説明

無鉛絵具の製造方法および無鉛絵具用溶融塊の製造方法

【課題】 低融点無鉛フリットと着色剤とを溶融するのに坩堝を使用する必要が無く、無鉛絵具の量産化が容易で、作業者の熟練度に関係なく均質な絵具が得られ、採算性も良好で、着色剤の混合比率を大きくして濃色絵具を得ることができる方法を提供する。
【解決手段】 低融点の無鉛フリットと着色剤の粉末とを混合した後、混合粉末をプレス成形し、成形物を溶融させた後に冷却し、得られた固形物を粉砕し粉末化して無鉛絵具を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、紙、ガラスなどの基底材に絵画を描いたり陶磁器に加飾したりする際に使用される絵具を、低融点ガラス組成物(低融点フリット)、特に鉛を含まない低融点無鉛フリットと顔料等の着色剤とを原料として製造する無鉛絵具の製造方法、ならびに、粉砕して粉末化されることにより無鉛絵具が得られる溶融塊を製造する無鉛絵具用溶融塊の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
絵画や陶磁器などの美術工芸の分野においては、描画特性などに優れた絵具が広く一般に使用されている。この絵具は、低融点のフリットに天然鉱物顔料や金属酸化物を配合して製造される。この絵具の材料であるフリットとしては、従来、鉛を多く含んで低融点化させた有鉛フリットが一般的に使用されている。この有鉛フリットは、800℃以下の低温で溶融し、顔料や金属酸化物との馴染みも良く、装飾性にも優れる、といった特徴を有している。しかし、有鉛フリットを用いて製造された絵具は、環境汚染ガス、特に還元性を有する硫化水素ガスに対する耐候性・耐食性に関して問題がある。そこで、特に還元性ガスと反応して着色する鉛などの重金属を含まず、従来の有鉛絵具と同等の描画特性を有する無鉛絵具やその絵具の製造に用いられる低融点フリットが要望されており、そのための提案が種々なされている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
ところで、無鉛絵具は、従来、低融点の無鉛フリットと顔料等の着色剤の粉末とを混合し、その混合粉末を坩堝内に投入して、坩堝内で混合粉末を、例えば650℃〜900℃程度の温度で溶融させ熟成させた後に急冷する。そして、得られた固形物(溶融塊)を粉砕して粉末化することにより絵具が製造される。
【特許文献1】特開平10−167756号公報(第2−3頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のように、低融点無鉛フリットと着色剤との混合粉末を坩堝内で650℃〜900℃といったような比較的低い温度で溶融させたとき、有鉛フリットを材料としたものに比べて溶融物の粘度が非常に高くなる。このため、坩堝内からの溶融物の取り出しが困難となり、特に溶融物の量が多くなると、坩堝内からの取り出しはほとんど不可能になる、といった問題点がある。したがって、その問題点を解決しない限り、無鉛絵具の量産化は難しくなる。
【0005】
また、坩堝内からの溶融物の取り出しは、作業者が坩堝内の溶融物の粘度等の状態を観察しながら、適当であると感じたタイミングで行われ、溶融物を坩堝内から取り出すと直ちに急冷して溶融塊を作成するようにしていた。このため、作業者の熟練度によって、得られる溶融塊の状態に差を生じることとなる。この結果、絵具の色調にむらが発生する可能性が高くなり、製品の歩留まりが悪くなる、といった問題点がある。さらに、坩堝での溶融操作を行うごとに坩堝が劣化して再使用できなくなり、このために採算性が極めて悪い、といった問題点がある。
【0006】
また、従来のように、無鉛フリットと着色剤の粉末とを混合して坩堝内で溶融させる、といった方法では、顔料等の着色剤の配合割合を多くすると、顔料等の分散性が悪くなり、また粘度が著しく高くなる、といった問題点がある。このため、顔料等の着色剤の混合比率をある程度以上には大きくすることができず、濃色絵具を得ることが不可能であった。
【0007】
この発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、低融点無鉛フリットと着色剤とを溶融するのに坩堝を使用する必要が無く、このため、無鉛絵具の量産化が容易であり、作業者の熟練度に関係なく均質な絵具が得られて、製品の歩留まりを向上させることができ、採算性も良好で、顔料等の着色剤の混合比率を従来に比べて著しく大きくすることができ、かつ濃色絵具が得られる無鉛絵具の製造方法を提供すること、ならびに、そのような無鉛絵具の母材である無鉛絵具用溶融塊を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る発明は、低融点の無鉛フリットと着色剤とを混合して溶融させた後に冷却し、得られた固形物を粉砕して粉末化する無鉛絵具の製造方法において、低融点の無鉛フリットと着色剤の粉末とを混合した後、その混合粉末をプレス成形し、その加圧充填成形物を溶融させた後に冷却し、得られた固形物を粉砕し粉末化することを特徴とする。
【0009】
請求項2に係る発明は、請求項1記載の無鉛絵具の製造方法において、前記混合粉末を真空プレス成形することを特徴とする。
【0010】
請求項3に係る発明は、低融点の無鉛フリットと着色剤とを混合して溶融させた後に冷却する無鉛絵具用溶融塊の製造方法において、低融点の無鉛フリットと着色剤の粉末とを混合した後、その混合粉末をプレス成形し、その加圧充填成形物を溶融させた後に冷却することを特徴とする。
【0011】
請求項4に係る発明は、請求項3記載の無鉛絵具用溶融塊の製造方法において、前記混合粉末を真空プレス成形することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
請求項1に係る発明の製造方法を用いると、低融点無鉛フリットと着色剤との混合粉末をプレス成形した後、その成形物を溶融させるので、従来のように無鉛フリットと着色剤とを溶融するのに坩堝を使用する必要が無くなる。このため、無鉛絵具の量産化が容易となる。また、作業者の熟練度に関係なく均質な絵具が得られ、製品の歩留まりを向上させることができ、採算性も良好である。さらに、着色剤の混合比率を従来に比べて著しく大きくすることができるので、濃色絵具を得ることができる。
【0013】
請求項2に係る発明の製造方法では、無鉛フリットと着色剤とのより均一な成形物が得られる。
【0014】
請求項3に係る発明の製造方法を用いると、低融点無鉛フリットと着色剤との混合粉末をプレス成形した後、その成形物を溶融させるので、従来のように無鉛フリットと着色剤とを溶融するのに坩堝を使用する必要が無くなる。このため、無鉛絵具用溶融塊の量産化が容易となる。また、作業者の熟練度に関係なく均質な溶融塊が得られ、製品の歩留まりを向上させることができ、採算性も良好である。さらに、着色剤の混合比率を従来に比べて著しく大きくすることができるので、濃色絵具が得られる溶融塊を製造することができる。
【0015】
請求項4に係る発明の製造方法では、無鉛フリットと着色剤とのより均一な成形物が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、この発明の最良の実施形態について図面を参照しながら説明する。
無鉛絵具の母材である溶融塊は、低融点の無鉛フリットと着色剤の粉末とを調合し十分に混合する調合・混合工程と、無鉛フリットと着色剤との混合粉末を金型に入れてプレス成形する成形工程と、無鉛フリットと着色剤との成形物を加熱して溶融させ熟成させる工程と、溶融物を冷却して固形物とする冷却工程とを経ることにより製造される。そして、無鉛絵具は、溶融塊を粉砕して粉末化し分級することにより得られる。
【0017】
低融点の無鉛フリットは、鉛を含有せず、例えば650℃〜900℃程度の温度で溶融させることができるものであればどのような組成であってもよいが、以下に具体例を挙げて説明する。
無鉛フリットは、例えば、ガラスの網目を形成する酸化珪素(SiO)および酸化硼素(B)を含む硼珪酸系ガラス組成であって、網目を修飾するアルカリ金属やアルカリ土類金属の酸化物、すなわち酸化カリウム(KO)、酸化ナトリウム(NaO)および酸化リチウム(LiO)や酸化カルシウム(CaO)、酸化亜鉛(ZnO)および酸化マグネシウム(MgO)、ならびに中性酸化物の酸化アルミニウム(Al)を含有するほか、フッ素(F)を含有する。
【0018】
SiOは、45.0重量%〜65.0重量%配合される。Alは、絵具の化学的耐久性や耐候性を確保する成分であり、2.0重量%〜6.0重量%、望ましくは2.0重量%〜4.0重量%配合される。Bは、フリットの低融点化のための成分であり、11.0重量%〜35.0重量%配合される。また、Bの含有量は、SiOの含有量を1としたときにモル分率で0.1〜0.7の範囲内とされる。KO、NaOおよびLiOのアルカリ金属の酸化物は、フリットの低融点化のための成分であり、KO、NaOおよびLiOのうちの少なくとも1種を含有させる。そして、フリットの低融点化のために、KOの含有量が0.0〜4.0重量%で、NaOの含有量が0.0〜12.0重量%であり、LiOの含有量が0.0〜5.0重量%であって、KO、NaOおよびLiOの含有量の合計が5重量%〜20重量%、望ましくは15重量%以下となるようにする。アルカリ土類金属の酸化物のうち、ZnOは、フリットの低融点化のための成分であり、2.0重量%〜8.0重量%配合される。MgOは、絵具の化学的耐久性を向上させる作用があり、3.0重量%を上限として配合するようにしてもよい。また、CaOも、絵具の化学的耐久性を向上させるために、2.0重量%を上限として配合してもよい。そして、CaO、ZnOおよびMgOの含有量の合計は、2重量%〜13重量%、望ましくは10重量%以下となるようにする。Fは、フリットの低融点化のために、0.1重量%〜3.0重量%、望ましくは2.0重量%〜2.5重量%だけ配合される。フリットにFが含有されることにより、溶融温度が低下し化学的耐久性も向上する。
【0019】
低融点の無鉛フリットは、上記したようなガラス組成となるように原料を調合、混合した後に、混合物を1250℃〜1350℃の温度で溶融することにより製造される。そして、得られた固形物を粉砕し粉末化して得られるフリットを用いる。
【0020】
また、着色剤としては、一般的に使用されている金属酸化物や顔料を粉末化したものを用いる。そして、上記した低融点の無鉛フリットと着色剤の粉末とを調合し十分に混合する。その配合割合は、例えば無鉛フリット100重量部に対し顔料粉末や金属酸化物粉末0.1重量部〜50重量部とする。
【0021】
調合・混合工程に続いて、無鉛フリットと着色剤との混合粉末をプレス成形する。成形には、図1に示すような金型1a、1b、1cとプレス機(図示せず)などを使用する。そして、図1の(a)に示すように、無鉛フリットと着色剤との混合粉末2を円筒状金型1a内に入れて一対の円柱状金型1b、1c間に充填するが、このとき、成形物の保形性を良好にするために水分を添加する。添加する水分量は、例えば全量に対し0.1重量部〜20重量部程度、好ましくは5重量部程度とする。混合粉末2の充填後、図1の(b)に示すように、混合粉末2に対して一定時間圧力をかける。プレス圧力(成形圧)および加圧時間(成形時間)は、適宜それぞれ設定すればよいが、成形圧は0.1t/cm〜10t/cm、例えば0.25t/cm程度とし、成形時間は5秒〜20分、例えば90秒程度とする。また、得ようとする成形物(円盤状)の大きさは、扱い易い大きさとすればよく、例えば80mmφ×20mm程度とする。このような成形物が得られるように、金型1aの内径寸法を選定し、混合粉末2の充填量などを決定すればよい。なお、真空プレス機を使用して、金型1a、1b、1c内を真空吸引しながら、無鉛フリットと着色剤との混合粉末2をプレス成形するようにしてもよい。この場合には、より均一な成形物が得られる。
【0022】
無鉛フリットと着色剤との成形物3が得られると、その成形物3を金型1a、1b、1cから取り出す。そして、図2の(a)に示すように、成形物3を加熱炉4内に収容し、成形物3を加熱して溶融させ熟成させる。このときの焼成温度は、例えば650℃〜900℃程度とし、その際の保持時間は、例えば2分〜120分程度とする。焼成後、そのまま加熱炉4内で溶融物を冷却して固形物とする。これにより、図2の(b)に示すような形状の溶融塊(フリット・顔料焼結物)5が得られる。そして、無鉛絵具は、この溶融塊5を粉砕して粉末化し分級することにより得られる。
【実施例1】
【0023】
次に、この発明に係る製造方法を実施した具体例について説明する。
先ず、表1に示す組成の低融点の無鉛フリットと顔料の粉末とを調合し、振動ミルを使用して7時間混合操作を行った。顔料の粉末は、表2に示す8種のものについて、それぞれ含有比率が25重量%となるように調合した。この無鉛フリットと顔料との混合粉末の粒度分布を表3に示す。粒度の測定は、混合粉末に蒸留水を添加して、超音波照射等により粉末を十分に分散させた後に、レーザ回折式粒度分布測定装置((株)島津製作所製、SALD−2000A)を使用して行った。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
次に、無鉛フリットと顔料との混合粉末に5重量部の水分を添加し、混合粉末を金型(80mmφ×80mm)に入れて、油圧式一軸プレス機を使用し、0.25t/cmの成形圧で90秒間(成形時間)混合粉末をプレス成形した。そして、No.1、2の混合粉末については80mmφ×24mmの大きさ、No.3〜8の混合粉末については80mmφ×20mmの大きさの円盤状の成形物を得た。No.1〜8のいずれについても、外観上良好な加圧充填成形物が得られた。次に、加熱炉(アドバンテック東洋(株)製、KS−1500)を使用し、得られた成形物を780℃の温度で20分間、加熱して溶融させ熟成させた後、加熱炉内でそのまま溶融物を自然冷却して固形物を得た。No.1〜8のいずれについても、外観上良好な溶融塊が得られた。表4に、溶融塊の測色結果および比重を示す。表4中、Lは明度を、a、bはそれぞれ色度を、Wはハンター白度を示す。溶融塊の測色は、測色試験装置(日本電色(株)製、SQ−2000)を使用し、装置所定の標準板を用いて反射法により行った。また、測定は溶融塊ごとに3回ずつ行い、その平均値を算出して評価データとした。この結果、No.1〜8のいずれの呈色についても、目的とする内容を満足するものであった。また、得られた溶融塊を粉砕して顕微鏡観察を行った結果、ガラスマトリックス中の顔料の分散状態は良好であった。
【0028】
【表4】

【0029】
そして、得られた溶融塊を粉砕して粉末化し分級することにより、無鉛絵具を得た。得られた無鉛絵具の粉末に膠(にかわ)水を添加して混練し、得られた絵具ペーストを使用して日本画の手法で描画したところ、いずれについても安定した加飾、呈色結果を示した。また、この無鉛絵具の場合、顔料の含有比率が25重量%というように高いため、鉛を含有していなくても絵具の比重が大きく、このため、和紙に対する筆先の接触状態は安定していた。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】この発明に係る無鉛絵具の製造方法における1工程である混合粉末のプレス成形工程について説明するための概略断面図である。
【図2】同じく無鉛絵具の製造方法における1工程である成形物の溶融工程について説明するための図であって、(a)は、成形物を加熱炉内に収容した状態を示す概略断面図であり、(b)は、溶融工程で得られる溶融塊の1例を示す外観図である。
【符号の説明】
【0031】
1a、1b、1c 金型
2 低融点無鉛フリットと着色剤との混合粉末
3 低融点無鉛フリットと着色剤との成形物
4 加熱炉
5 無鉛絵具用溶融塊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低融点の無鉛フリットと着色剤とを混合して溶融させた後に冷却し、得られた固形物を粉砕して粉末化する無鉛絵具の製造方法において、
低融点の無鉛フリットと着色剤の粉末とを混合した後、その混合粉末をプレス成形し、その成形物を溶融させた後に冷却し、得られた固形物を粉砕し粉末化することを特徴とする無鉛絵具の製造方法。
【請求項2】
前記混合粉末を真空プレス成形する請求項1記載の無鉛絵具の製造方法。
【請求項3】
低融点の無鉛フリットと着色剤とを混合して溶融させた後に冷却する無鉛絵具用溶融塊の製造方法において、
低融点の無鉛フリットと着色剤の粉末とを混合した後、その混合粉末をプレス成形し、その成形物を溶融させた後に冷却することを特徴とする無鉛絵具用溶融塊の製造方法。
【請求項4】
前記混合粉末を真空プレス成形する請求項3記載の無鉛絵具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−248794(P2006−248794A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−63373(P2005−63373)
【出願日】平成17年3月8日(2005.3.8)
【出願人】(591097702)京都府 (19)
【出願人】(591092589)酒井硝子株式会社 (3)
【出願人】(503410579)ナカガワ胡粉絵具株式会社 (1)
【Fターム(参考)】