説明

燃料電池用水系ホース

【課題】燃料電池用水系ホース材料としての耐熱性や可撓性を好適に確保しつつ、イオン交換水だけでなく燃料電池冷却水に対してもイオンの溶出を抑制することが可能な燃料電池用水系ホースを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明にかかる燃料電池用水系ホースの構成は、燃料電池110の冷却系統142に用いられ、イオン交換水にグリコール系化合物を加えた水溶液またはイオン交換水からなる冷却液が内部を流通する燃料電池用水系ホース(水系ホース142aおよび142b)であって、過酸化物を架橋剤として用いて動的架橋された動的架橋型オレフィン系熱可塑性エラストマーからなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池、特に固体高分子形燃料電池の冷却系統に用いられる燃料電池用水系ホースに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境負荷低減の観点から燃料電池車の開発が加速している。燃料電池車のパワープラントは主に、酸素と水素とを化学反応させて発電を行う燃料電池と、その燃料電池で発電した電力を駆動力として使うための電気系部品で構成される。かかる燃料電池には、水素を供給する水素系統、空気を供給する空気系統、燃料電池を冷却する冷却系統が接続されている。
【0003】
燃料電池車に搭載される燃料電池としては、固体高分子膜を持つ固体高分子形燃料電池が主流である。固体高分子形燃料電池では、燃料極(負極)、固体高分子膜(電解質)、空気極(正極)からなる基本部品(膜/電極接合体)を導電板(バイポーラプレート)で挟み込むことにより、単セル(single cell)と呼ばれる1つの発電単位を構成し、この単セルを複数積層して直列に接続した燃料電池スタック(fuel cell stack)を用いている。以下、特にことわらない限り、燃料電池と称した場合は、上述した固体高分子形燃料電池をさすものとする。
【0004】
燃料電池の発熱反応による温度上昇を抑制するため、燃料電池車では、ポンプを用いて燃料電池スタック内に冷却液を流している。そして、冷却液が吸熱した熱を、冷却系統中に設置したラジエータにおいて放熱することで燃料電池の作動温度を最適値(例えば80℃)に維持している。この冷却液を燃料電池の冷却系統に流通させる可撓性配管、すなわち燃料電池用水系ホースとして、例えば特許文献1では合成ゴムを用いている。詳細には、エチレンα−オレフィン系共重合体(エチレンプロピレン共重合ゴム。以下、EPDMと称する。)に補強性充填剤(以下、補強材と称する。)としてカーボンブラックを含有する過酸化物加硫系のゴム配合物(過酸化物架橋型のEPDM)を用いている。
【0005】
ところで、上述したように冷却液は燃料電池スタック内を流通するため、導電率が高いと電池の短絡や漏電の原因となる。故に、冷却液は低導電性である(導電率が低い)必要がある。冷却液に用いることが可能な低導電性の液体としては、イオン交換水(例えば導電率1μS/cm以下)が一般的である。しかしながら、燃料電池車は気温零度以下の環境で使われることが想定されるため、それに搭載される燃料電池の冷却液としてイオン交換水を用いると凍結のおそれがある。このため、燃料電池車に搭載される燃料電池の冷却液には、イオン交換水にグリコール系化合物および低導電性のインヒビタを加えた水溶液からなる低導電性不凍液(例えば導電率10μS/cm以下)が主に用いられる。以下、低導電性不凍液を燃料電池冷却液と称する。
【0006】
しかし、冷却液の導電率を如何に低く抑えても、燃料電池用水系ホースからのイオンの溶出が生じると、導電率が上昇してしまう。したがって、冷却液の低導電性維持のため、燃料電池用水系ホースにはイオン溶出が少ないことが要求される。特許文献1の構成であると、補強材であるカーボンブラック等に由来するイオンが溶出し、冷却液の導電率が上昇してしまう。しかしながら、EPDM等の合成ゴムの強度を向上させ、ホース物性を確保するためには補強剤を非配合とすることは困難である。故に、特許文献1のような合成ゴムホースでは、溶出性低減ひいては冷却液の低導電性維持には限界がある。
【0007】
そこで例えば特許文献2では、導電率の上昇が少なく且つ絶縁性に優れた材料として、ポリオレフィン樹脂に、スチレン系熱可塑性エラストマー(以下SBCと称する。)やオレフィン系熱可塑性エラストマー(以下、TPOと称する。)の熱可塑性エラストマー(以下、TPEと称する。)を用いることを提案している。また例えば特許文献3では、燃料電池に純水を供給する樹脂チューブの内層側にフッ素樹脂を用いることで、純水へのイオンの溶出を防いでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−002682号公報
【特許文献2】特開2005−149997号公報
【特許文献3】特開2009−083288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、上述したように燃料電池車に搭載された燃料電池の冷却には、主に燃料電池冷却液(低導電性不凍液)が用いられる。燃料電池用水系ホースから、それを流通する液体へのイオンの溶出度合いは、燃料電池用水系ホースの材質と、液体の種類の両方の影響を受ける。このため、特許文献2および3では、純水の導電率の上昇については抑制可能であっても、燃料電池冷却液(低導電性不凍液)においても導電率の上昇を抑制できるかは定かではない。
【0010】
また燃料電池用水系ホースには、低溶出性だけではなく、耐熱性や可撓性等、ホースとしての基本的な物性も当然にして求められる。しかしながら、特許文献2で開示されているSBCやTPOは、合成ゴムに比して耐熱性に劣るため、高温環境下(例えば80℃程度)において塑性変形が生じてしまうという欠点がある。また特許文献3に開示されているフッ素樹脂は、合成ゴムに比して可撓性に劣るため、それを付与するための蛇腹加工等の加工が必要となる。すると、加工コストの増大を招いたり、圧損や乱流発生によるポンプ効率の低下が生じてしまったりする。すなわち、従来提案されている材料では、イオンの低溶出性と、ホースとしての基本的な物性の両方を満たすことが困難であった。
【0011】
本発明は、このような課題に鑑み、燃料電池用水系ホース材料としての耐熱性や可撓性を好適に確保しつつ、イオン交換水だけでなく燃料電池冷却水に対してもイオンの溶出を抑制することが可能な燃料電池用水系ホースを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明にかかる燃料電池用水系ホースの代表的な構成は、燃料電池の冷却系統に用いられ、イオン交換水にグリコール系化合物を加えた水溶液またはイオン交換水からなる冷却液が内部を流通する燃料電池用水系ホースであって、過酸化物を架橋剤として用いて動的架橋された動的架橋型オレフィン系熱可塑性エラストマーからなることを特徴とする。
【0013】
TPEは、ゴム弾性を示す柔軟性成分(以下、ソフトセグメントと称する。)と、加硫ゴムの架橋点に相当して塑性変形を防止し補強効果を有する分子拘束成分(以下、ハードセグメントと称する。)を有する。TPEである動的架橋型オレフィン系熱可塑性エラストマー(以下、TPVと称する。)は、エチレンプロピレンゴム(EPM)もしくはエチレンプロピレンジエンゴム(EPDM)等のエチレン−α−オレフィン系共重合ゴムをソフトセグメントとし、ポリプロピレンあるいはポリエチレン等のポリオレフィンをハードセグメントとしたオレフィン系熱可塑性エラストマー(TPO)を動的架橋することにより得られる。このソフトセグメントおよびハードセグメントのうち、ソフトセグメントによって合成ゴムと同様の可撓性を確保することができる。そして、ハードセグメントによって補強効果が得られるため、合成ゴムにおいて必須であったカーボンブラック等の補強材を加えることなく、合成ゴムと同等以上の強度を得ることができる。故に、補強材に起因するイオンの溶出を防ぎつつ、十分な強度を確保することが可能となる。
【0014】
またTPOに動的架橋を施してTPVとすることにより、高い耐熱性を得ることができる。特に、この動的架橋において架橋剤として過酸化物を用いることにより、イオン交換水および燃料電池冷却液のいずれに対しても燃料電池用水系ホースからのイオンの溶出を抑制することができる。したがって、燃料電池冷却液の導電率上昇が生じにくくなるため、燃料電池の性能低下を防ぎ、且つ、溶出したイオンを除去するために冷却液系統中に設置されるイオン交換樹脂の長寿命化を図ることが可能となる。
【0015】
上記の動的架橋型オレフィン系熱可塑性エラストマーは、ソフトセグメントがエチレンプロピレン共重合ゴム(EPDM)からなり、ハードセグメントがポリプロピレン(PP)からなるとよい。このようにEPDMとPPとからなるオレフィン系熱可塑性エラストマーは一般的に広く普及しているため、原料調達が容易であるとともにコスト面においてもメリットを有する。また従来用いられている合成ゴムはリサイクルが困難であるが、熱可塑性エラストマーはリサイクル可能であるため、EPDMとPPとからなるオレフィン系熱可塑性エラストマーのように汎用性の高い熱可塑性エラストマーを用いることにより、それを有効に再利用することができる。
【0016】
当該燃料電池用水系ホースは、JIS−K6253の第6項に記載のデュロメーター硬さ試験に準拠してタイプAデュロメーターで測定した硬さが64〜75の範囲になるように、ソフトセグメントおよびハードセグメントの比率が調整されているとよい。これにより、燃料電池用水系ホースに要求される可撓性(柔軟性)と耐熱性を満たすことが可能となる。
【0017】
当該燃料電池用水系ホースは、JIS−K6271の第6項に記載の二重リング電極法に準拠して測定した体積抵抗率が1×1010Ω・cm以上であるとよい。これにより、万が一漏電が生じた場合であっても、感電を回避することが可能となる。
【0018】
当該燃料電池用水系ホースは、カーボンブラックマスターバッチを更に含むとよい。これにより、耐候性の向上を図ることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、燃料電池用水系ホース材料としての耐熱性や可撓性を好適に確保しつつ、イオン交換水だけでなく燃料電池冷却水に対してもイオンの溶出を抑制することが可能な燃料電池用水系ホースを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】燃料電池車の構成を例示する概略図である。
【図2】実施例および比較例の組成および物性を示す図である。
【図3】図2の実施例および比較例の評価を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0022】
図1は、燃料電池車の構成を例示する概略図であり、図1(a)は燃料電池車の全体構成の概略図であり、図1(b)は燃料電池の冷却系統の構成の概略図である。図1(a)に示すように燃料電池車100は、パワープラントである燃料電池110(燃料電池スタック)と電気系部品120とを備える。燃料電池110には、水素タンク130aおよび130bからの水素を供給する水素系統132と、空気を供給する空気系統134とが接続されていて、それらから供給される酸素と水素とを化学反応させて発電を行う。
【0023】
電気系部品120は、インバータ122およびモータ124を含み、燃料電池110で発電された電力を駆動力として利用する。詳細には、燃料電池110で発電された電力は、インバータ122に送られて直流から交流に変換された後にモータ124に供給され、かかるモータ124が回転するための駆動力、すなわち燃料電池車100が走行するための駆動力となる。またインバータ122には電力系統126によって二次電池128が接続されていて、燃料電池110で発電された電力をこの二次電池128に充電し、充電した電力を利用することも可能である。
【0024】
上述した燃料電池では、発電を行う際に発熱反応による温度上昇が生じる。この温度上昇を抑制するために、図1(a)に示す燃料電池車100では、冷却系統142によって燃料電池110にラジエータ140が接続され、燃料電池110の冷却が行われている。
【0025】
図1(b)に示すように、冷却系統142には、燃料電池110とラジエータ140とを接続する2つの燃料電池用水系ホース(以下、水系ホース142aおよび142bと称する。)が用いられる。本実施形態では、冷却系統142のうち、水系ホース142aにポンプ144が設置されていて、このポンプ144を動力として水系ホース142aおよび142bを通じて燃料電池110およびラジエータ140に冷却液を循環させている。また水系ホース142bには、水系ホース142aおよび142bを流通する冷却液に含まれるイオンを除去するイオン交換器146(イオン交換樹脂)や、冷却液の導電率を計測する導電率計148が設置されている。
【0026】
燃料電池110に供給される冷却液としては、イオン交換水がよく知られているが、かかる燃料電池110が本実施形態のように燃料電池車100に搭載されるものである場合、イオン交換水であると凍結のおそれがある。このため、燃料電池車100に搭載される燃料電池110では、イオン交換水にグリコール系化合物を加えた水溶液(更に、低導電性のインヒビタが加えられることもある)からなる低導電性不凍液を冷却液(燃料電池冷却水)として用いられる。そこで本実施形態では、燃料電池冷却水として低導電性不凍液を冷却系統142に流通させる場合であっても、かかる燃料電池冷却水へのイオンの溶出を抑制しつつ、ホースとしての耐熱性や可撓性を十分に確保することが可能な燃料電池用水系ホース(水系ホース142aおよび142b)を提供する。
【0027】
すなわち本実施形態では、冷却系統142に用いられる水系ホース142aおよび142bを、過酸化物を架橋剤として用いてオレフィン系熱可塑性エラストマー(TPO)を動的架橋した動的架橋型オレフィン系熱可塑性エラストマー(TPV)によって構成する。TPVは、ソフトセグメントとハードセグメントを有することを特徴とする熱可塑性エラストマー(TPE)の一種である。したがって、ソフトセグメントのゴム弾性によって、合成ゴムと同様の可撓性を水系ホース142aおよび142bに付与することができる。一方、ハードセグメントの補強効果によって、合成ゴムにおいて必須であったカーボンブラック等の補強材を加えることなく、水系ホース142aおよび142bにおいて合成ゴムと同等以上の強度が得られる。加えて、TPVは、従来用いられていた合成ゴムに比べて低比重であるため(EPDMホース:TPVホース=1:0.8)、水系ホース142aおよび142b、ひいては燃料電池車100の軽量化を図ることができる。
【0028】
また上述したように、本実施形態の特徴として、TPOをTPVとする際の架橋方式を、過酸化物を架橋剤として用いた動的架橋としている。動的架橋とは、ソフトセグメントを構成する材料とハードセグメントを構成する材料の溶解混練中に架橋剤を加えて、ソフトセグメント(ゴム成分)の架橋反応を行うと同時にゴム粒子をTPE(本実施形態においてはTPO)中に微分散化させる架橋方式である。このような動的架橋を用いることにより高い耐熱性を有するTPVを得ることができる。
【0029】
架橋剤としては、一般的に用いられているものとして硫黄、フェノール樹脂(例えばフェノール−ホルムアルデヒド樹脂)、過酸化物等が例示できるが、特に本実施形態では過酸化物を用いる。これにより、イオン交換水および燃料電池冷却液のいずれに対してもイオンの溶出が抑制されるため、燃料電池冷却液の導電率上昇が生じにくくなる。したがって、燃料電池110の性能低下を防ぎ、且つイオン交換器146のイオン交換樹脂の長寿命化を図ることが可能となる。
【0030】
上述した過酸化物架橋剤としては、ジクミルペルオキシド、ジ‐tert‐ブチルペルオキシド、2,5‐ジメチル‐2,5‐ジ‐(tert‐ブチルペルオキシ)ヘキサン、2,5‐ジメチル‐2,5‐ジ‐(tert‐ブチルペルオキシ)ヘキシン‐3、1,3‐ビス(tert‐ブチルペルオキシイソプロピル)ベンゼン、1,1‐ビス(tert‐ブチルペルオキシ)‐3,3,5‐トリメチルシクロヘキサン、n‐ブチル‐4,4‐ビス(tert‐ブチルペルオキシ)バレレート、ベンゾイルペルオキシド、p‐クロロベンゾイルペルオキシド、2,4‐ジクロロベンゾイルペルオキシド、tert‐ブチルペルオキシベンゾエート、tert‐ブチルペルベンゾエート、tert‐ブチルペルオキシイソプロピルカーボネート、ジアセチルペルオキシド、ラウロイルペルオキシド、tert‐ブチルクミルペルオキシド等が挙げられる。ただし、これらはあくまでも例示にすぎず、上記した以外の過酸化物架橋剤を除外するものではない。
【0031】
またTPVに用いられるTPOは、ソフトセグメントやハードセグメントの材質により様々な種類のものがあるが、特に、ソフトセグメントがエチレンプロピレン共重合ゴム(EPDM)からなり、ハードセグメントがポリプロピレン(PP)からなるTPOを好適に用いることができる。EPDMとPPとからなるTPOは一般的に広く普及しているため、原料調達が容易であり、コスト面においてもメリットを有する。またTPEの特徴として、合成ゴムに比して容易にリサイクル可能であることが挙げられるため、EPDMとPPとからなるTPOのように汎用性の高いTPEを用いることにより、リサイクル後の有効活用が促進される。
【0032】
更に、水系ホース142aおよび142bに用いられるTPVは、上述したソフトセグメントおよびハードセグメントの比率が、JIS−K6253の第6項に記載のデュロメーター硬さ試験に準拠してタイプAデュロメーターで測定した硬さ(以下、硬度(Shore A)と称する。)が64〜75の範囲になるように調整されているとよい。これにより、水系ホース142aおよび142bに要求される可撓性(柔軟性)と耐熱性の両立を図ることができる。
【0033】
また、水系ホース142aおよび142bに用いられるTPVは、JIS−K6271の第6項に記載の二重リング電極法に準拠して測定した体積抵抗率が1×1010Ω・cm以上であるとよい。これにより、万が一漏電が生じた場合であっても感電を回避することができ、高い安全性が得られる。
【0034】
なお、本実施形態のTPVには、耐候性向上を目的としてカーボンブラックマスターバッチを加えることも可能である。この詳細については、後に実施例および比較例を用いて説明する。
【0035】
[実施例および比較例]
次に、実施例および比較例を用いて本実施形態の効果について説明する。図2は、実施例および比較例の組成および物性を示す図である。図3は、図2の実施例および比較例の評価を示す図である。以下に説明する評価では、図2に示す実施例1〜3および比較例1〜9において、図3に示すイオン交換水への溶出性、燃料電池冷却液への溶出性、熱時形状保持性、材料性能、製品性能について試験を行い、その結果を比較した。
【0036】
図2に示す実施例1〜3および比較例1〜9の構成については、以下の通りである。実施例1は、ソフトセグメントがEPDM、ハードセグメントがPPのTPOを過酸化物架橋して得た、硬度(Shore A)が64のTPVである。実施例2は、ソフトセグメントがEPDM、ハードセグメントがPPのTPOを過酸化物架橋して得た、硬度(Shore A)が75のTPVである。実施例3は、ソフトセグメントがEPDM、ハードセグメントがPPのTPOを過酸化物架橋して得た、硬度(Shore A)が74のTPVである。
【0037】
比較例1は、JSR社製の商品名「EXCELINK 3700」を用いた。その組成は、架橋が施されていないTPOであり、硬度(Shore A)は65である。なお、比較例1ではソフトセグメントおよびハードセグメントの構成は定かではないが、動的架橋の効果を説明するための未架橋のTPOとして例示する。比較例2は、エクソンモービル社製の商品名「Santoprene 201−64」を用いた。その組成は、ソフトセグメントがEPDM、ハードセグメントがPPからなり、樹脂架橋が施されたTPVであり、硬度(Shore A)は69である。比較例3は、エクソンモービル社製の商品名「Santoprene 201−73」を用いた。その組成は、ソフトセグメントがEPDM、ハードセグメントがPPからなり、樹脂架橋が施されたTPVであり、硬度(Shore A)は78である。
【0038】
比較例4は、DSM社製の商品名「Sarlink 3160」を用いた。その組成は、ソフトセグメントがEPDM、ハードセグメントがPPからなり、樹脂架橋が施されたTPVであり、硬度(Shore A)は60である。比較例5は、DSM社製の商品名「Sarlink 4165」を用いた。その組成は、ソフトセグメントがEPDM、ハードセグメントがPPからなり、樹脂架橋が施されたTPVであり、硬度(Shore A)は61である。比較例6は、アロン化成社製の商品名「AR−875C」を用いた。その組成は、ソフトセグメントがポリエチレン(PE)・ポリブチレン(PB)、ハードセグメントがポリスチレン(PS)からなり、架橋が施されていない完全水添スチレン系熱可塑性エラストマー(SEBS)であり、硬度(Shore A)は75である。
【0039】
比較例7は、アロン化成社製の商品名「AR−9070B」を用いた。その組成は、ソフトセグメントがポリエチレン(PE)・ポリブチレン(PB)、ハードセグメントがポリスチレン(PS)からなり、過酸化物架橋が施された動的架橋完全水添スチレン系熱可塑性エラストマー(SEBS−V)であり、硬度(Shore A)は70である。比較例8は、ダイキン工業社製の商品名「ダイエル サーモプラスチック T−530」を用いた。その組成は、ソフトセグメントがフッ素ゴム、ハードセグメントがフッ素樹脂からなり、架橋が施されていないフッ素系TPE(F−TPE)であり、硬度(Shore A)は61である。比較例9は、ダイキン工業社製の商品名「ダイエル サーモプラスチック T−550」を用いた。その組成は、ソフトセグメントがフッ素ゴム、ハードセグメントがフッ素樹脂からなり、架橋が施されていないフッ素系TPE(F−TPE)であり、硬度(Shore A)は71である。
【0040】
図3に示す評価項目の試験方法および試験条件については以下の通りである。
【0041】
(1)溶出性(イオン交換水および燃料電池冷却液)
燃料電池冷却系統部品である水系ホース142aおよび142bからの冷却液中へのイオンの溶出において問題となるのは、溶出するイオンの種類よりも、冷却液の導電性の上昇の程度である。故に、溶出性の評価では、溶出したイオンの種類は問わず、冷却液の導電率値を用いた。
・被験液:イオン交換水および燃料電池用冷却液。イオン交換水には、アドバンテック東洋製純水装置GS−200で精製した初期導電率0.6μS/cmのイオン交換水を用いた。また燃料電池冷却液には、上記のイオン交換水に、エチレングリコール(50%体積)、およびインヒビタとしてアゾール系化合物を添加した初期導電率2μS/cmの低導電性不凍液を用いた。
・試験片:実施例1〜3および比較例1〜9の材料を用いて圧縮成形で作製した厚さ2mmの平板を64mmφのサイズに打ち抜き、脱脂洗浄したものを試験片とした。
・試験法:200mLの被験液を入れたホウケイ酸ガラス製容器に試験片1枚を浸漬し、80℃の恒温槽中で750時間保管した時の被験液の導電率を、温度補償敷きのメトラートレド製導電率計InPro7001を用いて測定した。
・判定基準:上記測定した被験液の導電率を用いて、「溶出度=(試験後の被験液の導電率(μS/cm)−試験後の被験液の導電率ブランク値(μS/cm))…式1」から算出した溶出度が、イオン交換水の場合、4.9以下であったら「○(合格)」とし、4.9を超えたら「×(不合格)」とし、燃料電池冷却液の場合、1.1以下であったら「○(合格)」とし、1.1を超えたら「×(不合格)」とした。なお、イオン交換水の場合の閾値である4.9、および燃料電池冷却液の場合の閾値である1.1は、燃料電池実車のホース溶接面積と溶出試験条件における試験片接液面積、および燃料電池冷却液許容値から換算して求めた数値である。
【0042】
(2)熱時形状保持性
耐熱性評価として熱時形状保持性試験を行った。この試験に際して、燃料電池冷却系統部品である水系ホース142aおよび142bが曝される温度域は、80℃〜100℃程度の高温下であると想定されるため、試験時の温度範囲を以下のように設定した。
・試験片:実施例1〜3および比較例1〜9の材料を用いてJIS3号ダンベル試験片を作製した。
・試験法:80℃〜160℃に設定した恒温槽中に試験片を吊るし、10分経過後の上下方向の変化量を測定した。
・判定基準:上記測定した変化量を用いて、「長さ変化=(試験後の試験片長さ(mm)−試験前の試験片長さ(mm))…式2」から算出した長さ変化が、1mm以内であったら評価を「○(合格)」とし、1mmを超えたら「×(不合格)」とした。
【0043】
(3)材料性能・製品性能
上記説明した溶出性および熱時形状保持性の試験において判定基準に合格した実施例1〜3と、比較対象としての比較例1を、JIS D 2602「自動車用ウォーターホース」に準拠して材料性能試験および製品性能試験を行った。
・被験液:材料性能の試験項目である耐液性試験、製品性能の試験項目である耐久性試験の被験液として、上記のイオン交換水に、エチレングリコール(50%体積)、およびインヒビタとしてアゾール系化合物を添加した初期導電率2μS/cmの低導電性不凍液を用いた。
・試験体:製品性能試験には、実施例1〜3および比較例1の材料を、ポリエチレンテレフタラート製糸(商標名:テトロン)で補強した内径26mmφ、外径34mmφ、肉厚4mm、長さ300mmのホースを押出成形して用いた。
・判定基準:JIS D 2602の規定に基づいて合否判定した。なお、JIS D 2602で規定された体積抵抗率(材料性能)は合成ゴムを想定しているため、燃料電池用水系ホースには適さない。故に、体積抵抗率のみ別途基準を設け、1×1010Ω・cm以上を合格とした。
【0044】
[考察]
図2および図3を参照すると、実施例1〜3では、イオン交換水および燃料電池冷却液への溶出性、ならびに熱時形状保持性のいずれをもクリアできている。これに対し、比較例1では、架橋を施していないため、イオン交換水および燃料電池冷却液への溶出性はクリアできるものの、熱時形状保持性をクリアすることができない。このことから、未架橋のTPOでは、燃料電池冷却系部品として求められる耐熱性を満たせないことがわかり、TPOへの動的架橋の必要性が確認できる。
【0045】
また実施例1〜3と比較例2〜5とを比較すると、すべてにおいて熱時形状保持性をクリアできる。このことから、TPEを動的架橋してTPVとすることにより、耐熱性等の機械的物性の向上を図れることがわかる。しかしながら、イオン交換水および燃料電池冷却液への溶出性において、実施例1〜3ではいずれも合格しているものの、比較例2〜5ではがいずれにおいても不合格となっている。このことから、樹脂(フェノール樹脂)架橋であると、架橋剤や架橋助剤に由来するイオンが著しく溶出し導電率が上昇してしまうことがわかり、動的架橋は過酸化物架橋が最適であることが理解できる。
【0046】
なお、上述したように硫黄も架橋剤として一般的に用いられているが、硫黄架橋では硫黄や加硫促進剤の溶出が生じ易いことが従来から知られているため、硫黄架橋したTPVは比較例として採用していない。
【0047】
比較例6および7を参照すると、スチレン系TPEでは、燃料電池冷却液への溶出性はクリアできるものの、イオン交換水への溶出性または熱時形状保持性の両方を満たすことはできない。また比較例8および9を参照すると、フッ素系TPEでは、熱時形状保持性はクリアできるものの、イオン交換水や燃料電池冷却液への溶出性を満たすことができない。したがって、スチレン系TPEやフッ素系TPEは、燃料電池車100に搭載される燃料電池110の冷却系統142を構成する水系ホース142aおよび142bには適さないことが理解できる。
【0048】
そして、イオン交換水および燃料電池冷却液への溶出性、ならびに熱時形状保持性のすべてを満たした実施例1〜3に対して、JIS D 2602に準拠して材料性能試験および製品性能試験を行った。その結果、すべての実施例において判定基準を満たすことができた。したがって、本実施形態にかかるTPVは、燃料電池100の冷却系統の142aおよび142bに好適に用いることができる。
【0049】
以上説明したように、本実施形態にかかる燃料電池用水系ホース(水系ホース142aおよび142b)によれば、過酸化物を架橋剤として動的架橋されたTPE、すなわち過酸化物架橋TPVを用いているため、イオン交換水および燃料電池冷却液に対するイオンの溶出を抑制しながらも、耐熱性や可撓性等の材料性能および製品性能を十分に確保することができる。故に、本実施形態の燃料電池用水系ホースは燃料電池車の冷却性部品として最適であり、燃料電池冷却液の導電率上昇が生じにくくなるため、燃料電池の性能低下を防ぎ、且つイオン交換樹脂の長寿命化を図ることが可能となる。
【0050】
なお、上述したように、本実施形態のTPVには、耐候性向上を目的としてカーボンブラックマスターバッチを加えることができる。カーボンブラックマスターバッチは、低密度ポリエチレン(LDPE)や直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)等のベースレジンに、数十%重量のカーボンブラック、金属石鹸、酸化防止剤等の添加剤が配合して構成される。ただし、溶出性の観点から、金属石鹸が配合されていないカーボンブラックマスターバッチを用いることが望ましい。また、TPVの溶出性を損なわない範囲であればカーボンブラックを添加することも可能である。これらのカーボンブラックマスターバッチやカーボンブラックは、耐候性改善剤や合成樹脂用材着剤と称されることもある。
【0051】
TPVへの耐候性改善剤としてのカーボンブラック配合量は、かかるカーボンブラックを補強剤として合成ゴムに配合する場合と比較すれば大幅に減量することができる。このため、TPVに耐候性改善剤としてカーボンブラックを配合しても、合成ゴムほどのイオンの溶出が生じることはない。しかし、カーボンブラックマスターバッチおよびカーボンブラックを比較すると、カーボンブラックマスターバッチのほうが低溶出性である。故に、耐候性改善剤としてはカーボンブラックマスターバッチの使用が望ましい。
【0052】
上述したカーボンブラックマスターバッチをTPVに3%程度配合することにより、長期耐候性を向上させることができる。具体的には、サンシャインアーク灯を用いた劣化促進試験において、カーボンブラックマスターバッチ非配合であると500時間程度でクラックが発生するのに対し、カーボンブラックマスターバッチを配合すると2000h経過後でもクラックが発生しなかった。
【0053】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0054】
なお、上記説明した水系ホース142aおよび142bは、必ずしも本実施形態のTPVからなる層のみで構成される必要はない。例えば、水系ホース142aおよび142bを直径方向に二層以上の積層構造とし、燃料電池用冷却液と接触する最内層を本実施形態のTPVによって構成し、それ以外の外層をかかるTPVとは異なる材料によって構成してもよい。
【0055】
また水系ホース142aおよび142bが、1層で構成される場合、および複数層で構成される場合のいずれにおいても、本実施形態のTPVからなる層より外層に、ポリエステル、レーヨン、アラミド繊維、ナイロン等の繊維をブレード、スパイラル、ニット等の編み方で編み込んだ補強層(繊維補強層)を設けてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、燃料電池、特に固体高分子形燃料電池の冷却系統に用いられる燃料電池用水系ホースに利用することができる。
【符号の説明】
【0057】
100…燃料電池車、110…燃料電池、120…電気系部品、122…インバータ、124…モータ、128…二次電池、130a…水素タンク、130b…水素タンク、132…水素系統、134…空気系統、140…ラジエータ、142…冷却系統、142a…水系ホース、142b…水系ホース、144…ポンプ、146…イオン交換器、148…導電率計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池の冷却系統に用いられ、イオン交換水にグリコール系化合物を加えた水溶液またはイオン交換水からなる冷却液が内部を流通する燃料電池用水系ホースであって、
過酸化物を架橋剤として用いて動的架橋された動的架橋型オレフィン系熱可塑性エラストマーからなることを特徴とする燃料電池用水系ホース。
【請求項2】
前記動的架橋型オレフィン系熱可塑性エラストマーは、ソフトセグメントがエチレンプロピレン共重合ゴムからなり、ハードセグメントがポリプロピレンからなることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用水系ホース。
【請求項3】
当該燃料電池用水系ホースは、JIS−K6253の第6項に記載のデュロメーター硬さ試験に準拠してタイプAデュロメーターで測定した硬さが64〜75の範囲になるように、前記ソフトセグメントおよび前記ハードセグメントの比率が調整されていることを特徴とする請求項1または2に記載の燃料電池用水系ホース。
【請求項4】
当該燃料電池用水系ホースは、JIS−K6271の第6項に記載の二重リング電極法に準拠して測定した体積抵抗率が1×1010Ω・cm以上であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の燃料電池用水系ホース。
【請求項5】
カーボンブラックマスターバッチを更に含むことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の燃料電池用水系ホース。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−37972(P2013−37972A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174612(P2011−174612)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【出願人】(000157278)丸五ゴム工業株式会社 (25)
【Fターム(参考)】