説明

潤滑剤劣化測定方法及びそれに用いる劣化測定装置

【課題】 潤滑剤におけるトライボプラズマ現象の発生状況を把握し、潤滑剤の劣化を測定する方法及びそれに用いる測定装置を提供する。
【解決手段】
半球ピンと潤滑剤を載せたディスクの摺動接触点で発生する光子像を、紫外線透過レンズで構成された光学顕微鏡を通して検出し、UV像の発生の有無により、トライボプラズマが潤滑剤の潤滑点の近傍に発生しているかどうかを判定することからなる潤滑剤の劣化測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑剤の劣化測定方法及びそれに用いる劣化測定装置に関し、より詳しくは、トライボプラズマによる潤滑剤の劣化を測定する方法及びそれに用いる劣化測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の潤滑剤の劣化測定技術では、機械の摺動面における潤滑油の劣化や加工における工具と被加工物の接触部での潤滑油の劣化は摩擦発熱による温度上昇によると考えられてきた。そのため、専ら摺動接触部の温度計測、あるいは温度上昇を概算し、この温度上昇と潤滑油の分解劣化温度の大小関係を目安にして潤滑油の劣化測定技術を開発してきたのである。
すなわち、摺動面・加工面の温度上昇が潤滑油の分解劣化温度よりも高ければ、潤滑油が劣化し、逆であれば潤滑油は分解劣化しないと考えてきた。ところが、摩擦発熱による温度上昇が潤滑油剤の分解劣化温度よりもはるかに低い温度においても分解劣化が観察され、温度のみを潤滑油の分解劣化の尺度とすることはもはやできないのが現状である。摺動面温度は数℃以下であると概算されたにもかかわらず、ハードディスクドライブのヘッドと磁気記録ディスクの摺動面の潤滑に用いられている熱分解温度が350℃という化学的に極めて安定な潤滑油も分解劣化してしまうことが分かった(非特許文献1)。
ここにおいて、摩擦面温度は必ずしも潤滑油分解劣化の決定的な要因ではないことが明らかとなった。この分解劣化の原因こそ、本発明において後述するように当該発明のトライボプラズマである。
【非特許文献1】K. Nakayama& S.M. Mirza,”Verifivcation of the decomposition of perfluoropolyetherfluid due to triboplasma”, Tribology Transactions, 49 (2006) 17-25.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、潤滑剤におけるトライボプラズマ現象の発生状況を把握し、潤滑剤の劣化を測定する方法及びそれに用いる測定装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記目的を達成するために本発明者は、鋭意研究を続け、潤滑油、グリース等の潤滑剤が低温度にもかかわらず劣化する原因をトライボプラズマ現象であることを確認し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、半球ピンと潤滑剤を載せたディスクの摺動接触点で発生する光子像を、紫外線透過レンズで構成された光学顕微鏡を通して検出し、UV像の発生の有無により、トライボプラズマが潤滑剤の潤滑点の近傍に発生しているかどうかを判定することからなる潤滑剤の劣化測定方法である。
また、本発明では、紫外線透過レンズをCaF2製のレンズとし、UV像の発生の有無を高感度カメラで捕らえ、コンピュータ処理して光子の二次元像とすることができる。
さらに本発明は、半球ピンを絶縁性のダイヤモンドとし、回転ディスクをUV光透過可能なサファイヤとすることが望ましい。
また本発明においては、潤滑剤として、潤滑油、グリースを調べることができる。
【発明の効果】
【0005】
本発明の潤滑剤劣化測定方法は、潤滑剤の劣化を正確に見つけ出し、潤滑剤を構成する油や増ちょう剤や添加剤のみならず、それらを組み合わせた組成物に対しても有効であり、潤滑剤の開発に対して有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明で用いる潤滑剤劣化測定装置について、図1及び図2に基づいて説明する。本図面は1)摩擦接触点とその近傍から放出される光子の二次元分布計測装置、2)摩擦接触点からの光子スペクトル計測装置、と3)針・平板接触間で発生する放電プラズマ光子スペクトル計測装置からなる。
図1は、典型的な、油潤滑摺動接触部から放出される光子の二次元分布の計測原理図である。ダイヤモンド半球ピン(先端半径:300μm)とサファイヤ単結晶ディスク(厚直径:50mm、厚さ:1mm)の摺動接触点で発生する光子像をCaF2製のレンズで構成された光学顕微鏡(OM)を通して拡大し、高感度CCDカメラ(ICCDカメラ)で検出し、コンピュータ(PC)処理して光子の二次元像を得る。ここで、重要なことはトライボプラズマは後述するように主として紫外光を放出するので、光学顕微鏡には紫外光を透過可能なレンズ(本件の場合にはCaF2製)を用い、カメラには紫外光検出可能なもの(本件の場合にはICCDカメラ)を用いることである。
OMとICCDカメラの間に、(UV)光、可視(Visible)光、赤外(IR)光等を透過可能な光学フィルターを挿入することにより、UV像、可視光像、IR像等をそれぞれ得ることができる。後述するように、UV光はプラズマのみから発生しているので、UV像が得られればそれはプラズマ像であることを意味する。すなわち、このUV像取得の有無により、トライボプラズマが油潤滑点の近傍に発生しているかどうかを判定することができる。
【0007】
図2(左)はダイヤモンド半球ピンとサファイヤディスクの摩擦接触点から放出される光子のスペクトルをサファイヤディスクを通してスペクトル計測器(Spectrometer)により計測する装置の構成図であり、図2(右)は鋼針・鋼平板電極間(電極間距離 0.3mm)で発生する放電プラズマからの光子スペクトルをスペクトル計測器(Spectrometer)にて計測する装置の構成図である。これらは油潤滑面から放出される光子がプラズマによるものであるかそうでないかを判定するために用いる。

【実施例1】
【0008】
本発明について実施例を用いてさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
図3は大気中(室温23℃、相対湿度30%)におけるPFPE油(パーフルオロポリエーテル油:商品名z-dol、分子量2000)潤滑(垂直力=0.98N、すべり速度=32cm/s)下でのダイヤモンドとサファイヤ摺動接触点より放出された光子のスペクトルである。放出された光子のほとんどは、油中にも拘わらず、紫外光という驚くべき結果を得た。
図4は大気中(室温23℃、相対湿度28%)における針・平板放電プラズマ光子(上)、乾燥すべり摩擦(垂直力=0.98N、すべり速度=32cm/s)光子(中上)、PFPE油中針・平板放電光子(中下)、及びPFPE油潤滑接触点(垂直力=0.98N、すべり速度=32cm/s)からの光子(下)のスペクトルである。PFPE油潤滑面からの紫外領域の光子スペクトルは乾燥摩擦や大気放電スペクトルと一致している。すなわち、PFPE油潤滑接触点からの紫外光スペクトルが空気の放電プラズマからの光子スペクトルに一致するため、潤滑油中の摺動接触部の周辺に空気放電プラズマが発生していることが結論づけられた。
図5は大気中(室温23℃、相対湿度28%)におけるPFPE油潤滑(垂直力=0.98N、すべり速度=32cm/s)接触点より放出された紫外光像(上)、可視光像(下)である。図4の結果より、紫外光像はすなわちプラズマ像である。
【0009】
油潤滑面においてもトライボプラズマが摩擦接触点の後方に広がって発生していると結論づけられる。潤滑油中で発生するプラズマは楕円状をしていることが分かる。摩擦接触点からは明瞭な可視光像と赤外光像(図は省略)が得られたが、紫外光像は接触点の中ではその後半の部分に僅かに見られるのみであり、プラズマは油潤滑接触点の後方で強く発生するといえる。油潤滑接触点の後方は、従来より負圧になり、気泡または空洞(キャビティ)が発生することが知られており、この負圧の領域で空気の放電プラズマが発生するものと考えられる。
【0010】
図6と図7に、ダイヤモンド半球ピン(先端半径:300μm)をPFPE油潤滑下にてサファイヤ単結晶ディスク状を垂直力(速度=32cm/s一定)一定のもとですべらせた時と、すべり速度(垂直力=0.83N一定)の下ですべらせた時の各種垂直力下とすべり速度下におけるプラズマ像(UV像)を示す。垂直力の増加、すべり速度の増加につれてプラズマの大きさと強度が著しく増大していくことが分かる。
PFPE潤滑油中において摺動接触部の隙間から後方に拡がるプラズマが発生することを発見した。このことはこれまでの油潤滑下のトライボエミッション計測に基づいて提唱してきたことではあるが、今回のプラズマ像計測の成功により、油潤滑下においてプラズマが発生することを実証することができた。
PFPE油 (パーフルオロポリエーテル油:商品名z-dol、分子量2000)が、トライボマイクロプラズマにより分解劣化し、揮発性かつ、腐食性のCF3COOHを生成することが知られているが、これらのことは、今後、潤滑油の作用機構究明、分解劣化機構究明、潤滑油の劣化防止技術の開発、さらには機械システムの寿命延長技術の開発においてプラズマの観点からの技術開発が不可避であることを示している。
とりわけハードディスクドライブ(HDD)などのようなマイクロ機械システムにおいて重要となろう。いずれにしろ、このような高エネルギープラズマが油中で発生することはプラズマにより油の分解劣化が進行していることを意味し、逆にプラズマ発生を検知すればそこではプラズマによる潤滑油の分解劣化が進行していることになる。トライボプラズマが発生していることは、潤滑油は危険な極めて高エネルギー状態におかれ、分子は電子が離れてイオン化している不安定な反応中間体の状態にあることを意味しており、プラズマの発生を検知することは、潤滑油の分解劣化の発生を検知することを意味する。すなわち、油中プラズマの発生の有無を検知することにより、プラズマによる潤滑油の分解劣化進行の有無を判定することができる。このことは、実機を用いずとも、実機と同じ摺動材料・潤滑油を用いての模擬試験においてUV光像(プラズマ像)の計測または紫外光スペクトルのいずれかの計測によりプラズマ発生の有無を検知することにより、プラズマ発生の有無を判定できることを意味する。これにより、機械の潤滑油劣化防止技術の開発に大きく貢献できる。
【産業上の利用可能性】
【0011】
本発明の潤滑剤劣化測定方法は、潤滑剤の劣化を正確に見つけ出すばかりか、その構成要素である成分についても同様であり、潤滑剤の設計、開発に有効に利用できる。また、これに用いる測定装置は、新しい産業を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】摩擦光子二次元分布計測装置
【図2】ピンディスク型摩擦光子スペクトル計測装置(左)針・平板放電プラズマ光子スペクトル計測装置(右)
【図3】PFPE油潤滑面より放出された光子のスペクトル
【図4】大気(上)とPFPE油(中下)での針・平板放電スペクトルと空気中での乾燥すべり(中上)とPFPE油潤滑(下)の光子スペクトル
【図5】摩擦接触点からの紫外光像(上)と可視光像(下)
【図6】紫外光像(プラズマ像)と垂直力の関係
【図7】紫外光像(プラズマ像)と滑り速度の関係

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半球ピンと潤滑剤を載せたディスクの摺動接触点で発生する光子像を、紫外線透過レンズで構成された光学顕微鏡を通して検出し、紫外(UV)光像の発生の有無により、トライボプラズマが潤滑剤の潤滑点の近傍に発生しているかどうかを判定することからなる潤滑剤の劣化測定方法。
【請求項2】
顕微鏡のレンズがCaF2製等の紫外線透過レンズであり、UV像の発生の有無をUV光検出可能な高感度カメラで捕らえ、コンピュータ処理して光子の二次元像を得る請求項1に記載した潤滑剤の劣化測定方法。
【請求項3】
半球ピンがダイヤモンド等の絶縁性材料であり、回転するディスクがUV光を透過可能な単結晶サファイヤ等の材料である請求項1又は請求項2に記載した潤滑剤の劣化測定方法。
【請求項4】
潤滑剤が、潤滑油、グリースである請求項1ないし請求項3のいずれかに記載した潤滑剤の劣化測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−101913(P2008−101913A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−282087(P2006−282087)
【出願日】平成18年10月17日(2006.10.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年4月20日 社団法人 日本トロイボロジー学会発行の「トライボロジー会議予稿集 東京 2006−5」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】