説明

牛胚の性判別用プライマーおよびそれを用いた牛の性判別方法

【目的】
牛胚を用いた性判別において、牛の雌雄を迅速かつ正確に判別することを目的とする。
【解決手段】
本発明は、牛胚より分取した性判別用細胞を試験材料として、雄特異的塩基配列の標的核酸と特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドよりなるプライマー、該プライマーを用いた標的核酸の増幅法、牛胚より分取した性判別用細胞の雄特異的塩基配列の核酸の増幅を検出することによる牛の性判別方法及び牛胚を使用した性判別試薬キットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、雄牛に特異的な塩基情報に基づいて設計された新規プライマーと該プライマーを用いた牛胚の性判別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牛では,生まれた子牛が雄か雌かによりその経済価値が大きく変わる。乳用牛としては乳をよく出す雌牛を必要とし、肉用牛では良質肉を確保するために雄牛が必要とされる。したがって、牛の雌雄の産み分け技術が確立されれば、酪農家や肉用牛繁殖農家で目的とする性の子牛のみを生産することができる。そのために、X・Y精子の分離を行ったり、牛の性別を受精前あるいは受精後の初期段階で判別し、必要な性のみを選択して育成することは、畜産において極めて重要である。
【0003】
牛の性判別方法には大きく分けて、1)受精前の精子の段階で雌性精子あるいは雄性精子を分離判別する方法、2)受精卵からの細胞(胚)を調べる方法がある。
【0004】
1)受精前の精子の段階で雌性精子あるいは雄性精子を分離判別する方法:
牛には染色体が60本あり、そのうち性決定に関与する性染色体はX、Yの2種類が存在する。X染色体を2本持つと雌に、X染色体とY染色体を各々1本ずつ持つと雄になる。卵子にはX染色体が1本のみでY染色体は無いが、精子にはX染色体のみを持つ雌性精子とY染色体のみを持つ雄性精子があり、精子の種類によって性が決定される。X染色体はY染色体より重いため、雌性精子の方が比重が大きい。そこで比重差を利用した沈降法あるいは密度勾配遠心法で雌性精子と雄性精子が分離できる。しかし、この比重差は僅かであり、精子の大きさ、成熟度により精子の比重にもばらつきがあるため、確実に分離することは困難である。また、精子を染色しレーザー光を照射すると、X染色体がY染色体より少し大きいため雌性精子の蛍光が少し強くなることを利用したフローサイトメーター(細胞解析分離装置)による方法がある(非特許文献1)。さらにその判別精度を高めるために、精子の尾部を除去したいわゆる「精子核」のDNA含量の差により、雌性精子、雄性精子を分別する方法が報告されている。しかし、フローサイトメーター法の欠点として、レーザー光による精子の変性の可能性、前処理に手間がかかること、高価な機器を要すること等が挙げられる。
【0005】
2)受精卵からの細胞(胚)を調べる方法:
胚を調べる方法としては、a)胚をそのまま用いる方法と、b)胚の一部を取り出して調べる方法がある。a)の方法としては、雄のみが持つHY抗原に対する抗体を利用する方法がある。HY抗体で胚を処理すると牛胚の形態変化が起こり、雄の判別が可能となる。しかし、この方法は、抗体の力価が低く、さらには性判別の精度が低い等で実用化されてない。一方、b)の方法としては、染色体解析により、直接X染色体並びにY染色体を観察する核型判別方法が挙げられるが、この検査法は、多量の胚細胞が必要である、染色体標本作製の手技が煩雑である、胚を傷つけ妊娠の継続に支障をきたす可能性がある上、結果が出るまでに10時間程度かかり、性別の判別率も約50%と満足できるものではない。そこで、現在最も実用化している方法は、b)の方法の一つで、PCR法を用いた性判別方法である。これは、受精卵から細胞を採取し、雄の特異的塩基配列の存在をPCR法により確認する方法であり、核酸の増幅があれば雄、なければ雌と判別する。この方法は、判別まで数時間しか要さず、判別精度もほぼ100%を示すため、現在の所、一番優れた方法といえる。
【0006】
PCR法は、標的配列の両端の一方のセンス鎖を認識するオリゴヌクレオチドと、両端の他方のアンチセンス鎖を認識するオリゴヌクレオチドを2種類のプライマーとして用いた核酸増幅法である。まず、相補的な2本鎖核酸を熱処理により1本鎖核酸に変性させる。次に、各々の1本鎖核酸に3’側からプライマーを相補的に結合(アニール)させ、引き続き、鋳型依存性核酸合成酵素により結合したプライマーからDNA伸長させる。ここまでの工程で、元の鋳型から増幅したい領域は2倍に増幅したことになる。ここまでを1サイクルとすると、PCR法は、このサイクルを繰り返し行うことによって、標的配列を指数関数的に増幅することができる。ただし、PCR法は各段階で反応温度が異なるため、反応の段階に応じて反応温度を制御する必要がある。
【0007】
PCR法を用いた牛の性判別方法は、雄に特異的な塩基配列の核酸を増幅できる1組のプライマーを用い、牛胚から得られたDNA試料を鋳型としてPCRを行うものである。上記特異的配列を有する雄の牛胚では鋳型DNAが増幅されるが、雌の場合は増幅されない。しかし、プライマーの塩基配列によっては、目的以外の塩基配列にわずかでもアニールした場合、標的配列以外の塩基配列の核酸が増幅してしまう。したがって、プライマーの選定は特に重要となる。現在、牛胚の性判別用プライマーとしては、Y染色体上の繰り返し配列を利用した「XYセレクター」(特許文献1)が知られている。
【0008】
また、胚の性別判定のために受精卵から採取できる細胞試料は非常に微量であるため、例えば、雄特異的な塩基配列の核酸を増幅するためのプライマーを用いて、期待した増幅が確認できなかった場合に、雌と判別すべきなのか、増幅酵素の失活や細胞試料の添加ミス等の他の要因によるものかが判断できない。そのため、実際に性判別を行う場合には、雄特異的なDNA断片とは別に、反応が正常に行われていることを確認するために、雄雌共通の塩基配列の核酸が増幅されるプライマーを用意し、2組のプライマーを同時に用いてPCR反応を行う方法が採られている。
【0009】
本発明者らは、性別の判定と反応の確認をただ1組のプライマーを用いて行うことができる新規プライマーを開発した(特許文献2)。雄牛の白血球から抽出した、雌牛には存在しない配列番号1に示す1542塩基対の雄特異的核酸配列からプライマーを設計し、PCR法による判別を行ったところ、染色体解析の結果と完全に一致し、精度が非常に高いことが判明した。
【0010】
さらに、本発明者らはループ媒介等温増幅法(Loop-mediated isothermal AMPlification:LAMP法)を完成している(非特許文献2、特許文献3)。LAMP法は鋳型となるヌクレオチドに自身の3'末端をアニールさせて相補鎖合成の起点とするとともに、このとき形成されるループにアニールするプライマーを組み合わせることにより、等温での相補鎖合成反応を可能とした。またLAMP法では、プライマーの3'末端が常に試料に由来する領域に対してアニールするために、塩基配列の相補的結合によるチェック機構が繰り返し機能する。その結果、特異性の高い遺伝子配列の核酸の増幅反応が可能となった。
【0011】
【特許文献1】特開平7−132088号公報
【特許文献2】特開平8−205895号公報
【特許文献3】特許公報国際公開第00/28082号パンフレット
【特許文献4】特許公報国際公開第2002/24902号パンフレット
【特許文献5】特開平2001−242169号公報
【特許文献6】特許公報国際公開第01/83817号パンフレット
【特許文献7】特開平2002−345499号公報
【非特許文献1】佐々木捷彦、家畜診療、2004年、51巻(2)、p.79−86
【非特許文献2】Nucleic Acid Res.、 2000、 Vol.28(12)、e63
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、本発明者らが発見した雄特異的塩基配列から設計された新規プライマーと該プライマーを用いたLAMP法を用いた牛胚の性判別方法に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記問題を解決するため鋭意研究を行なった結果、雄牛に特異的な塩基配列と選択的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドを作製し、このオリゴヌクレオチドをプライマーとしてLAMP法により雄牛に特異的な塩基配列を増幅する事により、胚の性を判別できる事を見出し本発明を完成した。
【0014】
すなわち本発明は、雄牛の特異的塩基配列(配列番号1)の561〜1483番の塩基配列から選ばれた任意の塩基配列、またはその相補鎖から選ばれた標的領域配列の核酸を増幅し、
(1)第1領域として、雄牛の特異的塩基配列にアニールしてプライマーとして機能する塩基配列、および
(2)第2領域として、第1領域の3’側の塩基配列の相補鎖よりなり、第1領域の5’側に位置する塩基配列
の領域を含むプライマーを提供することを特徴とする。
【0015】
また本発明は、雄牛の特異的塩基配列から選ばれた以下の塩基配列(配列番号2〜17)あるいはそれと相補的な塩基配列から選ばれた、少なくとも連続する15塩基からなるプライマーを提供する。
CTTCTGAGCCACCAGGGA 配列番号2
ACCCAGGAATCAAACCC 配列番号3
TGCTGGGGTGGATTGT 配列番号4
TACTACTTCACACACATTAGCTTGGC 配列番号5
TGCAGAGGATGTGGAGAA 配列番号6
CCACTTTGGTTTGTCAGTACC 配列番号7
AGCCACAAAGAATACACCATCCA 配列番号8
GTCCATTCAAAAACAGTGTTCC 配列番号9
GCCATATGATCCAGAAATCTCA 配列番号10
TGTTCACAATGGAGTTCATGTAAGCC 配列番号11
AGCCAAGAAGTGGATGAATC 配列番号12
GACTTCCCTGGAAATGTTTAAG 配列番号13
GATCCCACATGCCACATAGCT 配列番号14
CTTCCCTGGAAATGTTTAAGTG 配列番号15
TAAAGCCAGACACAGAGGTCAC 配列番号16
GAAGCAGGAAAGAGAAGCA 配列番号17
GAGGAGGAAATGCACTGC 配列番号18
【0016】
さらに、雄牛に特異的な性判別塩基配列の核酸を増幅できる、
配列番号2の塩基配列に相補的な配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号3の塩基配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号5の塩基配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号6の塩基配列に相補的な配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号8の塩基配列に相補的な配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号9の塩基配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号11の塩基配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号12の塩基配列に相補的な配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号14の塩基配列に相補的な配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号15の塩基配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号16の塩基配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号17の塩基配列に相補的な配列からなるオリゴヌクレオチド
から選ばれた塩基配列を含むプライマーを提供する。
【0017】
さらに、核酸増幅法がLAMP法である該プライマー、該プライマーを用いるLAMP法による雄牛に特異的な性判別塩基配列の核酸の増幅法並びに雄牛に特異的な性判別塩基配列の核酸の増幅を検出する事による性判別方法を提供し、さらに該プライマー、鎖置換型核酸合成酵素、および基質を含む牛胚性判別試薬キットを提供する。
以下、本発明を詳細に説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
核酸増幅法による牛の性判別用の試料としては、受精卵からバイオプシーで取り出された細胞の一部すなわち牛胚試料を使用する。LAMP法の試料としては、この牛胚試料から、熱、アルカリ等で適宜選択された処理法により抽出された核酸が使用される。
【0019】
本発明において標的配列とは、増幅すべきポリヌクレオチドの塩基配列を意味する。一般にポリヌクレオチドの塩基配列は、5'側から3'側に向けてセンス鎖の塩基配列を記載する。本発明において、連続的に新たな標的塩基配列の核酸が合成される事を増幅と呼ぶ。更に本発明において、相補鎖合成の起点を与えることとは、鋳型となるポリヌクレオチドに対して、相補鎖合成に必要なプライマーとして機能するポリヌクレオチドの3'末端をハイブリダイズさせることを言う。また本発明において、3'末端、あるいは5'末端とは、単にいずれかの末端の1塩基のみならず、末端の1塩基を含み、かつ末端に位置する領域を意味する。本発明において、プライマーセットとは同時に用いられるプライマーの組み合せをいう。
【0020】
LAMP法は、プライマーとして少なくとも4種類のオリゴヌクレオチドを用いる核酸増幅法で、2種類はインナープライマー(Inner Primer)、残りの2種類をアウタープライマー(Outer Primer)と呼ぶ。LAMP法は、これら4種のプライマー、鎖置換合成活性を有する鋳型依存性核酸合成酵素、及び基質を用い、熱変性を必要とせずに、終始等温で速やかに特異性の高い遺伝子配列の核酸の増幅反応が進行することを特徴とする。
【0021】
標的塩基配列の3'末端から当該ポリヌクレオチド鎖の3'末端方向に向かって順に、第1の任意配列F1c、第2の任意配列F2c、第3の任意配列F3cをそれぞれ選択し、標的領域の5'末端から当該ヌクレオチド鎖の5'末端方向に向かって順に、第4の任意配列R1、第5の任意配列R2、第6の任意配列R3それぞれ選択する。F1c、F2c、F3cの相補配列をそれぞれF1、F2、F3、またR1、R2、R3の相補鎖をR1c、R2c、R3cと呼ぶ。
【0022】
インナープライマー(Inner Primer)とは、標的塩基配列上の「ある特定のヌクレオチド配列領域」を認識し、かつ合成起点を与える塩基配列を3'末端に有し、同時にこのプライマーを起点とする核酸合成反応生成物の任意の領域に対して相補的な塩基配列を5'末端に有することを特徴としたオリゴヌクレオチドである。ここで、F2より選ばれた塩基配列、およびF1より選ばれた塩基配列と相補的な塩基配列を含むプライマーをインナープライマーF、R2より選ばれた塩基配列およびR1より選ばれた塩基配列と相補的な塩基配列を含むからなるプライマーをインナープライマーRと呼ぶ。
【0023】
アウタープライマー(Outer Primer)とは、標的塩基配列上の『「ある特定のヌクレオチド配列領域」の下流に存在するある特定のヌクレオチド配列領域』を認識かつ合成起点を与える塩基配列を有することを特徴としたオリゴヌクレオチドである。F3より選ばれた塩基配列を含むプライマーをアウタープライマーF、R3より選ばれた塩基配列を含むプライマーをアウタープライマーRと呼ぶ。インナープライマー及びアウタープライマーにおいて、Fは、標的塩基配列のセンス鎖と相補的に結合し、合成起点を提供するプライマーの表示であり、Rは、標的塩基配列のアンチセンス鎖と相補的に結合し、合成起点を提供するプライマーの表示である。
【0024】
標的塩基配列に選択的にアニールしたインナープライマーからの核酸合成反応が進行すると同時に、アウタープライマーを起点とするその下流からの核酸合成反応によって鎖置換反応が起こる。そのためにインナープライマーを起点とする伸長鎖が鋳型である標的塩基配列から分離し、自身の5'末端でループ構造を形成する。インナープライマーの3'末端を起点とした伸長鎖に、もうひとつのインナープライマーが選択的にアニールし、合成起点となり核酸合成が進行する。同時にもうひとつのアウタープライマーを起点とする核酸合成反応によって鎖置換反応が起こる。その結果、自己を鋳型としながら合成起点となる3'末端を有し、両端にそれぞれループ構造を有することを特徴とする「ダンベル型」ヌクレオチドが形成される。
【0025】
上述の「ダンベル型」ヌクレオチドのループの塩基配列は、3'末端側のループの一本鎖部分にインナープライマーが相補的にアニールし合成起点を与えるので、ループ構造を有する中間産物は連続的にインナープライマーの鋳型として機能し、核酸合成が進行する。特に、ループ構造を複数有する中間産物は、複数の核酸合成反応が同時多発的に進行する鋳型となりながら、鎖置換反応によってまた新たなループ構造を有する中間産物を生成させる。このように等温条件下で連続的かつ大量に標的遺伝子配列の特定のヌクレオチド配列の核酸を増幅することを可能にしたのがLAMP法である。
【0026】
LAMP法においては、インナープライマーとアウタープライマーに加え、他のプライマーを用いることができる。ダンベル構造の5'末端側のループ構造の一本鎖部分の塩基配列に相補的な塩基配列を持つプライマーをループプライマー(Loop Primer)と言う。これを用いると核酸合成の起点を増やす事になり、反応時間の短縮と検出感度の上昇ができる(特許文献4)。ループプライマーの塩基配列は上述のダンベル構造の5'末端側のループの1本鎖部分の塩基配列に相補的であれば、標的遺伝子の塩基配列あるいはその相補鎖から選ばれてもよく、他の塩基配列でもよい。また、ループプライマーは1種類でも2種類でも良い。
【0027】
本発明でインナープライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドの長さは、30塩基以上、好ましくは35塩基以上で、化学合成あるいは天然のどちらでもよい。F側のインナープライマーは、その塩基配列として標的遺伝子配列のある配列よりなるオリゴヌクレオチドを3'側に、そしてそれより下流の別の塩基配列の相補鎖よりなるオリゴヌクレオチドを5'側に持ち、その間には0から50塩基よりなる任意のオリゴヌクレオチドを持っても良い。R側のインナープライマーの塩基配列は、F側のインナープライマーより下流の、標的遺伝子配列のある配列の相補鎖よりなるオリゴヌクレオチドを3'側に、そしてそれより上流の別の塩基配列を5'側に持ち、その間には0から50塩基よりなる任意の塩基配列を持ってもよい。また、プライマーは特に検出用として標識されていてもよい。アウタープライマー並びにループプライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドの長さは、10塩基以上、好ましくは15塩基以上で、化学合成あるいは天然のどちらでも良い。
【0028】
LAMP法で使用する各プライマーは単一のオリゴヌクレオチドであっても良く、複数のオリゴヌクレオチドの混合物であっても良い。
【0029】
本発明者らは、牛の雄特異的塩基配列を迅速に増幅できるLAMP法のプライマーの塩基配列とその組み合わせを鋭意研究した結果、プライマーセットとしてA〜Cの3組を選定した。プライマーセットCでは、ループプライマーFとループプライマーRも選定した。プラーマーセットA及びBにおいても、ループプライマーを設計することが可能である。
プライマーセットA
インナープライマーF:TCCCTGGTGGCTCAGAAGAAACCCAGGAATCAAACCC 配列番号19
インナープライマーR:TACTACTTCACACACATTAGCTTGGCTTCTCCACATCCTCTGCA 配列番号20
アウタープライマーF:TGCTGGGGTGGATTGT 配列番号4
アウタープライマーR:GGTACTGACAAACCAAAGTGG 配列番号21
プライマーセットB
インナープライマーF:TGGATGGTGTATTCTTTGTGGCTGTCCATTCAAAAACAGTGTTCC 配列番号22
インナープライマーR:TGTTCACAATGGAGTTCATGTAAGCCGATTCATCCACTTCTTGGCT 配列番号23
アウタープライマーF:GCCATATGATCCAGAAATCTCA 配列番号10
アウタープライマーR:CTTAAACATTTCCAGGGAAGTC 配列番号24
プライマーセットC
インナープライマーF:AGCTATGTGGCATGTGGGATCCTTCCCTGGAAATGTTTAAGTG 配列番号25
インナープライマーR:TAAAGCCAGACACAGAGGTCACTTTTGCTTCTCTTTCCTGCTTC 配列番号26
アウタープライマーF:AGCCAAGAAGTGGATGAATC 配列番号12
アウタープライマーR:GCAGTGCATTTCCTCCTC 配列番号27
ループプライマー F:GGGATGGAAACTGTGCAT 配列番号28
ループプライマー R:ATTGCATGTGGAAGAACTGTAG 配列番号29
【0030】
本発明に使用するプライマーの塩基配列は、本発明者らが考案したプライマーの特許(特許文献2)の塩基配列と一部重複しているが、これらのオリゴヌクレオチドはPCR法のプライマーであるのに対し、本発明のオリゴヌクレオチドは、LAMP法のプライマーであり異なる。
【0031】
鋳型依存性核酸合成反応で使用する酵素は、鎖置換活性を有する鋳型依存性核酸合成酵素であれば特に限定されない。このような酵素としては、Bst DNAポリメラーゼ(ラージフラグメント)、Bca(exo-)DNAポリメラーゼ、大腸菌DNA ポリメラーゼIのクレノウフラグメント、Vent(Exo-)DNAポリメラーゼ(Vent DNAポリメラーゼからエクソヌクレアーゼ活性を除いたもの)、DeepVent(Exo-)DNAポリメラーゼ(DeepVent DNAポリメラーゼからエクソヌクレアーゼ活性を除いたもの)及びKOD DNAポリメラーゼ等が挙げられ、好ましくはBst DNAポリメラーゼ(ラージフラグメント)が挙げられる。Bst DNAポリメラーゼを用いる場合は、その反応至適温度である65℃付近で反応を行うのが望ましい。
【0032】
増幅産物の検出には公知の技術が適用できる。たとえば増幅された塩基配列を特異的に認識する標識オリゴヌクレオチドを用いたり、あるいは、反応終了後の反応液をそのままアガロース電気泳動にかけても容易に検出できる。LAMP法では塩基長の異なる多数のバンドがラダー(はしご)状に検出される。
【0033】
さらに、LAMP法による遺伝子増幅は加速度的かつ効率的に行なわれるので、反応液中にあらかじめ二本鎖核酸の分子内に特異的に取り込まれるインターカレーターであるエチジウムブロマイドやSYBR Green(Molecular Probes 社製)等を添加することにより増幅を確認できる(特許文献5)。また、経時的に蛍光強度を観察することができるABI Prism 7700(Applied Biosystems社製)等の連続蛍光光度計で、増幅の有無の確認や速度論的解析をすることも可能である。
【0034】
その他、LAMP法では核酸の合成により基質が大量に消費され、副産物であるピロリン酸が、共存するマグネシウムと反応してピロリン酸マグネシウムとなり、肉眼でも確認できる程に白濁する。遺伝子増幅は、この白濁を反応終了後の観察、もしくは反応中の濁度の上昇を経時的に光学的に観察できる測定機器例えば400nmの吸光度の変化を通常の分光光度計を用いて確認することが可能である(特許文献6)。
【0035】
また、増幅された遺伝子配列を特異的に認識する担体固相オリゴヌクレオチドによるハイブリダイゼーションまたはそれを起点とした伸長反応により、増幅の確認が可能である(特許文献7)。
【実施例】
【0036】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
1.プライマーの合成
プライマーの塩基配列が設定されれば、市販のDNA合成機あるいはDNA合成を専門に取り扱う機関に委託することによって、慣用された方法で容易に合成することができる。プライマーセットA〜Cは、DNA合成を専門に取り扱う機関に委託し、当該機関所有のDNA合成機で、ホスホアミダイド法により化学合成された。合成後の精製は、逆相カラムを用いた高速液体クロマトグラフィーで行なわれた。
プライマーセットA
インナープライマーF:TCCCTGGTGGCTCAGAAGAAACCCAGGAATCAAACCC 配列番号19
インナープライマーR:TACTACTTCACACACATTAGCTTGGCTTCTCCACATCCTCTGCA 配列番号20
アウタープライマーF:TGCTGGGGTGGATTGT 配列番号4
アウタープライマーR:GGTACTGACAAACCAAAGTGG 配列番号21
プライマーセットB
インナープライマーF:TGGATGGTGTATTCTTTGTGGCTGTCCATTCAAAAACAGTGTTCC 配列番号22
インナープライマーR:TGTTCACAATGGAGTTCATGTAAGCCGATTCATCCACTTCTTGGCT 配列番号23
アウタープライマーF:GCCATATGATCCAGAAATCTCA 配列番号10
アウタープライマーR:CTTAAACATTTCCAGGGAAGTC 配列番号24
プライマーセットC
インナープライマーF:AGCTATGTGGCATGTGGGATCCTTCCCTGGAAATGTTTAAGTG 配列番号25
インナープライマーR:TAAAGCCAGACACAGAGGTCACTTTTGCTTCTCTTTCCTGCTTC 配列番号26
アウタープライマーF:AGCCAAGAAGTGGATGAATC 配列番号12
アウタープライマーR:GCAGTGCATTTCCTCCTC 配列番号27
ループプライマー F:GGGATGGAAACTGTGCAT 配列番号28
ループプライマー R:ATTGCATGTGGAAGAACTGTAG 配列番号29
【0037】
2.LAMP法で使用する試料及び試薬の調製
1)試料の調製(核酸抽出法)
牛受精卵から顕微操作で採取した性判別用細胞の一部を、10mM Tris-HCl(pH 8.0)緩衝液10μLに加え、95℃で5分間加温した後、直ちに氷中で急速冷却した溶液を試料とした。または、同細胞の一部を、30mM NaOH 溶液12μLに加えて懸濁させ、遠心後、室温で5分以上放置して試料とした。
【0038】
2)対照用試料
溶媒対象として、滅菌水、並びに試料の入れ損ない等の操作ミスの確認用の着色前処理液すなわち10μMブロモフェノールブルーを含むTris-HCl(10mM、pH 8.0)緩衝液または0.1mg/mLアシッドイエローを含む30mM NaOH溶液を使用した。また陽性対照の鋳型DNAとして、雄由来プラスミドDNA(S4)及び雌雄共通プラスミドDNA(V00125)を用いた。雄由来プラスミドDNA(S4)は雄牛の白血球から抽出したDNAより作製し、雌雄共通プラスミドDNA(V00125)は雌牛由来培養細胞よりゲノムDNAを抽出し、PCRによってクローニングを行い作製した。また各鋳型DNAの濃度は、各々の分子量から、雄由来プラスミドDNA(S4)は6000コピー、雌雄共通プラスミドDNA(V00125)は60万コピーになるように滅菌水で希釈して調製した。
【0039】
3)プライマーセットCを使用する場合のLAMP法に用いる試薬組成及び濃度:
・10倍濃度の反応用緩衝液:200mM Tris-HCl(pH 8.8)、100mM KCl、100mM (NH4)2SO4、80mM MgSO4、1% Tween 20
・基質溶液:dATP、dCTP、dGTP、dTTPの混合溶液で、各濃度が25mM
・Betaine溶液:5M Betaine
・雄特異的プライマー混合溶液
インナープライマーFおよびR:各1.6μM水溶液
アウタープライマーFおよびR:各0.2μM水溶液
ループプライマーFおよびR:各0.8μM水溶液
・雌雄共通プライマー混合溶液:Genbankに登録されている雌雄共通配列(Accession No. V00125)の塩基配列を基に設計
インナープライマーFおよびR:各1.6μM水溶液
アウタープライマーFおよびR:各0.2μM水溶液
ループプライマーFおよびR:各0.8μM水溶液
・DNAポリメラーゼ:8unit/μL Bst DNAポリメラーゼ(ラージフラグメント)(New England BioLab社製)
・滅菌水
【0040】
3.LAMP法による反応
10倍濃度反応用緩衝液 2.5μL、基質溶液 1.4μL、Betaine溶液 3μL、雄特異的あるいは雌雄共通の各プライマー混合溶液 6μL及びDNAポリメラーゼ 1μLに滅菌水 6.1μLを加えて混合する。この混合溶液 20μLを、0.2mLの専用チューブに分注する。これに、対照となる2種類の鋳型DNAあるいは試料を 5μL添加したものを反応溶液とした。また、溶媒対照として、滅菌水(図中NC)並びに着色前処理液(図中前処理液)の2種類を作製した。各反応試料 25μLについて、65℃で30〜60分間LAMP反応を行い、分光光度計を用いて、波長650nmでの吸光度(濁度)を観察した。LAMP反応30分後の吸光度を測定し、カットオフ値を吸光度0.1とし、0.1未満のものを陰性とした。すなわち雌雄共通のプライマー混合溶液を用いた反応で、0.1以上のものは試料の添加が確実であったと判断し、雄特異的プライマー混合溶液を用いた反応で、0.1以上のものを陽性すなわち雄とした。なお、カットオフ値は、反応溶液のバックグランド(滅菌水及び前処理液)を測定した時の収束値が0.05であること、また染色体解析で雄と判別された牛胚試料及び陽性対照(雄由来プラスミドDNA(S4))が確実に越える吸光度領域であることを考慮し、0.1と設定した。
【0041】
4.結果
表1及び図1に示すように、雌雄共通プライマーを使用した系では、溶媒対照(NC及び前処理液)の吸光度は0.1未満で、牛胚試料はすべて0.1以上であった。一方、表1及び図2に示すように、雄特異的プライマーを使用した系では、溶媒対照及び雌由来と考えられる牛胚試料では0.1未満、雄由来と考えられる牛胚試料はすべて0.1以上であった。これらの結果より、溶媒対照がすべて陰性であることから反応液中のコンタミネーションは見られず、そして、全ての牛胚試料での雌雄共通プライマーでの増幅が確認できたことから、試料中には確実にDNAが存在し、また試料の取り損ないはなかったと考えられる。したがって、吸光度0.1をカットオフ値とし、雌雄共通プライマーが陽性(0.1以上)でかつ雄特異的プライマーが陽性(同)の場合は、雄と判定でき、雌雄共通プライマーが陽性(0.1以上)でかつ雄特異的プライマーが陰性(0.1未満)の場合は、雌と判定できる。
【表1】

【比較例】
【0042】
PCR法との比較
表2に、PCR法とLAMP法との性判別結果の比較を示す。PCR法での判別結果は、雄由来の配列(S4)からPCR用に開発された性判別プライマーを使用して得られた結果であり、雌雄を判別する際の確定的診断法である染色体解析との一致率が100%を示している。雄特異的プライマーを用いたLAMP法では、牛胚試料 No.3、7、8、10、11、12が雄、牛胚試料 No.2、4、5、6、9が雌と判別され、PCR法との一致率は100%であった。したがって、本発明の雄特異的プライマーを用いたLAMP法による性判別の精度は非常に高い。
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、オリゴヌクレオチドをプライマーとして、LAMP法により牛胚の雄特異的塩基配列の核酸の増幅を確認することにより、牛の性判別を行う方法である。従来のPCR法は、増幅時間の短縮に限界があり、判別のために電気泳動が必要であるが、LAMP法では、操作が簡便で、非常に単時間に増幅できるため迅速な性判別が可能である。また、LAMP法副産物に由来する濁りが肉眼でも確認できるため、検出が非常に容易である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】雌雄共通プライマーでのLAMP反応測定結果
【0045】
【図2】雄特異的プライマーでのLAMP反応測定結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛胚の性判別のための核酸増幅法に用いる性判別用プライマーであって、雄牛の特異的塩基配列(配列番号1)の561〜1483番の塩基配列から選ばれた任意の塩基配列の核酸、またはその相補鎖から選ばれた標的領域配列の核酸を増幅し、
(1)第1領域として、雄牛の特異的塩基配列にアニールしてプライマーとして機能する塩基配列、および
(2)第2領域として、第1領域の3’側の塩基配列の相補鎖よりなり、第1領域の5’側に位置する塩基配列
を含むことを特徴とする、プライマー。
【請求項2】
雄牛の特異的塩基配列プラスミドS4から選ばれた以下の塩基配列(配列番号2〜17)あるいはそれと相補的な塩基配列から選ばれた、少なくとも連続する15塩基からなることを特徴とする、請求項1のプライマー。
CTTCTGAGCCACCAGGGA 配列番号2
ACCCAGGAATCAAACCC 配列番号3
TGCTGGGGTGGATTGT 配列番号4
TACTACTTCACACACATTAGCTTGGC 配列番号5
TGCAGAGGATGTGGAGAA 配列番号6
CCACTTTGGTTTGTCAGTACC 配列番号7
AGCCACAAAGAATACACCATCCA 配列番号8
GTCCATTCAAAAACAGTGTTCC 配列番号9
GCCATATGATCCAGAAATCTCA 配列番号10
TGTTCACAATGGAGTTCATGTAAGCC 配列番号11
AGCCAAGAAGTGGATGAATC 配列番号12
GACTTCCCTGGAAATGTTTAAG 配列番号13
GATCCCACATGCCACATAGCT 配列番号14
CTTCCCTGGAAATGTTTAAGTG 配列番号15
TAAAGCCAGACACAGAGGTCAC 配列番号16
GAAGCAGGAAAGAGAAGCA 配列番号17
GAGGAGGAAATGCACTGC 配列番号18
【請求項3】
雄牛に特異的な性判別塩基配列の核酸を増幅できるプライマーとして、
配列番号2の塩基配列に相補的な配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号3の塩基配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号5の塩基配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号6の塩基配列に相補的な配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号8の塩基配列に相補的な配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号9の塩基配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号11の塩基配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号12の塩基配列に相補的な配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号14の塩基配列に相補的な配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号15の塩基配列からなるオリゴヌクレオチド、
配列番号16の塩基配列、塩基数0から50の任意の塩基配列及び配列番号17の塩基配列に相補的な配列からなるオリゴヌクレオチド
から選ばれた塩基配列を含むことを特徴とする、請求項1のプライマー。
【請求項4】
核酸増幅法がLAMP法であることを特徴とする、請求項1から3のプライマー。
【請求項5】
請求項1から3のプライマーを用いることを特徴とする、LAMP法による雄牛に特異的な性判別塩基配列の核酸の増幅法。
【請求項6】
請求項5の雄牛に特異的な性判別塩基配列の核酸の増幅を検出することを特徴とする、牛の性判別方法。
【請求項7】
牛胚の性判別方法において、請求項1から4のプライマー、鎖置換型核酸合成酵素、および基質を含むことを特徴とする、牛胚性判別試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−238888(P2006−238888A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−129030(P2006−129030)
【出願日】平成18年5月8日(2006.5.8)
【分割の表示】特願2002−85025(P2002−85025)の分割
【原出願日】平成14年3月26日(2002.3.26)
【出願人】(000120456)栄研化学株式会社 (67)
【出願人】(591190955)北海道 (121)
【Fターム(参考)】