説明

溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因判定方法

【課題】 めっき層表面から鋼板母材界面までの深さ方向および面方向での成分濃度の極僅かな差異を評価できる十分な分解能および感度を備え、溶融亜鉛めっき鋼板における局所的な表面外観性異常の原因を迅速かつ確実に特定できる評価方法を提供する。
【解決手段】 溶融亜鉛めっき鋼板表面上の目視で観察された外観性異常部および外観性正常部の各々で1点または2点以上の分析点に対してパルスレーザを照射し、各分析点に対してパルス毎に発光スペクトルを分光分析し、めっき主要成分の発光強度および鋼板主要成分の発光強度をそれぞれ測定し、めっき主要成分の発光強度のパルス時系列プロファイルから得られるめっき厚みに関する情報と該成分の深さ方向濃度分布に関する情報を各分析点毎に比較することにより、溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常の原因を判定することよりなる溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因判定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に溶融亜鉛めっき鋼板は、鋼板を溶融亜鉛めっき槽に浸漬し引き上げた後、さらに、合金化炉で加熱して、めっき層中のZnなどのめっき成分と鋼板母材中のFeを相互拡散させて合金化することによって、めっき層と鋼板母材間に合金層を形成させる。この溶融亜鉛めっき鋼板の表面外観性を良好とするためには、その製品表面にめっきムラ、合金化ムラや筋状の欠陥などななく、均一であることが求められる。
【0003】
これらの製品外観性を劣化させる原因は、必ずしも明確にはなっていないが、考えられるひとつの要因として、例えば、鋼母材中の特定成分が母材鋼板表面へ偏析するなどにより、めっきや合金処理の際に、めっき層や合金層の成分組成の均一性が阻害されることが挙げられる。特に、鋼板母材の高強度化の要求にともなって、母材中のMn、Si、Al等が母材表面に局所的に偏析し、例えば、酸化物を析出すると、鋼板母材表面とめっきの濡れ性が低下し、或いは、めっき層の合金化速度に大きな影響を及ぼすと考えられている。また、その他の要因として、例えば、熱間圧延する際に生じた鋼板素材表面の凹凸や局所的な歪は、その後の酸洗、冷間圧延後も残存する。このため、これを溶融亜鉛めっき、合金化処理をする場合に、めっき付着量のムラや合金化ムラの原因となり、最終製品であるめっき鋼板表面の外観性に劣化をもたらす。
【0004】
このめっき鋼板表面の外観性異常は、例えば、幅0.5〜2mm長さ数十cmの線状痕として目視で観察される場合が多い。しかし、このようなめっき鋼板の表面外観性を劣化させる原因を判別するためには、目視では得られないその他の情報が必要となる。例えば、めっき層の厚み、成分組成および介在物などの情報から、上記の目視で観察される線状痕の発生原因が、単にめっき層厚みの局所的な減少によるものか、あるいは、めっき組成の不均一や介在物の存在によるものかを判断することが可能となる。
【0005】
従来から、めっき鋼板のめっき厚みまたは成分組成を測定するための手法として、蛍光X線分析法(例えば特許文献1、参照)、X線回折法(例えば特許文献2、参照)、グロー放電発光分析法(例えば特許文献3、参照)が知られている。
例えば、蛍光X線分析法を用いることにより、めっき層中のZnなど成分元素の特性X線強度を測定し、これをもとに亜鉛めっき付着量および平均めっき層厚を求めることができる。また、X線回折法を用いることにより、結晶面の違いから、めっき層と合金層を区別したそれぞれの平均厚みの測定が可能である。しかし、これらの方法のいずれも、めっき層及び合金層の厚みの測定と、これら厚み方向の成分組成の分布を一度に測定することはできない。このため、めっき鋼板の表面外観性異常の発生原因が、めっき層表面から特定深さ範囲、例えば、鋼板母材界面における成分組成の偏析や介在物に起因する場合は、その原因を迅速かつ確実に判定することは困難であった。
一方、グロー放電発光分析法は、めっき鋼板のめっき厚みと同時に所定深さ方向の微量元素の濃度分布を測定することができるため、従来からめっき鋼板の品質評価手法として利用されている。しかし、この方法では面方向の分解能は低いため、めっき鋼板のめっき層または合金層の面方向における局所的な不均一性を確実に評価することは困難であった。
【0006】
また、レーザ発光分析法を用いて、金属材料表面の欠陥部と正常部のそれぞれに照射位置を固定してパルスレーザ光を照射し、両者から得られた発光スペクトル強度を比較することにより、鋼板表面または所定深さ位置の欠陥部の原因を判定する方法が提案されている(例えば特許文献4、参照)。この方法によれば、鋼板表面からの深さ方向における前記特定成分元素の発光スペクトル強度に基づく成分濃度分布から、鋼板表面付近に存在する介在物を特定することにより、金属表面中の介在物に起因した異常原因を判別するためには有効な方法である。しかし、溶融亜鉛めっき鋼板の表面外観性異常の原因は、めっき層及び合金層中、さらに合金化層と鋼板母材界面の間での成分濃度の極僅かな差異を原因とするため、レーザ発光分析法による上記評価法によりめっき鋼板の表面外観性異常の原因を確実に判別できなかった。また、めっき鋼板の表面外観性異常は、単にめっき層の厚み変動やめっき層表面の凹凸に起因して生じる場合もあるため、上記特定深さ方向の成分偏析による原因との表面外観性異常原因の違いを判別するためには、レーザ発光分析法を用いた評価方法に比べてより高い感度で深さ方向の成分測定と厚みを同時に評価する方法が求められる。
【0007】
溶融亜鉛めっき鋼板の良好な品質を管理するためは、その製品の表面外観性異常が発生した際に、その発明原因を迅速かつ確実に特定し、この評価に基づき、素材鋼板の製造、酸洗処理、溶融亜鉛めっき処理、合金化処理などの各製造工程において適正な対策を施すことが重要である。
このような背景で、溶融亜鉛めっき鋼板の表面外観性異常の原因を迅速かつ確実に精度良く判別できる方法が望まれていた。
【特許文献1】特開2003−14669号公報
【特許文献2】特開平6−347247号公報
【特許文献3】特開平6−18418号公報
【特許文献4】特開平11−101746号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来技術の現状を踏まえ、本発明は、めっき層表面から鋼板母材界面までの深さ方向および面方向での成分濃度の極僅かな差異を評価できる十分な分解能および感度を備え、めっき層表面からの厚み方向に関する情報と厚み方向の特定成分の濃度分布を基に、溶融亜鉛めっき鋼板における局所的な表面外観性異常の原因を迅速かつ確実に特定できる評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するものであり、その発明の要旨とするところは、以下のとおりである。
(1)溶融亜鉛めっき鋼板表面上の目視で観察された外観性異常部および外観性正常部の各々で1点または2点以上の分析点に対してパルスレーザを照射し、各分析点に対してパルス毎に発光スペクトルを分光分析し、めっき主要成分の発光強度、および、鋼板主要成分の発光強度をそれぞれ測定し、前記めっき主要成分の発光強度のパルス時系列プロファイルから得られるめっき厚みに関する情報、および、前記鋼板主要成分の発光強度のパルス時系列プロファイルから得られる該成分の深さ方向濃度分布に関する情報を各分析点毎に比較することにより、溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常の原因を判定することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因判定方法。
(2)前記めっき主要成分は亜鉛であり、前期鋼板主要成分はSi、MnおよびAlの1種または2種以上であることを特徴とする上記(1)記載の溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因判定方法。
(3)前記パルスレーザの尖頭出力が、6〜60MWであることを特徴とする上記(1)または(2)記載の溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因判定方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、溶融亜鉛めっき鋼板表面上の外観性異常部と正常部の各分析点において、レーザ発光分光分析によって求められためっき主要成分および鋼板主要成分の各発光強度のパルス時系列プロファイルから、各分析点におけるめっき厚みおよび深さ方向特定成分濃度を比較し、溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常部の原因を確実かつ迅速に判定することができる。この結果、溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常部の原因を溶融亜鉛めっき鋼板の各製造条件の変更を速やかに行い、製品品質の向上を図ることができるため、本発明による産業上の貢献は多大なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明の詳細を説明する。
本発明は、レーザ発光分析法を用いて溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因を判定方法することを前提とし、溶融亜鉛めっき鋼板表面上の目視で観察された外観性異常部および外観性正常部の各々で1点または2点以上の分析点に対してパルスレーザを照射し、各分析点に対してパルス毎に発光スペクトルを分光分析し、めっき主要成分の発光強度、および、鋼板主要成分の発光強度をそれぞれ測定し、前記めっき主要成分の発光強度のパルス時系列プロファイルから得られるめっき厚みに関する情報、および、前記鋼板主要成分の発光強度のパルス時系列プロファイルから得られる該成分の深さ方向濃度分布に関する情報を各分析点毎に比較することにより、溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常の原因を判定することを特徴とする。
【0012】
本発明の溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因を判定方法において、前提とするレーザ発光分析法は、概略以下の通りである。
溶融亜鉛めっき鋼板表面にパルスレーザを照射すると、めっき層表面の成分がレーザエネルギーによって蒸発または原子化し、ミクロプラズマ(レーザ生成プラズマ)が発生し、励起状態の原子またはイオンとなる。この励起状態の原子またはイオンが、プラズマ温度が下がるに従い基底状態に下がる際、その原子またはイオンに特有な原子発光を生じるため、この発光光を分光分析することによりその元素を特定できる。そして、引き続いて、次のパルスレーザが照射されると、先のパルスレーザの照射により生じた新たな観察面に対し、上記現象が繰り返され、パルスレーザ照射により分析される観察面がめっき層内部の厚み方向へ徐々に進行する。この様な過程を経て得られる各発光スペクトルの分析結果から、めっき層表面からその内部、合金化層を経て鋼板母材界面に至る深さ方向の成分元素濃度の分析が容易にできる。
【0013】
本発明において、レーザ発光分析装置は特に限定するものではなく、例えば、図2に示す構成の装置を用いて本発明を実施することができる。図2にレーザ発光分析装置の構成の一例を示す。
レーザ光は、レーザ発振器1から発振され、プリズム2により進行方向を変更され、さらに、レンズ3で集光された後、発光チャンバー4内に備えられたXYステージ7上の試料6表面の分析点に照射される。試料6表面の分析点は、レーザ光の照射方向に対して垂直なX、Y方向にXYステージ7を相対的に移動することにより変更することができる。分析点は、試料6の平面方向において、目視で観察される表面外観の異常部と正常部でそれぞれ少なくとも1点づつ、好ましくは、2点以上選定することが望ましい。表面外観の異常部と正常部でそれぞれ少なくとも2点以上を分析点とすることにより、平面方向における局所的なめっき層厚みおよび特定成分元素の濃度分布の情報を得ることが可能となる。
【0014】
なお、試料6表面の分析点の移動は、レーザ照射方向に対し同軸に、試料表面の拡大像をCCDカメラでモニターする光学系を組み込んで、表面をモニターしながら位置決めしてもよい。
発光チャンバー4内は、空気中またはAr気流中の雰囲気でよく、高真空等による減圧は必要としない。ただし、空気の測定する特定成分元素の発光線スペクトル強度が減衰する場合は、必要に応じてAr等の不活性ガスの封入または減圧などの雰囲気制御を行うこともできる。
【0015】
試料6表面の分析点から生じたレーザ生成プラズマ5から放射された発光は、発光チャンバー4の窓からレンズを通して光ファイバー8に導入され、分光器9まで導かれる。なお、レーザ生成プラズマ5から放射される発光は光ファイバー8を用いずに空間伝播により、分光器9に導いてもよい。
分光器9は、レーザパルスと同期して動作し、例えば、Zn、Fe、Al、Mn、Si、P等の各測定元素に固有の波長に対応した線スペクトル強度がパルス毎に測定され、時系列別にパルス数(深さ方向に対応)データとともに制御用パーソナルコンピューター(PC)10の記憶部に格納される。制御用パーソナルコンピューター(PC)10では、分析点毎にレーザパルス数および各測定成分元素の発光線スペクトル強度などの測定データの解析並びに出力表示が行われる。
レーザ発振器1としては、Nd:YAGレーザ、Nガスレーザ、エキシマレーザ等が用いられ、レーザ光の波長域は、紫外、可視、赤外のいずれでもよい。
【0016】
レーザ光の尖頭出力は、尖頭出力が6MW未満では、溶融亜鉛めっき鋼板の局所的なMnやSi等の測定成分元素の微小な差異を検出するための感度が不十分である。また、尖頭出力が60MWを越えると、レーザ1パルス当たりの試料の掘削量が大きすぎ、界面を特定するために十分な深さ方向分解能が得られない。このため、本発明では、レーザ光の尖頭出力は6MW〜60MWとするのが好ましい。
レーザ照射スポットの大きさは、溶融亜鉛めっき鋼板の測定成分元素を蒸発・発光させるのに十分なエネルギー密度を得るため、小さくするのが好ましく、最大でも数mm、より好ましくは1mm以下のスポット径とするのが好ましい。
【0017】
従来のグロー放電発光分析法におけるグロー放電発光では、分析点の面積は一般に4mm径程度であるため、溶融亜鉛めっき鋼板における局所的なめっき厚みおよび成分分布を分析対象とするには大きすぎて、必要な分解能が得られない。また、レーザ発光分析法に比べてMnやSi等添加元素の微量な濃度の違いを検出するための十分な分析感度が得られない。また、EPMA等のマイクロアナリシス手法では、逆に、一度に分析できる面積が小さすぎて、必ずしも表面外観に対応した結果は得られない。
本発明において前提とするレーザ発光分析法は、従来のグロー放電発光分析法やEPMA等のマイクロアナリシス手法に比べて、溶融亜鉛めっき鋼板における局所的なめっき厚みおよび成分分布を高い分解能と感度で、かつ迅速・簡便に測定することが可能となる。
【0018】
本発明法に基づき、溶融亜鉛めっき鋼板表面の特定分析点にパルスレーザを300パルス繰り返して照射し、それぞれの発光光を順次分光分析して得られたZn発光強度のパルス時系列プロファイルの一例を図1に示す。
図1から、めっき層表面およびその内部、合金化層、さらに鋼板母材界面に至るまでの厚み方向に対応するパルスレーザのパルス数の増加ともに、めっき主要成分であるZn発光強度は、めっき層表面から極表層範囲に対応するパルス数まで急峻に立ち上がって最大値に達した後、除々に減少し、鋼板母材界面に対応するパルス数に達した後は、パックグランドの発光強度となりほぼ一定となる。なお、図1に示されるZn発光強度の最初の急峻な立ち上がりは、めっき層の極表層部には、Zn以外の成分、または鋼板から例えば、Al、Siなどの酸化物が多く存在していることに起因するものと考えられる。
【0019】
本発明では、めっき鋼板表面の特定分析点におけるめっき層の厚みに関する情報は、例えば、図1に例示する、めっき主要成分(Znなど)の発光強度のパルス時系列プロファイルを求め、この厚みに相当するパルス数の幅をめっき厚み指標(図1中tやt)とすることで得られる。本発明では、上記めっき厚み指標(図1中tやt)を必ずしも限定する必要はない。例えば、めっき層領域のZn発光強度の最大値Imaxと、鋼板母材領域の平均Zn発光強度Iave(通常、鋼板母材中のZnは不可避不純物と考えられるため、バックグランドに相当する)から、(Imax+Iave)/2に相当する2点間のパルス数の幅を算出して、これをめっき厚み指標とするか、あるいは、上記Zn発光強度のパルス時系列プロファイルの変曲点に相当する2点間のパルス数の幅を算出して、これをめっき厚み指標とするか、のいずれの方法を用いてもよい。
【0020】
本発明では、溶融亜鉛めっき鋼板表面の圧延方向および幅方向における異なる複数の分析点について、上記めっき主要成分(Znなど)の発光強度のパルス時系列プロファイルに基づきめっき厚み指数を求めることによって、めっき鋼板表面の2次元平面に対応するめっき厚み分布に関する情報を得ることができる。その結果、溶融亜鉛めっき鋼板表面に生じた外観性異常の原因が、当該部位のめっき厚みが、その周囲に対して局所的に変動したことに起因するか、否かを判別できる。
なお、上記異なる複数の分析点の位置は、溶融亜鉛めっき鋼板表面において目視または光学的手法により観察される外観性異常領域をもとに適宜決定することができる。
【0021】
本発明によれば、溶融亜鉛めっき鋼板表面の特定分析点におけるめっき層の厚みに関する情報とともに、以下に説明する、厚み方向の特定成分元素の濃度に関する情報を同時に得ることができる。
本発明法を用いて溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常部および外観性正常部の各分析点に対して、それぞれパルスレーザを300パルス繰り返して照射し、発光光を順次分光分析して得られためっき層表面からの深さ方向のSi発光強度プロファイルの一例を図5(a)、(b)に示す。なお、図5(a)が外観性異常部を分析点とした場合、図5(b)が外観性正常部を分析点とした場合を示す。
【0022】
図5(b)に示す外観性正常部のSi発光強度のパルス時系列プロファイルでは、めっき層表面およびその内部、合金化層、さらに鋼板母材界面に至るまでの厚み方向に対応するパルスレーザのパルス数の増加ともに、鋼板母材の主要成分であるSi発光強度は、めっき層表面から鋼板母材界面近傍に対応するパルス数までに立ち上がって、鋼板母材領域に対応するパルス数でほぼ一定(鋼板母材中の平均Si含有量に相当する発光強度)となる。なお、図5(b)に示されるめっき層表面から鋼板母材界面近傍に相当するパルス数までのSi発光強度の立ち上がりは、鋼板母材中のSiが低Si組成のめっき層中へ鋼板母材からめっき層表面に拡散しているため、Si含有量が高い鋼板母材界面に近づくとともにSi発光強度も増大することを示唆している。
【0023】
一方、図5(a)に示す外観性異常部のSi発光強度のパルス時系列プロファイルは、図5(b)に示す外観性正常部の場合と同様にSi発光強度が鋼板母材領域に対応するパルス数でほぼ一定となるが、鋼板母材界面近傍に相当するパルス数領域のSi発光強度が、鋼板母材内部の平均Si含有量に相当する発光強度に比べて20%ほど高くなっており、かつ図5(b)に示す外観性正常部の場合には観察されないことから、鋼板母材界面近傍にSiが偏析していることが判る。
【0024】
本発明者らの検討によれば、Si、Mn、Alなどの酸化物形成元素は、素材鋼板を製造する際に鋼板表面でSi、Mn、Alなどの酸化物を形成した後、めっき処理、合金化処理工程において鋼板母材界面に残存した上記酸化物に起因して、めっき濡れ性の低下、合金層の成長が阻害されるため、めっき鋼板の表面外観性を劣化させることを確認している。
上記の図5(a)および図5(b)に例示した外観性異常部と外観性正常部の各分析点のSi発光強度のパルス時系列プロファイルの比較の結果、上記めっき鋼板の外観性異常部の原因が、鋼板母材界面のSi酸化物によるめっき濡れ性の低下、および、合金層の成長の阻害であることが判断される。
【0025】
以上のように、本発明によれば、溶融亜鉛めっき鋼板のパルスレーザによる発光分析により、図1に例示しためっき厚み情報と、図5に例示した厚み方向の特定成分元素の濃度分布情報を同時に得ることができ、これらの情報を基に溶融亜鉛めっき鋼板の表面外観性異常の原因を確実かつ迅速に判別することができる。その結果、これらの表面外観性異常の原因を踏まえ、素材鋼板の製造条件、焼鈍条件や酸洗条件、めっき処理条件、合金化処理条件などの変更の指針とすることができる。
【0026】
本発明において、1つの分析点に照射するレーザパルス数は、表面外観性異常のない任意の点にレーザを照射して得られるZnの発光強度が最大値から減衰し、ほぼ一定となる領域、つまり、バックグランド強度となるパルス数に設定すれば良い。
通常の溶融亜鉛合金化めっき鋼板の場合では、Znの発光強度がほぼ一定となる領域は50パルス以上となるようにとれば、めっき層または合金化層と鋼板母材界面の元素分布を把握するのに十分である。
【実施例1】
【0027】
めっき層の成分組成が質量%で、Fe8〜13%、Al約0.1%、残部がZnであり、質量%で、Si0.4%、Mn1.2%を含有する高張力鋼板を母材鋼板とする溶融亜鉛めっき鋼板を試料とし、図3に示す分析点について本発明法によるレーザ発光分光分析を用いた表面の外観性異常の原因評価をおこなった。
図3に試料表面の分析点を○印で表示した。試料表面上の分析点は、幅方向(圧延方向に直角な方向)に2mmの間隔で4列、各列毎に圧延方向に2mmの間隔で4点の計16点とした。なお、図3における溶融亜鉛めっき試料表面の3列目の圧延方向に目視検査で観察できる筋状の外観不良が生じていた。
【0028】
図2のレーザ発光分析装置を用いて、尖頭出力6MWのレーザを試料表面の分析点におけるスポット径が350μmとなるようにレンズで集光して照射し、分析点から生じた発光スペクトルをパルス毎に取得した。なお、レーザパルスの繰り返し周波数は、10パルス/秒であり、1点の分析時間は30秒であった。
それぞれの分析点で測定されたZn(めっき主要成分)の発光強度をパルス時系列に並べた図1に示すZn発光強度プロファイルからめっき厚みの指標(図1中tやt)を求めた。めっき厚みの指標は、図1に示すZn発光強度プロファイルから、めっき層領域のZn発光強度の最大値Imaxと、鋼板母材領域の平均Zn発光強度Iave(通常、鋼板母材中のZnは不可避不純物と考えられるため、バックグランドに相当する)から、(Imax+Iave)/2に相当する2点間のパルス数の幅を算出して、これをめっき厚み指標とした。図3に示す試料表面の各分析点のレーザ発光分析を基に得られためっき厚み指標を図4に示す。
図4から、試料表面の3列目の圧延方向に目視で観察できる筋状に分布する外観不良は、その部分のめっき厚みが周囲に比較して薄くなっていることがわかった。
【0029】
次に、図3に示す試料表面の分析点のうち、目視で観察できる筋状の外観性異常部の代表点として、3列目の圧延方向2番目の分析点を選定し、外観の正常部の代表点として、2列目の圧延方向2番目の分析点を選定し、これらの分析点の厚み方向において測定されたSi発光強度のプロファイルを求めた。外観性異常部および正常部の各代表点におけるSi発光強度のプロファイルを図5(a)と図5(b)にそれぞれ示す。
【0030】
図5(a)に示す外観性異常部のSi発光強度のパルス時系列プロファイルを、図5(b)に示す外観性正常部のものと比較すると、外観性異常部の鋼板母材界面近傍に相当するパルス数領域のSi発光強度は、外観性異常部および正常部の鋼板母材内部の平均Si含有量に相当する発光強度に比べて20%ほど高くなることが判った。なお、同時に観測した外観性異常部および正常部におけるFe発光強度のプロファイルには、Si発光強度に観察されるような両者の差異はなかった。したがって、外観性異常部の鋼板母材界面近傍にSiまたはSi化合物が偏析し、これがめっき鋼板表面の外観性異常の原因であることが判る。
【0031】
Si成分は、めっき成分には含まれていないか、含まれても極微量であることから、鋼板中の主要成分であるSiが鋼板表面にSi酸化物として残留し、この鋼板をめっき処理、合金化処理する際に、鋼板表面に残留したSi酸化物に起因してめっき濡れ性の低下、合金化層の成長を阻害させ、その結果、その部分のめっき厚みが局所的に薄くなり、目視で観察できる筋状の外観不良の原因であることがわかった。また、この結果を踏まえ、鋼板製造条件または焼鈍処理条件、酸洗処条件を変更する必要があることがわかった。
【実施例2】
【0032】
めっき層の成分組成が質量%で、Fe8〜13%、Al約0.1%、残部がZnであり、質量%で、Si0.03%、Mn0.7%を含有する高張力鋼板を母材鋼板とする溶融亜鉛めっき鋼板を試料とし、図6に示す分析点について本発明法によるレーザ発光分光分析を用いた表面の外観性異常の原因評価をおこなった。図6に試料表面の分析点を○印で表示した。試料表面上の分析点は、幅方向(圧延方向に直角な方向)に2mmの間隔で3列、各列毎に圧延方向に2mmの間隔で2点の計6点とした。なお、図6における溶融亜鉛めっき試料表面の3列目の圧延方向に目視検査で観察できる筋状の外観不良が生じていた。
【0033】
図2のレーザ発光分析装置を用いて、尖頭出力60MWのレーザを試料表面の分析点におけるスポット径が350μmとなるようにレンズで集光して照射し、分析点から生じた発光スペクトルをパルス毎に取得した。なお、レーザパルスの繰り返し周波数は、10パルス/秒であり、1点の分析時間は30秒であった。
それぞれの分析点で測定されたZn(めっき主要成分)の発光強度をパルス時系列に並べた図1に示すZn発光強度プロファイルから実施例1と同様な方法でめっき厚みの指標(図1中tやt)を求めた。
図6に示す試料表面の各分析点のレーザ発光分析を基に得られためっき厚み指標を図7に示す。図7から、試料表面の3列目の圧延方向に目視で観察できる筋状に分布する外観不良は、その部分のめっき厚みが周囲に比較して厚くなっていることがわかった。
【0034】
次に、図6に示す試料表面の分析点のうち、目視で観察できる筋状の外観性異常部の代表点として、3列目の圧延方向2番目の分析点を選定し、外観の正常部の代表点として、2列目の圧延方向2番目の分析点を選定し、これらの分析点の厚み方向において測定されたSi発光強度のプロファイルを求めた。外観性異常部および正常部の各代表点におけるSi発光強度のプロファイルを図8(a)と図8(b)にそれぞれ示す。
図8(a)に示す外観性異常部のSi発光強度のパルス時系列プロファイルを、図8(b)に示す外観性正常部のものと比較すると、両者の厚み方向のSi発光強度プロファイルには、大きな差異がなかった。なお、同時に観測した外観性異常部および正常部におけるSi以外のMn、Pの発光強度のプロファイルについても同様であった。
【0035】
以上の結果から、本実施例の溶融亜鉛めっき鋼板試料表面の目視で観察できる筋状の外観性異常部の原因は、実施例1とは異なり、単に局所的にめっき層または合金層の厚みが変動したことが原因であることがわかった。また、この結果を踏まえ、めっき処理または合金化処理条件を変更する必要があることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明において得られるZn発光強度のプロファイルの例であり、これをもとに局所的なめっき厚みの分析点による差異が得られることを示す。
【図2】本発明に用いられるレーザ発光分析装置の構成の一例を示す。
【図3】実施例1において分析した溶融亜鉛めっき鋼板の分析点を○印で示した図である。
【図4】図3の各分析点において得られためっき厚み指標の分布を表した図である。
【図5】図5(a)および(b)は、図3に示した列2および列3上の各代表点におけるSi発光強度プロファイルを示す。図5(a)は、めっき厚みが特異的に薄い列上の代表点におけるプロファイルを示しており、めっき層と鋼板との界面から鋼板側にかけてSi濃化層(約60パルス目から約150パルス目)が認められる。
【図6】実施例2において分析した溶融亜鉛めっき鋼板の分析点を○印で示した図である。
【図7】図6の各分析点において得られためっき厚み指標の分布を表した図である
【図8】図8(a)および(b)は、図6に示した列2(筋上の点)および列3(筋上にない点)上の各代表点におけるSi発光強度プロファイルを示す。
【符号の説明】
【0037】
1:レーザ発振器
2:プリズム
3:レーザ集光レンズ
4:発光チャンバー
5:レーザ生成プラズマ
6:試料
7:XYステージ
8:光ファイバー
9:分光器
10:制御用パーソナルコンピューター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融亜鉛めっき鋼板表面上の目視で観察された外観性異常部および外観性正常部の各々で1点または2点以上の分析点に対してパルスレーザを照射し、各分析点に対してパルス毎に発光スペクトルを分光分析し、めっき主要成分の発光強度、および、鋼板主要成分の発光強度をそれぞれ測定し、前記めっき主要成分の発光強度のパルス時系列プロファイルから得られるめっき厚みに関する情報、および、前記鋼板主要成分の発光強度のパルス時系列プロファイルから得られる該成分の深さ方向濃度分布に関する情報を各分析点毎に比較することにより、溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常の原因を判定することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因判定方法。
【請求項2】
前記めっき主要成分は亜鉛であり、前期鋼板主要成分はSi、MnおよびAlの1種または2種以上であることを特徴とする請求項1記載の溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因判定方法。
【請求項3】
前記パルスレーザの尖頭出力が、6〜60MWであることを特徴とする請求項1または2記載の溶融亜鉛めっき鋼板表面の外観性異常原因判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図4】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−317379(P2006−317379A)
【公開日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−142336(P2005−142336)
【出願日】平成17年5月16日(2005.5.16)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】