説明

熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸方法および加熱延伸装置

【課題】延伸機が緊急停止しても、加熱器を瞬時に退避させ、余熱がフィルムを加熱しないようにし、軟化した熱可塑性樹脂フィルムが加熱器および遮熱板に接触、融着、発火を防ぐことが可能な熱可塑性樹脂フィルム加熱延伸方法および加熱延伸装置を提供する。
【解決手段】熱可塑性樹脂フィルムを加熱器および延伸機により加熱延伸する工程において、延伸機が停止した際に、加熱器をフィルムから加熱器までの距離がフィルムの延伸距離の30%以上になるように退避させることを特徴とする熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱可塑性樹脂フィルムを加熱器および延伸機を用いて加熱延伸する工程において、延伸機の安全性および作業性を向上させるための加熱器を備えた熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸方法および加熱延伸装置に関するものである。具体的には、加熱器が退避することで、余熱によりフィルムが融点に達することを防止することができる熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸方法および加熱延伸装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
熱可塑性樹脂フィルムは、磁気記録媒体、感熱転写材、電気絶縁材料、離型材、包装材料などの用途に有効に用いられている。熱可塑性樹脂フィルムを製造する方法としては、押出機で溶融、濾過後、口金より吐出させキャスティングドラム上で冷却固化し、縦・横二方向に延伸したフィルムを一端弛緩させ、さらに縦・横方向に延伸する方法が一般的である(例えば、特許文献1〜4参照)。ここで、延伸に用いる延伸機は、複数本の回転するロールが設置してあり、キャスティングドラムで冷却固化された熱可塑性樹脂フィルムを低速な予熱ロールで搬送し、異なる温度を設定した予熱ロールから段階的に熱量を与え、ガラス転移点温度(Tg)近傍まで加熱した後、さらに温度の高い延伸ロールとその前後に設置した加熱器によってTg以上(ポリエステル:約80℃)まで加熱を行い、その後方に設置した高速で回転する冷却ロールでロール間の速度差を利用し、延伸、冷却を行う方法が知られている。また、加熱器には延伸機を緊急停止させたときに発生する加熱器の余熱によるフィルムへの加熱防止のために遮熱器を設置している(例えば、特許文献5参照)場合もある。
【0003】
熱可塑性樹脂フィルムの延伸機において、延伸機に供給する熱可塑性樹脂フィルムの膜厚が厚い場合、該フィルムの厚み方向への均一な加熱のためには、加熱器の出力アップと同時に延伸部においてフィルム両面に加熱器を設置することが必要となる。この場合、両面に容量アップした加熱器を設置した延伸機において、延伸機を停機する際、次のような課題があった。すなわち、延伸機が連続的に稼働している時には、供給した熱量は通過するフィルムにより吸収され、局所的な蓄熱は発生しないが、延伸機の停機時には、加熱器近傍の熱可塑性樹脂フィルムはその余熱によってフィルムが軟化し、さらには変形して加熱器に接触することで融着や、発火を生じることがあった。特に、設備、電気などの用役、品質上などの理由により、延伸機を緊急停止する場合に、この問題が顕著であった。
【0004】
それらを解消すべく縦延伸機を停止させる場合に遮熱板をフィルムと加熱器の間に挿入し加熱器からフィルムへの加熱を防止する方法では、フィルムが延伸部分で破断した場合にはフィルムが遮熱板に接触し、余熱により遮熱板に融着することがあったり、また、遮熱板に融着したフィルムの除去には時間がかかり、生産性を著しく悪化させていた。
【特許文献1】特公昭42−9270号公報
【特許文献2】特公昭43−3040号公報
【特許文献3】特公昭46−1119号公報
【特許文献4】特公昭46−1120号公報
【特許文献5】特開2002−361731号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はかかる従来技術の問題点の改善を目的とし、具体的には延伸機が緊急停止しても、加熱器を瞬時に退避させ、余熱でフィルムを加熱しないようにし、軟化した熱可塑性樹脂フィルムが加熱器および遮熱板に接触、融着、発火を防ぐことが可能な熱可塑性樹脂フィルム加熱延伸方法および加熱延伸装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。すなわち、
(1)熱可塑性樹脂フィルムを加熱器および延伸機により加熱延伸する工程において、
延伸機が停止した際に、加熱器をフィルムから加熱器までの距離がフィルムの延伸距離の30%以上になるように退避させることを特徴とする、熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸方法。
【0007】
(2)加熱器を10秒以内に退避させることを特徴とする、前記(1)に記載の熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸方法。
【0008】
(3)熱可塑性樹脂フィルムを加熱器および延伸機により加熱延伸する装置において、
加熱器をフィルムから加熱器までの距離がフィルムの延伸距離の30%以上になるように退避させる手段を備えたことを特徴とする、熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸装置。
【0009】
(4)前記加熱器が退避した際に、加熱器表面を覆う遮熱板を設けたことを特徴とする、前記(3)に記載の熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、加熱器を退避させることにより、延伸機が停止した場合にフィルムの軟化、溶融、融着、発火の危険性が回避できる。さらに熱可塑性樹脂フィルムが延伸部分で破断した場合でも同様な効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に使用する熱可塑性樹脂としては特に制限がないが、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリフェニレンサルファイドなどを使用することができる。
【0012】
本発明に使用する熱可塑性樹脂フィルムは、延伸フィルムである。延伸フィルムとすることで、フィルムの耐熱性や強度を向上させることができる。延伸方向は特に限定されず、例えば、縦方向(フィルム巻き取り方向)または横方向の1軸延伸、縦横2軸延伸など、任意の方法を用いることができる。
【0013】
本発明においては、退避型加熱器を用いるものであり、この退避型加熱器は、フィルムを連続的に加熱延伸する工程に設けられる。該加熱延伸する工程に退避型加熱器を設けることにより、延伸機が停止した際の樹脂融着などのトラブルを未然に防止することができる。
【0014】
本発明において延伸機停止後加熱器からの熱を遮断するために、加熱器には退避機構を設けており、かつフィルムの破断などによりフィルムが退避した加熱器に接触しないようにするために、加熱器には加熱器表面を覆うような遮熱板を有する。遮熱板は不燃性の材料からなる板であり、例えば、金属、セラミックス、グラスファイバーなどで構成され、さらには、1〜3mm程度の厚さを有するステンレス(SUS)板などが好ましく適用できる。
【0015】
次に本発明の加熱器の好ましい態様を図面に基づいて説明するが、本発明は本態様に限定されるものではない。
【0016】
図1は、本発明に係る延伸機延伸部でフィルムを加熱器で加熱中の加熱延伸装置の側面図であり、図2は加熱器が退避したときの加熱延伸装置の側面図である。
【0017】
まず、図1に示す装置により延伸機延伸部の基本構造を説明する。キャストドラム(図示せず)にて冷却固化されたフィルム1を、低速の予熱ロール2にてTg近傍まで加熱し、さらに温度の高い延伸ロール3とその上下に設置した高出力の加熱器4によってTg以上まで加熱を行い、延伸ニップロール5と延伸ロール3によってロール上の滑りを防止することで、その後方に設置した高速で回転する冷却ロール6とのロール間速度差を利用し、延伸、冷却を行う。
【0018】
次に、本発明に用いる退避型加熱器の構造について図1に基づいて説明する。
【0019】
延伸機の停止後、電磁弁7によって、エアー元配管8より供給されている圧縮空気をエアー配管9を介しアクチュエータ10へ送り込むことにより、スライドレール11が下降して退避するとともに、スライドレール上部に固定している加熱器4も下降して退避する。さらに、加熱器が退避後に電磁弁12によってエアー元配管13より供給されている圧縮空気をエアー配管14を介しアクチュエータ15へ送り込むことにより遮熱板16が加熱器を覆うようにフィルムと加熱器を遮断する位置まで遮熱板16を移動させる。
【0020】
また、L1は加熱器表面からフィルムまでの距離を示す。
【0021】
L3は延伸ロール3と冷却ロール6とのロール間軸心距離(つまりL3は延伸距離)を示す。
【0022】
図2では延伸機停止後に加熱器が退避した状態を示し、L2は加熱器が退避した場合の加熱器表面からフィルムまでの距離を示す。また、遮熱板16が加熱器4の表面を覆った状態を示す。
【0023】
本発明において、加熱器の退避は、延伸機が停止した直後に退避させることが好ましく、特に縦延伸機が停止した場合は、アクチュエータ例えばエアーシリンダーによる駆動装置を使用し、延伸機停止後10秒以内に退避することが好ましい。より好ましくは延伸機停止後1秒以内である。延伸機停止後の退避に10秒よりも長い時間を要した場合は、フィルムが加熱器の余熱により加熱、変形し、加熱器にフィルムが接触、融着することにより、加熱器が破損することがある。また退避に要する時間は短いほど良いが、退避に要する時間が短い場合は、退避速度が速くなるため、停止するときに停止の衝撃で加熱器が破損することがある。そのため退避時間は0.6秒以上にするのが好ましい。
【0024】
加熱中の加熱器表面からフィルムまでの距離L1は20mmから50mmが好ましい。そして、退避後の加熱器表面からフィルムまでの距離L2は、フィルムの延伸距離L3の30%以上とすることが重要である。L2がL3の30%以上の距離であれば、フィルムが破断した場合でもフィルムが遮熱板に接触することがなく、遮熱板にフィルムが融着することがない。またL2がL3の30%未満の距離では、フィルムと遮熱板が接触する可能性が高く、その場合には遮熱板にフィルムが融着することがある。
【0025】
本発明においては、延伸機が停止して加熱器が退避した際に、加熱器表面からフィルムまでの距離L2が、フィルムの延伸距離L3の30%以上であることが重要であるが、より好ましくは、L2がL3の60%以上100%以下の場合である。
【0026】
またL3の好ましい距離は300mm〜500mmであり、そのためL2はこのL3値の30%以上であることが好ましく、さらに好ましくはこのL3値の60%以上100%以下の距離である。なおL2の好ましい具体的な長さは300mm程度であり、加熱器をこの程度退避すればフィルムが遮熱板に接触することはない。これ以上でも機能的には問題ないが、設備コストが高くなり実用的ではないことがある。
【0027】
また、遮熱板のフィルムに面した表面温度は、遮熱板の材質、熱容量、熱伝達率など、遮熱板の物性を選択することにより遮熱開始後0〜1000秒の間、前記熱可塑性樹脂の融点以下であることが好ましく、より好ましくは常温から約50℃であり、これは人が接触した時にも安全に作業できる温度である。
【0028】
本発明に使用する加熱器の出力は、3〜30kw/mであることが好ましく、より好ましくは10〜30kw/mである。加熱器の出力を規定することにより、加熱器退避による遮熱をより効果的なものにすることができる。
【0029】
また、延伸部の加熱器は、フィルムの片面に設置してもフィルムの両面に設置しても構わないが、加熱器をフィルム両面に設置していることが好ましい。フィルム両面に加熱器があることにより、フィルムへの加熱がより均一なものとなり、同時に本発明の退避型加熱器による遮熱効果も安定かつ均一となりやすくなる。フィルムの両面に設置されたいずれの加熱器も延伸機の停止の際に退避するようになっていることが好ましい。
【実施例】
【0030】
(実施例1)
この発明の実施例を図1に基づいて説明する。熱可塑性樹脂としてはポリエチレンテレフタレートを用い、延伸する前のフィルム厚みは3mmのものを用いた。予熱ロール2は、ハードクロム製とし、周速は8m/minとした。
【0031】
フィルム1は、予熱ロール2によってガラス転移点近傍まで加熱され、同速度で回転するセラミックス製延伸ロール3とシリコンゴム製延伸ニップロール5でフィルムを把持し、冷却ロール6はこれよりも速い速度24m/minで回転させた。すなわち、延伸は縦延伸のみで行った。
【0032】
加熱器4は、出力12kw/m、表面温度が約700℃のものを使用した。延伸距離L3は300mmとし、フィルムと加熱器までの距離L1を25mmとした。退避後のフィルムから加熱器までの距離L2は300mmとした。
【0033】
遮熱板は、ステンレス製で厚さ2mmのものを使用し、作動後はフィルムに対し加熱器の全部を覆うように配置した。
【0034】
延伸機を緊急停止し、加熱器の退避をそのタイミングに同調させ、0.9秒後には退避および遮熱板の動作を完了させた。フィルムに面した遮熱板表面の最高温度は150℃であり、フィルムに垂れ下がりは発生しなかった。また、フィルムが発火することもなかった。
【0035】
(実施例2)
実施例1において、フィルム厚みは1.2mmのものを用いた。
【0036】
予熱ロール2はハードクロム製とし、周速は20m/minとした。
【0037】
フィルム1は、予熱ロール2によってガラス転移点近傍まで加熱され、同速度で回転するセラミックス製延伸ロール3とシリコンゴム製延伸ニップロール5でフィルムを把持し、冷却ロール6はこれよりも速い速度60m/minで回転した。すなわち、延伸は縦延伸のみで行った。
【0038】
加熱器4は、出力13kw/m、表面温度が約700℃のものを使用した。延伸距離L3は300mmとし、フィルムと加熱器までの距離L1を25mmとした。退避後のフィルムから加熱器までの距離L2は300mmとした。
【0039】
遮熱板は、ステンレス製で厚さ2mmのものを使用し、作動後はフィルムに対し加熱器の全部を覆うように配置した。
【0040】
延伸機を緊急停止し、加熱器の退避をそのタイミングに同調させ、0.9秒後には退避および遮熱板の動作を完了させた。この時にフィルムが延伸区間で破断した。フィルムに面した遮熱板表面の最高温度は150℃であり、フィルムの破断による垂れ下がりが発生したが、加熱器は退避していたので、フィルムが加熱器および遮蔽板に接することがなく、発火することもなかった。
【0041】
(比較例1)
実施例1において、加熱器を退避させずに、かつ遮熱板を挿入させずに延伸機を停止した。その結果フィルムが軟化、自重にて垂れ下がり加熱器と接触することにより発火した。
【0042】
(比較例2)
実施例2において加熱器を退避させずに遮熱板のみを使用した。その結果フィルムが遮熱板表面に接触、部分的ではあったがフィルムが垂れ下がり遮熱板に融着した。またそれを取り除くのに数時間を要した。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明に係る延伸機延伸部でフィルムを加熱器で加熱中の加熱延伸装置の側面図である。
【図2】加熱器が退避した時の加熱延伸装置の側面図である。
【符号の説明】
【0044】
1:フィルム
2:予熱ロール
3:延伸ロール
4:加熱器
5:延伸ニップロール
6:冷却ロール
7:電磁弁
8:エアー元配管
9:エアー配管
10:アクチュエータ
11:スライドレール
12:電磁弁
13:エアー元配管
14:エアー配管
15:アクチュエータ
16:遮熱板
L1:加熱器表面からフィルムまでの距離
L2:加熱器が退避した時の加熱器表面からフィルムまでの距離
L3:延伸距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂フィルムを加熱器および延伸機により加熱延伸する工程において、
延伸機が停止した際に、加熱器をフィルムから加熱器までの距離がフィルムの延伸距離の30%以上になるように退避させることを特徴とする、熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸方法。
【請求項2】
加熱器を10秒以内に退避させることを特徴とする、請求項1に記載の熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸方法。
【請求項3】
熱可塑性樹脂フィルムを加熱器および延伸機により加熱延伸する装置において、
加熱器をフィルムから加熱器までの距離がフィルムの延伸距離の30%以上になるように退避させる手段を備えたことを特徴とする、熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸装置。
【請求項4】
前記加熱器が退避した際に、加熱器表面を覆う遮熱板を設けたことを特徴とする、請求項3に記載の熱可塑性樹脂フィルムの加熱延伸装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−132123(P2009−132123A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−312007(P2007−312007)
【出願日】平成19年12月3日(2007.12.3)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】