説明

無機繊維成形体及びその製造方法

【課題】断熱材、又はマットなどの用途に加工する際、厚み、面密度を容易に制御することができ、かつ、作業性、取り扱い性に優れ、作業環境を悪化させない無機繊維成形体を提供する。
【解決手段】無機繊維のマット状集合体で構成され、かつニードリング処理が施された無機繊維成形体。マット面のニードル密度が50本/cmを超え、下記(1)〜(3)の1以上を満たす。
(1) 長手方向の断面Aと短手方向の断面Bにおける所定の幅Wの領域に観察される各縦糸束の本数N、Nの比N/N比が0.5以下
(2) 厚さ方向の断面に観察される縦糸束の幅が0.3mm以下
(3) マット面上の任意の3mm×3mmの面積の領域内すべてにニードル痕が存在する

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排ガス洗浄用マット、即ち、排ガス洗浄装置の触媒担持体の把持材として有用な無機繊維成形体及びその製造方法に関する。
本発明はまた、この無機繊維成形体を用いた排ガス洗浄用マット及び排ガス洗浄装置に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミックファイバーに代表される無機繊維の成形体は、工業用断熱材、耐火材、パッキン材などの高温の状態に暴露される用途に用いられてきたが、近年では自動車用排ガス洗浄装置用のクッション材(触媒把持材)、即ち、触媒担持体を金属ケーシングに収容する際に、触媒担持体に巻回され、触媒担持体と金属ケーシングの間に介装される排ガス洗浄用マットとしても用いられている。
【0003】
このような無機繊維成形体には、例えば断熱材として加工する際、又は自動車用の触媒把持材(マット)に加工する際、その厚みや面密度を制御するためにニードリング処理(ニードルパンチ処理)が施されるのが一般的である。
また、マットには、組み付け作業中の繊維飛散を防止するため、有機バインダーを含有させることが一般的に行われている(特許文献1)。
【0004】
しかしながら、従来の無機繊維成形体では、厚みを確保しようとすると表面の平滑性が確保できず、また、表層が剥離するなどの現象が発生し、これが断熱材として成形する際、部分的な密度差の発生、作業性の悪化などの問題につながっていた。
【0005】
また、有機バインダーを含有するマットでは、有機物が含有されているため、エンジン燃焼時の排熱により有害ガスが増加するとともに、有機物の熱分解終了まで一時的にマット面圧が低下する、すなわち把持力が低下する問題がある。
【0006】
これを改善するための方法として、有機バインダー含有量を最小限に抑えるか、有機バインダーを全く含まないマットも提案されているが、有機バインダーを含まないマットは嵩高く、厚み抑制が困難であり、金属ケーシングへの装着時に、マットの層間剥離を引き起こす恐れがあった。また、有機バインダーを含まないために、触媒担持体へのマット巻回時ないしは金属ケーシングへの装着時に、マットから繊維質粉塵が多量に発生し、作業性が著しく悪化するという問題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−174687号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような問題に鑑み、断熱材又はマットなどの用途に加工する際、厚みや面密度を容易に制御することができ、かつ、作業性、取り扱い性に優れ、また作業環境を悪化させない無機繊維成形体を提供することを課題とする。
【0009】
本発明はまた、このような無機繊維成形体の製造方法、この無機繊維成形体を用いた排ガス洗浄用マット及び排ガス洗浄装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、無機繊維のマット状集合体へのニードリング処理時のニードル密度を上げ、ニードリング処理による縦糸束或いはニードル痕が所定の条件で形成されたものとすることにより、厚み、面密度の制御が容易で、また、発塵量が少なく、剥離強度が高く、表面の平滑性に優れ、触媒担持体への巻回時や金属ケーシングへの装着時の取り扱い性、作業性に優れた排ガス洗浄用マットとすることができることを見出した。
【0011】
本発明はこのような知見に基づいて達成されたものであり、以下を要旨とする。
【0012】
[1] 無機繊維のマット状集合体で構成され、かつニードリング処理が施された無機繊維成形体であって、該マット面の単位面積当たりのニードル密度が50本/cmを超え、更に下記(1)〜(3)のいずれか1以上の条件を満たすことを特徴とする無機繊維成形体。
(1) 所定の方向の断面Aにおける所定の幅Wの領域に観察される縦糸束の本数Nと、該所定の方向と直交する方向の断面Bにおける所定の幅Wの領域に観察される縦糸束の本数Nとの比N/N比が0.5以下である
(2) 厚さ方向の断面に観察される縦糸束の幅が0.3mm以下である
(3) マット面上の任意の3mm×3mmの面積の領域内すべてにニードル痕が存在する
【0013】
[2] [1]において、剥離強度が5N以上であることを特徴とする無機繊維成形体。
【0014】
[3] [1]又は[2]において、発塵量が0.1wt%以下であることを特徴とする無機繊維成形体。
【0015】
[4] [1]ないし[3]のいずれかにおいて、該マット面内凹凸差及び表裏凹凸差が最大1mm以下の平滑性を有することを特徴とする無機繊維成形体。
【0016】
[5] [1]ないし[4]のいずれかにおいて、該無機繊維がアルミナ/シリカ系繊維であることを特徴とする無機繊維成形体。
【0017】
[6] [1]ないし[5]のいずれかにおいて、ゾル−ゲル法により得られた無機繊維前駆体のマット状集合体にニードリング処理した後焼成してなることを特徴とする無機繊維成形体。
【0018】
[7] [1]ないし[6]のいずれかに記載の無機繊維成形体を含むことを特徴とするマット。
【0019】
[8] [7]において、有機バインダー含有量が2重量%未満であることを特徴とするマット。
【0020】
[9] [7]において、有機バインダーを含有しないことを特徴とするマット。
【0021】
[10] [7]ないし[9]のいずれかにおいて、排ガス洗浄装置用マットであることを特徴とするマット。
【0022】
[11] 触媒担持体と、該触媒担持体の外側を覆うケーシングと、該触媒担持体と該ケーシングとの間に介装されたマットとを備える排ガス洗浄装置において、該マットが[10]に記載のマットであることを特徴とする排ガス洗浄装置。
【0023】
[12] ゾル−ゲル法により無機繊維前駆体のマット状集合体を得る工程と、得られた無機繊維前駆体のマット状集合体にニードリング処理を施す工程とを有することを特徴とする[1]ないし[6]のいずれかに記載の無機繊維成形体の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、剥離強度が高く、発塵量が少なく、また、表面の平滑性に優れる上に、例えば排ガス洗浄用マット等の用途において、厚み、面密度を容易に制限することができ、取り扱い性、作業性に優れた無機繊維成形体が提供される。
【0025】
本発明の無機繊維成形体を用いた排ガス洗浄用マットであれば、発塵やマットの層剥離の問題を引き起こすことなく、触媒担持体を密着性良く把持することができ、高性能排ガス洗浄装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施の形態に係る無機繊維成形体の断面を示す模式的な斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0028】
[無機繊維成形体]
本発明の無機繊維成形体は、無機繊維のマット状集合体で構成され、かつニードリング処理が施された無機繊維成形体であって、該マット面の単位面積当たりのニードル密度が50本/cmを超え、更に、ニードリング処理により、無機繊維成形体の厚さ方向に形成される縦糸束或いはニードル痕が、下記(1)〜(3)のいずれか1以上、好ましくは2以上、より好ましくはすべての条件を満たし、更に好ましくは、剥離強度が5N以上で、発塵量が0.1wt%以下で、面内凹凸差及び表裏凹凸差が最大1mm以下の平滑性を有するものである。
【0029】
(1) 所定の方向の断面Aにおける所定の幅Wの領域に観察される縦糸束の本数Nと、該所定の方向と直交する方向の断面Bにおける所定の幅Wの領域に観察される縦糸束の本数Nとの比N/N比が0.5以下
(2) 厚さ方向の断面に観察される縦糸束の幅が0.3mm以下
(3) マット面上の任意の3mm×3mmの面積の領域内すべてにニードル痕が存在する
【0030】
上記(1)のN/N比とは、本発明の実施の形態に係る無機繊維成形体の断面を模式的に示す斜視図である図1に示すように、マット状の無機繊維成形体1の所定の方向の断面Aにおける所定の幅Wの領域に観察される縦糸束2Aの本数Nと、該所定の方向と直交する方向の断面Bにおける所定の幅Wの領域に観察される縦糸束2Bの本数Nとの比N/Nである。この縦糸束は、ニードリング処理により、無機繊維(無機繊維前駆体)がニードルの作用で集束し、無機繊維成形体の厚さ方向に配向することにより形成されるものである。ここで、所定の方向の断面Aとは、通常、後述の本発明の無機繊維成形体の製造方法において、無機繊維のマット状集合体を製造する際の送り出し方向(以下、この方向を「長手方向」と称す場合がある。)における厚さ方向の断面であり、該所定の方向と直交する方向の断面Bとは、この送り出し方向と直交する方向(以下、この方向を「短手方向」と称す場合がある。)における厚さ方向の断面である。
【0031】
また、上記(2)の縦糸束の幅とは、マット状の無機繊維成形体1の厚さ方向の断面に観察される縦糸束の幅であり、通常、長手方向の断面Aに観察される縦糸束2Aの幅をさす。
【0032】
なお、本発明において、無機繊維成形体のマット面単位面積当たりのニードル密度、上記(1)のN/N比、(2)の縦糸束の幅、(3)のニードル痕、更に剥離強度、発塵量、面内及び表裏凹凸差は、後述する実施例の項に記載される方法で測定される。
【0033】
<無機繊維>
本発明の無機繊維成形体を構成する無機繊維としては、特に制限はなく、シリカ、アルミナ/シリカ、これらを含むジルコニア、スピネル、チタニア等の単独、又は複合繊維が挙げられるが、特に好ましいのはアルミナ/シリカ系繊維、特に結晶質アルミナ/シリカ系繊維である。
アルミナ/シリカ系繊維のアルミナ/シリカの組成比(重量比)は60〜95/40〜5の範囲にあるのが好ましく、さらに好ましくは70〜74/30〜26の範囲である。
【0034】
本発明に係る無機繊維の平均繊維径は3〜8μm、特に5〜6μmであることが好ましい。無機繊維の平均繊維径が太過ぎると繊維集合体の反発力が失われ、細過ぎると空気中に浮遊する発塵量が多くなる。
なお、無機繊維の平均繊維径は後述の実施例の項に記載される方法で測定される。
【0035】
<ニードル密度>
本発明の無機繊維成形体のマット面の単位面積当たりのニードル密度は50本/cmを超え、好ましくは80本/cm以上である。このニードル密度を上げることにより、無機繊維成形体の剥離強度を上げると共に、面内凹凸差、表裏凹凸差の小さい平滑性に優れた無機繊維成形体とすることができる。ニードル密度が50本/cm以下では、十分な剥離強度を得ることができず、表面平滑性の向上効果も十分ではない。無機繊維成形体の剥離強度、発塵量、表面平滑性の面から、ニードル密度は高い程好ましいが、ニードル密度が過度に高いと、繊維そのものにダメージを与え発塵量が多くなる。従って、通常ニードル密度は250本/cm以下、好ましくは200本/cm以下である。
【0036】
無機繊維成形体のニードル密度は、後述の本発明の無機繊維成形体の製造方法におけるニードリング処理において、このようなニードル密度となるようなニードルパンチを用いることにより調整することができる。
【0037】
<N/N比>
本発明の無機繊維成形体は、前述のN/N比が通常0.5以下である。このN/N比は、マット状の無機繊維成形体の長手方向のニードル密度が短手方向のニードル密度の1/2以下であることをさし、N/N比が0.5以下であることにより、短手方向に緻密な縦糸が配置されることになり、より高い剥離強度を実現することができる。
【0038】
このN/N比は、より好ましくは0.4以下であるが、N/N比が過度に小さいと、長手方向の凹凸が大きくなり表面平滑性が失われるため、通常0.2以上、好ましくは0.3以上である。
【0039】
/N比は、後述の本発明の無機繊維成形体の製造方法において、前駆体の搬送ピッチ、ニードルの植え付け密度、パターンを変更することにより調整することができる。
【0040】
<縦糸束の幅>
本発明の無機繊維成形体は、前述の縦糸束の幅が通常0.3mm以下である。このように縦糸束の幅が狭いことにより、発塵量が少なく、表面平滑性の高い成形体を得ることができる。縦糸束の幅はより好ましくは0.25mm以下である。
【0041】
ただし、縦糸束の幅が過度に小さいと縦糸が繊維集合体全体を拘束する力が弱くなり、所定の厚みに制御できなくなるため、通常0.1mm以上、好ましくは0.15mm以上である。
【0042】
縦糸束の幅は、後述の本発明の無機繊維成形体の製造方法において、ニードリング針の太さを変えることにより調整することができる。
【0043】
<ニードル痕>
本発明の無機繊維成形体は、通常、そのマット面上の任意の3mm×3mmの面積の領域内すべてにニードル痕が存在する。
このように、ニードル痕が細かく分布していることにより、面全体で均質な厚みを有し、平滑性が良好で、かつばらつきの少ない、剥離強度の高い成形体を得ることができる。
【0044】
<剥離強度>
本発明の無機繊維成形体は、例えば断熱材として加工する際、成形時の作業性悪化、密度分布差を最小限に抑えるため、また、マットとして触媒担持体に巻回し、金属ケーシングに組み付けたときにマットの層間ずれを発生させないために、剥離強度が5N以上、特に7N以上であることが好ましい。無機繊維成形体の剥離強度は高い程有利であるが、通常、その上限は20Nである。
【0045】
無機繊維成形体の剥離強度は、上述の如く、ニードル密度を高くし、また、ニードル針太さ、パターンを調整することにより高めることができる。
【0046】
<発塵量>
本発明の無機繊維成形体は、有機バインダーを用いることなく、或いは、ごく少量の有機バインダーを用いたのみで、取り扱い時の粉塵の発生の問題を抑制するために、発塵量が0.1wt%以下、特に0.07wt%以下であることが好ましい。通常、発塵量は少ない程好ましい。
【0047】
無機繊維成形体の発塵量は、ニードルの密度、針太さ、植え付けパターンを調整することにより少なくすることができる。
【0048】
<凹凸差>
無機繊維成形体の面内凹凸差及び表裏凹凸差が大きいと、例えば断熱材としての積層時に各層の密度差が発生したり、積層しにくいなどの不具合がある。また、マットとして触媒担持体への巻回時、触媒担持体とマットとの隙間が大きくなり、ガスシール性が悪化する。さらに、金属ケーシングへの組み付け時、金属ケーシングとマット凸部の摩擦が大きくなり、凸部表層の剥離を引き起こす恐れがある。
【0049】
このような問題を抑制するために、本発明の無機繊維成形体は、面内凹凸差及び表裏凹凸差が最大1mm以下の平滑性を有することが好ましい。この凹凸差はより好ましくは0.7mm以下である。凹凸差は小さい程好ましいが、通常、その下限は0.1mm程度である。
【0050】
このような平滑性は、ニードル密度の高いニードリング処理により実現することができる。
なお、凹凸差の測定には、レーザー厚み計、ダイヤルゲージ、表面粗さ計など用いることができるが、本発明では後述の如く、ローラー型測定子を用い、測定子そのものの軌跡から凹凸差を求めた。
【0051】
<厚さ・面密度>
本発明の無機繊維成形体の厚さや面密度には特に制限はなく、用途に応じて適宜決定されるが、厚さは通常3〜30mm程度、面密度は通常400〜3000g/cm程度とされる。
【0052】
本発明の無機繊維成形体は、ゾル-ゲル法によって得られる前駆体集合綿の厚さ、ニードリング条件により、この厚さや面密度を容易に制限することができる。
【0053】
[無機繊維成形体の製造方法]
本発明の無機繊維成形体の製造方法には特に制限はないが、通常、ゾル−ゲル法により無機繊維前駆体のマット状集合体を得る工程と、得られた無機繊維前駆体のマット状集合体に、該マット面の単位面積当たり50本/cmを超えるニードル密度でニードリング処理を施す工程とを有する本発明の無機繊維成形体の製造方法により製造される。この方法において、ニードリング処理後は、ニードリング処理された無機繊維前駆体のマット状集合体を焼成して無機繊維のマット状集合体とする焼成工程が行われる。
【0054】
以下、本発明の無機繊維成形体の製造方法を、アルミナ/シリカ系繊維成形体の製造方法を例示して説明するが、本発明の無機繊維成形体は、アルミナ/シリカ系繊維成形体に何ら限定されず、前述の如く、シリカ、ジルコニア、スピネル、チタニア或いはこれらの複合繊維よりなる成形体であってもよい。
【0055】
{紡糸工程}
ゾル−ゲル法によりアルミナ/シリカ系繊維のマット状集合体を製造するには、まず、塩基性塩化アルミニウム、珪素化合物、増粘剤としての有機重合体及び水を含有する紡糸液をブローイング法で紡糸してアルミナ/シリカ繊維前駆体の集合体を得る。
【0056】
<紡糸液の調製>
塩基性塩化アルミニウム;Al(OH)3−xClは、例えば、塩酸又は塩化アルミニウム水溶液に金属アルミニウムを溶解させることにより調製することができる。上記の化学式におけるxの値は、通常0.45〜0.54、好ましくは0.5〜0.53である。珪素化合物としては、シリカゾルが好適に使用されるが、その他にはテトラエチルシリケートや水溶性シロキサン誘導体などの水溶性珪素化合物を使用することもできる。有機重合体としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミド等の水溶性高分子化合物が好適に使用される。これらの重合度は、通常1000〜3000である。
【0057】
紡糸液は、塩基性塩化アルミニウム由来のアルミニウムと珪素化合物由来の硅素の比が、AlとSiOの重量比に換算して、通常99:1〜65:35、好ましくは99:1〜70:30で、アルミニウムの濃度が170〜210g/Lで、有機重合体の濃度が20〜50g/Lであるものが好ましい。
【0058】
紡糸液中の硅素化合物の量が上記の範囲より少ない場合は、短繊維を構成するアルミナがα−アルミナ化し易く、しかも、アルミナ粒子の粗大化による短繊維の脆化が起こり易い。一方、紡糸液中の硅素化合物の量が上記の範囲よりも多い場合は、ムライト(3Al・2SiO)と共に生成するシリカ(SiO)の量が増えて耐熱性が低下しやすい。
【0059】
紡糸液中のアルミニウムの濃度が170g/L未満の場合又は有機重合体の濃度が20g/L未満の場合は、何れも、紡糸液の適当な粘度が得られずに得られるアルミナ/シリカ系繊維の繊維径が小さくなる。すなわち、紡糸液中の遊離水が多すぎる結果、ブローイング法による紡糸の際の乾燥速度が遅く、延伸が過度に進み、紡糸された前駆体繊維の繊維径が変化し、所定の平均繊維径で且つ繊維径分布がシャープな短繊維が得られない。しかも、アルミニウムの濃度が170g/L未満の場合は、生産性が低下する。一方、アルミニウムの濃度が210g/Lを超える場合又は有機重合体の濃度が50g/Lを超える場合は、何れも、粘度が高すぎて紡糸液にはならない。紡糸液中のアルミニウムの好ましい濃度は180〜200g/Lであり、有機重合体の好ましい濃度は30〜40g/Lである。
【0060】
上記の紡糸液は、塩基性塩化アルミニウム水溶液に上記Al:SiO比となる量の硅素化合物と有機重合体を添加し、アルミニウム及び有機重合体の濃度が上記の範囲となるように濃縮することによって調製される。
【0061】
<紡糸>
紡糸(紡糸液の繊維化)は、通常、高速の紡糸気流中に紡糸液を供給するブローイング法によって行われ、これにより、アルミナ短繊維前駆体が得られる。上記の紡糸の際に使用する紡糸ノズルの構造は、特に制限はないが、例えば、特許第2602460号公報に記載されているような、エアーノズルより吹き出される空気流と紡糸液供給ノズルより押し出される紡糸液流とは並行流となり、しかも、空気の並行流は充分に整流されて紡糸液と接触する構造のものが好ましい。
【0062】
また、紡糸に際しては、先ず、水分の蒸発や紡糸液の分解が抑制された条件下において、紡糸液から充分に延伸された繊維が形成され、次いで、この繊維が速やかに乾燥されることが好ましい。そのためには、紡糸液から繊維が形成されて繊維捕集器に到達するまでの過程において、雰囲気を水分の蒸発を抑制する状態から水分の蒸発を促進する状態に変化させることが好ましい。
【0063】
アルミナ/シリカ系繊維前駆体の集合体は、紡糸気流に対して略直角となるように金網製の無端ベルトを設置し、無端ベルトを回転させつつ、これにアルミナ/シリカ系繊維前駆体を含む紡糸気流を衝突させる構造の集積装置により連続シート(薄層シート)として回収することができる。
【0064】
上記の集積装置より回収された薄層シートは、連続的に引出して折畳み装置に送り、所定の幅に折り畳んで積み重ねつつ、折り畳み方向に対して直角方向に連続的に移動させることにより積層シートにすることができる。これにより、薄層シートの内側に配置されるため、積層シートの目付量がシート全体に亘って均一となる。上記の折畳み装置としては、特開2000−80547号公報に記載のものを使用することができる。
【0065】
{ニードリング処理工程}
紡糸により得られたアルミナ/シリカ系繊維前駆体のマット状集合体は、次いでニードリング処理を施す。本発明において、このニードリング処理を、前述のニードル密度を満たし、かつ(1)N/N比、(2)縦糸束の幅、及び(3)ニードル痕の3条件のうちの少なくとも1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上の条件を満たすような条件で行う。
【0066】
{焼成工程}
ニードリング処理後の焼成は、通常900℃以上、好ましくは1000〜1300℃の温度で行う。焼成温度が900℃未満の場合は結晶化が不十分なため強度の小さい脆弱なアルミナ/シリカ系繊維しか得られず、焼成温度が1300℃を超える場合は繊維の結晶の粒成長が進行して強度の小さい脆弱なアルミナ/シリカ系繊維しか得られない。
【0067】
[マット]
本発明のマットは、本発明の無機繊維成形体を含むものである。
【0068】
本発明のマットの用途としては、特に制限はなく、各種断熱材、パッキンなどがあるが、特に排ガス洗浄装置用マットとして有用である。
排ガス洗浄装置用マット等のマットにおいて、有機バインダーを含まないか、或いは有機バインダーを含む場合であっても、その含有量が2重量%未満であることが好ましい。
【0069】
マット中の有機バインダーの含有量が2重量%以上であると、エンジン燃焼時の排ガスの高熱による有機バインダーの分解で、NO、CO、HC等の分解ガス発生の問題が大きくなり、好ましくない。
【0070】
本発明の無機繊維成形体は、前述の如く、有機バインダーを用いなくても発塵量を少なく抑えることができるため、このような有機バインダー不使用の、或いは有機バインダーの極少量使用の排ガス洗浄用マットとして有用である。
【0071】
本発明のマットは、特に有機バインダーを含まない無機繊維成形体よりなることが好ましいが、有機バインダーを用いる場合、その有機バインダーとしては、各種のゴム、水溶性高分子化合物、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂などを使用することができる。
【0072】
上記の有機バインダーを有効成分とする水溶液、水分散型のエマルション、ラテックス、又は有機溶媒溶液が市販されており、これらの有機バインダー液は、そのまま又は水等で希釈して用いることができ、マット中に有機バインダーを含有させるのに好適に使用することができる。なお、マット中に含有されている有機バインダーは、必ずしも1種である必要はなく、2種以上の混合物であっても何等差し支えない。
【0073】
上記有機バインダーの中では、アクリルゴム、ニトリルゴム等の合成ゴム;カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール等の水溶性高分子化合物;又はアクリル樹脂が好ましく、中でもアクリルゴム、ニトリルゴム、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール、アクリルゴムに含まれないアクリル樹脂が特に好ましい。これらのバインダーは、有機バインダー液の調製又は入手が容易であり、またマット中への含浸操作も簡単であり、比較的低含有量としても十分な厚み拘束力を発揮し、得られる成形体が柔軟で強度に優れ、使用温度条件下で容易に分解又は焼失されることから好適に使用することができる。
【0074】
本発明のマットが有機バインダーを含む場合、その含有量は特に2重量%未満、とりわけ1.5重量%以下であることが好ましい。
【0075】
[排ガス洗浄装置]
本発明の排ガス洗浄装置は、触媒担持体と、該触媒担持体の外側を覆うケーシングと、該触媒担持体と該ケーシングとの間に介装されたマットとを備える排ガス洗浄装置であって、このマットとして、本発明のマットを用いたものであり、マットの剥離強度が高く、表面平滑で、またマットの発塵量も少ないため、排ガス洗浄装置組立時のマットの取り扱い性、作業性に優れ、組立後の触媒担持体の把持性能も良好であることにより排ガス洗浄効率にも優れる。
【0076】
なお、この排ガス洗浄装置の構成自体には特に制限はなく、本発明は、触媒担持体とケーシングと触媒担持体の把持体としてのマットとを備える一般的な排ガス洗浄装置に適用することが可能である。
【実施例】
【0077】
以下に、実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0078】
なお、以下において、得られた無機繊維成形体の各種物性や特性の測定ないし評価方法は以下の通りである。
【0079】
<剥離強度>
原反から50mm角の試験片を型抜きし、この試験片の一方の端面の厚み中央に5mm深さの切り込みを入れ、切り込みにより形成されたその両端をつかみ治具に支持した後、引っ張り試験機にセットし、50mm/minの速度で相反する方向に引っ張って試験片を2つに裂いたときの平均荷重(N)を計測する。
【0080】
<発塵量>
原反から幅50mm、長さ450mmの試験片(面積225cm)を裁断し、これを直径50mmの塩ビ製パイプに、垂直荷重1kgをかけながら巻き付け、最後まで巻き付けた直後に、試験片から飛散した粉塵重量を測定し、以下の式で発塵量を算出した。
なお、試験片のパイプへの巻き付けはポリ袋内で行い、巻き付け後、試験片を巻き付けたパイプをポリ袋から取り出して、ポリ袋内の粉塵を回収してその重量を測定して粉塵重量とした。
発塵量wt%=回収した粉塵重量(g)/試験片重量(g)×100
【0081】
<凹凸差>
原反から幅50mm、長さ200mmの試験片を切り出し、表面の形状を固定化させるためにアルミナゾル(日産化学製:アルミナゾル−200)を表面に噴霧し、105℃で5時間乾燥した。これを定盤に固定し、先端に直径10mmのペンを取り付けたローラー型測定子を載せ、試験片の長さ方向に試験片表面の凹凸をなぞるように移動させ、測定子の上下変動を凹凸として記録し、この記録した測定子の軌跡の最大幅を面内凹凸差とする。
面内凹凸差は試験片の両面に対してそれぞれ上記測定を行うことにより求めた。
表裏凹凸差は、裏面側を同様の方法にて最大凹凸差を測定し、表面側の最大凹凸差から差し引いた数値を表裏凹凸差とした。
【0082】
<N/N比>
原反の長手方向及び短手方向から各々3mm間隔で断面を採取し、光学実態顕微鏡の拡大映像から、各々の断面に目視できる縦糸束の本数をカウントし、長手方向に沿う断面Aの幅W=2cmの領域に存在する縦糸束の本数をN、短手方向に沿う断面Bの幅W=2cmの領域に存在する縦糸束の本数をNとして、N/N比を算出した。なお、縦糸束の本数のカウントは各々3ヶ所について行い、その平均値をそれぞれN,Nとした。
【0083】
<縦糸束幅>
上記N/N比の測定に当たり、長手方向に沿う断面Aに表出した10本の縦糸束について、幅(最も幅の大きい部分の幅)を測定し、その平均値を求めた。
【0084】
<ニードル痕>
原反の表層を厚さ3mm剥ぎ取り、光学顕微鏡拡大画像に3mmのマス目(縦、横各12マス、計144マス)を割付し、各マス目中のニードル痕の有無を調べた。
【0085】
<キャニング試験>
原反から、幅114mm、長さ340mmの触媒把持材(マット)形状の試験片を打ち抜き、これを直径102mmのモノリスに巻回して、嵌合部をテープ止めし、内径110mmのステンレス製円筒管に圧入する際の抵抗荷重(圧入荷重)、及び圧入後逆方向から引き抜く際の抵抗荷重(抜去荷重)を測定した。また、引き抜き後のマットの外観を観察し、異常の有無を調べた。この際、モノリスとステンレス円筒管の隙間(ギャップ:cm)にマットの面重量(g/cm)を収めたときの嵩密度(g/cm)が0.39〜0.41になるように調整した。
【0086】
[実施例1〜5、比較例1〜3]
塩基性塩化アルミニウム(アルミニウム含有量70g/L、Al/Cl=1.8(原子比))水溶液に、シリカゾルを、最終的に得られるアルミナ繊維の組成がAl:SiO=72:28(重量比)となるように加え、更に、ポリビニルアルコールを加えた後、濃縮して、粘度40ポイズ、アルミナ・シリカ含量約30重量%の紡糸液を調製し、該紡糸液を用いてブローイング法で紡糸した。これを集綿してアルミナ/シリカ系繊維前駆体のマット状集合体を得た。このマット状集合体に表1に示すニードル密度のニードルパンチを実施した後、1200℃で焼成し、幅600mm、表1に示す厚さで表1に示す面密度の長尺マット状結晶質アルミナ/シリカ系繊維成形体(焼成綿)(以下、「原反」と称す場合がある。)を得た。
なお、この結晶質アルミナ/シリカ系繊維の組成比は、アルミナ/シリカ=72/28(重量比)であり、マット状集合体について顕微鏡観察することにより測定した結晶質アルミナ/シリカ系繊維の平均繊維径(100本の平均値)は5.5μmであった。
各例で得られた原反について、各種評価を行い、結果を表1に示した。
【0087】
ただし、比較例3においては、この原反に有機バインダーとしてアクリル樹脂ラテックスを固形分として4重量%含浸させた樹脂含浸シートとして評価を行った。
【0088】
【表1】

【0089】
表1より、本発明によれば、剥離強度が高く、表面の平滑性が優れることにより、金属ケーシングへの装着が容易で、かつ発塵が少ないため取り扱い性、作業性に優れた排ガス洗浄用マットが提供されることが分かる。
【符号の説明】
【0090】
1 無機繊維成形体
2A,2B 縦糸束
3 ニードル痕

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機繊維のマット状集合体で構成され、かつニードリング処理が施された無機繊維成形体であって、該マット面の単位面積当たりのニードル密度が50本/cmを超え、更に下記(1)〜(3)のいずれか1以上の条件を満たすことを特徴とする無機繊維成形体。
(1) 所定の方向の断面Aにおける所定の幅Wの領域に観察される縦糸束の本数Nと、該所定の方向と直交する方向の断面Bにおける所定の幅Wの領域に観察される縦糸束の本数Nとの比N/N比が0.5以下である
(2) 厚さ方向の断面に観察される縦糸束の幅が0.3mm以下である
(3) マット面上の任意の3mm×3mmの面積の領域内すべてにニードル痕が存在する
【請求項2】
請求項1において、剥離強度が5N以上であることを特徴とする無機繊維成形体。
【請求項3】
請求項1又は2において、発塵量が0.1wt%以下であることを特徴とする無機繊維成形体。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、該マット面内凹凸差及び表裏凹凸差が最大1mm以下の平滑性を有することを特徴とする無機繊維成形体。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、該無機繊維がアルミナ/シリカ系繊維であることを特徴とする無機繊維成形体。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかにおいて、ゾル−ゲル法により得られた無機繊維前駆体のマット状集合体にニードリング処理した後焼成してなることを特徴とする無機繊維成形体。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載の無機繊維成形体を含むことを特徴とするマット。
【請求項8】
請求項7において、有機バインダー含有量が2重量%未満であることを特徴とするマット。
【請求項9】
請求項7において、有機バインダーを含有しないことを特徴とするマット。
【請求項10】
請求項7ないし9のいずれかにおいて、排ガス洗浄装置用マットであることを特徴とするマット。
【請求項11】
触媒担持体と、該触媒担持体の外側を覆うケーシングと、該触媒担持体と該ケーシングとの間に介装されたマットとを備える排ガス洗浄装置において、該マットが請求項10に記載のマットであることを特徴とする排ガス洗浄装置。
【請求項12】
ゾル−ゲル法により無機繊維前駆体のマット状集合体を得る工程と、得られた無機繊維前駆体のマット状集合体にニードリング処理を施す工程とを有することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の無機繊維成形体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−99182(P2011−99182A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−255114(P2009−255114)
【出願日】平成21年11月6日(2009.11.6)
【出願人】(000006172)三菱樹脂株式会社 (1,977)
【Fターム(参考)】