説明

燃料給油管

【課題】ステンレス鋼板からなるリテーナとメッキ鋼鈑からなるインレットパイプとを接合するだけで、防錆塗装等の防錆対策を施さなくても、不動態皮膜に代わる防錆性能を発揮する表面を形成し、そして粒界腐食の発生を防ぐことのできる燃料給油管を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼板製のリテーナ2に設けたリテーナ環状面21の対向面と、亜鉛メッキ鋼板製のインレットパイプ3に設けたパイプ環状面31の対向面とを接面し、前記対向面の接面範囲内でリテーナ環状面21の対向裏面とパイプ環状面31の対向裏面とに電極4,5を押し当ててシーム溶接することにより、パイプ環状面31の対向面にあるメッキ層311の亜鉛を溶融し、前記対向面の接面範囲から前記接面範囲両側の隙間312に亜鉛313を押しやって前記隙間312を埋めた燃料給油管1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リテーナ及びインレットパイプが別体の燃料給油管に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料給油管は、キャップを着脱するリテーナと前記リテーナから燃料タンクへ延びるインレットパイプとから構成される。通常、リテーナ及びインレットパイプは金属部材であることから、両者にはそれぞれ高い防錆性能が求められる。リテーナ及びインレットパイプが一体に構成される燃料給油管は、例えばリテーナ及びインレットパイプ全体を防錆性能の高いステンレス鋼板で構成することにより、防錆性能を向上させることができる。
【0003】
しかし、リテーナ及びインレットパイプ全体をステンレス鋼板で構成することは、現実的にコスト増となるため、より安価な鋼板又はメッキ鋼板を用い、必要に応じて防錆塗料を塗布したりしているが、より安価にはリテーナ及びインレットパイプを別体にして、リテーナをステンレス鋼板で構成しながら、インレットパイプは安価なメッキ鋼板を用いる場合が多い(例えば特許文献1)。
【0004】
特許文献1の開示する燃料給油管は、錫−亜鉛メッキ鋼板をインレットパイプに用い、リテーナ及びインレットパイプの接続部位を含む全体にカチオン電着塗装を施している(特許文献1・[請求項1][請求項3][0019])。錫−亜鉛メッキ鋼板のインレットパイプは、製造が容易でコストを低減できるほか、防錆性能を向上させることができ、カチオン電着塗装により防錆性能を維持できるとしている(特許文献1・[0009][0010])。
【0005】
また、リテーナは、ステンレス鋼板を用いている(特許文献1・[請求項2]ほか)。ステンレス鋼板はメッキ層がないことから、リテーナの加工に際してメッキ層が剥離する心配がなく、防錆性能の低下を抑制できるとしている(特許文献1・[0010][0028])。レジでは、上記インレットパイプと共にカチオン電着塗装が施されるため、リテーナの防錆性能も向上させられると見られる(特許文献1・[0019])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-012893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ステンレス鋼板を他部材に溶接又はロウ付けすると、前記溶接又はロウ付けに際して発生する熱により、不動態被膜が破壊され、再生されなくなるばかりか、「粒界腐食」が発生する等、防錆性能を発揮できなくなる問題がある。特許文献1の開示する燃料給油管がステンレス鋼板のリテーナと錫−亜鉛メッキ鋼板のインレットパイプとを接合しながら更に全体をカチオン電着塗装する理由は、錫−亜鉛メッキ鋼板の防錆性能をカチオン電着塗装により補うほか、ステンレス鋼板の破壊された不動態皮膜に代わってカチオン電着塗装により防錆性能を発揮させるほか、「粒界腐食」の発生を避けるため、と考えられる。
【0008】
ステンレス鋼板は、防錆性能を発揮する表面の不導態被膜が破損しても再生できるが、表面が高温(500℃〜850℃)に晒されると、表層ではクロムと炭素とが結びついてクロム炭化物が析出して「粒界腐食」が招かれたり、前記表層直下では相対的にクロムの量が低下して不動態皮膜の再生を妨げられることになり、結果としてステンレス鋼板の防錆性能が著しく低下する。特許文献1の開示する燃料給油管は、リテーナ及びインレットパイプの溶接又はロウ付けによるステンレス鋼板の防錆性能の低下を補うため、カチオン電着塗装を用いると考えられる。
【0009】
ステンレス鋼板自体の防錆性能が高いことはよく知られている。これから、リテーナ及びインレットパイプが一体の燃料給油管は、既述したように、コストを無視すれば、全体をステンレス鋼板で構成すればよい。しかし、リテーナ及びインレットパイプが別体であると、溶接又はロウ付けにより接合しなければならず、前記溶接又はロウ付けによるステンレス鋼板の防錆性能の低下が避けられなかった。
【0010】
これから、リテーナ及びインレットパイプを異なる素材で構成する燃料給油管は、特許文献1が開示するように、溶接又はロウ付けにより接合したリテーナ及びインレットパイプ全体にカチオン電着塗装する等、別途防錆対策が必要だった。こうした防錆対策としてのカチオン電着塗装は、錫−亜鉛メッキ鋼板やステンレス鋼板の防錆性能を補い、リテーナ及びインレットパイプ全体の防錆性能を保持又は向上させるが、燃料給油管としての工程数増及びコスト増を招く問題があった。
【0011】
溶接又はロウ付け後の防錆対策は、ステンレス鋼板とメッキ鋼板との接合において不動態皮膜に代わる表面が形成できれば、不要になる。そこで、防錆性能を高く維持したコスト低減を目的に、特許文献1同様、リテーナのみをステンレス鋼板で構成し、インレットパイプはできるだけ安価なメッキ鋼板を用いながら、リテーナ及びインレットパイプを接合するだけで、防錆塗装等の防錆対策を施さなくても、不動態皮膜に代わる防錆性能を発揮する表面を形成し、そして粒界腐食の発生を防ぐことのできる燃料給油管を開発するため、検討した。
【課題を解決するための手段】
【0012】
検討の結果開発したものが、リテーナ及びインレットパイプを接合して構成される燃料給油管において、ステンレス鋼板製のリテーナに設けたリテーナ環状面の対向面と、亜鉛メッキ鋼板製のインレットパイプに設けたパイプ環状面の対向面とを接面し、前記対向面の接面範囲内でリテーナ環状面の対向裏面とパイプ環状面の対向裏面とに電極を押し当ててシーム溶接することにより、パイプ環状面の対向面にあるメッキ層の亜鉛を溶融し、前記対向面の接面範囲から前記接面範囲両側の隙間に亜鉛を押しやって前記隙間を埋めたことを特徴とする燃料給油管である。
【0013】
リテーナ環状面は、リテーナの断面周方向に延在するインレットパイプとの環状接合部位で、リテーナを構成するステンレス鋼板の一部を加工して、リテーナの壁面から法線方向外向きに張り出す環状フランジや前記下端に形成される環状周壁として構成される。同様に、パイプ環状面は、インレットパイプの断面周方向に延在するリテーナとの環状接合部位で、インレットパイプを構成する亜鉛メッキ鋼板の一部を加工して、インレットパイプの壁面から法線方向外向きに張り出す環状フランジや前記下端に形成される環状周壁として構成される。
【0014】
リテーナ環状面及びパイプ環状面がフランジの場合、各フランジの対向面(接面するために対向している側の面)を接面させ、前記対向面の接面範囲内でそれぞれの対向裏面(対向面と反対側の面)に押し当てたシーム溶接の電極により、リテーナ環状面及びパイプ環状面を一体に上下に挟み込む。この場合、電極はいずれもリテーナ及びインレットパイプの外側にある。また、リテーナ環状面及びパイプ環状面が環状周壁の場合、一方を他方に嵌合して対向面を接面させ、前記対向面の接面範囲内でそれぞれの対向裏面に押し当てたシーム溶接の電極により、リテーナ環状面及びパイプ環状面を一体に内外に挟み込む。この場合、電極の一方はリテーナ及びインレットパイプの内側、他方が外側にある。
【0015】
本発明の燃料給油管は、シーム溶接により不動態皮膜が破壊され、粒界腐食の発生する虞があるステンレス鋼板の部分、すなわちシーム溶接をするリテーナ環状面及びパイプ環状面の接面範囲及び近傍が発錆する環境において、前記接面範囲両側の隙間に押しやった亜鉛から生成される亜鉛酸化物(酸化皮膜)で覆うことにより、不動態皮膜に代わる表面を形成し、ステンレス鋼板の発錆を防止する。特許文献1が用いる錫-亜鉛メッキ鋼鈑は、メッキ層自体の発錆を抑制するが、本発明の亜鉛メッキ鋼鈑は、鋼板より先行して亜鉛を酸化させて亜鉛酸化物を形成し(亜鉛の犠牲的防食作用)、前記亜鉛酸化物で覆った鋼板の発錆を抑制する。本発明は、錫-亜鉛メッキ鋼鈑と異なる亜鉛メッキ鋼鈑の防錆作用(亜鉛の犠牲的防食作用)を利用する。
【0016】
シーム溶接は、接合する部材に通電して加熱する。このため、電極を押し当てた範囲及び近傍が加熱され、インレットパイプを構成する亜鉛メッキ鋼鈑のメッキ層が一時的に溶融する。このとき、電極がリテーナ環状面及びパイプ環状面の対向裏面に押し付けられるため、リテーナ環状面及びパイプ環状面の対向面が接面範囲両側で相対的に浮き上がってわずかな隙間を形成され、溶融したメッキ層の亜鉛が押しやられて前記隙間を塞ぐ。亜鉛に塞がれた隙間に挟まれた部分は、外部から遮断されているほか、残る亜鉛のメッキ層から亜鉛酸化物が生成され、鋼板及びステンレス鋼板の発錆を抑制する。メッキ層に電極を押し当てられたパイプ環状面の対向裏面も、残る亜鉛のメッキ層から亜鉛酸化物が生成され、鋼板及びステンレス鋼板の発錆を抑制する。
【0017】
シーム溶接に際して加熱され、かつリテーナ環状面及びパイプ環状面の対向面の接面範囲両側の隙間に隣接する外部に露出した部分は、前記隙間に集められた亜鉛から生成されて広がる亜鉛酸化物に覆われ、発錆が抑制される。不動態皮膜が破壊され、粒界腐食の発生する虞があるステンレス鋼板の表面は、シーム溶接に際して加熱され、かつ隙間に隣接して外部に露出した部分であるため、前記亜鉛酸化物に覆われ、発錆が抑制される。ここで、亜鉛酸化物が広がってステンレス鋼板の表面を覆うまで時間が掛かることから、ステンレス鋼板の粒界腐食の発生が懸念されるが、亜鉛の酸化はステンレス鋼板の酸化より圧倒的に早いため、ステンレス鋼板の粒界腐食が発生する前に亜鉛酸化物がステンレス鋼板の表面を覆う。
【0018】
既述したように、ステンレス鋼板の表面を覆う亜鉛酸化物は、リテーナ環状面及びパイプ環状面の対向面の接面範囲両側の隙間に押しやられた亜鉛から生成されることから、前記隙間に押しやられた亜鉛が多い程、広範囲に広がることができ、それだけステンレス鋼板の表面を覆いやすくなる。一般に、シーム溶接の加熱範囲は、電極を押し当てた範囲及び近傍に限定されるため、亜鉛酸化物の広がりも前記範囲を覆う程度でよい。これから、塩水噴無試験(JIS Z 2371準拠)の結果、インレットパイプは、亜鉛メッキ鋼板のメッキ層の膜厚を11μm以上25μm以下にするとよいことが判った。
【0019】
メッキ層を形成する電気メッキ法は、設計値通りの膜厚を形成でき、防錆塗料の付着にも優れているが、膜厚はせいぜい数μm程度であり、特許文献1が用いる錫-亜鉛メッキ鋼鈑に適していても、本発明に好適な亜鉛メッキ鋼鈑を作りがたい。これから、上述した膜厚が11μm以上のメッキ層は、溶融メッキ法により形成することが望ましい。膜厚が11μm以上のメッキ層を形成した亜鉛メッキ鋼鈑は、結局はインレットパイプ全体のメッキ層の膜厚も11μm以上に厚くし、インレットパイプ全体の防錆性能を向上させる。メッキ層の膜厚は厚い程好ましいが、溶融メッキ法による上限は通常25μmであることから、本発明に好適な亜鉛メッキ鋼鈑におけるメッキ層の膜厚は、25μm以下とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明の燃料給油管は、リテーナをステンレス鋼板製とし、インレットパイプを亜鉛メッキ鋼鈑製とすることにより、リテーナ環状面とパイプ環状面とをシーム溶接することにより不動態皮膜が破壊され、粒界腐食の発生する虞があるステンレス鋼板の表面が発錆する前に、前記表面を亜鉛酸化物で覆い、不動態皮膜に代わる防錆性能を発揮させ、特別な防錆対策を施さなくて済む。これは、直接的に防錆対策に要する手間やコストを低減できる効果をもたらす。また、インレットパイプを構成する亜鉛メッキ鋼鈑は、錫-亜鉛メッキ鋼鈑よりも安価であるため、材料面からもコストが低減できる。
【0021】
ステンレス鋼板製のリテーナと亜鉛メッキ鋼鈑製のインレットパイプとの接合は、異種金属間の接合であることから、リテーナ環状面及びパイプ環状面の対向面の接面範囲両側の隙間における電解腐食が懸念される。しかし、本発明は、リテーナ環状面及びパイプ環状面の対向面の接面範囲から押しやられる亜鉛により前記隙間が塞がれるほか、亜鉛から生成される亜鉛酸化物が前記電解腐食の発生をも防止する。こうして、本発明の燃料給油管は、特別な防錆対策を要することなく、高い防錆性能を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明を適用した燃料給油管の延在方向部分断面図である。
【図2】リテーナ及びインレットパイプの嵌合関係を表す図1相当断面図である。
【図3】シーム溶接の状態を表す図1相当断面図である。
【図4】図3中A矢視部拡大断面図である。
【図5】酸化皮膜が形成された状態を表す図4相当拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明を実施するための形態について説明する。本発明は、例えば図1に見られるように、ステンレス鋼板製のリテーナ2と亜鉛メッキ鋼鈑製のインレットパイプ3とを組み付けて構成される燃料給油管1に適用される。従来の燃料給油管1は、本例と同構造であっても、リテーナ2及びインレットパイプ3に同種金属を用いたり、異種金属のリテーナ2及びインレットパイプ3を組み付けてから全体に防錆対策(例えば防錆塗料を塗布。特許文献1参照)を施したりしていたが、本発明の燃料給油管1は、前記ステンレス鋼板製のリテーナ2と亜鉛メッキ鋼鈑製のインレットパイプ3とを組み付けただけで、特に後処理としての防錆対策を必要としない。
【0024】
リテーナ2は、上から順に、給油口22、雌ネジ形成周壁23、リテーナ環状面21、底部端面24及びガンガイド25を一体に形成したステンレス鋼板製の略円筒部材で、燃料給油管1の一部として車体6に支持される。給油口22は、略円筒部材の断面円形の上端縁部を半径方向外向きに折り返した部分であり、切断端を下向きにして、人の手を傷けないようにしている。雄ネジ形成周壁23は、前記給油口22から下方に続く円筒部分で、半径方向内向きに凸な螺旋条からなる雌ネジを形成している。これにより、前記雌ネジに雄ネジを螺合させて、給油口キャップ(図示略)をリテーナ2に締着させる。
【0025】
リテーナ環状面21は、前記雌ネジ形成周壁23と後述する底部端面24とに挟まれた環状周壁であり、外嵌させたインレットパイプ3のパイプ環状面31と全周にわたってシーム溶接により接合される(後掲図2及び図3参照)。こうして全周にわたってシーム溶接することにより、リテーナ2及びインレットパイプ3の接合部位における気密性(燃料蒸気漏れ防止)及び水密性(燃料漏れ防止及び雨水等の浸入防止)を確保する。リテーナ環状面21の幅(環状壁としての高さ)は、後述する円盤状外電極5より大きければよく、後述するガンガイド25があまり深い位置にならないように、適宜決定する。
【0026】
底部端面24は、上方に位置するリテーナ環状面21に直交して前記リテーナ環状面21の下方を塞ぐ円形状平坦面で、リテーナ2全体の剛性を向上させて保形性を高めるほか、ガンガイド25の形成部位を提供する。ガンガイド25は、相対的に内径の大きなリテーナ2に差し込まれた給油ガン(図示略)を、相対的に内径の小さなインレットパイプ3へ案内するため、給油ガンの外径より少し大きな内径を有し、前記底部端面24の周縁に偏った位置に形成された環状壁である。ガンガイド25は、底部端面24の剛性を向上させる働きもある。
【0027】
インレットパイプ3は、上端部にリテーナ2を取り付け、下端部を燃料タンク(図示略)に接続した亜鉛メッキ鋼鈑製のパイプ部材である。インレットパイプ3は、全長の大半を占める管本体32がリテーナ2より細い内径であるため、リテーナ環状壁21の外径に内径が相当するまで、管本体32の上端部を拡管して環状周壁であるパイプ環状面31を形成し、前記パイプ環状面31をリテーナ2のリテーナ環状面21に外嵌している。これから、インレットパイプ3側から見て、パイプ環状面31はリテーナ2の底部端面24に塞がれながら、一部ガンガイド25が突出した格好になっている。
【0028】
リテーナ2及びインレットパイプ3は、図2に見られるように、インレットパイプ3に設けた環状周壁であるパイプ環状面31を、リテーナ2に設けた環状周壁であるリテーナ環状面21に外嵌して、前記リテーナ環状面21の外周面(対向面)と、インレットパイプ3に設けたパイプ環状面31の内周面(対向面)とを接面させる。本例の場合、雌ネジ形成周壁23とリテーナ環状面21との間にテーパ環状面231を形成することにより、上端縁を前記リテーナ環状面21とテーパ環状面231との境界につき当てるようにパイプ環状面31をリテーナ環状面21に外嵌すると、リテーナ2に対するインレットパイプ3の接合位置関係が容易に決まる。
【0029】
そして、リテーナ2及びインレットパイプ3は、図3に見られるように、リテーナ2内に挿入した円柱状電極4の側面を前記リテーナ環状面21の内周面(対向裏面)に宛てがい、リテーナ環状面21の外周面とパイプ環状面31の内周面との接面範囲内で円盤状電極5の周面をパイプ環状面31の外周面(対向裏面)に押し付けて、全周にわたってシーム溶接して接合する。本例の円柱状電極4は、先端面を絶縁面41として、リテーナ2の底部端面24に前記絶縁面41を押し付けながらシーム溶接する。シーム溶接は、円柱状電極4及び円盤状電極5を回転させながら接合部材(リテーナ2及びインレットパイプ3)に押し付けるため、リテーナ2の底部端面24に円柱状電極4の絶縁面41を押し付けることができると、シーム溶接中における円柱状電極4の安定させることができる。
【0030】
シーム溶接は、接合材料を一時的に溶融させて接合する溶接方法であることから、亜鉛メッキ鋼板であるインレットパイプ3は、図4に見られるように、抵抗加熱によりメッキ層311を一時的に溶融させ、リテーナ環状面21の外周面(対向面)及びパイプ環状面31の内周面の接面範囲から前記接面範囲上下の隙間312に亜鉛313を押しやって前記隙間312を埋める。隙間312は、リテーナ環状面21の外周面とパイプ環状面31の内周面との接面範囲内で前記パイプ環状面31の外周面に対して円盤状電極5の周面をに押し付けたことで、パイプ状環状面31がわずかに反り返ることにより形成される。
【0031】
ステンレス鋼板製のリテーナ2は、シーム溶接により表面の不動態皮膜が破壊される不動態皮膜破壊範囲211(図4中クロスハッチング部位参照)が、リテーナ環状面21を中心のテーパ環状面231及び底部端面24にわたって形成される。すなわち、不動態皮膜破壊範囲211の外周縁は、隙間312を埋めた亜鉛313にある。これにより、不動態皮膜破壊範囲211は、図5に見られるように、隙間312に押しやった亜鉛313から生成される酸化皮膜(亜鉛酸化物)314で覆われ、不動態皮膜に代わってリテーナ2の発錆が防止される。メッキ層311に円盤状電極5が押し当てられたパイプ環状面31の外周面(対向裏面)は、溶融した亜鉛が前記円盤状電極5に押しのけられて薄くなるが、残る亜鉛のメッキ層311から酸化皮膜314が生成され、インレットパイプ3の発錆が抑制される。
【0032】
亜鉛313に塞がれた隙間312に挟まれた部分は、外部から遮断されているほか、残る亜鉛のメッキ層311から亜鉛酸化物が生成され、リテーナ2及びインレットパイプ3の発錆を抑制する。また、隙間312が亜鉛313に満たされることにより(図4参照)、前記隙間312に不純物が堆積できなくなることから、前記不純物に起因する電解腐食の発生も防止できる。詳細な図示は省略するが、リテーナ環状面21と底部端面24との境界側に形成される隙間312(図3参照)も亜鉛313で満たされるため、同様に生成される酸化皮膜が前記隙間312近傍の不動態皮膜破壊範囲211を覆ったり、前記隙間312を塞いだりして、電解腐食の発生が防止される。
【実施例】
【0033】
本発明による防錆作用の有効性を実証すべく、ステンレス鋼板同士をシーム溶接した試験片(比較例)と、ステンレス鋼板及びと亜鉛メッキ鋼鈑をシーム溶接した試験片(実施例1〜実施例3)とについて、塩水噴無試験(JIS Z 2371準拠)を実施し、メッキ層の膜厚と発錆の有無との関係を確認した。接合材料の一方であるステンレス鋼板は、自動車部品一般に使用されるSUS436を用いた。接合材料の他方である亜鉛メッキ鋼鈑は、自動車部品一般に使用される(STKM11A)に、電気メッキ法又は溶融メッキ法を用いて3種類の膜厚で亜鉛のメッキ層を形成したものを用いた。
【0034】
比較例は、ステンレス鋼板同士をシーム溶接した試験片である。実施例1は、膜厚が4.2μmである亜鉛のメッキ層を形成した亜鉛メッキ鋼鈑とステンレス鋼板とをシーム溶接した試験片である。メッキ層は、電気メッキ法により形成した。実施例2は、実施例1同様、電気メッキ法により膜厚が6.5μmの亜鉛のメッキ層を形成した亜鉛メッキ鋼鈑とステンレス鋼板とをシーム溶接した試験片である。実施例3は、溶融メッキ法により、膜厚が11μm(目標値は12μmであったが、実測値は11μmであった)の亜鉛のメッキ層を形成した亜鉛メッキ鋼鈑とステンレス鋼板とをシーム溶接した試験片である。
【0035】
実施した塩水噴霧試験は、JIS
Z 2371に準拠する中性塩水噴霧試験である。具体的には、濃度50g/Lの塩化ナトリウム水溶液を水酸化ナトリウム又は塩酸によってpH6.5となるように調整した塩水を、比較例及び実施例1〜実施例3の各試験片を並べた浴槽(環境温度:35℃)内に300時間連続噴霧した後、比較例及び実施例1〜実施例3の各試験片が発錆するまでの時間を計測した(JIS Z 2371は、塩水噴霧終了後、100時間内に発錆のないことが要求されている)。
【0036】
【表1】

【0037】
試験結果を表1に示す。試験結果から明らかなように、比較例及び実施例1の各試験片は塩水噴霧終了後1日(25時間)も経たない間に発錆が見られた。これから、防錆作用の強いステンレス鋼板同士をシーム溶接すると、発錆してしまうことが確認された。これは、シーム溶接により不動態皮膜の破壊が原因と考えられる。また、ステンレス鋼板と亜鉛メッキ鋼鈑とをシーム溶接した場合、亜鉛メッキ鋼鈑のメッキ層が4.2μm以下であると、やはり発錆してしまうことが確認された。これから、比較例及び実施例1の構成では、シーム溶接後、別途防錆対策(防錆塗料の塗布等)の必要なことが理解される。
【0038】
実施例2から、ステンレス鋼板とシーム溶接により接合した亜鉛メッキ鋼鈑のメッキ層の膜厚が6.5μmあれば、塩水噴霧終了後1日程度は発錆が抑えられるものの、塩水噴霧終了後4日(100時間)経つと発錆が見られた。これから、ステンレス鋼板と亜鉛メッキ鋼鈑とをシーム溶接した場合、亜鉛メッキ鋼鈑のメッキ層が6.5μm以下であると、やはり発錆してしまうことが確認された。また、実施例1及び実施例2は、JIS Z 2371の要求を満たさないことも確認された。
【0039】
これに対し、実施例3の試験片は、塩水噴霧終了後13日程度(300時間)を経過しても発錆が見られなかった。また、実施例3の試験を見たところ、シーム溶接した部位に白い酸化皮膜(亜鉛酸化物)が形成されていた。これから、ステンレス鋼板と亜鉛メッキ鋼鈑とをシーム溶接した場合、亜鉛メッキ鋼鈑のメッキ層が11μm以上であると、シーム溶接した部位、すなわち不動態皮膜破壊範囲を酸化皮膜が覆い、実施例3の試験片全体の発錆が防止されることが確認された。
【0040】
ここで、塩水噴霧試験で良好な結果を得た実施例3の試験片と、塩水噴霧終了後4日程度以内に発錆した実施例1及び実施例2の試験片とは、亜鉛のメッキ層の膜厚のほか、実施例3がメッキ層を溶融メッキ法で形成し、実施例1及び実施例2がメッキ層を電気メッキ法で形成した点も相違する。電気メッキ法は、メッキ層の膜厚を目標値とおりに形成しやすいが、形成できる膜厚の上限が10μm程度である。これに対し、溶融メッキ法は、メッキ層の膜厚を目標とおりに形成しにくい(実施例3参照)が、10μm以上の膜厚のメッキ層を形成できる(上限は通常25μm程度)。これから、本発明は、溶融メッキ法により亜鉛のメッキ層を形成した亜鉛メッキ鋼鈑とステンレス鋼板とをシーム溶接することにより、発錆しない燃料給油管を提供する技術と見ることもできる。
【符号の説明】
【0041】
1 燃料給油管
2 リテーナ
21 リテーナ環状面
211 不動態皮膜破壊範囲
3 インレットパイプ
31 パイプ環状面
311 メッキ層
312 隙間
313 隙間を埋めた亜鉛
314 酸化皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リテーナ及びインレットパイプを接合して構成される燃料給油管において、
ステンレス鋼板製のリテーナに設けたリテーナ環状面の対向面と、亜鉛メッキ鋼板製のインレットパイプに設けたパイプ環状面の対向面とを接面し、前記対向面の接面範囲内でリテーナ環状面の対向裏面とパイプ環状面の対向裏面とに電極を押し当ててシーム溶接することにより、
パイプ環状面の対向面にあるメッキ層の亜鉛を溶融し、前記対向面の接面範囲から前記接面範囲両側の隙間に亜鉛を押しやって前記隙間を埋めたことを特徴とする燃料給油管。
【請求項2】
インレットパイプは、亜鉛メッキ鋼板のメッキ層の膜厚を11μm以上25μm以下とした請求項1記載の燃料給油管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−96570(P2012−96570A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243414(P2010−243414)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(503399920)株式会社アステア (31)
【Fターム(参考)】