説明

猫の体脂肪の測定方法

【課題】猫の体脂肪を正確に測定することができる方法を提供すること。
【解決手段】本発明の猫の体脂肪の測定方法においては、伏臥状態の猫における頸部背側から肩胛骨間までの間のいずれかの部位の皮下脂肪又はその下部組織の厚みを測定し、その厚みに基づいて体全体の体脂肪を求める。前記の厚みは、生体インピーダンス、静電容量、超音波、赤外線、CT又はMRIによって測定することが好適である。更に猫の体重に基づいて体全体の体脂肪を求めることも好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、猫の体脂肪の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の豊かな食料事情に起因して、ペットとして飼育されている猫には肥満が広く認められている。ある研究では、25〜30%の猫が肥満又は過体重であるとされている(非特許文献1参照)。肥満猫は、糖尿病、皮膚疾患、脂肪肝などを起こすリスクが高いといわれており、猫の健康と福祉に対して大きな脅威となっている。
【0003】
体脂肪は、肥満であるか否かの尺度の一つとなるものである。体脂肪の測定に関して、出願人は先に、ヒトの体脂肪を、生体インピーダンスを測定することで求める装置を提案した(特許文献1参照)。ヒトを対象とした生体インピーダンス法による体脂肪の測定方法を、動物である牛等の家畜に応用したインピーダンス測定器具も知られている(特許文献2参照)。
【0004】
また本出願人は、犬を対象とした体脂肪の測定方法も提案した(特許文献3参照)。この方法においては、体脂肪の測定具を用い、犬の最後肋骨周囲部に測定具の電極体を押し付けるようにして生体インピーダンスを測定する。そして測定された生体インピーダンスに基づき体脂肪を算出する。この方法によれば、犬の体脂肪を極めて容易にかつ正確に測定することができる。
【0005】
犬を測定対象とした場合には、特許文献3に記載のとおり、最後肋骨周囲部を対象部位に選択して生体インピーダンスを測定することが、測定の正確さの点から有利である。しかし、皮下脂肪の分布の様子は動物によって異なる場合が多いので、体脂肪の分布の様子が犬とは大きく異なる動物を測定対象とした場合には、最後肋骨周囲部を対象部位に選択しても、体脂肪を正確に測定できないことがある。例えば犬と異なり、猫は最後肋骨周囲部には皮下脂肪がほとんど観察されないので、犬と同様の方法で猫の体脂肪を正確に測定することは容易でない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−369806号公報
【特許文献2】特開2002−253523号公報
【特許文献3】特許第4342581号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Scarlett JM, Donoghue S, Daidla J, et. al., "Overweight cats: prevalence and risk factors", Int. J. Obes., 1994, 18, s22-s28
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、猫の体脂肪を従来よりも正確に測定し得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、伏臥状態の猫における頸部背側から肩胛骨間までの間のいずれかの部位の皮下脂肪又はその下部組織の厚みを測定し、その厚みに基づいて体全体の体脂肪を求める、猫の体脂肪の測定方法を提供するものである。
【0010】
また本発明は、伏臥状態の猫における頸部背側から肩胛骨間までの間における生体インピーダンスを測定することにより体脂肪率を求める、猫の体脂肪率の測定方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば、猫の体脂肪を正確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本発明の測定方法を実施するときの猫の状態を示す模式図である。
【図2】図2(a)及び図2(b)は、生体インピーダンスと皮下脂肪の厚みとの関係を示すグラフであり、図2(a)が本発明に従う結果であり、図2(b)が比較例の結果である。
【図3】図3(a)は本発明に従い測定された全身体脂肪率と皮下脂肪の厚みとの関係を示すグラフであり、図3(b)は本発明に従い測定された全身体脂肪率と生体インピーダンスとの関係を示すグラフである。
【図4】図4(a)は比較例の全身体脂肪率と皮下脂肪の厚みとの関係を示すグラフであり、図4(b)は比較例の全身体脂肪率と生体インピーダンスとの関係を示すグラフである。
【図5】図5は、生体インピーダンスの測定に用いられる装置の一例を示す斜視図である。
【図6】図6は、図5に示す装置を用いた生体インピーダンスの測定方法を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき図面を参照しながら説明する。本発明の体脂肪測定方法における「体脂肪」という語は、特に断らない限り「体脂肪率」及び「体脂肪量(重量、体積)」の両方を含む概念である。
【0014】
本発明においては、猫の体脂肪の測定を、図1に示すように猫を伏臥させた状態で行う。猫を伏臥させるのは、測定の安定性や再現性を確実にするためである。そして伏臥状態下に、正中線に沿った頸部背側から肩胛骨間までの間のいずれかの部位の皮下脂肪又はその下部組織の厚みを測定する。測定部位は、図1におけるAで示す部位である。以下の説明においては、簡便のために、この測定部位Aを単に「肩胛骨間」ともいう。なお、同図中、点線で表される一対の湾曲線は、肩胛骨の縁が位置する部位を示している。本発明者らの検討の結果、犬と比較して、猫は、頸部背側から肩胛骨間までの間の皮下脂肪が比較的厚く、この部位において体脂肪を測定すると、正確な測定結果が得られることが判明した。
【0015】
肩胛骨間における皮下脂肪及び/又はその下部組織の厚みは、肩胛骨間の皮膚を摘んでその厚みを、ノギス等を用いて実測してもよく、あるいは後述する所定の方法を用いて間接的に、かつ非侵襲的に測定してもよい。なお、皮下脂肪の下部組織には、例えば脂肪や組織液等が含まれる。簡便のため、以下の説明においては、特に断らない限り、皮下脂肪及び/又はその下部組織を皮下脂肪と総称する。
【0016】
皮下脂肪の厚みを、実測ではなく、所定の手段を用いて間接的に測定する場合には、その手段として例えば生体インピーダンス、静電容量、超音波、赤外線、CT(コンピューテッド・トモグラフィ)又はMRI(核磁気共鳴画像)等の非侵襲的測定手段を用いることができる。これらは、それぞれを単独で用いてもよく、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0017】
皮下脂肪の厚みを、生体インピーダンスの測定から求めるためには、インピーダンスの測定装置を用いて肩胛骨間のインピーダンスを測定し、予め求めておいたインピーダンスと皮下脂肪の厚みとの検量線から厚みを求めればよい。静電容量の測定から厚みを求めるためには、容量計を用いて肩胛骨間の静電容量を測定し、あらかじめ求めておいた静電容量と皮下脂肪の厚みとの検量線から厚みを求めればよい。超音波の測定から厚みを求めるためには、超音波画像診断装置を用いて肩胛骨間の断面画像を撮影し、皮下脂肪厚みを求めればよい。赤外線、特に近赤外線の測定から厚みを求めるためには、近赤外線照射装置及び受光装置を用いて肩胛骨間の皮下脂肪による吸収スペクトルを測定し、あらかじめ求めておいた吸収スペクトルと皮下脂肪厚みとの検量線から皮下脂肪厚みを求めればよい。CTやMRIを用いた場合には、それらの測定結果から直接厚みを求めることができる。
【0018】
図2(a)には、生体インピーダンスの測定結果と、肩胛骨間における皮下脂肪の実測値との関係が示されている。測定の対象となった猫の詳細は以下の表1に示すとおりである。この関係から明らかなように、肩胛骨間を測定部位として選択すると、生体インピーダンスと皮下脂肪の厚みとの間には非常に高い相関関係があることが判る。一方、図2(b)には、犬の体脂肪率の測定に有効とされている腰背部(図1中、符号Bで示される部位)における生体インピーダンスの測定結果と、皮下脂肪の実測値との関係が示されている。この測定部位は、図1中、符号Bで表される部位であり、この部位は腰背部における正中線から20mm側方に偏倚している。以下の説明においては、簡便のために、この測定部位Bを単に「腰背部」ともいう。図2(b)に示す結果から明らかなように、腰背部を測定部位として選択した場合には、生体インピーダンスと皮下脂肪の厚みとの間には相関関係が認められない。なお、図2(a)及び(b)に示す測定に用いた生体インピーダンスの測定装置の詳細については後述する。
【0019】
【表1】

【0020】
図3(a)には、猫の全身の体脂肪率と、肩胛骨間における皮下脂肪の実測値との関係が示されている。この関係から明らかなように、肩胛骨間を測定部位として選択すると、全身の体脂肪率と皮下脂肪の厚みとの間にも高い相関関係があることが判る。同図に示す結果と、先に説明した図2(a)に示す結果から、全身の体脂肪率と生体インピーダンスとの関係をグラフ化したものが図3(b)である。図3(b)に示す結果から明らかなように、皮下脂肪の測定部位として肩胛骨間を選択すると、全身の体脂肪率と生体インピーダンスとが良く相関することが判る。したがって本発明の方法に従い皮下脂肪の厚みの測定部位に肩胛骨間を選択することで、全身の体脂肪率を非侵襲的に正確に測定することができる。
【0021】
以上説明したとおり、猫の肩胛骨間における生体インピーダンスを測定することによって、全身の体脂肪率を求めることができる。したがって、生体インピーダンス測定結果を肩胛骨間における皮下脂肪の厚みに対照させることなく、直接全身の体脂肪率と関連付けることができる。
【0022】
図4(a)には、猫の全身の体脂肪率と、腰背部における皮下脂肪の実測値との関係が示されている。この関係から明らかなように、腰背部を測定部位として選択すると、全身の体脂肪率と皮下脂肪の厚みと間には相関関係が認められないことが判る。同図に示す結果と、先に説明した図2(b)に示す結果から、全身の体脂肪率と生体インピーダンスとの関係をグラフ化したものが図4(b)である。図4(b)に示す結果から明らかなように、皮下脂肪の測定部位として腰背部を選択すると、全身の体脂肪率と生体インピーダンスとの間に相関関係が認められないことが判る。つまり、皮下脂肪の厚みの測定部位に、犬の場合に有効とされていた腰背部を選択しても、全身の体脂肪率を正確に測定できないことが判る。
【0023】
上述した全身の体脂肪率は重水希釈法によって測定される。重水希釈法は全身の体脂肪率を正確に測定できる方法として当該技術分野において良く知られた方法である。しかし重水希釈法は、その測定が複雑であるという欠点を有している。本明細書で行った重水希釈法の詳細は次のとおりである。
【0024】
Burkholderらの方法1)に準じ、前記の表1に示す各猫(個体No.A〜F)の頚静脈から2.5mlの血液を採取した。採取した血液の血清分離を行い、重水注入前の血清サンプルとした。次に前足静脈に翼状針を留置し、シリンジに計り取った重水を0.4g/kg(体重)の割合で皮下に注入した。更にヘパ生10mlを注入した。注入前後のシリンジの重量を測定し、差分を重水の注入量(WD2O)gとした。重水の拡散時間として90分間とった。その後、再び反対の頚静脈から2.5mlの血液を採取した。採取した血液の血清分離を行い、重水注入後の血清サンプルとした。IRMSによって血清サンプル中の重水濃度を分析した。注入前の血清サンプル中の重水濃度をC1(ppm)、注入後の重水濃度をC2(ppm)、注入した重水の量をWD2O(g)とし、体重をBW(kg)として、以下の計算式から体脂肪率を算出した。
体脂肪率(%)=100−{105D2O/(C2−C1)}/0.732BW
[1]:William J. Burkholder, Craig D. Thatcher AJVR 59(8) 1998 927-937
【0025】
図3(a)に示すように、全身の体脂肪率と、肩胛骨間における皮下脂肪との厚みとの間には一次の相関関係がある。つまり体脂肪率をzとし、皮下脂肪の厚みをxとすると、zとxは以下の式(1)で表される
z=a1x+c1 (1)
(式中、a1及びc1は定数を表す。)。
【0026】
前記の式(1)において、体脂肪率zに対する上述した体重の寄与分を加味して測定の精度を高める検討を本発明者らがしたところ、体重をyとしたとき、体脂肪率z、皮下脂肪の厚みx及び体重yの三者は、以下の式(2)で一層正確に記述されることが判明した。
z=a2x+b2y+c2 (2)
(式中、a2、b2及びc2は定数を表す。)。
【0027】
例えば、前記の表1に示す6匹の猫を対象とした場合には、前記の式(2)は、以下の式(2a)で記述される。この場合の相関係数R2は0.8709である。したがって、体脂肪率の測定を、皮下脂肪の厚み及び体重の双方に基づき行うことで、図3(a)の場合よりも測定精度が向上することが判る。
z=2.564473x+2.059329y+3.634708 (2a)
【0028】
図6は、生体インピーダンスの測定装置の一例を示す斜視図である。同図に示す測定装置10は、本体部12と、その下部に位置し、下方へ垂下する複数の電極体11を備えている。電極体11は、電圧用電極13と電流用電極14とを2個ずつ備えている。各電極13,14は導電性材料から構成されている。各電極13,14は先端が丸みを帯びた円柱状になっている。2個の電圧用電極13間の距離は固定されている。同様に2個の電流用電極14間の距離も固定されている。このように構成することで、インピーダンスの測定値に変動が生じにくくなる。
【0029】
本体部12内には制御算定部(図示せず)が内蔵されている。制御算定部は、上述した各電極13,14に電気的に接続されている。制御算定部12には、例えばマイクロコンピュータ等による公知の制御機構が組み込まれている。また制御算定部12には、公知のインピーダンス測定回路が組み込まれている。制御算定部12は、2個の電流用電極14間に交流電流を流すことができる構成になっている。また制御算定部12は、2個の電圧用電極13間の電圧を測定できる構成になっている。
【0030】
制御算定部12は、0.1〜1mAの交流電流を、一対の電流用電極14の間に流れるように制御することが可能になっている。この通電状態下に、制御算定部12は、電圧用電極13の間の電圧を測定できるようになっている。制御算定部12には、電圧用電極13によって測定された電圧と生体インピーダンスとの関係に関するデータが予めメモリされている。そして測定された電圧と、予めメモリされたデータとに基づいて、生体インピーダンスが表示部15に表示されるようになっている。場合によっては、上述した図3(b)に示す関係を制御算定部12にメモリしておき、体脂肪率そのものを表示部15に表示することもできる。体脂肪率そのものを表示部15に表示させる場合には、猫の体重を初期データとして入力できるようにしておき、体脂肪率の算出を前記の式(2)に従い行うことで、体脂肪率を一層求めることができる。
【0031】
生体インピーダンスを測定するときに使用する交流電流の周波数は80〜600kHz、特に100〜500kHz、とりわけ200〜400kHzとすることが、電極と皮膚との間の電気抵抗が減り、電極と皮膚の間に多少被毛が挟まれていても、その影響を受けにくく、生体インピーダンスを精度良く測定できる点から好ましい。
【0032】
図6に示す装置を用いて生体インピーダンスを測定するときには、図7に示すように、伏臥状態の猫における正中線に沿った頸部背側から肩胛骨間までの間のいずれかの部位において、被毛をかき分けて皮膚を露出させ、露出した皮膚に測定装置10の電極体11を押し当てる。その状態下に、電流用電極14の間に交流電流を流し、電圧用電極13の間の電圧を測定する。
【0033】
測定に際して、猫の体が汚れている場合は、予め皮脂を取り除くことが好ましい。例えば有機溶剤を施して皮脂を取り除くことができる。有機溶剤は、これをスポンジ、織布、不織布、脱脂綿等に含浸させて、これらを用いて電極体11を押し当てる部位を拭き取ることができる。有機溶剤としては、例えばエタノール、イソプロピルアルコール等の水溶性のものが用いられる。
【0034】
また、生体インピーダンスを測定する部位に電解液を施すことも好ましい。また、導電性クリームを施すことも好ましい。この理由は、体表面と電極13,14の間に絶縁体である被毛が存在しても、生体インピーダンスを正確に測定することが可能となるからである。電解液としては、例えば塩化カルシウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム等の電解質の水溶液を用いることができる。これらの電解液の溶質の濃度は0.03〜10質量%、特に0.2〜10質量%とすることが好ましい。
【符号の説明】
【0035】
10 生体インピーダンス測定装置
11 電極体
12 本体部
13 電圧用電極
14 電流用電極
15 表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
伏臥状態の猫における頸部背側から肩胛骨間までの間のいずれかの部位の皮下脂肪又はその下部組織の厚みを測定し、その厚みに基づいて体全体の体脂肪を求める、猫の体脂肪の測定方法。
【請求項2】
前記の厚みを、生体インピーダンス、静電容量、超音波、赤外線、CT又はMRIによって測定する請求項1記載の測定方法。
【請求項3】
前記の厚みを生体インピーダンスによって測定するとともに、測定する部位に、電解液、導電性クリーム又は有機溶剤を施す請求項2記載の測定方法。
【請求項4】
更に猫の体重に基づいて体全体の体脂肪を求める請求項1ないし3のいずれかに記載の測定方法。
【請求項5】
伏臥状態の猫における頸部背側から肩胛骨間までの間における生体インピーダンスを測定することにより体脂肪率を求める、猫の体脂肪率の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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