説明

炭素繊維基材の製造方法

【課題】抄造時の炭素繊維の分散性に優れ、成形品とした場合に力学特性に優れる炭素繊維基材を短時間で得ることのできる製造方法を提供する。
【解決手段】水溶性ポリウレタンおよび/または水溶性ポリアミドが0.1〜10質量%付着した炭素繊維束を分散媒体に投入する工程(I)、前記炭素繊維束を構成する炭素繊維が前記分散媒体中に分散したスラリーを調製する工程(II)、前記スラリーを工程(IV)に輸送する工程(III)及び前記スラリーより分散媒体を除去して抄造し炭素繊維基材を得る工程(IV)の少なくとも4つの工程を有する製造工程により炭素繊維基材を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維基材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維、ガラス繊維などの強化繊維と熱可塑性樹脂からなる繊維強化成形基材は、比強度、比剛性に優れているため、電気・電子用途、土木・建築用途、自動車用途、航空機用途等に広く用いられている。なかでも強化繊維が均一に分散した基材を用いた成形品は、力学特性が等方的になり、さらには高強度を発現するものであれば適用可能な用途は非常に多くなる。従ってこのように強化繊維が均一に分散した繊維強化成形基材の製造条件についてはこれまで様々な検討がなされてきた。
【0003】
特許文献1(国際公開第2007/97436号パンフレット)には、繊維強化熱可塑性樹脂成形体の強化繊維として、単繊維状の炭素繊維であって質量平均繊維長が0.5〜10mmであり、かつ、配向パラメーターが−0.25〜0.25である炭素繊維を用いると、力学特性に優れ、等方的な力学特性を有する成形体が得られることが記載されている。この繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、(I)成形材料に含まれる熱可塑性樹脂を加熱溶融する工程、(II)金型に成形材料を配置する工程、(III)金型で成形材料を加圧する工程、(IV)金型内で成形材料を固化する工程、(V)金型を開き、繊維強化熱可塑性樹脂成形体を脱型する工程により製造されうるとされている。
【0004】
このような繊維強化成形基材に用いられる炭素繊維について、種々の検討がなされてきた。
【0005】
特許文献2(国際公開第2006/019139号パンフレット)には、複数本の単繊維が収束されている炭素繊維であって、単繊維に界面活性剤を主成分とするサイジング剤が付着しており、表面酸素指数および水との接触角が所定の範囲内である水系プロセス用炭素繊維が、炭素繊維抄紙基材や成形用中間基材等の作製に好適に用いられる旨が記載されている。
【0006】
特許文献3(特開平1−207499号公報)には、炭素繊維を含む水性スラリーを用いる湿式抄紙法において、スラリーに、フミン酸の水溶性塩、およびフミン酸酸化処理物の水溶性塩から選ばれた少なくとも1員からなる地合改良剤を含有させることにより、地合の均一且つ良好な炭素繊維シートが得られることが記載されている。
【0007】
【特許文献1】国際公開第2007/97436号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2006/019139号パンフレット
【特許文献3】特開平1−207499号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2の炭素繊維束を用いて、繊維強化成形基材の中間体として有用な炭素繊維ウェブを製造すると、抄造時の炭素繊維の繊維分散性は比較的良好であるが、成形品の力学特性などをより高性能なものとするためにはさらなる改良が求められていた。また、炭素繊維ウェブの製造プロセスには特に言及しておらず、生産性を向上するプロセスを含めた開発が望まれていた。さらには、界面活性剤を主成分とするサイジング剤のみでは、抄造工程においてサイジング剤が容易に脱落する可能性があり、繊維の分散状態をさらに良好な状態とするためにはさらなる改良が望まれていた。
また特許文献3では、スラリー中にフミン系化合物を入れるため、有効成分がスラリー中に拡散してしまい、炭素繊維を効果的に分散させることが十分でなく、さらには分散自体の効果も不十分であった。
【0009】
本発明は、抄造時の炭素繊維の分散性に優れ、成形品とした場合に力学特性に優れる炭素繊維基材を短時間で得ることのできる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは検討を重ねた結果、炭素繊維束に水溶性ポリウレタンや水溶性ポリアミドを付着させたものを用いて炭素繊維ウェブを製造することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
【0011】
すなわち本発明は、下記の〔1〕〜〔20〕を提供するものである。
〔1〕炭素繊維基材の製造方法であって、水溶性ポリウレタンおよび/または水溶性ポリアミドが0.1〜10質量%付着した炭素繊維束を分散媒体に投入する工程(I)、前記炭素繊維束を構成する炭素繊維が前記分散媒体中に分散したスラリーを調製する工程(II)、前記スラリーを輸送する工程(III)及び前記スラリーより分散媒体を除去して抄造し炭素繊維基材を得る工程(IV)の少なくとも4つの工程を有する炭素繊維基材の製造方法。
〔2〕前記水溶性ポリウレタンおよび水溶性ポリアミドは、水への溶解速度が5分以内である、〔1〕に記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔3〕前記水溶性ポリウレタンおよび/または水溶性ポリアミドが分子鎖中にポリアルキレングリコールユニットを含有する直線状高分子である、〔1〕または〔2〕に記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔4〕前記工程(I)から前記工程(IV)までをオンラインで実施してなる、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔5〕前記工程(I)の開始から前記工程(IV)の開始までの所要時間を10分以内とする、〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔6〕前記工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1が、工程(IV)におけるスラリーの液面の高さH2よりも高い位置にある、〔5〕に記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔7〕前記工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1と、工程(IV)におけるスラリーの液面の高さH2との差H1−H2が、0.1〜5mである〔6〕に記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔8〕前記工程(II)で調製されるスラリーにおける分散媒体中の炭素繊維の質量含有率をC1とし、前記工程(IV)開始時のスラリーにおける分散媒体中の炭素繊維の質量含有率をC2とした場合に、C1/C2が0.8〜1.2の範囲とする、〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔9〕前記工程(I)において分散媒体と炭素繊維束とが継続的に投入され、前記工程(I)から工程(IV)までが継続的に実施される、〔1〕〜〔8〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔10〕前記工程(I)は、前記分散媒体と前記炭素繊維とを分散槽に供給する工程であり、前記工程(II)は、前記分散槽中で前記スラリーを調製する工程である、〔1〕〜〔9〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔11〕前記輸送部の幅W1と、前記炭素繊維基材の幅W2との比W1/W2が、0.5〜1.0である、〔10〕に記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔12〕前記工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1を実質的に同じ高さに保ちながらおこなう、〔1〕〜〔11〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔13〕前記工程(III)をオーバーフロー方式でおこなう、〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔14〕前記工程(IV)において、得られる炭素繊維基材を引取速度が10m/分以上で引き取る、〔1〕〜〔13〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔15〕前記炭素繊維基材の目付が10〜500g/m2である、〔1〕〜〔14〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔16〕前記炭素繊維束の長さが1〜50mmである、〔1〕〜〔15〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔17〕前記工程(II)におけるスラリー中の炭素繊維の質量含有量が0.01〜1質量%である、〔1〕〜〔16〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔18〕前記炭素繊維のX線光電子分光法により測定される表面酸素濃度比O/Cが0.05〜0.50である、〔1〕〜〔17〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔19〕スラリーが水系である〔1〕〜〔18〕のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
〔20〕〔1〕〜〔19〕のいずれかに記載の製造方法で製造された炭素繊維基材を用いる、電気・電子機器部品、土木・建築用部品、自動車・二輪車用の構造部品又は航空機用部品。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、抄造時の炭素繊維の繊維分散性に優れ、成形品とした場合に力学特性に優れる炭素繊維基材を短時間で得ることができ、高い量産性が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の炭素繊維基材の製造方法は、水溶性ポリウレタンおよび/または水溶性ポリアミドが0.1〜10質量%付着した炭素繊維束を分散媒体に投入する工程(I)、前記炭素繊維束を構成する炭素繊維が前記分散媒体中に分散したスラリーを調製する工程(II)、前記スラリーを輸送する工程(III)及び前記スラリーより分散媒体を除去して炭素繊維基材を得る工程(IV)を少なくとも有する。
【0014】
工程(I)では、水溶性ポリウレタンおよび/または水溶性ポリアミドが0.1〜10質量%付着した炭素繊維束を分散媒体に炭素繊維束を投入する。
【0015】
水溶性ポリウレタン、水溶性ポリアミドとは、それぞれ、水溶性のポリウレタン、ポリアミドを意味する。ポリウレタンとは分子中にウレタン結合(−NH−COO−)を有する分子を意味する。ポリアミドとは分子中にアミド結合(−NH−CO−)を有する分子を意味し、各種のナイロンが例示される。水溶性とは水に可溶である性質を意味する。水溶性ポリウレタン及び水溶性ポリアミドの好ましい例としては、水への溶解速度が5分以内のものであることが好ましい。水への溶解速度の測定は、例えば、一定厚みと面積のフィルム状物の水に試料を接触させ撹拌し(撹拌条件:直径100mmの円柱型1000mlビーカーに400mlの水を用意し、厚み0.05mm、縦30mm×横30mmのフィルム状物を投入し、200回転/分の速度で撹拌する)、フィルム状物が消滅するまでの時間から得ることができる。
【0016】
水溶性ポリウレタンおよび水溶性ポリアミドは、分子鎖中にポリアルキレングリコールユニットを含有することが好ましい。尚、水溶性ポリウレタンおよび水溶性ポリアミドを併用する場合には、少なくとも一方が分子鎖中にポリアルキレングリコールユニットを含有することが好ましく、両方が該ユニットを有することがより好ましい。
【0017】
ポリアルキレングリコールユニットとは、エチレングリコールをはじめとするアルキレングリコールの繰り返し単位を意味する。水溶性ポリウレタンおよび水溶性ポリアミドを構成する分子鎖中における、ポリアルキレングリコールユニットの含有量は、30〜95質量%であることが好ましい。ポリアルキレングリコールユニットの含有量はNMRやIRなどの既存の高分子分析手法を用いて決定される。
【0018】
水溶性ポリウレタンおよび水溶性ポリアミドは、さらに、直鎖状高分子であることが好ましい。直鎖状とは、実質的に分岐鎖を有しない状態を意味する。高分子とは、高分子量の分子を意味し、好ましくは分子量5000〜500,000、より好ましくは分子量10,000〜300,000である。
【0019】
水溶性ポリウレタンおよび水溶性ポリアミドは、1種類を単独で用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いることも可能である。
【0020】
炭素繊維としては、PAN系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、セルロース系炭素繊維、気相成長系炭素繊維、これらの黒鉛化繊維などが例示される。PAN系炭素繊維は、ポリアクリロニトリル繊維を原料とする炭素繊維である。ピッチ系炭素繊維は石油タールや石油ピッチを原料とする炭素繊維である。セルロース系炭素繊維はビスコースレーヨンや酢酸セルロースなどを原料とする炭素繊維である。気相成長系炭素繊維は炭化水素などを原料とする炭素繊維である。このうち、強度と弾性率のバランスに優れる点で、PAN系炭素繊維が好ましい。
【0021】
炭素繊維ウェブを構成する炭素繊維は1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。
【0022】
炭素繊維は、そのX線光電子分光法により測定される表面酸素濃度比O/Cが0.05〜0.50であるものが好ましく、0.06〜0.3であるものがより好ましく、0.07〜0.2であるものがさらにより好ましい。表面酸素濃度比が0.05以上であることにより、炭素繊維表面の極性官能基量を確保し、熱可塑性樹脂組成物との親和性が高くなるので、より強固な接着を得ることができる。また、表面酸素濃度比が0.5以下であることにより、表面酸化による炭素繊維自身の強度の低下を少なくすることができる。
【0023】
表面酸素濃度比とは、繊維表面の酸素(O)と炭素(C)の原子数の比を意味する。表面酸素濃度比をX線光電子分光法により求める場合の手順を、以下に一例を挙げて説明する。まず、溶剤で炭素繊維表面に付着しているサイジング剤などを除去した炭素繊維を20mmにカットして、銅製の試料支持台に拡げて並べた後、X線源としてA1Kα1、2を用い、試料チャンバー中を1×108Torrに保つ。測定時の帯電に伴うピークの補正値としてC1sの主ピークの運動エネルギー値(K.E.)を1202cVに合わせる。C1sピーク面積をK.E.として1191〜1205eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求める。O1sピーク面積をK.E.として947〜959eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求める。
【0024】
表面酸素濃度は、上記O1sピーク面積とC1sピーク面積の比から装置固有の感度補正値を用いて原子数比として算出したものである。X線光電子分光法装置として、国際電気社製モデルES−200を用い、感度補正値を1.74として算出し得る。
【0025】
炭素繊維の表面酸素濃度O/Cを0.05〜0.5に制御する手段としては、特に限定されるものではないが、電界酸化処理、薬液酸化処理、気相酸化処理などの手法が例示される。中でも電界酸化処理が取り扱いやすく好ましい。
【0026】
電界酸化処理に用いられる電解液としては、以下に挙げる化合物の水溶液が好ましく用いられる。硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム及び水酸化バリウム等の無機水酸化物、アンモニア、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機金属塩類、酢酸ナトリウム、安息香酸ナトリウム等の有機塩類、さらにこれらナトリウム塩の代わりにカリウム塩、バリウム塩その他の金属塩、アンモニウム塩、その他にはヒドラジンなどの有機化合物である。これらの中でも電解液としては無機酸が好ましく、硫酸及び硝酸が特に好ましく使用される。電界処理の程度は、電界処理で流れる電気量を設定することにより炭素繊維表面のO/Cを制御することができる。
【0027】
炭素繊維束は、連続した強化繊維から構成されるもの、あるいは不連続な炭素繊維から構成されるもののどちらでも良いが、より良好な分散状態を達成するためには、不連続な炭素繊維束が好ましく、チョップド炭素繊維がより好ましい。
また、炭素繊維束を構成する単繊維の本数には、特に制限はないが、生産性の観点からは24,000本以上が好ましく、48,000本以上がさらに好ましい。単繊維の本数の上限については特に制限はないが、分散性や取り扱い性とのバランスも考慮して、300,000本程度もあれば生産性と分散性、取り扱い性を良好に保つことができる。
【0028】
炭素繊維束の長さは、1〜50mmであることが好ましく、3〜30mmであることがより好ましい。3mm未満であると強化繊維による補強効果を効率良く発揮することが困難となるおそれがあり、30mmを超えると分散を良好に保つのが困難となるおそれがある。炭素繊維束の長さとは、炭素繊維束を構成する単繊維の長さをいい、強化繊維束の繊維軸方向の長さをノギスで測定する、あるいは強化繊維束から単繊維を取り出し顕微鏡で観察して測定され得る。
【0029】
分散媒体(分散液)とは、炭素繊維束を分散させ得る媒体を意味する。分散媒体の例としては水、アルコールなどのいわゆる溶媒が挙げられるが、水が好ましい。水としては、通常の水道水のほか、蒸留水、精製水等の水を使用することができる。水には必要に応じて界面活性剤を混合し得る。界面活性剤は、陽イオン型、陰イオン型、非イオン型、両性の各種に分類されるが、このうち非イオン性界面活性剤が好ましく用いられ、中でもポリオキシエチレンラウリルエーテルがより好ましく用いられる。界面活性剤を水に混合する場合の界面活性剤の濃度は、通常は0.0001質量%以上0.1質量%以下、好ましくは0.0005質量%以上0.05質量%以下である。
【0030】
炭素繊維束の投入量は、水(分散液)1lの投入量に対する量として、通常0.1g以上10g以下、好ましくは0.3g以上5g以下の範囲で調整し得る。前記範囲とすることにより、炭素繊維束が分散媒体に効率よく分散し、均一に分散したスラリーを短時間で得ることができる。水(分散液)に対し炭素繊維束を分散させる際には、必要に応じて撹拌を行う。
【0031】
工程(II)では、炭素繊維束を構成する炭素繊維が分散媒体中に分散したスラリーを調製する。
【0032】
スラリーとは固体粒子が分散している懸濁液をいい、本発明においては水系スラリーであることが好ましい。
【0033】
スラリー中の炭素繊維の質量含有量(スラリーにおける固形分濃度)は、0.01質量%以上1質量%以下であることが好ましく、0.03質量%以上0.5質量%以下であることがより好ましい。上記範囲であることにより抄造を効率よく行うことができる。
【0034】
工程(II)は、通常分散槽で実施される。分散槽はスラリーを収容可能な槽(容器)である。分散槽を用いる場合、工程(I)における分散媒体と炭素繊維束とは、直接分散槽に対し行われることが好ましい。もちろん先に分散槽以外の槽に分散媒体と炭素繊維束とを投入し、かかる槽の中身を分散槽に移して工程(II)を行ってもよいことは言うまでもない。分散槽は、必要に応じて撹拌装置を備えるものであってもよい。
【0035】
工程(III)では、工程(II)で得られるスラリーを輸送する。
【0036】
工程(III)は、通常、工程(II)が行われる分散槽と工程(IV)が行われる抄紙槽とを接続する輸送部で行われる。
【0037】
輸送部の幅は特に規定されないが、輸送部の幅W1と炭素繊維基材の幅W2との比W1/W2が、0.5〜1.0であることが好ましく、0.7〜1.0であることがより好ましい。W1/W2が0.5未満であると工程(III)における輸送に長時間を要するおそれがある。W1/W2が1.0を超えると工程(IV)におけるスラリーの分散状態が不十分となるおそれや、輸送部から工程(IV)へスラリーが流れる際に、スラリー流動部の幅が大きくなるためにスラリーに負荷がかかり分散状態が不十分となるおそれがある。ここで「輸送部の幅」とは輸送部の断面の長径を意味し、例えば輸送部の断面が長方形の場合には長いほうの径を意味する。「炭素繊維基材の幅」とは工程(IV)において得られる炭素繊維基材の長さ、幅、及び厚みのうち幅(長さより短い方)を意味する。尚、各幅が部位により異なる場合にはその平均値を意味するものとする。
【0038】
輸送部の幅は、通常は0.1〜2mの範囲である。炭素繊維基材の幅は、通常0.2〜2mである。
【0039】
輸送部の形状はスラリーを輸送できる形状であれば特には限定されず、通常は管状である。必要に応じて、輸送部の途中に送液ポンプを備える。送液ポンプは、例えばダイアフラムポンプ、スネークポンプ等の低剪断ポンプであることが好ましい。
【0040】
工程(III)はオーバーフロー方式で行われるものであってもよい。これにより、輸送されるスラリー中の炭素繊維に剪断力がかかり沈降、凝集することを防ぎ、スラリー中の分散性を保つことができる。また、ポンプなど動力を使わずに経済的な輸送が可能である。
【0041】
オーバーフロー方式とは、容器(槽)から溢れる液体を、重力を利用して次の容器(槽)へ送液する方式を意味する。すなわち、送液ポンプなどの動力を実質的に用いずに送液する方式である。
【0042】
オーバーフロー方式とする場合には、輸送部は傾斜していることが好ましい。すなわち、輸送部を水平方向から見る場合に、分散槽と輸送部との接続点が抄紙槽と輸送部との接続点よりも高い位置にあることが好ましい。その傾斜角は30〜60°、40〜55°であることがより好ましい。傾斜角が30°未満であると工程(III)における輸送に長時間を要するおそれがある。傾斜角が60°を超えると、オーバーフロー方式とした場合、スラリーの輸送時の流速が大きくなるために、工程(IV)への到達時にスラリーに過剰の剪断が加わり、工程(IV)におけるスラリーの分散状態が不十分となるおそれがある。
【0043】
ここで、傾斜角とは、輸送部の管の中心線と、重力方向と平行な線とが交差する部分の鉛直下方側の角度を意味する。
【0044】
尚、工程(III)をオーバーフロー方式で行う場合には、輸送部の分散槽との接続部は分散槽の壁面、特に上方に位置することが好ましい。
【0045】
オーバーフロー方式とする場合には、輸送部は直線状であること、すなわち、湾曲部、屈曲部などの方向変換点を途中に有しない形状であることが好ましい。
【0046】
オーバーフロー方式とする場合には、輸送部の高さは60mm以上、好ましくは100mm以上であることが好ましい。60mm以上であることにより、輸送するスラリー量に対して輸送部壁面とスラリーとの接触面積を相対的に小さくすることができ、壁面接触時のスラリーへの剪断力発生による分散繊維の再凝集を少なくすることができる。ここで輸送部の高さとは、輸送部を水平方向から見る場合に、輸送部の径の大きさを意味する。輸送部が長方形(長辺が基材幅方向、短辺が基材厚み方向)の場合、短辺の長さが「輸送部の高さ」に該当する。輸送部の高さの上限は特に限定されないが、通常は500mm以下である。尚、輸送部の高さに部位により差がある場合にはその平均値を意味するものとする。
【0047】
輸送部の形状について、図1〜図8を例にとって説明する。図1〜図8は、工程(I)および工程(II)は分散槽で行われ、前記工程(IV)は抄紙槽で行い、前記工程(III)を前記分散槽と抄紙槽とを接続する輸送部で行う場合の、分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けを模式的に示す図である。図1〜6及び図8中の輸送部13は、直線状を呈している。
【0048】
輸送部の傾斜角は、各図において輸送部13の中心線qと、重力方向に伸びる線Pとが鉛直下方側に形成する角度rを意味する。図1、図5及び図6中の輸送部13は、分散槽11から抄紙槽12に向けて傾斜しており、傾斜角が30〜60°である。図2中の輸送部13は、分散槽11と抄紙槽12を水平に接続しており、傾斜角は略90°である。図3中の輸送部13は、分散槽11から抄紙槽12に向けて傾斜しており、傾斜角が30〜60°である。図4中の輸送部13は、分散槽11と抄紙槽12とを重力方向で接続しており、傾斜角は略0°である。図8中の輸送部13も図4と同様に傾斜角は略0°であり、輸送部13の途中にポンプ25を備える。
【0049】
図1、図5および図6中、輸送部13の分散槽11との接続部14は、分散槽11の壁面の上方に位置する。そのため、図1のような分散槽、抄紙槽及び輸送部の位置づけであれば、工程(III)をオーバーフロー方式により行うことが可能となる。
【0050】
工程(IV)では、スラリーより分散媒体を除去して炭素繊維基材を得る。
【0051】
工程(IV)は、通常抄紙槽で実施される。抄紙槽はスラリーを収容可能であり、水分吸引可能な抄紙面を有する槽(容器)である。抄紙面は一般に底面付近に設けられ、その材料としてはメッシュシートなどが例示される。
【0052】
本発明においては、工程(IV)において得られる炭素繊維基材を引き取ることができる。炭素繊維基材の引き取りは、ロールに巻き取って行うことができる。引取速度は10m/分以上であることが好ましい。引取速度の上限は通常は、100m/分以下である。
【0053】
工程(II)で調製されるスラリー中の炭素繊維の質量含有率をC1とし、工程(IV)開始時のスラリー中の炭素繊維の質量含有率をC2とした場合に、C1/C2が0.8〜1.2の範囲であることが好ましく、0.9〜1.1の範囲であることがより好ましい。C1/C2が0.8未満であるとC2を増やすために、分散媒体のみを除去したり、強化繊維のみを投入する必要があり、工程が煩雑になるうえ、スラリーの分散状態が不十分となるおそれがある。C1/C2が1.2を超えると工程(IV)におけるスラリーの分散状態が不十分となるおそれがある。
【0054】
工程(I)〜工程(IV)はオンラインで実施されることが好ましい。オンラインとは、各工程の間が連続的に実施される方式であり、オフラインの反対語である。すなわちオンラインとは、各工程が一連の流れとして行われるプロセスを意味し、それぞれが独立した状態のプロセスとは異なる。工程(I)〜工程(IV)をオンラインで実施することにより、炭素繊維基材を短時間で得ることができる。
【0055】
工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1は、工程(IV)におけるスラリーの液面の高さH2よりも高い位置にあることが好ましい。「スラリーの液面の高さ」とはスラリーを水平方向から見た場合の液面の位置を意味する。「高い位置にある」とは、2つの液面の高さを、該高さよりも鉛直下方に位置する基準からの距離としての測定値として表現した場合に、一方の高さが他方よりも高い位置にあること、すなわち、2つの液面の高さのうち一方が他方の鉛直下方に位置することを意味する。
【0056】
中でも、前記工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1が、前記工程(IV)におけるスラリーの液面の高さH2との差H1−H2が、0.1〜5mであることが好ましく、0.5〜2mであることがより好ましい。0.1m未満であると工程(III)における輸送に長時間を要するおそれがある。一方、5mを超えると工程(IV)におけるスラリーの分散状態が不十分となるおそれがある。
【0057】
工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1と工程(IV)におけるスラリーの液面の高さH2について、図1〜図8に基づき説明する。分散槽11のスラリー(斜線部分)の液面の高さH1は、H1及びH2よりも鉛直下方に位置する基準Aに対する液面の位置Bの距離H1で表される。抄紙槽12のスラリー(斜線部分)の液面の高さH2は、液面基準Aに対する液面の位置Cの距離H2で表される。スラリーの液面の高さH1およびH2の差を維持するためには、図1、図3、図4及び図7に示すように分散槽11と抄紙槽12とが重力方向を基準としてずれて位置していることが好ましいが、図2、図5及び図6に示すように、スラリーの量や槽の大きさなどにより、各槽内のスラリーの液面の高さを調整すれば、分散槽11と抄紙槽12の重力方向における位置が水平であってもよい。
【0058】
工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1を工程(IV)におけるスラリーの液面の高さH2よりも高い位置に保つためには、例えば工程(II)を分散槽で、工程(IV)を抄紙槽で行う場合に、これら2つの槽を、分散槽の底面の位置が抄紙槽の上面の位置よりも鉛直上方に位置するように設置することが好ましい。
【0059】
工程(I)から工程(IV)の開始までの所要時間は、10分以内であることが好ましい。10分を超えると、炭素繊維の種類によっては、スラリー中で分散した炭素繊維が再凝集するとなるおそれがある。工程(I)から工程(IV)の開始までの所要時間の下限は特に限定されないが、通常は1分以上である。
【0060】
工程(I)において、分散媒体と炭素繊維束とが継続的に投入され、前記工程(I)から工程(IV)までが継続的に実施されることが好ましい。これにより、炭素繊維基材をより短時間で得ることができる。また、一度にスラリーを大量に投入すると、スラリーの一部は抄紙されるまでに長時間かかり分散状態が不良になってしまう可能性があるが、継続的に投入、実施を行うことにより、スラリーを少量ずつ効率よく、分散状態を保持しつつ抄紙することが可能である。「継続的に投入する」「継続的に実施する」とは連続的に投入すること、工程(I)において投与される原料について順次、或いは連続的に工程(II)〜(IV)を実施することを意味する。言い換えれば一連の工程において、分散スラリーの原料の供給、及びスラリー供給を継続しながら実施する状態を意味し、最初に一定量のスラリーを作製するプロセスより量産を考慮したプロセスを意味する。継続的に投入、実施を行う方法としては、バッチ式以外の方法、一定の速度で投入する方法、所定の間隔に略一定量を投入する方法が例示される。一定の速度で投入する条件としては、分散媒体を1×10〜1×10g/分、炭素繊維束を0.1〜1×10g/分で投入する条件が例示される。所定の間隔に略一定量を投入する条件としては、1〜5分おきに分散媒体を1×10〜1×10gずつ、炭素繊維束を0.1〜1×10gずつ投入する条件が例示される。
【0061】
工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1は、工程(II)を通じて実質的に同じ高さに保たれることが好ましい。工程(I)から工程(IV)を継続的に実施する場合には特に、工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1は、工程(II)を通じて実質的に同じ高さに保たれることが好ましい。
【0062】
「工程(II)を通じて実質的に同じ高さに保たれる」とは、工程(II)を実施する間に高さの変動が100mm以内であること、好ましくは50mm以内、より好ましくは変動がないこと(0mm)を意味する。工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1を工程(II)を通じて実質的に同じ高さに保つためには、工程(I)を継続的に行うことが好ましい。例えば工程(II)を分散槽で行う場合、分散槽への分散媒体と炭素繊維の供給を継続的に行うと共に、工程(I)から工程(IV)までが継続的に実施されることが好ましい。
【0063】
炭素繊維基材の目付は、10〜500g/m2であることが好ましく、50〜300g/m2であることがより好ましい。10g/m2未満であると基材の破れなどの取り扱い性に不具合を生じるおそれがあり、500g/m2を超えると基材の乾燥に長時間かかるなど、その後のプロセスに不具合を生じるおそれがある。
【0064】
本発明において得られる炭素繊維基材は、熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂を含む繊維強化成形基材として用いることができる。繊維強化成形基材は、電気・電子機器部品、土木・建築用部品、自動車・二輪車用部品、航空機用部品等の各種用途に用いることができ、電子機器部品、自動車用の構造部品により好ましく用いられる。
【実施例】
【0065】
製造例1(A1:PAN系炭素繊維)
アクリロニトリル(AN)99.4モル%とメタクリル酸0.6モル%からなる共重合体を用いて、乾湿式紡糸方法により単繊維デニール1d、フィラメント数12,000のアクリル系繊維束を得た。得られたアクリル系繊維束を240〜280℃の温度の空気中で、延伸比1.05で加熱し、耐炎化繊維に転換し、次いで窒素雰囲気中300〜900℃の温度領域での昇温速度を200℃/分とし10%の延伸を行った後、1,300℃の温度まで昇温し焼成した。この炭素繊維束に硫酸を電解質とした水溶液で、炭素繊維1gあたり3クーロンの電解表面処理を行い、さらに浸漬法によりサイジング剤を付与し、120℃の温度の加熱空気中で乾燥しPAN系炭素繊維を得た。
総フィラメント数 12,000本
単繊維直径 7μm
単位長さ当たりの質量 0.8g/m
比重 1.8g/cm3
引張強度(注1) 4.2GPa
引張弾性率(注2) 230GPa
サイジング種類 水溶性ポリウレタン樹脂(吉村油化学(株)製“テキサノール”PE−10F)
ポリエチレングリコールユニット(分子量4000)
サイジング付着量(注3) 1.5質量%
O/C(注4) 0.10
【0066】
製造例2(A2:PAN系炭素繊維)
アクリロニトリル(AN)99.4モル%とメタクリル酸0.6モル%からなる共重合体を用いて、乾湿式紡糸方法により単繊維デニール1d、フィラメント数12,000のアクリル系繊維束を得た。得られたアクリル系繊維束を240〜280℃の温度の空気中で、延伸比1.05で加熱し、耐炎化繊維に転換し、次いで窒素雰囲気中300〜900℃の温度領域での昇温速度を200℃/分とし10%の延伸を行った後、1,300℃の温度まで昇温し焼成した。さらに浸漬法によりサイジング剤を付与し、120℃の温度の加熱空気中で乾燥しPAN系炭素繊維を得た。
総フィラメント数 12,000本
単繊維直径 7μm
単位長さ当たりの質量 0.8g/m
比重 1.8g/cm3
引張強度(注1) 4.2GPa
引張弾性率(注2) 230GPa
サイジング種類 水溶性ポリウレタン樹脂(吉村油化学(株)製“テキサノール”PE−10F)
ポリエチレングリコールユニット(分子量4000)
サイジング付着量(注3) 1.5質量%
O/C(注4) 0.05
【0067】
製造例3(A3:PAN系炭素繊維)
アクリロニトリル(AN)99.4モル%とメタクリル酸0.6モル%からなる共重合体を用いて、乾湿式紡糸方法により単繊維デニール1d、フィラメント数12,000のアクリル系繊維束を得た。得られたアクリル系繊維束を240〜280℃の温度の空気中で、延伸比1.05で加熱し、耐炎化繊維に転換し、次いで窒素雰囲気中300〜900℃の温度領域での昇温速度を200℃/分とし10%の延伸を行った後、1,300℃の温度まで昇温し焼成した。この炭素繊維束に硫酸を電解質とした水溶液で、炭素繊維1gあたり3クーロンの電解表面処理を行い、さらに浸漬法によりサイジング剤を付与し、120℃の温度の加熱空気中で乾燥しPAN系炭素繊維を得た。
総フィラメント数 12,000本
単繊維直径 7μm
単位長さ当たりの質量 0.8g/m
比重 1.8g/cm3
引張強度(注1) 4.2GPa
引張弾性率(注2) 230GPa
サイジング種類 水溶性ポリウレタン樹脂(三洋化成(株)製“メルポール”F−220)
ポリエチレングリコールユニット(分子量20,000)
サイジング付着量(注3) 1.5質量%
O/C(注4) 0.10
【0068】
製造例4(A4:PAN系炭素繊維)
アクリロニトリル(AN)99.4モル%とメタクリル酸0.6モル%からなる共重合体を用いて、乾湿式紡糸方法により単繊維デニール1d、フィラメント数12,000のアクリル系繊維束を得た。得られたアクリル系繊維束を240〜280℃の温度の空気中で、延伸比1.05で加熱し、耐炎化繊維に転換し、次いで窒素雰囲気中300〜900℃の温度領域での昇温速度を200℃/分とし10%の延伸を行った後、1,300℃の温度まで昇温し焼成した。この炭素繊維束に硫酸を電解質とした水溶液で、炭素繊維1gあたり3クーロンの電解表面処理を行い、さらに浸漬法によりサイジング剤を付与し、120℃の温度の加熱空気中で乾燥しPAN系炭素繊維を得た。
総フィラメント数 12,000本
単繊維直径 7μm
単位長さ当たりの質量 0.8g/m
比重 1.8g/cm3
引張強度(注1) 4.2GPa
引張弾性率(注2) 230GPa
サイジング種類 ポリウレタン樹脂(第一工業製薬(株)製“スーパーフレックス”840)
サイジング付着量(注3) 1.5質量%
O/C(注4) 0.10
【0069】
製造例5(A5:PAN系炭素繊維)
アクリロニトリル(AN)99.4モル%とメタクリル酸0.6モル%からなる共重合体を用いて、乾湿式紡糸方法により単繊維デニール1d、フィラメント数12,000のアクリル系繊維束を得た。得られたアクリル系繊維束を240〜280℃の温度の空気中で、延伸比1.05で加熱し、耐炎化繊維に転換し、次いで窒素雰囲気中300〜900℃の温度領域での昇温速度を200℃/分とし10%の延伸を行った後、1,300℃の温度まで昇温し焼成した。この炭素繊維束に硫酸を電解質とした水溶液で、炭素繊維1gあたり3クーロンの電解表面処理を行い、さらに浸漬法によりサイジング剤を付与し、120℃の温度の加熱空気中で乾燥しPAN系炭素繊維を得た。
総フィラメント数 12,000本
単繊維直径 7μm
単位長さ当たりの質量 0.8g/m
比重 1.8g/cm3
引張強度(注1) 4.2GPa
引張弾性率(注2) 230GPa
サイジング種類 水溶性ポリウレタン樹脂(吉村油化学(株)製“テキサノール”PE−10F)
ポリエチレングリコールユニット(分子量4000)
サイジング付着量(注3) 15質量%
O/C(注4) 0.10
【0070】
製造例6(A6:PAN系炭素繊維)
アクリロニトリル(AN)99.4モル%とメタクリル酸0.6モル%からなる共重合体を用いて、乾湿式紡糸方法により単繊維デニール1d、フィラメント数12,000のアクリル系繊維束を得た。得られたアクリル系繊維束を240〜280℃の温度の空気中で、延伸比1.05で加熱し、耐炎化繊維に転換し、次いで窒素雰囲気中300〜900℃の温度領域での昇温速度を200℃/分とし10%の延伸を行った後、1,300℃の温度まで昇温し焼成した。この炭素繊維束に硫酸を電解質とした水溶液で、炭素繊維1gあたり3クーロンの電解表面処理を行い、さらに浸漬法によりサイジング剤を付与し、120℃の温度の加熱空気中で乾燥しPAN系炭素繊維を得た。
総フィラメント数 12,000本
単繊維直径 7μm
単位長さ当たりの質量 0.8g/m
比重 1.8g/cm3
引張強度(注1) 4.2GPa
引張弾性率(注2) 230GPa
サイジング種類 水溶性ポリアミド樹脂(松本油脂(株)製A−774)
ポリエチレングリコールユニット(分子量4000)
サイジング付着量(注3) 1.5質量%
O/C(注4) 0.10
【0071】
製造例3(F:酸変性ポリプロピレン樹脂フィルム)
三井化学(株)製の“アドマー”(登録商標)QE510(比重0.91、融点160℃)を温度200℃、圧力20Mpaで1分間プレス成形し、厚み50μmの酸変性ポリプロピレン樹脂フィルムFを作製した。
【0072】
(注3)サイジング剤の付着量の測定条件
試料として、サイジング剤が付着している炭素繊維約5gを採取し、耐熱性の容器に投入した。次にこの容器を120℃で3時間乾燥した。吸湿しないようにデシケーター中で注意しながら室温まで冷却後、秤量した質量をW1(g)とした。続いて、容器ごと、窒素雰囲気中で、450℃で15分間加熱後、同様にデシケーター中で吸湿しないように注意しながら室温まで冷却後、秤量した質量をW2(g)とした。以上の処理を経て、炭素繊維へのサイジング剤の付着量を次の式により求めた。
(式)付着量(質量%)=100×{(W1−W2)/W2
なお、測定は3回行い、その平均値を付着量として採用した。
【0073】
(注4)O/Cの測定
X線光電子分光法により次の手順に従って求めた。まず、溶剤で炭素繊維表面に付着物などを除去した炭素繊維を20mmにカットして、銅製の試料支持台に拡げて並べた。X線源としてA1Kα1、2を用い、試料チャンバー中を1×108Torrに保った。測定時の帯電に伴うピークの補正値としてC1sの主ピークの運動エネルギー値(K.E.)を1202cVに合わせた。C1sピーク面積を、K.E.として1191〜1205eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求めた。O1sピーク面積を、K.E.として947〜959eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求めた。
【0074】
表面酸素濃度を、上記O1sピーク面積とC1sピーク面積の比から装置固有の感度補正値を用いて原子数比として算出した。X線光電子分光法装置として、国際電気社製モデルES−200を用い、感度補正値を1.74とした。
【0075】
・強化繊維分散状態の評価
抄紙により得られた炭素繊維ウェブの任意の部位より、50mm×50mmの正方形状にウェブを切り出して顕微鏡にて観察した。10本以上の炭素繊維の単繊維が束状になった状態、すなわち分散が不十分な炭素繊維の束の個数を測定した。この手順で20回の測定をおこない、その平均値をもって、分散が不十分な炭素繊維の束が1個未満を二重丸、分散が不十分な炭素繊維の束が1個以上5個未満を○、分散が不十分な炭素繊維の束が5個以上10個未満を△、分散が不十分な炭素繊維の束が10個以上を×で評価した。
【0076】
・成形品力学特性の評価
抄紙により得られた炭素繊維ウェブを200mm×200mmに切り出して、120℃で1時間乾燥させた。乾燥後の炭素繊維ウェブと、酸変性ポリプロピレン樹脂フィルムFを、樹脂フィルムF/炭素繊維ウェブ/樹脂フィルムFとなるように3層積層した。この積層物を温度200℃、圧力30MPaで5分間プレス成形し、圧力を保持したまま50℃まで冷却して厚み0.12mmの炭素繊維強化樹脂シートを作製した。この樹脂シートを8枚積層し、温度200℃、圧力30MPaで5分間プレス成形し、圧力を保持したまま50℃まで冷却して厚み1.0mmの炭素繊維強化樹脂成形品を得た。得られた成形品を用いて、ISO178法(1993)に従い、曲げ強度をn=10で評価した。なお、曲げ強度の評価結果は実施例1を100として相対値で記載した。
【0077】
・水への溶解速度
評価サンプルとして縦30mm×横30mm、厚み0.05mmのフィルム状サンプルを使用した。フィルム状サンプルはそれぞれの成分を加熱プレスして上記形状のフィルムとした。直径100mmの円柱型1000mlビーカーに400mlの水を用意し、フィルム状サンプルを投入し、200回転/分の速度で撹拌した。フィルム状サンプルが消滅するまでを目視で確認し、フィルム状サンプル消失に要した時間を溶解速度とした。
【0078】
(実施例1)
炭素繊維A1をカートリッジカッターで6.4mmにカットし、チョップド炭素繊維(A1−1)を得た。
【0079】
チョップド炭素繊維A1−1に水溶性ポリウレタンを1.5質量%付着させた。かかる水溶性ポリウレタンが付着した炭素繊維束から、炭素繊維基材を製造した。
【0080】
製造には図9に示す装置03を用いた。製造装置03は、分散槽11としての直径300mmの円筒形状の容器、底部に幅200mmの抄紙面19を有するメッシュコンベア21を備える抄紙槽12、分散槽11と抄紙槽12とを接続する直線状の輸送部(傾斜角45°)13、メッシュコンベア21に接続し、炭素繊維ウェブ(炭素繊維基材)20を運搬可能なコンベア22炭素繊維ウェブを備えている。分散槽11は上面に2つの開口部(広口開口部23、狭口開口部24)を備える凹型形状をしており、撹拌機16が広口開口部23側に設置されており、狭口開口部24から炭素繊維束17および分散液(分散媒体)18を投入可能である。
【0081】
水と界面活性剤(ナカライテクス(株)製、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(商品名))からなる濃度0.1質量%の分散液を作成した。分散槽内へ、前記分散液と前記繊維束の投入を開始した(工程(I))。製造中、分散槽中のスラリー中の炭素繊維濃度が一定濃度になるように、かつ、分散槽内のスラリーの液面の高さH1が一定となるように投入量を調整しながら、連続的に上記分散液とチョップド炭素繊維投入を継続した。容器への原料の投入開始とともに撹拌を開始し、スラリーを調製した(工程(II))。スラリーが40リットル溜まった時点で容器下部の開口コックを開放調整し、輸送部を介して抄紙槽に流し込んだ(工程(III))。このとき、分散槽内のスラリー液面の高さH1は抄紙槽内のスラリー液面H2よりも50cmだけ高い位置にあった。該スラリーから水を吸引して、10m/分の速度で引き取り、幅200mmの炭素繊維ウェブを連続的に得た(工程(IV))。炭素繊維ウェブの目付は20g/m2であった。
【0082】
実施条件および得られた炭素繊維ウェブの評価結果を、表1に示した。
【0083】
(実施例2)
炭素繊維A3をカートリッジカッターで6.4mmにカットし、チョップド炭素繊維(A3−1)を得た。
【0084】
チョップド炭素繊維A1−1に代えてチョップド炭素繊維A3−1を用いたほかは、実施例1と同様に行った。実施条件および得られた炭素繊維ウェブの評価結果を、表1に示した。
(実施例3)
【0085】
炭素繊維A6をカートリッジカッターで6.4mmにカットし、チョップド炭素繊維(A6−1)を得た。
【0086】
チョップド炭素繊維A1−1に代えてチョップド炭素繊維A6−1を用いたこと、水溶性ポリウレタンに代えて水溶性ポリアミドを用いたほかは、実施例1と同様に行った。実施条件および得られた炭素繊維ウェブの評価結果を、表1に示した。
【0087】
(実施例4)
実施例1と同様の材料を用いて、オーバーフローで実施した。実施条件および得られた炭素繊維ウェブの評価結果を、表1に示した。
【0088】
(実施例5)
炭素繊維A2をカートリッジカッターで6.4mmにカットし、チョップド炭素繊維(A2−1)を得た。
チョップド炭素繊維A1−1に代えてチョップド炭素繊維A2−1を用いたほかは、実施例1と同様に行った。実施条件および得られた炭素繊維ウェブの評価結果を、表1に示した。
【0089】
(比較例1)
実施例1において、チョップド炭素繊維A−1をそのまま用いた(水溶性ポリウレタンを付着させなかった)ほかは、実施例1と同様に行った。実施条件および得られた炭素繊維ウェブの評価結果を、表1に示した。
【0090】
(比較例2)
実施例1において、水溶性ポリウレタンの代わりにポリウレタン(水に不溶)を用いたほかは、実施例1と同様に行った。実施条件および得られた炭素繊維ウェブの評価結果を、表1に示した。
【0091】
(比較例3)
実施例1において、水溶性ポリウレタンの付着量を15質量%としたほかは、実施例1と同様に行った。実施条件および得られた炭素繊維ウェブの評価結果を、表1に示した。
【0092】
【表1】

【0093】
表1から明らかなように、水溶性ポリウレタンまたは水溶性ポリアミドを0.1〜10質量%付着させた炭素繊維束を用いることにより、いずれも分散状態の優れた炭素繊維ウェブを得ることができた。
【0094】
O/Cが高い繊維を用いることにより、炭素繊維ウェブの成形品の力学特性をより高めることができることが明らかとなった(実施例1,2,5参照)。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けの一例を模式的に示す図である。
【図2】分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けの一例を模式的に示す図である。
【図3】分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けの一例を模式的に示す図である。
【図4】分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けの一例を模式的に示す図である。
【図5】分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けの一例を模式的に示す図である。
【図6】分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けの一例を模式的に示す図である。
【図7】分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けの一例を模式的に示す図である。
【図8】分散槽、抄紙槽及び輸送部の水平方向から見た位置付けの一例を模式的に示す図である。
【図9】炭素繊維基材の製造装置の一例を示す水平断面図である。
【符号の説明】
【0096】
03 炭素繊維基材の製造装置
11 分散槽
12 抄紙槽
13 輸送部
14 輸送部と分散槽との接続部
16 撹拌機
17 チョップド炭素繊維(炭素繊維束)
18 分散液(分散媒体)
19 抄紙面
20 炭素繊維ウェブ(炭素繊維基材)
21 メッシュコンベア
22 コンベア
23 広口開口部
24 狭口開口部
25 ポンプ
H1 工程(II)におけるスラリーの液面の高さ
H2 工程(IV)におけるスラリーの液面の高さ
A 基準
B 工程(II)におけるスラリーの液面
C 工程(IV)におけるスラリーの液面
p 重力方向と平行な線
q 輸送部の中心線
r pとqとが鉛直下方側に形成する角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維基材の製造方法であって、水溶性ポリウレタンおよび/または水溶性ポリアミドが0.1〜10質量%付着した炭素繊維束を分散媒体に投入する工程(I)、前記炭素繊維束を構成する炭素繊維が前記分散媒体中に分散したスラリーを調製する工程(II)、前記スラリーを輸送する工程(III)及び前記スラリーより分散媒体を除去して抄造し炭素繊維基材を得る工程(IV)の少なくとも4つの工程を有する炭素繊維基材の製造方法。
【請求項2】
前記水溶性ポリウレタンおよび水溶性ポリアミドは、水への溶解速度が5分以内である、請求項1に記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項3】
前記水溶性ポリウレタンおよび/または水溶性ポリアミドが分子鎖中にポリアルキレングリコールユニットを含有する直線状高分子である、請求項1または2に記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項4】
前記工程(I)から前記工程(IV)までをオンラインで実施してなる、請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項5】
前記工程(I)の開始から前記工程(IV)の開始までの所要時間を10分以内とする、請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項6】
前記工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1が、工程(IV)におけるスラリーの液面の高さH2よりも高い位置にある、請求項5に記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項7】
前記工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1と、工程(IV)におけるスラリーの液面の高さH2との差H1−H2が、0.1〜5mである請求項6に記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項8】
前記工程(II)で調製されるスラリーにおける分散媒体中の炭素繊維の質量含有率をC1とし、前記工程(IV)開始時のスラリーにおける分散媒体中の炭素繊維の質量含有率をC2とした場合に、C1/C2が0.8〜1.2の範囲とする、請求項1〜7のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項9】
前記工程(I)において分散媒体と炭素繊維束とが継続的に投入され、前記工程(I)から工程(IV)までが継続的に実施される、請求項1〜8のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項10】
前記工程(I)は、前記分散媒体と前記炭素繊維とを分散槽に供給する工程であり、前記工程(II)は、前記分散槽中で前記スラリーを調製する工程である、請求項1〜9のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項11】
前記輸送部の幅W1と、前記炭素繊維基材の幅W2との比W1/W2が、0.5〜1.0である、請求項10に記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項12】
前記工程(II)におけるスラリーの液面の高さH1を実質的に同じ高さに保ちながらおこなう、請求項1〜11のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項13】
前記工程(III)をオーバーフロー方式でおこなう、請求項1〜12のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項14】
前記工程(IV)において、得られる炭素繊維基材を引取速度が10m/分以上で引き取る、請求項1〜請求項13のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項15】
前記炭素繊維基材の目付が10〜500g/m2である、請求項1〜14のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項16】
前記炭素繊維束の長さが1〜50mmである、請求項1〜15のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項17】
前記工程(II)におけるスラリー中の炭素繊維の質量含有量が0.01〜1質量%である、請求項1〜16のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項18】
前記炭素繊維のX線光電子分光法により測定される表面酸素濃度比O/Cが0.05〜0.50である、請求項1〜17のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項19】
スラリーが水系である請求項1〜18のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。
【請求項20】
請求項1〜19のいずれかに記載の製造方法で製造された炭素繊維基材を用いる、電気・電子機器部品、土木・建築用部品、自動車・二輪車用の構造部品又は航空機用部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−37669(P2010−37669A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−198461(P2008−198461)
【出願日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】