、C、Mn、Sが過剰の鋼No.E、I、KおよびCr、Mo、Nの少なすぎる鋼No.M、O、Tは、CPTが30℃未満であり、不良であった。
HAZ部の耐食性については、図2に示すようにNI値およびγpreが所定の範囲内でCPTが20℃以上となり特性良好となった一方、母材が不良の鋼(No.E、I、K、M、O、T)、NI値が外れたNo.A,Bおよびγpreが低すぎるCでは不良であった。
また、V添加量の少ないNo.Vも不良であった。
Mn,Niが少なすぎるNo.H、LおよびCr,Nの多すぎるNo.N,Uで窒化物析出により耐食性が低下した。またオーステナイト量の少なすぎるNo.AIも同様であった。なお、Cuが少なすぎるNo.Pは耐酸性が他の材料よりかなり低下した。
以上の実施例からわかるように本発明により溶接部の耐食性が良好な二相ステンレス鋼が得られることが明確となった。
【0064】
【表1】

【0065】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明によれば、SUS329J3Lのような汎用レベルの二相ステンレス鋼と同レベルの耐食性を有し、かつNiやMoのような高コストの合金の使用を極力抑えるためNを多く添加した二相ステンレス鋼において大きな課題の一つである溶接熱影響部の耐食性低下を抑制し、構造材等に使用する際の課題を少なくできる二相ステンレス鋼を提供することができる。その結果、低コストでオーステナイト系ステンレス鋼を代替する用途への拡大が図れ、産業上寄与するところは極めて大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、
C :0.06%以下、
Si:0.1〜1.5%、
Mn:2.0〜4.0%、
P :0.05%以下、
S :0.005%以下、
Cr:23.0〜27.0%、
Ni:2.0〜6.0%、
Mo:0.5〜2.5%、
Cu:0.5〜3.0%、
V :0.05〜0.25%、
Al:0.003〜0.045%、
O :0.007%以下、
N :0.20〜0.28%
を含有し、更に、
Ca:0.0005〜0.0050%、
Mg:0.0005〜0.0050%、
REM:0.005〜0.050%
から選ばれる1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
オーステナイト相面積率が40〜70%で、
下記(1)式によるPI値が30〜38で、
下記(2)式によるNI値が100〜140で、
下記(3)式によるオーステナイト相の平衡析出温度推定値γpreが1350〜1450であることを特徴とする溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
PI=Cr+3.3Mo+16N ・・・ (1)
NI=(Cr+Mo)/N ・・・ (2)
γpre=−15Cr−28Si−12Mo+19Ni+4Mn+19Cu+770N+1160C+1475 ・・・ (3)
上記式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
【請求項2】
更に、質量%にて、
Nb:0.02〜0.08%
を含有し、下記(4)式による値が0.003〜0.015であることを特徴とする請求項1に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
Nb×N ・・・ (4)
上記式において各元素名はその含有量の質量%を表す。
【請求項3】
更に、質量%にて、
Co:0.02〜1.00%
を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
【請求項4】
更に、質量%にて、
B :0.0040%以下
を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
【請求項5】
更に、質量%にて、
Ti:0.05%以下、
Zr:0.02%以下、
Ta:0.07%以下、
W :1.0%以下、
Sn:0.1%以下
から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。
【請求項6】
平衡的に窒化物が析出を開始する上限温度であるクロム窒化物析出温度TNが1000℃以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の溶接部耐食性に優れた二相ステンレス鋼。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−197509(P2012−197509A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−30142(P2012−30142)
【出願日】平成24年2月15日(2012.2.15)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】