説明

燃料電池およびその製造方法ならびに酵素固定化電極およびその製造方法ならびに電子機器

【課題】正極に酵素とともに固定化する電子メディエーターの溶出を防止することができることにより出力特性、寿命、効率などの低下を防止することができ、電流の維持率の向上を図ることができる燃料電池およびその製造方法を提供する。
【解決手段】内部に空隙を有する電極の表面に酵素を固定化した後、この酵素を固定化した電極の表面に、フェロセンなどの疎水性の電子メディエーターを水と相分離する有機溶媒に溶解した溶液を接触させて電極の表面に疎水性の電子メディエーターを固定化することによりバイオ燃料電池の正極2を製造する。水と相分離する有機溶媒としてはメチルイソブチルケトンなどを用いる。この溶液に撥水材料を含ませることにより、電極の表面に撥水材料を形成して撥水性とする。撥水材料としてはカーボン粉末などを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、燃料電池およびその製造方法ならびに酵素固定化電極およびその製造方法ならびに電子機器に関する。より詳細には、この発明は、正極(カソード)に酵素および電子メディエーターを固定化する燃料電池およびその製造方法に適用して好適なものである。さらに、この発明は、この燃料電池に用いて好適な酵素固定化電極およびその製造方法ならびにこの燃料電池を用いる電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、酵素を用いた燃料電池(バイオ燃料電池)が注目されている(例えば、特許文献1〜12参照。)。このバイオ燃料電池は、燃料を酵素により分解してプロトン(H+ )と電子とに分離するもので、燃料としてメタノールやエタノールなどのアルコール類あるいはグルコースなどの単糖類あるいはデンプンなどの多糖類を用いたものが開発されている。
【0003】
このバイオ燃料電池の正極には、酸素を還元する酵素とともに電子メディエーターを固定化するのが一般的であり、電子メディエーターとしては従来よりヘキサシアノ鉄酸カリウム(フェリシアン化カリウム)、オクタシアノタングステン酸カリウムなどが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−282124号公報
【特許文献2】特開2004−71559号公報
【特許文献3】特開2005−13210号公報
【特許文献4】特開2005−310613号公報
【特許文献5】特開2006−24555号公報
【特許文献6】特開2006−49215号公報
【特許文献7】特開2006−93090号公報
【特許文献8】特開2006−127957号公報
【特許文献9】特開2006−156354号公報
【特許文献10】特開2007−12281号公報
【特許文献11】特開2007−35437号公報
【特許文献12】特開2007−87627号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者らが種々の実験を行った結果得られた知見によれば、正極に酵素とともに固定化するヘキサシアノ鉄酸カリウム、オクタシアノタングステン酸カリウムなどの電子メディエーターは、バイオ燃料電池の使用中に正極から溶出しやすい。このため、バイオ燃料電池の出力、寿命、効率などの低下が生じてしまうという問題があった。
そこで、この発明が解決しようとする課題は、正極に酵素とともに固定化する電子メディエーターの溶出を防止することにより、電流の維持率の向上を図った燃料電池およびその製造方法を提供することである。
この発明が解決しようとする他の課題は、酵素とともに電子メディエーターが固定化される燃料電池の正極に適用して好適な酵素固定化電極およびその製造方法を提供することである。
この発明が解決しようとするさらに他の課題は、上記のような優れた燃料電池を用いた電子機器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、従来技術が有する上記の問題を解消するために、正極に酵素とともに固定化する電子メディエーターとしてフェロセンなどの疎水性の電子メディエーターを用いることを考えた。ところが、疎水性の高い電子メディエーターは水に不溶であるため、酵素などとの混合溶液を調製してカーボンなどからなる電極に塗布することができない。一方、フェロセンは、アセトンやエタノールなどの水と混じる有機溶媒には溶解するが、これらの有機溶媒にフェロセンを溶解した溶液を酵素を固定化した電極に塗布すると、これらの有機溶媒が酵素を失活させてしまう。そこで、本発明者らは鋭意研究を行った結果、酵素をほとんど溶解しない有機溶媒に疎水性の電子メディエーターを溶解した溶液を電極の表面に塗布することなどにより疎水性の電子メディエーターを電極に固定化することが有効であるという結論に至った。この方法によれば、あらかじめ電極の表面に固定化された酵素を失活させずに疎水性の電子メディエーターを電極の表面に固定化することができる。
【0007】
一方、上述のバイオ燃料電池の正極の電極材料には一般に、酸素の供給のために多孔質カーボンなどの、内部に空隙を有する材料が用いられる。このような内部に空隙を有する材料を用いた正極では、負極に供給される燃料溶液から電解質を通って正極側に移動する水や、負極から電解質を通って供給されるH+ が、外部から供給された酸素および負極から外部回路を通って送られた電子と反応することにより生成される水や、緩衝液を含む電解質から浸透圧により出てくる水などが、正極の内部の空隙を満たす結果、正極の内部が水没するおそれがある。このように正極の内部が水没すると、正極に対する酸素の供給が困難となることから、バイオ燃料電池から得られる電流が大幅に減少してしまう。このため、正極に含まれる水分量を管理することが重要であるが、これまでそのための有効な方法は提案されていなかった。本発明者らは、この問題を解消するために鋭意研究を行った結果、正極が酵素が固定化された電極からなり、この電極が多孔質カーボンなどの内部に空隙を有するものである場合に、その空隙の内面を含むこの電極の表面の少なくとも一部を撥水性とすることにより、この正極に含まれる水分量を最適範囲に維持することができることを見出した。しかも、この場合、酵素の活性を維持しつつ、電極の表面を撥水化することができる。さらに検討を行った結果、この撥水化技術は、負極が酵素が固定化された電極からなり、この電極が多孔質カーボンなどの内部に空隙を有するものである場合にも有効であるという結論に至った。
【0008】
すなわち、上記課題を解決するために、この発明は、
内部に空隙を有する電極の表面に酵素を固定化する工程と、
上記酵素を固定化した上記電極の表面に、疎水性の電子メディエーターを水と相分離する有機溶媒に溶解した溶液を接触させることにより、上記電極の表面に上記疎水性の電子メディエーターを固定化する工程とを有する燃料電池の製造方法である。
ここで、水と相分離する有機溶媒としては、典型的には、酵素の溶解度が十分に小さい、例えば溶解度が10mg/ml以下、好適には1mg/ml以下の有機溶媒が用いられる。また、酵素および疎水性の電子メディエーターが固定化された電極は、典型的には正極であるが、負極であってもよい。
【0009】
また、この発明は、
正極と負極とがプロトン伝導体を介して対向した構造を有し、
上記正極が、内部に空隙を有する電極の表面に酵素および疎水性の電子メディエーターが固定化されたものからなる燃料電池である。
【0010】
また、この発明は、
一つまたは複数の燃料電池を用い、
少なくとも一つの上記燃料電池が、
正極と負極とがプロトン伝導体を介して対向した構造を有し、
上記正極が、内部に空隙を有する電極の表面に酵素および疎水性の電子メディエーターが固定化されたものからなるものである電子機器である。
【0011】
上記の各発明において、電極の表面を撥水性とするためには、例えば、この電極の表面に撥水材料を形成する。具体的には、例えば、水と相分離する有機溶媒に撥水材料を分散させたものに疎水性の電子メディエーターを溶解した溶液を電極の表面に塗布したり、染み込ませたり、電極をこの溶液にディップ(浸漬)したりする。撥水材料としては、好適には、微粒子状の撥水材料が用いられ、この微粒子状の撥水材料を水と相分離する有機溶剤に分散させる。この溶液中の撥水材料の割合は極微量であってもよい。
【0012】
正極または負極の電極に用いる、内部に空隙を有する材料としては、一般的には多孔質の材料が用いられ、例えば、多孔質カーボン、カーボンペレット、カーボンフェルト、カーボンペーパーなどのカーボン系材料が多く用いられるが、他の材料を用いてもよい。
【0013】
この燃料電池においては、例えば、正極の一部に燃料溶液が接触するように構成され、あるいは、負極の外周面および正極の側面に燃料溶液が接触するように構成されるが、これに限定されるものではない。後者の場合には、例えば、正極のプロトン伝導体と反対側の面に、空気は透過し、燃料溶液は透過しない材料からなるシートが設けられる。
【0014】
正極および負極に固定化される酵素は、種々のものであってよく、必要に応じて選ばれる。また、負極に酵素が固定化される場合、好適には、酵素に加えて電子メディエーターが固定化される。
正極に固定化される酵素は、典型的には酸素還元酵素を含む。この酸素還元酵素としては、マルチ銅酸化酵素を用いることができる。ただし、マルチ銅酸化酵素は、活性中心に4つの銅イオンを有し、酸素を4電子還元する酵素、例えば、ビリルビンオキシダーゼ、ラッカーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼなどの総称である。この場合、正極に酵素とともに固定化する疎水性の電子メディエーターとしては、例えば、次のようなものが挙げられる。
【0015】
・フェロセンFeCp2 (Cp:シクロペンタジエニル環;logPow=3.28)およびn,n´−置換−フェロセンFe(nX−Cp)(n´Y−Cp)(n,n´=1〜5、X,Yは置換基)のうち、マルチ銅酸化酵素に対する電子供与体となりうる化合物
・水と相分離する有機溶媒に溶解するアントラキノン系またはナフトキノン系の化合物のうち、マルチ銅酸化酵素に対する電子供与体となりうる化合物
【0016】
正極には、必要に応じて、上記の疎水性の電子メディエーターとともに、ヘキサシアノ鉄酸カリウム、オクタシアノタングステン酸カリウムなどの親水性の電子メディエーターを固定化してもよい。
【0017】
負極に固定化される酵素は、例えば、燃料としてグルコースのような単糖類を用いる場合には、単糖類の酸化を促進し分解する酸化酵素を含み、通常はこれに加えて酸化酵素によって還元される補酵素を酸化体に戻す補酵素酸化酵素を含む。この補酵素酸化酵素の作用により、補酵素が酸化体に戻るときに電子が生成され、補酵素酸化酵素から電子メディエーターを介して電極に電子が渡される。酸化酵素としては例えばNAD+ 依存型グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)、補酵素としては例えばニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+ )が、補酵素酸化酵素としては例えばジアホラーゼが用いられる。
【0018】
燃料として多糖類(広義の多糖類であり、加水分解によって2分子以上の単糖を生じる全ての炭水化物を指し、二糖、三糖、四糖などのオリゴ糖を含む)を用いる場合には、好適には、上記の酸化酵素、補酵素酸化酵素、補酵素および電子メディエーターに加えて、多糖類の加水分解などの分解を促進し、グルコースなどの単糖類を生成する分解酵素も固定化される。多糖類としては、具体的には、例えば、デンプン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、セルロース、マルトース、スクロース、ラクトースなどが挙げられる。これらは単糖類が二つ以上結合したものであり、いずれの多糖類においても結合単位の単糖類としてグルコースが含まれている。なお、アミロースとアミロペクチンとはデンプンに含まれる成分であり、デンプンはアミロースとアミロペクチンとの混合物である。多糖類の分解酵素としてグルコアミラーゼを用い、単糖類を分解する酸化酵素としてグルコースデヒドロゲナーゼを用いた場合には、グルコアミラーゼによりグルコースにまで分解することができる多糖類、例えばデンプン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトースのいずれかを含むものであれば、これを燃料として発電することが可能となる。なお、グルコアミラーゼはデンプンなどのα−グルカンを加水分解しグルコースを生成する分解酵素であり、グルコースデヒドロゲナーゼはβ−D−グルコースをD−グルコノ−δ−ラクトンに酸化する酸化酵素である。好適には、多糖類を分解する分解酵素も負極上に固定化される構成とし、最終的に燃料となる多糖類も負極上に固定化される構成とする。
【0019】
また、デンプンを燃料とする場合には、デンプンを糊化してゲル状の固形化燃料としたものを用いることもできる。この場合、好適には、糊化したデンプンを酵素などが固定化された負極に接触させ、あるいは負極上に酵素などとともに固定化する方法をとることができる。このような電極を用いると、負極表面のデンプン濃度を、溶液中に溶解したデンプンを用いた場合よりも高い状態に保持することができ、酵素による分解反応がより速くなり、出力が向上するとともに、燃料の取り扱いが溶液の場合よりも容易で、燃料供給システムを簡素化することができ、しかも燃料電池を天地無用とする必要がなくなるため、例えばモバイル機器に用いたときに非常に有利である。
【0020】
メタノールを燃料とする場合には、触媒としてメタノールに作用してホルムアルデヒドに酸化するアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)と、ホルムアルデヒドに作用して蟻酸に酸化するホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ(FalDH)と、蟻酸に作用してCO2 に酸化する蟻酸デヒドロゲナーゼ(FateDH)とにより三段階の酸化プロセスを経て、CO2 まで分解される。すなわち、メタノール1分子当たり三つのNADHが生成されることになり、六つの電子が生成される。
【0021】
エタノールを燃料とする場合には、触媒としてエタノールに作用してアセトアルデヒドに酸化するアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)と、アセトアルデヒドに作用して酢酸に酸化するアルデヒドデヒドロゲナーゼ(AlDH)とにより、二段階の酸化プロセスを経て、酢酸まで分解される。すなわち、エタノール1分子につき二段階の酸化反応により合計4電子が生成されることになる。
なお、エタノールは、メタノールと同様にCO2 まで分解する方法をとることもできる。この場合は、アセトアルデヒドに対してアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ(AalDH)を作用させてアセチルCoAとした後、TCA回路に渡される。TCA回路でさらに電子が生成される。
【0022】
負極に酵素とともに固定化する電子メディエーターとしては基本的にはどのようなものを用いてもよいが、好適には、キノン骨格を有する化合物、取り分けナフトキノン骨格を有する化合物が用いられる。このナフトキノン骨格を有する化合物としては各種のナフトキノン誘導体を用いることが可能であるが、具体的には、例えば、2−アミノ−1,4−ナフトキノン(ANQ)、2−アミノ−3−メチル−1,4−ナフトキノン(AMNQ)、2−メチル−1,4−ナフトキノン(VK3)、2−アミノ−3−カルボキシ−1,4−ナフトキノン(ACNQ)などが用いられる。キノン骨格を有する化合物としては、ナフトキノン骨格を有する化合物以外に、例えば、アントラキノンやその誘導体を用いることもできる。電子メディエーターには、必要に応じて、キノン骨格を有する化合物以外に、電子メディエーターとして働く一種または二種以上の他の化合物を含ませてもよい。キノン骨格を有する化合物、特にナフトキノン骨格を有する化合物を負極に固定化する際に用いる溶媒としては、好適にはアセトンが用いられる。このように溶媒としてアセトンを用いることにより、キノン骨格を有する化合物の溶解性を高めることができ、キノン骨格を有する化合物を負極に効率的に固定化することができる。溶媒には、必要に応じて、アセトン以外の一種または二種以上の他の溶媒を含ませてもよい。
【0023】
一つの例では、負極に電子メディエーターとしての2−メチル−1,4−ナフトキノン(VK3)、補酵素としての還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、酸化酵素としてのグルコースデヒドロゲナーゼおよび補酵素酸化酵素としてのジアホラーゼを固定化し、好適には、これらを1.0(mol):0.33〜1.0(mol):(1.8〜3.6)×106 (U):(0.85〜1.7)×107 (U)の比で固定化する。ただし、U(ユニット)とは、酵素活性を示す一つの指標であり、ある温度およびpHにおいて1分間当たり1μmolの基質が反応する度合いを示す。
酵素、補酵素、電子メディエーターなどを負極または正極に固定化するための固定化材としては、従来公知の各種のものを用いることができ、必要に応じて選ばれる。
【0024】
プロトン伝導体としては、電子伝導性を持たず、プロトンのみ伝導するものである限り種々のものを用いることができ、必要に応じて選択される。具体的には、プロトン伝導体としては、例えば次のようなものが挙げられる。
・セロハン
・パーフルオロカーボンスルホン酸(PFS)系の樹脂膜
・トリフルオロスチレン誘導体の共重合膜
・リン酸を含浸させたポリベンズイミダゾール膜
・芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸膜
・PSSA−PVA(ポリスチレンスルホン酸ポリビニルアルコール共重合体)
・PSSA−EVOH(ポリスチレンスルホン酸エチレンビニルアルコール共重合体)
・含フッ素カーボンスルホン酸基を有するイオン交換樹脂(ナフィオン(商品名、米国デュポン社)など)
【0025】
また、この発明は、
内部に空隙を有する電極の表面に酵素を固定化する工程と、
上記酵素を固定化した上記電極の表面に、疎水性の電子メディエーターを水と相分離する有機溶媒に溶解した溶液を接触させることにより、上記電極の表面に上記疎水性の電子メディエーターを固定化する工程とを有する酵素固定化電極の製造方法である。
【0026】
また、この発明は、
内部に空隙を有する電極の表面に酵素および疎水性の電子メディエーターが固定化されたものからなる酵素固定化電極である。
【0027】
上記の発明による酵素固定化電極の製造方法および酵素固定化電極は、正極と負極とがプロトン伝導体を介して対向した構造を有し、正極が、内部に空隙を有する電極の表面に酵素および電子メディエーターが固定化されたものからなる燃料電池の正極に適用して好適なものである。上記の酵素固定化電極の製造方法および酵素固定化電極の発明においては、上記以外のことは、その性質に反しない限り、上記の発明による燃料電池の製造方法および燃料電池の発明に関連して説明したことが成立する。
【0028】
上述のように構成されたこの発明においては、内部に空隙を有する電極の表面に酵素を固定化し、この酵素を固定化した電極の表面に、疎水性の電子メディエーターを水と相分離する有機溶媒に溶解した溶液を接触させるようにしている。このため、酵素を失活させることなく、電極の表面に疎水性の電子メディエーターを固定化することができる。この疎水性の電子メディエーターは水に溶けないため、水を含む緩衝液中にはほとんど溶出しない。
【発明の効果】
【0029】
この発明によれば、正極に酵素とともに固定化する電子メディエーターの溶出を防止することができることにより、電流の維持率の向上を図ることができ、優れた性能を有する燃料電池を得ることができる。そして、このように優れた燃料電池を用いることにより、高性能の電子機器を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】この発明の第1の実施の形態によるバイオ燃料電池を示す略線図である。
【図2】この発明の第1の実施の形態によるバイオ燃料電池の負極の構成の詳細ならびにこの負極に固定化された酵素群の一例およびこの酵素群による電子の受け渡し反応を模式的に示す略線図である。
【図3】この発明の第1の実施の形態によるバイオ燃料電池の全体構成の一例を示す略線図である。
【図4】この発明の第1の実施の形態によるバイオ燃料電池の全体構成の他の例を示す略線図である。
【図5】この発明の第1の実施の形態によるバイオ燃料電池の評価のために行ったクロノアンペロメトリーの測定に用いられた測定系を示す略線図である。
【図6】この発明の第1の実施の形態によるバイオ燃料電池の評価のために行ったクロノアンペロメトリーの結果を示す略線図である。
【図7】この発明の第1の実施の形態によるバイオ燃料電池の評価のために行ったリニアスイープボルタンメトリーの結果を示す略線図である。
【図8】この発明の第1の実施の形態によるバイオ燃料電池の評価のために行ったクロノアンペロメトリーの結果を示す略線図である。
【図9】この発明の第2の実施の形態によるバイオ燃料電池の評価のために行ったクロノアンペロメトリーの結果を示す略線図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、発明を実施するための形態(以下「実施の形態」とする)について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
1.第1の実施の形態
2.第2の実施の形態
【0032】
〈1.第1の実施の形態〉
図1は第1の実施の形態によるバイオ燃料電池を模式的に示す。このバイオ燃料電池では、燃料としてグルコースを用いるものとする。図2は、このバイオ燃料電池の負極の構成の詳細ならびにこの負極に固定化された酵素群の一例およびこの酵素群による電子の受け渡し反応を模式的に示す。
【0033】
図1に示すように、このバイオ燃料電池は、負極1と正極2とが電子伝導性を持たず、プロトンのみ伝導する電解質層3を介して対向した構造を有する。負極1は、燃料として供給されたグルコースを酵素により分解し電子を取り出すとともにプロトン(H+ )を発生する。正極2は、負極1から電解質層3を通って輸送されたプロトンと負極1から外部回路を通って送られた電子と例えば空気中の酸素とにより水を生成する。
【0034】
負極1は、内部に空隙を有する材料、例えば多孔質カーボンなどからなる電極11(図2参照)上に、グルコースの分解に関与する酸化酵素のほか、補酵素、補酵素酸化酵素、電子メディエーターなどが固定化材(図示せず)により固定化されたものである。ここで、グルコースの分解に関与する酸化酵素はグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)である。補酵素はグルコースの分解プロセスにおける酸化反応に伴って還元体が生成されるものであり、例えばNAD+ 、NADP+ などである。補酵素酸化酵素は補酵素の還元体(例えば、NADH、NADPHなど)を酸化するものであり、ジアホラーゼ(DI)である。電子メディエーターは、ジアホラーゼから補酵素の酸化に伴って生じる電子を受け取って電極11に渡すためのものである。
【0035】
グルコースの分解に関与する酵素としてグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)を存在させることにより、例えば、β−D−グルコースをD−グルコノ−δ−ラクトンに酸化することができる。
さらに、このD−グルコノ−δ−ラクトンは、グルコノキナーゼとフォスフォグルコネートデヒドロゲナーゼ(PhGDH)との二つの酵素を存在させることにより、2−ケト−6−フォスフォ−D−グルコネートに分解することができる。すなわち、D−グルコノ−δ−ラクトンは、加水分解によりD−グルコネートになる。D−グルコネートは、グルコノキナーゼの存在下、アデノシン三リン酸(ATP)をアデノシン二リン酸(ADP)とリン酸とに加水分解することでリン酸化されて、6−フォスフォ−D−グルコネートになる。この6−フォスフォ−D−グルコネートは、酸化酵素PhGDHの作用により、2−ケト−6−フォスフォ−D−グルコネートに酸化される。
【0036】
また、グルコースは上記分解プロセスのほかに、糖代謝を利用してCO2 まで分解することもできる。この糖代謝を利用した分解プロセスは、解糖系によるグルコースの分解およびピルビン酸の生成ならびにTCA回路に大別されるが、これらは広く知られた反応系である。
単糖類の分解プロセスにおける酸化反応は、補酵素の還元反応を伴って行われる。この補酵素は作用する酵素によってほぼ定まっており、GDHの場合、補酵素にはNAD+ が用いられる。すなわち、GDHの作用によりβ−D−グルコースがD−グルコノ−δ−ラクトンに酸化されると、NAD+ がNADHに還元され、H+ を発生する。
【0037】
生成されたNADHは、ジアホラーゼ(DI)の存在下で直ちにNAD+ に酸化され、二つの電子とH+ とを発生する。したがって、グルコース1分子につき1段階の酸化反応で二つの電子と二つのH+ とが生成されることになる。2段階の酸化反応では、合計四つの電子と四つのH+ とが生成される。
上記プロセスで生成された電子はジアホラーゼから電子メディエーターを介して電極11に渡され、H+ は電解質層3を通って正極2へ輸送される。
【0038】
電子メディエーターは電極11との間で電子の受け渡しを行うもので、バイオ燃料電池の出力電圧は、電子メディエーターの酸化還元電位に依存する。つまり、より高い出力電圧を得るには、負極1側ではよりネガティブな電位の電子メディエーターを選ぶとよい。しかしながら、電子メディエーターの酵素に対する反応親和性、電極11との電子交換速度、阻害因子(光、酸素など)に対する構造安定性なども考慮しなければならない。このような観点から、負極1に固定化する電子メディエーターは、2−アミノ−3−カルボキシ−1,4−ナフトキノン(ACNQ)やビタミンK3(VK3)などが好適である。そのほか、例えばキノン骨格を有する化合物、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)、鉄(Fe)、コバルト(Co)などの金属錯体も電子メディエーターとして用いることができる。さらに、ベンジルビオローゲンなどのビオローゲン化合物、ニコチンアミド構造を有する化合物、リボフラビン構造を有する化合物、ヌクレオチド−リン酸構造を有する化合物なども電子メディエーターとして用いることができる。
【0039】
電解質層3は負極1において発生したH+ を正極2に輸送するプロトン伝導体であり、電子伝導性を持たず、H+ を輸送することが可能な材料により構成されている。この電解質層3は、例えばすでに挙げたものの中から適宜選ばれたものを用いることができる。この場合、この電解質層3は緩衝物質(緩衝液)を含む。このように緩衝物質(緩衝液)を含む電解質層3を用いる場合には、高出力動作時において、プロトンを介する酵素反応により、プロトンの増減が電極内部または酵素の固定化膜内で起きても、十分な緩衝作用を得ることができることが望ましい。このように十分な緩衝作用を得ることができることにより、至適pHからのpHのずれを十分に小さく抑えることができ、酵素が本来持っている能力を十分に発揮することができるようにすることができる。このためには、電解質に含まれる緩衝物質の濃度を0.2M以上2.5M以下にすることが有効であり、好適には0.2M以上2M以下、より好適には0.4M以上2M以下、さらに好適には0.8M以上1.2M以下とする。緩衝物質は、一般的にはpKa が5以上9以下のものであれば、どのようなものを用いてもよい。具体例を挙げると、次の通りである。
【0040】
・リン酸二水素イオン(H2 PO4 -
・2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(略称トリス(Tris))
・2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸(MES)
・カコジル酸
・炭酸(H2 CO3
・クエン酸水素イオン
・N−(2−アセトアミド)イミノ二酢酸(ADA)
・ピペラジン−N,N’−ビス(2−エタンスルホン酸)(PIPES)
・N−(2−アセトアミド)−2−アミノエタンスルホン酸(ACES)
・3−(N−モルホリノ)プロパンスルホン酸(MOPS)
・N−2−ヒドロキシエチルピペラジン−N’−2−エタンスルホン酸(HEPES)
・N−2−ヒドロキシエチルピペラジン−N’−3−プロパンスルホン酸(HEPPS)
・N−[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン(略称トリシン)
・グリシルグリシン
・N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)グリシン(略称ビシン)
リン酸二水素イオン(H2 PO4 - )を生成する物質は、例えば、リン酸二水素ナトリウム(NaH2 PO4 )やリン酸二水素カリウム(KH2 PO4 )などである。
【0041】
緩衝物質としてはイミダゾール環を含む化合物も好ましい。このイミダゾール環を含む化合物の具体例を挙げると、次の通りである。
・イミダゾール
・トリアゾール
・ピリジン誘導体
・ビピリジン誘導体
・イミダゾール誘導体
イミダゾール誘導体の具体例を挙げると、次の通りである。
・ヒスチジン
・1−メチルイミダゾール
・2−メチルイミダゾール
・4−メチルイミダゾール
・2−エチルイミダゾール
・イミダゾール−2−カルボン酸エチル
・イミダゾール−2−カルボキシアルデヒド
・イミダゾール−4−カルボン酸
・イミダゾール−4,5−ジカルボン酸
・イミダゾール−1−イル−酢酸
・2−アセチルベンズイミダゾール
・1−アセチルイミダゾール
・N−アセチルイミダゾール
・2−アミノベンズイミダゾール
・N−(3−アミノプロピル) イミダゾール
・5−アミノ−2−(トリフルオロメチル) ベンズイミダゾール
・4−アザベンズイミダゾール
・4−アザ−2−メルカプトベンズイミダゾール
・ベンズイミダゾール
・1−ベンジルイミダゾール
・1−ブチルイミダゾール
上記の緩衝物質としての、イミダゾール環を有する化合物の濃度は必要に応じて選ばれるが、好適には0.2M以上3M以下の濃度とする。
緩衝物質としては、上に挙げたもののほか、2−アミノエタノール、トリエタノールアミン、TES(N-Tris(hydroxymethyl)methyl-2-aminoethanesulfonic acid)、BES(N,N-Bis(2-hydroxyethyl)-2-aminoethanesulfonic acid)などを用いてもよい。
【0042】
上述の緩衝物質に加えて、例えば、塩酸(HCl)、酢酸(CH3 COOH)、リン酸(H3 PO4 )および硫酸(H2 SO4 )からなる群より選ばれた少なくとも一種の酸を中和剤として加えてもよい。こうすることで、酵素の活性をより高く維持することができる。緩衝物質を含む電解質のpHは、好適には7付近であるが、一般的には1〜14のいずれであってもよい。
【0043】
緩衝物質のイオン強度(I.S.)は、あまり大きすぎても小さすぎても酵素活性に悪影響を与えるが、電気化学応答性も考慮すると、適度なイオン強度、例えば0.3程度であることが好ましい。ただし、pHおよびイオン強度は、用いる酵素それぞれに最適値が存在し、上述した値に限定されない。
【0044】
上記の酵素、補酵素および電子メディエーターは、電極近傍で起こっている酵素反応現象を効率よく電気信号として捉えるために、固定化材を用いて電極11上に固定化されることが好ましい。さらに、燃料を分解する酵素および補酵素も電極11上に固定化することで、負極1の酵素反応系の安定化を図ることができる。このような固定化材としては、具体的には、例えば、ポリ−L−リシン(PLL)、グルタルアルデヒド(GA)、ポリ−L−リシンとグルタルアルデヒドとを組み合わせたもの、ポリイオンコンプレックスなどを用いることができる。ポリイオンコンプレックスは、例えば、ポリ−L−リシンをはじめとしたポリカチオンまたはその塩とポリアクリル酸(例えば、ポリアクリル酸ナトリウム(PAAcNa))をはじめとしたポリアニオンまたはその塩とを用いて形成されるものである。
【0045】
図2には、一例として、グルコースの分解に関与する酵素がグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)、グルコースの分解プロセスにおける酸化反応に伴って還元体が生成される補酵素がNAD+ 、補酵素の還元体であるNADHを酸化する補酵素酸化酵素がジアホラーゼ(DI)、補酵素酸化酵素から補酵素の酸化に伴って生じる電子を受け取って電極11に渡す電子メディエータがACNQである場合が図示されている。
【0046】
正極2は、内部に空隙を有する材料、例えば多孔質カーボンなどからなる電極上に酸素還元酵素およびこの電極との間で電子の受け渡しを行う電子メディエーターが固定化されたものである。酸素還元酵素としては、例えば、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)、ラッカーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼなどを用いることができる。電子メディエーターとしては、少なくとも一種類の疎水性の電子メディエーターが用いられ、必要に応じてさらにヘキサシアノ鉄酸カリウム(より詳細には、ヘキサシアノ鉄酸カリウムの電離により生成されるヘキサシアノ鉄酸イオン)などの少なくとも一種類の親水性の電子メディエーターが用いられる。
【0047】
この正極2においては、酸素還元酵素の存在下で、電解質層3からのH+ と負極1からの電子とにより空気中の酸素を還元し水を生成する。
以上のように構成された燃料電池の動作時(使用時)において、負極1側にグルコースが供給されると、このグルコースが酸化酵素を含む分解酵素により分解される。この単糖類の分解プロセスで酸化酵素が関与することで、負極1側で電子とH+ とを生成することができ、負極1と正極2との間で電流を発生させることができる。
【0048】
このバイオ燃料電池においては、正極2に用いられる、内部に空隙を有する電極の表面の少なくとも一部、好適には大半を撥水性とする。ここで、電極の表面とは、電極の外面と電極内部の空隙の内面との全体を含む。具体的には、例えば、この電極の表面の少なくとも一部に撥水材料を形成することにより撥水性としている。この撥水材料を電極内部の空隙の内面に形成するためには、この撥水材料は、この空隙の大きさより十分に小さい微粒子(粉末)状とし、空隙の内部の空間の大半がこの撥水材料により占められないようにする必要がある。
【0049】
撥水材料としては種々のものを用いることができるが、例えばカーボン系の材料、好適にはカーボン粉末を用いることができる。カーボン粉末としては、例えば、天然黒鉛などの黒鉛、活性炭、リチウムイオン電池の添加材などに使用されるカーボンナノファイバー(気相法炭素繊維)、ケッチェンブラックなどを用いることができ、取り分け黒鉛粉末を用いることが好ましい。撥水材料としては撥水性ポリマーを用いることもできる。このような撥水性ポリマーとしては、例えば、ポリビニルブチラールのほか、各種のフッ素系ポリマーなどを用いることができる。フッ素系ポリマーの具体例を挙げると、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリフッ化ビニル、パーフルオロアルコキシ樹脂、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリエーテルスルフォンなどであるが、これらに限定されるものではない。
【0050】
上述のように電極の表面の少なくとも一部に撥水材料を形成するためには、例えば、この撥水材料を水と相分離する有機溶媒に分散させ、さらに少なくとも一種類の疎水性の電子メディエーターを溶解させた溶液をこの電極の表面に塗布し、内部の空隙を通してこの電極に含浸させた後、有機溶媒を除去する。
【0051】
上記の水と相分離する有機溶媒としては、好適には、メチルイソブチルケトン、ヘプタン、ヘキサン、トルエン、イソオクタン、ジエチルエーテルなどが用いられる。この有機溶媒としては、一般的には、脂肪族、脂環式または芳香族系の炭化水素系溶媒、エーテル系溶媒、これらのハロゲン化物などの各種の有機溶媒を用いることができる。この有機溶媒としては、より具体的には、例えば、ブタン類、ペンタン類、ヘキサン類、ヘプタン類、オクタン類、ノナン類、デカン類、ドデカン類、シクロヘキサン、シクロペンタン、ベンゼン、キシレン類、ブタノール、ペンタノール、メチルエーテル、エチルエーテル、イソプロピルエーテル、塩化メチレン、メチルクロロホルム、四塩化炭素、ジクロロジフルオロメタン、パークロロエチレン、塩素原子、臭素原子および(または)ヨウ素原子で1個以上置換されたベンゼン系溶媒やトルエン系溶媒などが挙げられるが、これらに限定されるものではなく、また、これらは単独で用いてもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0052】
水と相分離する有機溶媒としては、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、クロロホルム、モノクロロベンゼン、1,2−ジクロロベンゼン、2−クロロトルエン、3−クロロトルエン、4−クロロトルエン、2−クロロ−m−キシレン、2−クロロ−p−キシレン、4−クロロ−o−キシレン、2,3−ジクロロトルエン、2,4−ジクロロトルエン、2,5−ジクロロトルエン、2,6−ジクロロトルエン、3,4−ジクロロトルエン、モノフルオロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素溶媒、ニトロベンゼン、ベンゼンなどの炭化水素溶媒なども挙げられる。また、水と相分離する有機溶媒としては、例えば、シクロヘキサン、ノルマルヘキサン、シクロヘキサノン、1−メトキシイソプロパノールアセテート、酢酸エチル、酢酸ブチル、石油エーテル、シリコンオイルなども挙げられる。
【0053】
水と相分離する有機溶媒としてはさらに、イオン性液体を用いることもできる。このイオン性液体としては、例えば、アニオンとして、フルオロアルキル硫酸アニオン、フルオロシクロアルキル硫酸アニオンおよびフルオロベンジル硫酸アニオンからなる群から選ばれた少なくも1つのアニオンを含有するものが挙げられる。
【0054】
水と相分離する有機溶媒に撥水材料を分散させ、疎水性の電子メディエーターを溶解した溶液には、必要に応じて、バインダーなどを含ませる。このバインダーとしては種々のものを用いることができるが、ポリビニルブチラールなどの撥水性が高いバインダーを用いるとより好ましい。この溶液中のバインダーの割合は例えば0.01〜10%であるが、これに限定されるものではない。バインダーが例えばポリフッ化ビニリデン(PVDF)などの撥水性を有するものである場合にはこのバインダー自身を撥水材料として用いることができる。
上記の溶液を用いる場合、正極2に固定化された酵素を失活させないようにすることが重要であるが、有機溶剤としてすでに挙げたものを用いることにより酵素の失活を防止することができる。
【0055】
このバイオ燃料電池の全体構成の二つの例を図3および図4に示す。
図3に示すバイオ燃料電池においては、電解質層3を介して負極1と正極2とが対向した構造を有し、また、正極2の電解質層3と反対側の面に空気は透過し、燃料溶液12は透過しない材料からなるシート13が貼り付けられている。そして、負極1の外面(上面および側面)の全体と負極1、正極2の側面および正極2の外部にはみ出した部分の電解質層3とに燃料溶液12(燃料溶液12の収容容器の図示は省略する)が接触している。電解質層3としては例えば不織布が用いられるが、これに限定されるものではない。また、シート13としては例えばPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)メンブレンが用いられるが、これに限定されるものではない。このバイオ燃料電池においては、正極2の側面と燃料溶液12とが接触しているので、電池反応の進行に伴って正極2の内部に生成される水がこの正極2の側面を通って燃料溶液12中に戻される。このため、燃料溶液12の濃度をほぼ一定に保つことができる。
【0056】
図4に示すバイオ燃料電池においては、電解質層3を介して負極1と正極2とが対向した構造を有する。そして、負極1の外面(上面および側面)の全体と負極1および正極2の外部にはみ出した部分の電解質層3に燃料溶液12(燃料溶液12の収容容器の図示は省略する)が接触している。電解質層3としては例えばセロハンが用いられるが、これに限定されるものではない。
【0057】
電極の表面に電子メディエーターとして疎水性の電子メディエーターを固定化した正極2の評価を行った結果について説明する。
正極2としては、次のようにして作製される酵素/電子メディエーター固定化電極を用いた。まず、多孔質カーボンとして市販のカーボンフェルト(TORAY製 BO050)を用意し、このカーボンフェルトを焼成後、2枚重ねて1cm角に切り抜いた。次に、ポリ−L−リシン(2wt%水溶液)80μlと、BOD溶液80μl(100mg/ml、0.4Mイミダゾール/硫酸緩衝液)とを混合後、上記のカーボンフェルトに染み込ませ、乾燥させた。こうして、カーボンフェルトにBODが固定化される。次に、撥水材料としてカーボン粉末、シリコン系樹脂、フッ素系樹脂などを含む有機溶媒のメチルイソブチルケトンに、疎水性の電子メディエーターとしてのフェロセンを200mM溶解させた溶液を調製する。次に、この溶液中にBODが固定化されたカーボンフェルトをディップし、このカーボンフェルトの表面にこの溶液を塗布した。この後、乾燥を行ってこの溶液中に含まれる有機溶剤を除去する。こうして、カーボンフェルトの表面に撥水層を形成して撥水性とするとともに、カーボンフェルト内にフェロセンを均一に分散させた。こうして得られる酵素/電子メディエーター固定化電極の厚さは0.35mmであり、面積は1cm2 である。
【0058】
正極2に固定化された酵素、すなわちBODに対する、上記の黒鉛粉末などを含む溶液の影響を調べるために、この溶液に含まれる有機溶媒であるメチルイソブチルケトンとBOD溶液(5mg/ml 50mMリン酸緩衝液)とABTS溶液とを混合したところ、メチルイソブチルケトンと水とに相分離することが確認された。この場合、BODの活性は維持されていることが確認された。これは、BODは水相に存在するので、失活しにくいためである。ここで、メチルイソブチルケトンの水に対する溶解度は1.91g/100mLである。
【0059】
さらに、有機溶媒としてヘプタン、ヘキサン、トルエン、イソオクタン、ジエチルエーテルを用い、これらの有機溶媒とBOD溶液とABTS溶液とを混合したところ、これらの有機溶媒と水とに相分離することが確認された。これらの場合も、BODの活性は維持されていることが確認された。ここで、ヘプタン、トルエンおよびイソオクタンは水に不溶であり、ヘキサンの水に対する溶解度は13mg/L、ジエチルエーテルの水に対する溶解度は6.9g/100mLである。
【0060】
一方、有機溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)、アセトン、エタノール、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)を用い、これらの有機溶媒とBOD溶液とABTS溶液とを混合したところ、これらの混合溶液は白濁することが確認された。このことから、BODが変性したことが分かる。すなわち、これらの有機溶媒を用いた場合には、BODは失活してしまう。ここで、これらのテトラヒドロフラン、アセトン、エタノールおよびN,N−ジメチルホルムアミドはいずれも水と混和するものである。
【0061】
次に、上述のようにして、メチルイソブチルケトン中にカーボン粉末として天然黒鉛を13〜18%含む溶液を用いてカーボンフェルトの表面を撥水性としたものの撥水性の確認を行った。具体的には、表面を上記の溶液で撥水性としたカーボンフェルトおよび表面を撥水性としていないカーボンフェルトを用意する。そして、これらのカーボンフェルトを室温に放置した場合および温度25℃、湿度100%で6時間保った場合にこれらのカーボンフェルトに含まれる水分量を、カール・フィッシャー水分量測定器((株)ダイアインスツルメント製、VA−100型)を用いて測定した。その結果を下記に示す。
【0062】
撥水性なしのカーボンフェルト
(1)室温放置
1回目 632.5
2回目 718.9
3回目 645.1
平均 665.5
(2)温度25℃、湿度100%で6時間放置
1回目 18482.2
2回目 15434.4
3回目 12549.1
平均 15488.6
【0063】
撥水性としたカーボンフェルト
(1)室温放置
1回目 1481.7
2回目 756.6
3回目 698.1
4回目 1338.1
平均 1068.6
(2)温度25℃、湿度100%で6時間放置
1回目 4943.8
2回目 3516.8
3回目 7280.8
平均 5247.1
【0064】
以上の結果より、メチルイソブチルケトン中に撥水材料として黒鉛粉末を含む溶液で表面を撥水性としたカーボンフェルトに含まれる水分量は、表面を撥水性としていないカーボンフェルトに含まれる水分量に比べて約1/3と少なく、撥水材料で表面を撥水性としたカーボンフェルトは確かに撥水性を有することが分かった。
【0065】
上述のようにして作製した酵素/電子メディエーター固定化電極からなる正極2の電気化学特性を測定した。使用した測定系を図5に示す。図5に示すように、正極2を作用電極とし、これを透気性のPTFEメンブレン14上に載せてプレスし、この正極2に緩衝液15を接触させた状態で測定を行った。緩衝液15内に対極16および参照電極17を浸漬し、作用極としての正極2、対極16および参照電極17に電気化学測定装置(図示せず)を接続した。対極16としてはPt線、参照電極17としてはAg|AgClを用いた。測定は大気下で行い、測定温度は25℃とした。緩衝液15としては、2.0Mイミダゾール/硫酸緩衝液(pH7.0)を用いた。
【0066】
図5に示す測定系を用いてクロノアンペロメトリーを900秒間行った。クロノアンペロメトリーにおける印加電圧は0.25V vs.Ag|AgClとした。この測定結果を図6の曲線(1)に示す。また、同様な測定をアルゴン下で行った結果を図6の曲線(2)に示す。さらに、図5に示す測定系を用いてリニアスイープボルタンメトリーも行った。リニアスイープボルタンメトリーでは、0.6〜−0.30V vs.Ag|AgClの電位領域を1mV/sの速度で0.65Vから負側に向けて電位走査した。この結果を図7に示す。
【0067】
図6の曲線(1)に示すように、大気下では約3mA/cm2 の電流値が900秒間にわたって安定的に観測されている。一方、図6の曲線(2)に示すように、アルゴン下では0.5mA/cm2 程度の電流値しか観測されていない。このことから、大気下で観測された電流値は、正極2に固定化されたBODによる触媒電流であることが分かる。
【0068】
図8は、正極2に固定化した電子メディエーターがヘキサシアノ鉄酸カリウム(FeCNと略記)である場合と疎水性のフェロセン(Fcと略記)である場合とについて図5に示す測定系を用いてクロノアンペロメトリーを900秒間行った結果を示す。従来より電子メディエーターとして用いられているヘキサシアノ鉄酸カリウムは水に対する溶解度が非常に高い。したがって、ヘキサシアノ鉄酸カリウムは、固定化の際には高濃度の水溶液として簡単に塗布することができる利点がある反面、電気化学測定中には正極2から緩衝液中に容易に溶出してしまう。このため、図8の曲線(1)に示すように、測定開始の初期には高い電流値が得られるが、その維持率は低くなる。これに対して、フェロセンは水に不溶であるので、測定中に正極2から緩衝液中に溶出することはほとんどない。このため、図8の曲線(2)に示すように、ヘキサシアノ鉄酸カリウムを用いた場合に比べて電流値自体は低いものの、維持率は高く、安定した触媒電流が得られている。
【0069】
以上のように、この第1の実施の形態によれば、正極2の電極の表面に、水と相分離する有機溶媒に撥水材料を分散させ、疎水性の電子メディエーターを溶解した溶液を接触させた後、有機溶媒を乾燥させている。これにより、固定化された酵素の活性を維持しながら、この表面に疎水性の電子メディエーターを固定化することができる。このため、バイオ燃料電池の使用中に正極2から電子メディエーターが溶出するのを防止することができるので、出力特性、寿命、効率などの低下を防止することができ、電流の維持率の向上を図ることができる。また、正極2の表面に撥水材料を形成することにより撥水性としているので、正極2に含まれる水分量を最適範囲に維持することができ、それによって高い触媒電流を得ることができ、ひいてはバイオ燃料電池において高い電流値を継続的に得ることができる。
【0070】
加えて、電解質層3が、イミダゾール環を含む化合物などの緩衝物質を適切な濃度含むことにより、十分な緩衝能を得ることができる。このため、バイオ燃料電池の高出力動作時において、プロトンを介する酵素反応により、プロトンの増減がプロトンの電極内部または酵素の固定化膜内で起きても、十分な緩衝能を得ることができ、酵素の周囲の電解質のpHの至適pHからのずれを十分に小さく抑えることができる。このため、酵素が本来持っている能力を十分に発揮することができ、酵素、補酵素、電子メディエーターなどによる電極反応を効率よく定常的に行うことができる。これによって、高出力動作が可能な高性能のバイオ燃料電池を実現することができる。
【0071】
このバイオ燃料電池はおよそ電力が必要なもの全てに用いることができ、大きさも問わない。具体的には、この燃料電池は、例えば、電子機器、移動体(自動車、二輪車、航空機、ロケット、宇宙船など)、動力装置、建設機械、工作機械、発電システム、コージェネレーションシステムなどに用いることができる。この場合、用途などによって燃料電池の出力、大きさ、形状、燃料の種類などが決められる。電子機器は、基本的にはどのようなものであってもよく、携帯型のものと据え置き型のものとの双方を含む。具体例を挙げると、例えば、携帯電話、モバイル機器、ロボット、パーソナルコンピュータ(デスクトップ型、ノート型の双方を含む)、ゲーム機器、カメラ一体型VTR(ビデオテープレコーダ)、車載機器、家庭電気製品、工業製品などである。モバイル機器は、携帯情報端末機(PDA)などである。
【0072】
〈2.第2の実施の形態〉
第1の実施の形態においては、正極2の電極に疎水性の電子メディエーターだけを固定化するのに対し、第2の実施の形態においては、正極2の電極に疎水性の電子メディエーターと従来より用いられている親水性の電子メディエーターとの両方を固定化する。その他のことは第1の実施の形態と同様である。
【0073】
図9は、正極2の電極にヘキサシアノ鉄酸カリウム(FeCN)とフェロセン(Fc)との両方を固定化した場合について図5に示す測定系を用いてクロノアンペロメトリーを1500秒間行った結果(曲線(3))を示す。ただし、ヘキサシアノ鉄酸カリウムは200mMのものを40μL塗布して固定化し、フェロセン(Fc)は200mMのものを70mL塗布して固定化した。図9には、比較のために、正極2の電極にヘキサシアノ鉄酸カリウムだけを固定化した場合(曲線(1))およびフェロセンだけを固定化した場合(曲線(2))について図5に示す測定系を用いてクロノアンペロメトリーを1500秒間行った結果を示す。ただし、ヘキサシアノ鉄酸カリウムは200mMのものを80μL塗布して固定化した。また、フェロセンは200mMのものを140mL塗布して固定化した。図9の曲線(4)〜(6)はそれぞれ曲線(1)〜(3)の電流値の標準偏差(stdev)である。図9の曲線(3)に示すように、正極2の電極にヘキサシアノ鉄酸カリウム(FeCN)とフェロセン(Fc)との両方を固定化した場合の電流値およびその維持率は、電極にヘキサシアノ鉄酸カリウムだけを固定化した場合の電流値およびその維持率とフェロセンだけを固定化した場合の電流値およびその維持率とのほぼ中間の値を示している。このことから、正極2の電極にヘキサシアノ鉄酸カリウムに加えてフェロセンを固定化した場合も、従来のように正極2の電極にヘキサシアノ鉄酸カリウムだけを固定化した場合に比べて電流値およびその維持率の向上を図ることができることが分かる。
この第2の実施の形態によれば、第1の実施の形態と同様な利点を得ることができる。
【0074】
以上、この発明の実施の形態について具体的に説明したが、この発明は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。
例えば、上述の実施の形態において挙げた数値、構造、構成、形状、材料などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じてこれらと異なる数値、構造、構成、形状、材料などを用いてもよい。
【符号の説明】
【0075】
1…負極、2…正極、3…電解質層、11…電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に空隙を有する電極の表面に酵素を固定化する工程と、
上記酵素を固定化した上記電極の表面に、疎水性の電子メディエーターを水と相分離する有機溶媒に溶解した溶液を接触させることにより、上記電極の表面に上記疎水性の電子メディエーターを固定化する工程とを有する燃料電池の製造方法。
【請求項2】
上記有機溶媒は上記酵素の溶解度が10mg/ml以下である請求項1記載の燃料電池の製造方法。
【請求項3】
上記溶液はさらに撥水材料を含む請求項2記載の燃料電池の製造方法。
【請求項4】
上記電極が多孔質の材料からなる請求項1記載の燃料電池の製造方法。
【請求項5】
上記酵素および上記疎水性の電子メディエーターが固定化された上記電極は正極である請求項1記載の燃料電池の製造方法。
【請求項6】
上記酵素が酸素還元酵素を含む請求項1記載の燃料電池の製造方法。
【請求項7】
上記酸素還元酵素がビリルビンオキシダーゼである請求項6記載の燃料電池の製造方法。
【請求項8】
上記撥水材料がカーボン粉末、シリコン系樹脂またはフッ素系樹脂、上記有機溶媒がメチルイソブチルケトン、ヘプタン、ヘキサン、トルエン、イソオクタンまたはジエチルエーテルである請求項3記載の燃料電池の製造方法。
【請求項9】
正極と負極とがプロトン伝導体を介して対向した構造を有し、
上記正極が、内部に空隙を有する電極の表面に酵素および疎水性の電子メディエーターが固定化されたものからなる燃料電池。
【請求項10】
上記電極の表面にさらに撥水材料が形成されている請求項9記載の燃料電池。
【請求項11】
上記電極が多孔質の材料からなる請求項9記載の燃料電池。
【請求項12】
上記酵素が酸素還元酵素を含む請求項9記載の燃料電池。
【請求項13】
上記酸素還元酵素がビリルビンオキシダーゼである請求項12記載の燃料電池。
【請求項14】
上記撥水材料がカーボン粉末、シリコン系樹脂またはフッ素系樹脂、上記有機溶媒がメチルイソブチルケトン、ヘプタン、ヘキサン、トルエン、イソオクタンまたはジエチルエーテルである請求項9記載の燃料電池。
【請求項15】
一つまたは複数の燃料電池を用い、
少なくとも一つの上記燃料電池が、
正極と負極とがプロトン伝導体を介して対向した構造を有し、
上記正極が、内部に空隙を有する電極の表面に酵素および疎水性の電子メディエーターが固定化されたものからなるものである電子機器。
【請求項16】
内部に空隙を有する電極の表面に酵素を固定化する工程と、
上記酵素を固定化した上記電極の表面に、疎水性の電子メディエーターを水と相分離する有機溶媒に溶解した溶液を接触させることにより、上記電極の表面に上記疎水性の電子メディエーターを固定化する工程とを有する酵素固定化電極の製造方法。
【請求項17】
上記溶液はさらに撥水材料を含む請求項16記載の酵素固定化電極の製造方法。
【請求項18】
内部に空隙を有する電極の表面に酵素および疎水性の電子メディエーターが固定化されたものからなる酵素固定化電極。
【請求項19】
上記電極の表面にさらに撥水材料が形成されている請求項18記載の酵素固定化電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−267459(P2010−267459A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−117107(P2009−117107)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】