説明

漆器製品素材およびその製造法

【課題】
琉球漆器特有の雰囲気を残しつつ、金型を利用して大量かつ経済性良く製造でき、しかも食洗機等による洗浄等にも対応可能な強度を有する漆器製品のための素材およびその製造法の提供。
【解決手段】
漆含浸繊維シートを、金属金型を用い、複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型により成型することにより得られる漆器製品素材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆器製品素材およびその製造法に関し、更に詳細には、琉球漆器特有の雰囲気を残しつつ、金型を利用して大量かつ経済性良く製造でき、しかも食洗機等による洗浄等にも対応可能な強度を有する漆器製品のための素材およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
沖縄県に古くから伝わる琉球漆器は、デイゴ、シチャマギ(エゴノキ)など沖縄の木を乾燥させた後、これを削ったり、はり合わせたりして木地を作り、これに下地、中塗り、上塗りと何度も漆塗りを繰り返すことにより作られている。そして、漆を塗るたびに、ペーパーなどで表面を研ぎ、平滑とする。更に、この琉球漆器には、その装飾(加飾)として、沈金(ちんきん)、螺鈿(らでん)、箔絵(はくえ)、堆錦(ついきん)などが行われることが普通で、多彩な琉球漆器が得られている。
【0003】
上記のようにして得られる琉球漆器は、外観が豪華であるため、広く一般のレストランや、家庭、病院あるいは養護施設等での使用が希望されるが、実際には次のような問題があり、使用は困難であるとされていた。
【0004】
すなわち、漆器の製造は、木地作り自体が数ヶ月を要する上に、何度もの漆塗りと乾燥、表面研ぎを行うため、製品が得られるまでに時間と手間がかかり、当然高価とならざるを得なかった。また、漆器は、衝撃や長時間の高熱に弱いため、例えば、最近使用されている自動洗浄機等での洗浄は難しく、その取り扱いにも注意が必要であるという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記実情においてなされたものであり、その課題は、漆器が有する上記の欠点を全て解消した漆器製品を製造するための素材を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、漆器と同様の外観を有しながら、これより水や熱に対する耐久性が高く、しかも簡単に製造することのできる製品を得るべく、鋭意検討を行った結果、漆を含浸させた繊維シートを基体とし、これを金属製金型を用いて所定の順序で成型して得た素材を使用することにより、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち本発明は、漆含浸繊維シートを、金属金型を用い、複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型により成型することにより得られる漆器製品素材である。
【0008】
また本発明は、漆含浸繊維シートを基体とし、これを金属製金型を用いて圧縮成型する漆器製品素材の製造法であって、圧縮成型が、複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型工程により行われることを特徴とする漆器製品素材の製造法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の漆器製品素材は、漆含浸繊維シートを圧縮成型することにより成型されるので、従来の漆器製品の素材と比べ、簡単な工程および短い時間で製造できるものであり、低コストで製造できるものである。
【0010】
また、本発明の漆器製品素材を用いて得た漆器製品は、加熱処理を行った際に、ひずみ、変形など見られないことから、自動食器洗浄機や高温殺菌乾燥保管庫での取り扱いに耐えることができ、家庭での使用の他、耐久性の高い漆器製品として使用条件が過酷なレストラン、ホテル、福祉施設で高品質・高耐久かつ安価な食器、什器等として使用可能なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の漆器製品素材は、漆含浸繊維シートを基体とし、これを金属製金型を用いて複数回の異なる条件の圧縮成型工程で圧縮成型することにより製造される。
【0012】
基体である漆含浸繊維シートは、1枚ないし複数枚の繊維シートに、漆を含む成分を含浸させたものであり、その例としては、繊維シートの両面に生漆と糊料を混合したものを接着剤として塗布し、更にその上に、生漆、糊料および木粉等の繊維質の混合物を接着したものが挙げられる。
【0013】
具体的に、接着剤として用いられる生漆と糊料を混合したものの例としては、生漆と糊(米粉:水分=1:4)を等量で混合した糊漆に、小麦粉を20質量%(以下、単に「%」で示す)程度加えた麦漆が挙げられ、生漆、糊料および木粉等の繊維質の混合物としては、上記麦漆に、木粉10質量%程度、刻苧綿5質量%程度をそれぞれ加えた刻苧が挙げられる。
【0014】
また、繊維シートとしては、特に制約はないが、植物質の繊維布であることが好ましく、例えば、麻布、綿布(寒冷紗)等が使用される。更にこの繊維シートを構成する繊維布の枚数は、1枚でも良いが、漆成分を多く含有させるため、3ないし7枚程度とすることが好ましい。
【0015】
更に別の漆含浸繊維シートとしては、糊漆、小麦粉(薄力粉)、木粉および刻苧綿(麻を細かく刻んだもの)を混合し、これを均一に固練りして作成した粘土状の刻苧材を離型剤(ラップ等)で包み込んだ後、ローラーで均一に延ばした漆含浸繊維シートを挙げることができる。
【0016】
次に、以上のように調製された漆含浸シートを成型し、漆器製品素材とするには、金属金型を用い、複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型で成型することが必要である。すなわち、一段階で圧縮成型した場合には、漆含浸シート中の漆が固まらず、安定な成型品が得られないからである。
【0017】
この複数回の圧縮成型の例としては、加圧しないか、低い圧力で加圧して圧縮成型する工程と、高い圧力かつ常温ないし加温下で加圧して圧縮成型する工程を含む方法や、加圧しないか、低い圧力で加圧して圧縮成型する工程、高い圧力かつ常温で加圧して圧縮成型する工程および高い圧力かつ加温下で加圧して圧縮成型する工程を含む圧縮成型方法が挙げられる。
【0018】
後者の方法についての条件を例示すれば次の通りである。すなわち、加圧しないか、低い圧力で加圧して圧縮成型する工程(第1成型工程)は、15ないし35℃、好ましくは、室温程度の温度で、1ないし10分、好ましくは、2ないし5分間、金型の自重のみないし1ないし5kg/cm程度の圧力を金型にかけることにより行われる。この工程により、漆器の粗成型が行われる。
【0019】
また、高い圧力かつ常温で加圧して圧縮成型する工程(第2成型工程)は、15ないし35℃、好ましくは、室温程度の温度で、20秒ないし3分、好ましくは30秒ないし2分間程度、30ないし70kg/cm程度、好ましくは、50kg/cm程度の圧力を金型にかけることにより行われる。この工程により、漆器の本成型が行われる。また、成型部外の漆含浸シート(縁部分)も切り取られる。
【0020】
更に、高い圧力かつ加温下で加圧して圧縮成型する工程(第3成型工程)は、35ないし80℃、好ましくは、50ないし70℃程度の温度で、1ないし10分、好ましくは、2ないし5分間程度、30ないし150kg/cm程度、好ましくは、50ないし100kg/cm程度の圧力を金型にかけることにより行われる。この工程により、漆器の表面を滑面とすることができる。
【0021】
上記の金属金型中で漆含浸シートを成型するに当たっては、成型品を金型から外しやすくするために離型剤を用いることが好ましく、例えば、ラップフィルムを離型剤として用いることができる。
【0022】
なお、上記成型に当たっては、各圧縮成型工程間に乾燥工程を入れることが好ましく、この乾燥時間は、自然乾燥の場合1晩程度が好ましい。また、成型された漆含浸シート以外の部分は、第1成型工程で切断すると、乾燥していない漆が金型中に滲み出すことがあるので、第2成型工程以降に切断することが好ましい。
【0023】
このようにして得られた、漆器製品素材は、素地固めのために、下地用生漆を1ないし数回塗布した後、乾燥させ、更に、色漆を上塗り塗布し乾燥させることにより、漆器製品とすることができる。下地用生漆および高耐久性漆の塗布や、これらの後に行う研ぎ工程も通常の漆器と同様に行えば良い。
【0024】
また、必要により公知の漆器への加飾法、例えば、螺鈿、箔絵、沈金、堆錦等を施すこともできる。
【実施例】
【0025】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0026】
実 施 例 1
漆含浸繊維シート作成(1):
天然麻布を3枚重ね、麦漆で接着して繊維シートを作成した。この繊維シートの表および裏面に、目の細かい寒冷紗2枚づつを接着し、さらに平滑な素地面を得るために薄めに刻苧をヘラ付けした。この両面に、離型剤としてラップフィルムを張り、漆含浸繊維シートを作成した。
【0027】
ここで用いた、麦漆は、糊漆に対し、小麦粉(薄力粉)を20質量%加えたものであり、糊漆は、生漆250gと、米粉1に対し水4の混合物を加熱して作成した糊250gを混合したものである。また刻苧は、糊漆500gに対し、小麦粉(薄力粉)100g、木粉50g、刻苧綿(麻を細かく刻んだもの)25gを混合し、自動攪拌機で均一にしたものである。
【0028】
実 施 例 2
漆含浸繊維シート作成(2):
糊漆500gに対し、小麦粉(薄力粉)100g、木粉80g、刻苧綿(麻を細かく刻んだもの)50gを混合し、自動攪拌機で均一に固練りして作成した粘土状の刻苧材(100g)を離型剤(ラップ)で包み込んだ後、ローラーで均一に延ばした漆含浸繊維シートを作成した。
【0029】
実 施 例 3
琉球漆器様食器の製造:
第1段階:
実施例1で得た漆含浸繊維シートを、常温の金型(玉縁および高台を有する食器のデザインのもの)に、シワにならないように設置し、圧力をかけないで3分間の圧縮成型を行って成型品を金型から取り出し、離型剤(ラップ)を剥がし、1晩自然乾燥させた。漆含浸シートは十分な硬度に達するまでに時間がかかり、シートを切断すると漆が切断面から滲み出し金型内面に付着して成型性に問題が出るので、この段階では、成型された部分以外の漆含浸繊維シートは切断しなかった。なお、この段階での成型品は、変形しやすく不安定であった。
【0030】
第2段階:
乾燥した成型品を再度同一の金型を用いて成型圧力50Kg/cmで、1分間成型し、成型品を金型から取り出し、1晩乾燥させた。この段階で、成型された部分以外の漆含浸シートを切断した。なお、この段階で得た成型品は、完全に硬化していないので変形しやすい状態である。
【0031】
第3段階:
2度圧縮成型した成型品の完全硬化と金型通りの型を得るために、金型温度(70℃)に設定し、成型圧力(100kg/cm)で3分間の圧縮成型を行った。この結果、表面の平滑性に優れた漆器製品素材が得られた。このものは更に下地用生漆による素地固め、色漆による上塗りを行うことにより、漆器製品とすることができる。
【0032】
実 施 例 4
成型圧力および成型温度の検討:
平滑面を有する漆器製品素材を得るための第3段階での最適な圧力および温度を決めるため、以下のような実験を行った。
【0033】
まず、実施例3の、第2段階で得た成型品について、50℃の温度条件下、圧力を変えて第3段階の工程を行った。得られた漆器製品素材の成形性および離型性の良否を評価した。この結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
また、同様に、50kg/cmの条件下、金型の温度を変えて、第3段階の工程を行った。得られた漆器製品素材の成形性および離型性の良否を評価した。この結果は表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
この結果から、第3段階での圧力は、50〜100kg/cm、金型の温度は、50〜70℃が最適であると判断した。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の漆器製品素材は、漆と植物繊維からなる漆含浸繊維シートを圧縮成型することにより製造されたもので、総てが天然素材で製造されたものである。そして、本発明の漆器製品素材は、従来の漆器素材のように木ではないので、漆塗り後に加熱処理を施すこともでき(100℃/360分)、それによって漆膜をより完全に硬化させることや、消費者の漆かぶれを解消させることあるいは乾燥を早め、納期を短縮することができる。
【0039】
より具体的には、図1に示すように、木製高級漆器では、約25工程(製作日数35日程度)、木製普及漆器でも約15工程(製作日数20日程度)を要するのに対し、本発明の漆器製品素材を用いた漆器は、約6工程(製作日数6日程度)で製造可能である。
【0040】
また本発明の漆器製品素材は、成型体を構成する主成分が漆であるため、仕上げの漆塗りの際の漆とのなじみが極めて良く、従来の漆器製作における繁雑な下地工程を省略することができる。このため、例えば、従来24工程程度であった漆器製作工程数を6工程程度に大幅削減が可能であり、漆器製品製造のコストを大幅に低減することが可能である。
【0041】
更に、漆含浸シートを作成し、これを金型で製造するものであるため、従来の木の素地と比べ、デザイン上の自由度が高くなり、新しい形状や、複雑な形状の漆器製品の製造が可能となる。
【0042】
一方、本発明の漆器製品素材は、加熱処理を行った際にひずみ、変形などが生じないため、これを用いて作製された漆製品も、自動食器洗浄機や高温殺菌乾燥保管庫での取り扱いに耐える耐久性の高い漆器であり、使用条件が過酷なレストラン、ホテル、福祉施設においても使用可能な、高品質・高耐久かつ安価な食器、什器等の漆器製品とすることができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】木製高級漆器および木製普及漆器と、本発明の漆器製品素材を用いた漆器(本発明漆器)の製造工程を比較した図面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
漆含浸繊維シートを、金属金型を用い、複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型により成型することにより得られる漆器製品素材。
【請求項2】
複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型が、加圧しないか、低い圧力で加圧して圧縮成型する工程と、高い圧力で加圧して圧縮成型する工程を含むものである請求項第1項記載の漆器製品素材。
【請求項3】
複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型が、加圧しないか、低い圧力で加圧して圧縮成型する工程、高い圧力かつ常温で加圧して圧縮成型する工程および高い圧力かつ加温下で加圧して圧縮成型する工程を含むものである請求項第1項記載の漆器製品素材。
【請求項4】
複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型の間に自然乾燥工程を行う請求項第1項ないし第3項の何れかの項記載の漆器製品素材。
【請求項5】
漆含浸繊維シートが、繊維の両面に麦漆を接着剤として刻苧を接着したものである請求項第1項ないし第4項の何れかの項記載の漆器製品素材。
【請求項6】
漆含浸繊維シートを、金属製金型を用いて圧縮成型する漆器製品素材の製造法であって、圧縮成型が、複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型工程により行われることを特徴とする漆器製品素材の製造法。
【請求項7】
複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型が、加圧しないか、低い圧力で加圧して圧縮成型する工程と、高い圧力で加圧して圧縮成型する工程を含むものである請求項第6項記載の漆器製品素材の製造法。
【請求項8】
複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型が、加圧しないか、低い圧力で加圧して圧縮成型する工程、高い圧力かつ常温で加圧して圧縮成型する工程および高い圧力かつ加温下で加圧して圧縮成型する工程を含むものである請求項第6項記載の漆器製品素材の製造法。
【請求項9】
複数回の圧縮条件の異なる圧縮成型の間に自然乾燥工程を行う請求項第6項ないし第8項の何れかの項記載の漆器製品素材の製造法。
【請求項10】
漆含浸繊維シートが、繊維の両面に麦漆を接着剤として刻苧を接着したものである請求項第6項ないし第9項の何れかの項記載の漆器製品素材の製造法。


【図1】
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【公開番号】特開2007−307312(P2007−307312A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−141983(P2006−141983)
【出願日】平成18年5月22日(2006.5.22)
【出願人】(595102178)沖縄県 (36)
【Fターム(参考)】