説明

牡蠣又は帆立貝の養殖法

【課題】牡蠣と帆立貝の餌料となる植物プランクトンを増加させるための簡便で効率的な手段を提供することを目的とする。
【解決手段】肥料を収納した施肥容器を垂下式養殖場に設置することを特徴とする牡蠣又は帆立貝の養殖法である。前記方法は、施肥容器からの肥料成分の溶出を制御することによって、植物プランクトンの増殖に寄与し、その結果牡蠣又は帆立貝の成育を促進させるものである。尚、前記施肥容器は、硬質容器又は肥料充填用容器を内装した硬質容器からなることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牡蠣又は帆立貝の養殖法に関し、より具体的には、肥料を収納した施肥容器を垂下式養殖場に設置する牡蠣又は帆立貝の養殖法に関する。
【背景技術】
【0002】
牡蠣と帆立貝は主に植物プランクトンを餌料としているため、生息環境における植物プランクトンの増加が牡蠣と帆立貝を成長させることになる。特許文献1では、牡蠣の養殖において植物プランクトンを増加させるために、寒天等のゲル化剤で固めた植物由来の水溶性成分を通液性袋に入れ、これを牡蠣筏において牡蠣の近傍に吊るす方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−174779号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1記載の方法では、ゲル化剤によるゲル化工程を要し、更にゲル化剤の適用量の分だけ植物プランクトンの増加に必要な成分の含有量が減少する等の問題点があった。
そこで、簡便で効率的な手段によって植物プランクトンを増加させ、その結果、牡蠣又は帆立貝の成育促進に寄与する方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、牡蠣と帆立貝の餌料となる植物プランクトンを増加させるために、肥料を施肥容器に収納し肥料成分を徐々に溶出させることが簡便で効率的な手段であることを見出し、係る知見に基づき本発明を完成したものである。
【0006】
即ち、本発明は、肥料を収納した施肥容器を垂下式養殖場に設置することを特徴とする牡蠣又は帆立貝の養殖法に関するものである。
また、本発明は、施肥容器が硬質容器又は肥料充填用容器を内装した硬質容器からなることを特徴とする上記牡蠣又は帆立貝の養殖法に関するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明による牡蠣又は帆立貝の養殖法は、肥料を収納した施肥容器を垂下式養殖場で吊るすだけで、植物プランクトンの増加による牡蠣又は帆立貝の成育促進の効果が得られるため、省力且つ効率的な方法である。また、施肥容器として硬質容器を用いた場合は、海中で施肥容器が養殖籠又は牡蠣もしくは帆立貝等と接触、衝突しても、施肥容器の破損による肥料成分の急激な溶出が防げる利点を有する。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の牡蠣又は帆立貝の養殖法について詳細に説明する。
本発明で用いる肥料としては、通常肥料又は被覆肥料のような溶出制御されたもののいずれであっても用いることができる。通常肥料を用いる場合は、溶解性の高いものが好ましい。
肥料の種類としては、窒素成分及びリン酸成分のうちいずれか1種または双方が含有されるものが好ましい。通常肥料の具体例として、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、尿素、過リン酸石灰、重過リン酸石灰、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、ポリリン酸カリウム、フィチン酸、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等を挙げることができる。被覆肥料としては、前記通常肥料を樹脂等で被覆して溶出制御を可能としたものを挙げることができる。また、通常肥料と被覆肥料を混合したものを用いてもよい。
【0009】
肥料成分の溶出速度は、肥料の種類だけでなく施肥容器の構造によっても調整することができる。この溶出速度の調整には、牡蠣又は帆立貝の生息海域の栄養塩濃度、海水温、あるいは牡蠣又は帆立貝の成育ステージや成育速度、更には肥料効果の期待期間などの種々の条件に応じて、肥料と施肥容器との最適な組合せを適宜選択すればよい。
例えば、肥料として溶解性の高い通常肥料を用いる場合において、一定期間に安定して肥料成分を溶出させたいときは、溶出制御機能を構造的に有する施肥容器を選択することが好ましい。また、通常肥料を短期間に溶出させたいとき、あるいは被覆肥料を用いる場合は、通常は施肥容器自体が溶出制御機能を構造的に有する必要は無く、肥料粒の容器からの流亡を防止する構造を有する施肥容器を選択すればよい。
【0010】
施肥容器の形状は、特に限定されるものではなく、袋状、筒状、球状、立方体状等が例示できるが、設置効率の観点から筒状が好ましい。筒の断面の形状は、多角形でも構わないが、製造容易性、取り扱い等作業性の観点から円状が好ましい。
【0011】
施肥容器の材質は、耐海水性、耐候性に優れたものであれば特に限定されない。施肥容器の材質として、例えば、樹脂、木質材料、金属等が挙げられるが、軽量性、加工性、経済性の観点から樹脂が好ましく、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリアミド樹脂等が例示できる。
施肥容器を一重構造とするときは、海流や海洋生物、あるいは養殖籠又は牡蠣もしくは帆立貝等との接触や衝突によって破損し難い硬質材料、例えばポリプロピレン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂を選択することが好ましい。また、施肥容器を二重構造とする場合において、外側を保護容器とし、内側を肥料充填用容器とするときは、保護容器には硬質材料を用い、肥料充填用容器は軟質材料、硬質材料のいずれであってもよい。
【0012】
溶出制御機能を構造的に有する施肥容器とは、施肥容器自体が溶出制御機能を有するものであってもよいし、硬質材料からなる保護容器内に溶出制御機能を有する肥料充填用容器を内装した二重構造のものであってもよく、肥料成分の溶出制御ができるものであれば特に限定されるものではない。尚、前記保護容器は水の流出入ができるものであれば網状のものであっても、複数の孔を穿設したものであってもよい。
【0013】
溶出制御機能は、例えば、透水性材料の選択、あるいは、溶出孔の具備によって付与することができる。透水性材料として、透水性フィルム、透水性シート、透水性膜、多孔性フィルム、多孔質樹脂、繊維質体等が例示できる。透水性材料は、容器の全面に用いても部分的に用いても構わない。透水性材料として軟質な材料を用いたときは、上記のような保護容器を用いた二重構造とすることが好ましい。溶出孔を具備させる方法に関しては、穿設した孔に透水性材料として多孔質体や繊維質体を埋設する方法、あるいは、ピンホール孔を穿設する方法が例示できる。ピンホール孔の孔径の目安として、特開2009-273424号公報及び特開2009-273425号公報記載による孔径0.1〜1mmを挙げることができる。
【0014】
所望する溶出性能を得るには、海水温、肥料の種類、肥料効果の期待期間等の条件を考慮して、透水性材料を用いる場合はその種類と使用面積、溶出孔を具備させるときはその方法の選択、更には、孔径に加えて、孔数及び施肥容器の全表面積に対する孔の全表面積の比等の値を最適化することが肝要である。また、二重構造の施肥容器において、外側の保護容器の孔の数、大きさ等を調整することにより、保護容器にも溶出制御機能を付与することができる。
【0015】
上記で述べた溶出制御機能を構造的に有する施肥容器の一例として、二重構造(外側は保護容器、内側は肥料充填用容器)とした筒状の施肥容器について、施肥容器を縦方向に吊るすタイプのものについて以下に概説する。
先ず、外側の保護容器について説明する。保護容器には、硬質材料としてポリ塩化ビニルを用いる。保護容器の形状は底部を塞いだ管状のものとする。管の大きさは、取り扱いの作業性や肥料の充填量等の条件を考慮して、内径は50〜250mm、長さは300〜1500mmが好ましい。
管の側面に水の流出入を目的とした孔を穿設するが、孔径は2〜20mmが好ましい。孔径が2mmより小さい場合は藻類などの付着により孔が閉塞する危険性が有り、20mmより大きい場合は海洋の影響による肥料成分の溶出の不安定化あるいは海洋動物や魚類による内側の肥料充填用容器の破損の危険性が生じ易くなる。
孔数に特に制限はないが、上記危険性を考慮して2個以上が好ましく、より好ましくは4個以上である。管の上部は、蓋をせずに開放した状態としてもよいし、開閉可能な蓋を取り付けてもよい。但し、内側の肥料充填用容器を取替える必要があるときは、蓋が無い方が作業効率が良い。
【0016】
次に、内側の肥料充填用容器について説明する。肥料充填用容器には、軟質材料としてポリエチレン樹脂を用いる。前記樹脂の形状は、肥料の充填のし易さから袋状のものを用いる。肥料充填用容器に所定量の肥料を充填した後、ヒートシーラーで開口部を封止する。
肥料を充填したときの肥料充填用容器の外径は、施肥容器内の肥料の収納量を最大化させる観点から、保護容器への挿入に差し支えない限度においてできるだけ保護容器の内径に近いものであることが望ましい。また、肥料充填用容器の長さは、保護容器の長さに合わせて適宜設定すればよいが、肥料充填用容器として長さが短い袋を用いるときは、複数個の肥料充填用容器を保護容器内に収納してもよい。
肥料充填用容器に穿設する孔については、孔径が0.1〜1mm、孔数が5個以上であることが好ましい。更に、孔に関する要件を規定するときは、上記の孔径と孔数の範囲内で、肥料充填用容器の全表面積に対する孔の全表面積の比が0.000001〜0.001となるように設定すればよい。
【0017】
一方、通常肥料を短期間に溶出させたいとき、あるいは被覆肥料を用いる場合において、詰め物が無い孔を有する施肥容器を用いる場合は、肥料粒の流出を防止するために、肥料粒の粒径よりも孔径を小さくする必要があるが、孔数及び施肥容器の全表面積に対する孔の全表面積の比に関しては適宜設定すればよい。
【0018】
肥料を収納した施肥容器を垂下式養殖場に設置する方法については特に制限はなく、牡蠣又は帆立貝の周辺の植物プランクトンが増加するように適宜設置すればよい。例えば、面積あたりに設置する施肥容器の数を増やしたり、垂直方向に吊り下げる施肥容器の数を増やす、等の方法が挙げられる。尚、垂下式養殖場として、牡蠣においては牡蠣筏による吊り下げ方式、籠方式等、帆立貝においては籠方式、耳吊方式又は延べ縄式等の養殖法を用いた養殖場が該当する。
ところで、一般に、牡蠣において牡蠣筏の中央部は、牡蠣筏の周辺部よりも海流の影響を受け難いため、栄養塩の不足によって植物プランクトンが減少し、このため牡蠣の成育が周辺部より劣る傾向があることが知られている。そこで、牡蠣筏の中央部の施肥容器の設置本数を多くすることも好ましい態様の1つである。
【0019】
施肥容器の設置の深さの目安は、太陽光線の照射によって植物プランクトンである珪藻が増殖しやすい水深約1.5m以内のところが好ましい。筒状の施肥容器を縦吊りにするときは、施肥容器の下端が上記水深内となるように設置するのが良い。
施肥効率を高めるためには、牡蠣又は帆立貝の近傍に施肥容器を設置することが肝要であり、このことは吊り下げ方式の養殖法のみならず籠方式の養殖法でも同様である。
【0020】
上述のように、本発明の牡蠣又は帆立貝の養殖法は、肥料を収納した施肥容器を垂下式養殖場に設置するので簡便であり、また、肥料成分の溶出が制御されているので、栄養塩濃度を高くして植物プランクトンを増加させ牡蠣又は帆立貝の成育を促進することが効率的にできる、という利点を有する。
【実施例】
【0021】
以下、本発明の詳細を実施例を挙げて説明するが、本発明はそれらの実施例によって限定されるものではない。
施肥容器は二重構造とし、内側の肥料充填用容器にはピンホールを穿設したポリエチレン製樹脂の袋を用い、外側の保護容器には孔を有するポリ塩化ビニル管を用いた(管の下部は閉塞、上部は開放)。肥料として、硫酸アンモニウムを用いた。
【0022】
10月25日に上記施肥容器50本を、10m×26mの牡蠣筏にほぼ等間隔になるように吊り下げた。設置の深さは、施肥容器の底部が水深約1m付近となるようにした。11月19日及び12月14日に肥料充填用容器を取り替えた。
【0023】
表1に、11月5日に採取した海水中の栄養塩分析の結果を示した。周辺海域のDIN(溶存態無機窒素)が低値を示したのに対し、試験区では肥料成分の溶出によってDIN値、特にアンモニウム態窒素の値が高くなった。
【0024】
【表1】

【0025】
1月中旬に、試験区(施肥容器を設置した牡蠣筏)及び対照区(施肥容器を設置していない牡蠣筏)から牡蠣を各30個回収して、むき身重量を測定し、その平均値を求めた(表2)。
筏周辺部に比べると筏中央部は栄養塩が低くなる傾向があり、それがむき身重量に反映された結果となった。
施肥容器の設置により、筏中央部と筏周辺部の両方において、試験区のむき身重量が対照区よりも増加したことが分かる。
【0026】
【表2】

【0027】
以上の結果より、本発明の肥料を収納した施肥容器を牡蠣筏に設置することによって、牡蠣の成育促進効果が得られたことが分かる。また、この成育促進効果は、特に筏中央部の牡蠣に顕著に現れたことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肥料を収納した施肥容器を垂下式養殖場に設置することを特徴とする牡蠣又は帆立貝の養殖法。
【請求項2】
施肥容器が、硬質容器又は肥料充填用容器を内装した硬質容器からなることを特徴とする請求項1記載の牡蠣又は帆立貝の養殖法。

【公開番号】特開2011−115183(P2011−115183A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【公開請求】
【出願番号】特願2011−59758(P2011−59758)
【出願日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(000203656)多木化学株式会社 (58)
【Fターム(参考)】