説明

無電解ニッケルめっき方法及び鉄鋼部材

【解決手段】鉄鋼材料表面に、水溶性ニッケル塩と、還元剤と、錯化剤としてNiに対する錯形成定数よりFeに対する錯形成定数が小さい錯化剤とを含有する無電解ニッケルめっき浴にて無電解ニッケルめっきする無電解ニッケルめっき方法。
【効果】本発明によれば、鉄鋼材料表面に、耐食性、耐摩耗性及び疲労強度の良好な無電解ニッケルめっき皮膜を形成することができ、チェーンブロック等に用いられるリンクチェーンなどの鉄鋼部材の表面に良好な耐食性、耐摩耗性及び疲労強度を与えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼材料表面に、耐食性、耐摩耗性及び疲労強度の良好な無電解ニッケルめっき皮膜を形成する無電解ニッケルめっき方法、及び表面に無電解ニッケルめっき皮膜を形成した鉄鋼部材に関する。
【背景技術】
【0002】
手動チェーンブロックや電動チェーンブロック等の揚重機、吊り具、コンベヤ等に使用されるリンクチェーンには耐食性向上のため亜鉛めっきが用いられることが多い。しかし、亜鉛めっき皮膜の場合、摺動部材(部分)においては、皮膜硬さが低く耐摩耗性が悪いという欠点を有している。
【0003】
一方、無電解ニッケルめっき皮膜の場合、耐食性及び皮膜硬さが硬いことによる耐摩耗性は良好であるが、疲労強度に関しては、元のリンクチェーンなどの鉄鋼材料よりも劣っている。無電解ニッケルめっき皮膜中のリンの含有率が低い方が、疲労強度の劣化が少ないことが知られている((社)日本材料学会,「材料」,第26巻,第281号,P164−171(非特許文献1)、(社)日本材料学会,「材料」,第24巻,第259号,P320−325(非特許文献2)参照)が、一般的にリンの含有率が低い無電解ニッケルめっき皮膜の方が、高い皮膜よりも耐食性が悪く、かつめっき浴のニッケル濃度を高くする必要があるためコストも高くなる。
【0004】
【特許文献1】特開昭63−293172号公報
【特許文献2】特開平9−317832号公報
【特許文献3】特公昭55−39621号公報
【特許文献4】特公昭51−24985号公報
【非特許文献1】(社)日本材料学会,「材料」,第26巻,第281号,P164−171
【非特許文献2】(社)日本材料学会,「材料」,第24巻,第259号,P320−325
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、鉄鋼材料表面に、耐食性、耐摩耗性及び疲労強度の良好な皮膜を形成する方法、及び表面に耐食性、耐摩耗性及び疲労強度の良好な皮膜を形成した鉄鋼部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記問題を解決するため鋭意検討を行なった結果、錯化剤としてNiに対する錯形成定数よりFeに対する錯形成定数が小さい錯化剤、特にグルタミン酸又はその化合物を含む無電解ニッケルめっき浴を用いることで、鉄鋼材料表面に、皮膜中のリンの含有率によらず耐食性及び耐摩耗性と共に、疲労強度も良好な無電解ニッケルめっき皮膜を形成でき、チェーンブロック等に用いられるリンクチェーンなどの耐食性、耐摩耗性及び疲労強度を要求される鉄鋼材料の表面処理として有効であることを見出し、本発明をなすに至った。
【0007】
即ち、本発明は、以下の無電解ニッケルめっき方法及び鉄鋼部材を提供する。
[1] 鉄鋼材料表面への無電解ニッケルめっき方法であって、水溶性ニッケル塩と、還元剤と、錯化剤としてNiに対する錯形成定数よりFeに対する錯形成定数が小さい錯化剤とを含有する無電解ニッケルめっき浴にて無電解ニッケルめっき皮膜を形成することを特徴とする無電解ニッケルめっき方法。
[2] 上記錯化剤がグルタミン酸又はその化合物であることを特徴とする[1]記載の無電解ニッケルめっき方法。
[3] 無電解ニッケルめっき皮膜中の硫黄含有量が0.01質量%以下であることを特徴とする[1]又は[2]記載の無電解ニッケルめっき方法。
[4] リンクチェーン表面への無電解ニッケルめっきであることを特徴とする[1]乃至[3]のいずれかに記載の無電解ニッケルめっき方法。
[5] 水溶性ニッケル塩と、還元剤と、錯化剤としてNiに対する錯形成定数よりFeに対する錯形成定数が小さい錯化剤とを含有する無電解ニッケルめっき浴にて無電解ニッケルめっきして、表面に無電解ニッケルめっき皮膜を形成したことを特徴とする鉄鋼部材。
[6] 上記錯化剤がグルタミン酸又はその化合物であることを特徴とする[5]記載の鉄鋼部材。
[7] 無電解ニッケルめっき皮膜中の硫黄含有量が0.01質量%以下であることを特徴とする[5]又は[6]記載の鉄鋼部材。
[8] リンクチェーンであることを特徴とする[5]乃至[7]のいずれかに記載の鉄鋼部材。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、鉄鋼材料表面に、耐食性、耐摩耗性及び疲労強度の良好な無電解ニッケルめっき皮膜を形成することができ、チェーンブロック等に用いられるリンクチェーンなどの鉄鋼部材の表面に良好な耐食性、耐摩耗性及び疲労強度を与えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について更に詳しく説明する。
本発明においては、水溶性ニッケル塩と、還元剤と、錯化剤としてNiに対する錯形成定数よりFeに対する錯形成定数が小さい錯化剤とを含有する無電解ニッケルめっき浴を用いて、無電解ニッケルめっきすることにより、鉄鋼材料表面に無電解ニッケルめっき皮膜を形成する。
【0010】
本発明の無電解ニッケルめっき浴に含まれる水溶性ニッケル塩としては、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、酢酸ニッケル等を用いることができ、めっき浴中の水溶性ニッケル塩の濃度は、ニッケル基準で2〜8g/L、特に4〜6g/Lであることが好ましい。
【0011】
還元剤としては、次亜リン酸及びその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩など)が好適であり、その場合、無電解ニッケルリンめっき浴となる。めっき浴中の還元剤の濃度は15〜45g/L、特に20〜30g/Lであることが好ましい。
【0012】
本発明の無電解ニッケルめっき浴には、錯化剤として、Niに対する錯形成定数よりFeに対する錯形成定数が小さい錯化剤が含まれる。このような錯化剤を配合することにより、形成される無電解ニッケルめっき皮膜の疲労強度を向上又は維持しつつ、無電解ニッケルめっき皮膜特有の耐食性及び耐摩耗性を鉄鋼材料表面に与えることができる。
【0013】
ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が大きい錯化剤は、素材である鉄を溶解し易いためにめっきが付き難くなるが、ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が小さい錯化剤は、素材である鉄を溶解し難くめっきが付き易い状態となっている(ニッケルが析出したところの鉄を掘らない)ため、密着性が良くなることで、疲労強度も良好となると考えられる。そのため、錯化剤として、ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が小さい錯化剤が有効である。
【0014】
ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が小さい錯化剤を無電解ニッケルめっき浴に使用すると、得られる皮膜の疲労強度が維持される又は疲労強度が向上する点において、特に有効であり、例えば、グルタミン酸、グリシン、マロン酸、アジピン酸、クエン酸、リンゴ酸又はそれらの化合物が好適であり、特にグルタミン酸又はその化合物が好適である。
【0015】
一方、ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が大きい錯化剤(例えば、乳酸、アスパラギン酸、コハク酸、酢酸又はそれらの化合物)、特に、鉄に対する錯形成定数が比較的大きい(例えば2以上)の錯化剤(例えば、乳酸、アスパラギン酸、コハク酸又はそれらの化合物)を無電解ニッケルめっき浴に使用すると、得られる皮膜の疲労強度が低下する点において、これらの単独使用は好ましくない。しかしながら、本発明の目的を損なわない程度であれば、前者のニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が小さい錯化剤と、後者のニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が大きい錯化剤とを併用してもよい。
【0016】
また、ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が小さい錯化剤は、めっき皮膜中のP(りん)共析量を下げる傾向があることから、必要に応じて、P共析量を上げる傾向のある錯化剤を併用することも有効である。本発明においては、各用途に適したP含有量を有するNi−P合金めっき皮膜を形成することが可能である。
【0017】
ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が小さい錯化剤と、ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が大きい錯化剤とを併用する場合、全錯化剤中、ニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が小さい錯化剤を50質量%以上、特に70質量%以上、とりわけ75質量%以上とすることが好ましい。
【0018】
上述した錯化剤の化合物としては、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩などの塩を挙げることができる。なおニッケルに対する錯形成定数より鉄に対する錯形成定数が小さい錯化剤のめっき浴中の濃度は10〜50g/L、特に15〜30g/Lであることが好ましい。
【0019】
本発明の無電解ニッケルめっき浴には、無電解ニッケルめっき浴の添加剤として公知の酢酸鉛等のPb化合物、酢酸ビスマス等のBi化合物などの無機化合物安定剤、ブチンジオール等の有機化合物安定剤、pH調整剤、pH緩衝剤、ピット防止剤、界面活性剤などの添加剤を、本発明の効果を損なわない程度に添加することができるが、有機硫黄化合物(炭素と硫黄を含む化合物)の濃度は0.001ppm(mg/L)以下であることが好ましく、有機硫黄化合物を含んでいないことが特に好ましい。有機硫黄化合物が無電解ニッケルめっき浴に含まれていると疲労強度が低下する傾向にある。この有機硫黄化合物以外の添加物の濃度は、通常0.0001〜30g/L、特に0.0002〜20g/Lである。
【0020】
本発明の無電解ニッケルめっき浴のpHは、通常4〜7、特に4.5〜6である。また、めっき処理の温度及び時間は、めっき速度及び形成するめっき皮膜の厚さによっても異なるが、めっき温度は、通常70〜95℃であり、めっき時間は、通常10〜30分程度である。
【0021】
本発明において形成する無電解めっき皮膜中の硫黄含有量は、0.01質量%以下、好ましくは0.005質量%以下であることが好ましい。
【0022】
本発明において、対象とする鉄鋼材料は、例えば純鉄、電解鉄、炭素鋼(低炭素鋼、高炭素鋼など)、合金鋼(低炭素ニッケルクロム合金鋼など)、超合金、リムド鋼、キャップド鋼、セミキルド鋼、キルド鋼などであるが、チェーンブロック等に用いられるリンクチェーンなどのように、使用中に表面に摺動による摩擦を受けるような鉄鋼部材の表面に良好な耐食性、耐摩耗性及び疲労強度を与えるから、本発明の無電解ニッケルめっき方法は、このような摺動部材、特にリンクチェーンの表面処理として好適である。
【0023】
鉄鋼材料の表面に形成する無電解ニッケルめっき皮膜中のリン含有量は、特に限定されず、本発明の無電解ニッケルめっき皮膜は、リンの含有率によらず耐食性及び耐摩耗性と共に、疲労強度が良好であるが、通常1.5〜13質量%、特に3〜10質量%程度の範囲である。また、無電解ニッケルめっき皮膜の膜厚は3〜30μm、特に5〜10μmが好適である。
【実施例】
【0024】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0025】
[実施例1〜4、比較例1〜4]
表1に示される組成の無電解ニッケルリンめっき浴を用い、浸炭処理を施して表面硬化層を形成した低炭素ニッケルクロム合金鋼のリンクチェーンの表面に、膜厚8μmの無電解ニッケルリンめっき皮膜を形成し、疲労強度を評価した。評価は、JIS B 8812:2004(チェーンブロック用リンクチェーン)の疲れ強さ試験に準拠して行った。結果を表1に示す。また、めっき皮膜中のリン含有量及びめっきの析出速度を表1に併記した。なお、めっきしていないチェーンの疲労強度は290N/mm2である。
【0026】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材料表面への無電解ニッケルめっき方法であって、水溶性ニッケル塩と、還元剤と、錯化剤としてNiに対する錯形成定数よりFeに対する錯形成定数が小さい錯化剤とを含有する無電解ニッケルめっき浴にて無電解ニッケルめっき皮膜を形成することを特徴とする無電解ニッケルめっき方法。
【請求項2】
上記錯化剤がグルタミン酸又はその化合物であることを特徴とする請求項1記載の無電解ニッケルめっき方法。
【請求項3】
無電解ニッケルめっき皮膜中の硫黄含有量が0.01質量%以下であることを特徴とする請求項1又は2記載の無電解ニッケルめっき方法。
【請求項4】
リンクチェーン表面への無電解ニッケルめっきであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の無電解ニッケルめっき方法。
【請求項5】
水溶性ニッケル塩と、還元剤と、錯化剤としてNiに対する錯形成定数よりFeに対する錯形成定数が小さい錯化剤とを含有する無電解ニッケルめっき浴にて無電解ニッケルめっきして、表面に無電解ニッケルめっき皮膜を形成したことを特徴とする鉄鋼部材。
【請求項6】
上記錯化剤がグルタミン酸又はその化合物であることを特徴とする請求項5記載の鉄鋼部材。
【請求項7】
無電解ニッケルめっき皮膜中の硫黄含有量が0.01質量%以下であることを特徴とする請求項5又は6記載の鉄鋼部材。
【請求項8】
リンクチェーンであることを特徴とする請求項5乃至7のいずれか1項記載の鉄鋼部材。

【公開番号】特開2008−248318(P2008−248318A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−90688(P2007−90688)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000189327)上村工業株式会社 (101)
【出願人】(000129367)株式会社キトー (101)
【Fターム(参考)】