説明

焼成鉛筆芯

【課題】上質紙や中質紙あるいはわら半紙など種々の紙質の相違にも関わらず、引っかかりの少ない、滑らかな書き味を有し、かつ芯折れがほとんどない焼成鉛筆芯を提供する。
【解決手段】黒鉛と樹脂、粘土などの結合材とを混練し、押出成形したのち600℃以上で焼成して、少なくとも黒鉛が構成されてなる焼成鉛筆芯であって、前記焼成鉛筆芯のX線回折による黒鉛の結晶構造として、(100)面および(110)面の菱面体構造の回折強度Iと、(100)面および(101)面の六方晶構造の回折強度Iとの回折強度比I/Iを0〜0.40とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芯折れがほとんどなく、紙質を選ばずに良好な筆記性能を有する焼成鉛筆芯に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉛筆やシャープペンシル用に用いられる焼成鉛筆芯は、黒鉛やカーボンブラックなどの体質材に粘土や樹脂などの結合材を用い、これを混練、押出成形して600℃以上の温度で焼成し、得られた焼成芯の気孔中に油脂類を含浸させて完成芯としている。ここで、通常の焼成鉛筆芯において素材の中心は黒鉛であり、その種類としては鱗片状、土状、鱗状などが挙げられ、着色材として黒色を呈すると同時に、滑らかな書き味をもたらす潤滑材としての役割も兼ね備えている。ところで、従来使用されている一般的な芯は、上質紙のように紙質が良好なものであればある程度滑らかな書き味を示すものの、紙質が粗くなって劣ってくると引っかかりやざらつきなどが避け難くなり、また紙質に関わらず滑りの良し悪しによって芯折れにも影響してくる。特に、シャープペンシル用芯の0.5mm、0.4mm、0.3mmのように直径が細くなるほど曲げ強度を高くしなければならないので、その分前記の傾向がより一層顕著となるのである。この問題は、芯の強度を担う粘土や樹脂から得られる炭素の量や種類、あるいは製造法などにも影響されるが、黒鉛自体も含有量が多いだけに大きな影響をもたらすのである。このような中で、性能向上をめざした黒鉛の種類としては例えば膨張化黒鉛、フッ化処理黒鉛、超扁平黒鉛あるいは黒鉛の不純物の規定などが検討されている(特許文献1参照)(特許文献2参照)(特許文献3参照)(特許文献4参照)。
【特許文献1】特開昭57−14666号公報
【特許文献2】特開平6−293874号公報
【特許文献3】特開平6−1941号公報
【特許文献4】特開平2−92973号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1,2,3においていずれの黒鉛を用いても、多少の曲げ強度の向上は認められるものの、逆に書き味などの筆記性能が劣化する傾向にあり、特に紙質によるざらつきや引っかかりなどの現象については、ほとんど解決されていない。また特許文献4は、黒鉛中の不純物を取り除いて摩擦係数の異常発生の低減を目的としたものであるが、書き味向上とは異なるものとなっている。以上、黒鉛としては曲げ強度や書き味を中心として諸性能を向上させるために種々試みられているが、結局現状では従来使用されてきた鱗片状等通常の黒鉛を用いているのが大勢である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
少なくとも黒鉛が構成されてなる焼成鉛筆芯であって、黒鉛のX線回折における菱面体構造の回折強度I=r(100)+r(110)と六方晶構造の回折強度I=h(100)+h(101)との回折強度比I/Iが0〜0.40であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明の焼成鉛筆芯は、きわめて滑らかな書き味を有し、筆記時の芯折れがほとんどなくなると共に、特に紙質が粗く表面状態の劣る紙上においてもざらつきや引っかかりが少なく、さらに芯の直径が細くなるほど前記特徴が顕著となるという良好な筆記性能を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の焼成鉛筆芯は、黒鉛の結晶構造中の菱面体構造部分が特定の範囲を有することを特徴とする。
【0007】
次に、本発明の焼成鉛筆芯について具体的に説明する。焼成鉛筆芯に構成されている黒鉛は、X線回折より得られる回折強度比I/I=(r(100)+r(110))/(h(100)+h(101))が0〜0.40であることを特徴とし、好ましくは0〜0.30、特には0〜0.25の範囲が好適である。ここで、I=r(100)+r(110)は(100)面、(110)面での菱面体構造の回折強度、I=h(100)+h(101)は(100)面、(101)面での六方晶構造の回折強度を示し、黒鉛の結晶構造中において、六方晶構造に対する菱面体構造の回折強度の比を示すI/Iが0〜0.40の時に、紙質を選ばずにざらつきや引っかかりのない良好な書き味を有する焼成鉛筆芯が得られるのである。回折強度比が0の時には(100)面と(110)面での菱面体構造は0であるため、筆記性能が最も好ましい状態となる。0.40以上になると、紙質の違いにより程度は異なるが、ざらつきや引っかかりが生じて芯折れも生じ易くなるなど筆記性能が劣化する。これは、芯の直径が細くなるほど顕著となる。
【0008】
上記の理由は定かではない。しかし、書き味に対する重要な要因の一つとして、黒鉛の結晶構造と層間剥離が考えられ、その結晶構造について着目すると、芯体中の黒鉛は六角網面の格子が積層され、その積層構造として六方晶構造および菱面体構造から構成されている。菱面体構造は、六方晶構造と比べ積層する炭素網面どうしの位置的なずれが小さく、格子間の層間力が強い。そのため、層間の剥離、滑りが六方晶構造よりも困難となり、結果として筆記した時の剥離がスムーズではなくなり、全体として書き味がざらついたり引っかかりが生じ、結果として折れ易くなるものと考えられ、特に紙面が粗くなるほど、その傾向が顕著に現れるのではないかと想定される。
【0009】
本発明の焼成鉛筆芯は、上記黒鉛以外に粘土あるいは樹脂を焼成して得られた炭素や黒鉛から構成され、粘土としてはカオリナイト、ハロイサイト、モンモリロナイト、ベントナイトなどの粘土鉱物が挙げられる。また製造時に結合材として用いられる樹脂としては従来公知のものが用いられ、例えばポリ塩化ビニル、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、フラン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂などの合成高分子物質や、リグニン、セルロース、トラガントガム、アラビアガムなどの天然高分子物質、石油アスファルト、コールタールピッチ、樹脂乾留ピッチなどのピッチ類などが挙げられる。
【0010】
上記材質以外に、他の体質材を添加してもよい。体質材としては、雲母、タルク、窒化硼素、カーボンブラックなどが挙げられる。また本発明に用いられる焼成鉛筆芯の気孔率は任意であるが、特には油脂類などを含浸して滑りを良くするために5〜40%の範囲が好ましい。5%以下では含浸の効果が得られず、40%以上では含浸量が多くなって書き味が重くなり易く、また曲げ強度も劣化する。なお油脂類としては、従来公知のものであればいずれを用いてもよく、例えばスピンドル油、流動パラフィン、シリコーンオイル、変性シリコーンオイルなどが挙げられるが、好ましくは変性シリコーンオイルが、特にはポリエーテル系の変性シリコーンオイルが好ましい。つまり、濃度向上効果が優れているため、曲げ強度が高くかつ濃度の濃い芯が得られるのである。
【0011】
本発明の焼成鉛筆芯の製造方法について述べると、着色材である黒鉛と結合材である樹脂あるいは粘土、および必要に応じてタルク、雲母などの体質材や、溶剤、可塑剤などを添加して混練、押出成形する。この押出芯を、窒素雰囲気などの非酸化雰囲気中にて概ね600℃以上の温度で焼成し、得られた焼成芯の気孔中に油脂類を含浸させて焼成鉛筆芯とする。
【0012】
この時原材料としての黒鉛は、その結晶構造において回折強度比I/Iが0.40以下であるように調製された黒鉛を使用する。つまり、黒鉛中の菱面体構造は黒鉛のへき開により多量に生ずるため、回折強度比I/Iが0.40以下となるように黒鉛の粉砕、微粒子化がある程度抑えられ、調製されたものを用いるか、あるいは黒鉛粉末を熱処理して菱面体構造を調整したものを用いる。粉砕や微粒子化が進むと、菱面体構造が増加して、やがて結晶構造が大きく変化し、芯としての性能は強度的には向上するものの、濃度が低下し、書き味などの筆記性能が大きく劣化してしまうのである。また芯を製造する時、ニーダーや三本ロールでの混練にも注意深く行う必要がある。例えば混合された材料を高い圧力で強力に長時間混練すると、黒鉛の分散性は良好となるものの、粉砕、微粒子化により黒鉛のへき開が促進されて菱面体構造の増加につながり、結果として押出性が良く、強度は高くなるが、硬く、書き味は劣化する。次に本発明の実施例及び比較例を示し、更に詳細に説明する。なお、「部」は「重量部」である。
【実施例1】
【0013】
黒鉛(I/Iを0.10に調製した鱗片状黒鉛) 60部
ポリ塩化ビニル 40部
メチルエチルケトン 100部
フタル酸ジオクチル 20部
上記成分を混練して混練物を作製し、この混練物を押出成形して押出芯を作製した後、アルゴンガス雰囲気中において昇温速度50℃/時間で1000℃まで昇温し、1000℃で2時間焼成して、直径0.38mmで、気孔率12%の焼成芯を得た。この焼成芯は、回折強度比I/Iが0.10の黒鉛と、ポリ塩化ビニルを焼成して得られた炭素とから構成され、この焼成芯の気孔中に変性シリコーンオイル(ポリエーテル系)を含浸させて焼成鉛筆芯とした。
【0014】
(比較例1)
実施例1の黒鉛の代わりに、従来使用していた回折強度比I/Iが0.45の鱗片状黒鉛を用いて、実施例1と同様の工程にて焼成鉛筆芯とした。
【0015】
(比較例2〜3)
市販されているA社およびB社製の呼び寸法0.3mmのシャープペンシル用芯をそれぞれ比較例2,3として、X線回折により黒鉛の結晶構造を測定したところ、回折強度比I/IはA社が0.90、B社が1.15となった。
【0016】
上記実施例1および比較例1、2、3について紙質による書き味、曲げ強度、硬度および芯折れ回数の比較を行った。紙質による書き味については、紙として上質紙、中質紙、わら半紙を用い、書き味は、実際に筆記した時の官能試験である。◎は引っかかりもなくきわめて滑らか、○は多少引っかかりがあるが滑らか、△は多少引っかかりがありややざらつく、×は引っかかりがありざらつくことを示す。曲げ強度(MPa)は、JIS−S6005に基づいて測定したものであり、硬度はHBを示す。芯折れ回数は、コクヨ製のキャンパスノート中横罫に漢字400文字を筆記した時の芯折れの回数を示したもので、10人にテストしてサンプル毎に折れた回数の平均値をとった。結果を表1に示す。なお、芯のX線回折強度比の測定は、黒鉛の結晶を変化させない程度に軽く粉砕して粒状としたものを測定サンプルとし、X線を照射して菱面体構造の(100)面と(110)面、および六方晶構造の(100)面と(101)面でのX線回折による積分強度の比を求めた。
【0017】
【表1】

【0018】
表1より明らかなように、本発明の焼成鉛筆芯は引っかかりがなく、書き味も滑らかで芯折れがほとんどないと共に、紙質の違いに関わらず、書き味の変化がなく、滑らかで安定した筆記性能を有するなど優れた特徴を有することがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0019】
芯折れがほとんどなく、紙質を選択せずに常に滑らかに筆記でき、芯の直径が細くなっても安定した使用が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも黒鉛が構成されてなる焼成鉛筆芯であって、黒鉛のX線回折における菱面体構造の回折強度I=r(100)+r(110)と六方晶構造の回折強度I=h(100)+h(101)との回折強度比I/Iが0〜0.40であることを特徴とする焼成鉛筆芯。

【公開番号】特開2006−265299(P2006−265299A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−82021(P2005−82021)
【出願日】平成17年3月22日(2005.3.22)
【出願人】(000111904)パイロットプレシジョン株式会社 (42)
【Fターム(参考)】