説明

牽切紡用アクリル繊維トウ及びその製造方法

【課題】扁平断面またはY字型断面を含み、2つ以上の異なる断面形状を有する牽切紡用アクリル繊維トウの提供。
【解決手段】扁平断面またはY字型断面を含み、2つ以上の異なる断面形状の紡糸ノズルからアクリル系重合体又はそれを主成分とする紡糸原液を凝固浴中に吐出し、沸騰水中で3〜8倍延伸を施す製造方法において、(扁平またはY断面以外の断面形状の吐出線速度)/(扁平またはY断面の吐出線速度)の比を、1.0〜1.8とする上記牽切紡用アクリル繊維トウの製造方法。
製糸時に凝固浴中での糸切れもなく安定に紡糸でき、また、牽切紡糸時に束切れもなく良好に牽切ができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリル繊維紡績糸の製造工程において、異なる断面形状を有する異形断面混繊紡績糸を得るための牽切紡用アクリル繊維トウとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から合成繊維の製造においては、柔らかさなど風合いの改良や、嵩高性、吸水性など機能付与を目的として、丸断面以外の断面(以下、異形断面と略称)を有する合成繊維が開発検討されてきた。例えば扁平断面やトリローバル断面などが代表的な異形断面合成繊維として製造されている。
これらの異形断面を有する合成繊維は、長繊維或いは紡績糸で単独により使用されてきたわけでなく、複数の異なる断面形状を有する合成繊維を組み合わせて使用されてきた。
特開平11−140735号公報(以下、特許文献1と称す。)には、繊度が異なる丸断面繊維と扁平断面繊維を混繊することにより、ソフトタッチ感を有する混繊糸を得ることが記載されている。特許文献1は、フィラメント素材の混繊糸に関するものであり、フィラメントでは混繊が容易であるために異なる断面形状を有する繊維を混繊して使用することは、このように過去から鋭意検討がなされてきた。
紡績糸で異なる断面形状を有する素材を得ようとした場合、次の2つの方法が考えられる。1つは、ステープルで異なる断面形状を有する素材を、梳毛工程で混繊する方法である。フラットカードなどの梳毛機で、均一に混繊してスライバーを得る。もう1つは、異なる断面を有するトウからそれぞれ牽切機によりスライバーを作成し、スライバーの練篠工程で混繊を行う方法である。
【0003】
近年では、特にアクリル繊維等の合成繊維から紡績糸を得る場合には、生産性の高い牽切機により紡績糸を製造することが多くなっており、アクリル繊維においてもステープルを使用して梳毛を行いスライバー得る方法に対して、アクリル繊維トウを牽切してスライバーを得る方法で紡績糸が製造されることが多くなっている。このためトウから異形断面混繊紡績糸を得ることが検討されるようになった。トウから牽切工程を経てスライバーを作製し、さらに異なる断面のスライバーを混繊して異形断面混繊紡績糸を得る場合、牽切から練篠へ連続で繊維を投入できず、例えば丸断面のスライバーを製造してから、扁平断面のスライバーを製造し、これらを混繊して使用する必要があった。スライバーは嵩比重が低く、スライバー状態で多くの製品を滞留させると仕掛りにかかるスペースが大きく、効率的に生産することが難しいと言う問題があった。牽切機を2台併用する場合でも、単一断面の紡績糸を得る場合よりも大幅に効率が低下する。以上のことから、生産性の高い牽切機を使用した紡績工程で、異形断面混繊紡績糸を効率よく生産することは、大きな課題となっていた。
特公昭62−215019号公報(以下、特許文献2と称す。)では、スライバーを練篠する工程を省くために、牽切機を2台併用し、各々の機台で牽切されたスライバーを重ね合わせて流体旋回装置に送り込む方法により、混紡スライバーを得て、さらに異形断面混繊紡績糸を得る方法が記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開平11−140735号
【特許文献2】特開昭62−215019号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、生産性の高いトウ牽切工程を経て、効率的にアクリル繊維の異形断面混繊紡績糸の製造可能な牽切紡用アクリル繊維トウを工業的な製造方法で提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の要旨は、扁平断面またはY字型断面を含み、2つ以上の異なる断面形状を有するアクリルフィラメントからなる牽切紡用アクリル繊維トウにある。
【0007】
さらに本発明の第2の要旨は、扁平断面またはY字型断面を含み、2つ以上の異なる断面形状の紡糸ノズルから吐出される紡糸原液を、凝固浴に吐出し、沸騰水中で3〜8倍延伸を施すアクリル繊維トウの製造方法において、
(扁平またはY断面以外の断面形状の吐出線速度)/(扁平またはY断面の吐出線速度)の比を、1.0〜1.8とするアクリル繊維トウの製造方法にある。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、アクリロニトリル系の繊維からなる繊維製品に風合いや、機能付与の点で特徴を有する異形断面混繊紡績糸を、生産性の高いトウ牽切工程により効率的に得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について詳しく説明する。
本発明のトウ素材を構成するアクリル繊維とは、アクリロニトリルを50質量%以上含有するポリマーからなる。アクリロニトリル以外の成分は、アクリロニトリルと共重合可能な不飽和モノマー、またはその重合体であればよい。
【0010】
アクリロニトリルと共重合可能な不飽和モノマーとしては、例えばアクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸2−ヒドロキシエチル、アクリル酸ヒドロキシプロピル等のアクリル酸エステル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸n−ヘキシル、メタクリル酸シクロヘキシル、メタクリル酸ラウリル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、メタクリル酸ヒドロキシプロピル、メタクリル酸ジエチルアミノエチル等のメタクリル酸エステル、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、アクリルアミド、N−メチロールアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、スチレン、ビニルトルエン、酢酸ビニル、塩化ビニリデン、臭化ビニル、臭化ビニリデン等の不飽和モノマーが挙げられる。
さらに染色性を改良する目的で共重合されるモノマーとして、p−スルホフェニルメタリルエーテル、メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、及びこれらのアルカリ金属塩が挙げられる。アクリロニトリルを含有するポリマーのアクリロニトリル含有量が50質量%未満では、耐熱性をはじめ原糸の強度などの物性が低下する傾向となるために好ましくない。
【0011】
本発明の牽切紡用アクリル繊維トウを構成するフィラメントの断面には、扁平断面またはY字型断面が含まれており、前記2つの断面とは異なる形状の断面の繊維が含まれてなければならない。断面の組合せは特に限定されないが、例えば通常の円形状ノズルから湿式紡糸法により製造される丸断面の一部を凹状に変形したそら豆状の断面と扁平断面の組合せ、或いはそら豆状の断面とY断面の組合せ等が考えられる。通常そら豆状断面と扁平断面の組合せは、扁平断面特有の光沢感と柔らかな風合いが付与できるため好ましく採用される。また、そら豆状断面とY断面の組合せでは、Y断面の特徴である嵩高感と張り腰感を付与することできる。必要に応じて3種類以上の断面の組合せであってもよい。
【0012】
各断面のトウ中での割合については、特に限定されるわけではない。例えば質量比でそら豆状断面と扁平断面が、50質量%と50質量%の割合で含まれていてもよい。断面を組み合わせた特長が十分に発現する範囲で組み合わせればよく、好ましくは質量比で30質量%と70質量%の組合せから70質量%と30質量%の組合せの範囲が適用される。
夫々の断面のフィラメントの繊度についても特に限定されない。求められる用途や風合いに合わせて任意に設定することが可能である。
【0013】
本発明の牽切紡用アクリル繊維トウは、湿式紡糸法により製造される。湿式紡糸方法はアクリロニトリルを50質量%以上含むポリマーを溶剤に溶解してなる紡糸原液を、溶剤と水とを混合した凝固浴槽に所定の紡糸ノズルより吐出して、凝固、脱溶剤、延伸、乾燥する一般的な紡糸方法を採用することができる。
【0014】
本発明の湿式紡糸の紡糸原液及び凝固浴に用いられる溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、エチレンカーボネート、アセトン等の有機溶剤、硝酸、ロダン酸ソーダ、塩化亜鉛等の無機溶剤が挙げられ、好ましくは有機溶剤が用いられる。
【0015】
凝固浴としては、組成が有機溶剤を30〜60質量%含有する水溶液で、温度が30〜60℃の範囲であることが好ましい。有機溶剤が30質量%未満では、繊維中にボイドが生成し発色性が悪くなり、60質量%を超えると紡糸性が低下し、糸切れなどの工程トラブルが発生しやすくなり好ましくない。凝固浴温度が30℃未満では、紡糸性が低下し、また60℃を超えると繊維にボイドが発生しやすくなるために好ましくない。
【0016】
異なる断面のフィラメントを紡糸段階で直接混繊する本発明において、異なる断面から吐出されたポリマーの吐出線速度の比を、(扁平またはY断面以外の断面形状の吐出線速度)/(扁平またはY断面の吐出線速度)で表した場合、1.0〜1.8の範囲となることが必要である。該吐出線速度の比が1.0より小さい値となる場合には、製糸条件が実質的に高延伸倍率となり安定に製糸できなくなったり、ノズル面に設けるノズル口数を少なくしなければならず、その結果、生産性が低下するために好ましくない。また、1.8を越える場合には、紡糸の際に凝固浴中で切れる糸が多く発生するために、製糸安定性の点で好ましくない。1.0〜1.8の範囲であれば、生産性と製糸安定性の両面から好適な条件を得ることが可能であり、さらに製糸安定性の点からは、1.0〜1.3の範囲にあることがより好ましい。
【0017】
紡出した未延伸糸は、熱水中で3〜8倍に延伸する。延伸倍率が3倍未満では得られる繊維の機械的強度が低下し、紡績や製品段階での耐久性が低下するために好ましくない。また、延伸倍率が8倍を超えると、糸切れなどの工程トラブルが発生するために好ましくない。
【0018】
得られた延伸糸は、油剤を付与し、乾燥捲縮付与工程の後、アニール処理を行い牽切紡用アクリル繊維トウとして梱包される。
【0019】
なお、本発明においてトウ牽切性評価の測定は以下の方法で行った。
得られた牽切紡用繊維トウをトウ牽切機であるストレッチブレーキングマシン(ザイデル社製、製品名:971−S型)にて、非加熱の3段延伸により牽切を行った。牽切を行う倍率は3段延伸の総倍率がA条件は3.81倍、B条件は3.07倍とし、AまたはB条件のいずれかで安定に牽切ができるかどうかを確認した。
【実施例】
【0020】
以下、実施例をあげて本発明を説明する。
(ポリマー及び紡糸原液)
水系懸濁重合法によりアクリロニトリル93質量%、酢酸ビニル7質量%からなる還元粘度1.90のポリマーを得た。得られたポリマーをジメチルアセトアミドに溶解し、ポリマー濃度22質量%の紡糸原液を得た。
【0021】
(実施例1)
上記紡糸原液を質量比でそれぞれ50質量%の比率となるように、孔形状が丸型のノズルと、扁平型ノズルから吐出した。ノズルの孔面積と孔数は表1に示す。このとき平均吐出線速度の比は、(扁平またはY断面以外の断面形状の吐出線速度)/(扁平またはY断面の吐出線速度)=(丸断面平均吐出線速度/扁平断面平均吐出線速度)=1.17となった。ポリマーを吐出した凝固槽は、温度40℃、濃度50質量%のジメチルアセトアミド水溶液とした。吐出されたポリマー糸条は凝固槽を通り、連続して沸騰水中で脱溶媒と洗浄を行いながら5.5倍に延伸して、油剤を付与した後、150℃の熱ローラーにより乾燥を行い、乾燥後のトウを収束させ総繊度87ktexの紡糸トウを得た。乾燥を終えたトウはクリンパーにて捲縮付与した後、230kPaの加圧スチームで緩和処理し、丸型ノズル口から得られたそら豆状断面と扁平断面が混繊した牽切紡用アクリル繊維トウを得た。各断面の繊度は、そら豆状断面が3.3dtex、扁平断面が4.8dtexとなった。
製糸時は凝固浴での糸切れもなく、良好な製糸安定性が得られた。
得られた牽切紡用アクリル繊維トウの牽切性を評価した結果、束切れもなく良好に牽切することが可能であった。
【0022】
(実施例2〜4)
ノズル構成、吐出量を表1に示す値となるように製糸条件を設定し、実施例1と同様の方法により、ただし、実施例3では扁平状ではなく繊維断面がY字型になるような断面が三角形のノズルを用い、各例と同様に表1に示す牽切紡用アクリル繊維トウを得た。
得られたトウの製糸安定性及び牽切性はいずれも表1に示すように良好であった。
【0023】
(実施例5)
ノズル構成、吐出量を表1に示す値となるように製糸条件を設定し、実施例1と同様の方法により、表1に示す牽切紡用アクリル繊維トウを得た。
製糸安定性は、凝固浴での糸切れもなく良好であった。
牽切性を評価した結果、条件Aでは若干束切れが見られたため、条件Bに変更して牽切性評価を行ったところ、良好な牽切性が確認された。
【0024】
(比較例1、2)
ノズル構成及び吐出量が表2比較例1及び2となるように条件の設定を行い、製糸検討を行った。製糸条件は実施例1と同様の方法で行った。比較例1では吐出線速度比が1.84となり、比較例2では吐出線速度比が2.44となった。
どちらの条件も製糸段階で、凝固浴中での糸切れが多く、安定に製糸することが困難であった。得られた牽切紡用アクリル繊維トウの牽切性を評価した結果、束切れが見られ条件A及びB共に良好に牽切することはできなかった。
【0025】
(比較例3)
ノズル構成及び吐出量が表2比較例3となるように条件設定を行い、製糸検討を行った。安定に製糸するために、延伸倍率の変更を行った結果、延伸倍率を7.5倍としたほかは実施例1と同様の方法によって行った。
ランニングを実施したところ、糸切れが多発し、牽切性を評価するためのサンプルを採取するに至らなかった。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
扁平断面またはY字型断面を含み、2つ以上の異なる断面形状を有するフィラメントからなる牽切紡用アクリル繊維トウ。
【請求項2】
扁平断面またはY字型断面を含み、2つ以上の異なる断面形状の紡糸ノズルから吐出される紡糸原液を、凝固浴に吐出し、沸騰水中で3〜8倍延伸を施すアクリル繊維トウの製造方法において、
(扁平またはY断面以外の断面形状の吐出線速度)/(扁平またはY断面の吐出線速度)の比を、1.0〜1.8とする請求項1の牽切紡用アクリル繊維トウの製造方法。

【公開番号】特開2009−138303(P2009−138303A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−317524(P2007−317524)
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】