説明

潤滑油の劣化判定具及び潤滑油の劣化判定方法

【課題】 取扱いが簡易で、かつ黒色の潤滑油でもその影響を低減させ、判定が迅速に可能となる潤滑油の劣化判定方法及びそれに用いる潤滑油の劣化判定具を提供する。
【解決手段】 指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を基材に保持させ、その基材表面に潤滑油を付着させ、基材上で指示薬のプロトン解離を生起させることにより、潤滑油の劣化を判定することを特徴とする潤滑油の劣化判定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油の劣化判定具及び潤滑油の劣化判定方法に関する。さらに詳しくは、使用中の潤滑油の劣化を判定するために膜などの固体の基材上で中和反応を行わせ、指示薬の変色により潤滑油の塩基価を測定しその劣化を判定できる潤滑油の劣化判定方法及びそれに用いることができる潤滑油の劣化判定具に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑油は使用し続けると、潤滑油が本来果たすべき性能が劣化し、潤滑効率が低下したり、潤滑箇所の損傷につながるので、劣化した潤滑油は交換する必要が生じる。例えば、内燃機関用のエンジン油は、使用によって酸性物質が生成し酸化劣化し、潤滑性や冷却能力が低下する。そして、エンジン油の酸化劣化は開始当初は緩やかであるが、ある程度進行すると急激に酸化劣化が進行する場合もあり、劣化したエンジン油の交換時期は重要である。劣化したエンジン油の交換時期の目安は、通常、決められた走行距離、使用期間、あるいは汚れ度合いの目視などの指標により決められている。
【0003】
しかし、この指標は、必ずしもエンジン油の寿命を的確に反映していない場合がある。この場合、エンジン油の寿命が残っている場合と、すでに劣化が進み、交換時期が過ぎている場合の両者がある。前者の場合、十分使用できるのにエンジン油の交換をしており、省資源の観点から無駄があり、後者の場合、潤滑効率が低下したり、潤滑箇所の損傷につながるおそれがある。
このような観点から、劣化した潤滑油の交換時期を的確に把握する必要がある。従来、潤滑油の劣化判定法として、例えば、主に潤滑油の使用現場においても使用する方法として、所定の試薬を用い潤滑油と混合し中和反応により潤滑油の劣化を判定する方法が提案されている(特許文献1、特許文献2参照。)。また、潤滑油の特定波長域の吸光度を測定することにより、潤滑油の劣化を検知する方法が提案されている(特許文献3参照。)。
【0004】
【特許文献1】特許第2539768号公報
【特許文献2】特公昭61−585号公報
【特許文献3】特許第2963346号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、これら従来提案されている指示薬キットやセンサー型の簡易潤滑油劣化判定器は、作業性に難点があり、また劣化した黒色の潤滑油では、潤滑油の黒色のためにその識別判定が困難な場合もあり得る。
本発明の目的は、その取扱いが簡易で、かつ黒色の潤滑油でもその影響を低減させ、判定が迅速に可能となる潤滑油の劣化判定方法及びそれに用いることができる潤滑油の劣化判定具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目標を達成すべく鋭意検討した結果、従来、溶液内で行われる中和反応を、あらかじめプロトン性溶媒に溶解させた指示薬を保持させたメンブランフィルターなどの基材上で、実質的に水分の存在しない状態で潤滑油中の塩基性物質を取り込み、基材上で中和反応を行わせ、潤滑油中の塩基価を測定することにより、潤滑油の劣化を簡易に判定できることを見出して本発明を完成した。
【0007】
すなわち本発明は、上記目的を達成するために、以下の1〜16に記載の潤滑油の劣化判定具及び潤滑油の劣化判定方法を提供するものである。
[1]陽イオン交換性能を有し、プロトンを付加できる基材に、指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させていることを特徴とする潤滑油の劣化判定具。
[2]プロトン性溶媒がプロトン性有機溶媒である[1]に記載の潤滑油の劣化判定具。
[3]基材が膜である請求項[1]又は[2]に記載の潤滑油の劣化判定具。
[4]膜がメンブランフィルターである[3]に記載の潤滑油の劣化判定具。
【0008】
[5]メンブランフィルターが、ポリエーテルスルホン製メンブランフィルター、又はニトロセルロース製メンブランフィルターである[4]に記載の潤滑油の劣化判定具。
[6]指示薬が酸性域で変色する指示薬である[1]〜[5]のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定具。
[7]指示薬がブロモクレゾールグリーン、ブロモフェノールブルー、チモールブルー、又はそれらの混合物であり、プロトン性有機溶媒がプロパノール、ブタノール、ペンタノール、又はそれらの混合物である[5]に記載の潤滑油の劣化判定具。
[8]基材が予め酸処理し乾燥させたものである[1]〜[7]のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定具。
【0009】
[9]指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を基材に保持させ、その基材表面に潤滑油を付着させ、基材上で指示薬のプロトン解離を生起させることにより、潤滑油の劣化を判定することを特徴とする潤滑油の劣化判定方法。
[10]プロトン性溶媒がプロトン性有機溶媒である[9]に記載の潤滑油の劣化判定方法。
[11]基材が膜であり、膜表面に付着された潤滑油中の塩基性物質と指示薬を反応させ、膜上で指示薬のプロトン解離を生起させ、塩基価により潤滑油の劣化を判定することを特徴とする[9]又は[10]に記載の潤滑油の劣化判定方法。
【0010】
[12]膜がメンブランフィルターである[11]に記載の潤滑油の劣化判定方法。
[13]メンブランフィルターが、ポリエーテルスルホン製メンブランフィルター、又はニトロセルロース製メンブランフィルターである[12]に記載の潤滑油の劣化判定方法。
[14]指示薬が酸性域で変色する指示薬である[9]〜[13]のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定方法。
【0011】
[15]指示薬がブロモクレゾールグリーン、ブロモフェノールブルー、チモールブルー、又はそれらの混合物であり、プロトン性有機溶媒がプロパノール、ブタノール、ペンタノール、又はそれらの混合物である[14]に記載の潤滑油の劣化判定方法。
[16]基材にプロトン性有機溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させる方法が、基材を予め酸処理し乾燥させ、その後指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させる方法である[9]〜[15]のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、エンジン油、作動油、圧縮機油など種々の潤滑油を、メンブランフィルターなどの実質的に水分の存在しない固体の基材上で中和反応を行わせ、その潤滑油の塩基価を測定することにより、潤滑油の黒色の影響をほとんど受けずに潤滑油の劣化を簡便に判定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の潤滑油の劣化判定具は、陽イオン交換性能を有し、プロトンを付加できる基材に、指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させていることを特徴とする潤滑油の劣化判定具である。
本発明の潤滑油の劣化判定具における基材は、(1)陽イオン交換性能を有し、プロトンを付加できる性能を有するものであり、また、(2)プロトン性溶媒を保持できる性能、(3)指示薬を保持できる性能を有することが必要であり、その他に、(4)指示薬のプロトン解離を生起することができる潤滑油中の成分を移動又は浸透できるが、潤滑油自身は移動又は浸透しにくい性能(別言すると、親水性と親油性のバランスのよいもの、具体的には親水性も親油性も中程度であるもの)、及び(5)前処理により異なるプロトン量を保持できる性能の少なくとも一つを有することが好ましい。
なお、上記(1)の性能は、実質的に水分の存在しない状態で発揮できるものであることがより好ましい。
基材の素材としては、ポリエーテルスルホン(PES)、ニトロセルロース、酢酸セルロース、ポリスルホン、ポリエーテルケトン、ポリフッ化エチレン、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの高分子物質や、これらの高分子物質に充填剤を混合したものなどが挙げられる。
基材は、これらの素材からなる多孔体、発泡体、これらの素材の繊維の織布、不織布、及び絡み合ったシート状のものなどが挙げられる。
【0014】
基材の好適な具体例としては、例えば膜が挙げられる。ここで、膜とは、細孔を有するシート状材料であり、紙を含む。また、緻密性及び多孔性を有するものとして用いられている高分子フィルム、濾材として用いられている濾紙も、膜の範疇に入るものであり、膜はこれらを総称したものをいう。その一例として、多孔質膜が挙げられ、具体的にはメンブランフィルターが好ましい。
ここで、メンブランフィルターとは、高分子材料でできた精密ろ過膜のことであり、孔径より大きい粒子を捕捉するが、膜の素材によって親水性、親油性が異なり、それぞれの物性に対応した物質を膜表面に吸着し、膜内部へ抽出する性質を有するものを言う。
メンブランフィルターは、上記(1)〜(5)の性能を有するものであり、また、指示薬の吸着性能に優れ、親油性に優れており、さらに、指示薬のプロトン解離を生起することができる潤滑油中の成分(例えば、塩基性成分)を選択的に吸着する性能に優れている。
メンブランフィルターの具体例としては、ポリエーテルスルホン(PES)、ニトロセルロース、酢酸セルロース、ポリフッ化エチレン、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの材質のメンブランフィルターが挙げられる。これらのうち、潤滑油との親和性との面で、PES製メンブランフィルターとニトロセルロース製メンブランフィルターが特に好ましい。
【0015】
指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させている基材の場所は、基材の表面であってもよいし、基材の内部に存在する空隙であってもよい。また、空隙は、基材の外部に通じていてもよいし、通じていなくてもよいが、基材の外部に通じているものが好ましい。
なお、空隙を囲んでいる基材の材質は、指示薬溶液や、基材表面に付着した潤滑油中に含有されている成分であって、指示薬のプロトン解離を生起する成分、例えば、酸価を示す成分、硝酸イオン、硫酸イオン、塩基性物質などを浸透又は移動させることができるものであることが好ましい。
【0016】
基材内部に存在する空隙の平均孔径は、通常0.025〜50μmが好ましく、0.2〜1μmがより好ましい。また、空隙率は、40〜90%程度が好ましく、50〜80%がより好ましい。
また、本発明で用いる指示薬としては、塩基価を判定手段として使用する場合は、酸性域で変色するものが用いられる。酸性域で変色する指示薬であれば特に限定されないが、劣化判定の指標とする塩基価値で鮮明に変色するものが好ましい。また、指示薬は単独で用いることもできるが、複数の指示薬を組合せて変色域を適宜調整して使用することもできる。
【0017】
指示薬としては、具体的に、ブロモクレゾールグリーン(BCG)、チモールブルー(TB)、クレゾールレッド(CR)、ブロモフェノールブルー(BPB)、メチルレッド(MR)、ブロモチモールブルー(BTB)、メチルオレンジ(MO)等や、それらの組合せが挙げられるが、酸性域で複数の変色域を持たせることができるものが好ましく、その具体例として、BCGとTBとの組合せが挙げられる。
【0018】
指示薬を溶解する溶媒としては、メンブランフィルターなどの基材上で指示薬のプロトン解離を生起させるためには、プロトン性溶媒を用いる必要がある。プロトン性溶媒としては、プロトン性有機溶媒が好ましい。プロトン性有機溶媒は、潤滑油の劣化判定を行う際に、変色を速やかに行うことができる。
プロトン性有機溶媒としては、沸点の比較的高いアルコール類が好ましい。アルコール類の沸点は、75℃以上が好ましく、80℃以上がより好ましい。アルコール類の沸点の上限は、特に制限ないが、150℃以下が好ましく、140℃以下がより好ましい。
アルコール類の具体例としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エタノールなどが挙げられる。用いる基材や指示薬の種類にもよるが、指示薬との発色性や基材への指示薬の保持との観点からは、プロパノール、ブタノール、ペンタノールが好ましい。
プロトン性有機溶媒は、単独で使用してもよいし、2種以上を混合してもよく、他の溶媒を少量含んでもよいし、また、水を少量含んでもよい。なお、水を多量に含む場合は、変色が遅くなるので好ましくない。水の含有量は0.4質量%以下であることが好ましく、0.2質量%以下であることがより好ましい。
指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液におけるプロトン性溶媒と指示薬との含有割合は、適宜選定すればよいが、通常質量比で20000:1〜100:1が好ましく、10000:1〜1000:1程度がより好ましい。
【0019】
また、本発明においては、指示薬溶液は基材に保持されるが、基材への保持とは、基材の表面への付着であってもよいし、基材への含浸、充填などであってもよい。
基材への保持の具体例としては、基材の表面への指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液の付着や、基材の内部にある空隙への指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液の含浸、充填などが挙げられる。
また、指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液の保持量は、適宜選定すればよいが、通常基材の単位質量当たり、1〜12g/gが好ましく、2〜8g/gがより好ましく、3〜6g/gがさらに好ましい。
また、指示薬の保持量は、適宜選定すればよいが、通常基材の単位質量当たり、1〜10mg/gが好ましく、2〜7mg/gがより好ましく、3〜5mg/gがさらに好ましい。
【0020】
本発明の潤滑油の劣化判定方法は、上記の潤滑油の劣化判定具を用いて行うことができるものであり、具体的には、指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を基材に保持させ、その基材表面に潤滑油を付着させ、基材上で指示薬のプロトン解離を生起させることにより、潤滑油の劣化を判定することを特徴とする潤滑油の劣化判定方法である。
従来、溶液内での滴定反応が代表的であった中和反応を基材上にプロトン性有機溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させることにより、その基材上で指示薬のプロトン解離を生起させることにより中和反応を行わせて、潤滑油の劣化を判定するものである。
【0021】
潤滑油の劣化判定の指標としては、劣化が進行すると増加する酸価、硝酸イオン、硫酸イオンなどが考えられる。これらのうち、劣化判定の際に値が増加するものは、その指標を決めるのが難しい点があるため、劣化判定時の指標としては、潤滑油の使用とともに低下する潤滑油中の塩基性物質の量を表す塩基価を用いるのが好ましい。
【0022】
本発明の潤滑油の劣化判定方法においては、基材上で、その基材に保持されているプロトン性有機溶媒に溶解している指示薬のプロトン解離が生起することが必要である。また、通常、試料となる潤滑油中には、水分が含まれているとしても0.01〜0.2質量%程度であるので、指示薬のプロトンの解離は、水が実質的にほとんど存在しない条件下において生起する。また、それと共に、潤滑油中の塩基性物質を基材上に取り込むことが必要である。
【0023】
本発明の潤滑油劣化判定方法は、以下のように操作し、各種潤滑油の塩基価を測定しその劣化度合いを判断する。
基材として例えばメンブランフィルターを用いる場合、そのメンブランフィルターを事前に調製した指示薬に含浸させる。指示薬は、特定のpH域で変色するものを用い、その変色の度合いと塩基価との関係を事前に把握しておく。その後、メンブランフィルター上に試料の潤滑油を滴下し中和反応を行わせ、その変色度合でその塩基価を判断し、劣化の度合いを判定する。
【0024】
酸性域で複数の変色域を持つ指示薬を用いた場合、例えば、初期の色相から赤に変色した場合は、塩基性物質がほとんど存在しない状態、黄色に変色した場合は、塩基性物質がわずかに残存している状態、緑に変色した場合は、塩基性物質が多少存在している状態など、塩基価との関係で、適宜設定することができる。また、どの段階で具体的に劣化していると判断し交換の目安とするかは、その潤滑油の用途も考慮する必要があるが、ガソリンエンジン油の場合は、通常、塩基価の値0.5〜1程度がひとつの基準と考えられる。
【0025】
また、本発明では、PES、ニトロセルロースなどのメンブランフィルターを用いることにより、潤滑油の黒色の影響を低減することができる。具体的には、指示薬の含有したメンブランフィルター上に、潤滑油を滴下した場合、潤滑油中の塩基性物質はフィルター上に取り込まれ、また、フィルター上に指示薬を溶解している溶媒が残存していると潤滑油はあまり広がらず、潤滑油中の塩基性物資と指示薬とを反応させることができる。この場合、メンブランフィルター上の潤滑油は、容易にふき取ることができ、潤滑油をふき取った後のメンブランフィルター上に、黒色の影響をほぼ受けずに変色を確認することができる。
【0026】
さらに、本発明では、基材上、例えばメンブランフィルター上を事前に酸処理することにより、それぞれの塩基価での変色域をシフトさせることができる。
酸処理に使用する酸としては、塩酸、硫酸などの無機酸が好ましい。
酸処理に使用する酸の濃度としては、0.001〜2mol/Lが好ましく、0.005〜1mol/Lがより好ましく、0.01〜0.5mol/Lがさらに好ましい。
酸処理温度は、特に制限ないが、通常0〜40℃が好ましい。
酸処理した後は、乾燥させることが好ましい。乾燥は、自然乾燥であってもよいし、強制乾燥であってもよい。乾燥温度は、特に制限ないが、通常20〜80℃が好ましい。
【0027】
酸処理の好適な具体例としては、塩酸にメンブランフィルターを5〜10分間程度浸しその後乾燥するものが挙げられる。
この酸処理を行うことにより、例えば、未処理では塩基価1程度で変色していたものを塩基価2程度に変色域をシフトさせたり、用いる酸濃度を変化させることにより、塩基価3程度にシフトさせたりなど、指示薬の変色域を適宜変更することができ、潤滑油の要交換となる塩基価を自由に設定することができる。また、酸処理に使用する酸の濃度を高めに設定することにより、例えば、塩基価20〜30の高塩基価域に変色域をシフトさせることも可能である。
【0028】
本発明の潤滑油の劣化判定方法は、種々の態様が考えられる。例えば、棒状平板のプラスチックに、指示薬溶液を含浸したメンブランフィルターを貼付しておき、その貼付面に潤滑油を滴下し、潤滑油をふき取ることにより、変色度合を判断することができる。この場合、貼付するメンブランフィルターとしては、例えば、塩基価1程度で変色するもの、塩基価2程度で変色するものなど、変色域が異なるものを複数用意しておくことも有用である。また、棒状平板のプラスチックに、複数の塩基価値で変色するメンブランフィルターをそれぞれ、貼付しておくことも可能である。
【0029】
プラスチックとしては、種々のプラスチックが適用でき、例えば、ポリエチレン系樹脂、ポリプロピレン系樹脂などのポリオレフィン系樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂などのポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、フッ素系樹脂などの各種プラスチック、これらのポリマーブレンド、ポリマーアロイ、また、これらに充填材を混練したものなどが挙げられる。
棒状平板のプラスチックに貼付するメンブランフィルターの量は適宜選定すればよいが、単位面積当たり1〜100mg/cmが好ましく、3〜50mg/cmがより好ましい。
なお、メンブランフィルターの棒状平板のプラスチックへの貼付は、接着剤を介して行ってもよいし、接着剤なしに単に付着させたものであってもよい。
接着剤としては、メンブランフィルターが溶解しないもの、酸・アルカリの成分を含まないものが好ましく、具体例としては、酢酸ビニル系接着剤などが好ましく挙げられる。
【0030】
指示薬溶液のメンブランフィルターへの含浸は、棒状平板のプラスチックに貼付する前のメンブランフィルターに対して行ってもよいし、棒状平板のプラスチックに貼付した後のメンブランフィルターに対して行ってもよいが、後者の方がメンブランフィルターを棒状平板のプラスチックに貼付し易いので好ましい。
これらの棒状平板のプラスチックは、長期間、メンブランフィルターをプロトン性溶媒を含有するウェット状態で保持するために、プロトン性溶媒を透過し難いフィルムでカバーするなどし、密閉状態で保管することが好ましい。プロトン性溶媒を透過し難いフィルムとしては、セロハン、ラミネートフィルム、アルミフィルムなどが挙げられる。
なお、棒状平板のプラスチックは、他の種々の形状のものにすることができ、具体的には、多角柱状、円柱状、楕円形柱状、多角形板状、円板状、楕円板状などが挙げられる。
また、プラスチックも他の種々の材質のものにすることもできる。例えば、紙、木材などの有機物質、セラミック、金属などの無機物質などが挙げられる。
【実施例】
【0031】
以下、実施例および比較例によりさらに具体的に本発明を説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0032】
(実施例1)
(1)指示薬溶液の調製
指示薬としてのブロモクレゾールグリーン(BCG)の0.02gと、チモールブルー(TB)の0.05gの割合の混合物を、プロトン性有機溶媒としてのプロパノール100mLに溶解して指示薬溶液を調製した。
(2)潤滑油の劣化判定具の作成(基材への指示薬溶液の保持)
潤滑油中の塩基性物質を取り込む膜として、市販されているポリエーテルスルホン(PES)製メンブランフィルター(ミリポア社製、商品名「HPWP型」、空隙の平均孔径0.45μm、空隙率74%)を用いた。このメンブランフィルターを5mmの正方形に切り取り、平面単位面積当たり4mg/cmの割合で、棒状平板のプラスチック(ポリプロピレン樹脂)に貼り付けた。
それのメンブランフィルター部分を、上記(1)で調製した指示薬溶液に5秒間浸すことにより、メンブランフィルターに指示薬溶液を含浸させ、次いで、指示薬溶液を含浸したメンブランフィルターを棒状平板のプラスチック(ポリプロピレン樹脂)に平面単位面積当たり、4mg/cmの割合で貼付して、潤滑油の劣化判定具を作成した。得られた潤滑油の劣化判定具は、薄い赤色の着色があり、メンブランフィルターの単位質量当たり、4.5g/gの指示薬溶液が保持されていた。
【0033】
(3)標準試験用潤滑油の調製及び潤滑油の劣化判定具による変色の確認
標準試験用潤滑油として、潤滑油基油(パラフィン系鉱油、40℃動粘度32.83mm/s、100℃動粘度5.6mm/s)単独のもの(塩基価が0mgKOH/g)、及びその潤滑油基油に、過塩基性Caスルホネート(塩基価:303mgKOH/g)の所定量を溶解含有させ、塩基価が1、2、3、5mgKOH/gのもの4種類を調製した。ここで、塩基価(JIS塩酸法)とは、JIS K2501の8電位差滴定法(塩基価・塩酸法)に規定された方法で測定したものである。
上記(2)で作成した潤滑油の劣化判定具にプロパノールが含有している状態で、標準試験用潤滑油を潤滑油の劣化判定具のメンブランフィルター部分に滴下し、潤滑油の劣化判定具の変色を確認した。標準試験用潤滑油は透明であり、変色は表1に示すように、塩基価が高いほどより鮮明に緑色を呈し、変色を明確に把握することができた。
【0034】
【表1】

(※)標準試験用潤滑油(基油単独)には、塩基性及び酸性成分の両者を含有しないため、潤滑油の劣化判定具は変色しなかった。
【0035】
(4)劣化したエンジン油を用いた潤滑油の劣化判定具による判定
次に、実際にエンジン油を充填して走行した自動車の劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。
劣化したエンジン油は、塩基性物質が減少し塩基価が低下するのと同時に、酸性物質が増加し、pHが低下するので、その劣化の程度に応じて、潤滑油の劣化判定具の変色が予想される。
実走行に用いたエンジン油は、APIサービス分類がSL、SAE粘度分類が10W−30で、初期性能が40℃動粘度57.9mm/s、100℃動粘度9.9mm/s、粘度指数158、塩基価(JIS塩酸法)4.50mgKOH/gである。このエンジン油を充填し、複数の自動車を走行させ、それぞれの自動車からエンジン油を抜き出して劣化判定を行った。
【0036】
各自動車から抜き出した劣化したエンジン油は、黒色を呈していたが、その劣化したエンジン油を、上記(2)で作成した潤滑油の劣化判定具にプロパノールが含有している状態で、その潤滑油の劣化判定具に滴下し、その後、黒色のエンジン油をふき取ると潤滑油の劣化判定具の変色が鮮明に確認された。なお、潤滑油の劣化判定具の試験前の色は薄い赤色であった。その結果を表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
以上の結果から、エンジン油の交換時期の目安を塩基価=1mgKOH/gとすると、本潤滑油の劣化判定具を用いて各エンジン油の劣化度合いを判断する際、その変色の相違により、使用現場で容易にエンジン油の交換の判断時期を把握することができる。
【0039】
(実施例2)
メンブランフィルターとして、ニトロセルロース製メンブランフィルター(ミリポア社製、商品名「HAWP型」、空隙の平均孔径0.45μm、空隙率78%)を用いた以外は、実施例1と同様にして、劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。この潤滑油の劣化判定具には、メンブランフィルターの単位質量当たり、4.5g/gの指示薬溶液が保持されていた。また、実施例1と同様に、それらのエンジン油の塩基価は、事前にJIS塩酸法で確認した。その結果を表3に示す。実施例1と同様に、エンジン油の交換の時期を判断することができる。
【0040】
【表3】

【0041】
(実施例3)
メンブランフィルターとして実施例2で使用したニトロセルロース製メンブランフィルターを用い、そのメンブランフィルターを予め0.01mol/L塩酸と、0.1mol/L塩酸にそれぞれ、5分間浸し、その後、自然乾燥し、実施例1に記載と同様に、潤滑油の劣化判定具を作成した。その潤滑油の劣化判定具に実施例1に記載したのと同様にして、塩基価が調整された標準試験用潤滑油を滴下し、変色の度合いを確認した。その結果を表4に示す。
【0042】
【表4】

【0043】
実施例3から、塩酸で処理していない潤滑油の劣化判定具が標準試験用潤滑油1(塩基価が1.0mgKOH/g)のときに呈したごく薄い緑色は、塩酸で潤滑油の劣化判定具を事前に処理することにより、標準試験用潤滑油2(塩基価が2.0mgKOH/g)、標準試験用潤滑油3(塩基価が3.0mgKOH/g)の場合に呈するようになることがわかる。
【0044】
(実施例4)
指示薬溶液のプロトン性溶媒としてブタノール100mLを用いた以外は、実施例1と同様にして、劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。また、実施例1と同様に、それらのエンジン油の塩基価は、事前にJIS塩酸法で確認した。その結果を表5に示す。実施例1と同様に、エンジン油の交換の時期を判断することができる。
【0045】
【表5】

【0046】
(実施例5)
指示薬溶液のプロトン性溶媒としてペンタノール100mLを用いた以外は、実施例1と同様にして、劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。また、実施例1と同様に、それらのエンジン油の塩基価は、事前にJIS塩酸法で確認した。その結果を表6に示す。実施例1と同様に、エンジン油の交換の時期を判断することができる。
【0047】
【表6】

【0048】
(実施例6)
指示薬としてのブロモフェノールブルー(BPB)の0.002gと、チモールブルー(TB)の0.008gの割合の混合物を、プロトン性有機溶媒としてのプロパノール50mlとブタノール50mlの混合物に溶解して指示薬調製を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、劣化したエンジン油を用いて、潤滑油の劣化判定具により劣化の程度を判定した。
作成した潤滑油の劣化判定具にプロパノールとブタノールが含有している状態で、標準試験用潤滑油及び劣化したエンジン油を潤滑油の劣化判定具に滴下し、潤滑油の劣化判定具の変色を確認した。標準試験用潤滑油を用いた結果を表7に示すが、標準試験用潤滑油は透明であり、変色は塩基性物質の含有量が多いほどより鮮明に緑色、青緑色を呈し、変色を明確に把握することができた。
【0049】
【表7】

(※)標準試験用潤滑油(基油単独)には、塩基性及び酸性成分の両者を含有しないため、潤滑油の劣化判定具は変色しなかった。
また、劣化したエンジン油を用いた結果を表8に示す。エンジン油の交換の時期を判断することができる。
【0050】
【表8】

【0051】
(比較例1)
指示薬を溶解する溶媒として、アセトニトリルを用いる以外は、実施例1と同様に、潤滑油の劣化判定具を調製し、A車、B車、C車の劣化したエンジン油を潤滑油の劣化判定具に滴下し、その変色の有無を確認した。
その結果、潤滑油の劣化判定具はいずれも、変色していないことを確認した。
本比較例は、指示薬を溶解する溶媒として、非プロトン性溶媒を使用した場合の例である。
【0052】
(比較例2)
陽イオン交換樹脂が懸濁した陽イオン交換樹脂懸濁液をメンブランフィルターにろ過し、陽イオン交換樹脂のみからなる潤滑油の劣化判定具を作成した。この潤滑油の劣化判定具に、比較例1と同様にA車、B車、C車の劣化したエンジン油を潤滑油の劣化判定具に滴下し、その変色を確認した。その結果、潤滑油の劣化判定具はいずれも、変色せず、当初の薄い赤色のままであった。
本比較例は、水が存在せず、基材上で指示薬のプロトン解離が起こらないために、潤滑油の劣化判定具が変色しない例である。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の潤滑油の劣化判定方法は、潤滑油の黒色の影響を低減させ、その劣化を潤滑油の使用現場で簡易かつ迅速に判定できるものであり、ガソリンスタンドをはじめ、自動車整備工場、自動車部品・用品店など各所で有用である。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽イオン交換性能を有し、プロトンを付加できる基材に、指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させていることを特徴とする潤滑油の劣化判定具。
【請求項2】
プロトン性溶媒がプロトン性有機溶媒である請求項1に記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項3】
基材が膜である請求項1又は2に記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項4】
膜がメンブランフィルターである請求項3に記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項5】
メンブランフィルターが、ポリエーテルスルホン製メンブランフィルター、又はニトロセルロース製メンブランフィルターである請求項4に記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項6】
指示薬が酸性域で変色する指示薬である請求項1〜5のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項7】
指示薬がブロモクレゾールグリーン、ブロモフェノールブルー、チモールブルー、又はそれらの混合物であり、プロトン性有機溶媒がプロパノール、ブタノール、ペンタノール、又はそれらの混合物である請求項6に記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項8】
基材が予め酸処理し乾燥させたものである請求項1〜7のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定具。
【請求項9】
指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を基材に保持させ、その基材表面に潤滑油を付着させ、基材上で指示薬のプロトン解離を生起させることにより、潤滑油の劣化を判定することを特徴とする潤滑油の劣化判定方法。
【請求項10】
プロトン性溶媒がプロトン性有機溶媒である請求項9に記載の潤滑油の劣化判定方法。
【請求項11】
基材が膜であり、膜表面に付着された潤滑油中の塩基性物質と指示薬を反応させ、膜上で指示薬のプロトン解離を生起させ、塩基価により潤滑油の劣化を判定することを特徴とする請求項9又は10に記載の潤滑油の劣化判定方法。
【請求項12】
膜がメンブランフィルターである請求項11に記載の潤滑油の劣化判定方法。
【請求項13】
メンブランフィルターが、ポリエーテルスルホン製メンブランフィルター、又はニトロセルロース製メンブランフィルターである請求項12に記載の潤滑油の劣化判定方法。
【請求項14】
指示薬が酸性域で変色する指示薬である請求項9〜13のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定方法。
【請求項15】
指示薬がブロモクレゾールグリーン、ブロモフェノールブルー、チモールブルー、又はそれらの混合物であり、プロトン性有機溶媒がプロパノール、ブタノール、ペンタノール、又はそれらの混合物である請求項14に記載の潤滑油の劣化判定方法。
【請求項16】
指示薬をプロトン性有機溶媒に溶解した指示薬溶液を基材に保持させる方法が、基材を予め酸処理し乾燥させ、その後指示薬をプロトン性溶媒に溶解した指示薬溶液を保持させる方法である請求項9〜15のいずれかに記載の潤滑油の劣化判定方法。


【公開番号】特開2010−48691(P2010−48691A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−213702(P2008−213702)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(304036754)国立大学法人山形大学 (59)
【出願人】(398053147)コスモ石油ルブリカンツ株式会社 (123)
【Fターム(参考)】