説明

潤滑性表面を有する医療用具およびその製造方法

【課題】 治療用ガイドワイヤーなどの製造においては、これまで、コーティング樹脂層の膜厚をできるだけ薄くするための各種方法が検討されているが、潤滑耐久性の確保自体が困難である上に、さらに、血液中のカルシウムイオンによって、潤滑耐久性が低下する問題があった。本発明は金属基材に対して薄膜状にコーティングしても潤滑耐久性に優れ、また血液中のカルシウムイオンに対しても、潤滑耐久性が低下しない新しい機能を有する医療用具を実現する。
【解決手段】 医療用具を構成する基材表面に特定のアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物を固定化することによって、本発明の目的が達成される。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】

【技術分野】
【0001】
本発明は耐久性に優れた湿潤時潤滑性、生体適合性を有する医療用具を提供するものであり、ガイドワイヤー,カテーテルなどの医療用具の表面の機能化に有用な発明である。
【背景技術】
【0002】
医療分野において、気管、消化管、尿管、血管、その他の体腔、又は、組織に挿入されるカテーテル、イントロデューサーおよびこれらに挿入されるガイドワイヤーなどの医療用具は、挿入時に目的部位にアクセスするための操作性を向上し、血管内壁や粘膜などへの組織損傷を最小限にするためには、潤滑性を有する表面が必要である。その目的のために、基材表面に親水性化合物をコートして、湿潤時における潤滑性を向上している。
【0003】
これまで,基材表面をイソシアネート化合物で処理した後,メチルビニルエーテル・無水マレイン酸共重合化合物あるいはそのハーフエステルをコートすることで,湿潤時に表面が潤滑性を発現するようにした医療器具(文献1)などが知られている。しかしながら,メチルビニルエーテル・無水マレイン酸共重合化合物のハーフエステルは,疎水性のエステル結合を有することから,乾燥状態で保存された医療器具を水に濡らしても,すぐに潤滑性を発現しにくいこと,また,大気中に短時間放置するだけで,潤滑性を消失するなど,保水性の面において大きな欠点がある。一方,メチルビニルエーテル・無水マレイン酸共重合化合物のジカルボン酸ナトリウム塩は,前記ハーフエステルに対して,潤滑性,保水性の面において有利であるものの,血液中で表面潤滑性がより低下しやすい欠点を有している。
【0004】
【特許文献1】特公平01−33181
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、上記の問題点に鑑みてなされたもので,湿潤時の保水性が良好で,潤滑性が安定的に維持され,かつ,優れた潤滑耐久性と生体適合性を有する医療用具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は鋭意検討した結果、上記目的は、下記(1),(2),(3)により達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
(1)湿潤時に表面が潤滑性を有する医療用具であって、該医療用具を構成する基材表面に特定のアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物を固定化していることを特徴とする医療用具
(2)特定のアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物が,無水マレイン酸を一成分とする共重合体とアルコキシアルキルアミンの反応によって生成した化合物であることを特徴とする(1)に記載の医療用具
(3)基材の表面に、無水マレイン酸を一成分とする共重合体とアルコキシアルキルアミンとの反応によって、共重合無水マレイン酸の10〜100モル%がアミド結合に変換された化合物を塗布、乾燥後、さらに、アルカリ処理することを特徴とする医療用具の製造方法
【発明の効果】
【0008】
本発明の目的は、各種基材表面に特定のアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物をコーティングすることによって,優れた潤滑性と保水性を付与するとともに、血液中においても高度な潤滑耐久性と生体適合性を有する医療器具を提供することにある。本発明に係る医療用具は湿潤時において、保水性が優れ,摩擦係数が低く,優れた潤滑性を有すると共に、実使用時における操作性に優れ、長期にわたり製品性能が変化することも無く,また,過酷な使用条件下においても潤滑性,潤滑耐久性を維持することが可能な医療用具が実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は医療用具を構成する各種基材表面に、特定のアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物を固定化していることを特徴とする医療用具であり,特定のアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物が,無水マレイン酸を一成分とする共重合体とアルコキシアルキルアミンの反応によって生成した化合物を基材表面に強固に結合することによって達成できる。具体的には,無水マレイン酸とメチルビニルエーテルの交互共重合化合物などを,下記一般式で表されるアルコキシアルキルアミンと反応させて得られたアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物を基材表面にコートするか,あるいは,無水マレイン酸とメチルビニルエーテルの交互共重合化合物を基材表面にコートしたのち,一般式RO−R−NH で表されるアミン化合物(式中Rは炭素数1〜3,Rは炭素数1〜3の整数である)で処理することで,アミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物に変換する方法などが採用しうる。
【0010】
一般式RO−R−NH で表されるアミン化合物としては,メトキシメチルアミン,メトキシエチルアミン,メトキシプロピルアミン,エトキシメチルアミン,エトキシエチルアミン,エトキシプロピルアミン,プロポキシメチルアミン,プロポキシエチルアミン,プロポキシプロピルアミンなどが挙げられる。特に,RとRのアルキル基の炭素数の合計が2〜4の化合物がより好ましく用いられる。
【0011】
本発明において、各種無水マレイン酸共重合化合物、特に、メチルビニルエーテル・無水マレイン酸共重合化合物が好ましく用いられるが、これらの化合物中の無水マレイン酸を、RO−R−NHで表されるアミン化合物によって、10%〜100%の範囲で反応させて用いることができる。
【0012】
また、本発明において、各種無水マレイン酸共重合化合物、特に、メチルビニルエーテル・無水マレイン酸共重合化合物のRO−R−NH変性物が好ましく用いられるが、これらの化合物に架橋剤を少量添加することで、より優れた潤滑耐久性が得られる。本発明の架橋剤としては、ジオール、ポリオール、ポリエチレングリコール、ジチオール、チオグリセロール、アミノアルコール、ジアミン、ポリアミン、ポリイソシアネートなど酸無水物環と反応性を有し、2つ以上の官能基を有する化合物が好ましく用いられる。
【0013】
本発明において使用される無水マレイン酸共重合化合物に対する架橋剤の配合割合は重量比で、無水マレイン酸共重合化合物100部に対して架橋剤0.02〜1.0部の範囲である。特に好ましい範囲は0.03〜0.3部である。この範囲を外れると、潤滑性および潤滑耐久性が劣る。
【0014】
本発明における無水マレイン酸共重合化合物と架橋剤を上記の配合組成で混合した溶液を作成し、この溶液に浸漬する方法、溶液を塗布する方法、溶液を噴霧する方法など、従来から一般に採用されている方法を用いることができる。
【0015】
上記のコーティング溶液に用いられる溶剤としては、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン系溶剤、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどのアルコール系溶剤、テトラヒドロフランあるいはそれらの混合溶剤、など汎用的な有機溶剤が使用しうる。これらの溶剤に、0.3〜8重量%、好ましくは0.5〜5重量%の濃度に溶解してコーティング溶液を調製する。
【0016】
上記のコーティング溶液に浸漬した後、乾燥し、引き続き、60〜130℃の温度で10〜300分の加熱処理を行う。この処理によって、無水マレイン酸共重合化合物に架橋構造が導入され、潤滑耐久性がさらに向上する。
【0017】
さらに、アルカリ溶液に浸漬し、アミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物のカルボキシル基をアルカリ塩にすることで、潤滑性、および潤滑耐久性の優れた医療用具の製造が可能となる。このアルカリ処理に用いられるアルカリとしては、上記カルボキシル基をアルカリ塩へ変換する目的を達成できるアルカリであれば使用可能であるが、潤滑耐久性の点から、特に、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムの水溶液、アルカリ金属アルコキサイドのアルコール溶液などで処理するのが最も良い結果を与える。
また、アルカリ処理後、水、生理食塩水、エタノールなどで十分洗浄を行い、アルカリを完全に除去することが好ましい。
【実施例】
【0018】
以下に本発明に係る具体的な実施例および比較例について、より詳しく説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
(親水性化合物の合成)
【0019】
メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合化合物<IPS社製GANTREZ−AN−169>25gを脱水DMSO600mlと脱水MEK400mlの混合溶媒に溶解し,さらに、この溶液にメトキシエチルアミン8.0gを少しずつ添加して、40℃で3時間、反応を行なって、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合化合物の部分アミド化物(以下PHAと称す)を得た。反応後、600mlの脱水MEKを投入して均一なコーティング溶液<1>を得た。赤外吸収スペクトルの測定から,酸無水物環が残存していることを確認した。このコーティング溶液<1>に、架橋剤として、ブタンジオールをPHAに対して0.15重量%となるように添加し,コーティング溶液<2>とした。
<実施例1>
【0020】
ウレタン樹脂で被覆した血管造影用ガイドワイヤーの基材を、イソシアネートを含有するポリウレタンの2%メチルエチルケトン溶液に浸漬し、80℃で乾燥した後、さらに上記に調製したコーティング溶液<2>に浸漬することによって基材表面にコーティング溶液<2>を塗布し,風乾後,100℃で60分間乾燥を行ない、潤滑剤を基材表面に固定した。その後,1/10Nの水酸化ナトリウムの水溶液中に浸漬し,室温で30分間処理した。さらに,水洗を十分に行い,70℃30分乾燥した。上記方法にて得られたワイヤーは水の中において優れた潤滑性を示した。また,このワイヤーを水の中において手で扱くことにより,潤滑性が消失するまでの手扱きの回数を測定したが3000回まで潤滑性を維持し,潤滑耐久性が優れることが確認された。また、生理食塩水に塩化カルシウムを0.075%濃度に溶解した水溶液に、ワイヤーを1時間浸漬後、水洗した後、ワイヤーを水の中において手で扱くことにより,潤滑性が消失するまでの手扱きの回数を測定したが2900回まで潤滑性を維持し、性能の低下はほとんど認められなかった。
<実施例2>
【0021】
ウレタン樹脂で被覆した血管造影用ガイドワイヤーの基材を、イソシアネートを含有するポリウレタンの2%メチルエチルケトン溶液に浸漬し、80℃で乾燥した後、更に、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合化合物<IPS社製GANTREZ−AN−169>の2%溶液に浸漬することによって、コーティングし,風乾後,100℃で60分間乾燥を行なって、潤滑剤を基材表面に固定した。その後,メトキシエチルアミンの2%水溶液中に浸漬し,室温で30分間処理した。さらに,水洗を十分に行い,70℃30分乾燥した。上記方法にて得られたワイヤーは水の中において優れた潤滑性を示した。また,このワイヤーを水の中において手で扱くことにより,潤滑性が消失するまでの手扱きの回数を測定したが2600回まで潤滑性を維持し,潤滑耐久性が優れることが確認された。また、生理食塩水に塩化カルシウムを0.075%濃度に溶解した水溶液に、ワイヤーを1時間浸漬後、水洗したワイヤーを水の中において手で扱くことにより,潤滑性が消失するまでの手扱きの回数を測定したが2600回まで潤滑性を維持し、性能の低下は認められなかった。
<比較例1>
【0022】
ウレタン樹脂で被覆した血管造影用ガイドワイヤーの基材を、イソシアネートを含有するポリウレタンの2%メチルエチルケトン溶液に浸漬し、80℃で乾燥した後、更に、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合化合物<IPS社製GANTREZ−AN−169>の2%溶液に浸漬することによって、コーティングし,風乾後,100℃で60分間乾燥を行なって、潤滑剤を基材表面に固定した。その後,1/10Nの水酸化ナトリウムの水溶液中に浸漬し,室温で30分間処理した。さらに,水洗を十分に行い,70℃30分乾燥した。上記方法にて得られたワイヤーは水の中において優れた潤滑性を示した。また,このワイヤーを水の中において手で扱くことにより,潤滑性が消失するまでの手扱きの回数を測定したが2400回まで潤滑性を維持し,潤滑耐久性が優れることが確認された。また、生理食塩水に塩化カルシウムを0.075%濃度に溶解した水溶液に、ワイヤーを1時間浸漬後、水洗したワイヤーを水の中において手で扱くことにより,潤滑性が消失するまでの手扱きの回数を測定したが、1300回まで潤滑性が低下していた。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明により得られる技術によって、耐カルシウムイオン性に優れた潤滑性を有するガイドワイヤーなど医療用具を提供することが可能になった。特に、金属に無水マレイン酸共重合化合物をコーティングし、水酸化ナトリウムなどのアルカリで処理したガイドワイヤーは、血液中のカルシウムイオンで潤滑性および潤滑耐久性が低下する傾向が強かったが、本発明に係るコーティング技術によって、新しい機能を有する医療用具などへの展開を含めた幅広い応用が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿潤時に表面が潤滑性を有する医療用具であって、該医療用具を構成する基材の表面に特定のアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物が固定化されていることを特徴とする医療用具
【請求項2】
特定のアミド結合を有する無水マレイン酸共重合化合物が,無水マレイン酸を一成分とする共重合体とアルコキシアルキルアミンの反応によって生成した化合物であることを特徴とする請求項1に記載の医療用具
【請求項3】
基材の表面に、無水マレイン酸を一成分とする共重合体とアルコキシアルキルアミンとの反応によって、共重合無水マレイン酸の10〜100モル%がアミド結合に変換された化合物を塗布、乾燥後、さらに、アルカリ処理することを特徴とする医療用具の製造方法

【公開番号】特開2010−240350(P2010−240350A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−104517(P2009−104517)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(502162859)株式会社 ティーアールエス (7)
【Fターム(参考)】