説明

物質の熱分析を行う方法および装置

物質を励起に晒して、その励起に対する応答を観測する物質の分析方法であって、評価は、励起とその応答との間の関係を模倣する数学モデルのパラメータを求めた後で、該モデルの時系列推定値から物質の特性を演算するという概念に基づいて行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、観測可能な応答信号の誘発が可能な励起に対して物質を晒し、その応答信号を、励起の時系列値と応答の時系列測定値とに基づいて評価する物質の熱分析方法に関する。また、本願発明は、かかる方法を実施するために操作可能な装置に関する。
【背景技術】
【0002】
物質に励起が作用する結果としてこの方法で物質に誘発される応答を分析することにより、時系列測定値が網羅する分析時間ごとにおける物質物性および物質パラメータを割り出すことができる。励起に晒される物質は、純物質であってもよいし、また、物質もしくは材料から構成されるシステムまたは混合物であってもよい。この種類の方法として広く知られた一例を挙げるとすれば、動的熱分析においては、ある物質が、与えられた態様で温度対時間をプログラムしたものである励起に晒され、一方、分析中に観測される応答は、このサンプル物質によってもたらされる熱流量から構成される。この方法は示差熱分析方法として実施されることが多い。かかる方法では、試験物質と公知の標準物質が温度プログラムに従って励起される。この場合、分析される応答情報は、試験サンプルおよび標準サンプルの間の熱流量の差からなっている。また、熱機械分析は他の公知の一例である。この場合には、分析される応答は、与えられた温度対時間プログラムに対して試験物質から形成されるサンプル体が晒されたときのサンプル体に発生する長さの変化からなっている。
【0003】
この種の公知の示差熱分析方法(EP 0 559 362 A1)では、励起を形成する温度プログラムは、与えられた周波数と与えられた振幅とを有する周期温度変調を重畳することにより線形に上昇する傾斜に対して得られる単一励起量からなっている。単一応答量である変調を受けた熱流量の差として得られる応答は、これらの熱流量の差を分割して得られる2つの信号成分に基づいて評価される。2つの信号成分のうちの一方は、単一のまたは複数の変調期間からなる連続間隔毎に平均値を求めることにより得られる。したがって、この信号成分は、応答信号に含まれる単調部分を表わしたものである。2つの信号成分のうちの他方は、応答信号に含まれる変動部分を表わしたものである。後者の信号成分は与えられた変調周波数で振動し、測定された応答信号とその単調成分との間の差を求めることにより得られる。この励起および応答信号の解析のコンセプトは、一つの与えられた固定変調周波数のみを使用することに基づいているため、励起は、同一の周波数またはその調和周波数に属する現象のみに対して選択的に有効である。
【0004】
他の公知の熱分析方法では上記の単一励起周波数の限定が回避されている(EP 1 091 208 A)。この方法では、確率論的な励起が提案されており、応答量の信号の評価には相関分析が含まれる。しかしながら、この相関分析方法において高レベルの精度を達成するにあたり、長い測定時間が必要となる。
【0005】
本願発明は、本明細書の最初に記載された種類に属すると共に主として任意の形態の励起に対する応答を効果的に評価することができる方法を提供するという課題、および、この方法を実施すべく操作可能である装置を提供するという課題に対して対処するものである。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明によれば、上記の方法を提供するという課題は、励起とその応答との間の関係を表わす、有限数のパラメータを含む数学モデルを応答信号の評価に用いることにより解決される。モデルのパラメータは、モデル自体から以外に、励起の時系列値および応答の時系列測定値から求められる。本願発明に従ってパラメータが求められた後、励起値とその応答値との間の相関は、数学モデルにより完全に反映される。このようにして、いかなる種類の励起に対する物質の応答であっても、その物質を励起させることなく求めることが可能となる。物質の特性を計算する上で、モデルの応答の評価のみを用いることが可能となる。上記の方法を実行するために操作可能となっている装置において試験物質のサンプルの存在なしに励起を生成すると、物質の特性量の代わりに装置の特性量をモデルから求めることが可能となる。励起および応答は、複数の量からなっていてもよい。単純化のため、本明細書においては、主として単一の量を有する系に対するものとして本願発明の原理を記載する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本願発明の特に重要な実施の形態では、モデルのうちの少なくとも一部が、時間に対して不変であり且つ線形性を有しているように設定される。この実施の形態では、励起と応答との間の相関関係が、ほとんどの場合において、少なくとも略線形であると共に時間的に不変であるということが知られている。一般的に、このタイプの線形且つ時間不変モデルでは、励起を表わす入力信号と応答を表わす出力信号との間の相関関係をインパルス応答関数h(t)により表わすことができる。したがって、モデルのパラメータが決定されると、そのインパルス応答関数を直接求めることが可能である。さらに公知のように、インパルス応答関数h(t)は、励起信号がデイラックのデルタ関数(Dirac‘s delta function)の形を有する場合の応答信号を表わしている。デイラックのデルタ関数は、時間が連続である場合、次のように定義される。
【0008】
【数1】

また、時間が不連続である場合、次のように定義される。
【0009】
【数2】

時間が連続である場合、線形且つ時間不変な系は、次式で記述される。
【0010】
【数3】

ここで、u(t)は入力信号または励起信号を表わし、h(t)はインパルス応答関数を表わし、y(t)は出力信号または応答信号を表わしている。時間が不連続である場合、最後の式は、次の和により近似される。
【0011】
【数4】

ここで、tおよびt’は、一般性を失うことなく、連続する測定の時間間隔(サンプリング間隔)を1と設定するので、整数値のみをとる。上記の近似は、サンプリング間隔が小さいほど、またはサンプリング率が大きいほど向上する。
【0012】
一般的に知られているように、インパルス応答関数は、全周波数を含み、励起に晒される物質の動的挙動全体を表わす。物質の所望の特性量を、インパルス応答関数から導くことができる。したがって、周波数応答は、インパルス応答関数のフーリエ変換により得られる。熱分析の分野に適用すれば、インパルス応答関数は、たとえば加熱速度におけるインパルス、すなわち温度が急上昇した後の熱流量信号を表わすことができる。この場合、インパルス応答関数を積分することにより熱容量が求められ、インパルス応答関数をフーリエ変換することにより周波数の関数として熱容量がどのように変化するかが示される。したがって、励起熱を物質に実際に加え、その応答を測定することなくかなりの程度まで自由に選択可能な励起を入力し、モデルの応答から物質の物性を求めるにあたって、数学モデルを用いることができる。一例として、物理的に実現することが出来ないデイラックインパルスを入力することにより、インパルス応答を直接得られ、デイラックインパルスを積分することにより熱容量が導かれる。
【0013】
励起信号と応答信号との間の相関関係が無視不可能なまたは無視不可能とみなされる非線形部分を有している系に対して上述の実施の形態が適用される場合、第1の解決策は、非線形に関連するすべての部分を励起信号からおよび/または応答信号から減じ、これらの信号の差から得られる量のみを線形の時間不変モデルによる評価の対象とすることである。しかしながら、この手法を用いるための前提条件として、非線形部分を知っている必要があるかまたは非線形部分を求めるなんらかの方法が存在する必要がある。
【0014】
しかしながら、第2の代替の解決策では、時間に対して不変であり、線形のモデルは、応答信号の非線形部分を考慮に入れた数学的項を追加することにより拡張される。この数学的表現を規定する量は、時系列の励起信号および応答信号の測定値から、インパルス応答関数と一緒に決定される。非線形性を有するこの種類の系における励起信号と応答信号との間の関係は、次の数式により記述することができる。
【0015】
【数5】

この代替えの解決策は、応答信号ys(t)の非線形部分X(t)が線形部分y(t)と比較してただゆっくりとだけ変化可能であるということが頻繁に起きる状況においてもっぱら重要である。これは、たとえば動的熱分析の場合である。この場合、応答信号により表わされる熱流量は、加熱速度を表わす励起信号の急激な変化に追従する可逆熱流と、物質内の熱力学的事象(たとえば、相転移または化学反応)により影響される非可逆熱流とからなっている。一般的に熱力学的事象がある一定の時間を必要とするので、熱力学的事象に関連する熱流は、励起信号の急激な変化に追従できないため、比較的ゆっくりとした変化を示すことになる。
【0016】
以上の状況に鑑みて、非線形部分X(t)が一定となる、すなわち個々の時間において次の関係を仮定することができるように十分に短い時間枠に、評価に用いる時系列測定値の継続時間を制限することができる。
【0017】
【数6】

時間枠内で著しい変化が発生した場合には、一定の関係の代わりに、次に示す線形の関係を選択することができる。
【0018】
【数7】

ここで、t0は自由に選択可能な定数を表わしている。実用上の問題として、t0は、個々の場合に用いられる時間枠の中間に位置する一つの時点として選択される。この仮定された線形関係が、必要とされるレベルの精度に対して不適切である場合、先と同様に、二次の項もしくはさらに高次の項を含むようまたは他の関数を含むように、仮定された関係X(t)を拡張することができる。このようにして、応答信号の線形部分または可逆部分と非線形部分または不可逆部分とは別々に求められる。
【0019】
線形な時間不変である系を記載する式(3)および式(4)に表わされる仮定された関係は、数学モデルの基礎として直接用いることができるし、また、公知のz変換手法を通じて次式で表わすことができる。
【0020】
【数8】

ここで、y(z),H(z),およびu(z)は、y(t),H(t),およびu(t)のz変換を表わしている。上記のモデルでは、u(t)からy(t)の推定値が導かれる。
【0021】
以上の背景において、本願発明の方法にかかる特に有利な実施の形態は、z変換されたインパルス応答関数が有理関数と仮定されるということが特徴づけされる。このことは、H(z)が次の形態を有することを意味する。
【0022】
【数9】

ここで、B(z)およびA(z)は、それぞれ、変数zの次元nbおよびnaの多項式を表わしている。このH(z)の仮定された有理式がほとんどの現実的な事例を正確にまたは適切な近似を用いて表わすことが見出されている。これは、モデルのパラメトリック表現である。ここで、パラメータは、分母である多項式A(z)および分子である多項式B(z)の係数により決定される。式(9)を式(8)に代入することにより、次式が得られる。
【0023】
【数10】

式(10)により表わされる発明思想にかかる実施の形態は、励起が複数の値からなる場合、すなわち複数の励起数を有している場合、または、応答が複数の信号よりなる場合、すなわち複数の応答数を有している場合にも適用可能である。この場合、A(z)は、各信号に関連する分母である多項式の係数を有する行列である。B(z)は、各信号に関連する分子である多項式の係数を有する行列である。当業者にとって、複数の異なる量を有する系に対して上述の式を適用することに格別な困難性はない。案内となる解説は、教科書、たとえばマットラボユーザマニュアル(MatLab User Manual):システム同定用ツールボックスのユーザガイド(System Identification Toolbox, User’s Guide)、マスワーク社(The MathWork、Inc.)、2000年11月、バージョン5.0の第4版(リリース12)、3-37〜3-39頁中にある。以下に、上記の方法の原理を一つの励起量と一つの応答信号量とを有する例を通じてさらに詳細に説明するが、これを限定として解釈されるべきではない。上記の方法には、明確に、複数の励起量を有する励起および/または複数の応答量を有する応答が含まれている。
【0024】
インパルス応答関数を決定する実用的な方法として、本願発明の範疇には、z変換されたインパルス応答関数の分母である多項式の次元naと、分子である多項式の次元nbとが定数であること、および、モデルにより記述されるような励起信号と応答信号との間の関係が時系列測定値と可及的に密接に一致するように上記の多項式の係数が決定されることが含まれる。
【0025】
以上の思想を達成する実用的な方法として、z変換されたインパルス応答関数により記述されるような励起信号と応答信号との間の関係が時間範囲で表わされている。これにより得られる連立一次方程式では、多項式の未知である係数を求めてこれらの式を解くことができるように、十分な時系列測定値が投入される。
【0026】
当該技術分野において知られているように、時間範囲での表現はシフト演算子qを用いて求められる。このシフト演算子は、z変換されたインパルス応答関数に不連続時間tkで適用されると、前回の不連続サンプリング時間tk-1でのインパルス応答関数の値を提供するか、または、次の数学的項で表わされる。
【0027】
【数11】

式(11)のシフト演算子qを用いることにより、式(10)は、時間範囲に置き換えられ、次の結果が得られる。
【0028】
【数12】

ここで、指数k,k-1,・・・は、サンプリング時点における不連続値を表わし、a1,a2・・・,anaは、式(9)の分子である多項式の係数を表わし、b1,b2,・・・,bnbは、式(9)の分母である多項式の係数を表わしている。一般性を失うことなく、式(12)においてはa0=1であると仮定される。さらに、係数b0は、零であると仮定されている。このことは、実際の系において通常正しい。というのは、実際問題として励起信号が応答信号に対して瞬間的に影響を及ぼすわけではないからである。しかしながら、いうまでもなく、以下に記述する手順に変更を加えることなく零でないb0の値を上述の式(12)に含めてもよい。
【0029】
最後に、誤差項ekが式(12)の右側に追加されている。この誤差項は、モデルが実際に測定される処理から外れている量を表わしている。
【0030】
式(12)に現れる励起信号および応答信号の測定値を組み合わせて次式(13)で表わされる測定ベクトルfkを規定する。
【0031】
【数13】

未知数であるパラメータ値を組み合わせてパラメータベクトルTを次式(14)で規定する。
【0032】
【数14】

式(12)を次の行列形式(15)に書き換えることができる。
【0033】
【数15】

したがって、パラメータベクトルTを完全に決定するためにはna+nbの数式が必要となる。次に、このことは、十分な数の時系列サンプリング点k,k-1,・・・,k―nが必要となる。
【0034】
連立方程式は、式間の差ekを最小化するように解が求められる。これは、たとえば最小二乗法を用いて達成することができる。
【0035】
以上のように、非線形部分を追加するとき、式(12)の右側は、多項式演算子A(q)を式(6)および式(7)に定義される式へ適用することにより得られる追加項により拡張されている。このことは、パラメータベクトルTを、連立方程式の解を求めることにより同様に演算される対応するパラメータにより拡張する必要があることを意味している。同様に、ベクトルfkも拡張する必要がある。
【0036】
たとえば式(7)を用いる場合、fkおよびTは、次式で表わされる。
【0037】
【数16】

および
【0038】
【数17】

【0039】
【数18】

この場合も、ベクトルykが式(5)の値ys(t)から構成される式(15)を適用することが可能となる。
【0040】
本願発明は、動的熱分析法の公知の領域において非常に重要な用途を有している。これらの処理における励起信号において、一定の加熱速度βuに重畳される周期的または非周期的な可変成分utがしばしば存在する場合がある。したがって、総加熱速度、すなわち温度の時間微分は、次式で与えられる。
【0041】
【数19】

これらの手順の中で重要なクラスにおいては、応答信号は、動的熱分析処理の熱流量を表わしている。
【0042】
励起信号に応答して発生する上述の式により表わされる熱流量は、加熱速度の変動部分u(t)の後に続く可逆線形部分y(t)と、時間の線形関数として実質的に記述することができる非可逆部分とを含んでいる。したがって、総合的に以下の式に到達する。
【0043】
【数20】

この場合、上述の連立方程式は、次の形態をとる。
【0044】
【数21】

上述の式では、パラメータa1,a2,・・・,ana,ba,b2,・・・,bnbにより可逆部分が求められ、パラメータγ1,γ2により不可逆部分が求められる。熱流量の可逆部分に基づいて、公知の演算方法に従って比熱容量が求められる。
【0045】
熱流量は、熱経路に沿って発生する温度差を求めることにより測定される。しかしながら、熱分析処理の実施に用いられる熱量測定系により生じる熱流量が、試験物質に起因する部分以外にも、他にあることを考慮しなければならない。本願発明の方法に従って測定値を評価することにより、熱量測定系による寄与分を含む総熱流量が得られる。しかしながら、本願発明にかかる評価は、物質サンプルへの熱流量と公知の標準物質への熱流量との間の差により熱流量が構成されるような処理に対して適用することもできる。上記の熱量計による寄与分は、このような差分法において小さくなる。
【0046】
本願発明にかかる方法は、サンプルが不活性な標準サンプルに対応する場合、または励起がサンプルのない熱量測定系に加えられる場合にも有利に用いることができる。この場合、かかる方法は装置の特性を呈する。
【0047】
さらに、本願発明にかかる方法は、応答信号が公知の動的熱分析処理(DTA)の温度差を表わす場合にも好適に適用することができる。
【0048】
さらに、本願発明にかかる方法は、応答信号が出力補償型動的熱分析処理の加熱出力差を表わしている場合にも有利に利用され得る。このような出力補償型の方法では、試験物質のサンプルおよび公知の標準物質は、サンプルと標準物質との間の温度差が零になるよう常に規制されるように異なるレベルの加熱出力で励起される。この場合、評価される応答は、標準物質と比較したサンプルの出力吸収の差からなっている。
【0049】
さらに、本願発明にかかる方法は、応答信号が動的熱機械分析処理における長さの変化を表わす場合にも有利に用いることができる。収縮機能を有するサンプルでは、励起信号を表わす温度プログラムにより、サンプルの熱的膨張とそれに重なる収縮とが同時に引き起こすことができる。本願発明にかかる方法により、可逆部分としての熱膨張挙動と非可逆部分としての収縮挙動とを同時に求めることが可能となる。
【0050】
ところで、一般的に励起を最初から知ることができるので、励起値を測定する必要がない。しかしながら、このことは本願発明の前提条件ではない。また、本願発明は、励起値が知られておらず、測定により求められる場合にも適用可能である。後者の場合、本願発明にかかる方法の実施に適した装置には、励起値を測定する機能を有する測定装置が備えられる必要がある。いずれの場合であっても、本願発明の好ましい実施の形態では、パラメータが決定された後、広範な任意の励起を数学モデルに単独で適応することが可能となる。
【0051】
以下の記述で、本願発明を図面を参照してさらに詳細に説明する。
【0052】
図1に断面で示されるような示差熱量計は、中空の円筒形加熱ブロック1を備えており、当該加熱ブロック1は、銀製であり、平坦な抵抗加熱器2により加熱可能となっている。加熱ブロック1は、その最上端部では、蓋組立体3により閉じられている。この蓋組立体3は、加熱炉に装填するために加熱ブロック1の内部空間4へのアクセスを可能とするために取り外すことができる。
【0053】
円盤状基板5は、加熱ブロック1の内部空間4内に延び、加熱ブロック1に熱的に結合されている。
【0054】
円盤状基板5は、径方向の面内に水平に延びる最上面の上に、サンプル用るつぼ6を受ける第1の位置と、これと熱的に対称に配置された標準用るつぼ7を受ける第2の位置とを備えている。サンプル用るつぼ6と、標準用るつぼ7との位置には、それぞれ、熱電素子組立体が設けられている。図示された実施の形態では、2つの熱電素子組立体の2つの電気的に反対の端部が基板5上で接続され、その一方、他方の2つの端部が、加熱ブロック1の外側に延びていると共に簡略に図示されている2つの信号リード線8で終端している。このような構成により、2つのリード線8の間で生じる熱電気信号が、サンプル位置と標準位置との間の温度差ΔTに対応することとなる。この熱電気信号は、一方においては加熱ブロック1とサンプル用るつぼ6との間で、他方においては加熱ブロック1と標準物質用るつぼ7との間とで生じる2つの熱流量の差に対して公知の方法で相関している。
【0055】
抵抗加熱器2は、電気的加熱エネルギを供給する(図示せず)被制御電力源に接続される。この電力は、温度が時間の関数として所定の動的温度プロファイルを追従するように制御される。温度プロファイルは、加熱ブロック1内に配置され、その出力信号が概略に図示された信号リード線10を通じて加熱ブロック1の外側に伝達される白金温度計9を用いて登録される。したがって、信号リード線10により、上記の所定の温度プロファイルに対応する信号が伝えられる。
【0056】
参照符号11,12,13は、それぞれ、パージガス入口導管、パージガス出口導管および乾燥ガス供給導管を特定している。さらに、参照符号14,15,16は、それぞれ、冷却フランジ、冷却指部および白金温度計の公知の配置を特定している。熱抵抗バリア17は、冷却装置14,15と抵抗加熱器2との間に配置されている。
【0057】
この示差熱量計では、サンプル用るつぼ6内のサンプルが加熱ブロック1の内側で晒される温度プロファイルが励起を表わす。信号リード線10により伝達される信号は、この温度プロファイルを表わし、処理装置により十分に迅速なサンプリングレートで検出され、時間微分される。こうすることにより、温度プロファイルの時間微分、すなわち加熱速度が求められる。上記の装置は、信号リード線10上の信号をサンプリングすると同時に、励起に応答して発生する示差熱流量を表わす信号リード線8上の温度差信号ΔTを登録する。
【0058】
この手順を通じて、加熱速度によって与えられる励起信号の時系列測定点u(tk),u(tk-1),・・・と、時系列応答信号y(tk),y(tk-1),・・・とが求められる。このことは、図2において概略で示されている。図2におけるtkとtk-Nとの間の一連の測定値により、上に説明する連立方程式(15)および(21)の解を得るのに足りる十分な数の測定点を備える処理時間枠が規定される。これは、N=(na+nb)の場合である。したがって、モデルのパラメータ値が、測定温度プロファイル全体内の処理時間枠のすべての位置に対して新たに決定される。パラメータをこのように決定することにより、系のいかなる応答でも、特にインパルス応答の演算が可能となる。
【0059】
このことは、図3および図4にさらに詳細に図示されている。これらの図において、uは励起信号を表わし、yは応答信号を表わす。符号ukはサンプリング時間tkでの励起信号u(tk)の値を示している。この値は、最初から知られているか、または測定により求められる。同様に、ykはサンプリング時間tkでの応答信号y(tk)の測定値を示している。符号Tは、式(14)により上記において定義されたパラメータ値のベクトルを表わしている。
【0060】
以上で定義された記号を用いて、図3には、物質サンプル18に対する励起uの作用およびそれに対する反応により物質サンプル18により返される応答yが示されている。測定装置19は、応答yをサンプリングし、なによりも数学モデルを有する処理装置20へサンプリング値ykを送る。また、処理装置20は、図3において既知であるものと仮定される励起の値ukを受信する。処理装置20は、これらの入力値に基づいて、式(1)〜式(21)により先に説明した方法で、パラメータ値のベクトルTを求める。
【0061】
図4には、図3に従って得られたパラメータ値のベクトルTが数学モデル21に入力される方法が記号を用いて示されている。このモデルは、ベクトルTの値を用いて、励起と応答との間の関係をシミュレーションする。図4に示めされているように、モデルを用いることにより、物質を励起させてその応答を測定することを必要とすることなく、任意の値の励起に対して推定される応答値yを決定し、この応答値から物質の特性を演算することが可能となる。
【0062】
上述の例では、応答信号は、サンプルと標準との間の熱流量差を表わしている。その一方、熱機械分析の場合は、登録される応答信号は、温度プログラムに晒されるサンプルの長さの変化からなっている。
【0063】
先の議論に従う値の処理は、動的励起信号u(t)の信号プロファイル全てに対して実用上適している。励起信号は、具体的には、確立論的信号数列が有限の期間繰り返されるような確立論的信号または擬似確立論的信号であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本願発明方法の実用例を実施するのに適した示差熱量計を示す概略図である。
【図2】本願発明方法の実用例において行われる測定値の処理を示す概略図である。
【図3】モデル・パラメータを決定するのに用いられる処理ステップを示す概略図である。
【図4】モデルにより応答値が演算される方法を示す概略図である。
【符号の説明】
【0065】
1 加熱ブロック
2 抵抗加熱器
3 蓋組立体
4 内部空間
5 基板
6 サンプル物質用るつぼ
7 標準物質用るつぼ
8 信号リード線
9 白金温度計
10 信号リード線
11 パージガス入口導管
12 パージガス出口導管
13 乾燥ガス供給導管
14 冷却フランジ
15 冷却指部
16 白金温度計
17 熱抵抗バリア
18 物質サンプル
19 測定装置
20 処理装置
21 数学モデル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質を励起に晒し、該励起により発生する観測可能な応答を、該励起の時系列値および該応答の時系列測定値を用いて評価する物質の熱分析方法において、
前記評価に、有限数のパラメータを有すると共に前記励起と前記応答との間の関係を記述した数学モデルを用い、
該モデルのパラメータを、前記励起の時系列値および前記応答の時系列測定値からおよび前記数学モデル自体を用いて求めることを特徴とする方法。
【請求項2】
少なくとも一つの励起量の時系列値が任意に規定されることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記物質の特性の演算は、前記物質の特性の周波数依存性の演算を含むことを特徴とする請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも一つの励起量の時系列値を少なくとも含む時間枠における前記パラメータが、時間に亘って一定であると仮定されることを特徴とする請求項1乃至3のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項5】
異なる時間枠に対して、前記パラメータが、各時間枠内で選択される各々の時系列により個別に求められることを特徴とする請求項1乃至4のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記モデルが、時間に対して不変であり且つ線形性を有すると仮定される部分を含むことを特徴とする請求項1乃至5のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記時間に対して不変であり且つ線形性を有する部分が、前記応答の非線形部分からなる数式によって補足されることを特徴とする請求項6記載の方法。
【請求項8】
z変換された範囲内における前記線形部分が有理関数であると仮定されることを特徴とする請求項6または7記載の方法。
【請求項9】
前記モデルの線形部分の分母である多項式の次元naと、分子である多項式の次元nbとが前記z変換された範囲で規定され、該多項式の係数は、前記モデルにより記述されるような前記励起と前記応答との間の関係が前記時系列測定値と最も一致するように求められることを特徴とする請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記z変換された範囲で記述される前記励起と前記応答との間の関係を時間ベースの範囲で表わして連立一次方程式を求め、該連立一次方程式に、十分な数の前記少なくとも一つの励起量の時系列値と十分な数の前記少なくとも一つの応答量の測定値とを代入して前記多項式の係数の解を求めることを特徴とする請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記式を解く過程において発生する式間の差を最小化することを特徴とする請求項10記載の方法。
【請求項12】
前記励起が、温度の変化量に対応する励起量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記励起が、電力の変化量に対応する励起量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記励起が、圧力の変化量に対応する励起量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項15】
前記励起が、放射線の変化量に対応する励起量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項16】
前記励起が、応力または歪みの変化量に対応する励起量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項17】
前記励起が、気体雰囲気の変化に対応する励起量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項18】
前記励起が、磁場の変化に対応する励起量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項19】
前記応答が、動的熱分析処理の温度差に対応する応答量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項20】
前記応答が、動的熱分析処理の熱流量に対応する応答量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項21】
前記熱流量が、前記物質サンプルへの熱流量と既知の標準物質への熱流量との間の差により構成されることを特徴とする請求項20記載の方法。
【請求項22】
前記応答が、電力補償型動的熱分析処理の加熱電力の差に対応する応答量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項23】
前記応答が、動的熱機械分析処理で発生する長さの変化に対応する応答量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項24】
前記応答が、動的熱重量分析処理で発生する重さの変化に対応する応答量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項25】
前記応答が、動的機械分析処理で発生する力に対応する応答量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項26】
前記応答が、動的機械分析処理で発生する長さの変化に対応する応答量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項27】
前記応答が、動的誘電分析処理で発生する電圧の変化に対応する応答量を含むことを特徴とする請求項1乃至11のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項28】
前記方法を実施するよう設計された装置で、調べるべき前記物質の存在なしに前記励起を生成し、これにより規定されるモデルから、前記装置の特性量を求めることを特徴とする請求項1乃至27のうちのいずれかに記載の方法。
【請求項29】
請求項1乃至28のうちのいずれか一つに記載の方法を実施する装置であって、前記物質のサンプルを動的励起に晒し、観測可能な応答を発生させる手段と、前記応答に対応する測定値を求める手段と、前記励起の時系列値および前記応答の関連する値から前記応答を評価する手段とを備える装置において、
有限数のパラメータを有することに加えて前記励起と前記応答との間の関係を記述する数学モデルが規定される演算手段が設けられ、該モデルに基づいて、前記励起の時系列値および前記応答の時系列測定値から前記パラメータを演算することを特徴とする装置。
【請求項30】
前記励起手段が、時間を関数とする温度プロファイルを生成する手段と、前記サンプルの熱的結合を確立する作用をなす手段とを備えており、前記測定装置が、前記サンプルより影響を受ける熱流量を測定する作用をなすことを特徴とする請求項29記載の装置。
【請求項31】
前記結合手段が、標準材料の熱的対称結合を確立する作用をなす手段を備え、前記測定手段が、前記サンプルへの熱流量と前記標準材料への熱流量との間の差を測定する作用をなすことを特徴とする請求項30記載の装置。
【請求項32】
前記励起手段が、時間を関数とする温度プロファイルを生成する手段と、前記サンプルおよび標準材料の熱的結合を確立する作用をなす手段と、前記サンプルと前記標準材料との間の温度差を規制し、該温度差を零に維持する手段とを備え、前記測定手段が、前記サンプルおよび前記標準材料に供給されるそれぞれの加熱電力量間の差を測定する作用をなし、該加熱電力量間の差が、前記温度差を零に規制するために必要となるように構成されることを特徴とする請求項29記載の装置。
【請求項33】
前記励起装置が、時間を関数とする温度プロファイルを生成する手段と、前記サンプルの熱的結合を確立する作用をなす手段とを備え、前記測定手段が、前記サンプルの長さの変化を測定する作用をなすことを特徴とする請求項29記載の装置。
【請求項34】
前記励起を表わす励起信号の測定のために、前記励起信号の値を送る手段が設けられることを特徴とする請求項29乃至33のうちのいずれかに記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2009−513944(P2009−513944A)
【公表日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−518212(P2006−518212)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【国際出願番号】PCT/EP2004/051335
【国際公開番号】WO2005/003992
【国際公開日】平成17年1月13日(2005.1.13)
【出願人】(599082218)メトラー−トレド アクチェンゲゼルシャフト (130)
【住所又は居所原語表記】Im Langacher, 8606 Greifensee, Switzerland
【Fターム(参考)】