説明

物質センシング方法及び物質センシング装置

【課題】本発明は、存在を検出する対象物質と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料を試料に加えて、高分子材料の分子の構造の変化を検知することで、試料における対象物質の存在を容易に検出できる物質センシング方法及び物質センシング装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る物質センシング装置は、照射手段(光源3、干渉計4)と、測定手段(検出器5)と、検出手段(コンピュータ6)とを備える。照射手段は、対象物質と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料7を加えた試料2に対してテラヘルツ光を照射する。測定手段は、テラヘルツ光の照射による試料2のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定する。検出手段は、測定手段で測定した吸収スペクトルに基づき試料2における対象物質の存在を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質センシング方法及び物質センシング装置に関し、特にテラヘルツの周波数領域の光(テラヘルツ光)の照射により試料における対象物質の存在を検出する物質センシング方法及び物質センシング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、試料における対象物質の存在を検出する方法として、対象物質と結びつく高分子材料を用いて検出する物質センシング方法が開発されている。斯かる物質センシング方法では、試料に含まれる対象物質と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料を用いている。そのため、高分子材料の分子の構造が変化したことを検知することで、試料における対象物質の存在を検出することができる。
【0003】
例えば、特許文献1及び特許文献2には、高分子材料をアセチレン誘導体の重合体として対象物質の光学活性アミンの存在を検出する物質センシング方法が記載されている。また、非特許文献1には、(S)−2−アミノ−1−プロパノールと結びつくことで、らせん構造に分子の構造が変化する4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンの高分子材料が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−176243号公報
【特許文献2】特開平10−120731号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】八島 栄次(Eiji Yashima)、外2名、「光学不活性な小さな分子による相互作用で支えられた巨大分子のらせん性の記憶」(Memory of macromolecular helicity assisted by interaction with achiral small molecules)、ネイチャー(Nature)、マクミラン マガジンズ社(Macmillan Magazines Ltd.)、1999年6月3日、第399巻(Vol.399)、第6735号(No.6735)、p.449−451
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、物質の分子の構造が変化したことを検知する方法として、赤外線吸収スペクトル、CD(circular dichroism)スペクトル等を利用する検知方法が知られている。
【0007】
赤外線吸収スペクトルを利用する検知方法は、物質に赤外線を照射し、該物質で吸収される赤外線のスペクトルの変化に基づいて、物質の分子の構造が変化したことを検知する方法である。しかし、赤外線吸収スペクトルを利用する検知方法では、赤外線が分子の局所的な振動にのみ吸収される性質を有することから、分子の局所的な構造の変化しか検知することができない。そのため、官能基など数原子から成る構成原子団の分子の構造が変化したことは検知することができるが、特許文献1や特許文献2などに記載している分子量の大きい高分子材料の分子の構造が変化したことを検知することはできないという問題点があった。
【0008】
一方、CDスペクトルを利用する検知方法は、物質に左円偏光の光と、右円偏光の光とを照射し、該物質で吸収されるそれぞれの光の吸収強度(吸光度)における差を利用して物質の分子の構造が変化したことを検知する方法であり、キラリティ(chirality)(物質の分子構造を、該物質の鏡像と重ね合わすことができない性質)の異なる物質を検知することが可能である。そのため、CDスペクトルを利用する検知方法では、特許文献1や特許文献2などに記載している分子量の大きい高分子材料の分子の構造がキラリティを有するらせん構造に変化したことを検知することができる。しかし、高分子材料の分子の構造がキラリティを有する分子の構造に変化した場合は検知できるが、それ以外の分子の構造に変化した場合は検知することができない可能性があるという問題点があった。
【0009】
本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり、存在を検出する対象物質と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料を試料に加えて、高分子材料の分子の構造の変化を検知することで、試料における対象物質の存在を容易に検出できる物質センシング方法及び物質センシング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために第1発明に係る物質センシング方法は、存在を検出する対象物質と結びついた場合に分子の構造が変化する高分子材料を加えた試料に対してテラヘルツ光を照射するステップと、前記試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定するステップと、測定した吸収スペクトルに基づいて前記試料における前記対象物質の存在を検出するステップとを含むことを特徴とする。
【0011】
また、第2発明に係る物質センシング方法は、第1発明において、前記高分子材料は、前記対象物質と結びつくことで規則的な分子の構造に変化することを特徴とする。
【0012】
また、第3発明に係る物質センシング方法は、第2発明において、前記高分子材料の規則的な分子の構造は、らせん構造であることを特徴とする。
【0013】
また、第4発明に係る物質センシング方法は、第3発明において、前記対象物質は(S)−2−アミノ−1−プロパノールであり、前記高分子材料は4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンであることを特徴とする。
【0014】
次に、上記目的を達成するために第5発明に係る物質センシング装置は、存在を検出する対象物質と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料を加えた試料に対してテラヘルツ光を照射する照射手段と、前記試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定する測定手段と、該測定手段で測定した前記吸収スペクトルに基づいて前記試料における前記対象物質の存在を検出する検出手段とを備えることを特徴とする。
【0015】
また、第6発明に係る物質センシング装置は、第5発明において、前記高分子材料は、前記対象物質と結びつくことで規則的な分子の構造に変化することを特徴とする。
【0016】
また、第7発明に係る物質センシング装置は、第6発明において、前記高分子材料の規則的な分子の構造は、らせん構造であることを特徴とする。
【0017】
また、第8発明に係る物質センシング装置は、第7発明において、前記対象物質は(S)−2−アミノ−1−プロパノールであり、前記高分子材料は4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンであることを特徴とする。
【0018】
第1発明及び第5発明では、存在を検出する対象物質と結びついた場合に分子の構造が変化する高分子材料を加えた試料に対してテラヘルツ光を照射して、試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定して高分子材料の分子の構造の変化を検知することで、試料における対象物質の存在を容易に検出することができる。
【0019】
第2発明及び第6発明では、対象物質と結びつくことで規則的な分子の構造に変化する高分子材料を加えた試料に対してテラヘルツ光を照射して、試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定して高分子材料の分子の構造が規則的な分子の構造に変化するのを検知することで、試料における対象物質の存在を容易に検出することができる。
【0020】
第3発明及び第7発明では、対象物質と結びつくことでらせん構造に分子の構造が変化する高分子材料を加えた試料に対してテラヘルツ光を照射して、試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定して高分子材料の分子の構造がらせん構造に変化するのを検知することで、試料における対象物質の存在を容易に検出することができる。
【0021】
第4発明及び第8発明では、(S)−2−アミノ−1−プロパノールと結びつくことで分子の構造がらせん構造に変化する4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンを加えた試料にテラヘルツ光を照射して、試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定して4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンの分子の構造がらせん構造に変化するのを検知することで、試料における(S)−2−アミノ−1−プロパノールの存在を容易に検出することができる。
【発明の効果】
【0022】
上記構成によれば、存在を検出する対象物質と結びついた場合に分子の構造が変化する高分子材料を加えた試料に対してテラヘルツ光を照射して、試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定して高分子材料の分子の構造の変化を検知することで、試料における対象物質の存在を容易に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施の形態に係る物質センシング装置の構成を示すブロック図である。
【図2】高分子材料が対象物質と結びつくことで高分子材料の分子の構造が変化する様子を示す模式図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る物質センシング方法の処理手順を示すフローチャートである。
【図4】高分子材料が対象物質と結びつく前の高分子材料のテラヘルツ光の吸収スペクトルの例示図である。
【図5】高分子材料が対象物質と結びついた後の高分子材料のテラヘルツ光の吸収スペクトルの例示図である。
【図6】高分子材料に対して第一原理計算による振動解析を行った結果、周波数が5THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる高分子材料の箇所を示す模式図である。
【図7】高分子材料に対して第一原理計算による振動解析を行った結果、周波数が7.5THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる高分子材料の箇所を示す模式図である。
【図8】高分子材料に対して第一原理計算による振動解析を行った結果、周波数が10.0THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる高分子材料の箇所を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態に係る物質センシング方法及び物質センシング装置について、図面に基づいて具体的に説明する。
【0025】
図1は、本発明の実施の形態に係る物質センシング装置の構成を示すブロック図である。図1に示すように、物質センシング装置1は、テラヘルツの周波数領域における光を測定することが可能なフーリエ分光光度計であり、光源3、干渉計4、検出器5、コンピュータ6を備えている。なお、本発明の実施の形態に係る物質センシング装置1は、フーリエ分光光度計に限定されるものではなく、テラヘルツ光の吸収スペクトルを測定できる装置であれば良い。
【0026】
本実施の形態に係る物質センシング装置1は、試料2における対象物質の存在を検出する装置である。また、本実施の形態に係る物質センシング装置1は、対象物質と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料7を試料2に加え、当該高分子材料7の分子の構造の変化を、テラヘルツ光の吸収スペクトルに基づいて検知することで試料2における対象物質の存在を検出している。
【0027】
ここで、高分子材料7について明確にしておく。図2は、高分子材料7が対象物質8と結びつくことで高分子材料7の分子の構造が変化する様子を示す模式図である。図2(a)に示すように、高分子材料7の分子の構造は、対象物質8と結びつく前には不定形な構造である。図2(b)に示す対象物質8は、図2(a)に示す高分子材料7と結びつく。高分子材料7の分子の構造が対象物質8と結びつくことで、図2(c)に示すようにらせん構造のような規則的な分子の構造に変化する。具体的に、対象物質8を(S)−2−アミノ−1−プロパノールとした場合、高分子材料7は、4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンとなる。4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンは、(S)−2−アミノ−1−プロパノールと分子間相互作用により結びつくことで、分子の構造は不定形な構造かららせん構造に変化する。
【0028】
4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンは、特許文献1に記載されている方法で合成することが可能である。また、4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンは、DMSO(DiMethyl SulfOxide)溶液として、試料2に加えられる。以下、本実施の形態では、対象物質8を(S)−2−アミノ−1−プロパノール、高分子材料7を4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンとして説明する。
【0029】
本発明は、これらの対象物質8と高分子材料7との組合せに限定されるものではなく、対象物質8と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料7であればいずれの組合せでも良い。例えば高分子材料7はポリアセチレン骨格の主鎖にシクロデキストリンが結びついた構造をもつ材料とし、対象物質8はシクロデキストリンに包接することが可能な分子としても良い。なお、シクロデキストリンは、底のないバケツ形状の分子であり、外部は親水性を示し、空洞内部は疎水性を示す分子である。シクロデキストリンは、分子の大きさと親水性/疎水性とによって分子を識別し、様々な分子(アダマンタノール、アダマンタン、ナフタレンなど)を包接することができる。
【0030】
また、対象物質8と高分子材料7との組合せは、他に特許文献1、特許文献2及び非特許文献1に記載されている組合せであっても良い。また、本実施の形態では、対象物質8と高分子材料7とが分子間相互作用により結びつく例について説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0031】
図1に示す光源3は、テラヘルツの周波数領域の光を出射することが可能な光源であり、例えばGaP結晶やGaSe結晶を用いる近赤外線レーザの差周波混合に基づくテラヘルツ光源である。なお、本発明の実施の形態に係る光源3はこれに限定されず、バックワード発振器、遠赤外線レーザ、量子カスケードレーザ、自由電子レーザ、シンクロトロン放射等の光源でも良い。光源3で出力されたテラヘルツ光は、干渉計4を介して高分子材料7を加えた試料2を照射する。
【0032】
干渉計4は、図1に示すように、光源3から出射されたテラヘルツ光をビームスプリッタ41で固定鏡42の方向と移動鏡43の方向とに分光し、ビームスプリッタ41から固定鏡42までの光路とビームスプリッタ41から移動鏡43までの光路との差を利用して光源3からのテラヘルツ光の周波数を掃引(例えば、0.8THzから5.8THzまで)する。なお、光源3及び干渉計4は、試料2にテラヘルツ光を照射する照射手段として機能している。
【0033】
試料2には、干渉計4で周波数が掃引されたテラヘルツ光が照射され、検出器5は、試料2を透過又は反射したテラヘルツ光の周波数ごとの強度を測定する。また、検出器5は、測定した周波数ごとのテララヘルツ光の強度から試料2の周波数ごとの透過率を算出して、テラヘルツ光の吸収スペクトルを取得する。検出器5には、室温で動作可能なDTGS(Deutrium TriGlycine Sulfate)を使用することができる。なお、本発明の実施の形態に係る検出器5は、これに限定されない。また、図1に示す検出器5の配置は、試料2を透過したテラヘルツ光を検出する場合の配置である。また、検出器5は、テラヘルツ光の照射による試料2のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定する測定手段として機能する。
【0034】
検出器5は、測定対象である試料2のテラヘルツ光の吸収スペクトルをコンピュータ6に送信する。コンピュータ6は、検出器5に接続されており、検出器5で取得した試料2のテラヘルツ光の吸収スペクトルに基づいて、試料2における対象物質8の存在を検出する。なお、コンピュータ6は、試料2における対象物質8の存在を検出する検出手段として機能する。
【0035】
図3は、本発明の実施の形態に係る物質センシング装置1を用いて、試料2における対象物質8の存在を検出する物質センシング方法の処理手順を示すフローチャートである。光源3は、出射したテラヘルツ光を、干渉計4にて周波数の掃引を行い、高分子材料7を加えた試料2に照射する(ステップS301)。検出器5は、試料2のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定する(ステップS302)。
【0036】
本発明の実施の形態に係る物質センシング装置1では、高分子材料(4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレン)7の分子の構造がらせん構造に変化したことを、テラヘルツ光の吸収スペクトルに基づいて検知している。従来、テラヘルツ光の吸収スペクトルを用いる検知方法は、試料2の分子間相互作用を検知する方法として利用されていたが、本発明のように高分子材料7の分子の構造が変化したことを検知する方法としては利用されていなかった。また、テラヘルツ光の吸収スペクトルを用いる検知方法は、分子量が大きい材料や分子形状が複雑な材料を測定した場合、多くの基準振動が重なってスペクトルのピークが明確に現れないテラヘルツ光の吸収スペクトルになると従来考えられていた。
【0037】
しかし、本発明では、対象物質8と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料7の分子の構造の変化を検知することが、テラヘルツ光の吸収スペクトルを測定することで可能なことを発見し、テラヘルツ光の吸収スペクトルを用いて、試料2における対象物質8の存在を検出する方法及び装置を提案している。
【0038】
コンピュータ6は、検出器5で測定した試料2のテラヘルツ光の吸収スペクトルに基づいて、試料2における対象物質8の存在を検出する(ステップS303)。試料2のテラヘルツ光の吸収スペクトルに基づいて試料2における対象物質8の存在を検出できることを、具体例を示して説明する。
【0039】
図4は、本発明の実施の形態に係る物質センシング装置1を用いて測定した対象物質((S)−2−アミノ−1−プロパノール)8と結びつく前の高分子材料(4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレン)7のテラヘルツ光の吸収スペクトルの例示図である。また、図5は、本発明の実施の形態に係る物質センシング装置1を用いて測定した対象物質((S)−2−アミノ−1−プロパノール)8と結びついた後の高分子材料(4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレン)7のテラヘルツ光の吸収スペクトルの例示図である。なお、図4及び図5において、横軸は周波数(THz)、縦軸は透過率(%)である。
【0040】
図4に示すように、対象物質8と結びつく前の高分子材料7のテラヘルツ光の吸収スペクトルは、周波数が12.3THz近傍に吸収ピークが現れ、それ以外の周波数に吸収ピークは現れない。一方、図5に示すように、対象物質8と結びついた後の高分子材料7のテラヘルツ光の吸収スペクトルは、周波数が12.3THz近傍に吸収ピークが現れ、周波数が12.3THz近傍以外の5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍にも吸収ピークが現れる。従って、コンピュータ6は、試料2のテラヘルツ光の吸収スペクトルに5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍の吸収ピークが現れれば、高分子材料7の分子の構造がらせん構造に変化したとして、試料2における対象物質8の存在を検出できる。
【0041】
図5に示すように、分子の構造が変化した高分子材料7のテラヘルツ光の吸収スペクトルは、5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍にも吸収ピークが現れる。対象物質8と結びつく前の高分子材料7のテラヘルツ光の吸収スペクトルは、高分子材料7の分子の構造が不定形で多くの分子の振動モードがランダムに重なるため、周波数が5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍に吸収ピークが現れない。しかし、対象物質8と結びついた後の高分子材料7のテラヘルツ光の吸収スペクトルは、高分子材料7の分子の構造が規則的な構造に変化して、周波数が5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れるので、周波数が5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍に吸収ピークが現れるものと考えられる。
【0042】
図5に示すテラヘルツ光の吸収スペクトルにおける吸収ピークは、対象物質8と結びついた高分子材料7の分子の構造の変化したことによるものであるか否かを検証するために、高分子材料7に対して密度汎関数理論に基づく第一原理計算による分子の振動モードの解析を行った。斯かる分子の振動モードの解析は、電子系のエネルギーなどの物性を電子密度から計算する密度汎関数理論を用いて、高分子材料7のシュレディンガー方程式を理論計算で解くことで、高分子材料7がテラヘルツの周波数領域帯の振動のピークを有する分子の振動モードが現れていることを解析している。
【0043】
本実施の形態では、対象物質8と結びつくことで分子の構造がらせん構造に変化した高分子材料(4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレン)7に対して第一原理計算による振動解析を行った。その結果、高分子材料7は、周波数が5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍の分子の振動モードが現れることが分かった。図6は、高分子材料7に対して第一原理計算による分子の振動モードの解析を行った結果、周波数が5.0THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる高分子材料7の箇所を示す模式図である。図7は、高分子材料7に対して第一原理計算による分子の振動モードの解析を行った結果、周波数が7.5THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる高分子材料7の箇所を示す模式図である。図8は、高分子材料7に対して第一原理計算による分子の振動モードの解析を行った結果、周波数が10.0THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる高分子材料7の箇所を示す模式図である。
【0044】
なお、図6乃至図8で示している高分子材料7は、らせん状の主鎖71と、該主鎖71のらせん軸に対して垂直な方向に延びた側鎖72とを有している。ただし、図6乃至図8で示す高分子材料7は、見やすくするために、水素原子と側鎖の一部を省略して図示している。
【0045】
図6に示すように、高分子材料7は、主鎖71の箇所71a,71b,71c,71d及び側鎖72の箇所72a,72b,72c,72dが矢印方向に振動することで周波数が5.0THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる。また、図7に示すように、高分子材料7は、主鎖71の箇所71e,71f,71g,71h,71iが矢印方向に振動することで周波数が7.5THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる。また、図8に示すように、高分子材料7は、主鎖71の箇所71e,71j,71k,71lが矢印方向に振動することで周波数が10.0THz近傍に振動のピークを有する分子の振動モードが現れる。そのため、分子の構造がらせん構造に変化した高分子材料7は、テラヘルツ光が照射されると、分子の振動モードが現れる振動のピークと同じ周波数の5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍のテラヘルツ光を吸収するので、吸収スペクトルに周波数が5.0THz、7.5THz、10.0THz近傍に吸収ピークが現われることは、理論的な解析(密度汎関数理論に基づく第一原理計算による振動解析)によっても明らかである。
【0046】
以上のように、本実施の形態によれば、対象物質8と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料7を試料2に加えて、高分子材料7の分子の構造の変化をテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定することで検知し、試料2における対象物質8の存在を検出する。よって、本発明の実施の形態に係る物質センシング装置1及び物質センシング方法は、高分子材料7の種類を変更することで、バイオセンサや赤外線吸収では検出が難しいアミン類などの対象物質8の存在を容易に検出することができる。なお、アミン類は、悪臭物質や腐敗指標、生体内で作用する物質(ヒスタミン、アドレナリンなど)である。
【0047】
また、上述した実施の形態は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することができる。例えば、高分子材料7の分子の構造の変化は、不定形な構造かららせん構造への変化に限定されるものではなく、分子の振動モードがテラヘルツの周波数領域内となるような分子の構造の変化であれば、一次構造から二次構造への変化、二次構造から三次構造等の高次構造への変化であっても良い。
【符号の説明】
【0048】
1 物質センシング装置
2 試料
3 光源
4 干渉計
5 検出器
6 コンピュータ
7 高分子材料
8 対象物質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
存在を検出する対象物質と結びついた場合に分子の構造が変化する高分子材料を加えた試料に対してテラヘルツ光を照射するステップと、
前記試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定するステップと、
測定した吸収スペクトルに基づいて前記試料における前記対象物質の存在を検出するステップと
を含むことを特徴とする物質センシング方法。
【請求項2】
前記高分子材料は、前記対象物質と結びつくことで規則的な分子の構造に変化することを特徴とする請求項1に記載の物質センシング方法。
【請求項3】
前記高分子材料の規則的な分子の構造は、らせん構造であることを特徴とする請求項2に記載の物質センシング方法。
【請求項4】
前記対象物質は(S)−2−アミノ−1−プロパノールであり、前記高分子材料は4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンであることを特徴とする請求項3に記載の物質センシング方法。
【請求項5】
存在を検出する対象物質と結びつくことで分子の構造が変化する高分子材料を加えた試料に対してテラヘルツ光を照射する照射手段と、
前記試料のテラヘルツ光の吸収スペクトルを測定する測定手段と、
該測定手段で測定した前記吸収スペクトルに基づいて前記試料における前記対象物質の存在を検出する検出手段と
を備えることを特徴とする物質センシング装置。
【請求項6】
前記高分子材料は、前記対象物質と結びつくことで規則的な分子の構造に変化することを特徴とする請求項5に記載の物質センシング装置。
【請求項7】
前記高分子材料の規則的な分子の構造は、らせん構造であることを特徴とする請求項6に記載の物質センシング装置。
【請求項8】
前記対象物質は(S)−2−アミノ−1−プロパノールであり、前記高分子材料は4−ヒドロキシカルボニルフェニルアセチレンであることを特徴とする請求項7に記載の物質センシング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−220328(P2012−220328A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−85909(P2011−85909)
【出願日】平成23年4月8日(2011.4.8)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】