説明

熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置

【課題】熱可塑性繊維の巻取機への糸掛けにおいて、糸掛け性を大幅に向上させ、大きな設備投資を必要とせず、より低コストな熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置を提供する。
【解決手段】巻取速度3500m/min以上の速度で回転するボビンに糸条繊度が33デシテックス以下である熱可塑性繊維を巻取る巻取機の糸掛け装置であって、複数糸条を同時に吸引装置で吸引しながら、糸道規制ガイドとその直下に設けた方向転換ガイドから構成される糸掛けガイドにより、ボビンの糸把持部へ誘導し、糸掛けを行うように構成したことを特徴とする熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸条繊度が33デシテックス以下である一般に細繊度である熱可塑性繊維を、巻取機に複数糸条を同時に糸掛けする際に用いる糸掛け装置に関する。
【0002】
更に詳しくは、吸引装置で複数糸条を吸引しながら糸掛けガイドに誘導し、糸掛けを行う際に、各糸掛けガイドと糸条の擦過により張力損失および張力ばらつきを低減し、糸掛け性を高めることができる、巻取機の糸掛け装置に関するものである。
【背景技術】
【0003】
近年、ファッション性を求める若者が増え、ストッキング、ダウンジャケット、インナーなど薄地織編物を用いた繊維製品の需要が高まっている。そのため、どの分野においても急速に使用する糸条の細繊度化が進行している。
【0004】
そうした背景により、熱可塑性繊維の紡糸装置においても細繊度化に対応することのできるオールマイティな巻取機の開発が要請されてきた。
【0005】
特に、紡糸工程中、巻取工程においては、一般に、ボビンへの糸掛けは糸条吸引装置で複数糸条を吸引しながら糸掛けガイドに誘導して糸掛けを行う。その際、複数の糸条を糸掛けする際の張力(以下、「糸掛け張力」と称する)が糸掛け性に大きく影響する。この糸掛け張力は、糸条に対して適正範囲より高いと糸条とガイドとの擦過による糸掛け張力損失の影響が大きく、適正範囲より小さいと前工程の延伸ローラーなどに糸条が巻き取られ、それぞれ糸切れに繋がるといった問題があった。
【0006】
従来の巻取機の糸掛け装置は、複数糸条を吸引装置で吸引しながら糸掛けガイドに誘導するようにし、糸掛けを行う際に用いる該糸掛けガイドは、糸道規制ガイドのみで構成されるものが広く知られている。しかし、この糸掛け装置では、複数糸条の糸掛けの際に、各糸条間の糸道規制ガイドと吸引装置との屈曲差で吸引張力にばらつきが生じ、擦過抵抗の増大で吸引張力が増加した糸条は、糸掛け時の糸掛け張力が低下し、ボビンの糸把持部に糸条を接触させたときに糸条が把持しきれず前工程の延伸ローラーなどに糸条がとられ、糸切れに繋がるといった懸念がある。
【0007】
また、別のアプローチとして、糸把持用部材を挟むようにその一方側に糸条トラバース方向に往復運動可能な糸ガイドを他方側に該糸ガイドに連動して糸条を遅延開放する稼働ガイドを設け、糸掛け時にボビン側に突出した稼働ガイドと糸把持部材の前面位置に移動した糸ガイドを後退して糸条を糸把持部材の把持部に誘導する装置が提案されている(特許文献1)。
【0008】
しかし、糸条と糸道ガイドとの接糸部分が長く、張力損失の影響から特に33デシテックス以下の細繊度糸条などの、糸掛け条件がデリケートな糸条では切替成功率が低下するとの懸念があり、適用が難しい。また、この機構は糸道が平面的な方向転換しかなく、単糸条の糸掛けには適するが、糸道の方向転換に立体的な要素を必要とする複数糸条の糸掛けには、張力損失に対する考慮がなされていないため適していない。
【0009】
また、装置による糸掛け性の改善方法として、溶融紡出した繊維糸条に水エマルジョン系油剤を付与し、圧空による交絡装置で交絡処理を付与し、ゴデットローラーに引き取ったあと、3000m/min以上で回転するボビンに巻取り、ボビンへ糸掛けする際、前記交絡装置へ供給する圧空の圧力を通常巻取時に供給する圧空圧力の50%以下まで低減させた後に糸掛けする糸掛け方法が提案されている(特許文献2)。
【0010】
しかし、この糸掛け方法においては、複数糸条の糸掛けに効果が見込めるものの、この方法は33デシテックス以下の細繊度糸条など、糸掛け条件がデリケートな糸条への糸掛けにおいて張力損失への考慮は成されておらず、やはり更なる改善が必要となる。さらに、該装置を適用する場合には大幅な設備改造が必要となりコスト面において不利となる。
【特許文献1】特開平6−107375号公報
【特許文献2】特開平6−341011号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、糸条繊度が33デシテックス以下である熱可塑性繊維を、巻取機に複数糸条を糸掛けする際に用いる糸掛け装置において、上述した問題を解決し、糸掛け性を大幅に向上させる装置を、大きな設備投資を必要とせずにより低コストで提供することにある。すなわち、より具体的には、本発明の目的は、糸条繊度が33デシテックス以下である熱可塑性繊維を、巻取機に複数糸条を糸掛けする際に用いる糸掛け装置において、吸引装置にて糸条を吸引しながら糸道案内ガイドに誘導し、糸掛けを行う際に、糸掛けガイドとの擦過で生じる吸引張力ばらつきを低減し、糸掛け失敗を減少させることができ、また、それによって失敗による糸屑の発生を低減、糸掛け作業時間の短縮化および作業効率向上に貢献することができる巻取機の糸掛け装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の巻取機の糸掛け装置は、前記した課題を解決するため、以下の(1)の構成からなるものである。
(1)巻取速度3500m/min以上の速度で回転するボビンに糸条繊度が33デシテックス以下である熱可塑性繊維を巻取る巻取機の糸掛け装置であって、複数糸条を同時に吸引装置で吸引しながら、糸道規制ガイドとその直下に設けた方向転換ガイドから構成される糸掛けガイドにより、ボビンの糸把持部へ誘導し、糸掛けを行うように構成したことを特徴とする熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置。
【0013】
また、かかる本発明による熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置において、より具体的構成として好ましいのは、以下の(2)または(3)の構成からなるものである。
(2)吸引装置で複数糸条を吸引しながら、該複数糸条を糸掛けする際の糸条間の張力ばらつきが、張力平均値に対して0〜10%であることを特徴とする上記(1)記載の熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置。
(3)前記糸掛けガイドを構成する前記方向転換ガイドが、表面に梨地または溝付き加工が施されたセパレートローラー、または、表面に溝付き加工が施されたリングガイドからなることを特徴とする上記(1)または(2)記載の熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来の巻取機の糸掛け装置に付随する問題点、すなわち、糸条繊度が33デシテックス以下の複数糸条を同時に糸掛けを行う際に生じる糸掛け失敗を、特に、各糸掛けガイドと糸条の擦過により生じる張力損失および張力ばらつきを低減させることにより解決することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の構成についてさらに詳細に説明する。
【0016】
本発明の熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置は、巻取速度3500m/min以上の速度で回転するボビンに糸条繊度が33デシテックス以下である熱可塑性繊維を巻取る巻取機の糸掛け装置であって、複数糸条を同時に吸引装置で吸引しながら、糸道規制ガイドとその直下に設けた方向転換ガイドから構成される糸掛けガイドにより、ボビンの糸把持部へ誘導し、糸掛けを行うように構成したことを特徴とするものである。
【0017】
本発明における熱可塑性繊維とは、熱可塑性を有するポリマーからなる繊維であれば特に限定はされないが、例えば、ポリエステル、ポリアミド、ポリ乳酸、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリプロピレンなどの繊維が該当する。好ましくは、ポリエステル、ポリアミド、ポリ乳酸、ポリプロピレンである。
【0018】
また、熱可塑性繊維には、各種の添加剤を含んでもよい。該添加剤としては、例えば、マンガン化合物等の安定剤、酸化チタン等の着色剤(艶消剤)、可塑剤、難燃剤、導電性付与剤、繊維状強化剤等である。また、ポリマーの性質が損なわれない範囲で他の成分が共重合などされていてもよい。
【0019】
本発明における吸引装置とは、熱可塑性繊維糸条を延伸ローラーなどの工程および糸道ガイド、糸掛け装置などへ誘導するために、一定の水圧や空気圧などを用いて高速で紡糸されてくる糸条を吸引しながら引き回すことができる装置であり、該当する装置として、所謂サクションガンなどが広く知られ、吸引に用いられる圧力源により、一般に、繊維業界において、ウォーターサクションガン、あるいはエアーサクションガンと称されているものである。
【0020】
図1は、本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の一例を示す正面概略モデル図である。
【0021】
図2は、本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の一例を示す側面概略モデル図である。
【0022】
図3は、本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の一例を示す上面概略モデル図である。
【0023】
図4は、本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の一例からなる作動状態を表す正面モデル概略図である。
【0024】
なお、装置の形態はこれらに限られるものではなく、吸引装置で糸条を吸引しながら糸掛けガイドを介してボビンへ糸掛けを行う装置であれば、本発明を採用することができる。
【0025】
以下、図1〜図4に基づき、本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置・糸掛け機構の一例について説明する。
【0026】
図1に示したように、糸掛けを行う際の走行糸条Yの位置は、例えばサクションガンなどの吸引装置11で各糸条を吸引しながら、延伸または/および引き取りを行う延伸ローラー1、2を介し、糸道ガイド3、振り支点ガイド4に通した後、トラバースガイド5、ローラーベール6、スピンドル7の側面を通過して下方の糸道ガイドを構成する糸道規制ガイド8と方向転換ガイド9を介し糸掛け作業を行うものである。
【0027】
糸掛け動作は、図4にて糸掛け装置の作動状態を表わしたように、糸条を糸道規制ガイド8および方向転換ガイド9の連動によって、回転するボビン10の円周上に0〜40°の接触角θで接するように移動させた後、ボビンの糸把持部へ水平移動させ糸条をボビンへ把持させる。この後、速やかにトラバースガイド5(図1、図2)へ糸条Yを誘導し巻取を開始する。
【0028】
このとき、走行糸条Yが糸道規制ガイド8と接触する際、直下に設置された方向転換ガイド9を介することで、糸道規制ガイド8による糸条との接触、擦過を最小限に抑えることが可能となる。また、糸道規制ガイド8の真下に設置された方向転換ガイド9は、セパレートローラーを追従させる、または接糸面を減少させることで、極力張力損失を抑えた状態で接触させる。
【0029】
また、糸掛け装置を図3に示す上面概略図より見た際の方向転換ガイド9の角度は、前方方向に対し0〜90°の範囲で任意に設定が可能であるが、サクションガンなどの吸引装置11の方向を向くように、各糸条でそれぞれの角度に設定することが好ましい。
【0030】
糸掛けを行う際のサクションガンの待機位置は、糸条との屈曲を低減するため、巻取機および糸条の奥行き方向に対して複数糸条の半分より手前の側面とすることが好ましい。
【0031】
このような構造とすることにより、糸掛けを行う際に、各糸掛けガイドと糸条の擦過により生じる糸掛け張力の張力損失および張力ばらつきを低減させ、糸掛け成功率を大幅に向上させる効果が得られる。
【0032】
本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置に適する糸条繊度は、33デシテックス以下である。33デシテックスを超える糸条繊度の場合は、糸条と糸掛けガイドとの屈曲による糸掛け張力の張力損失低減効果は得られるが、元来、糸掛け条件に対してタフであり、糸掛け性に明瞭な差はなく、特に糸道規制ガイドおよび方向転換ガイドの二重構造としなくてもよい。これに対して、33デシテックス以下の細繊度糸条は、糸掛け条件がデリケートであるため糸掛けにおいて効果を発揮するのである。
【0033】
本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置によって同時に糸掛けを行う糸条の本数は、特に限定されないが、より多くの糸条数であるほど糸掛け作業において効果を発揮することから、好ましくは4糸条以上、さらに好ましくは8糸条以上である。一般に、巻取機の構造上、8糸条〜12糸条が上限と考えられるが本質的な制限ではない。
【0034】
本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置における吸引装置で複数の糸条を吸引しながら、該複数糸条を糸掛けする際の張力ばらつきは、それら糸条の張力平均値に対して0〜10%であることが好ましい。その状態を実現するには、糸掛けを行う際、サクションガンの待機位置を巻取機および糸条の奥行き方向に対して複数糸条の半分よりも手前の側面として、糸掛け機構が糸道規制ガイドと、方向転換ガイドで構成される糸掛け装置を適用することによって実現することができる。
【0035】
なお、従来の糸掛け装置においては、複数糸条の糸掛けを同時に行う際、例えば、図2で示している方向転換ガイド9がない場合、複数糸条は、糸道規制ガイド8を介してサクションガン(吸引装置)11に吸引される。サクションガン11の待機位置は、巻取機および糸条の奥行き方向に対して複数糸条の半分位置より手前(図2上で左側)の側面とすることが多い。そのため、各糸条間で糸条と糸道規制ガイドの成す屈曲角度に差が生じるものであった。そして、屈曲角度の小さい糸条(サクションガン11の手前(図2上で左側)に近い糸条)は擦過抵抗による張力損失が低く、糸掛け張力の低下は小さいが、屈曲角度の大きい糸条(サクションガン11の奥の方(図2上で右側)の糸条)は擦過抵抗による張力損失が増加し、特に、糸条繊度33デシテックス以下の糸条の場合、糸掛け張力ばらつきが張力平均値に対し10%を超える。そのため、各糸条の糸掛け張力ばらつきが張力平均値が10%を超えると、特に屈曲角度の大きい糸条が10%を超えやすく、糸掛け張力が低下する方向に大きく乖離し、ボビンに糸掛する際に延伸ローラー2に糸が取られやすく糸切れが発生しやすくなるのである。
【0036】
従って、本発明において、さらに好ましくは、上述の糸掛け張力ばらつきが張力平均値0〜7%であるようにして行うことである。
【0037】
本発明者らの種々の検討により、本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置は、糸道規制ガイドと方向転換ガイドから構成される糸掛けガイドとすることによって、屈曲角度の差による張力損失差を最大限抑制し、各糸条の糸掛け張力ばらつきを張力平均値に対して0〜10%に抑えることができることを見出したのである。
【0038】
また、糸掛け張力の値(平均値)は、本発明者らの各種知見によれば、好ましくは0.40g/cN〜0.70g/cN、さらに好ましくは0.45g/cN〜0.55g/cNの範囲となるようにして行うのがよい。
【0039】
ここで、各糸条の糸掛け張力は、糸道規制ガイド8手前の走行糸条Yの張力を30秒間の測定し、その平均値としたものである。そして、糸掛けをされるそれぞれの糸条で求められる該張力値をさらに平均したのが、上述した糸掛け張力の値(平均値)である。
【0040】
図5は糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドの一例を示すセパレートローラー(SR)溝付き表面の概略図である。また、図6は糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドの一例を示すリングガイド(RG)溝付き表面の概略図である。
【0041】
本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置を構成する糸道規制ガイドの形状は、糸条の糸道を規制することが目的であり、図1、図2ではフック形状のものを例示しているが、これに限定されるものではない。また、糸道規制ガイドの表面状態は、特に限定されないが、糸条との擦過を低減させることから梨地加工を施しているものであることが好ましい。本発明において、「梨地」とは、表面粗度が1S以上のことであり、1S未満の場合を鏡面と定義し、呼称する。上記において表面粗度とは、JIS B 0601(2001)により測定される値であり、山高さと谷深さとの和で表される。本発明においては、セパレートローラー表面に、少なくとも糸と接触する部分中、任意3点を走行糸条方向に1cm長さで測定しその平均値を用いるものとする。一般に梨地とは、果物の梨の表面のようにザラザラになっているところからそう呼ばれているが、その制御は、例えば、仕上げにペーパーをあてたままの状態でのマット仕上げや、金属の表面に圧縮空気で砂(金剛砂)や金属球を当てて荒らす方法などにより精度良く制御して実現できるものである。好ましくは、金属の表面にサンドブラスト(砂を吹き付ける)処理することにより得ることであり、吹き付けるサンドの粒径により表面粗度を制御することが更に好ましい。処理用のサンドとしては、セラミック、金属、ガラス等が用いられる。本発明の場合、処理用のサンドとしては金属が好ましく、更に好ましくはクロムが好ましい。
【0042】
また、糸道規制ガイドの素材としては、鉄、アルミ、セラミックなどがあるが、耐擦過性に優れるセラミックであることがさらに好ましい。
【0043】
本発明にかかる熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置を構成する方向転換ガイドから構成される糸掛けガイドの表面状態は、特に限定されないが、糸条との擦過を低減させることから、梨地加工または溝付き加工を施したセパレートローラーまたは溝付き加工を施したリングガイドであることが好ましい。
【0044】
例えば、糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドを、表面に梨地加工または溝付き加工を施したセパレートローラーとした場合、糸条がセパレートローラーに接触することにより、セパレートローラーが走行糸条Yと従動回転し、擦過抵抗が低減し、擦過による張力損失を低減させることができる。このようにセパレートローラーの表面に梨地加工を施したものは使用する場合は、その材質は特に限定されないが、セパレートローラーの表面粗度は2S以上8S以下のものを使用することが好ましい。
【0045】
2S未満の場合、セパレートローラーからの糸離れが悪くなる方向であり、糸切れが多くなって糸掛け成功率が低下する傾向となる。8Sを超える場合は糸条の把持力が低く、セパレートローラーの追従性が低下し、糸条が擦過され糸掛け張力の損失が大きくなり糸掛け成功率が低下するためである。
【0046】
また、セパレートローラーの表面に鏡面加工を施した際は、溝付きとして接触面積を減少させることにより、糸離れ性を向上させることができる点から好ましい。本発明では、これらいずれかのセパレートローラーを用いることができる。
【0047】
また、前述の溝付きとは、走行糸条の進行方向に対し垂直方向に溝を施したものである。溝加工は、リングガイド表面に溝加工を施していない場合に糸条が接触する長さに対して、凸部の比率、すなわち、溝加工により実際に糸条が接触する長さが40%以下が好ましい。
【0048】
また、セパレートローラーの直径Dは50mm以下であることが好ましい。50mm以下とすることで走行糸条Yがセパレートローラー(図の9に相当)に接触した際の初期駆動負荷が小さくなり、糸切れを予防できる。また、追従性を向上させ、接触・擦過による糸条の方向転換時の糸掛け張力の損失を低減させることができる。
【0049】
逆に、50mmを越えると、初期駆動負荷が大きくなる。セパレートローラー(図でいう9に相当)の直径Dが30mmより小さくなると、吸引装置により吸引される糸条との接触により走行糸条方向へ従動回転する回転数が増大し、加工精度上、高速回転に耐えるものが作製しにくくなるので30〜50mmであることがさらに好ましい。
【0050】
例えば、糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドを、表面に溝付き加工を施したリングガイドとした場合、糸条がリングガイドに接触することにより、溝付き加工を施したリングガイドが点接触となるため、走行糸条Yとの接触長が最小限に抑えられ、擦過抵抗が低減し、擦過による張力損失を低減させることができる。なお、前述した溝付きとは、走行糸条の進行方向に対し垂直方向に溝を施したものを示す。本発明における溝加工は、リングガイド表面に溝加工を施していない場合に糸条が接触する長さに対して、凸部比率、すなわち、溝加工により実際に糸条が接触する長さが10%以下となるように設け、擦過による摩擦抵抗を低減させたものが好ましい。
【0051】
また、リングガイドの直径は、20mm以下であることが好ましい。直径20mm以下とすることより走行糸条がリングガイド(図でいう9に相当)表面溝の凸部へ接触する接糸長が少なくなり、さらに擦過が抑制されることで糸切れ低減に繋がるのである。
【実施例】
【0052】
図1、図2に示すような紡糸機に、複数のボビンを装着して回転するスピンドルに、糸掛けガイドの誘導によって糸掛けを行う巻取機を用いて、糸掛けガイドの構成および素材、糸条繊度を変更して、その糸掛け成功率を評価した。
【0053】
実施例中の各特性値については、次の方法に従って求めた。
(1)糸掛け張力
東レエンジニアリング(株)製のテンションメーター(型番:MODEL TTM−101)を用い、糸道規制ガイド8手前(上流側)の走行糸条Yの張力30秒間の測定平均値とした。
(2)吸引張力
東レエンジニアリング(株)製のテンションメーター(型番:MODEL TTM−101)を用い、糸道規制ガイド8〜サクションガン11間の走行糸条Yの張力(30秒間測定)の測定平均値とした。
(3)糸掛け張力ばらつき
30秒間の測定をした各糸条の糸掛け張力平均値、最大値および最小値を用いて、以下の式より算出した。
糸掛け張力ばらつき(%)=((糸掛け張力の最大値−最小値)/平均値)×100
(4)糸掛け成功率
糸掛け動作を表1に示す実施例1〜13、比較例1〜4において、それぞれ100回実施した際の、糸掛けが成功した回数と総糸掛け回数の比率から、以下の式により算出した。
糸掛け成功率(%)=(糸掛け成功回数/100(回))×100
評価は、糸掛け成功率90%以上を合格とした。
【0054】
実施例1、2
図1に示す紡糸機において、熱可塑性繊維として、98%硫酸相対粘度が2.63、酸化チタン含有率0.4wt%であるポリアミド樹脂(ナイロン6)を265℃で溶融紡糸し、冷却固化(図示せず)、油剤付与(図示せず)、延伸ローラー1、2間での延伸、延伸ローラー2での熱処理工程を経たポリアミドの走行糸条Yであり、該糸条繊度は11デシテックス(実施例1)、26デシテックス(実施例2)、いずれもフィラメント数は10フィラメント、糸条数は8糸条として、巻取速度は4500m/minで実施した。
【0055】
この際、糸条繊度については、ポリアミド樹脂の供給量を変えることにより変更した。糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、走行糸条が接触する面に表面粗度4.0Sの梨地加工およびクロムコーティングを施したセパレートローラー(ローラー直径40mm)を使用した。
【0056】
また、糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力を図1に示すサクションガン手前の吸引張力が、0.5cN/dtexとなるように調整した。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0057】
なお、ボビンは、素材が紙製のいわゆる紙管で、糸把持手段としてスリット溝を端部に設けたものを使用した。スリット溝は溝幅の広い導入溝および溝幅の狭い把持溝が直線的に連結する構成であり、溝形状は波状であった。また、糸把持部への糸掛け後、糸条がトラバース状態に移行するまでの時間は0.2秒の設定とした。
【0058】
実施例3
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、走行糸条が接触する面が表面粗度0.8Sの鏡面に、クロムコーティング溝付き加工を施したセパレートローラー(ローラー直径40mm)を使用した以外は実施例1と同様にして溶融紡糸し巻取を行った。なお、前述の溝付き加工は、走行糸条の垂直方向に溝を設け、直接糸条と接する表面の凸部比率が40%のものを使用した。糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力は実施例1と同じ圧力とした。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0059】
実施例4
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、走行糸条が接触する面が表面粗度0.8Sの鏡面に、クロムコーティング溝付き加工を施したセパレートローラー(ローラー直径40mm)を使用した以外は実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。なお、前述の溝付き加工は、走行糸条の垂直方向に溝を設け、直接糸条と接する表面の凸部比率が50%のものを使用した。糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力は実施例1と同じ圧力とした。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0060】
実施例5
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、走行糸条が接触する面に表面粗度1.2Sのクロムコーティング梨地加工を施したセパレートローラー(ローラー直径40mm)を使用した以外は実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力は実施例1と同じ圧力とした。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0061】
実施例6
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、走行糸条が接触する面に表面粗度2.0Sのクロムコーティング梨地加工を施したセパレートローラー(ローラー直径40mm)を使用した以外は実施例1と同様に溶融紡糸した。糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力は実施例1と同じ圧力とした。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0062】
実施例7
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、走行糸条が接触する面に表面粗度8.0Sのクロムコーティング梨地加工を施したセパレートローラー(ローラー直径40mm)を使用した以外は実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力は実施例1と同じ圧力とした。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0063】
実施例8
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、走行糸条が接触する面に表面粗度9.0Sのクロムコーティング梨地加工を施したセパレートローラー(ローラー直径40mm)を使用した以外は実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力は実施例1と同じ圧力とした。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0064】
実施例9
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、表面にセラミックコーティング溝付き加工を施したリングガイド(リング直径15mm)を使用した以外は実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。なお、前述の溝付き加工は、走行糸条の垂直方向に溝を設け、直接糸条と接する表面の凸部比率が10%のものを使用した。糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力は実施例1と同じ圧力とした。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0065】
実施例10
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、表面にセラミックコーティング溝付き加工を施したリングガイド(リング直径15mm)を使用した以外は実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。なお、前述の溝付き加工は、走行糸条の垂直方向に溝を設け、直接糸条と接する表面の凸部比率が15%のものを使用した。糸条の糸掛け張力は、吸引装置としてウォーターサクションガンを使用し、吸引圧力は実施例1と同じ圧力とした。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0066】
実施例11
図1、図2のような紡糸機を用い、糸条数を12糸条とした以外は実施例1と同様に溶融紡糸し、糸掛け張力と糸掛け成功率を評価した。
【0067】
実施例12
熱可塑性樹脂を98%硫酸相対粘度が2.80のポリアミド樹脂(ナイロン66)を溶融紡糸温度295℃とした以外は実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行ない、糸掛け張力と糸掛け成功率を評価した。
【0068】
実施例13
熱可塑性樹脂をポリ乳酸樹脂(Nature Works社製、グレード6201D)を溶融紡糸温度220℃とした以外は実施例2と同様に溶融紡糸し巻取を行ない、糸掛け張力と糸掛け成功率を評価した。
【0069】
比較例1、2
糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドを取り付けなかった以外は、実施例1(比較例1、糸条繊度11デシテックス)、実施例2(比較例2、糸条繊度26デシテックス)とした以外は、実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0070】
比較例3
糸条繊度を44デシテックスとした以外は実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0071】
比較例4
糸条繊度を44デシテックス、糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドを取り付けなかった以外は、実施例1と同様に溶融紡糸し巻取を行った。糸掛け張力、吸引張力、糸掛け張力ばらつきの結果を表1に示す。
【0072】
表1の結果からわかる通り、糸掛けガイドの構成において、本発明を採用しているか否かにほぼ関係なく、糸条繊度が33デシテックスを超える場合は、比較例3に示すように、本発明による糸掛け装置を使用したもの、比較例4に示すように、本発明による糸掛け装置を使用しなかったものとの間では、糸掛け張力の値にこそ差が見られるものの、糸掛け成功率ではともに100%と良好な結果が得られる。
【0073】
しかし、比較例1に示すように糸条繊度が11デシテックス、および比較例2に示すように糸条繊度が26デシテックスなどと、糸条繊度が33デシテックス以下の糸条を巻取機に巻き取るに際しては、本発明にかかる糸掛け装置を使用しなかった場合には、糸条が糸掛けガイドとの擦過が増加する影響で張力損失が生じ、糸掛け張力が低下し、また糸掛け張力ばらつきが22〜30%と大きくなることなどにより、糸掛け成功率がそれぞれ64%、81%と著しく低下した。
【0074】
糸掛けガイドの構成において本発明を採用すると、実施例1〜13に示すように、糸条繊度が33デシテックス以下の場合でも、糸条と糸道ガイドとの間に生じる擦過抵抗が低減され、張力損失が抑制されることによって、糸掛け張力の低下および糸条間の糸掛け張力ばらつきが張力平均値に対して3〜14%と大幅に低減され、また、糸掛け成功率も90%以上と、本発明による糸掛け装置を使用していない場合と比べて著しく向上する。中でも、実施例1、2、6、7に示すように、糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに2.0〜8.0Sのクロムメッキ梨地加工を施した直径50mmのセパレートローラーを使用した場合、糸条の擦過による張力損失が抑制されて糸掛け成功率は95%以上と、さらなる向上が見られた。また同様に、実施例3に示すように、糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに表面に凸部比率40%以下の溝付き加工を施したセパレートローラーを使用した場合においても、糸掛け成功率95%とさらなる向上が見られた。
【0075】
また、実施例9に示すように、糸掛けガイドを構成する方向転換ガイドに、表面にセラミックコーティングおよび凸部比率が10%以下の溝付き加工を施したリングガイド(リング直径15mm)を使用した場合も、95%と安定した糸掛け成功率を得ることができた。
【0076】
巻取機に同時に巻き取る糸条数において、実施例11に示す通り、8糸条から12糸条へ変更した場合でも、糸掛けガイドの構成において本発明を採用すると、98%と安定した糸掛け成功率を得ることができた。
【0077】
さらに、巻き取る糸条の素材を、実施例12、13に示すように、ナイロン66およびポリ乳酸樹脂とした場合においても、糸掛けガイドの構成において本発明を採用すると、それぞれ100%、95%と安定した糸掛け成功率を得ることができた。
【0078】
以上のように、糸条繊度が33デシテックス以下の細繊度の熱可塑性繊維の糸掛けにおいて、本発明は糸掛け成功率を著しく向上させることができるのである。
【0079】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明を実施するための一例である熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の正面概略モデル図である。
【図2】本発明を実施するための一例である熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の側面概略モデル図である。
【図3】本発明を実施するための一例である熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の上面概略モデル図である。
【図4】本発明を実施するための一例である熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の糸掛けガイドの作動状態を表す正面概略モデル図である。
【図5】本発明を実施するための一例である熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の方向転換ガイド(セパレートローラー)の溝付き表面の概略モデル図である。
【図6】本発明を実施するための一例である熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置の方向転換ガイド(リングガイド)の溝付き表面の概略モデル図である。
【符号の説明】
【0081】
1、2:延伸ローラー
3:糸道ガイド
4:振り支点ガイド
5:トラバースガイド
6:ローラーベール
7:スピンドル
8:糸道規制ガイド
9:方向転換ガイド
10:ボビン/巻取糸条
11:吸引装置(サクションガン)
12:ボビン糸把持溝
Y:走行糸条
θ:糸掛け時のボビンに対する走行糸条の接触角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
巻取速度3500m/min以上の速度で回転するボビンに糸条繊度が33デシテックス以下である熱可塑性繊維を巻取る巻取機の糸掛け装置であって、複数糸条を同時に吸引装置で吸引しながら、糸道規制ガイドとその直下に設けた方向転換ガイドから構成される糸掛けガイドにより、ボビンの糸把持部へ誘導し、糸掛けを行うように構成したことを特徴とする熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置。
【請求項2】
吸引装置で複数糸条を吸引しながら、該複数糸条を糸掛けする際の糸条間の張力ばらつきが、張力平均値に対して0〜10%であることを特徴とする請求項1記載の熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置。
【請求項3】
前記糸掛けガイドを構成する前記方向転換ガイドが、表面に梨地または溝付き加工が施されたセパレートローラー、または、表面に溝付き加工が施されたリングガイドからなることを特徴とする請求項1または2に記載の熱可塑性繊維の巻取機の糸掛け装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−239294(P2008−239294A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−81941(P2007−81941)
【出願日】平成19年3月27日(2007.3.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】