説明

潰瘍性大腸炎治療薬

【課題】潰瘍性大腸炎治療薬を提供すること。
【解決手段】(1S、3S)−1−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−β−カルボリン−3−カルボン酸、(1R、3S)−1−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−β−カルボリン−3−カルボン酸のいずれか一つ又は両方を含有させることで、潰瘍性大腸炎治療薬を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潰瘍性大腸炎治療薬に関する。詳細には、(1S,3S)−1−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−β−カルボリン−3−カルボン酸(以下、(1S,3S)MTCAとする)、(1R,3S)−1−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−β−カルボリン−3−カルボン酸(以下、(1R,3S)MTCAとする)のいずれか一つ又は両方を有効成分として含有する潰瘍性大腸炎治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
潰瘍性大腸炎は、同様に炎症性腸疾患であるクローン病とともに難治性特定疾患の中では際だって患者数が多く、2002年には国内で約80,000人であり、現在でも毎年およそ5,000人増加している。潰瘍性大腸炎はその発症のピークが20代であり、活動期と維持期を繰り返しながら進行する慢性の疾患である。活動期には腹痛、下痢、下血、発熱、貧血などの激しい症状を呈すだけでなく、維持期でも食餌療法が必要なために非常に患者のQOLを低下させる。
【0003】
また、クローン病の治療は経腸栄養が有効であり、現在広く臨床応用されているにもかかわらず、潰瘍性大腸炎では経腸栄養の有効性は明らかとなっていない。潰瘍性大腸炎はクローン病よりも病変部における炎症反応が強く、腸管の安静の観点から考えると成分栄養剤を基調とした経腸栄養療法が広く利用されるべきであるが、有効であるとする報告が少ない。そのため、10%前後の患者では潰瘍性大腸炎が増悪すると中心静脈栄養を余儀なくされ、腸管の安静を保つために長期入院となってしまうことが少なくない。
さらに、潰瘍性大腸炎を完治させるための治療法がなく、現在の治療方針は外科手術、薬物療法、栄養療法などを組み合わせて維持期を長く保たせることとなっている。
【0004】
潰瘍性大腸炎の薬物療法において、アミノサリチル酸(5−ASA)やその誘導体であるメサラミンが用いられている。これらは、パーオキシナイトライトの基質であるスーパーオキサイド生成の抑制作用を有し、病巣部の白血球集積とミエロパーオキシダーゼを抑えることが知られている。しかし、重症例には無効であり、パーオキシナイトライトを直接抑制しないことがその原因であるとされている。
腸等の消化管は、mucosal immune systemに属する多数の免疫担当細胞(顆粒球、リンパ球、マクロファージ)を有し、豊富な微小循環血流を受ける場である。その一方で、酸、胆汁酸、消化酵素、細菌毒素にも直接接することから、激烈な酸化反応を受ける場でもある。従って、潰瘍性大腸炎の腸管粘膜の安静のために、パーオキシナイトライトを中心とした活性酸素種の抑制が有用であると考えられ、黒酢エキスに含まれる数種のフェノール性化合物が潰瘍性大腸炎に有効であることが確認されている(例えば、非特許文献1参照)。
そこで、本発明者らは、潰瘍性大腸炎に有効な特定の化合物を見つけるべく、パーオキシナイトライトを直接抑制する強力な抗酸化剤を探索し、潰瘍性大腸炎への有効性を検討することで、大腸炎治療薬を得ることを試みた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−239585号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】FOODSTYLE21,Vol.10,No.11,44〜46(2006)
【非特許文献2】国際農林水産業研究成果情報 第8号(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、潰瘍性大腸炎治療薬を提供することにある。詳細には、(1S,3S)MTCA、(1R,3S)MTCAのいずれか一つ又は両方を有効成分として含有する潰瘍性大腸炎治療薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、(1S,3S)MTCA及び(1R,3S)MTCAが活性酸素を抑制し、潰瘍性大腸炎の治療への有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
(1S,3S)MTCA及び(1R,3S)MTCAは、それぞれ下記化学式(I)及び(II)で表され、味噌、大豆発酵食品、醤油、日本酒、ワイン、ビール、ブドウ酒、酢、及びレモン、オレンジ、バナナなどの果物に含まれていることが知られている。近年、(1S,3S)MTCA及び(1R,3S)MTCAは、脂肪細胞分化抑制を示す大豆発酵食品には共通して含まれていること、インスリンによる糖の取り込みを阻害するのではなく、脂肪細胞分化のイニシエーションを阻害することにより脂肪細胞分化を抑制すると考えられることが報告されている(非特許文献2)。また、空腹時血糖値及び食後(満腹時)血糖値の上昇を抑制する効果があることも報告されている(特許文献1)。
しかしながら、(1S,3S)MTCA及び(1R,3S)MTCAの潰瘍性大腸炎の治療への有用性については、これまで知られていなかった。
【0009】
【化1】

(1S,3S)−1−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−β−カルボリン−3−カルボン酸
【化2】

(1R,3S)−1−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−β−カルボリン−3−カルボン酸
【0010】
即ち、本発明は、上記化学式(I)及び(II)で表される(1S,3S)MTCA、(1R,3S)MTCAのいずれか一つ又は両方を有効成分として含有する潰瘍性大腸炎治療薬に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、(1S,3S)MTCA、(1R,3S)MTCAのいずれか一つ又は両方を有効成分として含有する潰瘍性大腸炎治療薬が提供される。有効成分である(1S,3S)MTCA、(1R,3S)MTCAのいずれか一つ又は両方は、潰瘍性大腸炎の治療において有用な経腸栄養剤の開発等に用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】通常餌、MTCAによる体重変化を示した図である(実施例)。
【図2】通常餌、MTCAによる下血の変化を示した図である(実施例)。
【図3】通常餌、MTCAによる病理所見(H.E染色)を示した図である(実施例)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の化学式(I)及び(II)で表される(1S,3S)MTCA及び(1R,3S)MTCAは、上述のようにそれぞれ既知の化合物であり、参考文献1等の方法に従い製造することができる。その製造方法は特に制限されるものではないが、例えば、L−トリプトファンに約10倍量のアセトアルデヒド水溶液を加えてこれを8時間にわたってエタノール中で還流させて結晶を得る。この結晶をろ過して再結晶化させ、その母液を定法により濃縮し、さらに固化した後に、エタノール等のアルコールで洗浄する。この一連の工程により、(1S,3S)MTCA及び(1R,3S)MTCAが得ることができる。
参考文献1:Whaley W.M.,Govindachari T.R. Org.React.,6,74(1951)
【0014】
また、本発明の化学式(I)及び(II)で表される(1S,3S)MTCA及び(1R,3S)MTCAは、文献等の方法に従い味噌、大豆発酵食品、醤油、酢などの発酵食品から抽出することができる。
抽出した(1S,3S)MTCAは、(1S,3S)MTCAを100%含むもの(純品)であることが好ましい。また、(1R,3S)MTCAも、(1R,3S)MTCAを100%含むもの(純品)であることが好ましいが、何%かの(1S,3S)MTCAを含むものであってもよい。
【0015】
本発明の潰瘍性大腸炎治療薬は、経口投与及び非経口投与することができる。本発明の潰瘍性大腸炎治療薬は、各投与経路に応じて、適切な薬学的に許容される賦形剤又は希釈剤などと組み合わせることにより薬学的製剤とすることもできる。
【0016】
経口投与に適した剤型としては、固体、半固体、液体又は気体等の状態のものが含まれ、具体的には、錠剤、カプセル剤、粉末剤、顆粒剤、溶液剤、懸濁剤、シロップ剤、エキリシル剤等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
本発明の潰瘍性大腸炎治療薬を錠剤、カプセル剤、粉末剤、顆粒剤、溶液剤、懸濁剤等に製剤化するためには、既知の方法により、上記化学式(I)又は(II)に示す化合物をバインダー、錠剤崩壊剤、潤滑剤等と混合し、必要に応じて、希釈剤、緩衝剤、保存剤、フレーバー剤等と混合することができる。一例を挙げると、上記バインダーには、セルロース、結晶セルロース、セルロース誘導体、コーンスターチ、ゼラチン等、錠剤崩壊剤には、コーンスターチ、馬鈴薯デンブン、カルボキシメチルセルロースナトリウム等、潤滑剤には、タルク、ステアリン酸マグネシウム等が含まれ、さらには、ラクトース、マンニトール等の従来用いられている添加剤等を用いることができる。
【0018】
本発明の潰瘍性大腸炎治療薬は、注射による投与としては、皮下、皮内、静脈内、筋肉内等に投与することができる。これら注射用製剤は、それ自体は既知の方法により、本発明の式(I)及び/又は(II)の化合物を、植物性油、合成樹脂酸グリセリド、高級脂肪酸エステル、プロピレングリコールのような水性又は非水性の溶媒中に溶解、懸濁又は乳化し、さらに、所望により、可溶化剤、浸透圧調製剤、乳化剤、安定剤及び保存料等の従来用いられている添加剤と共に製剤化することができる。
【0019】
本発明の潰瘍性大腸炎治療薬を溶液、懸濁液、シロップ、エリキシル等の形態にするためには、注射用滅菌水や規定生理食塩水、エタノール等のアルコールのような薬学的に許容される溶媒を用いることができる。
【0020】
本発明の潰瘍性大腸炎治療薬は、化学式(I)及び(II)の化合物のいずれか一つ又は両方を含有するものであればいずれのものも含まれる。その薬効に悪影響を及ぼさない範囲で薬学的に許容される他の活性を有する化合物と併用して薬学的製剤とすることもできる。
【0021】
本発明の潰瘍性大腸炎治療薬は、投与形態、投与経路、対象とする疾患の進行度等に応じて適宜設定、調節することができる。
【0022】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
潰瘍性大腸炎動物実験モデルとして、従来我々が使用してきた高分子デキストラン硫酸(DSS)を投与したモデルを用いた。6週齢のオスBALB/Cマウスを以下の2群に分け、高分子デキストラン硫酸(3.5%:重症潰瘍性大腸炎を発症する濃度)をそれぞれ12日間、水に混ぜて自由飲水により経口摂取させた。マウスの腸管炎症の程度には腸内細菌が影響することが分かっているため、厳密なSPF環境下で飼育し、飲水、飼料は完全な滅菌操作を加えた。
実験群
I群:3.5% DSS 26.25mg/250ml、通常餌(CE−2)、
II群:3.5% DSS 26.25mg/250ml、1g当たりにMTCA((1S,3S)−MTCA:(1R,3S)−MTCA=3.5:1)を3.42μg含有した餌。
【0024】
DSS投与直前から14日目まで連日体重を計測し、下痢や下血の状態をチェックし、実験終了日(28日)まで生存率をチェックした。14日目にネンブタール全身麻酔下で心臓から採血後、sacrificeし直腸を採取した。腸管を回収後、H.E染色を施行し、腸病変の面積と重症度を評価した。
【0025】
3.結果
1.通常餌、MTCAによる体重変化
はじめに、体重を指標としてMTCAが体重減少を抑制するか検討を行った。その結果、図1に示したように、MTCAはsacrifice時において、通常餌群に比較し有意に体重減少を抑制した。
2.通常餌、MTCAによる下血の変化
体重と同様に下血の回数に関しても図2に示したように、MTCA投与により、有意に減少した。以上のことから、MTCAは潰瘍性大腸炎による症状(体重減少と下血)を抑制することが明らかとなった。そこで次に、組織学的所見の検討を行った。
3.通常餌、MTCAによる病理所見(H.E染色)
図3に示したように、通常餌では、腸上皮細胞は壊死し好中球を主体とした炎症細胞浸潤が認められたが、MTCAにより腸上皮細胞の壊死は有意に抑制され、炎症細胞もわずかに認められたのみであった。
4.通常餌、MTCAによる生存率
通常餌では、28日までに全例死亡したが、MTCA投与により死亡は有意に抑制され、75%で生存した。
以上の1.〜4.の結果より、潰瘍性大腸炎においては、MTCAに治療効果を認めることが明らかになった。
【0026】
5.MTCAによるニトロチロシン産生抑制効果
MTCAによる有効性のメカニズムを検討するため、活性酸素種であるニトロチロシンの染色を施行した。ニトロチロシンは、通常餌群においては病変部を主体に陽性であったが、MTCA投与群では減少していた。
以上の5.の結果より、MTCAの有効性のメカニズムとして、活性酸素の抑制が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の(1S,3S)MTCA、(1R,3S)MTCAのいずれか一つ又は両方を有効成分として含有する潰瘍性大腸炎治療薬は、潰瘍性大腸炎の治療の為の経腸栄養剤等の開発にも有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1S,3S)−1−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−β−カルボリン−3−カルボン酸、(1R,3S)−1−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−β−カルボリン−3−カルボン酸のいずれか一つ又は両方を有効成分として含有する潰瘍性大腸炎治療薬。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−163365(P2010−163365A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−4834(P2009−4834)
【出願日】平成21年1月13日(2009.1.13)
【出願人】(592022372)坂元醸造株式会社 (5)
【Fターム(参考)】