説明

漆系塗料、その製造方法及び漆塗装材

【課題】 1つの課題は、従来品よりも光沢が高く、耐久性に優れた漆塗膜を与えることができる漆系塗料を提供すること、他の課題は、このような漆系塗料の製造方法を提供すること。
【解決手段】 天然産生漆又は精製漆を混練して得られる漆系塗料であって、油中水滴型エマルションの粒径が10〜80nmであることを特徴とする漆系塗料、又、天然産生漆又は精製漆の油性成分に対し水分が5〜15重量%となるように調節する含水率調節工程、及び、含水率を調節した漆系塗料を高剪断力下に混練して油中水滴型エマルションの粒径を10〜80nmにする超微細化工程、を含むことを特徴とする漆系塗料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆系塗料、その製造方法及び漆塗装材に関する。
【背景技術】
【0002】
天然の漆液(うるし)は油中水滴型のエマルションであり、ウルシオール(脂質成分)、ゴム質(多糖)、含窒素物(糖蛋白)、ラッカーゼ(酵素)及び水で構成されている。漆液の化学については、多くの報告があり、非特許文献1〜4の報告が含まれる。
【0003】
生漆エマルションの水滴粒径は約10マイクロメータ(μm)であるが、「ナヤシ」によるかき混ぜて練る操作及び「クロメ」による加熱処理をして水分を低減した精製漆の平均水滴粒径は約1μmである。これを塗膜にして高湿度の漆室中に静置すると、水滴中に含まれるラッカーゼ酵素がウルシオールを酸化し、ウルシオールキノンの生成、ジベンゾフランの生成、キノン−オレフィン付加重合物の生成などが進行する。また、これらの反応による抗酸化力の減少により側鎖の不飽和結合の自動酸化反応も進行し、乾燥硬化した漆塗膜が得られる(側鎖の自動酸化反応は、実際には、ウルシオールオリゴマーやウルシオールポリマーの状態で進行する。)。
漆塗膜はふっくら感、しっとり感、深み感などの高級感を発現し数千年の保存に耐えることは周知の事実であるが、エマルションの分散粒径が比較的大きいために塗膜の光沢は低くなる。このために重合荏油やロジン変性重合亜麻仁油などを混合したり、乾燥塗膜表面の水研ぎ、胴刷りによる蝋色仕上げにより漆塗膜に光沢を付与することが行われている。
【0004】
漆は古くから利用されてきた植物由来の天然塗料であり、その乾燥塗膜は粒子構造を有している。漆の木から得られる樹液を利用した漆工芸品の製造は、まさに日本を代表する文化芸術であり、伝統工芸である。最近、生活様式の変化に伴い生活用品や家具・内装材の塗装は合成樹脂塗料が多用されている。その影響によるシックハウス症候群や有機溶媒によるVOC(揮発性有機化合物)やホルムアルデヒドが社会的な問題になっている。漆は天然塗料であり、ホルムアルデヒドを含まない塗料である。環境に優しい漆塗料の一層の性能向上と幅広い利用が望まれている。
【0005】
【非特許文献1】永瀬喜助、神谷幸男、木村徹、穂積賢吾、宮腰哲雄、日化、No.10, 587(2001)
【非特許文献2】永瀬喜助、神谷幸男、穂積賢吾、宮腰哲雄、日化、No.3, 377(2002)
【非特許文献3】永瀬喜助著、「漆の本」(研成社)昭和61(1986)年9月発行
【非特許文献4】宮腰哲雄、永瀬喜助、吉田孝編・著「漆化学の進歩」、(株式会社アイピーシー)平成12(2000)年5月発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする一つの課題は、従来品よりも光沢が高く、耐久性に優れた漆塗膜を与えることができる漆系塗料を提供することである。又、他の課題は、このような漆系塗料の製造方法を提供することである。他のもう一つの課題は、光沢が高く、耐久性の優れた漆塗装材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記課題は、以下の手段により、達成された。
項1)本発明の漆系塗料(漆液)は、天然産生漆又は精製漆を混練して得られる漆系塗料であって、油中水滴型エマルションの粒径が10〜80nmであることを特徴とする。
項2)本発明の漆系塗料(漆液)の製造方法は、天然産生漆又は精製漆の油性成分に対し水分が5〜15重量%となるように調節する含水率調節工程、及び、含水率を調節した漆系塗料を高剪断力下に混練して油中水滴型エマルションの粒径を10〜80nmにする超微細化工程、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の漆系塗料は、粘度が低く、乾燥硬化時間が短く、従来品よりも高い光沢を与える塗膜を与える。本発明の漆塗装材は、耐光性及び耐水性に優れ、耐久性に優れた塗膜を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の漆系塗料は、天然産生漆を混練及び脱水精製して得られる精製漆であって、油中水滴型エマルションの粒径が10〜80nmであることを特徴とする。ここで、粒径の観察は、後述のSEM観察によるものとする。
本発明の漆系塗料は、生漆液(油中水滴型(W/O型)エマルション)を直接超微細化するか、又は生漆液に通常のナヤシ及びクロメの処理を施した精製漆を、超微細化することによって、油中水滴型エマルションの粒径を10〜80nmに超微細化したことに特徴を有する。生漆を直接超微細化するよりも、ナヤシ操作又は更にクロメ処理により微粒子化した精製漆を更に高剪断力下に混練又は粉砕することにより超微細化する2段階の微細化工程の方が好ましい。含水率の管理がしやすく、粒径制御も安定するためである。
なお、水滴の粒径が10〜80nmの超微細化した漆液を「ナノ漆」とも言うこととする。
【0010】
前述の「超微細化」とは、漆エマルションにおける水滴粒径を10〜80nmにすること、好ましくは、10〜50nmにすることを言う。ここで水滴粒径は、大きい粒径の粒子を個数で10%及び小さい粒径の粒子を個数で10%取り除いた粒子群が属する粒子範囲を意味する。
漆液中の水滴粒径は、その乾燥塗膜の走査電子顕微鏡(SEM)観察により決定できる。走査電子顕微鏡観察は、10万倍、15万倍又は20万倍の倍率で行う。
本発明に使用する生漆及び精製漆に関する用語は、日本工業規格JISK5950に従う。
【0011】
生漆は、通常20〜30重量%の水分を含み、またエマルションのサイズも大きいために、そのままでは流展性が乏しく、仮に塗装しても光沢がなく平滑でない塗膜を与えるに過ぎない。生漆を木製の底の浅い容器に入れて擦り込むと、複合成分が均一に分散され、エマルションの微粒子化が達成できる。この処理を「ナヤシ」ともいう。さらに均一分散と同時に輻射線で加熱して、過剰な水分を除去することにより、流展性を付与することも広く行われる。この処理を「クロメ」とも称する。クロメ処理により得られる脱水精製漆をクロメ漆という。クロメは、漆液中のラッカーゼ酵素が失活しないように、温度を45℃以下に保って行われる。脱水の程度も、ラッカーゼ酵素が失活しないように、約3〜5%の水分を残すように行われる。
脱水精製した漆は、そのまま透漆(すきうるし)として使用することが好ましい。脱水精製した漆に、鉄粉又は水酸化鉄で黒く着色した後固形分を除いた黒漆として使用することもできる。
透漆又は黒漆のいずれもそのまま無油漆(「すぐろめ漆」ともいう。)として使用できる他に、又、アマニ油や荏油(重合荏油やロジン変性重合亜麻仁油を含む。)などの乾性油を加えた有油漆としても使用することができる。無油透漆には、梨地漆、木地蝋漆(きじろううるし)、箔下漆、中塗漆、艶消漆、及び釦漆(いつかけうるし)が含まれるが、箔下漆が好ましく用いられる。有油透漆としては、春慶漆、朱合漆(しゅあいうるし)、中花漆、並花漆、塗立漆(ぬりたてうるし)、及び留漆が含まれるが、朱合漆を好ましく使用することができる。
【0012】
原料の生漆液には、日本国産生漆液又は外国産生漆液を使用できる。外国産には、中国産、ベトナム産、及びミャンマー産等が含まれる。
【0013】
本発明の漆系塗料の製造方法は、生漆又は精製漆の油性成分に対し水分が5〜15重量%となるように調節する含水率調節工程、及び、含水率を調節した漆系塗料を高剪断力下に混練して油中水球エマルションの粒径を10〜80nmにする超微細化工程、を含むことを特徴とする。
本発明の漆液の製造方法において、粒径を10〜80nmに超微細化するためには、高剪断力下に漆液を混練又は粉砕することが必要である。またこの高剪断力下の混練に先だって、含水率を適度に調節することも好ましい。
精製漆の含水率は、通常、漆液の3〜8重量%であり、これに水分を加えて5〜15重量%、好ましくは8〜13重量%の含水率の精製漆液とした後に、超微細化工程に付することが好ましい。本発明の製造方法において、超微細化した漆系塗料の含水率が2〜5重量%になるように含水率を低減する工程を含むことが好ましい。なお、超微細化工程が終了し、塗装に使用する時点では、一般に、含水率を再度3〜8重量%に戻すことが好ましい。なお、後述のアルコキシシラン類を併用する場合には、併用直前の含水率を更に少なくして、3〜5重量%とすることが好ましい。
【0014】
高剪断力下の混練とは、高剪断力及び/又は摩擦力の下に漆液を微細化し、水滴粒径の中央80個数%を10〜80nmに超微細化することをいう。混練の機構は、剪断、圧縮、粉砕作用の組み合わせによる超微細化であることが好ましい。
本発明において超微細化のために使用することのできる装置は、分散媒体を収納した容器運動型の分散機、又は、複数のブレードが容器内で回転する容器固定型の分散機に大別される。
【0015】
容器運動型の分散機には、粉砕媒体を入れた容器を高速で振動するか又は駆動し、容器内の漆液を超微細化する、容器駆動媒体ミルが例示できる。容器駆動媒体ミルは、通常、円筒形のミル容器中にガラスビーズなどの粉砕媒体を充填し、ミル容器を駆動させることにより、容器内の漆液を超微細化することができる。ミルの運動形式により、転動ミル、振動ミル、遊星ミルのように分類されるが、いずれの運動形式も利用できる。
又、容器中に粉砕媒体を入れると共に、容器内に挿入した撹拌翼機構を介して媒体に高速回転運動を与え、主として媒体間に生じる摩擦・剪断作用によって漆液の超微細化を行う媒体撹拌ミルも使用することができる。
【0016】
粉砕媒体には、鋼球(SWRM、SUJ2、SUS440)、セラミック(ハイアルミナ、ステアタイト、ジルコニア、炭化ケイ素、窒化ケイ素)、ガラス(一般ソーダガラス、無アルカリガラス、ハイビー)、超硬球(WC)、天然石(フリントSiO2)が例示でき、ガラスビーズが好ましく使用できる。鋼球を使用すると超微細化した黒漆が得られる。
粉粒体の粉砕では、粉砕媒体の密度が大きいほど、ミル回転速度が速いほど、又ビーズ径が小さいほど、粉砕速度が大きいとされている。本発明において、漆液の超微細化には、約1〜2mmの直径のガラスビーズが好ましく使用できる。
容器駆動媒体ミル及び媒体撹拌ミルについては、公知であり、例えば、(社)化学工学会編、「改訂六版 化学工学便覧」(丸善、平成11年出版)の16・1・6粉砕機に記載されている。
【0017】
容器固定型の分散機には、噛み合わせ型同方向回転のブレードが容器内に収納された混練機が例示できる。この装置の混練機構は、噛み合わせ型同方向回転のブレードによるものがあり、漆液を収納する容器の壁と撹拌羽根/セグメントのクリアランスが小さいほど、又、ブレードの回転数が大きいほど分散効率が高くなる。漆液の場合には、クリアランスを約0.5mm、ブレード回転数を50〜500rpmにして混練することが好ましい。
容器駆動媒体ミル、媒体撹拌ミル、又はブレード回転混練機のいずれを使用する場合にも、容器内の漆液の液温が20〜35℃となるように混練を施すことが好ましい。また、混練装置においては、装置ヘッド上部の排気穴を開口にして、大気と接触が可能なようにして、空気を取り込んで混練してもよい。この場合、漆の硬化反応が部分的に進行し、又、含水率を低減することができる。
【0018】
本発明の漆系塗料の製造方法において、高剪断力下に混練する手段が、ブレード混練装置、容器駆動媒体ミル、又は媒体撹拌ミルであることが好ましい。
本発明において漆液の超微細化のために使用することができる分散手段のいくつかの具体例を以下に例示する。
(株式会社東洋精機製作所製 ラボプラスミル マイクロKF−70)噛み合わせ型同方向回転のブレードを使用する混練装置の一種である。
(ドイツLAU社製DASH2000-K Disperser)容器駆動媒体ミルの1種である。
(荒木鉄工社製RG-100型リングミル分散装置)媒体撹拌ミルの1種である。
【0019】
本発明の漆系塗料には、漆系塗料について公知の種々の添加剤を添加することができる。特に漆系塗料の硬化速度を調節するための添加剤が有用である。
日本産漆の硬化速度を遅らせるためには、有機酸を加えることにより塗料のpHを酸性(pH=4〜5)にすることが好ましい。有機酸としては、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、クエン酸、酒石酸などが例示でき、クエン酸が好ましい。その添加量は、pH調節に必要十分な量である。
ベトナム産の漆は、アルカリ性側で硬化速度が遅くなる逆の傾向を有する。
【0020】
また、硬化速度を促進するためには、有機ケイ素化合物、特にアルコキシシラン類が有効である。このアルコキシシラン類を主成分とする硬化促進剤の一つは、本発明者らが開示したテトラアルコキシシラン及び/又はその縮合物を成分とする。この硬化促進剤は、特開2003−306640号公報に開示されている。本発明に好ましく使用できる硬化促進剤は、漆類のフェノール性水酸基を変性して、その硬化を促進させるためのものであり、下記式(1)で表わすことができる:
【0021】
【化1】


(但し、式中、Rは互いに同じであっても異なっていてもよいアルキル基であり、nは1以上の整数である。)
具体的には、Rは、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基などの炭素数1〜12のアルキル基が好適に挙げられ、このうち炭素数1〜4のアルキル基が更に好ましく、メチル基が特に好ましい。このアルコキシシラン類としては、具体的には、オルトケイ酸アルキルエステル(n=1)、その加水分解縮合生成物(n=2〜10)、又はこれらの混合物が好ましく、オルトケイ酸メチルエステル及びその加水分解物が特に好ましい。このアルコキシシラン類は、単独で使用できるだけではなく、2種以上を混合して使用することができる。混合使用した場合、耐水性の向上や乾燥速度の調節も容易となる。
【0022】
上記のアルコキシシラン類は市販品を入手することができる。市販のオルトケイ酸メチルエステルの加水分解生成物としては、シリコーンレジンメトキシオリゴマー2327(信越化学工業(株)製)が例示できる。
【0023】
本発明に好ましく使用できる他の硬化促進剤としてのアルコキシシラン類は、漆類のフェノール性水酸基を変性して、その硬化を促進させるためのものであり、下記式(2)で表わす化合物及び/又はその縮合物である:
nSi(OR)m (2)
(式中、Xはアミノ基、アルキルアミノ基、アミノアルキル基、エポキシ基、アクリロキシ基、メタクリロキシ基及びビニル基からなる群から選ばれる基であり、Rはアルキル基であり、nとmはそれぞれ同じであっても異なっていてもよい1〜3の整数であり、かつ、nとmの合計は4である。)
上記のアルコキシシラン類は、特開2003−55558号公報に記載されており、N−β−(アミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシランが例示できる。
アルコキシシラン類を配合すると、漆塗料の乾燥促進、塗膜の耐水性向上、及び紫外線照射に対する耐久性向上の硬化が得られる。
【0024】
上記の硬化促進剤の配合量は、ナノ漆系塗料中の水や油を除く漆成分100gに対して、アルコキシシラン類1〜30gであることが好ましく、1〜10gであることがより好ましい。
【0025】
本発明は、又、前記の漆系塗料、又は、前記の製造方法により製造された漆系塗料で塗装された漆塗装材にも係る。
本発明の漆系塗料は、種々の基材に塗布して塗膜を形成することができる。基材としては、木材、金属、ガラス、合成樹脂等特に限定されないが、ガラス、木材が好ましい。木材としては、天然材及び合板のいずれも使用できる。
塗布の方法は特に限定されず、従来行われている通常の方法が使用できる。高級木製品への漆塗りに本発明の漆系塗料を使用すると特にその効果が顕著である。これらの木製品としては、紫檀板、黒檀板、ケヤキ材、唐木、ヒノキ材等が例示できる。塗装品への応用の例としてわが国伝統の調度品、工芸品、美術品が含まれ、応用例には、各種の仏具も対象とすることができる。
【0026】
本発明のナノ漆に金属コロイド粒子、好ましくは、金コロイド粒子、銀コロイド粒子又は白金族コロイド粒子よりなる群より選ばれた貴金属コロイド粒子を併用することができる。
板ガラスを基材とする上記の漆塗装材はステンドグラス用材料として使用することができる。その他ワイングラス等のガラス食器の装飾に本発明の漆系塗料を使用することができる。特に、金コロイドを含有し、オルトケイ酸メチルエステルの加水分解物を含む漆塗料は、美しいワインレッドの塗膜を生じ、ガラスとの密着性に優れるので、カラス製食器等の着色に好ましく使用することができる。
【0027】
本発明の漆系塗料は高級塗装の用途に使用することが好ましい。
本発明の漆系塗料は、漆塗膜特有の漆艶、深み感、肉持ち感、しっとり感を一層高めた高意匠性及び高品位性を発現した塗膜を与える。
以下に実施例により発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
株式会社東洋精機製作所製の混練撹拌装置ラボプラストミル マイクロ KF70を使用して漆液を混練した。この装置の混練機構は、噛み合わせ型同方向回転のブレードによるものである。シリンダー状容器に生漆60gを入れ、60分間十分混練り撹拌を行った。この装置の容器内壁と撹拌羽根/セグメントのクリアランスは0.4mmであり、回転数100rpm、操作温度20〜35℃で混練を施した。装置ヘッド上部の排気穴は開口し、大気と接触が可能なようにして空気を巻き込むようにして混練り撹拌した。
生漆の代わりに、スグロメ漆、箔下漆及び朱合漆60g使用する以外は同様にして上記KF−70により混練り撹拌処理した。
得られた漆系塗料の塗膜のSEM電子顕微鏡観察することにより、油中水滴型エマルションの中央粒径80個数%に相当する粒径は約30〜50nmであった。
【0029】
得られた漆塗料を乾燥硬化時間と光沢度を評価して、その結果を表1に示した。
乾燥硬化条件は、20〜25℃/60〜65%RHの下で、各種の乾燥時間を評価した。乾燥時間は、息乾燥(DF : Dust-free dry)、指触乾燥(TF : Touch-free dry)及び硬化乾燥(HD : Hardened dry)により評価した。
【0030】
(表1)
KF−70で調製したナノ漆の乾燥硬化性(h)と光沢度(60°)
漆の種類 DF (h) TD(h) HD(h) Gloss 試料No.
生漆 3:50 7:00 10:30 97 1
スグロメ漆 1:30 3:00 4:50 80 2
箔下漆 2:20 4:00 5:50 99 3
朱合漆 3:10 4:10 6:20 103 4
生漆(blank) 3:30 9:30 23:30 64 5R
【0031】
生漆から調製したナノ漆液の屈折率は、nD25 1.5469であり、通常の生漆の屈折率nD25 1.5049よりも高く、漆液の重合反応が進んでいることを示唆していた。また、粘度は2,021mPa/sであり、通常の生漆のそれ1,780mPa/sと大差なく、塗装に適した値であった。
その乾燥硬化塗膜を電子顕微鏡(10万倍SEM)やプローブ顕微鏡で測定したところその粒子径の中央値80%が占める範囲は、30〜50nmであった。
(耐久性試験)
ナノ漆塗膜に紫外線を16時間(2年分)照射したところ、照射前の光沢度は100%以上であったものが85%に減少したものの、まだ十分に高い光沢を維持していた。対照として生漆膜やスグロメ漆膜を同じ条件で紫外線照射すると、それらは著しく劣化した。このようにナノ漆は高い光沢度を有し、生漆膜やスグロメ漆膜(K−0)より高い耐光性を有していた。その結果を図1と図2に示した。
またこのナノ漆塗膜の耐水性は100℃、10分で白化しない塗膜であった。
【0032】
表1に示した試料No.1〜5Rについて、漆液中のモノマー、オリゴマー、ポリマー及び高分子量ポリマーの組成比をGPCで測定した結果を表2に示した。
なお、GPCに使用したカラムcolumnは、 Tosoh, TSK-gel, a-3000, a-4000, a-M,φ7.8mm x 300mm x 3本であり、溶離液(eluent)は DMF with 0.01 mol LiBrであった。


【0033】
(表2)
KF−70で調製したナノ漆の組成分布(%)
漆の種類 Monomer Oligomer Polymer High polymer 試料No.
(%) (%) (%) (%)
生漆 49.6 34.6 15.8 0.0 1
スグロメ漆 51.7 30.1 13.6 4.6 2
箔下漆 46.4 36.0 12.5 5.0 3
朱合漆 44.9 38.5 12.5 4.1 4
生漆(blank) 84.1 15.9 0.0 0.0 5R
【0034】
(実施例2)
株式会社東洋精機製作所製混練り撹拌装置ラボプラストミル マイクロKF−70のシリンダー状容器にスグロメ漆57gと水3gを入れ、60分間十分混練り撹拌を行った。この装置の容器内壁と撹拌羽根のクリアランスは0.4mmであり、回転数100rpmで、混練温度を25〜35℃に保ちながら混練した。装置ヘッド上部の排気穴は開口し、大気と接触が可能なようにして空気を巻き込むようにして混練り撹拌した。その結果を表3に示した。
同様に上記の混練り撹拌装置KF−70を用いて、箔下漆及び朱合漆に、それぞれ、水を5%添加して混練り撹拌処理をした結果も同じく表3にまとめた。
なお、乾燥硬化条件は、20〜25℃/60〜65%RHとした。
【0035】
(表3)
KF−70で調製したナノ漆の乾燥硬化性(h)、光沢度(60°)
漆の種類 DF(h) TD(h) HD(h) Gloss 試料No.
スグロメ漆 1:10 2:30 4:00 98 6
箔下漆 3:00 4:00 6:30 104 7
朱合漆 3:10 4:10 6:40 102 8
生漆(blank) 3:30 9:30 23:30 64 9R
【0036】
(実施例3)
ドイツLAU社製 DASH200-K Disperserを使用して漆液を超微細化した。なお、この装置は、DIN規格(ドイツ連邦規格、 Deutsches Institut fur Normung)におけるDIN 53238-13 (Publication date:2000-10)(Pigments and extenders - Method for assessment of ease of dispersion - Part 13: Dispersion in low viscous mediums using an oscillatory shaking machine)に準拠する分散性テスト用分散機である。この分散機構は、粉砕媒体を入れた容器を往復振とうして分散するものである。
【0037】
プラスチック容器に生漆60gを入れ、ガラスビーズ径φ2mmを30g入れてから、容器を上下に2〜5時間振とうして混合を行った。この装置にビーズ径φが、0.1mm、1mm又は2mmである3種類の異なるガラスビーズを用いて、2〜5時間振とう撹拌を行ったところビーズ径φが、1mmあるいは2mmのガラスビーズを用いて、2〜5時間振とう撹拌を行った場合に、生漆をナノ漆にまで超微細化するのに有効であった。その結果を表4に示した。
なお、乾燥硬化条件は、20〜25℃/60〜65%RHとした。


【0038】
(表4)
ガラスビーズを用いた生漆からのナノ漆の乾燥性(h)と光沢度(60°)
漆の種類 DF(h) TD(h) HD(h) Gloss(ガラスビーズ径,分散時間h) 試料No.
生漆 3:40 4:30 6:30 93 (φ2mm, 5h) 10
生漆 3:50 4:40 7:00 84 (φ1mm, 2h) 11
生漆 3:30 5:00 7:50 86 (φ1mm, 5h) 12
生漆(blank) 3:30 9:30 23:30 64 13R
【0039】
(実施例4)
荒木鉄工社製RG−100型リングミル分散装置に生漆1.2Kgを入れ、1,200rpmで、35℃以下の温度で混練り撹拌を行った。その結果を表5に示した。
上記のリングミル分散装置を使用して生漆の替わりにスグロメ漆、箔下漆又は朱合漆にそれぞれ5%の水を加える以外は全く同様にして混練り撹拌処理した。その結果を表5に示した。
なお、乾燥硬化条件は、20〜25℃/60〜65%RHとした。
【0040】
(表5)
リングミル分散装置で調製したナノ漆の乾燥性(h)と光沢度(60°)
漆の種類 DF(h) TD(h) HD(h) Gloss 試料No.
生漆 3:40 6:50 10:20 99 14
スグロメ漆 1:10 2:30 4:30 100 15
箔下漆 2:00 3:40 5:30 104 16
朱合漆 2:50 4:00 6:00 102 17
生漆(blank) 3:30 9:30 23:30 64 18R
【0041】
(実施例5)
株式会社東洋精機製作所製混練り撹拌装置KF−70にスグロメ漆60gに、N,N−ビス[3−(トリメトキシシリル)プロピル]エチレンジアミンとN,N’−ビス[3−(トリメトキシシリル)プロピル]エチレンジアミンの(15:35)混合物のメタノール50%溶液3gに3−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン(3g)を混ぜた混合有機ケイ素化合物(合計4.5g)を加えて60分間混練り撹拌を行った(A法)。
【0042】
上記の撹拌装置KF−70を用いて生漆から調製したナノ漆60gを、混練り撹拌装置ニーダーミキサーを用いて水分を蒸発させて水分含量を3〜5%に調整した。その後、得られたマイクロエマルション化した漆液にN,N−ビス[3−(トリメトキシシリル)プロピル]エチレンジアミンとN,N’−ビス[3−(トリメトキシシリル)プロピル]エチレンジアミンの(15:35)混合物のメタノール50%溶液3gと3−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン(3g)の溶液を混ぜた混合有機ケイ素化合物(合計4.5g)を加えて混練り撹拌を30分行った(B法)。
【0043】
またナノ漆液60gに、N,N−ビス[3−(トリメトキシシリル)プロピル]エチレンジアミンとN,N’−ビス[3−(トリメトキシシリル)プロピル]エチレンジアミンの(15:35)混合物の50%メタノール溶液3gとアミノ変性シリコーン3gを混ぜた混合有機ケイ素化合物(合計4.5g)を加えて混練り撹拌を30分行った(C法)。
上記A法、B法及びC法の結果を表6に示した。
本発明のナノ漆液にアルコキシシラン類を添加した、ハイブリッド漆も、有用であることを示している。
なお、乾燥硬化条件は、20〜25℃/55〜60%RHとした。
【0044】
(表6)
ナノハイブリッド(HB)漆の乾燥硬化性(h)と光沢度(60°)
漆の種類 方法 DF(h) TD(h) HD(h) Gloss 試料No.
ナノHB漆 B 1:30 3:00 5:00 78 19
ナノHBスグロメ漆 A 1:00 2:10 4:00 78 20
ナノHBスグロメ漆 B 1:10 2:20 4:10 80 21
ナノHB箔下漆 A 1:10 2:00 2:40 99 22
ナノHB箔下漆 B 1:40 2:30 4:10 98 23
ナノHB箔下漆 C 1:20 2:10 3:00 98 24
ナノHB朱合漆 A 2:30 4:10 5:30 102 25
ナノHB朱合漆 B 2:10 3:00 5:00 98 26
【0045】
ナノハイブリッド(HB)漆膜を電子顕微鏡(10万倍)とプローブ顕微鏡で観察したところ、その中央粒子径80個数%の粒子径範囲は、すべて20〜80nmであった。その塗膜に紫外線を16時間(2年分)照射したところ光沢保持率は85〜90%で、耐水性は100℃、10分で白化しない塗膜であった。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1は、UV照射による生漆、素黒目漆およびナノ生漆の光沢変化の照射時間依存性の一例を示す。
【図2】図2は、UV照射による生漆、素黒目漆およびナノ生漆の光沢保持率の照射時間依存性の一例を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然産生漆又は精製漆を混練して得られる漆系塗料であって、
油中水滴型エマルションの粒径が10〜80nmであることを特徴とする
漆系塗料。
【請求項2】
該粒径が、10〜50nmである請求項1記載の漆系塗料。
【請求項3】
精製漆が無油透漆又は有油透漆である請求項1又は2記載の漆系塗料。
【請求項4】
アルコキシシラン類を添加した請求項1〜3いずれか1つに記載の漆系塗料。
【請求項5】
生漆又は精製漆の油性成分に対し水分が5〜15重量%となるように調節する含水率調節工程、及び、
含水率を調節した漆系塗料を高剪断力下に混練して油中水滴型エマルションの粒径を10〜80nmにする超微細化工程、を含むことを特徴とする
漆系塗料の製造方法。
【請求項6】
高剪断力下に混練する手段が、ブレード混練装置、容器駆動媒体ミル、又は媒体撹拌ミルである請求項5記載の漆系塗料の製造方法。
【請求項7】
超微細化した漆系塗料の含水率が2〜5重量%になるように含水率を低減する工程を含む請求項5又は6記載の漆系塗料の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜4いずれか1つに記載の漆系塗料、又は、請求項5〜7いずれか1つに記載の製造方法により製造された漆系塗料で塗装された漆塗装材。
【請求項9】
木製品又はガラス製品である請求項8記載の漆塗装材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−9023(P2007−9023A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−190223(P2005−190223)
【出願日】平成17年6月29日(2005.6.29)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【Fターム(参考)】