説明

熱間プレス用Alめっき鋼板

【課題】加熱炉内におけるめっきの垂れを防止する熱間プレス用Alめっき鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板表面にSi:1〜15%を含有するAl-Siめっき層を有し、その表面に下記の皮膜を有する。1)分子中にアミノ基を1つ含有するシランカップリング剤(A)と、グリシジル基を1つ含有するシランカップリング剤(B)を固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7の割合で配合して得られる、特定の官能基を有する有機ケイ素化合物(W)と、2)チタン弗化水素酸またはジルコニウム弗化水素酸から選ばれる少なくとも1種のフルオロ化合物(X)と、3)りん酸(Y)と、4)バナジウム化合物(Z)からなる水系金属表面処理剤を塗布し乾燥して複合皮膜を形成し、且つ、その複合皮膜の各成分において、5)〔(X)/(W)〕、6)〔(Y)/(W)〕、7)〔(Z)/(W)〕、8)、〔{(X)+(Y)+(Z)}/(W)〕の各固形分質量比を特定の範囲とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱間プレス法を利用して自動車のピラー,ドアインパクトビーム,バンパービーム等の強度部材を製造する際に加熱炉内の垂れ発生を抑制することの可能な熱間プレス用Alめっき鋼板を提供する。
【背景技術】
【0002】
近年,地球環境問題を発端とした低燃費化の動きから自動車用鋼板の高強度化に対する要望が強い。しかし一般に高強度化は加工性,成形性の低下を伴い,高強度,高成形性を両立する鋼板が望まれている。
【0003】
これに対応するものの1つとして,残留オーステナイトのマルテンサイト変態を利用したTRIP(TRansformation Induced Placiticity)鋼があり,近年用途が拡大しつつある。この鋼により,成形性の優れた1000MPa級の高強度鋼板は製造することは可能であるが,更に高強度,例えば1500MPa以上というような超高強度鋼で成形性を確保することは困難である。
【0004】
そこで,高強度,高成形性を両立する別の形として最近注目を浴びているのが熱間プレス(ホットプレス,ダイクエンチ,プレスクエンチ等とも呼称される)である。これは鋼板を800℃以上のオーステナイト域で加熱した後に熱間で成形することにより高強度鋼板の成形性の課題を無くし,成型後の冷却により焼きを入れて所望の材質を得るというものである。
【0005】
この工法は超高強度の部材を成形する方法として有望であるが,通常は大気中で鋼板を加熱する工程を有しており,表面に酸化物(スケール)が生成するので、これをショットブラストや酸洗等の後工程で除去する必要があった。ところがショットブラストでは完全にスケールを排除することが難しく,またショットによる変形の可能性があった。酸洗も廃水処理等をする必要があり,環境負荷の観点から対応策を講じる必要がある場合があり、これらが製造コストアップに繋がる場合があった。これを改善する技術として,0.15〜0.5%の炭素を含有する鋼板にAlめっきした試料を使用して加熱時の酸化抑制を図る技術が知られており、例えば特開2003-181549号公報,特開2004-244704号公報に開示されている。
【特許文献1】特開2003-181549号公報
【特許文献2】特開2004-244704号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】

これら公報に開示された技術は塗装後耐食性に優れた高強度の成形部品を効率良く製造するのに有効であるが,なお以下のような課題を抱えていた。
【0007】
この技術を用いてプレスする際には、所定の形状にブランキングされたAlめっき鋼板を加熱炉内で約900℃以上に加熱する必要がある。ブランク材を加熱する際の加熱炉として現在主として使用されているのは横型炉であり、10〜30m程度の横型の加熱炉内にブランク材を搬送する装置があり、加熱炉の出側にプレス機が設置される。横型炉の模式図を図1に示す。しかしこのような横型炉の欠点として、設置炉長が長く、広い面積が必要となり、結果として設備費用も高額になることが挙げられる。そこでよりコンパクトな炉に対する必要性が高まっている。炉長を短くするためには平らに置かれたブランク材を搬送するよりも、図2に示すように、角度をつけたブランク材を搬送する方が都合がよい。ところがこのように角度をつけた状態でAlめっき鋼板を加熱すると、加熱の途中で溶融したAlが重力を受けて垂れるという問題が生じる。特に水平に対して20度以上の角度がついたときに問題となる。また炉内での空気の動きが激しいような場合にはこれ以下の角度でも問題が生じる可能性がある。この現象は板厚に依存し、板厚が0.9mm以上で特に顕著となる。輻射加熱の場合、加熱速度は板厚に依存し、板厚が大きくなるほど緩やかに加熱されることになり、垂れが生じる時間が十分あるためと考えられる。垂れが生じると局部的に板厚が厚くなるためにプレス時に板破断やプレス品への押込み、異物付着となり、プレス品の歩留まりが大きく低下する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記の課題を克服するために垂れの発生原因とその抑制方法について種々検討した結果以下の知見を得た。
【0009】
垂れは前述したように炉内でブランク材に角度がついているときに溶融したAlめっき層が重力を受けることで起こる。これを抑制するため、最表面に高温で強度を持つ皮膜を付与することを検討した。Alが溶融する温度は660℃で、垂れが発生するのは700℃前後と思われる。このような温度域において十分な強度を有する皮膜構造を検討したところ、シランカップリング剤をベースとする皮膜で目的の性能が得られることを知見し、本発明を完成させた。この皮膜が高温で強度を発揮する理由は現段階不明であるが、シランカップリング剤が加熱を受けることで有機ケイ素化合物の1部が加水分解して生成した−OR基が金属表面とSi−O−M結合(M:被塗物表面の金属元素)を形成することにより皮膜強度を発揮することによると考えている。なお垂れを抑制するためにはめっきの絶対量を減らす、即ち付着量を減らすことも当然有効である。しかし付着量を低減させると、塗装後耐食性が低下する。特に塗膜膨れが起こりやすく、外観を損ねやすいところから、付着量低減ではなく皮膜付与により垂れを抑制させるものである。
【0010】
本願発明はこのような理由から塗装後耐食性に優れた高強度部材並びにその製造方法を規定するものである。その要旨とするところは以下である。
(1)質量%でC:0.05〜0.7%、Si:0.1〜1%、Mn:0.7〜2%、P:0.003〜0.1%、S:0.003〜0.1%を含有する鋼板の表面にSi:1〜15%を含有するAl-Siめっき層を有し、さらにその表面に下記1)〜8)から成る皮膜を有することを特徴とする熱間プレス時の垂れを抑制可能な熱間プレス用Alめっき鋼板。
1)分子中にアミノ基を1つ含有するシランカップリング剤(A)と、分子中にグリシジル基を1つ含有するシランカップリング剤(B)を固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7の割合で配合して得られる、分子内に式−SiR(式中、R、R及びRは互いに独立に、アルコキシ基又は水酸基を表し、少なくとも1つはアルコキシ基を表す)で表される官能基(a)を2個以上と、水酸基(官能基(a)に含まれ得るものとは別個のもの)およびアミノ基から選ばれる少なくとも1種の親水性官能基(b)を1個以上含有し、平均の分子量が1000〜10000である有機ケイ素化合物(W)と、
2)チタン弗化水素酸またはジルコニウム弗化水素酸から選ばれる少なくとも1種のフルオロ化合物(X)と、
3)りん酸(Y)と、
4)バナジウム化合物(Z)からなる水系金属表面処理剤を塗布し乾燥することにより各成分を含有する複合皮膜を形成し、且つ、その複合皮膜の各成分において、
5)有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物(X)の固形分質量比〔(X)/(W)〕が0.02〜0.07であり、
6)有機ケイ素化合物(W)とりん酸(Y)の固形分質量比〔(Y)/(W)〕が0.03〜0.1であり、
7)有機ケイ素化合物(W)とバナジウム化合物(Z)の固形分質量比〔(Z)/(W)〕が0.05〜0.13であり、
8)且つ、有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物、りん酸、バナジウム化合物の合計の固形分質量比〔{(X)+(Y)+(Z)}/(W)〕が0.1〜0.2である。
(2)さらに成分(C)として、皮膜中に硫酸コバルト、硝酸コバルトおよび炭酸コバルトからなる群から選ばれる少なくとも1種のコバルト化合物を、前記有機ケイ素化合物(W)とコバルト化合物(C)の固形分質量比〔(C)/(W)〕が0.01〜0.1の割合で含有する請求項1記載の熱間プレス用Alめっき鋼板。
(3)金属材の表面に、請求項1又は2記載の水系金属表面処理剤を塗布し、50℃より高く250℃未満の到達温度で乾燥を行い、乾燥後の皮膜重量が0.05〜2.0g/mであることを特徴とする熱間プレス用Alめっき鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、設置面積を狭くしたコンパクトな炉で加熱するのに適した熱間プレス用Alめっき鋼板を提供することができ、今後の自動車減量化に大きく寄与するものと思われ、産業上の寄与は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は熱間プレス後に十分な強度を示すように設計された鋼成分を有する鋼の表面にAl-Siめっきを施し、更にその表面に特定の皮膜を有する鋼板に関するもので、熱間プレス用途に使用したときに十分な特性を発揮する。以下本発明の限定理由について説明する。
【0013】
まず鋼成分に関して説明する。鋼中には質量%でC:0.05〜0.7%、Si:0.1〜1%、Mn:0.7〜2%、P:0.003〜0.1%、S:0.003〜0.1%を含有するものとする。前述したように,本発明はAl系めっき鋼板を850℃以上に加熱後,熱間で成形して直ちに冷却して焼入れして所望の強度を得るもので,鋼板成分としては焼入れ性に優れていることが必要である。このためにはC量0.05%以上が必要であり,望ましくは0.1%以上である。他の鋼中元素については,Si,Mn,Ti,B,Cr,Mo,Al,P,S,N等の元素が添加される場合がある。Siは疲労特性に効果があり含有させる場合は0.1〜1%とするのが望ましいが1%超添加するとAlめっき性が低下する。Mn,は焼入れ性の向上に寄与するのでMn:0.7〜2%を添加する。0.7%よりも少ないと焼入れ性に劣り、2%よりも多いと鋼板の靭性を低下させるためである。B,Cr,Moも焼入れ元素であり、添加する場合にはB:0.05%以下,Cr:2%以下,Mo:0.5%以下とするのが望ましい。Ti,AlはAl系めっき鋼板の耐酸化性を向上させるので含有させる場合はTi:0.5%以下,Al:0.1%以下とするのが望ましい。P、Sをそれぞれ0.1%超添加すると焼入れ後の靭性が低下する。P、Sをそれぞれ0.003%以下とすることは製鋼工程における経済合理性に反する。その他の元素として、 A l , N , M o , N b , N i , C u , V , S n , S b 等の添加がありうる。望ましい添加範囲はA l : 0 . 1 % 以下、N : 0 . 0 1 % 以下、C r : 2 % 以下、M o : 0 . 5 % 以下、T i : 0 . 5 % 以下、N b : 0 . 1 % 以下、B : 0 . 0 5 % 以下、N i : 1 % 以下、C u : 1 % 以下、V : 0 . 1 % 以下、S n , S b : 0 . 1 % 以下である。
【0014】
次にAl系めっき層の構成としては,Alを主成分とし,溶融Alめっき時の合金層の生成を抑制するためにSiを1〜15%含有させる。この他にめっき層の耐食性をより向上させる元素としてCr,Mg,Ti,Sn,Zn等があり,これらを添加することも可能である。この際にはCr:0.1〜1%,Mg:0.5〜10%,Ti:0.1〜1%,Sn:1〜5%含有させるのが望ましい。Znは沸点が低く,大量に添加すると加熱時に表面に粉体状のZnを生成して,プレス時のカジリを惹きおこすため,60%以上の添加は望ましくなく,1〜60%が好ましい。
【0015】
本発明の表面皮膜の必須成分である有機ケイ素化合物(W)は、分子中にアミノ基を1つ含有するシランカップリング剤(A)と、分子中にグリシジル基を1つ含有するシランカップリング剤(B)を固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7の割合で配合し得られるものである。シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(B)の配合比率としては、固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7である必要があり、0.7〜1.7が好ましく、0.9〜1.1であることが最も好ましい。固形分質量比〔(A)/(B)〕が0.5未満であると、浴安定性が著しく低下するため好ましくない。逆に1.7を超えると、耐水性が著しく低下するため好ましくない。
【0016】
また、本発明中における前記分子中にアミノ基を1つ含有するシランカップリング剤(A)としては、特に限定するものではないが、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシランなどを例示することができ、分子中にグリシジル基を1つ含有するシランカップリング剤(B)としては、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシランなどを例示することができる。
【0017】
また、本発明の有機ケイ素化合物(W)の製造方法は、特に限定するものではないが、pH4に調整した水に、前記シランカップリング剤(A)と、前記シランカップリング剤(B)を順次添加し、所定時間攪拌する方法が挙げられる。
【0018】
本発明の必須成分である有機ケイ素化合物(W)における官能基(a)の数は2個以上であることが必要である。官能基(a)の数が1個である場合には、金属材料表面に対する密着力および造膜性が低下する。官能基(a)のR1、R2及びR3の定義におけるアルキル基及びアルコキシ基の炭素数は特に制限されないが1から6であるのが好ましく、1から4であるのがより好ましく、1又は2であるのがもっとも好ましい。官能基(b)の存在割合としては、1分子内一個以上であれば良く、また平均の分子量が1000〜10000であることが必要であり、1300〜6000であることが好ましい。ここでいう分子量は、特に限定するものではないが、TOF−MS法による直接測定およびクロマトグラフィー法による換算測定のいずれかを用いて良い。平均の分子量が1000未満であると、形成された皮膜の耐水性が著しく低くなる。一方、平均の分子量が10000より大きいと、前記有機ケイ素化合物を安定に溶解または分散させることが困難になる。
【0019】
また、本発明の必須成分であるフルオロ化合物(X)の配合量に関しては、前記有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物(X)の固形分質量比〔(X)/(W)〕が0.02〜0.07である必要があり、0.03〜0.06が好ましく、0.04〜0.05であることが最も好ましい。前記有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物(X)の固形分質量比〔(X)/(W)〕が0.02未満であると、添加効果が発現しないため好ましくない。逆に0.07より大きいと耐食性が低下するため好ましくない。
【0020】
また、本発明の必須成分であるりん酸(Y)の配合量に関しては、前記有機ケイ素化合物(W)とりん酸(Y)の固形分質量比〔(Y)/(W)〕が0.03〜0.1である必要があり、0.05〜0.1であることが好ましく、0.09〜0.1であることが最も好ましい。前記有機ケイ素化合物(W)とりん酸(Y)の固形分質量比〔(Y)/(W)〕が0.03未満であると添加効果が発現しないため好ましくない。逆に0.1を超えると、皮膜の水溶化が著しくなるため好ましくない。
【0021】
また、本発明の必須成分であるバナジウム化合物(Z)の配合量に関しては、前記有機ケイ素化合物(W)とバナジウム化合物の固形分質量比〔(Z)/(W)〕が0.05〜0.17である必要があり、0.07〜0.13であることが好ましく、0.09〜0.13であることがさらに好ましく、0.11〜0.13であることが最も好ましい。
【0022】
且つ、有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物、りん酸、バナジウム化合物の合計の固形分質量比〔{(X)+(Y)+(Z)}/(W)〕が0.1〜0.2とする。本発明において本質的に皮膜強度を発揮する成分は有機ケイ素化合物が熱で変性したSi−O−M結合(M:被塗物表面の金属元素)と推定しており、有機ケイ素化合物の全体量が少ないと十分な垂れ抑制効果を発揮することができないためである。更にフルオロ化合物、りん酸あるいはバナジウム化合物と共存することでより皮膜強度が増すという効果も得られた。フルオロ化合物中のTiあるいはZr、りん酸中のP、VがSi−O−M皮膜の一部を置換することで皮膜が高温においてより強固になっているものと推定される。すなわち〔{(X)+(Y)+(Z)}/(W)〕が0.2超では垂れを抑制できず、逆に0.1以下でも垂れ抑制効果が不十分である。
【0023】
また、本発明中におけるバナジウム化合物(Z)としては、特に限定するものではないが、五酸化バナジウム V、メタバナジン酸HVO、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、オキシ三塩化バナジウム VOCl、三酸化バナジウム V、二酸化バナジウム VO、オキシ硫酸バナジウム VOSO、バナジウムオキシアセチルアセトネートVO(OC(=CH)CHCOCH))、バナジウムアセチルアセトネートV(OC(=CH)CHCOCH))、三塩化バナジウム VCl、リンバナドモリブデン酸などを例示することができる。また、5価のバナジウム化合物を水酸基、カルボニル基、カルボキシル基、1〜3級アミノ基、アミド基、リン酸基及びホスホン酸基よりなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有する有機化合物により、4価〜2価に還元したものも使用可能である。
【0024】
本発明の添加成分であるコバルト化合物(C)は、硫酸コバルト、硝酸コバルトおよび炭酸コバルトからなる群から選ばれる少なくとも1種のコバルト化合物である必要がある。また、その配合比率は、前記有機ケイ素化合物(W)とコバルト化合物(C)の固形分質量比〔(C)/(W)〕が0.01〜0.1である必要があり、0.02〜0.07であることが好ましく、0.03〜0.05であることが最も好ましい。前記有機ケイ素化合物(W)とコバルト化合物(C)の固形分質量比〔(C)/(W)〕が0.01未満であると、コバルト化合物(C)の添加効果が発現しないため好ましくない。逆に0.1より大きいと耐食性が低下するため好ましくない。
【0025】
本発明の表面処理金属材は、前記水系金属表面処理剤を塗布し、50℃より高く250℃未満の到達温度で乾燥し、乾燥後の皮膜重量が0.05〜2.0g/mであることが好ましい。乾燥温度については、到達温度で50℃より高く250℃未満であることが好ましく、70℃〜150℃であることが更に好ましい。到達温度が50℃以下であると、該水系金属表面処理剤の溶媒が完全に揮発しないため好ましくない。逆に250℃以上とするのは経済合理性を欠く。また該水系金属表面処理剤にて形成された皮膜の有機鎖の一部が分解するため加熱を受ける前の耐食性が低下する。皮膜重量に関しては、0.05〜2.0g/mであることが好ましく、0.2〜1.0g/mであることが更に好ましく、0.3〜0.6g/mであることが最も好ましい。皮膜重量が0.05g/m2未満であると、該金属材の表面を被覆できないため耐食性が著しく低下するため好ましくない。逆に2.0g/mより大きいと、皮膜抵抗が大きくなり、スポット溶接性を低下させるため好ましくない。
【0026】
本発明に用いる水系金属表面処理剤は、本発明の効果を損なわない範囲で、塗工性を向上させるためのレベリング剤や水溶性溶剤、金属安定化剤、エッチング抑制剤およびpH調整剤などを使用することが可能である。レベリング剤としては、ノニオンまたはカチオンの界面活性剤として、ポリエチレンオキサイドもしくはポリプロピレンオキサイド付加物やアセチレングリコール化合物などが挙げられ、水溶性溶剤としてはエタノール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコールおよびプロピレングリコールなどのアルコール類、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルなどのセロソルブ類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類、アセトン、メチルエチルケトンおよびメチルイソブチルケトンなどのケトン類が挙げられる。金属安定化剤としては、EDTA、DTPAなどのキレート化合物が挙げられ、エッチング抑制剤としては、エチレンジアミン、トリエチレンペンタミン、グアニジンおよびピリミジンなどのアミン化合物類が挙げられる。特に一分子内に2個以上のアミノ基を有するものが金属安定化剤としても効果があり、より好ましい。pH調整剤としては、酢酸および乳酸などの有機酸類、フッ酸などの無機酸類、アンモニウム塩やアミン類などが挙げられる。
【0027】
本発明は熱間プレス用途に供する鋼板を提供するものであるが、加熱,プレス工程における他の条件は特に限定するものではない。加熱方式は電気炉等の炉を使用した輻射加熱,近赤外線等を使用した輻射加熱,高周波誘導加熱,通電加熱等の方法があり,現在最も熱間プレスで使用されているのは炉を使用した輻射加熱である。このときの加熱雰囲気として大気,燃焼ガス,窒素等ありうるが,特に加熱雰囲気は限定しない。加熱温度も特に限定しないが,通常鋼板をオーステナイト変態させるために850℃以上まで加熱されている。
【0028】
プレスされた後の部品は溶接,化成処理,電着塗装等を経て製品となる。通常はカチオン電着塗装が用いられることが多く、その膜厚は1〜30μm程度である。電着塗装の後に中塗り,上塗り等の塗装が施されることもある。
【0029】
鋼板へのAl系めっきの方法については特に限定するものでなく、溶融めっき法をはじめとして電気めっき法、真空蒸着法、クラッド法等が可能である。現在工業的に最も普及しているのは溶融めっき法であり、通常めっき浴としてAl-9%Siを使用することが多く、これに不可避的不純物のFeが混入している。これ以外の添加元素として、Mn,Cr,Mg,Ti,Zn,Sb,Sn,Cu,Ni,Co,In,Bi,ミッシュメタル等がありうる。
【0030】
本発明において、A l めっきのめっき前処理については特に限定するものではない。めっき前処理としてN i , C u , C r , F e プレめっき等もありうるが、これも適用可能である。
発明を実施するための最良の形態を実施例に基づいて説明する。
【実施例】
【0031】
( 実施例1 )
通常の熱延、冷延工程を経た、表1に示すような鋼成分の冷延鋼板(板厚1.4mm)を材料として、溶融Alめっきを行った。溶融Alめっきは無酸化炉−還元炉タイプのラインを使用し、めっき後ガスワイピング法でめっき付着量を両面160g/mに調節し、その後冷却した。この際のめっき浴組成としてはAl−9%Si−2%Feであった。浴中のFeは浴中のめっき機器やストリップから供給される不可避のものである。めっき外観は不めっき等なく良好であった。このAlめっき鋼板に種々の皮膜を付与した後に評価に供した。使用したシランカップリング剤を表2に、バナジウム化合物を表3に示し、配合例、皮膜量および乾燥温度を表4に示す。またこうして製造したAlめっき鋼板の特性を評価した。評価方法を以下に示す。
【0032】
【表1】

このAlめっき鋼板に種々の皮膜を付与した後に評価に供した。使用したシランカップリング剤を表2に、バナジウム化合物を表3に示し、配合例、皮膜量および乾燥温度を表4に示す。またこうして製造したAlめっき鋼板の特性を評価した。評価方法を以下に示す。
【表2】

【表3】

【0033】
(1)垂れ抑制効果
Alめっき鋼板を70×150mmに剪断した後に図3に示すようにステンレス製の試料ホルダーに立て、ホルダーごと炉内に入れて試料を加熱した。このとき試料の角度は80°とした。炉温は900℃で、炉内における890℃までの昇温時間は約3.5分であった。炉内に6分保定した後に試料を取り出した。加熱後、垂れが生じたときには炉内で下方に位置している面の板厚が元の板厚よりも厚くなるため、加熱前後の下方の板厚差を測定し、垂れ性の評価とした。板厚は5点以上測定し、加熱前は平均値を、加熱後は最大値を採用した。評価基準は以下とした。
○:板厚差0.02mm以下、△:板厚差0.02mm超、0.05mm以下、×:板厚差0.05mm超
(2)塗装後耐食性
300×1000mmに剪断したAlめっき鋼板を水平に保ったまま電気炉で加熱した。炉温900℃、在炉時間は6分とし、890℃までの昇温時間は約4分であった。脱炉後直ちに試料の上下に配した板厚50mmのステンレス製金型間に挟んで急冷した。冷却開始温度は約750℃、冷却速度は約100℃/秒であった。このようにして焼き入れた試料を70×150mmに剪断し、化成処理、電着塗装を施した。化成処理液は日本パーカライジング(株)製化成処理液PB−3081Mを使用した、電着塗装は日本ペイント(株)製カチオン電着塗料パワーニクス110、厚みは約20μmとした。その後、カッターで塗膜にクロスカットを入れ、自動車技術会で定めた複合腐食試験(JASO−610M)を150サイクル(50日)行ない、クロスカットからの膨れ幅(両側最大膨れ幅) を測定した。このときの腐食の判定基準を下に示す。
〔膨れ幅〕
○ : 6 m m 以下、△ : 6 m m 超〜 9 m m、× : 9 m m 超
(3)スポット溶接性
(2)と同じ方法で焼入れ鋼板を作成した後にスポット溶接性を評価した。評価は適正溶接電流範囲で行った。このとき使用した電極はクロム銅製DR電極(電極径16mmφ、8R、先端の6mmφは40R)とした。加圧力は700kgfとし、溶接下限電流は4√t(t:板厚)、溶接上限電流はチリ発生とした。溶接性の判定基準を下に示す。
○:適正範囲2kA以上、△:適正範囲1.5kA〜2kA未満、×:適正範囲1.5kA未満
【表4】

発明例に示したような水準においては、垂れは改善され、塗装後耐食性、スポット溶接性も良好であった。一方比較例に示した例においては、十分な特性が得られなかった。比較例9は表4に示した特性は良好であったが、焼付け温度が低いために、十分成膜されずコイルに捲いた際に鋼板同士の付着が発生した。
(実施例2)
表5に示した様々な鋼成分を持つ冷延鋼板(板厚1.2mm)に(実施例1)と同じ要領で溶融Alめっきを施した。めっき付着量は両面160g/mとした。その後表4の発明例12に記載した条件で皮膜を形成させた。これらのAlめっき鋼板を上記(実施例1)の評価方法(2)に記載した方法で加熱、焼入れした。焼入後の硬度( ビッカース硬度、荷重10k g ) を測定した結果も第3表に示しているが,鋼中C量が低いと焼入後の硬度が低下するため,C量として0.05%以上あることが好ましい。なおこれらの垂れ、塗装後耐食性、溶接性も評価しているが、いずれも表4の○相当であった。
【表5】

【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】横型炉を示す図である。
【図2】よりコンパクトな炉構造を示す図である。
【図3】垂れ抑制効果を評価する際の試料の置き方を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でC:0.05〜0.7%、Si:0.1〜1%、Mn:0.7〜2%、P:0.003〜0.1%、S:0.003〜0.1%を含有する鋼板の表面にSi:1〜15%を含有するAl-Siめっき層を有し、さらにその表面に下記1)〜8)から成る皮膜を有することを特徴とする熱間プレス時の垂れを抑制可能な熱間プレス用Alめっき鋼板。
1)分子中にアミノ基を1つ含有するシランカップリング剤(A)と、分子中にグリシジル基を1つ含有するシランカップリング剤(B)を固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7の割合で配合して得られる、分子内に式−SiR(式中、R、R及びRは互いに独立に、アルコキシ基又は水酸基を表し、少なくとも1つはアルコキシ基を表す)で表される官能基(a)を2個以上と、水酸基(官能基(a)に含まれ得るものとは別個のもの)およびアミノ基から選ばれる少なくとも1種の親水性官能基(b)を1個以上含有し、平均の分子量が1000〜10000である有機ケイ素化合物(W)と、
2)チタン弗化水素酸またはジルコニウム弗化水素酸から選ばれる少なくとも1種のフルオロ化合物(X)と、
3)りん酸(Y)と、
4)バナジウム化合物(Z)からなる水系金属表面処理剤を塗布し乾燥することにより各成分を含有する複合皮膜を形成し、且つ、その複合皮膜の各成分において、
5)有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物(X)の固形分質量比〔(X)/(W)〕が0.02〜0.07であり、
6)有機ケイ素化合物(W)とりん酸(Y)の固形分質量比〔(Y)/(W)〕が0.03〜0.1であり、
7)有機ケイ素化合物(W)とバナジウム化合物(Z)の固形分質量比〔(Z)/(W)〕が0.05〜0.13であり、
8)且つ、有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物、りん酸、バナジウム化合物の合計の固形分質量比〔{(X)+(Y)+(Z)}/(W)〕が0.1〜0.2である。
【請求項2】
さらに成分(C)として、皮膜中に硫酸コバルト、硝酸コバルトおよび炭酸コバルトからなる群から選ばれる少なくとも1種のコバルト化合物を、前記有機ケイ素化合物(W)とコバルト化合物(C)の固形分質量比〔(C)/(W)〕が0.01〜0.1の割合で含有する請求項1記載の熱間プレス用Alめっき鋼板。
【請求項3】
金属材の表面に、請求項1又は2記載の水系金属表面処理剤を塗布し、50℃より高く250℃未満の到達温度で乾燥を行い、乾燥後の皮膜重量が0.05〜2.0g/mであることを特徴とする熱間プレス用Alめっき鋼板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−223084(P2008−223084A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−62697(P2007−62697)
【出願日】平成19年3月13日(2007.3.13)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】