説明

無機化合物と細胞との複合体及びその製造方法

【課題】煩雑な操作を行うことなく、細胞の内部及び外部に無機化合物を有する無機化合物と細胞との複合体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】無機化合物微粒子で満たされた動物細胞と、その細胞の外部に付着する無機化合物微粒子と、からなる無機化合物と細胞との複合体。この無機化合物と細胞との複合体は、無機化合物微粒子を含む培地中で動物細胞を培養し、固形分を分取することによって製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機化合物と細胞との複合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
整形外科手術において骨の欠損部を補填する方法としては、自家骨あるいは他家からの骨移植、セラミックス、金属、樹脂及びこれらの複合体からなる人工材料を単独あるいは自家骨との混合物などによって補填する方法が主に採用されている。自家骨移植は、自身からの生体骨移植であり、最も安全かつ迅速に骨と結合させることができるものであり、腸骨の一部を移植することが最も頻繁に行われている。しかし、腸骨移植は、採取出来る骨の大きさ及び形状に制限があり、健康な部位を切除することによる患者への負担も大きい。したがって、自家骨移植は、これらの点が問題として認識されている。
【0003】
新しい骨補填材といては、近年ではコラーゲンと合成リン酸カルシウムからなる骨と類似した組成を有する複合体、骨形成を促進させる生理活性物質を含浸させた人工材料なども検討されている。また、骨髄細胞をあらかじめ足場材料に播種した骨補填材も研究されている。これらの骨補填材は、体内に埋入されるため、体内において無害、安全であることに加えて、埋入後に欠損部周辺の骨と迅速かつ強固に結合する機能を有することを意図して開発されている。
【0004】
さらに、新しい骨補填材の目標とされる機能としては、自家骨の骨誘導能、骨形成能、初期固定時の機械強度などを有することが重要視されている。これらの機能を有し、生体骨に類似した人工骨を得ることを目的として、例えば、骨芽細胞に分化可能な幹細胞の利用が試みられている。
自身の幹細胞を用いる場合には、骨髄から細胞を採取する方法が多く採用されている。具体的には、骨髄から細胞を採取した後、体外で足場材料に接着、培養した後体内に戻す方法、及び、培養した際に、細胞に分化誘導因子を作用させて骨髄由来細胞を、骨形成能を有する細胞に分化させた後に欠損部に補填する方法が開発されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、骨髄由来細胞(幹細胞)を用いる上記の方法は、次のような問題点がある。第一には、骨髄由来細胞のうち、どの細胞が骨形成能を有する細胞に分化するか明確でない。第二には、分化誘導の調節が困難であり、体外において人為的に分化させた細胞の変異状態を知ることも困難である。第三には、体外での培養に関して骨髄細胞を増殖させる場合、細胞の増殖には少なくとも2週間から4週間を要する。そして、第四には、骨髄由来細胞を、足場となる材料に付着させるための手技は、他の患者の加工環境とは完全に隔離されることが要求されるため、大規模に細胞を播種、加工することには多大な労力と設備を必要とする。素材である骨髄由来細胞や細胞を播種した骨補填材は、唯一の物であり、異なる骨補填材間で品質や仕様を同一にすることは困難である。
【0006】
大規模生産の観点では、骨補填材として用いる材料が均一であるほうが、効率が良く、品質の確保も可能となる。すなわち、細胞と骨補填材を複合化した骨補填材を多量に供給するには、均一な細胞を用いて、生体からの移植骨と同等の骨形成能を有する材料の開発が求められる。このような骨形成能を有する材料としては、株化細胞を利用することが有効であり、現在、MC3T3―E1などいくつかの株化細胞が知られているが、骨形成能を有する細胞を用いても実用的な骨補填材は未だ開発されていない。
【0007】
したがって、本発明は、生体材料の性質を併せ持ち、体内で無害、安全で、初期固定時の機械的強度を有する骨補填材及びこのような骨補填材を簡単な方法で多量に効率よく製造する方法を開発することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、細胞自身が本来有する飲食機能を利用すれば、細胞の骨形成能の有無に関係なく、しかも煩雑な操作を行うことなく、容易に有効な骨補填材を得ることができるという知見を得て、完成されたものである。
【0009】
本発明の無機化合物と細胞との複合体は、無機化合物微粒子で満たされた動物細胞と、その細胞の外部に付着する無機化合物微粒子と、からなることを特徴とする。
【0010】
無機化合物微粒子は、平均粒子径が10nm〜10μmのものであることが好ましい。
なお、本明細書において平均粒子径は、サブミクロン粒子アナライザー N5(ベックマン・コールター株式会社製)を使用し、動的散乱法によって測定したものである。液体中の粒子が拡散する速度を計測することで粒子径を測定する装置で、拡散する速度は液体の温度、粘度、粒子径の3要素で決まるため、温度及び粘度が既知であれば粒子径が得られるというものである。平均粒子径は該分析装置のSDP(Size Distribution Processor)分析により測定したもので、単分散モードでの測定に比し、複雑分布の際の制約を受けない高精度な粒子径分布を得ることができる。
【0011】
無機化合物微粒子は、高分子窒素化合物で被覆されたものであることが好適である。
【0012】
高分子窒素化合物は、数平均分子量が800〜100000のものであることが好ましい。
【0013】
さらに、高分子窒素化合物は、一級アミノ基、二級アミノ基及び三級アミノ基を繰り返し構造単位内に有するものであることが好ましい。
【0014】
また、高分子窒素化合物は、直鎖、枝分かれ鎖又は環状のポリアミン化合物の単体又は混合物であることが好ましい。
【0015】
ポリアミン化合物は、ポリエチレンイミンであることが好適である。
【0016】
無機化合物微粒子は、リン酸カルシウム系化合物又は金属酸化物であることが好ましい。
【0017】
リン酸カルシウム系化合物は、ハイドロキシアパタイトであることが好適である。
【0018】
金属酸化物は、アルミナ、シリカ、酸化マグネシウム、あるいは酸化鉄であることが好適である。
【0019】
本発明による無機化合物と細胞との複合体の製造方法は、無機化合物微粒子を含む培地中で動物細胞を培養し、固形分を分取することを特徴とする。
【0020】
無機化合物微粒子の濃度は、上記動物細胞に対して1.0pg〜1.0ng/cellであることが好ましい。
【0021】
固形分の分取後には、培養した動物細胞を失活処理することが好ましい。
【0022】
失活処理としては、加熱処理または化学薬品処理が挙げられる。
【0023】
化学薬品処理は、例えば、アルデヒド化合物又はジマレイミド化合物によるタンパク質固定であることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、生体材料の性質を併せ持ち、体内で無害、安全で、初期固定時の機械的強度を有する骨補填材を多量に提供することができる。また、本発明によれば、上記のような特性を有する骨補填材を、素材として用いる細胞の骨形成能の有無に関係なく、細胞自身が本来有する飲食機能を利用するだけで、煩雑な操作を行うことなく、簡単な方法で多量に効率よく製造することができる。
本発明は、前記のように、新規な骨補填材の開発を目的としてなされたものであるが、得られた無機化合物と細胞との複合体は、骨補填材としてばかりでなく、診断剤など、生体材料の性質を有しながら、形状強度も有することが望まれる様々な用途に応用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の無機化合物と細胞との複合体は、無機化合物微粒子で満たされた動物細胞と、この動物細胞の外部に付着する無機化合物微粒子とからなる。
動物細胞は、飲食作用(機能)を保持している細胞であれば、特に制限はなく、例えば、イヌ腎臓由来細胞株(以下、MDCKと略称することがある)、骨芽肉腫細胞株(以下、HOSと略称することがある)などを用いることができる。
【0026】
無機化合物微粒子としては、リン酸カルシウム系化合物又は金属酸化物が挙げられる。また、これらを単独または混合物として用いることもできる。リン酸カルシウム系化合物は、Ca/P比1.0〜2.0のものであればよく、例えば、ハイドロキシアパタイト、フッ素アパタイトなどの各種のアパタイト、第一リン酸カルシウム、第二リン酸カルシウム、リン酸三カルシウム、リン酸四カルシウムなどが挙げられ、これらは単独または混合物として用いることができる。
また、金属酸化物としては、酸化アルミニウム、二酸化珪素、酸化マグネシウム、酸化チタン、酸化鉄(ヘマタイト)などが挙げられる。
【0027】
無機化合物微粒子は、平均粒子径が10nm〜10μmであることが好ましい。平均粒子径が10nmより小さい微粒子は、産業上利用できる程度に多量に製造するのは困難であり、10μmを越えるものは、動物細胞の飲食作用によって細胞内に取り込まれることが困難である。
【0028】
また、無機化合物微粒子は、粒子状態を問わず、微粒子にナノ粒子(粒子径の大きなものに粒子径の小さなもの)が付着した状態、ナノ粒子が凝集した状態等であってよく、任意の方法で製造されたものであってよい。
本発明の無機化合物微粒子の一例として、本発明者らが開発したリン酸カルシウム系化合物ナノ粒子の製造方法を次に説明する。リン酸カルシウム系化合物ナノ粒子は、リン酸カルシウム系化合物を熱処理し、得られたリン酸カルシウム系化合物粒子を有機溶媒に分散させ、解砕処理し、得られたリン酸カルシウム系化合物分散液を遠心分離し、上清を採取し、必要に応じて乾燥することによって製造することができる。
【0029】
上記リン酸カルシウム系化合物は、公知の方法で合成し、熱処理する前に乾燥し、必要に応じて造粒することが好ましい。造粒は、公知の方法によって行うことができるが、スプレードライ法によって体積比が70%以上の多孔体にすることが好ましい。
【0030】
また、上記方法では、まず、リン酸カルシウム系化合物を公知の加熱手段で熱処理して熱履歴を与える。熱処理温度に制限はないが、400℃から1050℃の温度範囲で熱処理されることが好ましい。400℃よりも低温であると、十分な強度が得られず、使用強度が低下してしまう。1050℃より高温であると、一部または全部が焼結してしまい、ナノ粒子の収率が低下する。
【0031】
熱処理後、例えば、超音波処理、ホモジナイザー、振とう器、乳鉢などの解砕処理によって有機溶媒に分散させる。有機溶媒としては、極性有機溶媒が好ましく、例えば、アルコール(例えば、エタノール、イソプロパノールなど)、エーテル(例えば、2−エトキシエタノールなど)、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシドなどを用いることができる。
【0032】
解砕処理前に、リン酸カルシウム系化合物粒子をボールミル装置によって処理することもできる。ボールミル装置は、通常、摺り運動によって試料を解砕するボール(メディア)を用いるが、ボールを用いずに処理を行うと、球状の(アスペクト比が1に近い)ナノ粒子を高い収率で得ることができる。このとき、有機溶媒等を介在させない(ポット内にリン酸カルシウム系化合物粒子のみが入れられた)ドライ状態(以下、ドライミル処理と称する)であることがよい。
【0033】
以上のようにして得られたリン酸カルシウム系化合物分散液を遠心分離処理によって、有機溶媒相に分散されたリン酸カルシウム系化合物ナノ粒子を含む上清とそれより粒径の大きい粒子の沈殿とに分画する。その後、上清の有機溶媒を蒸発させ、リン酸カルシウム系化合物ナノ粒子を得ることができる。
【0034】
無機化合物微粒子は、高分子窒素化合物によって被覆されていることが好ましい。具体的には、無機化合物粒子は、固体酸点(電子対受容体)で高分子窒素化合物のアミノ基の少なくとも1個に結合することによって、高分子窒素化合物で被覆されることが好ましい。
【0035】
高分子窒素化合物で被覆された無機化合物微粒子は、無機化合物微粒子と高分子窒素化合物を溶液中で混合して得られる。この高分子窒素化合物で被覆された無機化合物微粒子分散液を遠心分離し、上清を採取し、乾燥することによって、高分子窒素化合物で被覆された無機化合物微粒子を得ることができる。この微粒子は、分散性が良くなり、粒径が小さいまま存在できるため、被覆されていない無機化合物微粒子に比べて動物細胞内に取り込まれ易い。
【0036】
高分子窒素化合物は、分子内に一級アミノ基、二級アミノ基、及び三級アミノ基のうち少なくとも2個のアミノ基を有するものであればよく、例えば、ポリアミン化合物を用いることができる。ポリアミン化合物は、直鎖状、枝分れ状、及び環状のいずれであってもよく、分子内に一級アミノ基、二級アミノ基及び三級アミノ基が繰り返し構造単位内により多数存在すると、無機化合物微粒子との結合サイトが増えるため好ましい。
【0037】
このようなポリアミン化合物としては、例えば、ポリエチレンイミン、ポリリジンなどを用いることができ、特にポリエチレンイミンであることが好適である。ポリエチレンイミンは、エチレンイミンの重合体であり、重合に関与するアミノ基によって分子構造が異なる。
【0038】
ポリアミン化合物(高分子窒素化合物)の数平均分子量は、800〜100000であることが好ましい。数平均分子量が800未満であると、ポリアミン化合物が無機化合物微粒子を良好に覆うことが困難になるため、効率良く無機化合物微粒子を動物細胞に取り込むことができない。また、数平均分子量が100000を超えると、ポリアミン化合物同士の結合により、大きな凝集塊を作ってしまうため、動物細胞内に無機化合物微粒子を取り込むことが困難になる。
【0039】
また、高分子窒素化合物溶液の濃度については、被覆すべき無機化合物微粒子の種類、量、表面積などにより左右され、一義的に定めることはできない。しかし、高分子窒素化合物の濃度が薄すぎると、高分子窒素化合物は粒子と結合するが、完全に被覆することはできないため、粒子同士の結合により凝集が起こってしまい、動物細胞内に十分な取り込みができなくなる傾向がある。高分子窒素化合物の濃度が高すぎると、高分子窒素化合物は無機化合物微粒子以外に、高分子窒素化合物同士でも結合してしまうため、大きなミセルを作ってしまい、動物細胞内への取り込みが困難になる。したがって、高分子窒素化合物溶液の濃度は、被覆すべき無機化合物微粒子の種類、量、表面積などに応じて適宜選定することが好ましい。
【0040】
続いて、本発明の無機化合物と細胞の複合体の製造方法について説明する。
動物細胞は、予め細胞培養によって所望の細胞数からなる細胞塊に増殖させる。その後、この動物細胞の細胞塊を無機化合物微粒子を含む培地中で培養する。培養は、動物細胞の培養に通常に用いられる条件で行うことができる。無機化合物微粒子は、動物細胞に対して、1.0pg〜1.0ng/cellであることがよい。
培養後、固形分を分取して無機化合物と細胞の複合体とする。なお、複合体は、固形分を分取した後、細胞が生体に適合可能であれば、細胞が生きた状態のまま用いることもできるが、必要に応じて動物細胞の失活処理を行うこともできる。
【0041】
失活処理は、動物細胞の生命活動、及び細胞中のタンパク質等の機能を停止等させるための処理であり、加熱処理または化学薬品処理などを挙げることができる。化学薬品処理としては、アルデヒド化合物、またはジマレイミド化合物によるタンパク質固定などが挙げられる。
【0042】
また、得られた複合体は、加熱により成形することも可能であり、さらに乾燥させることにより強固な物とすることもできる。
【0043】
次に、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
以下の実施例で得られた無機化合物と細胞との複合体は、下記の方法で評価した。
(a)複合体観察
本発明の無機化合物と細胞との複合体は、透過型電子顕微鏡(TEM)によって観察した。透過型電子顕微鏡には、株式会社日立製作所製H−7600を使用した。なお、TEM観察の前に、無機化合物と細胞との複合体は、グルタルアルデヒドで固定して抱埋した。
(b)構成原子測定
無機化合物と細胞との複合体を100℃で乾燥処理し、EDXによって構成原子を分析(測定)した。EDXには、株式会社日立製作所製S−4300を使用した。
【実施例1】
【0045】
本実施例の無機化合物と細胞との複合体の作製方法について説明する。
動物細胞として、MDCK(イヌ腎臓由来細胞株)を用いた。225cm2 フラスコに培養したMDCK細胞及び3mg/mlのリン酸カルシウム微粒子入り培養液を4ml与え、さらに培養液を加え60mlに調整した後、37℃、5%CO2 条件下で29時間培養した。
なお、培養液には、MEM培地にFBS(10vol%)を混合したものを用いた。
【0046】
使用したリン酸カルシウムは、下記のようにして製造したハイドロキシアパタイト(以下、HAと記す)ナノ粒子である。湿式法で得たハイドロキシアパタイト含有スラリーをスプレードライ装置を用いて200℃で乾燥して、造粒した。さらに、分級して平均粒径10μmとした。得られたHA粒子を電気炉に入れ、50℃/hで昇温し850℃にて4時間保持する昇温を行い、HA粒子を得た。
【0047】
こうして得られたHA粒子1.0gを内容積45mlのジルコニア製ポットに入れ、遊星型ボールミル(フリッチュ社製;P−7)によって、回転数800rpmで3時間のドライミル処理を行った。なお、ドライミル処理は遊星型ボールミルのポット内にメディアを入れずに行った。ドライミル処理後のHA粒子を回収し、ドライミルHA粒子を得た。
10mg/mlポリエチレンイミン(以下、PEIと記す)溶液30mlを加え分散させ、超音波発生装置(TAITEC社製;VP−30S)を用いて超音波処理(出力180W、5分間)した。これによりHA粒子が解砕し、HA粒子表面をPEIが被覆した。その後、イソプロパノールを加えて、全量を10mlとし、4100×gにて10分間、遠心分離を行った。遠心分離後の上清、すなわち、PEI被覆HAナノ粒子分散液を採取した。
【0048】
なお、HAナノ粒子の平均粒径は約125nmであった。平均粒径の測定は、サブミクロン粒子アナライザーN5(ベックマン・コールター株式会社製)を使用し、動的散乱法によって行った。
【0049】
培養後、リン酸緩衝液でMDCK表面を洗い流して、MDCKに吸着していないHAナノ粒子を取り除いた。得られたHAナノ粒子とMDCK細胞との複合体(以下、MDCK−HAと記す)は、スクレイパーを用いてフラスコから取り出し、5000rpmで5分間の遠心分離をした。この遠心分離によって沈降した固形分をHAナノ粒子と細胞との複合体として得た。
【0050】
本実施例の無機化合物と細胞との複合体の評価は次の方法で行った。
無機化合物と細胞との複合体を2%グルタルアルデヒド(以下、GA)で固定し、遠心分離を行った。その後、蒸留水で洗浄して100℃で乾燥させ、その後、熱分析装置(Rigaku製、TGS120)にて1300℃まで加熱し、質量一定後に加熱をやめ、放冷し、加熱前後の質量を測定した。
熱分析装置による加熱後には、エネルギー分散性X線電子顕微鏡(以下、EDXと記す。日立製;S−4300)を用いて無機化合物と細胞との複合体の構成原子を測定した。
【0051】
本実施例の無機化合物と細胞との複合体の各種分析結果について以下に示す。
(a)複合体観察
図1は、本実施例のMDCK−HAの透過型電子顕微鏡(TEM、撮影倍率;400倍)写真を示す。MDCKの内部及び外部には、ハイドロキシアパタイトナノ粒子(例えば、図中のAが示す黒い点)が観察された。すなわち、細胞内にはHAナノ粒子が十分に取り込まれていることが確認できた。図2は、MDCK−HAの倍率1800倍のTEM写真であり、HA粒子がより鮮明に確認できる。
なお、図3は、MDCK−HAのSEM写真(倍率4500倍)であり、HA粒子がMDCK細胞につき、入り込んでいる途中であることが判る。また、図4は、MDCK−HAのSEM写真(倍率3500倍)であり、MDCKがHAを取り込んでいる最中であることを示す。さらに、図5はHAナノ粒子単体のTEM写真(倍率7000倍)であり、図6はMDCK単体のTEM写真(倍率400倍)である。
【0052】
(b)質量変化
表1は、HAナノ粒子と細胞との複合体(MDCK−HA)の加熱前後の質量変化を示す。
(表1)
加熱前(A)(mg) 加熱後(B)(mg) 差(A−B)(mg)
MDCK 18.32 0.30 18.02
MDCK−HA 27.32 6.40 20.92
HAナノ粒子は加熱によって質量は失われないので、HAの質量を得るためにMDCKのみに着目し、HAの重量分を差し引くと、加熱前のMDCKの質量は21.22mgとなる。さらにMDCK単体での加熱前後の質量差の比から過熱後のMDCKの質量を計算し、HAの質量を得た。
(表2)
加熱前MDCK(mg) 加熱後MDCK(C)(mg) HA重量(mg)
MDCK 18.32 0.30 0.00
MDCK−HA 21.22* 0.35** 6.05
注* =27.32−6.40+0.30
**=21.22×0.30/18.32
【0053】
(c)構成原子測定
表3は、MDCK−HAのEDXによる分析結果である(測定倍率;1200倍)。
(表3)
元素 質量濃度(%) 原子数濃度(%)
O 38.09 60.52
P 16.53 13.57
Ca 30.10 19.09
その他 15.28 6.82
【0054】
また、表4は、比較例として、HAナノ粒子単体のEDXによる分析結果である。
(表4)
元素 質量濃度(%) 原子数濃度(%)
O 37.76 58.02
P 20.47 16.25
Ca 41.40 25.40
その他 0.37 0.33
【0055】
表3のMDCK−HAの「その他」に関しては、MDCK−HA製造時の残渣や微量の炭素、あるいは培養液の残りと考えられる。
表3及び表4は、組成と濃度よりほぼ等しく、MDCK−HAにはHAナノ粒子が存在していることが確認できる。また、培養後にMDCK−HAの表面を洗浄し、取り込まれなかったHAナノ粒子については除去しているため、HAナノ粒子はMDCK細胞の中に取り込まれたといえる。
【実施例2】
【0056】
本実施例では、実施例1のMDCKに代えて、骨芽肉腫細胞株(以下、HOSと記す)を用いた。HOSは、MDCKと同様の条件で培養して所望の細胞数とした。225cm2 フラスコに培養したHOS細胞に18mg/mlHAナノ粒子(平均粒径約125nm)入り培養液2.25mlを与え、37℃、5%CO2 の条件下で1時間培養した。その後、リン酸緩衝液でHOS表面を洗い流し、新しい培養液を加えてさらに20時間培養した。培養後、トリプシンを加えてHAナノ粒子−細胞複合体(以下、HOS−HAと記す)をフラスコからはがして回収した。
なお、培養液には、MEM培地にFBS(10vol%)及びNEAA(1vol%)を混合したものを用いた。
【0057】
本実施例のHAナノ粒子と細胞との複合体の評価に際し、得られた複合体を5000rpmで5分間遠心分離してペレットダウンし、2%グルタルアルデヒド(以下、GAと記す)で固定し、抱埋し、薄切し、TEMで観察した(図7)。
また、得られた複合体を5000rpmで5分間遠心分離してペレットダウンした後、GAで固定し、オーブンにて100℃で一晩乾燥させ、抱埋し、薄切し、TEMで観察した(図8)。
【0058】
本実施例の無機化合物と細胞との複合体の各種分析結果について以下に示す。
(a)複合体観察
図7は、HOS−HAのTEM写真(1200倍)を示す。HOSの内部及び外部には、HAナノ粒子(例えば、図中のBが示す黒い点)が取り込まれていることが観察できた。図8は、遠心分離してペレットダウンした後、GAで固定し、100℃で乾燥させたHOS−HAのTEM写真(1500倍)である。
いずれの図からも細胞に無機化合物が取り込まれていることがはっきり判る。
【0059】
図7に示した複合体は、細胞−生体適合性粒子が生きた状態で一つの細胞のように働いて有効であるといえる。
図8に示した複合体は、生きた状態ではなく、例えば、乾燥させて使用する場合にも粒子が取り込まれた細胞として存在することを証明する。
上記のように細胞にHA粒子が取り込まれた複合体が骨補填材などの生体材料として用いられるとき、一般に生体適合性が良好でないとされる他家移植等の治療行為で不都合が生じた場合に、乾燥等の加工を施したものを用いることもできる。また、乾燥させることで保存可能な生体適合性材料になる。
【実施例3】
【0060】
本実施例では、実施例1のHAナノ粒子に代えて、シリカ粒子(SiO2 ;シーアイ化成株式会社製Nanotek Powder)を用いた。平均粒径は、100nmであった。
12well細胞培養用マルチウェルプレート(Becton Dickinson製)で一晩培養したMDCK細胞に100μg/mlのシリカ粒子入り培地を与え、37℃、5%CO2条件下で2時間培養した。培養後、培地を吸引し、2%GAで固定し、抱埋し、薄切し、TEMで観察した。
【0061】
本実施例で得られたシリカと細胞との複合体の各種分析結果について以下に示す。
図9は、本実施例で得られた複合体のTEM写真(3000倍)を示す。MDCKの内部及び外部には、シリカ粒子(例えば、図中のCが示す黒い)が取り込まれていることが観察された。
比較のため、図10にシリカ粒子単体のTEM写真(7000倍)を示す。
【実施例4】
【0062】
本実施例では、実施例1のHAナノ粒子に代えて、アルミナ粒子(Al23;シーアイ化成株式会社製Nanotek Powder)を用いた。平均粒径は、80nmであった。
実施例3と同様に12well細胞培養用マルチウェルプレート(Becton Dickinson製)で一晩培養したMDCK細胞に2.3mg/mlのアルミナ粒子入り培地を与え、37℃、5%CO2条件下で20時間培養した。培養したものを2%GAで固定し、抱埋し、薄切し、TEMで観察した。
【0063】
図11は、本実施例で得られた複合体のTEM写真(700倍)を示す。MDCKの内部及び外部には、アルミナ粒子(例えば、図中のDが示す黒い点)が取り込まれていることが観察できる。
比較のため、図12にアルミナ粒子単体のTEM写真(7000倍)を示す。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】実施例1で製造したハイドロキシアパタイトナノ粒子と細胞との複合体(MDCK−HA)のTEM写真(400倍)である。
【図2】MDCK−HAの倍率1800倍のTEM写真である。
【図3】HA粒子がMDCK細胞につき、入り込んでいる途中である状態で示すMDCK−HAのSEM写真(倍率4500倍)である。
【図4】MDCKがHAを取り込んでいる最中であることを示すMDCK−HAのSEM写真(倍率3500倍)である。
【図5】HAナノ粒子単体のTEM写真(倍率7000倍)である。
【図6】MDCK単体のTEM写真(倍率400倍)である。
【図7】実施例2で製造した複合体(HOS−HA)のTEM写真(1200倍)である。
【図8】実施例2で製造した、乾燥処理後の複合体(HOS−HA)のTEM写真(1500倍)である。
【図9】実施例3で製造したシリカ粒子と細胞との複合体のTEM写真(3000倍)である。
【図10】シリカ粒子単体のTEM写真(7000倍)である。
【図11】実施例4で製造したアルミナ粒子と細胞との複合体のTEM写真(700倍)である。
【図12】アルミナ粒子単体のTEM写真(7000倍)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機化合物微粒子で満たされた動物細胞と、
その細胞の外部に付着する無機化合物微粒子と、からなることを特徴とする無機化合物と細胞との複合体。
【請求項2】
無機化合物微粒子が平均粒子径10nm〜10μmのものである請求項1記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項3】
無機化合物微粒子が高分子窒素化合物で被覆されたものである請求項1又は2記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項4】
高分子窒素化合物が数平均分子量800〜100000のものである請求項3記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項5】
高分子窒素化合物が一級アミノ基、二級アミノ基及び三級アミノ基を繰り返し構造単位内に有するものである請求項3又は4記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項6】
高分子窒素化合物が直鎖、枝分かれ鎖又は環状のポリアミン化合物の単体又は混合物である請求項3〜5のいずれか1項に記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項7】
ポリアミン化合物がポリエチレンイミンである請求項6記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項8】
無機化合物微粒子がリン酸カルシウム系化合物又は金属酸化物である請求項1〜3のいずれか1項に記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項9】
リン酸カルシウム系化合物がハイドロキシアパタイトである請求項8記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項10】
金属酸化物がアルミナ、シリカ、酸化マグネシウムあるいは酸化鉄である請求項8記載の無機化合物と細胞との複合体。
【請求項11】
無機化合物微粒子を含む培地中で動物細胞を培養し、固形分を分取することを特徴とする無機化合物と細胞の複合体の製造方法。
【請求項12】
無機化合物微粒子の濃度が、上記動物細胞に対して1.0pg〜1.0ng/cellである請求項11記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項13】
固形分を分取後に、失活処理する請求項11又は12記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項14】
失活処理が加熱処理または化学薬品処理である請求項13記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項15】
化学薬品処理がアルデヒド化合物又はジマレイミド化合物によるタンパク質固定である請求項14記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項16】
無機化合物微粒子が高分子窒素化合物で被覆されたものである請求項11記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項17】
高分子窒素化合物が数平均分子量800〜100000のものである請求項16記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項18】
高分子窒素化合物が一級アミノ基、二級アミノ基及び三級アミノ基を繰り返し構造単位内に有するものである請求項16又は17記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項19】
高分子窒素化合物が直鎖、枝分かれ鎖又は環状のポリアミン化合物の単体又は混合物である請求項16〜18のいずれか1項に記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項20】
ポリアミン化合物がポリエチレンイミンである請求項19記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項21】
無機化合物微粒子がリン酸カルシウム系化合物又は金属酸化物である請求項11記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項22】
リン酸カルシウム系化合物がハイドロキシアパタイトである請求項21記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。
【請求項23】
金属酸化物がアルミナ、シリカ、酸化マグネシウムあるいは酸化鉄である請求項21記載の無機化合物と細胞との複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−215434(P2007−215434A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−37554(P2006−37554)
【出願日】平成18年2月15日(2006.2.15)
【出願人】(000000527)ペンタックス株式会社 (1,878)
【Fターム(参考)】