説明

潰瘍性大腸炎治療薬

【課題】潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物を提供すること。
【解決手段】フソバクテリウムバリウムを選択的に死滅させる薬剤として、テトラサイクリン、メトロニダゾール、ペニシリン、アンピシリン、アモキシシリン、イミペネム、またはホスホマイシンを含有することを特徴とする潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原因不明の難治疾患の一つである潰瘍性大腸炎の治療薬、そのスクリーニング方法、治療方法、予防薬、予防方法、ワクチン、診断薬、診断方法、実験モデル及び実験動物に関する。
【背景技術】
【0002】
難治な消化器系疾患の一つである潰瘍性大腸炎は原因が不明であるが、従来、自己免疫疾患の一種であろうとする説が有力であった。そのため、治療薬としては、抗炎症作用のあるステロイドホルモン、サラゾスルファピリジン、5−ASAなどが使われていた。しかし、コレラの薬剤投与で、臨床的に症状が改善することがあっても、長期的には再発することがほとんどであった。また、症状が改善していても、内視鏡所見と病理学的所見ともに炎症所見が残存している症例が大半であった。すなわち、完全に治癒せしめるのに有利な薬剤は見出されていなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物を提供することを目的とする。本発明は、又、潰瘍性大腸炎治療効果のある薬剤のスクリーニング方法、潰瘍性大腸炎の治療方法、予防薬、予防方法、ワクチン、診断薬、診断方法、実験モデル及び実験動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、潰瘍性大腸炎患者を調べたところ、健常人や他の腸疾患と比べて、フソバクテリウムバリウム(Fusobacterium varium)の腸粘膜への接着と、粘液と潰瘍粘膜への侵入が多いこと、血液中のフソバクテリウムバリウムに対する抗体検出率と抗体量が多いことを見出し、腸内細菌として、病原性はないと考えられていたフソバクテリウムバリウムの産生する酪酸が大腸潰瘍を惹起することを見出し、それらをもとに本発明を完成させた。すなわち、本発明は、フソバクテリウムバリウムを選択的に死滅させる薬剤を含有することを特徴とする潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物を提供する。本発明は、又、フソバクテリウムバリウムが産生する毒素を中和する薬剤、フソバクテリウムバリウムの腸粘膜への接着を阻害する薬剤、又はフソバクテリウムバリウムの腸管内から腸粘膜への侵入を阻害する薬剤を含有することを特徴とする潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物、及びこれらの薬剤をフソバクテリウムバリウムの感染を予防するに十分な量で含有する潰瘍性大腸炎予防用ワクチンを提供する。
【0005】
本発明は、又、フソバクテリウムバリウムの感染実験モデルに、被験薬剤を施して、同菌を選択的に死滅させる薬剤を選定することを特徴とするフソバクテリウムバリウムを死滅させる薬剤のスクリーニング方法を提供する。本発明は、又、フソバクテリウムバリウムの感染陽性の潰瘍性大腸炎患者に対して、同菌を選択的に死滅させうる被験薬剤を投与して、潰瘍性大腸炎の症状を改善する被験薬剤を選択することを特徴とする潰瘍性大腸炎治療薬のスクリーニング方法を提供する。本発明は、又、フソバクテリウムバリウムの産生する毒素を投与して得られた潰瘍性大腸炎モデル動物を提供する。本発明は、又、フソバクテリウムバリウムを腸粘膜に生着させてなる潰瘍性大腸炎モデル動物を提供する。本発明は、又、フソバクテリウムバリウムに対する抗体を検出することを特徴とする潰瘍性大腸炎の診断方法を提供する。本発明は、又、フソバクテリウムバリウムに対する複数の抗体のうち、検出感度と特異性が最も高い抗体を含有することを特徴とするとする潰瘍性大腸炎の診断薬を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明の医薬組成物を投与することで、潰瘍性大腸炎を治療することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
フソバクテリウムバリウム(Fusobacterium barium)は、Bacteroidaceae科Fusobacterium属の菌であり、潰瘍性大腸炎活動期の患者の粘膜から、細菌培養と免疫染色によって検出された。これらの検出率は潰瘍性大腸炎の緩解期、クローン病、虚血大腸炎、大腸腺腫と比べても、有意に高い検出率であった。従って、この細菌が潰瘍性大腸炎の原因菌か、あるいは、増悪因子であろうと考えられた。この知見から、この細菌が選択的に死滅する薬剤、すなわち抗菌剤を投与し、病変粘膜から除菌すれば、潰瘍性大腸炎の治癒が可能である。具体的には、フソバクテリウムバリウムに高い感受性のある抗菌剤、例えば、テトラサイクリン、ペニシリン、MNZ、イミペネム、アモキシシリン、セフメタゾール、アンピシリン、ホスホマイシン、クロラムフェニコールが使用できる。フソバクテリウムバリウムが産生する毒素として、ベロ細胞に対する毒性が認められたことから、その毒素について解析したところ、フソバクテリウムバリウムが産生する有機酸であり、さらに主たるものは酪酸であることが判明した。この酪酸をマウスに注腸したところ、潰瘍性大腸炎に類似した病変が作製された。従って、この酪酸を中和したり、吸着する薬剤を投与すれば、病変の発生を予防したり、治療することが可能である。具体的には活性炭をはじめとする有機酸吸着剤が使用できる。
【0008】
フソバクテリウムバリウムは潰瘍性大腸炎の病変粘膜表層に付着していたことから、この接着を阻害することで、腸内細菌叢に同菌が存在していても、潰瘍性大腸炎の発症を防ぐことが可能である。具体的には、スクラルファートエカベナトリウムなどの粘膜を保護する薬剤が使用できる。フソバクテリウムバリウムが腸管内から腸粘膜へ侵入している証拠としては、潰瘍性大腸炎患者で同菌に対する血清抗体が高率に検出され、かつELISA法による検討で抗体価も高いことがあげられる。最近、種々の細菌の粘膜への侵入機序が明らかになっている。すなわち、細菌が自ら粘膜細胞に働きかけて、侵入するための受容体を作らせて、侵入するといった形式である。同菌も同様な機能を持っていることが考えられる。さらに、同菌が粘膜固有層に侵入すれば、マクロファージを活性化し、炎症の発症と増悪に関与すると考えられる。従って、この粘膜へ侵入する過程を阻止すれば、炎症を抑制することが可能である。肺炎球菌のワクチン接種により、感染成立を阻止できるように、同菌に対するワクチンを開発すれば、たとえ同菌に感染しても、すみやかに排除され、潰瘍性大腸炎の発症を予防することや症状の増悪を防ぐことが可能である。
【0009】
フソバクテリウムバリウムが腸管に生着する無菌動物や小動物を用いて、感染実験モデルを作製し、それに対して被験薬物を投与し、同菌を選択的に死滅させるかどうかを腸管粘膜培養、粘膜免疫染色や血清抗体価の推移で判定することにより薬剤のスクリーニングを行うことが可能である。血清抗体価、腸管粘膜培養や病変粘膜免疫染色により、フソバクテリウムバリウムの感染陽性の潰瘍性大腸炎患者を診断して、同患者に同意を得て、同菌を選択的に死滅させる被験薬剤を投与する。そして、実際に、潰瘍性大腸炎の症状が改善するか、副作用、安全性も検討して、潰瘍性大腸炎治療薬として有効性を判定することが可能である。フソバクテリウムバリウムの産生するベロ細胞に対する毒素の主成分は酪酸であったことから、この酪酸をマウスやラット等の実験小動物に注腸して、潰瘍性大腸炎類似病変を作製することが可能である。
【0010】
無菌動物や免疫能の低下した実験小動物にフソバクテリウムバリウムを投与して腸粘膜に生着させる。また、種々の動物種に投与して、その腸粘膜に生着する感受性の高い動物を見出すことが可能である。そして、それらの動物の血清抗体、粘膜培養や粘膜免疫染色で感染成立を判定して、潰瘍性大腸炎様病変を発現させることが可能である。ウェスタンブロッティング法やELISA法を用いて抗体検査すれば、鑑別の困難な炎症性腸疾患の症例について、潰瘍性大腸炎との鑑別診断が可能である。ウェスタンブロッティング法で検出された抗体成分を分子量別に分離精製して、検出感度と特異性が最も高い成分を見出すことで、潰瘍性大腸炎の診断薬を実用化することが可能である。
【0011】
本発明の潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物は、フソバクテリウムバリウムを選択的に死滅させる薬剤、フソバクテリウムバリウムが産生する毒素を中和する薬剤を、フソバクテリウムバリウムの腸粘膜への接着を阻害する薬剤又はフソバクテリウムバリウムの腸管内から腸粘膜への侵入を阻害する薬剤を、そのままあるいは各種の添加剤とともに投与することができる。このような医薬組成物の剤形としては、例えば錠剤、散剤、丸剤、顆粒剤、カプセル剤、坐剤、溶液剤、糖衣剤、デボー剤、またはシロップ剤にしてよく、普通の製剤助剤を用いて常法に従って製造することができる。この場合、医薬組成物は、上記薬剤とともに、医薬的に許容される担体及び/又は希釈剤を含有するのがよい。
【0012】
例えば錠剤は、上記薬剤を既知の補助物質、例えば乳糖、炭酸カルシウムまたは燐酸カルシウム等の不活性希釈剤、アラビアゴム、コーンスターチまたはゼラチン等の結合剤、アルギン酸、コーンスターチまたは前ゼラチン化デンプン等の膨化剤、ショ糖、乳糖またはサッカリン等の甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリー等の香味剤、ステアリン酸マグネシウム、タルクまたはカルボキシメチルセルロース等の滑湿剤、脂肪、ワックス、半固形及び液体のポリオール、天然油または硬化油等のソフトゼラチンカプセル及び坐薬用の賦形剤、水、アルコール、グリセロール、ポリオール、スクロース、転化糖、グルコース、植物油等の溶液用賦形剤と混合することによって得られる。上記目的のために用いる投与量は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重などにより決定されるが、経口もしくは非経口のルートにより、通常成人一日あたりの投与量として経口投与の場合は1μg〜5gであるのが好ましく、非経口投与の場合は0.01μg〜1gが好ましい。以下の実施例により本発明を詳細に説明する。これらは本発明の好ましい実施態様であり、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0013】
実施例1
潰瘍性大腸炎活動期の患者の病変粘膜から生検組織を採取して、ホモジネートを好気的または嫌気的に培養し、菌を分離同定した。分離菌種について培養上清を採取し、ベロ細胞に添加して細胞毒性の有無を検討した。細胞毒性を示した菌株の培養上清を、HPLCにより有機酸分析をおこなった。さらに、細胞毒性を示した菌株の培養上清と有機酸分画をマウスに注腸して、大腸潰瘍ができるか検討した。また、細胞毒性を有する菌に対する特異的抗体を用いて、粘膜生検組織から免疫染色標本を作製し、患者血清中の抗体をウェスタンブロッティング法またはELISA法を用いて検出した。潰瘍性大腸炎活動期の病変粘膜から、ベロ細胞毒性を有するフソバクテリウムバリウムが細菌培養によって5/10例(50%)に、特異的抗体による免疫染色によって26/31例(84%)に検出された。これらの検出率は潰瘍性大腸炎の緩解期、クローン病、虚血性腸炎、大腸腺種の正常粘膜と比べて有意に高い検出率であった。また、潰瘍性大腸炎活動期の患者血清中には、ウェスタンブロッティング法で19/31例(61%)に、ELISA法でほぼ100%にフソバクテリウムバリウムの抗体が検出され、クローン病や健常者に比べて高い検出率であった。フソバクテリウムバリウムの培養上清からベロ細胞毒性を惹起する物質として酪酸を同定し、この酪酸をマウスに注腸することで潰瘍性大腸炎に類似した病変が作製された。
【0014】
実施例2
フソバクテリウムバリウムの抗菌薬に対する感受性試験を行った結果、テトラサイクリン>ペニシリン>MNZ>イミペネム>アモキシシリン、セフメタゾール、アンピシリン、ホスホマイシン、クロラムフェニコールの順で感受性があったが、クラリスロマイシン、エリスロマイシン、ストレプトマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシンに対しては耐性であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フソバクテリウムバリウムを選択的に死滅させる薬剤として、テトラサイクリン、メトロニダゾール、ペニシリン、アンピシリン、アモキシシリン、イミペネム、またはホスホマイシンを含有することを特徴とする潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物。
【請求項2】
フソバクテリウムバリウムを選択的に死滅させる薬剤として、テトラサイクリン、メトロニダゾール、またはペニシリンを含有することを特徴とする潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物。
【請求項3】
フソバクテリウムバリウムを選択的に死滅させる薬剤として、テトラサイクリンを含有することを特徴とする潰瘍性大腸炎治療用医薬組成物。

【公開番号】特開2012−82225(P2012−82225A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−13127(P2012−13127)
【出願日】平成24年1月25日(2012.1.25)
【分割の表示】特願2001−172189(P2001−172189)の分割
【原出願日】平成13年6月7日(2001.6.7)
【出願人】(501229193)
【出願人】(000100492)わかもと製薬株式会社 (22)
【Fターム(参考)】