狭開先多層盛レーザ溶接方法
【課題】 複雑で大型化した高価な光学系の装置を用いることなく、狭開先であっても開先壁、開先底の溶融能力が高い高効率、高品質な狭開先多層盛レーザ溶接方法を提供すること。
【解決手段】被溶接母材を狭い開先幅に設定し、レーザ光1とホットワイヤ2を組合せ、レーザ光1を先行、ワイヤ2を後方挿入する多層盛レーザ溶接方法において、被溶接母材3の表面にレーザ光1の焦点を外してレーザ光1を開先幅一杯に照射し、照射及びホットワイヤの溶融により形成した溶融池5表面でのレーザ光1の反射光1’の方向を溶融池前方として狭開先の両開先壁7から開先底8または二層目以降は狭開先の両開先壁7から一つ前の積層10’を溶融する狭開先多層盛レーザ溶接方法である。
【解決手段】被溶接母材を狭い開先幅に設定し、レーザ光1とホットワイヤ2を組合せ、レーザ光1を先行、ワイヤ2を後方挿入する多層盛レーザ溶接方法において、被溶接母材3の表面にレーザ光1の焦点を外してレーザ光1を開先幅一杯に照射し、照射及びホットワイヤの溶融により形成した溶融池5表面でのレーザ光1の反射光1’の方向を溶融池前方として狭開先の両開先壁7から開先底8または二層目以降は狭開先の両開先壁7から一つ前の積層10’を溶融する狭開先多層盛レーザ溶接方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はレーザ溶接とホットワイヤ溶接とを組合せた溶接方法に係わり、特に20mm以上の鋼板あるいは鋼管の突合せ溶接を高品質、高能率に行うのに好適な狭開先多層盛レーザ溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ溶接は高いエネルギーのレーザ光を用い、レーザ光をレンズにより集光してより高いエネルギー密度として、被溶接部である鋼板等の母材に当てることにより母材を溶融するため、通常のアークを熱源とするアーク溶接に比べて前記母材の肉厚方向において深い溶込みが得られること、母材の溶融速度が早いことから高速溶接が可能であること、母材の溶融部の外側に生じる溶接熱影響部の範囲が狭くて溶接変形が少なく低歪みの溶接施工が行えること、などの特徴を有する溶接方法である。また、高能率溶接方法である電子ビーム溶接のように被溶接部を真空環境にする必要がないので、高能率溶接法として各方面で使用されるようになってきている。
【0003】
一般的なレーザ溶接方法について説明する。説明を簡略化するため板上にビード置きを行うビードオンプレート溶接の例で説明する。一般的に知られているのは次の2種類である。まず1つは深溶け込み型レーザ溶接方法(キーホール溶接方法とも称することがある)であり、図6、図9に示す。図6において図示しないレーザ光源と被溶接部である母材3との間に置かれた集光レンズ15により前記レーザ光源からのレーザ光1は集光されて焦点14を形成する。さらにこの溶接方法では図9に示すように前記焦点14の位置が母材3の表面に来るように設定することで、該母材3の表面に非常に高いエネルギー密度のレーザ光が供給されるため、母材3の表面は急速に溶融、蒸発して金属蒸気となる。この金属蒸発の反力により母材3の肉厚方向にはキーホール16と呼ばれる空隙が形成され、母材3に対してレーザ光1を溶接方向に移動させることにより前記キーホール16が連続的に形成される。前記キーホール16の後方には溶融池5が連続的に形成されることから幅が狭く深い溶込みの溶接ビード4が得られる。得られたビード4の断面形状を図10に示す。図10において溶接ビード4の断面は母材3の肉厚方向に細く縦長の形状になる。なお、本明細書では説明の都合により、母材3または母材3および図示しない溶加材(ワイヤなど)とが溶融している状態を溶融池5とし、冷却により凝固した状態のものを溶接ビード4または溶接金属と呼称することにする。
【0004】
次に、もう一つは熱伝導型レーザ溶接方法であり、図6、図7に示す。図6において図示しないレーザ光源と被溶接部である母材3との間に置かれた集光レンズ15により前記レーザ光源からのレーザ光1は集光されて焦点14を形成する。さらにこの溶接方法では、図6に示すようにレーザ光1の焦点14の位置が母材3の表面よりレーザ光1の光源側に来るように設定すること(これを「焦点外し距離をプラスにする」ということがある)で、母材3の表面に前記焦点14を合わせる場合よりも低いエネルギー密度のレーザ光1を照射して熱伝導により母材3を溶融する方法であり、前記図9に示すキーホール16を形成する溶接方法に比べて母材3の肉厚方向に浅く幅の広い溶融池5が形成される。図7に示すように母材3に対してレーザ光1を溶接方向に移動させることにより溶接方向の後方には前記溶融池5が連続的に形成され、冷却して溶接ビード4が得られる。得られた溶接ビード4の断面形状を図8に示す。図8に示すように溶接ビード4の断面形状において、母材の溶け込みは母材3の肉厚方向に凸の半円形状になる。
【0005】
前記深溶け込み型レーザ溶接方法と熱伝導型レーザ溶接方法とは、前記したようにそれぞれ異なる溶接方法であり、適用箇所により選択されている。前記深溶け込み型レーザ溶接方法では、1パスで得られる溶け込み深さが概ね出力1kW当たり約1mmと熱伝導型レーザ溶接方法よりも大きな溶け込みが得られることから、5mm以下程度の薄板材同士を端面で溶接接合する場合などへの適用では、5,6kWクラスのレーザ加工機を使用して、1パスでの溶接が可能であり広く普及している。板厚が5mmより厚くなると、より出力の大きなレーザ加工機を使用することになるが、これらの板材同士を端面で溶接接合する場合などへの適用に対しては、特に溶接位置になる接合面の加工精度が高いことが不可欠であり、加工精度が悪くギャップ等が大きくなると出力が高いために溶け込み深さの制御ができず溶け落ちが生じるなど溶接ビードの成形が困難になるため、フィラーワイヤなどの溶加材を供給することが不可欠になる。
【0006】
すなわちレーザ溶接単独では1パスでの溶融を行うには出力あたりの溶け込み深さには限界があり、通常使用されているのは5,6kW出力クラスのレーザ加工機を用いて板厚が5mmより薄いものに対してであり、板厚が5mm以上になると溶接位置の加工精度が要求されるようになり、そうでないものはフィラーワイヤなどの溶加材を供給することが必要になる。10mm、20mmなどさらに厚い板厚では、より出力の大きなレーザ加工機を使用することも可能だが、非常に高価であり、通常は5,6kW出力クラスのレーザ加工機を用いて、接合面を機械加工によりV型やU型の開先とし多層盛溶接していくことになる。
以上、深溶け込み型レーザ溶接で説明したが、それよりも溶け込み深さが小さい熱伝導型レーザ溶接方法においても同様である。
【0007】
上記従来のレーザ溶接では1パスでの溶接可能な板厚に限界があるために、厚板をレーザ溶接する方法として、溶接部に狭い開先を設けて、溶接長手方向に溶接金属の積層を数回繰り返すことで肉厚全体を溶接する方法が行われている。特開平9−201687号公報(特許文献1)には肉厚50mmをレーザ溶接する技術が開示されており、非特許文献1には肉厚20mm、30mmをレーザ溶接する技術が開示されており、非特許文献2には肉厚30mm、50.8mmをレーザ溶接する技術が開示されている。すなわち、これら文献記載のレーザ溶接方法は、図11に示すように被溶接部を狭い開先幅に設定して該開先内の母材3表面にワイヤ2を供給しつつ、レーザ光を狭い開先幅を通してワイヤ2に照射し、狭い開先幅の奥から層を形成して手前へと積層溶接する方法である。すなわち、特開平9−201687号公報(特許文献1)では開先幅は2±0.5mmに設定されており、直径1.2mmのフィラーワイヤを技術内容から推測される溶接方向前側から開先底部に向けて挿入後、レーザビームをフィラーワイヤに照射して、フィラーワイヤを溶融させて溶融池を形成しながら溶接部を繰り返し往復することで開先内に溶接金属の積層を形成している。また、非特許文献1では開先底幅は3.0mmに設定されており、フィラーワイヤを溶接方向前側から開先底部に向けて挿入後、レーザビームをフィラーワイヤに照射して、該ワイヤを溶融させて溶融池を形成しながら溶接部を繰り返し往復することで開先内に溶接金属の積層を形成している。特開平9−201687号公報(特許文献1)の溶接方法と非特許文献2の溶接方法とが異なるのは、前者がレーザ光の焦点位置を開先底部のフィラーワイヤの位置よりレーザ光の光源側に来るように設定していることで前記の熱伝導型レーザ溶接方法のような溶接方法となっており、後者がレーザ光の焦点位置を開先底部のフィラーワイヤの位置にすることであり、前記の深溶け込み型レーザ溶接方法のような溶接方法となっていることである。
【0008】
いずれの方法にしても開先幅の空間を通してレーザ光が、ワイヤの先端部すなわち溶接箇所へ照射される。このときワイヤは溶融するので、ワイヤが連続的に供給されるとともにレーザ光が移動して溶接層が形成される。このように溶接層の形成が繰り返されて溶接層が順次奥から手前へと形成されて、積層溶接が行われる。
【0009】
次に、いままでは溶接金属による積層について説明してきたが、開先内を溶接金属により積層する場合に問題となるのは、開先面側の溶融が不十分な状態のままで溶融池が冷却されて、開先面の母材と溶接金属との間に空隙や、溶着はしているが融合していない融合不良が生じないようにすることである。特開昭62−220293号公報(特許文献2)や特開平4−157077号公報(特許文献3)には、被溶接部を狭い開先幅に設定してワイヤを供給しつつ、レーザビームをミラーにより開先幅方向に揺動させて開先底を照射することで、ワイヤと開先壁及び開先底を溶融し、狭い開先幅の奥から手前に向けて順次層を形成して積層溶接するレーザ溶接による狭開先溶接方法が開示されている。
【0010】
また、溶接電源とは別にワイヤ加熱電源よりワイヤに通電するホットワイヤ溶接法を用いることにより効率を向上させたレーザ溶接方法として、特開昭61−232080号公報(特許文献4)には、ワイヤを溶接方向前方から供給して被溶接部前方の母材である未溶接部に接触させて通電による抵抗発熱した後にレーザ光に直接照射させるようにホットワイヤを供給し、溶接する方法が開示され、また特開昭61−232081号公報(特許文献5)にはワイヤを溶接方向後方から供給して溶融池に接触して電気抵抗発熱し、同時にレーザ光に直接照射させるようにホットワイヤを供給し、溶接する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−201687号公報
【特許文献2】特開昭62−220293号公報
【特許文献3】特開平4−157077号公報
【特許文献4】特開昭61−232080号公報
【特許文献5】特開昭61−232081号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】多羅沢、安間、岡田、芦田、張「タグチメソッド手法による狭開先レーザ溶接条件の基礎検討」、溶接学会全国大会講演概要、Vol.84、(2009−4)
【非特許文献2】張、芦田、多羅沢、安間、岡田「狭開先レーザ溶接部に生ずる溶接欠陥とその防止に関する検討」、溶接学会全国大会講演概要、Vol.84、(2009−4)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特開平9−201687号公報に記載された従来技術では、当該公報2頁の段落に記載されているように、被溶接部の開先幅を狭い開先幅に設定し、フィラーチューブ9(フィラーワイヤ9の誤記)を開先内の溶接箇所に挿入し、溶接箇所の正面に配置したトーチからレーザビームを、開先を通してフィラーチューブ9(フィラーワイヤ9の誤記)部に照射して溶接金属(当該公報には溶融池と称されている)を形成するようにしているため、溶融池の形成により溶融池にレーザ光が当たり、溶融池からの伝熱により開先壁と開先底を溶融するようになり、溶接効率を上げるためにフィラーワイヤの供給量を増やすか又はフィラーワイヤの供給量はそのままで溶接速度を速くすると、開先壁と開先底の溶融が悪くなり融合不良の欠陥が発生しやすくなるという問題があった。
【0014】
また、特開昭62−220293号公報や特開平4−157077号公報に記載された従来技術では、レーザ光を溶接部に直接照射するために開先壁と開先底の溶融能力が上がり効率向上が図られているが、レーザ光を揺動する光学系が複雑であり、長時間溶接を行おうとするとレーザ光を揺動するミラーはレーザ光により温度上昇し、ひずみが発生するため冷却機能が必要であるため、さらに光学系が複雑になり、また大型化し、高価になるという問題があった。これは長焦点距離のレーザビームを開先底2〜5mm幅で振り、さらに前記レーザビームの振りにより開先上部でレーザ光が蹴られないようにするためにミラーの振り角を非常に小さくする必要があり、このために高精度の光学機器を用いることが求められる。
【0015】
また、特開昭61−232080号公報及び特開昭61−232081号公報記載の発明はワイヤに通電するホットワイヤとレーザ溶接を併用することで、レーザ光の有する高密度エネルギーをフィラーワイヤの溶融に使用しなくて済むようにして溶接速度と効率を高めることができるというものであるが、前記公報に開示されているものは、I型開先の1パス溶接が対象である。これに対して本願では溶接開先の形状は狭開先とし、これを複数の溶接ビードの積層からなる多層盛で溶接するものであり、前記公報に開示された方法は、特に狭開先多層盛溶接での技術的課題である2層目以降の開先壁や前層の溶融については全く対応できない。
本発明の課題は、肉厚が20mm以上の狭開先多層盛溶接であっても高効率、高品質な狭開先多層盛レーザ溶接方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記本発明の課題は次の構成によって解決される。
請求項1記載の発明は、溶加材として溶接ワイヤ(2)を用いて狭開先に加工した被溶接母材(3)を多層盛で溶接する狭開先多層盛レーザ溶接方法において、レーザ光(1)を該レーザ光(1)の焦点を外して前記狭開先に加工した被溶接母材(3)に照射して該被溶接母材(3)を溶融すると共に、前記溶接ワイヤ(2)を該溶接ワイヤ(2)と前記被溶接母材(3)間に通電して該ワイヤ(2)の抵抗発熱により加熱するホットワイヤとし、前記レーザ光(1)の後方に前記レーザ光(1)の照射角度と近似した角度で前記被溶接母材(3)の溶融により形成した溶融池(5)に挿入し、前記被溶接母材(3)の溶融および前記溶接ワイヤ(2)の挿入により形成した溶融池(5)に対して前記レーザ光(1)を開先幅一杯に照射し、レーザ光(1)の反射光(1’)を前記溶融池(5)の溶接方向前方の前記狭両開先壁(7)から開先底(8)、または両開先壁(7)から既に溶接した積層(10’)上に照射して溶融して溶融池(5)を連続的に形成することを特徴とする狭開先多層盛レーザ溶接方法である。
【0017】
請求項2記載の発明は、被溶接母材(3)の表面に対してレーザ光(1)の照射角度θ1が80〜100°で、溶接ワイヤ(2)の溶融池(5)への挿入角度θ2が90〜120°で、溶接ワイヤ(2)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点とレーザ光(1)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点との間隔が1〜3mmであることを特徴とする請求項1記載の狭開先多層盛レーザ溶接方法である。
【0018】
(作用)
本発明の請求項1、2記載の発明によれば、次のような作用がある。
すなわち、本発明は従来方法と異なり、まず、レーザ光1をプラス側またはマイナス側に焦点を外した距離で溶融池5の表面に照射させることで、ビード4の断面形状が図10に示すように深くなることを避けることができる。
【0019】
次に、レーザ光1により溶加材として添加するワイヤ2を直接照射して溶融するのではなく、ワイヤ2に通電して抵抗発熱により加熱するホットワイヤとすることで、ワイヤ2は通電による抵抗発熱により、ワイヤ2が溶融池5内に挿入される前に融点近くまで加熱されるようにする。これにより、レーザ光1のエネルギーは基本的に被溶接母材3のみの溶融に当てることができることから、必要なレーザ光のエネルギーを半減することが可能になる。具体的には、通常の厚板鋼板溶接では5〜8kWのレーザ加工機が使われるが、本溶接法を用いれば3〜5kWのレーザ加工機で溶接を行うことができるようになる。通常レーザ加工機の値段は1kW約1千万円するので、初期設備費を大幅に低減できる。
【0020】
また、レーザ光1を溶接進行方向前方から被溶接母材3の被溶接部に形成される溶融池5に照射し、その後方よりホットワイヤ2を溶融池5にレーザ光1の母材3表面に対する照射角度と近似した傾斜角度で立てて挿入することで溶融池5に急傾斜面(図4の傾斜角度αの傾斜面)を形成し、同時にレーザ光1を溶融池5の溶接方向前方の表面に開先幅一杯に照射し、溶融池5の表面でのレーザ光1の反射光1’が溶融池5近傍であり、溶融池5の斜め前方(溶融池5の溶接方向の前半部、図4に示す溶融池5のワイヤ2が挿入している右側の傾斜面側で、溶接方向を12時とする時計の短針が9時から3時までの間)の母材3の表面に向かう入射角度で溶融池5の表面に照射することで溶融池5の溶接方向前方の前記被溶接部の両開先壁7から開先底8、または2層目以降で既に積層10’がある場合は、両開先壁7から一つ前の積層10’を溶融して溶融池5を形成することに本発明の一つの特徴がある。特に、開先幅一杯にレーザ光1を照射することにより両開先壁7を確実に溶融することが可能になる。これにより狭開先溶接で一番問題になる両開先壁7、開先底8または一つ前の積層10’の溶融をレーザ光の反射光1’で行うことになり、レーザ光1を開先壁7に指向させるために左右に精密に振る等の操作をする必要がなくなり、レーザ光学系の大型化、高精密化の必要がない。
【0021】
表1にレーザ照射角度θ1、ワイヤ挿入角度θ2、ワイヤ送給位置を変化させた場合に正常な溶接ビード4が得られる範囲を示す。ワイヤ挿入角度θ2とワイヤ送給位置をそれぞれ105°、2mmとした場合に、被溶接母材3の表面に対してレーザ光1の照射角度θ1を80〜100°で照射すると溶接ビード4が凹形状となり多層盛溶接に適した形状とすることができた。この範囲から外れる角度で照射すると融合不良が生じた。これは溶融池5の前方から斜め前方にかけてレーザ光1の反射光1’を向けることができないためである。
【表1】
表1に示すようにレーザ照射角度θ1とワイヤ送給位置をそれぞれ90°、2mmとした場合に、被溶接母材3の表面に対してワイヤ挿入角度θ2を90〜120°で挿入すると溶接ビード4が凹形状となり多層盛溶接に適した形状とすることができた。この範囲から外れる角度でワイヤ2を挿入すると開先の上方に設定するレーザヘッドとワイヤトーチが干渉するか、溶接ビード4が凸状になった。前者は現在の装置の大きさから物理的な制限があるためであり、後者はワイヤ2が溶融池5の温度が低い後方から挿入され、ワイヤ挿入位置で凝固し、中央が盛り上ったビードになる。
【0022】
同じく表1において、レーザ照射角度θ1とワイヤ挿入角度θ2をそれぞれ90°、105°とした場合に、図5で示すワイヤ送給位置をレーザ光より1〜3mm後方で照射すると溶接ビード4が凹形状となり多層盛溶接に適した形状とすることができた。この範囲から外れる位置にすると溶接ビード4の形状が凹形状に形成できず、凸凹や凸形状となった。
【0023】
すなわち、請求項2記載の発明によれば、さらにホットワイヤ2はレーザ光1より溶接方向に対して後行させることで溶融池5の表面でのレーザ光1の反射の障害にならないようにし、ホットワイヤ2の溶融池5の表面に対する挿入角度θ2を母材3の表面に対して溶接進行方向の後方向側に90度から120度の挿入角度θ2、望ましくは100〜110度の挿入角度θ2で溶融池5の上方から挿入することで溶接ビード4が凹形状となり多層盛溶接に適した形状とすることができた。前記挿入角度θ2が90度未満であるとレーザ光1とワイヤ2が干渉し、また前記挿入角度θ2が120度を超えるとワイヤ2が溶融池5後方に挿入されることになり溶接ビード4が凸形状になり次層溶接時に開先壁7の溶融が難しくなり融合不良発生の原因になる。
【0024】
また、図5に示すワイヤ2の溶融池5への挿入位置も重要なパラメータになり、ワイヤ挿入位置とレーザ光1の中心軸の溶融池5への照射位置との間隔が大き過ぎると溶融池5の端にワイヤ2が挿入されることになり、ビード4の表面形状が凸形状になり次層溶接時に開先壁7の溶融が難しくなり融合不良発生の原因になる。逆にワイヤ2の溶融池5への挿入位置とレーザ光1の中心軸の溶融池5への照射位置との間隔が小さいとワイヤ2にレーザ光1が当たるようになり、ワイヤ2がレーザ光1により溶融され、溶断する現象が発生し、溶融池5の表面における波打ち溶接現象が乱れてビード4の形状に凹凸が発生する。ワイヤ2の溶融池5への挿入位置とレーザ光1の中心軸の溶融池5への照射位置との間隔は1〜3mmが最良であった。
【発明の効果】
【0025】
請求項1記載の発明によれば、ホットワイヤ溶接によりワイヤ2は融点近くまで加熱するため、レーザ光1のエネルギーは基本的に被溶接母材3のみの溶融に当てることができることから、必要なレーザ光のエネルギーを半減することが可能になる。これにより、厚板溶接では5〜8kWのレーザ加工機が通常使われるが、本溶接法を用いれば3〜5kWのレーザ加工機で厚板溶接を行うことができるようになる。通常レーザ加工機の値段は1kW約1千万円するので、初期設備費を大幅に低減できる。また、狭開先溶接で一番問題になる両開先壁7、開先底8または一つ前の積層10’の溶融をレーザ光1の反射光1’で行うことになり、レーザ光1を両開先壁7に指向させるために左右に精密に振る等の操作をする必要がなくなり、レーザ光学系の大型化、高精密化の必要がない。
【0026】
さらに、反射レーザ光1’により溶融池5の溶接方向前方の前記被溶接部の両開先壁7から開先底8または2層目以降で既に積層10’がある場合は、両開先壁7から一つ前の積層10’を容易に溶融して溶融池5を形成するため母材3の溶込みが小さく、入熱も小さいことから母材3に形成される熱影響部が小さく、靭性などの継手品質が従来より向上し、歪の小さい溶接が可能であり、狭開先溶接で発生しやすい凝固割れを抑制することができる。
【0027】
そして、前記被溶接母材3の溶融および前記溶接ワイヤ2の挿入により形成した溶融池5に対して開先幅一杯に照射したレーザ光の反射光1’を前記溶融池5の溶接方向前方の前記狭開先の両開先壁7から開先底8または両開先壁7から既に溶接した積層10’上に照射して溶融することにより溶融池5を連続的に形成することができるので、狭開先を1層1パスで積層することができる。
【0028】
また、請求項2記載の発明によれば、前記第1発明の効果に加えて、ホットワイヤ2の溶融池5の表面に対する挿入角度θ2を母材3の表面に対して溶接進行方向の後方向側に挿入角度θ2=90度〜120度、望ましくは100〜110度で溶融池5の上方中央部における溶接進行方向に挿入し(図5参照)、さらに被溶接母材3の表面に対してレーザ光1の照射角度θ1を80〜100°とすることで、レーザ光1とワイヤ2が干渉することがなく、また溶融池5表面の傾斜角度α(図4参照)が小さくならないのでレーザ光1の反射光1’が母材3の表面に向かうことができ、溶接速度に好結果をもたらす。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の狭開先多層盛レーザ溶接方法の第一の実施形態を説明するための模式図である。
【図2】本発明の狭開先多層盛レーザ溶接方法の第二の実施形態を説明するための模式図である。
【図3】本発明の狭開先多層盛レーザ溶接方法の第三の実施形態を説明するための模式図である。
【図4】溶融池表面でレーザ光1が反射する現象を説明する模式図である。
【図5】レーザ光1の照射角度θ1、ワイヤ挿入角度θ2、ワイヤ送給位置を説明するための模式図である。
【図6】レーザ光1の焦点外し距離を説明する模式図である。
【図7】熱伝導型レーザ溶接方法を説明するための模式図である。
【図8】熱伝導型レーザ溶接のビード断面形状の模写図である。
【図9】深溶け込み型レーザ溶接方法を説明するための模式図である。
【図10】深溶け込み型レーザ溶接のビード断面形状の模写図である。
【図11】母材表面にワイヤを供給しつつ、レーザ光をワイヤに照射しながら、狭い開先幅の奥から層を形成して手前へと積層溶接する方法の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の具体的実施例を図面により説明する。
図1は本実施例の多層盛レーザ溶接方法を説明するための模式図であり、図4は溶融池5の表面でレーザ光1が反射する現象を説明する模式図であり、図5はレーザ光1の照射角度θ1、ワイヤ挿入角度θ2及びワイヤ挿入位置を説明するための模式図である。
【0031】
被溶接物の母材3に開先壁7が対向する空間部である開先6を加工して設けて溶接部を形成させる。該溶接部の開先幅は2〜6mmであり、上部の開先幅は溶接による収縮を考慮して溶接部の開先幅より収縮代分広くなっている。レーザ光1は図示していないレーザ加工機の集光レンズにより集光され、焦点からプラスしてずれた距離(「焦点ずらし距離プラス」という)で溶融池5の表面に照射する。
【0032】
ワイヤ2はホットワイヤ電源11、給電部12及びセラミックガイド13を用いて、ホットワイヤ電源11より給電部12、ワイヤ2、溶融池5、母材3及びホットワイヤ電源11を順次経由する回路に電流を流し、ワイヤ2を抵抗加熱する。
そして、ワイヤ2を溶融池5内に挿入する前に融点近くまで加熱する。ホットワイヤ溶接によりワイヤ2は融点近くまで加熱するため、レーザ光1のエネルギーは基本的に被溶接母材3のみの溶融に当てることができることから、必要なレーザ光のエネルギーを半減することが可能になる。これにより、厚板溶接では5〜8kWのレーザ加工機が通常使われるが、本溶接法を用いれば3〜5kWのレーザ加工機で厚板溶接を行うことができるようになる。
【0033】
レーザ光1を溶接進行方向の前方から被溶接母材3に照射し、被溶接母材3の溶接進行方向の後方よりホットワイヤ2を溶融池5にレーザ光1の照射角度と近似した角度で立てて挿入することで溶融池5に母材3に対する急傾斜面(図4の傾斜角度αの傾斜面)を形成し、同時にレーザ光1を溶融池5の溶接方向前方の表面に照射し、溶融池5の表面でのレーザ光1の反射光1’が溶融池5近傍であり、溶融池5の斜め前方(溶融池5の溶接方向の前半部、図4に示す溶融池5のワイヤ2が挿入している右側の傾斜面側で、溶接方向を12時とする時計の短針が9時から3時までの間)の母材3の表面に向かう入射角度で溶融池5の表面に照射する。
【0034】
レーザ光1の焦点を外した距離で溶融池5にレーザ光1を照射する場合に、レーザ光1を母材3の表面に対して傾斜角度α(図4)の傾斜面を有する溶融池5に向けてレーザ光1を開先幅一杯に照射する。このようにレーザ光1を、その焦点を外した距離で溶融池5に照射させることで、レーザエネルギーの一部が溶融池5に吸収され、レーザ光1の一部が溶融池5の表面で母材3の表面側に向けて反射し、母材3の狭い両側の開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’の溶融に照射され、開先壁7と開先底8の一部または一つ前の積層10’が溶融あるいは加熱されるために溶融池5の通過で完全に開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’を溶融することができる。こうして溶接がスムーズに進行し、従来より早い溶接速度で、一層一パスの良好な溶接ができる。
【0035】
また、本発明ではレーザ光1をプラス側又はマイナス側に焦点を外した距離で溶融池5の表面に照射する必要がある。これは、溶融池5の表面にレーザ光1の焦点を当てると、ビード4の断面形状が図10に示すように深くなるので、この現象を避けるためである。このようにレーザ光1を焦点を外した距離で溶融池5に照射させることで図8に示すような断面半円形状のビード4が得られる。
【0036】
ホットワイヤ2は溶融池5にレーザ光1の照射角度と同じかまたは近似した角度で立てて挿入することで、母材3の表面に対して溶融池5の表面が急傾斜(図4に示す傾斜角度α)を形成する。ワイヤ2にレーザ光1を当てなくても加熱しているため溶融できる。また、ホットワイヤ2の温度が融点近傍より低いと、溶融池5へのホットワイヤ2の挿入時に溶融池5より熱を奪うため、溶融池5による壁の溶融が不完全になりビード形状が凹形状にならず次層溶接時に融合不良を発生する。
【0037】
図5に示すように母材3の表面に対して溶接進行方向前側に傾斜させたワイヤ挿入角度θ2を90度〜120度、望ましくは100〜110度で溶融池5の上方中央部に挿入することが必要である。前記ワイヤ挿入角度θ2が90度未満であるとレーザ光1とワイヤ2が干渉し、また前記ワイヤ挿入角度θ2が120度を超えると溶融池5の表面の前記傾斜角度αが小さくなり、レーザ光1の反射光1’を溶融池5の近傍に照射できなくなり、両側開先から底の溶融が不完全になり融合不良が発生する。また、ワイヤが溶融池の後方に挿入されるため、挿入と同時に凝固しビードが凸状になる。
【0038】
また、図5に示すように、溶融池5の表面におけるワイヤ2の挿入位置も重要なパラメータになり、前記ワイヤ2の溶融池5の表面での挿入位置はレーザ光1の中心軸の溶融池5の表面より1〜3mmだけ溶接進行方向の後側とする。ワイヤ2の溶融池5の表面での挿入位置が3mmより大き過ぎると溶融池5の端にワイヤ2が挿入されることになり、ビード形状が凸形状になって次層の溶接時に開先壁7の溶融が難しくなり、融合不良発生の原因になる。逆にワイヤ2の溶融池5の表面への前記挿入位置が1mmより小さいとワイヤ2にレーザ光1が当たるようになり、ワイヤ2がレーザ光1により溶融されて溶断する現象が発生し、溶融池5の表面が波打ち溶接現象により乱れてビード4の表面に凹凸が発生する。ワイヤ2の前記挿入位置は2mm前後が最良であった。
【0039】
レーザ光1を母材3の表面に対して急斜面を形成した溶融池5に照射すると、図4に示すようにレーザエネルギーの一部が溶融池5に吸収され、レーザ光1の一部が溶融池5の表面で反射し、溶融池5の前方又は両側の開先底8と開先壁7に照射されて一部溶融し、図1又は図2に示す両側の開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’に溶融部(壁)9、溶融部(底)10を形成し、あるいは加熱されるために溶融池5の通過で両側の開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’を完全に溶融することができる。
【0040】
レーザ光1の中心軸の母材3の表面に対して溶接進行方向前側に傾斜させた傾斜角度θ1は80度〜110度が最適で、溶融池5の前記傾斜角度α(パラメータは溶接速度、レーザパワー、ワイヤの送給量、ワイヤの挿入角度θ2)により変更する必要がある。
ステンレス鋼を用いた代表的溶接試験条件は、開先幅3mm、レーザパワー3kW、溶接速度0.5m/min、ワイヤ径1.2mm、ワイヤ送給速度6m/minでビード高さ6mmの溶接ビードを施工することができた。
【0041】
こうして、本実施例により、多層盛レーザ溶接で一番問題になる両側の開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’の溶融が溶融池5の表面で反射したレーザ光1’により充分行われるため、ワイヤ送給量、溶接速度を従来よりも向上させることが可能になり、高能率、高品質な多層盛レーザ溶接を行うことができる。
なお、前記特許文献1(特開平9−201687号公報)記載の方法では溶接速度は0.10〜0.30m/minであり、非特許文献1(「タグチメソッド手法による狭開先レーザ溶接条件の基礎検討」)では溶接速度は0.15m/minであり、本実施例の溶接速度の方が速いことが分かる。
【0042】
また、本実施例のレーザ溶接方法では母材3の溶込みが小さく、入熱も小さいことから熱影響部が小さく、得られた溶接材の靭性などの継手品質が向上し、歪の小さい溶接が可能であり、溶接で発生しやすい凝固割れを抑制することができる。
さらに、通常のレーザ溶接ではレーザ光1で母材3とワイヤ2の両方を溶融するエネルギーを供給する必要があるが、ホットワイヤ2の適用によりレーザエネルギーはほとんどが母材3の溶融に当てられるため、レーザパワーを抑えられ高価なレーザ加工装置の設備費を従来より低減できる。
【0043】
図2には、本発明の狭開先多層盛レーザ溶接方法の他の実施例の模式図を示す。本実施例はレーザ光1の焦点外し距離をマイナス(レーザ光1の焦点が溶融池5の内部にある)にして照射する。この場合に図1に示すレーザ光1の焦点外し距離をプラスにした場合と同様の効果が得られる。レーザ光1の焦点外し距離をマイナスにすると溶融池5の表面で反射したレーザ光1の範囲が図1に示す焦点外し距離をプラスにした場合より小さく溶融池5に近い位置にレーザ光1が照射されることになる。母材3の表面に対する溶融池5の表面におけるレーザ光1の傾斜角度θ1、レーザ光1の照射パワーに応じて焦点外し距離をプラスにするかマイナスにするかを選択することができる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
ホットワイヤとレーザを組合せたレーザ溶接法で溶接速度が大きく、低変形の高品質溶接が可能となる。
【符号の説明】
【0045】
1 レーザ光 2 ワイヤ
3 母材 4 溶接ビード
5 溶融池 6 開先
7 開先壁 8 開先底
9 溶融部(壁) 10 溶融部(底)
10’ 積層 11 ホットワイヤ電源
12 給電部 13 セラミックガイド
14 焦点 15 集光レンズ
16 キーホール
【技術分野】
【0001】
本発明はレーザ溶接とホットワイヤ溶接とを組合せた溶接方法に係わり、特に20mm以上の鋼板あるいは鋼管の突合せ溶接を高品質、高能率に行うのに好適な狭開先多層盛レーザ溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ溶接は高いエネルギーのレーザ光を用い、レーザ光をレンズにより集光してより高いエネルギー密度として、被溶接部である鋼板等の母材に当てることにより母材を溶融するため、通常のアークを熱源とするアーク溶接に比べて前記母材の肉厚方向において深い溶込みが得られること、母材の溶融速度が早いことから高速溶接が可能であること、母材の溶融部の外側に生じる溶接熱影響部の範囲が狭くて溶接変形が少なく低歪みの溶接施工が行えること、などの特徴を有する溶接方法である。また、高能率溶接方法である電子ビーム溶接のように被溶接部を真空環境にする必要がないので、高能率溶接法として各方面で使用されるようになってきている。
【0003】
一般的なレーザ溶接方法について説明する。説明を簡略化するため板上にビード置きを行うビードオンプレート溶接の例で説明する。一般的に知られているのは次の2種類である。まず1つは深溶け込み型レーザ溶接方法(キーホール溶接方法とも称することがある)であり、図6、図9に示す。図6において図示しないレーザ光源と被溶接部である母材3との間に置かれた集光レンズ15により前記レーザ光源からのレーザ光1は集光されて焦点14を形成する。さらにこの溶接方法では図9に示すように前記焦点14の位置が母材3の表面に来るように設定することで、該母材3の表面に非常に高いエネルギー密度のレーザ光が供給されるため、母材3の表面は急速に溶融、蒸発して金属蒸気となる。この金属蒸発の反力により母材3の肉厚方向にはキーホール16と呼ばれる空隙が形成され、母材3に対してレーザ光1を溶接方向に移動させることにより前記キーホール16が連続的に形成される。前記キーホール16の後方には溶融池5が連続的に形成されることから幅が狭く深い溶込みの溶接ビード4が得られる。得られたビード4の断面形状を図10に示す。図10において溶接ビード4の断面は母材3の肉厚方向に細く縦長の形状になる。なお、本明細書では説明の都合により、母材3または母材3および図示しない溶加材(ワイヤなど)とが溶融している状態を溶融池5とし、冷却により凝固した状態のものを溶接ビード4または溶接金属と呼称することにする。
【0004】
次に、もう一つは熱伝導型レーザ溶接方法であり、図6、図7に示す。図6において図示しないレーザ光源と被溶接部である母材3との間に置かれた集光レンズ15により前記レーザ光源からのレーザ光1は集光されて焦点14を形成する。さらにこの溶接方法では、図6に示すようにレーザ光1の焦点14の位置が母材3の表面よりレーザ光1の光源側に来るように設定すること(これを「焦点外し距離をプラスにする」ということがある)で、母材3の表面に前記焦点14を合わせる場合よりも低いエネルギー密度のレーザ光1を照射して熱伝導により母材3を溶融する方法であり、前記図9に示すキーホール16を形成する溶接方法に比べて母材3の肉厚方向に浅く幅の広い溶融池5が形成される。図7に示すように母材3に対してレーザ光1を溶接方向に移動させることにより溶接方向の後方には前記溶融池5が連続的に形成され、冷却して溶接ビード4が得られる。得られた溶接ビード4の断面形状を図8に示す。図8に示すように溶接ビード4の断面形状において、母材の溶け込みは母材3の肉厚方向に凸の半円形状になる。
【0005】
前記深溶け込み型レーザ溶接方法と熱伝導型レーザ溶接方法とは、前記したようにそれぞれ異なる溶接方法であり、適用箇所により選択されている。前記深溶け込み型レーザ溶接方法では、1パスで得られる溶け込み深さが概ね出力1kW当たり約1mmと熱伝導型レーザ溶接方法よりも大きな溶け込みが得られることから、5mm以下程度の薄板材同士を端面で溶接接合する場合などへの適用では、5,6kWクラスのレーザ加工機を使用して、1パスでの溶接が可能であり広く普及している。板厚が5mmより厚くなると、より出力の大きなレーザ加工機を使用することになるが、これらの板材同士を端面で溶接接合する場合などへの適用に対しては、特に溶接位置になる接合面の加工精度が高いことが不可欠であり、加工精度が悪くギャップ等が大きくなると出力が高いために溶け込み深さの制御ができず溶け落ちが生じるなど溶接ビードの成形が困難になるため、フィラーワイヤなどの溶加材を供給することが不可欠になる。
【0006】
すなわちレーザ溶接単独では1パスでの溶融を行うには出力あたりの溶け込み深さには限界があり、通常使用されているのは5,6kW出力クラスのレーザ加工機を用いて板厚が5mmより薄いものに対してであり、板厚が5mm以上になると溶接位置の加工精度が要求されるようになり、そうでないものはフィラーワイヤなどの溶加材を供給することが必要になる。10mm、20mmなどさらに厚い板厚では、より出力の大きなレーザ加工機を使用することも可能だが、非常に高価であり、通常は5,6kW出力クラスのレーザ加工機を用いて、接合面を機械加工によりV型やU型の開先とし多層盛溶接していくことになる。
以上、深溶け込み型レーザ溶接で説明したが、それよりも溶け込み深さが小さい熱伝導型レーザ溶接方法においても同様である。
【0007】
上記従来のレーザ溶接では1パスでの溶接可能な板厚に限界があるために、厚板をレーザ溶接する方法として、溶接部に狭い開先を設けて、溶接長手方向に溶接金属の積層を数回繰り返すことで肉厚全体を溶接する方法が行われている。特開平9−201687号公報(特許文献1)には肉厚50mmをレーザ溶接する技術が開示されており、非特許文献1には肉厚20mm、30mmをレーザ溶接する技術が開示されており、非特許文献2には肉厚30mm、50.8mmをレーザ溶接する技術が開示されている。すなわち、これら文献記載のレーザ溶接方法は、図11に示すように被溶接部を狭い開先幅に設定して該開先内の母材3表面にワイヤ2を供給しつつ、レーザ光を狭い開先幅を通してワイヤ2に照射し、狭い開先幅の奥から層を形成して手前へと積層溶接する方法である。すなわち、特開平9−201687号公報(特許文献1)では開先幅は2±0.5mmに設定されており、直径1.2mmのフィラーワイヤを技術内容から推測される溶接方向前側から開先底部に向けて挿入後、レーザビームをフィラーワイヤに照射して、フィラーワイヤを溶融させて溶融池を形成しながら溶接部を繰り返し往復することで開先内に溶接金属の積層を形成している。また、非特許文献1では開先底幅は3.0mmに設定されており、フィラーワイヤを溶接方向前側から開先底部に向けて挿入後、レーザビームをフィラーワイヤに照射して、該ワイヤを溶融させて溶融池を形成しながら溶接部を繰り返し往復することで開先内に溶接金属の積層を形成している。特開平9−201687号公報(特許文献1)の溶接方法と非特許文献2の溶接方法とが異なるのは、前者がレーザ光の焦点位置を開先底部のフィラーワイヤの位置よりレーザ光の光源側に来るように設定していることで前記の熱伝導型レーザ溶接方法のような溶接方法となっており、後者がレーザ光の焦点位置を開先底部のフィラーワイヤの位置にすることであり、前記の深溶け込み型レーザ溶接方法のような溶接方法となっていることである。
【0008】
いずれの方法にしても開先幅の空間を通してレーザ光が、ワイヤの先端部すなわち溶接箇所へ照射される。このときワイヤは溶融するので、ワイヤが連続的に供給されるとともにレーザ光が移動して溶接層が形成される。このように溶接層の形成が繰り返されて溶接層が順次奥から手前へと形成されて、積層溶接が行われる。
【0009】
次に、いままでは溶接金属による積層について説明してきたが、開先内を溶接金属により積層する場合に問題となるのは、開先面側の溶融が不十分な状態のままで溶融池が冷却されて、開先面の母材と溶接金属との間に空隙や、溶着はしているが融合していない融合不良が生じないようにすることである。特開昭62−220293号公報(特許文献2)や特開平4−157077号公報(特許文献3)には、被溶接部を狭い開先幅に設定してワイヤを供給しつつ、レーザビームをミラーにより開先幅方向に揺動させて開先底を照射することで、ワイヤと開先壁及び開先底を溶融し、狭い開先幅の奥から手前に向けて順次層を形成して積層溶接するレーザ溶接による狭開先溶接方法が開示されている。
【0010】
また、溶接電源とは別にワイヤ加熱電源よりワイヤに通電するホットワイヤ溶接法を用いることにより効率を向上させたレーザ溶接方法として、特開昭61−232080号公報(特許文献4)には、ワイヤを溶接方向前方から供給して被溶接部前方の母材である未溶接部に接触させて通電による抵抗発熱した後にレーザ光に直接照射させるようにホットワイヤを供給し、溶接する方法が開示され、また特開昭61−232081号公報(特許文献5)にはワイヤを溶接方向後方から供給して溶融池に接触して電気抵抗発熱し、同時にレーザ光に直接照射させるようにホットワイヤを供給し、溶接する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−201687号公報
【特許文献2】特開昭62−220293号公報
【特許文献3】特開平4−157077号公報
【特許文献4】特開昭61−232080号公報
【特許文献5】特開昭61−232081号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】多羅沢、安間、岡田、芦田、張「タグチメソッド手法による狭開先レーザ溶接条件の基礎検討」、溶接学会全国大会講演概要、Vol.84、(2009−4)
【非特許文献2】張、芦田、多羅沢、安間、岡田「狭開先レーザ溶接部に生ずる溶接欠陥とその防止に関する検討」、溶接学会全国大会講演概要、Vol.84、(2009−4)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特開平9−201687号公報に記載された従来技術では、当該公報2頁の段落に記載されているように、被溶接部の開先幅を狭い開先幅に設定し、フィラーチューブ9(フィラーワイヤ9の誤記)を開先内の溶接箇所に挿入し、溶接箇所の正面に配置したトーチからレーザビームを、開先を通してフィラーチューブ9(フィラーワイヤ9の誤記)部に照射して溶接金属(当該公報には溶融池と称されている)を形成するようにしているため、溶融池の形成により溶融池にレーザ光が当たり、溶融池からの伝熱により開先壁と開先底を溶融するようになり、溶接効率を上げるためにフィラーワイヤの供給量を増やすか又はフィラーワイヤの供給量はそのままで溶接速度を速くすると、開先壁と開先底の溶融が悪くなり融合不良の欠陥が発生しやすくなるという問題があった。
【0014】
また、特開昭62−220293号公報や特開平4−157077号公報に記載された従来技術では、レーザ光を溶接部に直接照射するために開先壁と開先底の溶融能力が上がり効率向上が図られているが、レーザ光を揺動する光学系が複雑であり、長時間溶接を行おうとするとレーザ光を揺動するミラーはレーザ光により温度上昇し、ひずみが発生するため冷却機能が必要であるため、さらに光学系が複雑になり、また大型化し、高価になるという問題があった。これは長焦点距離のレーザビームを開先底2〜5mm幅で振り、さらに前記レーザビームの振りにより開先上部でレーザ光が蹴られないようにするためにミラーの振り角を非常に小さくする必要があり、このために高精度の光学機器を用いることが求められる。
【0015】
また、特開昭61−232080号公報及び特開昭61−232081号公報記載の発明はワイヤに通電するホットワイヤとレーザ溶接を併用することで、レーザ光の有する高密度エネルギーをフィラーワイヤの溶融に使用しなくて済むようにして溶接速度と効率を高めることができるというものであるが、前記公報に開示されているものは、I型開先の1パス溶接が対象である。これに対して本願では溶接開先の形状は狭開先とし、これを複数の溶接ビードの積層からなる多層盛で溶接するものであり、前記公報に開示された方法は、特に狭開先多層盛溶接での技術的課題である2層目以降の開先壁や前層の溶融については全く対応できない。
本発明の課題は、肉厚が20mm以上の狭開先多層盛溶接であっても高効率、高品質な狭開先多層盛レーザ溶接方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記本発明の課題は次の構成によって解決される。
請求項1記載の発明は、溶加材として溶接ワイヤ(2)を用いて狭開先に加工した被溶接母材(3)を多層盛で溶接する狭開先多層盛レーザ溶接方法において、レーザ光(1)を該レーザ光(1)の焦点を外して前記狭開先に加工した被溶接母材(3)に照射して該被溶接母材(3)を溶融すると共に、前記溶接ワイヤ(2)を該溶接ワイヤ(2)と前記被溶接母材(3)間に通電して該ワイヤ(2)の抵抗発熱により加熱するホットワイヤとし、前記レーザ光(1)の後方に前記レーザ光(1)の照射角度と近似した角度で前記被溶接母材(3)の溶融により形成した溶融池(5)に挿入し、前記被溶接母材(3)の溶融および前記溶接ワイヤ(2)の挿入により形成した溶融池(5)に対して前記レーザ光(1)を開先幅一杯に照射し、レーザ光(1)の反射光(1’)を前記溶融池(5)の溶接方向前方の前記狭両開先壁(7)から開先底(8)、または両開先壁(7)から既に溶接した積層(10’)上に照射して溶融して溶融池(5)を連続的に形成することを特徴とする狭開先多層盛レーザ溶接方法である。
【0017】
請求項2記載の発明は、被溶接母材(3)の表面に対してレーザ光(1)の照射角度θ1が80〜100°で、溶接ワイヤ(2)の溶融池(5)への挿入角度θ2が90〜120°で、溶接ワイヤ(2)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点とレーザ光(1)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点との間隔が1〜3mmであることを特徴とする請求項1記載の狭開先多層盛レーザ溶接方法である。
【0018】
(作用)
本発明の請求項1、2記載の発明によれば、次のような作用がある。
すなわち、本発明は従来方法と異なり、まず、レーザ光1をプラス側またはマイナス側に焦点を外した距離で溶融池5の表面に照射させることで、ビード4の断面形状が図10に示すように深くなることを避けることができる。
【0019】
次に、レーザ光1により溶加材として添加するワイヤ2を直接照射して溶融するのではなく、ワイヤ2に通電して抵抗発熱により加熱するホットワイヤとすることで、ワイヤ2は通電による抵抗発熱により、ワイヤ2が溶融池5内に挿入される前に融点近くまで加熱されるようにする。これにより、レーザ光1のエネルギーは基本的に被溶接母材3のみの溶融に当てることができることから、必要なレーザ光のエネルギーを半減することが可能になる。具体的には、通常の厚板鋼板溶接では5〜8kWのレーザ加工機が使われるが、本溶接法を用いれば3〜5kWのレーザ加工機で溶接を行うことができるようになる。通常レーザ加工機の値段は1kW約1千万円するので、初期設備費を大幅に低減できる。
【0020】
また、レーザ光1を溶接進行方向前方から被溶接母材3の被溶接部に形成される溶融池5に照射し、その後方よりホットワイヤ2を溶融池5にレーザ光1の母材3表面に対する照射角度と近似した傾斜角度で立てて挿入することで溶融池5に急傾斜面(図4の傾斜角度αの傾斜面)を形成し、同時にレーザ光1を溶融池5の溶接方向前方の表面に開先幅一杯に照射し、溶融池5の表面でのレーザ光1の反射光1’が溶融池5近傍であり、溶融池5の斜め前方(溶融池5の溶接方向の前半部、図4に示す溶融池5のワイヤ2が挿入している右側の傾斜面側で、溶接方向を12時とする時計の短針が9時から3時までの間)の母材3の表面に向かう入射角度で溶融池5の表面に照射することで溶融池5の溶接方向前方の前記被溶接部の両開先壁7から開先底8、または2層目以降で既に積層10’がある場合は、両開先壁7から一つ前の積層10’を溶融して溶融池5を形成することに本発明の一つの特徴がある。特に、開先幅一杯にレーザ光1を照射することにより両開先壁7を確実に溶融することが可能になる。これにより狭開先溶接で一番問題になる両開先壁7、開先底8または一つ前の積層10’の溶融をレーザ光の反射光1’で行うことになり、レーザ光1を開先壁7に指向させるために左右に精密に振る等の操作をする必要がなくなり、レーザ光学系の大型化、高精密化の必要がない。
【0021】
表1にレーザ照射角度θ1、ワイヤ挿入角度θ2、ワイヤ送給位置を変化させた場合に正常な溶接ビード4が得られる範囲を示す。ワイヤ挿入角度θ2とワイヤ送給位置をそれぞれ105°、2mmとした場合に、被溶接母材3の表面に対してレーザ光1の照射角度θ1を80〜100°で照射すると溶接ビード4が凹形状となり多層盛溶接に適した形状とすることができた。この範囲から外れる角度で照射すると融合不良が生じた。これは溶融池5の前方から斜め前方にかけてレーザ光1の反射光1’を向けることができないためである。
【表1】
表1に示すようにレーザ照射角度θ1とワイヤ送給位置をそれぞれ90°、2mmとした場合に、被溶接母材3の表面に対してワイヤ挿入角度θ2を90〜120°で挿入すると溶接ビード4が凹形状となり多層盛溶接に適した形状とすることができた。この範囲から外れる角度でワイヤ2を挿入すると開先の上方に設定するレーザヘッドとワイヤトーチが干渉するか、溶接ビード4が凸状になった。前者は現在の装置の大きさから物理的な制限があるためであり、後者はワイヤ2が溶融池5の温度が低い後方から挿入され、ワイヤ挿入位置で凝固し、中央が盛り上ったビードになる。
【0022】
同じく表1において、レーザ照射角度θ1とワイヤ挿入角度θ2をそれぞれ90°、105°とした場合に、図5で示すワイヤ送給位置をレーザ光より1〜3mm後方で照射すると溶接ビード4が凹形状となり多層盛溶接に適した形状とすることができた。この範囲から外れる位置にすると溶接ビード4の形状が凹形状に形成できず、凸凹や凸形状となった。
【0023】
すなわち、請求項2記載の発明によれば、さらにホットワイヤ2はレーザ光1より溶接方向に対して後行させることで溶融池5の表面でのレーザ光1の反射の障害にならないようにし、ホットワイヤ2の溶融池5の表面に対する挿入角度θ2を母材3の表面に対して溶接進行方向の後方向側に90度から120度の挿入角度θ2、望ましくは100〜110度の挿入角度θ2で溶融池5の上方から挿入することで溶接ビード4が凹形状となり多層盛溶接に適した形状とすることができた。前記挿入角度θ2が90度未満であるとレーザ光1とワイヤ2が干渉し、また前記挿入角度θ2が120度を超えるとワイヤ2が溶融池5後方に挿入されることになり溶接ビード4が凸形状になり次層溶接時に開先壁7の溶融が難しくなり融合不良発生の原因になる。
【0024】
また、図5に示すワイヤ2の溶融池5への挿入位置も重要なパラメータになり、ワイヤ挿入位置とレーザ光1の中心軸の溶融池5への照射位置との間隔が大き過ぎると溶融池5の端にワイヤ2が挿入されることになり、ビード4の表面形状が凸形状になり次層溶接時に開先壁7の溶融が難しくなり融合不良発生の原因になる。逆にワイヤ2の溶融池5への挿入位置とレーザ光1の中心軸の溶融池5への照射位置との間隔が小さいとワイヤ2にレーザ光1が当たるようになり、ワイヤ2がレーザ光1により溶融され、溶断する現象が発生し、溶融池5の表面における波打ち溶接現象が乱れてビード4の形状に凹凸が発生する。ワイヤ2の溶融池5への挿入位置とレーザ光1の中心軸の溶融池5への照射位置との間隔は1〜3mmが最良であった。
【発明の効果】
【0025】
請求項1記載の発明によれば、ホットワイヤ溶接によりワイヤ2は融点近くまで加熱するため、レーザ光1のエネルギーは基本的に被溶接母材3のみの溶融に当てることができることから、必要なレーザ光のエネルギーを半減することが可能になる。これにより、厚板溶接では5〜8kWのレーザ加工機が通常使われるが、本溶接法を用いれば3〜5kWのレーザ加工機で厚板溶接を行うことができるようになる。通常レーザ加工機の値段は1kW約1千万円するので、初期設備費を大幅に低減できる。また、狭開先溶接で一番問題になる両開先壁7、開先底8または一つ前の積層10’の溶融をレーザ光1の反射光1’で行うことになり、レーザ光1を両開先壁7に指向させるために左右に精密に振る等の操作をする必要がなくなり、レーザ光学系の大型化、高精密化の必要がない。
【0026】
さらに、反射レーザ光1’により溶融池5の溶接方向前方の前記被溶接部の両開先壁7から開先底8または2層目以降で既に積層10’がある場合は、両開先壁7から一つ前の積層10’を容易に溶融して溶融池5を形成するため母材3の溶込みが小さく、入熱も小さいことから母材3に形成される熱影響部が小さく、靭性などの継手品質が従来より向上し、歪の小さい溶接が可能であり、狭開先溶接で発生しやすい凝固割れを抑制することができる。
【0027】
そして、前記被溶接母材3の溶融および前記溶接ワイヤ2の挿入により形成した溶融池5に対して開先幅一杯に照射したレーザ光の反射光1’を前記溶融池5の溶接方向前方の前記狭開先の両開先壁7から開先底8または両開先壁7から既に溶接した積層10’上に照射して溶融することにより溶融池5を連続的に形成することができるので、狭開先を1層1パスで積層することができる。
【0028】
また、請求項2記載の発明によれば、前記第1発明の効果に加えて、ホットワイヤ2の溶融池5の表面に対する挿入角度θ2を母材3の表面に対して溶接進行方向の後方向側に挿入角度θ2=90度〜120度、望ましくは100〜110度で溶融池5の上方中央部における溶接進行方向に挿入し(図5参照)、さらに被溶接母材3の表面に対してレーザ光1の照射角度θ1を80〜100°とすることで、レーザ光1とワイヤ2が干渉することがなく、また溶融池5表面の傾斜角度α(図4参照)が小さくならないのでレーザ光1の反射光1’が母材3の表面に向かうことができ、溶接速度に好結果をもたらす。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の狭開先多層盛レーザ溶接方法の第一の実施形態を説明するための模式図である。
【図2】本発明の狭開先多層盛レーザ溶接方法の第二の実施形態を説明するための模式図である。
【図3】本発明の狭開先多層盛レーザ溶接方法の第三の実施形態を説明するための模式図である。
【図4】溶融池表面でレーザ光1が反射する現象を説明する模式図である。
【図5】レーザ光1の照射角度θ1、ワイヤ挿入角度θ2、ワイヤ送給位置を説明するための模式図である。
【図6】レーザ光1の焦点外し距離を説明する模式図である。
【図7】熱伝導型レーザ溶接方法を説明するための模式図である。
【図8】熱伝導型レーザ溶接のビード断面形状の模写図である。
【図9】深溶け込み型レーザ溶接方法を説明するための模式図である。
【図10】深溶け込み型レーザ溶接のビード断面形状の模写図である。
【図11】母材表面にワイヤを供給しつつ、レーザ光をワイヤに照射しながら、狭い開先幅の奥から層を形成して手前へと積層溶接する方法の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の具体的実施例を図面により説明する。
図1は本実施例の多層盛レーザ溶接方法を説明するための模式図であり、図4は溶融池5の表面でレーザ光1が反射する現象を説明する模式図であり、図5はレーザ光1の照射角度θ1、ワイヤ挿入角度θ2及びワイヤ挿入位置を説明するための模式図である。
【0031】
被溶接物の母材3に開先壁7が対向する空間部である開先6を加工して設けて溶接部を形成させる。該溶接部の開先幅は2〜6mmであり、上部の開先幅は溶接による収縮を考慮して溶接部の開先幅より収縮代分広くなっている。レーザ光1は図示していないレーザ加工機の集光レンズにより集光され、焦点からプラスしてずれた距離(「焦点ずらし距離プラス」という)で溶融池5の表面に照射する。
【0032】
ワイヤ2はホットワイヤ電源11、給電部12及びセラミックガイド13を用いて、ホットワイヤ電源11より給電部12、ワイヤ2、溶融池5、母材3及びホットワイヤ電源11を順次経由する回路に電流を流し、ワイヤ2を抵抗加熱する。
そして、ワイヤ2を溶融池5内に挿入する前に融点近くまで加熱する。ホットワイヤ溶接によりワイヤ2は融点近くまで加熱するため、レーザ光1のエネルギーは基本的に被溶接母材3のみの溶融に当てることができることから、必要なレーザ光のエネルギーを半減することが可能になる。これにより、厚板溶接では5〜8kWのレーザ加工機が通常使われるが、本溶接法を用いれば3〜5kWのレーザ加工機で厚板溶接を行うことができるようになる。
【0033】
レーザ光1を溶接進行方向の前方から被溶接母材3に照射し、被溶接母材3の溶接進行方向の後方よりホットワイヤ2を溶融池5にレーザ光1の照射角度と近似した角度で立てて挿入することで溶融池5に母材3に対する急傾斜面(図4の傾斜角度αの傾斜面)を形成し、同時にレーザ光1を溶融池5の溶接方向前方の表面に照射し、溶融池5の表面でのレーザ光1の反射光1’が溶融池5近傍であり、溶融池5の斜め前方(溶融池5の溶接方向の前半部、図4に示す溶融池5のワイヤ2が挿入している右側の傾斜面側で、溶接方向を12時とする時計の短針が9時から3時までの間)の母材3の表面に向かう入射角度で溶融池5の表面に照射する。
【0034】
レーザ光1の焦点を外した距離で溶融池5にレーザ光1を照射する場合に、レーザ光1を母材3の表面に対して傾斜角度α(図4)の傾斜面を有する溶融池5に向けてレーザ光1を開先幅一杯に照射する。このようにレーザ光1を、その焦点を外した距離で溶融池5に照射させることで、レーザエネルギーの一部が溶融池5に吸収され、レーザ光1の一部が溶融池5の表面で母材3の表面側に向けて反射し、母材3の狭い両側の開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’の溶融に照射され、開先壁7と開先底8の一部または一つ前の積層10’が溶融あるいは加熱されるために溶融池5の通過で完全に開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’を溶融することができる。こうして溶接がスムーズに進行し、従来より早い溶接速度で、一層一パスの良好な溶接ができる。
【0035】
また、本発明ではレーザ光1をプラス側又はマイナス側に焦点を外した距離で溶融池5の表面に照射する必要がある。これは、溶融池5の表面にレーザ光1の焦点を当てると、ビード4の断面形状が図10に示すように深くなるので、この現象を避けるためである。このようにレーザ光1を焦点を外した距離で溶融池5に照射させることで図8に示すような断面半円形状のビード4が得られる。
【0036】
ホットワイヤ2は溶融池5にレーザ光1の照射角度と同じかまたは近似した角度で立てて挿入することで、母材3の表面に対して溶融池5の表面が急傾斜(図4に示す傾斜角度α)を形成する。ワイヤ2にレーザ光1を当てなくても加熱しているため溶融できる。また、ホットワイヤ2の温度が融点近傍より低いと、溶融池5へのホットワイヤ2の挿入時に溶融池5より熱を奪うため、溶融池5による壁の溶融が不完全になりビード形状が凹形状にならず次層溶接時に融合不良を発生する。
【0037】
図5に示すように母材3の表面に対して溶接進行方向前側に傾斜させたワイヤ挿入角度θ2を90度〜120度、望ましくは100〜110度で溶融池5の上方中央部に挿入することが必要である。前記ワイヤ挿入角度θ2が90度未満であるとレーザ光1とワイヤ2が干渉し、また前記ワイヤ挿入角度θ2が120度を超えると溶融池5の表面の前記傾斜角度αが小さくなり、レーザ光1の反射光1’を溶融池5の近傍に照射できなくなり、両側開先から底の溶融が不完全になり融合不良が発生する。また、ワイヤが溶融池の後方に挿入されるため、挿入と同時に凝固しビードが凸状になる。
【0038】
また、図5に示すように、溶融池5の表面におけるワイヤ2の挿入位置も重要なパラメータになり、前記ワイヤ2の溶融池5の表面での挿入位置はレーザ光1の中心軸の溶融池5の表面より1〜3mmだけ溶接進行方向の後側とする。ワイヤ2の溶融池5の表面での挿入位置が3mmより大き過ぎると溶融池5の端にワイヤ2が挿入されることになり、ビード形状が凸形状になって次層の溶接時に開先壁7の溶融が難しくなり、融合不良発生の原因になる。逆にワイヤ2の溶融池5の表面への前記挿入位置が1mmより小さいとワイヤ2にレーザ光1が当たるようになり、ワイヤ2がレーザ光1により溶融されて溶断する現象が発生し、溶融池5の表面が波打ち溶接現象により乱れてビード4の表面に凹凸が発生する。ワイヤ2の前記挿入位置は2mm前後が最良であった。
【0039】
レーザ光1を母材3の表面に対して急斜面を形成した溶融池5に照射すると、図4に示すようにレーザエネルギーの一部が溶融池5に吸収され、レーザ光1の一部が溶融池5の表面で反射し、溶融池5の前方又は両側の開先底8と開先壁7に照射されて一部溶融し、図1又は図2に示す両側の開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’に溶融部(壁)9、溶融部(底)10を形成し、あるいは加熱されるために溶融池5の通過で両側の開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’を完全に溶融することができる。
【0040】
レーザ光1の中心軸の母材3の表面に対して溶接進行方向前側に傾斜させた傾斜角度θ1は80度〜110度が最適で、溶融池5の前記傾斜角度α(パラメータは溶接速度、レーザパワー、ワイヤの送給量、ワイヤの挿入角度θ2)により変更する必要がある。
ステンレス鋼を用いた代表的溶接試験条件は、開先幅3mm、レーザパワー3kW、溶接速度0.5m/min、ワイヤ径1.2mm、ワイヤ送給速度6m/minでビード高さ6mmの溶接ビードを施工することができた。
【0041】
こうして、本実施例により、多層盛レーザ溶接で一番問題になる両側の開先壁7と開先底8または一つ前の積層10’の溶融が溶融池5の表面で反射したレーザ光1’により充分行われるため、ワイヤ送給量、溶接速度を従来よりも向上させることが可能になり、高能率、高品質な多層盛レーザ溶接を行うことができる。
なお、前記特許文献1(特開平9−201687号公報)記載の方法では溶接速度は0.10〜0.30m/minであり、非特許文献1(「タグチメソッド手法による狭開先レーザ溶接条件の基礎検討」)では溶接速度は0.15m/minであり、本実施例の溶接速度の方が速いことが分かる。
【0042】
また、本実施例のレーザ溶接方法では母材3の溶込みが小さく、入熱も小さいことから熱影響部が小さく、得られた溶接材の靭性などの継手品質が向上し、歪の小さい溶接が可能であり、溶接で発生しやすい凝固割れを抑制することができる。
さらに、通常のレーザ溶接ではレーザ光1で母材3とワイヤ2の両方を溶融するエネルギーを供給する必要があるが、ホットワイヤ2の適用によりレーザエネルギーはほとんどが母材3の溶融に当てられるため、レーザパワーを抑えられ高価なレーザ加工装置の設備費を従来より低減できる。
【0043】
図2には、本発明の狭開先多層盛レーザ溶接方法の他の実施例の模式図を示す。本実施例はレーザ光1の焦点外し距離をマイナス(レーザ光1の焦点が溶融池5の内部にある)にして照射する。この場合に図1に示すレーザ光1の焦点外し距離をプラスにした場合と同様の効果が得られる。レーザ光1の焦点外し距離をマイナスにすると溶融池5の表面で反射したレーザ光1の範囲が図1に示す焦点外し距離をプラスにした場合より小さく溶融池5に近い位置にレーザ光1が照射されることになる。母材3の表面に対する溶融池5の表面におけるレーザ光1の傾斜角度θ1、レーザ光1の照射パワーに応じて焦点外し距離をプラスにするかマイナスにするかを選択することができる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
ホットワイヤとレーザを組合せたレーザ溶接法で溶接速度が大きく、低変形の高品質溶接が可能となる。
【符号の説明】
【0045】
1 レーザ光 2 ワイヤ
3 母材 4 溶接ビード
5 溶融池 6 開先
7 開先壁 8 開先底
9 溶融部(壁) 10 溶融部(底)
10’ 積層 11 ホットワイヤ電源
12 給電部 13 セラミックガイド
14 焦点 15 集光レンズ
16 キーホール
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶加材として溶接ワイヤ(2)を用いて狭開先に加工した被溶接母材(3)を多層盛で溶接する狭開先多層盛レーザ溶接方法において、
レーザ光(1)を該レーザ光(1)の焦点を外して前記狭開先に加工した被溶接母材(3)に照射して該被溶接母材(3)を溶融すると共に、前記溶接ワイヤ(2)を該溶接ワイヤ(2)と前記被溶接母材(3)間に通電して該ワイヤ(2)の抵抗発熱により加熱するホットワイヤとし、前記レーザ光(1)の後方に前記レーザ光(1)の照射角度と近似した角度で前記被溶接母材(3)の溶融により形成した溶融池(5)に挿入し、
前記被溶接母材(3)の溶融および前記溶接ワイヤ(2)の挿入により形成した溶融池(5)に対して前記レーザ光(1)を開先幅一杯に照射し、レーザ光(1)の反射光(1’)を前記溶融池(5)の溶接方向前方の前記狭両開先壁(7)から開先底(8)、または両側壁(7)から既に溶接した積層(10’)上に照射して溶融して溶融池(5)を連続的に形成することを特徴とする狭開先多層盛レーザ溶接方法。
【請求項2】
被溶接母材(3)の表面に対してレーザ光(1)の照射角度θ1が80〜100°で、溶接ワイヤ(2)の溶融池(5)への挿入角度θ2が90〜120°で、溶接ワイヤ(2)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点とレーザ光(1)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点との間隔が1〜3mmであることを特徴とする請求項1記載の狭開先多層盛レーザ溶接方法。被溶接母材(3)の表面に対してレーザ光(1)の照射角度θ1が80〜100°で、溶接ワイヤ(2)の溶融池(5)への挿入角度θ2が90〜120°で、溶接ワイヤ(2)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点と、レーザ光(1)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点の距離に当るワイヤ送給位置が1〜3mmであることを特徴とする請求項1記載の狭開先多層盛レーザ溶接方法。
【請求項1】
溶加材として溶接ワイヤ(2)を用いて狭開先に加工した被溶接母材(3)を多層盛で溶接する狭開先多層盛レーザ溶接方法において、
レーザ光(1)を該レーザ光(1)の焦点を外して前記狭開先に加工した被溶接母材(3)に照射して該被溶接母材(3)を溶融すると共に、前記溶接ワイヤ(2)を該溶接ワイヤ(2)と前記被溶接母材(3)間に通電して該ワイヤ(2)の抵抗発熱により加熱するホットワイヤとし、前記レーザ光(1)の後方に前記レーザ光(1)の照射角度と近似した角度で前記被溶接母材(3)の溶融により形成した溶融池(5)に挿入し、
前記被溶接母材(3)の溶融および前記溶接ワイヤ(2)の挿入により形成した溶融池(5)に対して前記レーザ光(1)を開先幅一杯に照射し、レーザ光(1)の反射光(1’)を前記溶融池(5)の溶接方向前方の前記狭両開先壁(7)から開先底(8)、または両側壁(7)から既に溶接した積層(10’)上に照射して溶融して溶融池(5)を連続的に形成することを特徴とする狭開先多層盛レーザ溶接方法。
【請求項2】
被溶接母材(3)の表面に対してレーザ光(1)の照射角度θ1が80〜100°で、溶接ワイヤ(2)の溶融池(5)への挿入角度θ2が90〜120°で、溶接ワイヤ(2)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点とレーザ光(1)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点との間隔が1〜3mmであることを特徴とする請求項1記載の狭開先多層盛レーザ溶接方法。被溶接母材(3)の表面に対してレーザ光(1)の照射角度θ1が80〜100°で、溶接ワイヤ(2)の溶融池(5)への挿入角度θ2が90〜120°で、溶接ワイヤ(2)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点と、レーザ光(1)の中心線と被溶接母材(3)表面の交点の距離に当るワイヤ送給位置が1〜3mmであることを特徴とする請求項1記載の狭開先多層盛レーザ溶接方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−20291(P2012−20291A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−157933(P2010−157933)
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(000005441)バブコック日立株式会社 (683)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(000005441)バブコック日立株式会社 (683)
【Fターム(参考)】
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