説明

熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法及び熱可塑性木質系バイオ材料

【課題】触媒等を用いず、環境に負担をかけない熱可塑性木質系バイオ材料を得ること。
【解決手段】木質系原料と溶媒とを高温高圧下で反応させることにより、前記木質系原料を加溶媒分解する工程を少なくとも行なう熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法とすることで、前記木質系原料を加溶媒分解することができ、これによって熱可塑製を付与することができ、その結果、環境に負担をかけない熱可塑性木質系バイオ材料を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法及び熱可塑性木質系バイオ材料に関する。より詳しくは、高温高圧でアルコール処理することで熱可塑性である木質系バイオ材料を製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子材料は種々の物理的性質や機械的性質等を発現させたりコントロールさせたりすることができる材料として幅広い分野で汎用されている。このようなものとして熱可塑性樹脂等が挙げられる。例えば、熱可塑性を有する合成樹脂等は、成形を自由に行うことができるものとして有用である。しかし、このような合成樹脂は化学物質を重合させたりすることで製造されるため環境には負担がかかる。また、触媒等を用いて重合させるため、触媒が物性に影響を与える場合も起こりえる。
【0003】
一方、工業等の分野をはじめ、近年では環境への負担について問題視されており、環境に優しい材料を用いることが望まれている。このような観点から、環境に優しい材料として木材や木粉等の木質系材料が挙げられる。
【0004】
しかし、木材等は熱可塑性を欠いており、自由に成形できない材料である。このため、材料としての利用範囲が制限されてしまうとともに、廃材や未利用材の木材を原料として利用する際にも障害となってきた。これに関しては、木材に熱可塑性を付与することができれば、熱可塑性樹脂と同様の利用が可能となり、その利用範囲を広げることができる。
【0005】
また、木材等の木質系原料では熱を加えても、熱流動する前に熱分解してしまうという問題もある。この問題を改善しようとする技術として、例えば、木材の化学修飾によって熱可塑性を付与する技術があげられる(例えば、非特許文献1,2等参照)。詳しくは、触媒を用いて木材の分子構造を化学修飾することで、熱可塑性を付与する技術等に関するものである。
【0006】
一方、発明者はこのような木質系材料に関する技術として、種々の一価アルキルアルコールを用いて高温高圧アルコール処理することで木質系バイオマスを液化させて液化燃料とする技術等を開発している(例えば、非特許文献3参照)。
【非特許文献1】David N.S. Hon, Shiraishi. N(eds), Wood and Cellulosic Chemistry(2nd ed.) 655-700(2001)。
【非特許文献2】原口隆英他編、木材新素材ハンドブック、第一章・第二章、技報堂出版(1996)。
【非特許文献3】Minami. E., Saka. S., J. Wood. Sci.49,73-78(2003)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、木材等に熱可塑性を付与する技術については、触媒や硫酸を木材に添加する必要があるため、環境に負担をかけてしまうという問題を抱えている。
【0008】
さらに、木粉を処理して熱可塑性樹脂と混合させて成形する技術なども行なわれているが、木粉自体に化学的修飾を加えるものではなく、本質的な解決とはいえない。
【0009】
そこで、本発明は、触媒などを用いず、環境に負担をかけない熱可塑性木質系バイオ材料を得ることを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決すべく、本願発明者は、木質系原料を熱可塑化する手法を鋭意研究し、木質バイオマス中に微量に存在する無機成分や、多糖とリグニン間などの成分間での相互作用が個々の成分単独での一次熱分解物組成を定量的に大きく変化させること等にも着目をした。そして、結晶性高分子であるセルロースがヘミセルロースやリグニンといった他の非晶成分と水素結合や共有結合によって複合することで、強固な結合を形成していることが原因であることをつきとめた。このような知見に基づいて、本願発明者は、液体燃料等を得るために加溶媒分解を行なう等といった発想を大きく転換し、加溶媒分解を用いて高温高圧下でアルキル化処理するという新規着想に基づいて、以下の本発明を完成させた。
【0011】
まず、本発明は、木質系原料と溶媒とを高温高圧下で反応させることにより、前記木質系原料を加溶媒分解する工程を少なくとも行なう熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法を提供する。
【0012】
木質系原料を加溶媒分解することで、熱可塑性木質系バイオ材料を得ることができる。
【0013】
本発明では、「木質系原料」とは、リグノセルロースを意味し、樹木等に由来するリグニンとセルロース、ヘミセルロースからなるあらゆる材料をいい、例えば、麦わら、稲わら、もみ殻、サトウキビのバガスや単子葉植物のアブラヤシの幹、茎葉や竹や針葉樹、広葉樹等が挙げられる。また、セルロースからのみなる綿繊維や、麻繊維でもかまわない。
【0014】
本発明で用いる溶媒は木質系原料を加溶媒分解できるものであればよく、好適には、嵩高い置換基を有するものであることが望ましく、例えば、アルキルアルコールや、グリセリン等が挙げられる。即ち、本発明によれば、前記溶媒としてアルキルアルコールを用いることができる。
【0015】
次に、本発明は、前記加溶媒分解により得られた反応物を加熱処理する工程を少なくとも行なう熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法を提供する。かかる工程を行うことで木質系原料から熱可塑性木質系バイオ材料を得ることができる。
【0016】
そして、本発明は、前記加溶媒分解する工程により得られた反応物から不溶残渣を取り出す工程と、前記不溶残渣を洗浄し、乾燥させることで固体物を得る工程とを少なくとも行なう熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法を提供する。かかる工程を行うことでも木質系原料から熱可塑性木質系バイオ材料を得ることができる。
【0017】
更に、本発明は、前記加溶媒分解工程により得られた反応物を、高沸点アルコールと相溶である溶媒に滴下し、固体を析出させる工程と、前記析出した固体を乾燥させて、前記溶媒と揮発性物質とを留去する工程と、を行なう熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法を提供する。かかる工程を行うことでも木質系原料から熱可塑性木質系バイオ材料を得ることができる。
【0018】
また、本発明は、前記固体沈殿を析出させる工程の前に、前記アルキル化工程により得られた反応物から残渣を除去する工程を行なう熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法を提供する。
【0019】
そして、本発明では、前記した製造方法によって得られる熱可塑性木質系バイオ材料を提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、触媒などを用いず、環境に負担をかけない熱可塑性木質系バイオ材料を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、添付図面に基づいて、本発明に係る製造方法の好適な形態例について説明する。なお、以下の説明は本発明に係わる代表的な実施の形態例の例示であり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0022】
図1は、本発明に係る熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法の基本的な概念図である。
【0023】
本発明では、少なくとも、木質系原料と溶媒とを高温高圧で反応させ、木質系原料を加溶媒分解する工程を行なう。この加溶媒分解工程によって得られる混合物を用いて種々の熱可塑性木質系バイオ材料とすることができる。このような熱可塑性木質系バイオ材料として、図1を例にあげれば、「混合試料」、「残渣試料」、「滴下沈殿試料」として得られるものが挙げられる。
【0024】
まず、木質系原料と溶媒とを反応させる加溶媒分解工程について説明する。本発明では、木質系原料と溶媒とを高温高圧下で反応させることで、木質系原料を加溶媒分解することができる。
【0025】
本発明で用いる溶媒は木質系原料を加溶媒分解できるものであればよく、好適には、嵩高い置換基を有するものであることが望ましく、例えば、高級アルキルアルコールや、グリセリン等が挙げられる。
【0026】
例えば、溶媒としてアルキルアルコールを用いた場合の作用メカニズムについては、高温、高圧状態でアルコールのイオン積が増大し、これによってセルロースリグニン成分等が加溶媒分解することを発明者らは明らかにしている。これにより木質成分にアルキル基が導入された熱可塑性の高分子が生成しているのではないかと予想される。
【0027】
本発明で用いるアルキルアルコールとは、前記木質系原料にアルキル基を導入できるものであればよく、アルキル基を有するアルコールを広く包含する。
【0028】
そして、本発明では、アルキルアルコール等によって導入する置換基はアルキル基に限定されず、嵩高い物であればよい。例えば、グリセリンの水酸基一個が関与して木材成分と反応して加溶媒分解し、それが、グリセリン部が木材成分に化学結合してぶらさがること等によってもよい。
【0029】
本発明で用いる木質系原料については、加溶媒分解可能な素材であればよく、その種類については特に限定されず、例えば、種々の樹種の木材や木粉等を用いることができるが、好適には、可溶化しやすい木粉状のもの等を用いることが望ましい。
【0030】
また、前記木質系原料については、加溶媒分解する前処理として、木質系原料を乾燥させる工程を行うことが望ましい。かかる前処理を行うことで、木質系原料中に含有される水分や不要な液体成分等を留去できるため望ましい。
【0031】
そして、前記木質系原料の形状や大きさ等については特に限定されないが、好適には、木粉等の微細粉体であることが望ましく、そのためには、例えば、スライスカッター等で粉砕する前処理を行うことが望ましい。このように微細粉体とすることで、溶媒との反応効率が向上させることができる。
【0032】
本発明で加溶媒分解工程で用いる溶媒については、使用する木質系原料にアルキル基を導入でき、これによって熱可塑性が付与されるものであればよく、その種類などについては特に限定されない。これに関しては、木質系原料に導入する置換基が嵩高く極性が低いものであるほうが、加溶媒分解された木質系原料は熱流動しやすくなることを発明者は見出している。また、木質系原料を加溶媒分解する反応としては、より速やかに原料を可溶化する溶媒であることが望ましい。
【0033】
本発明では、例えば、乾燥処理を施した木粉とアルキルアルコールとをバッチ型反応管等に封入して、高温高圧条件で処理することで加溶媒分解工程を容易に実施することができる。本発明において、加溶媒分解工程を行なう反応装置等については、反応を進行させ得るものであればよく、その装置構造等については特に限定されず、例えば、バッチ式反応器や、連続式槽型反応器、ピストンフロー型流通式反応器、塔型流通式反応器等を用いることができる。
【0034】
また、本発明では、この加溶媒分解する工程を行なう条件としては、高温高圧であればよく、好適には、温度250℃以上400℃未満、圧力2MPa以上50MPa以下であることが望ましい。その条件は使用する木質系原料や溶媒の種類や使用量等を考慮して決定することができるが、例えば、使用する溶媒の超臨界又は亜臨界条件下であってもよい。溶媒が超臨界条件となることで、反応をより効率よく促進させることができる。また、触媒等を必要とせずとも加溶媒分解を進行させることが可能な点でも望ましい。
【0035】
木質系原料を加溶媒分解する反応場として超臨界流体や亜臨界流体を用いることで、溶媒分子が気体分子と同程度の大きな分子運動エネルギーと、液体に匹敵する高い密度を与える兼ね備えた高活性な流体とすることができる。更に、溶媒を超臨界・亜臨界とすることで、加溶媒分解工程の化学反応の重要なパラメータであるイオン積が増大し、これによって加溶媒分解が進行する。さらに、溶媒がアルキルアルコールの場合には、アルコールの水素結合が解裂して誘電率が低減し、そのため疎水性で極性の低い物質をも可溶化し、反応が促進される。
【0036】
ここで、溶媒の「超臨界条件」とは、反応系内の温度が溶媒の臨界温度(Tc)以上であり、かつ圧力が溶媒の臨界圧力(Pc)以上の状態をいう。また、「亜臨界条件」とは、反応系内の温度が溶媒の沸点以上であり、かつ概ね150℃以上であり、圧力が反応温度における溶媒の蒸気圧以上であり、かつ概ね2.0MPa以上の状態をいう。
【0037】
溶媒の一例として、1価のアルキルアルコールの臨界温度(Tc)と臨界圧力(Pc)の一例について表1に示す。本発明において溶媒として使用するアルキルアルコールは使用する木質系原料の種類や物性等を考慮して適宜選択でき、例えば、1級アルコール、第2級アルコール、第3級アルコール等であってもよく、アルキル基の炭素数についても限定されないが、好適には、嵩高い1級アルコールであることが望ましく、更に好適には、1−オクタノールを使用することが望ましい。
【0038】
1−オクタノールを用いることで、幅広い種類の木質系原料を熱流動させやすくできるとともに、速やかに可溶化できる点で望ましい。反応条件によっても異なるが、1−オクタノールであれば約3分で木質系原料を可溶化させることができる。
【0039】
【表1】

【0040】
本発明において、前記加溶媒分解工程を行う反応条件については、本発明の効果を阻害しない範囲内で適宜好適な反応条件を選択することができ、熱可塑性木質系バイオ材料の使用目的や所望する物性等を考慮して、処理温度や処理時間を決定できる。より具体的には、アルキル基導入と木質系材料の分子量保持や分子量分布等のバランスを考慮することが望ましい。
【0041】
このようにして、木質系原料をアルコール処理したことで得られる反応物は、可溶部である液状成分と、不溶部である残渣成分とを含有している。このような反応物を用いることで熱可塑性木質系バイオ材料とすることができる。以下、これについて説明する。
【0042】
本発明では、前記加溶媒分解工程により得られた反応物を加熱処理することにより遊離の溶媒と揮発性物質を留去する工程を行なうことで熱可塑性木質系バイオ材料(以下、この工程により得られる材料を「混合試料」という。)を得ることができる。
【0043】
前記加溶媒分解工程により得られた反応物は、溶媒に可溶な部分と不溶残渣との混合物である。この混合物を加熱処理することで、混合物中に遊離している溶媒や揮発性物質等を揮発させることもできる。
【0044】
本発明では、前記混合物から溶媒や揮発性物質等を揮発させるための加熱処理手段については特に限定されず、公知の手法を用いることができるが、好適には、減圧蒸留した後にオイルバス等によって加熱処理する方法であることが望ましい。このように加熱処理することで液体成分を効率よく乾固させることができる。
【0045】
加熱処理する条件は、前記液体成分を乾固させることができ、かつ不要な熱分解等を引き起こなさない温度範囲であればよく、反応条件等にもよるが、例えば250℃〜400℃であれば、幅広い遊離溶媒や揮発性物質を効率よく留去できるため望ましい。
【0046】
このようにして、加溶媒分解工程により得られた反応物から、固体である混合材料を得ることができる。
【0047】
また、本発明では、前記加溶媒分解工程により得られた反応物から不溶残渣を取り出す工程と、前記不溶残渣を洗浄し、乾燥させて固体試料を得る工程とを行なうことで熱可塑性木質系バイオ材料(以下、この工程により得られる材料を「残渣試料」という。)を得ることもできる。
【0048】
まず、加溶媒分解工程により得られた反応物のうち、不溶残渣を取り出し分離する。本発明では、前記不溶残渣を反応物から取り出す分離手法については、特に限定されず、適宜好適な手法を採用できる。例えば、ろ過や、遠心分離や、ソックスレー抽出法や、デカンテーション等によって分離してもよい。
【0049】
このようにして得られた不溶残渣を洗浄して不純物等を洗った後、乾燥させることで固体である残渣試料として得ることができる。不溶残渣の洗浄溶媒の種類は特に限定されず、不溶残渣から不純物を洗い流せるものであればよいが、好適には、低沸点の有機溶媒であることが望ましく、例えば、エタノール等の低級アルコールを用いることが望ましい。
【0050】
本発明によれば、残渣試料にも所望の熱可塑性を付与できる。また、本発明によれば、必ずしも可溶化処理を必要せずとも木質系原料に熱可塑性を付与することができる。
【0051】
そして、本発明では、前記加溶媒分解工程により得られた反応物を、高沸点アルコールと可溶である溶媒に滴下し、固体沈殿を析出させる工程と、前記析出した固体沈殿を乾燥させて、前記溶媒と揮発性物質とを留去する工程とを行なうことで熱可塑性木質系バイオ材料(以下、この工程により得られる材料を「滴下沈殿試料」という。)を得ることもできる。
【0052】
まず、加溶媒分解工程により得られた反応物を、高沸点アルコールと不溶である溶媒に滴下して、固体成分を溶媒中に析出させる工程を行なう。この工程は、溶媒のなかでも高沸点のアルキルアルコールを効率よく除去することができる。
【0053】
本発明では、前記高沸点アルコールと相溶である溶媒の種類については特に限定されず、加溶媒分解工程で使用するアルキルアルコールのなかで高沸点のものと相溶である溶媒であればよく、例えば、炭化水素系溶媒等があげられるが、好適には、n−ヘキサンやシクロヘキサン等の炭化水素系溶媒であることが望ましい。かかる溶媒であれば、高沸点アルコールとの良溶媒として幅広く使用できる点で望ましい。
【0054】
このようにして、高沸点アルコールと相溶である溶媒に、前記反応物を滴下する手法等については、適宜公知の方法にて固体成分を析出させることができる。例えば、大過剰のn−ヘキサン溶媒中に可溶物・不溶物ともに滴下することで、n−ヘキサンに不溶である成分は固体成分として析出させることができる。一方で、大過剰の溶媒は、そのまま回収して液体燃料としても使用することができる。
【0055】
なお、前記加溶媒分解して得られた反応物を、混合物(溶媒に可溶な部分と、不溶残渣)のまま滴下した場合には、得られる滴下沈殿試料には、混合物中の不溶残渣もそのまま含まれうる。即ち、本発明にいう滴下沈殿試料には、かかる残渣試料も含まれる場合がある。
【0056】
そこで、本発明では、必要に応じ、前記固体沈殿を析出させる工程の前に、前記加溶媒分解により得られる反応物から不溶残渣を除去する工程を別途行なうこともできる。これにより、後に詳述する残渣試料とより明確に区別して製造すること等もできる。
【0057】
続いて、析出した固体を前記溶媒から取り出して乾燥させ、前記溶媒や他の揮発性物質等を留去する工程を行なうことで滴下沈殿試料を得ることができる。
【0058】
本発明において、析出した固体を前記溶媒から取り出す分離手法については、特に限定されず、適宜好適な手法を採用できる。例えば、ろ過や、遠心分離や、ソックスレー抽出法や、デカンテーション等によって分離してもよい。
【0059】
この滴下沈殿試料は、混合試料、残渣試料と比して最も効果的に木質系原料の可溶部を回収できるものと考えられる。即ち、滴下沈殿試料では、その製造工程中で、大過剰の貧溶媒に滴下するという、回収率が高い反応後の処理手法を採用しているからである。
【0060】
本発明により得られる固体状の「混合試料」、「残渣試料」、「滴下沈殿試料」については、いずれも熱可塑化が行われており、容易に熱圧成形することができる。例えば、各試料も、100℃以上の高温下でフロングラスシート等を用いて押圧することで容易に成形することができる。
【0061】
本発明では、木質系原料を加溶媒分解することで木質系原料に熱可塑性化を行うことができる。また、加溶媒分解工程により得られた反応物は、アルコール溶媒に可溶な部分と、不溶な部分とが混在している状態であるが、本発明では、これを適宜分離・処理することで混合試料、残渣試料、滴下沈殿試料を得ることができる。この混合試料、残渣試料、滴下沈殿試料はいずれも熱可塑性であり、所定量の木質系原料からより多くの固体状のバイオ材料が得ることができるため生産効率もよい。
【0062】
本発明では、混合試料、残渣試料、滴下沈殿試料ともに固体状の熱可塑性木質系バイオ材料として使用でき、これらを混合して使用することもできる。また、これら混合試料、残渣試料、滴下沈殿試料の製造に際しては加溶媒分解工程の条件や、その後の調製条件等を適宜好適なものとすることで、使用目的に応じた好適な固体材料として使用できる。
【0063】
また、本発明の木質系材料は、その使用に際して適宜添加物を混合して使用してもよい。例えば、充填剤や、寸法安定剤等である。
【0064】
本発明によれば、加溶媒分解工程を行うことで熱可塑性の木質系材料とすることができる。これによって、例えば熱可塑製(合成)樹脂等と同様の利用が可能となり、その利用範囲も大きく広げることができる。
【0065】
また、本発明によれば、無触媒でありバイオマス由来原料100%の熱可塑性材料とすることができ、かつバイオ材料として環境にも優しい素材である。また、アルキル化するための触媒等の添加物も不要であるため、このような不要な添加物による物性の影響もない。
【0066】
本発明の熱可塑性木質系バイオ材料は、種々の製品の材料として使用することはもちろん、固形燃料等としても有用に用いることができる。そして、熱可塑性であるため、適宜ペレット状やチップ状に加工することもできる。このように加工容易とすることは、製品成形においても有効であるだけでなく、材料供給の観点からも運搬容易とできる等の効果を発揮することができる。
【実施例】
【0067】
本発明の効果を検証するために、以下の試験を実施した。木質系原料として絶乾ベイスギ木粉を用い、溶媒として種々のアルキルアルコールを用いて加溶媒分解を行い、混合試料、滴下沈殿試料、残渣試料を製造し、これらの熱圧成形試験、熱機械試験を行った。
【0068】
<試料の調製>
・高温高圧アルコール処理
絶乾ベイスギ木粉1400mgとアルコール4.1mLを5mL容バッチ型反応缶に封入し、所定の処理温度および処理時間で高温高圧処理を行った。残渣のろ過には孔径20μmのメンブレンフィルターを使用した。これにより得られた混合物を以下の混合試料、滴下沈殿試料、残渣試料の調製に用いた。
・混合試料の調製
高温高圧処理により得られた木粉の溶媒可溶部と不溶残渣の混合体を減圧蒸留し、続いて、280℃オイルバスでの加熱処理に供し、遊離した溶媒や揮発性物質を揮発させて固体の試料を得た。これを混合試料として用いた。アルキルアルコールとしては、1−ブタノール、1−ヘキサノール、1−オクタノール、1−デカノールを用いた。
・残渣試料の調製
高温高圧処理により得られた処理物のうち不溶残渣をエタノールで洗浄し、乾燥させて固体の試料を得た。これを残渣試料として用いた。
・滴下沈殿試料の調製
高沸点であるアルコール溶媒を効果的に除去する目的で、得られた処理物を可溶部・不要残渣ともに大過剰のn−ヘキサンに滴下し、析出した固体を遠心分離によって回収した。回収した固体をドラフト内で一晩静置し、前記n−ヘキサンを十分に揮発させて固体の試料を得た。これを滴下沈殿試料として用いた。
【0069】
<実験>
得られた試料の溶融挙動を、顕微鏡用の冷却・加熱装置を装着した光学顕微鏡を用いて、10℃/分の昇温速度で400℃まで昇温させながら観察をした。また、試料をフロングラスシートではさみ、200℃で3秒ほど熱圧して、簡単な熱圧成形を試みた。熱圧した試料の加熱変形温度を調べるため、熱圧した試料の熱機械試験を行なった。また、試料の評価のために熱重量分析も行なった。
【0070】
<熱圧成形試験>
1−オクタノール350℃、3分処理の混合試料、残渣試料、滴下沈殿試料について熱圧成形についての評価を行った。その結果、混合試料、残渣試料、滴下沈殿試料のいずれも熱圧成形することができた。混合試料の熱圧前と熱圧後の状態を図2、図3にそれぞれ示す。残渣資料の熱圧前と熱圧後の状態を図4、図5にそれぞれ示す。滴下沈殿試料の熱圧前と熱圧後の状態を図6、図7にそれぞれ示す。
【0071】
また、これらの混合試料、残渣試料、滴下沈殿試料はいずれも、顕微鏡観察の結果、無処理木粉とは明らかに異なる軟化・溶融と考えられる挙動が観察された。以上のことから、高温高圧アルコール処理による木材の熱可塑化が行われたことが示唆された。
【0072】
<熱機械試験>
まず、1−オクタノール350℃、3分処理の混合試料と残渣試料について荷重200mgの場合の熱機械試験曲線の比較を行なった。その結果を図8に示す。いずれの試料も無処理木粉のものとは異なる鋭い落ち込みが認められたが、残渣試料の方が混合試料よりも更に鋭い落ち込みが認められた。このことは、混合処理が処理後280℃のオイルバスでの加熱処理に供せられているためと予想されるが、その理由については定かではない。以上のことから、不溶残渣にも何らかの熱可塑化がなされていることが示唆された。
【0073】
同様に、混合試料、残渣試料、滴下沈殿試料について荷重10mgの場合の熱機械試験曲線の比較を行った。その結果を図9に示す。いずれの試料も無処理木粉よりも更に鋭い落ち込みが認められた。また、残渣試料、滴下沈殿試料の方が、混合試料よりも更に鋭い落ち込みが認められたが、この場合も、混合処理が280℃のオイルバスでの加熱処理に供せられているためだと予想される。
【0074】
<滴下沈殿試料についての詳細な検討>
次に、滴下沈殿試料を用いて熱機械試験を行ない、滴下沈殿試料の加熱変形挙動に与えるアルキルアルコール溶媒の種類、処理時間、処理温度の効果について検討した。その結果をそれぞれ図10〜図15に示す。
【0075】
図10は、処理温度350℃、処理時間10分で種々のアルコールを用いた場合の熱機械試験結果の比較グラフである。アルコール不溶残渣と処理物のn−ヘキサン不溶残渣の重量百分率を図11に示す。
【0076】
図12は、処理時間3分、1−オクタノールを用いて処理温度を変化させた場合の熱機械試験結果の比較グラフである。アルコール不溶残渣と処理物のn−ヘキサン不溶残渣の重量百分率を図13に示す。
【0077】
図14は、処理温度350℃、1−オクタノールを用いて処理時間を変化させた場合の熱機械試験結果の比較グラフである。アルコール不溶残渣と処理物のn−ヘキサン不溶残渣の重量百分率を図15に示す。
【0078】
以上より、炭素数の大きいアルコールを用いた試料の方が、低い温度で熱軟化挙動を示した。また、処理温度を高く、処理時間が長い試料の方が熱機械試験で得られる曲線がより鋭い落ち込みを見せた。このような試料は残渣率も非常に低く、試料の分子量が落ち込んでいるものと予想される。
【0079】
本実施例によれば、本発明に係る熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法は、木質系材料に熱可塑性を付与できるとともに、固体材料として良好な熱機械特性を得ることができることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明に係る熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法は、循環型資源であるバイオマスの低環境負荷のバイオ材料等として各種製品の材料や燃料等として幅広い用途に使用でき、幅広い分野で用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明に係る熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法の基本的な概念図である。
【図2】本実施例で得られた混合試料について熱圧前の状態を示す図面代用写真である。
【図3】本実施例で得られた混合試料について熱圧後の状態を示す図面代用写真である。
【図4】本実施例で得られた残渣試料について熱圧前の状態を示す図面代用写真である。
【図5】本実施例で得られた残渣試料について熱圧後の状態を示す図面代用写真である。
【図6】本実施例で得られた滴下沈殿試料について熱圧前の状態を示す図面代用写真である。
【図7】本実施例で得られた滴下沈殿試料について熱圧後の状態を示す図面代用写真である。
【図8】混合試料と残渣試料の荷重200mgの熱機械試験のグラフである。
【図9】混合試料と残渣試料と滴下沈殿試料の荷重10mgの熱機械試験のグラフである。
【図10】実施例において種々のアルキルアルコールを用いた場合の各試料の熱機械試験の比較グラフである。
【図11】図10のアルコール不溶残渣とヘキサン不溶残渣の含有量を示す比較グラフである。
【図12】実施例において種々の処理条件で得られた各試料の熱機械試験の比較グラフである。
【図13】図12のアルコール不溶残渣とヘキサン不溶残渣の含有量を示すグラフである。
【図14】実施例において異なる処理条件で得られた各試料の熱機械試験の比較グラフである。
【図15】図14のアルコール不溶残渣とヘキサン不溶残渣の含有量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木質系原料と溶媒とを高温高圧下で反応させることにより、前記木質系原料を加溶媒分解する工程を少なくとも行なう熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法。
【請求項2】
前記溶媒は、アルキルアルコールであることを特徴とする請求項1記載の熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法。
【請求項3】
前記加溶媒分解により得られた反応物を加熱処理する工程を少なくとも行なうことを特徴とする請求項1記載の熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法。
【請求項4】
前記加溶媒分解する工程により得られた反応物から不溶残渣を取り出す工程と、
前記不溶残渣を洗浄し、乾燥させることで固体物を得る工程と、
を少なくとも行なうことを特徴とする請求項1記載の熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法。
【請求項5】
前記加溶媒分解する工程により得られた反応物を、高沸点アルコールと相溶である溶媒に滴下することで固体沈殿を析出させる工程と、
前記析出した固体沈殿を乾燥させることで、該固体に含まれている前記溶媒と揮発性物質とを留去する工程と、
を少なくとも行なうことを特徴とする請求項1記載の熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法。
【請求項6】
前記固体沈殿を析出させる工程の前に、前記加溶媒分解する工程により得られた反応物から残渣を除去する工程を行なうことを特徴とする請求項5記載の熱可塑性木質系バイオ材料の製造方法。
【請求項7】
請求項3記載の製造方法により得られる熱可塑性木質系バイオ材料。
【請求項8】
請求項4記載の製造方法により得られる熱可塑性木質系バイオ材料。
【請求項9】
請求項5記載の製造方法により得られる熱可塑性木質系バイオ材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2008−207144(P2008−207144A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−48512(P2007−48512)
【出願日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年8月30日 国立大学法人京都大学主催の「京都大学21世紀COEシンポジウム「The 3rd Internatonal Symposium on Sustainable Energy System(環境調和型エネルギーに関する第3回国際シンポジウム)」」に文書をもって発表
【出願人】(599006203)
【出願人】(000241485)豊田通商株式会社 (73)
【Fターム(参考)】