理容鋏の製造方法
【課題】髪の引っかかりをさらに軽減し、より容易にスライドカットが行える理容鋏を提供する。
【解決手段】静刃側には鋭刃を形成し、動刃側には鈍刃を形成する。鋭刃の仕上げ形成では、刃先側が研磨方向の先側で、刃元側が研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら刃元側に引いていき、鈍刃の仕上げ形成では、研磨方向が刃裏から刃表に向かうようにされ、研磨面に対応するとされる水平面と刃表の面とが所定の鋭角を成すようにされ、刃先側が研磨方向の先側で、刃元側が研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら刃元側に引いていくようにして作業する。
【解決手段】静刃側には鋭刃を形成し、動刃側には鈍刃を形成する。鋭刃の仕上げ形成では、刃先側が研磨方向の先側で、刃元側が研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら刃元側に引いていき、鈍刃の仕上げ形成では、研磨方向が刃裏から刃表に向かうようにされ、研磨面に対応するとされる水平面と刃表の面とが所定の鋭角を成すようにされ、刃先側が研磨方向の先側で、刃元側が研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら刃元側に引いていくようにして作業する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば頭髪を切る(カットする)のに使用する理容鋏の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
先に本出願人は、特許文献1として挙げるようにして、スライドカットといわれるカット(髪の毛の切断)技術に好適とされる理容鋏についての発明を出願している。
この特許文献1に記載されている理容鋏は、2本の刃体を枢着してなるもので、その特徴として、先ず、一方の刃体については、一般的なカット鋏の刃と同様に、髪に刃を立てた状態で前記刃体を刃裏方向に摺動させると、髪に対して引っかかりが生じるようにして刃を形成している。これに対して、他方の刃体については、刃裏側の角を取って円味を付けるようにして形成することで、同じく髪に刃を立てた状態で摺動させたときには髪に引っかかりを生じずに滑るようにされている。そして、このような理容鋏により、スライドカットとしての操作、例えば、理容鋏に髪を挟んで閉じさせていきながら、鋏を滑らせるように移動させていくという操作を行うと、髪が刃に引っかかるようなことがなくなる。これにより、例えば、最後まで鋏を抜ききるようにして髪をカットできるようになり、途中で鋏を開き直すような操作は行わなくてもよくなる。つまり、スライドカットが容易に行えるようになる。
【0003】
【特許文献1】特開2003−53061号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明としては、上記の特許文献1に記載される理容鋏を基にして、これを改良し、スライドカットなどの技法に適った、より良好な髪の滑り(逃げ)を伴って髪をカットできる理容鋏を得ることを、その課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願の発明者でもある上記の特許文献1の発明者は、この特許文献1による理容鋏を発明した後においても、特許文献1の理容鋏を基として改良を図っていたのであるが、ここにきて、1つの結果が得られたものである。そして、この改良の所産を、本願発明に対応する課題を解決する手段として、下記のようにして提案する。
つまり、第1の刃本体部と第2の刃本体部を組み合わせて成る理容鋏の製造方法に関して、第1の刃本体部において刃が形成される部位となる第1の刃体部に刃付けを行うための工程として、第1の刃体部の刃表を研ぐ第1の表研ぎ工程と、第1の刃体部の刃裏を研ぐ第1の裏研ぎ工程と、第1の表研ぎ工程と第1の裏研ぎ工程の後において行うもので、仕上げ研磨体の研磨方向が上記第1の刃体部の刃表から刃裏に向かうようにされ、第1の刃体部の刃先側が研磨方向の先側で、第1の刃体部の刃元側が上記研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら第1の刃体部を刃元側に引いていくのと同等の仕上げ研磨体と第1の刃本体部との間での相対的な位置移動が行われるようにする第1の仕上げ工程とを行うようにされる。また、第2の刃本体部において刃が形成される部位となる第2の刃体部に刃付けを行うための工程として、第2の刃体部の刃表を研ぐ第2の表研ぎ工程と、第2の刃体部の刃裏を研ぐ第2の裏研ぎ工程と、第2の表研ぎ工程と第2の裏研ぎ工程の後において行うもので、仕上げ研磨体の研磨方向が上記第2の刃体部の刃裏から刃表に向かうようにされ、仕上げ研磨体の研磨面に対応するとされる水平面と、刃表の面とが所定の鋭角を成すようにされ、第2の刃体部の刃先側が研磨方向の先側で、第2の刃体部の刃元側が研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら第2の刃体部を刃元側に引いていくのと同等の仕上げ研磨体と第2の刃本体部との間での相対的な位置移動が行われるようにする第2の仕上げ工程とを行うこととした。
【発明の効果】
【0006】
上記した構成を採ることとした結果、本願発明の製造方法により製造した理容鋏としては、髪をカットする操作を行ったときに、よりスムーズな髪の滑り、逃げを生じた状態で髪がカットされていくようになった。これにより、理容師などの理容鋏の使用者は、これまでよりも、さらに容易に、また、上手にスライドカットなどの技法を用いて髪をカットすることができる。
また、上記のようにして、よりスムーズな髪の滑りを伴うカットが行えるようになったことで、髪の毛をカットしているときに、その髪の毛が引っ張られてしまうこともほぼ完全になくなった。理容師が髪の毛をカットするときには、不用意に髪の毛を引っ張って、髪の毛をカットしてもらっている人に痛みや不快感を与えないように配慮しなければならないが、本願発明の製造方法により製造した理容鋏であれば、必要以上に注意を払わなくとも、髪を引っ張ってしまうようなことは防がれる。また、髪を引っ張りながら切るような状態ではなくなることで、カットによる髪の傷みがなくなるという効果も得られることとなった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以降、本願発明を実施するための最良の形態(以下、実施形態という)について説明を行っていくこととする。
図1、図2は、本実施形態としての理容鋏の製造(生産)方法により製造された、完成品としての理容鋏1の外観例を示す。図1は、平面図であり、図2は、側面図である。
これらの図に示されるように、本実施形態に対応する理容鋏1は、静刃本体2と動刃本体3とを、ネジ4により枢着するようにして組み合わせることで、その全体形状が得られるようになっている。
そのうえで、図1に示されるように、静刃本体2は、静刃体部2aと柄部2bとの部位から成る。静刃体部2aの長手方向に沿った内側のエッジ部は刃端部2eとされ、この刃端部2eには、後述する工程により「鋭刃」が形成される。また、柄部2bのほうには、薬指を入れるための薬指孔部2cが形成され、また、薬指孔部2cの外側には、鋏の保持を安定させるために小指を添える部位である小指掛2dが設けられている。
一方の動刃本体3も、動刃体部3aと柄部3bとの部位から成る。ただし、この動刃体部3aの長手方向に沿った内側の上記刃端部2eと合わさる側のエッジ部である刃端部3eには、後述する工程により、「鋭刃」ではなく「鈍刃」が形成される。また、柄部3bのほうには、母指(親指)を入れるための母指孔部3cが形成される。
【0008】
図3は、図1におけるA−A矢視による断面を示している。この図により、上記の「鋭刃」と「鈍刃」とについて、その断面形状についての区別をしておくこととする。
この図においては、上側において動刃本体3の動刃体部3aが示され、下側において静刃本体2の静刃体部2aが示されている。理容鋏1が閉じられていくのに応じては、動刃体部3aと静刃体部2aは、一点鎖線Loに対応する平面にて、刃端部3e、2e側から刃裏同士が摺り合っていくようにして閉じ重なっていくようにされるものである。
そのうえで、静刃体部2aの刃端部2eは、図示するようにして、その先端部が頂角となる鋭い形状に形成されている。これに対して、動刃体部3aの刃端部3eの先端部は、上記の頂角を鈍らせたような丸みのある形状となるように形成されている。このような形状の対比から、ここでは、静刃体部2aのほうに形成される刃を「鋭刃」といい、動刃体部3aの刃端部3eに形成される刃を「鈍刃」というものである。
なお、確認のために述べておくと、図3に示される静刃体部2aと動刃体部3aの断面形状は、あくまでもイメージによる模式的なものであり、実際においては、刃端部2e、3eの刃先となる先端部分の各々は、非常に微細な加工により鋭刃と鈍刃が形成されるものである。
【0009】
そして、上記のような鋭刃と鈍刃が形成される理容鋏1を使用することによっては、例えばスライドカットといわれるカット技術がさらに容易に行えるようになることをはじめ、後述するようにしていくつかの新たな効果を生む。
【0010】
そこで、以降、本実施形態として、上記の理容鋏1を製造するための方法例について説明を行っていくこととする。なお、以降の説明にあたり、図4〜図7により説明する工程は、静刃本体2と動刃本体3とで同様となる。そこで、図4〜図7の説明にあたっては、静刃本体2を挙げて説明するが、これと同様の工程を動刃本体3の製造のためにも行うものである。
先ずは、原材料であるステンレス鋼板を用意し、例えばこれを所定の型により打ち抜くなどすることで、図4(a)に示されるように、静刃体部原型2a’と、柄部原型2b’を得る。静刃体部原型2a、柄部原型2b’は、その後の加工により、図1に示した静刃体部2a、柄部2bとなるものであるが、この段階では、図示する平面形状のみが、図1に示す静刃体部2a、柄部2bと同様となっている板状とされる。
理容鋏に関する一般的なこととして、切断性能が特に重視されることから、刃が形成される部位については一定以上の硬度が必要とされる。これに対して、業務として頻繁に人が持つことになる柄部の側については、例えば耐食性のあることが重要視される。このために、刃が形成される部位については、例えばマルテンサイト系ステンレス鋼を使用し、柄部の側については、オーステナイト系ステンレス鋼を使用するというように、同じステンレス鋼であっても、それぞれの要求に応じて異なる材質を使用することがしばしば行われている。そこで、本実施形態としても、刃が形成される部位の原型である静刃体部原型2a’と、柄部側の部位の原型である柄部原型2b’とで、それぞれ異なる材質から取ることとしているものである。なお、静刃体部原型2a’と柄部原型2b’の材質としては、上記したものに限定されるものではなく、他の材質が用いられても構わないものであり、場合によっては同じ材質を用いることもできる。また、同じ材質であれば、はじめから静刃体部原型2a’と柄部原型2b’とが一体化されたかたちで鋼板などからの打ち抜きを行うようにしても構わない。
【0011】
そして、上記のようにして用意した静刃体部原型2a’と柄部原型2b’との接合すべき部分を合わせて溶接などを行う。これにより、図4(b)に示すようにして、静刃体部原型2a’と柄部原型2b’とが接合されて一体化された、本体母材2’が形成される。この本体母材2’が静刃本体2の原型となるものである。
【0012】
上記のようにして本体母材2’を形成した後においては、未だ板状となっている静刃体部原型2a’の部分について刃を形成していく工程を施すようにされる。
ここで、図5(a)には、図4(a)のB−B矢視による静刃体部原型2a’の断面を示している。この図に示される静刃体部原型2a’の断面形状からも理解されるように、この段階での静刃体部原型2a’は、未だ刃が形成されておらず、打ち抜きの板状のままとなっている。そこで、この静刃体部原型2a’の表面を、例えば図5(a)の破線により示す外形となるようにして研削を行っていくようにされる。
なお、このような研削の工程は、例えば図6に示すようにして、円環砥石100といわれる工具を用いるようにされる。この円環砥石100の内周壁側に対して、静刃体部原型2a’を宛がって、その宛がう角度や強さなどについて調節を行いながら研削を行っていくようにされる。
そして、このようにして研削の工程を行うことで、最終的に図5(b)に示すようにして、表面側において、徐々に厚みが少なくなって端部において鋭角が形成される形状の断面を形成するようにされる。この段階で、刃表21としての粗形状が形成された静刃体部2aが用意されたことになるものである。
【0013】
上記のようにして静刃体部2aについて刃表21の粗形状を与えたとされると、この後においては、この静刃体部2aについて、その長手方向(刃端に沿う方向)に沿って、刃裏側に湾曲させるような形状で全体に反りを与えるようにされる。このような反りは、例えば静刃体部2aの部分を叩くなどの作業工程により形成する。
このような反りを静刃体部2aと動刃体部3aに与えることで、例えば完成品として静刃本体2と動刃本体3とが枢着された状態では、静刃体部2aと動刃体部3aとが、それぞれに形成された反りにより、相手方の刃体部と相互に押し合う力が働くようにされる。先の図2においては、静刃体部2aと動刃体部3aの刃裏側にて反りによる隙間が生じている状態を示すことにより、イメージとして、上記の力の働きのあることを表している。
上記のようにして静刃体部2aと動刃体部3aとで相手方の刃体部と相互に押し合う力は、「触圧」といわれる。この触圧により、静刃体部2aと動刃体部3aの刃端部に挟まれたものを切断する機能、能力が生じる。換言すれば、上記の反りは、触圧を生じさせて鋏としての切断能力が生じることを目的として形成するものである。
【0014】
また、静刃体部2aについて刃表21の粗形状を与えた後においては、裏スキといわれる工程も行う。
この裏スキは、静刃体部2aの刃裏22となる側の面において、例えばその周辺縁部より内側に対して、図7の断面図に示すように、凹状に湾曲させた形状を与えることをいい、例えば、刃裏22の面を研磨する作業によって上記の形状を得るようにされる。
例えばこのようにして裏スキにより凹部が形成された完成品の理容鋏1では、閉じ操作を行ったときに、静刃体部2aと動刃体部3aのそれぞれの刃先(刃端部)同士のみが接触するようになる。このようにして刃先同士のみが相互に押し合いながら接触するようにされることで、上記の反りによる切断能力が有効に発揮され、良好な切断を行える。
仮に裏スキによる凹部を形成しないとすると、静刃体部2aと動刃体部3aの刃裏の面同士で接触することになり、刃先同士が相互に押し合う動作が得られにくくなり、従って、切断能力も不充分になってしまう。
【0015】
これまでに述べてきた工程をひととおり完了したとされる段階で、静刃本体2としては、刃部分(静刃体部2a)の粗形状が完成したことになる。また、先にも述べたように、ここまでの工程は、動刃本体3側についても同様にして行うようにされる。従って、ここでの作業手順として、これまでの工程を静刃本体2、動刃本体3の両方について完了させたものとすれば、この段階にて、刃部分の粗形状が完成された静刃本体2、及び動刃本体3が用意されたことになる。そして、この次の工程としては、静刃本体2と動刃本体3のそれぞれについて、いわゆる「刃付け」といわれる作業を行うようにされる。つまり、先にも図3にて述べたように、静刃本体2側の静刃体部2aには「鋭刃」を形成し、動刃本体3側の動刃体部3aには「鈍刃」を形成するものである。
【0016】
なお、実際においては、例えば刃付けに至るまでの工程で、刃体部の刃端以外の部分であるとか、柄部2b、3bや薬指孔部3b、母指孔部3cなどの仕上げ加工、さらには小指掛2dの取り付けと仕上げ加工などが行われるのであるが、このような工程については、説明を省略した。
【0017】
刃付けの工程としては、先ず、「表研ぎ」といわれる工程と、「裏研ぎ」といわれる工程とを行うようにされる。この「表研ぎ」と「裏研ぎ」は対となる工程であり、例えば下記のようにして行う。なお、刃付けの工程にあって、この「表研ぎ」と「裏研ぎ」の工程については、静刃体部2aと動刃体部3aとで同様にして行う。下記の説明としては静刃体部2aを加工する場合を例に挙げておく。
【0018】
対となる表研ぎと裏研ぎの工程を行うのにあたり、先ずは、表研ぎのほうを行うようにされる。
この表研ぎは、例えば図8(a)に示すようにして、研磨面TMに対して、静刃体部2aの刃表21側の刃端部2eを宛がい、イメージとして、研磨面TMに刃表側の刃先端部側の角度をほぼ合わせるよりは、少し刃先を立てる(つまり、静刃体部2aの姿勢を立て気味にする)ようにした姿勢状態とする。そして、静刃体部2aの刃端部2eと研磨面TMとの間に押圧力を適宜与えながら、相対的には、静刃体部2aを研磨面TMに対して白抜きの矢印Fで示す方向に移動させるようにして研ぎを行うようにされる。この研ぎ作業を、例えば或る程度まで刃先が鋭利となるように必要回数行うようにされる。
【0019】
上記のようにして、表研ぎを行ったとされると、刃端部2eの先端となる刃先は鋭利になってくるが、図8(b)において矢印Sにより示すようにして、刃先においては、刃裏側に反ってくるようにして、例えばバリなどといわれる部分が形成される。
【0020】
そこで、上記の表研ぎに対応した作業として、刃裏22側から研ぎを行うことで、バリを取りつつ、より刃先を鋭利に形成するための裏研ぎを行うようにされる。
この裏研ぎは、図8(c)に示すようにして、刃裏22の側の刃端部2eを研磨面TMに対して宛がい、イメージとして、このときにも、研磨面TMに対して、刃裏22側を水平に置いた状態よりも、少し刃先を立てるようにした姿勢状態とする。そして、この場合にも、静刃体部2aの刃端部2eと研磨面TMとの間に押圧力を適宜与えながら、相対的には、静刃体部2aを研磨面TMに対して白抜きの矢印Gで示す方向に移動させるようにして研ぎを行う。また、この研ぎ作業についても、上記のバリが取り除かれて、必要なだけの鋭利さが刃先に得られるまで、必要回数を行うようにされる。
【0021】
なお、必要に応じて、上記図8により説明した「表研ぎ」→「裏研ぎ」からなる1セットの工程を、必要に応じて複数回行うようにされてもよい。また、このときに、より鋭利できれいな刃先を形成することなどを目的として、適宜、例えば研磨面TMの粗さについての番手の変更、あるいは研磨面TMを形成する砥粒の種類の変更などを行うようにしてもよい。
【0022】
また、上記の表研ぎ、裏研ぎの工程の実際として、本実施形態では、作業者が静刃本体2を手に持ちながら、研磨機を使用して、手作業によって研ぎを行うものとされる。このような手作業により表研ぎ、裏研ぎを行う場合においては、上記の研磨面TMは、例えば円盤状の砥石や、ベルトグラインダーなどといわれる研磨機のベルトの面などとなる。
【0023】
そして、上記した表研ぎ、裏研ぎの工程を完了すると、静刃体部2aの刃端部2eにおいては、鋭刃としての粗刃(ここでは仕上げ前の状態の刃のことを指している)が形成されることになるものである。
また、上記と同じ工程を動刃体部3側についても施すことにより、動刃体部3aの刃端部3eにおいても、同じく、鋭刃としての粗刃が形成される。
【0024】
そして、上記のようにして表研ぎ、裏研ぎの工程が完了したとされると、続いては刃の仕上げの工程に移ることになる。この刃の仕上げ工程として、静刃体部2aの刃端部2eについては、先に図3により示した鋭刃としての完成状態を形成して仕上げるようにされる。一方、動刃体部3aの刃端部3eについては、同じ図3に示した鈍刃を形成して完成状態に仕上げるようにされる。
【0025】
先ず、静刃体部2aのほうの鋭刃の仕上げ形成について、図9を参照して説明する。図9(a)(c)(d)は研磨面110を平面からみたときの研磨面110と静刃体部2aの位置関係の様子を示し、図9(b)は、図9(a)のC−C矢視により静刃体部2aを切断してみたと仮定した場合の、研磨面110と静刃体部2aの位置関係の様子を示している。
この鋭刃の仕上げ形成には、つまり、静刃体部2aの刃端部2eをバフといわれる道具により磨く、いわゆるバフ掛けという工程を行う。この場合のバフは、例えば全体としては円柱となる形状で、この円柱形状における側面に相当する部分が、図9に示される研磨面110となる。そして、この研磨面110は、布などの軟質な所定の材質から成り、必要に応じて、仕上げに好適な微細な研磨材がまぶされる。なお、ここでのバフが、本願発明における仕上げ研磨体となる。
また、バフは、その円柱形状の円形面における中心を回転軸にして例えば図9(a)〜(d)における矢印Aとして示す方向に回転させておくようにされる。これにより、その研磨面110としても、矢印Aに示す方向に沿って移動することになる。なお、ここでは、この矢印Aに沿った研磨面110の移動方向を「研磨方向A」ともいうことにする。
【0026】
そして、鋭刃の仕上げ形成のためのバフ掛け作業にあたっては、始めに、下記のようにして静刃体部2aの刃端部2eを研磨面110に宛がうようにされる。
つまり、先ず図9(a)(b)に示すようにして、研磨方向Aが刃表21から刃裏22に向かうようにする。また、静刃体部2aについての刃端部2eを支点とした立て具合としては、図9(b)に示すようにして、バフの円形の中心を通る直線L1にほぼ沿って直立させるようにする。また、平面から見た姿勢としては、図9(a)に示すようにして、研磨方向Aと直交する直線Lxと、静刃体部2aの刃表21側の刃渡りに沿った線とが交差して形成される角について、角度aとしての鋭角が形成されるようにする。つまり、静刃体部2aの刃先側を研磨方向Aの先のほうに向け、これに対して刃元側を相対的に研磨方向Aの後ろのほうに向けた姿勢とする。なお、この角度aは、例えば約45°とされるが、本実施形態の実際として、この作業は作業者が手作業によりで行うものであり、従って、厳密には、本実施形態の理容鋏1として求められる切れ味、切断性能が発揮されるようにして、作業者の微妙な感覚により設定されるものである。
【0027】
そして、この姿勢により、適当な力を加えて静刃体部2aの刃端部のほうを研磨面110に押し当てながら、図9(a)から図9(c)、さらに図9(d)への遷移として示すように、静刃体部2aを、矢印Bで示されるようにして刃元側を引いてくるようにして移動させるものである。
例えば、この図9に示されるバフ掛けの手順を、必要により研磨剤の粗さなどに応じて研磨面110を変えるなどしたうえで或る回数繰り返すことにより、鋭刃として必要な鋭利さを得るようにされる。
【0028】
ここで、鋭刃としての切れ味を与えるバフ掛け工程について比較するために、通常のブラントカットといわれるカットを行うための鋏を作ることとした場合の静刃体部2aについてのバフ掛け工程を図10に示しておく。なお、図10(a)は研磨面110を平面からみたときの研磨面110と静刃体部2aの位置関係の様子を示し、図10(b)は、図10(a)のD−D矢視により静刃体部2aを切断してみたと仮定した場合の、研磨面110と静刃体部2aの位置関係の様子を示している。
【0029】
このブラントカット用の鋏の場合にも、図10(a)(b)に示すようにして、研磨方向Aが刃表21から刃裏22に向かうようにする点では同じである。しかし、静刃体部2aの立て具合としては、図10(b)をみてよく分かるように、バフの円形の中心を通る直線L1にほぼ沿って直立させるのではなく、例えば直線L1と刃裏22に沿った直線とにより、或る角度cが与えられるようにして、刃表21側に傾けるようにされる。この傾きは、刃端部2eにおける刃表21側の端面部を研磨面110に合わせるイメージ、感覚で静刃体部2aを置くことで得られるものである。さらに、平面から見た姿勢としては、図10(a)に示すようにして、静刃体部2aの刃表21側の刃渡りに沿った線は、研磨方向Aとほぼ直交するようにされる。
そして、このような位置姿勢により、静刃体部2aの刃端部2eについて満遍なくバフ掛けを行うことで、鋭刃を仕上げるものである。なお、ブラントカット用の鋏の場合には、残る動刃本体の動刃体部のほうについても、同様にして鋭刃を形成するものである。
【0030】
上記図10と比較して分かるように、本実施形態の理容鋏1における鋭刃の仕上げ工程(図9)は、通常の鋭刃を形成するための工程とは異なっていることが分かる。なお、これら図9、図10により説明したそれぞれの仕上げ工程により形成された鋭刃についての切断性能、切れ味の相違については後述する。
【0031】
次に、動刃体部3aにおける鈍刃の仕上げ形成について、図11、図12を参照して説明する。図11(a)(c)は研磨面110を平面からみたときの研磨面110と動刃体部3aの位置関係の様子を示し、図11(b)は、図11(a)のE−E矢視により動刃体部3aを切断してみたと仮定した場合の、研磨面110と動刃体部3aの位置関係の様子を示している。また、図12は、図11(b)に示される動刃体部3aの刃端部3eの周囲部分を拡大したときのイメージを示した図である。
【0032】
この動刃体部3aにおける鈍刃の仕上げに関しても、静刃体部2aにおける鋭刃の仕上げ形成の場合と同様にして、バフ掛けの作業により行うものとされる。
そして、鈍刃の仕上げ形成のためのバフ掛けにあたっての動刃体部3aの研磨面110への宛がい方としては、先ず、図11(a)(b)に示すようにして、研磨方向Aが刃裏32から刃表31に向かうようにする。これは図10により説明した研磨面110に対する静刃体部2aの当て方とは反対の向きとなるものである。
また、動刃体部3aについての刃端部3eを支点とした立て具合(傾け具合)は、図11(b)に示すようにして直立させるのではなく、刃表32側に一定角度分、傾けるようにする。つまり、バフの円形の中心を通る直線L1と刃裏32に沿って形成される直線L2との間に、鋭角としての角度eが形成されるようにする。
また、平面から見た姿勢としては、図11(a)に示すようにして、研磨方向Aと直交する直線Lxと、動刃体部3aの刃表21側の刃渡りに沿った線とが交差して形成される角について、角度bとして示す所定の鋭角が形成されるようにする。つまり、動刃体部3aの刃先側を研磨方向Aの先のほうに向け、これに対して刃元側を相対的に研磨方向Aの後ろのほうに向けた姿勢とする。例えば、静刃体部2aとの比較では、図9(a)と図11(a)とを比較して分かるように、互いに、研磨方向Aに沿った研磨面110の中心線に対して対称となるような配置となる。
【0033】
そして、上記の姿勢により、動刃体部3aの刃端部3eを研磨面110に対して適当な力で押し当てるようにしながら、図11(a)から図11(c)への遷移として示すように、動刃体部3aを、矢印Cで示されるようにして刃元側を引いてくるようにして移動させる。
【0034】
上記のようにして動刃体部3aのバフ掛けを行っているとき、その刃端部3eは、図12において模式的に示すように、先ず刃裏32側に研磨面110が当たり、その後に研磨方向Aに従って研磨面110が移動していくのにつれ、刃表側に抜けていくようにされる。
このようにして研磨面110が刃端部2eを研磨することで、刃端部2eにおいては、刃裏32側から突端の角部が磨き取られていくようにされ、この結果、図3においても示しているように、刃端部2eの突端において微細に円味が与えられることになる。つまり、本実施形態としての鈍刃が形成されていく。
そして、この場合においても、例えば、必要により研磨剤の粗さなどに応じて研磨面110を変えるなどしたうえで、図11に示した工程を或る回数繰り返すことにより、鈍刃として求められる仕上げ状態を得るようにされる。
【0035】
なお、この鈍刃の仕上げ形成にあたっては、研磨方向A(即ちバフの回転方向)に対して逆らうようにして動刃体部3aを当てることになるので、研磨が行われているときに動刃体部3aにかかる抵抗力は、例えば図9のようにして鋭刃を仕上げ形成する場合と比較して非常に大きくなる。このために、例えば鋭刃の仕上げ形成のときと同じバフの回転速度で鈍刃の仕上げ形成を行おうとすると、動刃体部3aをバフに当てた状態での適正な位置姿勢を保つことが難しくなり、結果、鈍刃を思うように仕上げることも難しくなる。
そこで、研磨方向Aの進行速度、つまりバフの回転速度は、図9に示した鋭刃を仕上げ形成するときと比較して、より低速に設定する。例えばバフ掛け装置についてバフを回転させるモータの速度を可変可能に構成すれば、1つのバフ掛け装置により静刃体部2aの鋭刃と動刃体部3aの鈍刃を仕上げ形成することが可能となる。
【0036】
これまで説明してきた工程により、静刃本体2の刃端部2eの鋭刃と、動刃本体3の刃端部3eの鈍刃とについての仕上げ形成が完了したことになる。そして、ここでまでの工程を経たことで、静刃本体2、動刃本体3の各本体については完成したことになる。
そこで、先に図1によっても述べたように、このようにして完成した静刃本体2と動刃本体3とをネジ4により枢着するようにして相互の取り付けを行う。これにより、本実施形態の理容鋏が完成したことになる。むろん、このようにして完成した後も、なんらかの修正加工など、より万全な完成の状態を得るための加工などは必要に応じて行われてよいものである。
【0037】
図13は、上記のようにして完成した本実施形態の理容鋏1により髪をカットするときの状態遷移のイメージを示している。
先ず、図13(a)に示すようにして、理容鋏1を開いて刃端部2e、3eの間に空間を形成し、ここに髪130を挟み入れるようにする。なお、ここでは図示を簡単で分かりやすいものとすることの都合上、髪130としては2本のみを示しているが、実際にはより多くの本数の髪の毛の束を同様にしてカットできるものである。
上記図13(a)に示すようにして髪130を刃端部2e、3eの間に入れたら、次は、図13(b)→図13(c)→図13(d)への遷移として示すようにして、徐々に理容鋏1を閉じていくようにされる。
このようにして本実施形態の理容鋏1が閉じられていくのに応じては、例えば図13(b)から図13(c)への遷移としても示すように、髪130が、刃先のほうに逃げていくようにして動いていくようにされる。つまり、刃端部2e、3eの閉じ部分にかかったときに直ぐに切れてしまうのではなく、刃端部2e、3eが閉じられていくのに応じて刃先側に滑るようにして押しやられていくものである。そして、この後において或る程度まで理容鋏1の閉じが進んでいくのに応じて、或る段階にて、図13(d)に示すようにして、髪130が切断されることになる。
そして、このようにしてカットされた髪130は、図14に示される状態が得られる。つまり、例えば髪130に設定した仮想の水平線Lhに刃端部を沿わせるようにしたうえで鋏を閉じていくようにしてカットを行ったとしても、カットのときに刃先側に逃げていった分に応じて、破線Rに沿ったアウトラインが得られるものである。つまり、髪の長さが一様にならずに不揃いなものとなる。
上記図14に示されるカットの状態は、いわゆるスライドカットというカット技法により得られるものである。つまり、本実施形態の理容鋏1によっては、単純に鋏の閉じ操作を行うだけでも、スライドカットが行える。換言すれば、これまでよりも高い技能を要さなくとも、スライドカットを容易に行える。
【0038】
このようにしてスライドカットを行うことのできる本実施形態の理容鋏1は、先に本出願人が出願した特許文献1に記載される理容鋏からさらに改良を施したものである。
その改良点としては、カットをするときの髪の毛の引っかかりがさらに軽減され、図13により説明した鋏の閉じ操作に応じた髪の毛の逃げをスムーズにしたことである。このことが、上記したように、ほぼ単純な閉じ操作のみによっても容易にスライドカットを行うことを可能としているものである。
また、閉じ操作に応じた髪の毛の逃げが良好になったとしても、スライドカットに充分な切断能力が失われてはならない。つまり、本実施形態の理容鋏1は、鋏の閉じ操作に応じた髪の毛の逃げを非常にスムーズに行いながらも、この逃げていく髪の毛は良好に切断されていく、という微妙なバランスを保つことが必要とされる。しかし、本実施の形態の理容鋏1は高いレベルでこの点をクリアしている。これは、既に現実の試作品でも確認されていることである。
【0039】
本実施形態の理容鋏1において、髪の毛の引っかかりが少ないことの大元の要因は、鋭刃と鈍刃を組み合わせたことにあるが、これは、特許文献1に記載の理容鋏についても同様のことがいえる。そのうえで、本実施形態の理容鋏1としては、髪の毛の引っかかりをさらに軽減してより良好なスライドカットが行えるようにするために、鋭刃については、先に図9にて説明した仕上げ形成を行うこととし、鈍刃については、先に図11、図12にて説明した仕上げ形成を行うこととしたものである。
このような鋭刃、鈍刃の仕上げ形成を行ったことで、例えば鋭刃が形成される刃端部2eと、鈍刃が形成される刃端部3eには、図15において斜線により模式的に示しているように、仕上げ形成時のバフ掛けのときの研磨方向Aと、刃を引き抜いた方向(矢印B、C)(図9、図11参照)に応じて、微細な斜め方向の研ぎ目が形成されるイメージとなる。このようにして刃端部2e、3eにおいて斜めに研ぎ目が形成されることで、刃端部2e、3eに挟まれた髪は、刃先のほうに逃げやすくなるようにされているものである。
ちなみに、例えば図10に示したブラントカットのための鋏のバフ掛け工程によっては、刃端部2eに沿った線に対して垂直となるようなイメージで研ぎ目が形成される。このような研ぎ目が形成された刃端部2eと、本実施形態のようにして斜めに研ぎ目が形成された刃端部2eとでは、同じ鋭刃であっても、充分な切断能力は有したうえで、本実施形態の刃端部2eのほうがはるかに引っかかりが少ない。このことは、発明者が実際に確認していることである。
【0040】
さらに、上記のようにして髪の毛の逃げを改善しながら、良好な切断性能を獲得することも両立するために、本実施の形態では、鈍刃を形成する工程を、特許文献1に示されるものから根本的に変更したものである。
つまり、特許文献1にあっては、図10(c)に示されているように、鈍刃を形成するために、一度、刃裏面に略直角を為す微少幅な被研磨面26を刃線に沿って形成することとしている。そのうえで、図10(d)に示すようにして研磨材Dに対して刃裏面をほぼ垂直に立てた状態で刃裏から刃表にかけて研磨することで、刃裏の角に円味を与えているものである。この場合には、図10(c)の工程により、一度、刃をつぶすような研磨を行っているということがいえる。このような工程の後に研磨すれば、本実施形態の図11、図12により示した工程と比較して、より容易に刃端部に円味を形成することはできる。特許文献1の場合には、研磨材Dに対して刃裏面をほぼ垂直に立てればよいのに対して、本実施形態では、これよりもさらに刃裏側がより手前に向くようにして研磨面110との角度を与えることになるから、本実施形態のほうが、特に手作業による研磨では在る程度の技術を要するといえる。
しかし、特許文献1の手順により形成される鈍刃は、上記もしたように、一度、つぶすようにして研磨した刃に円味を付けて形成されるものとなるため、円味としては相応に緩やか、大まかなものとなり、鋭刃と組み合わされて完成品とされた場合には、切れ味が必要以上に鈍くなる傾向があったものである。この問題を解消しようとすると、例えば鈍刃、鋭刃の双方について、その刃付けの修正作業などに必要以上の神経を払ったり、手間を掛けたりすることになる。なお、確認のために述べておくと、特許文献1の場合には、鈍刃の形成にあたって、本願の図11(a)(c)に示すような矢印C方向に刃を引き抜くことを行っていないので、この点で、円味が大きめであるからといって、髪の毛の逃げに関しては本実施形態の鈍刃よりスムーズである、ということには必ずしも成らないものである。
これに対して、本実施形態の場合であれば、図11、図12などに示される鈍刃を形成する工程の内容そのものは、上記もしたように或る程度の熟練した技術は要するものの、刃をつぶすことなく、ほぼ鋭刃に近い状態から円味を形成していくようにされるために、形成される円味は充分でありながらも相応に微細であり、従って、鋭刃との組み合わせにより髪の毛をカットするときには、先のようにして、髪の毛の逃げが改良された上で、良好な切れ味が獲得されているものである。
また、工程数からみれば、本実施形態では、特許文献1における被研磨面26を形成するための工程が省かれることになる。従って、特に本実施形態の鈍刃を形成する作業に熟練して慣れてくれば、本実施形態のほうが製造効率は大幅に向上するものである。
【0041】
そして、このようにして髪の毛の引っかかりの軽減と良好な切れ味とが両立されるようにして改良されたことで、本実施形態の理容鋏1としては、上記したように単なる閉じ操作だけでスライドカットが容易に行えるようになったほかにも、下記のような効果が得られることとなった。
先ず、スライドカットなどを行うのにあたっては、髪を濡らすことなく、乾いたままの状態で行うことが可能になった。スライドカットは、本来は鋏をスライドさせながらカットするので髪が引っ張られやすく、従って髪の毛も傷みやすいという問題があった。しかし、本実施形態の理容鋏1であれば、髪の毛にほとんど引っかかりを生じることなく、かつ良好な具合でカットすることができる。これにより、髪の毛を濡らさなくとも、いわゆるドライといわれる、髪が濡れていない(乾いた)状態のままでカットを行うことが可能となったものである。髪が乾いたままの状態でカットができれば、理容師にとっては、カットによるヘアスタイルのイメージをすぐに確認できることになり、作業をしやすくなる。
また、髪の毛の引っかかりがほとんどなくなるということは、髪の毛をカットされている人にとっては、髪の毛が引っ張られることによる痛みであるとか不快感を味わうことがない、ということになる。そこで、理容師の技術にもよるが、これまでにおいては、髪の毛を引っ張りがちであったカット技法を、本実施形態の理容鋏1を用いて、髪の毛をカットされている人に不快感を与えることなく行えることができるようになった。一例として、鋏の刃先で髪を挟んで引っ張り加減で切るようにして髪の間引きを行うようなカット技法があるが、これを本実施形態の鋏により行うようにすれば、或る程度の髪の毛の逃げを伴ってカットされる状態となるので、髪の毛をカットされている人はほとんど髪を引っ張られた感じを持たない。
【0042】
なお、これまでの説明にあっては、本願発明に基づく理容鋏1の製造については、例えば職人などの作業者が手作業で行うことを前提にしていたのであるが、本願発明としては、例えばこれまでに説明した理容鋏の製造工程を、人手によるのではなく、工作機械、ロボットなどにより行うこととした場合にも適用されるべきものである。
例えば、図9、図11などにより説明した鋭刃、鈍刃の仕上げ工程などは、静刃本体2、動刃本体3を機械などに固定したうえでバフなどに宛がうようにすれば、人手によらず行うことができる。このときに、研磨面110に対して矢印B、若しくは矢印C方向に静刃本体2、動刃本体3を移動させる工程を行うのにあたっては、静刃本体2又は動刃本体3を固定したうえで、研磨面110のほうを移動させるような形態を採っても構わない。つまり、研磨面110との相対的な位置関係として、静刃本体2又は動刃本体3が矢印B、若しくは矢印Cで示される方向に移動するようにされていればよいものである。
また、上記実施形態にあっては、静刃側に鋭刃を形成し、動刃側に鈍刃を形成することとしているのであるが、これとは逆に、動刃側に鋭刃を形成し、静刃側に鈍刃を形成することとしてもよい。また、メガネ型などといわれ、2つの刃本体の指環部分(薬指孔部、母指孔部の周囲部分)が同じ形状で、例えば小指掛けなどが形成されていないタイプの鋏もあるが、このような型の鋏にも本実施形態により製造された鋏を適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施形態としての理容鋏を平面方向より示す図である。
【図2】実施形態の理容鋏を側面より示す図である。
【図3】実施形態の理容鋏の刃端部を拡大して模式的に示す図である。
【図4】実施形態における刃本体(静刃本体、動刃本体)の母体を製造する工程例を説明するための図である。
【図5】実施形態における刃体部(静刃体部、動刃体部)の粗形状を形成する工程例を説明するための図である。
【図6】実施形態における刃体部(静刃体部、動刃体部)の粗形状を形成するために円環砥石を使用する場合の作業例を説明するための図である。
【図7】実施形態における裏スキの工程例を説明するための図である。
【図8】実施形態における刃体部(静刃体部、動刃体部)の表研ぎと裏研ぎの工程例を説明するための図である。
【図9】実施形態における鋭刃の仕上げ形成のための工程例を説明するための図である。
【図10】ブラントカット用の場合における、鋭刃の仕上げ形成のための工程例を説明するための図である。
【図11】実施形態における鈍刃の仕上げ形成のための工程例を説明するための図である。
【図12】実施形態における鈍刃の仕上げ形成のときの研磨面と刃端部との状態を、拡大して模式的に示す図である。
【図13】実施形態の理容鋏により髪をカットするときの様子を示した図である。
【図14】図13に示すようにしてカットされた髪の様子を示す図である。
【図15】実施形態の理容鋏の刃端部に形成される研ぎ目を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0044】
1 理容鋏、2 静刃本体、2a 静刃体部、2e 刃端部、3 動刃本体、3a 動刃体部、3e 刃端部、4 ネジ、21・31 刃表、22・32 刃裏、100 円環砥石、110 研磨面、130 髪
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば頭髪を切る(カットする)のに使用する理容鋏の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
先に本出願人は、特許文献1として挙げるようにして、スライドカットといわれるカット(髪の毛の切断)技術に好適とされる理容鋏についての発明を出願している。
この特許文献1に記載されている理容鋏は、2本の刃体を枢着してなるもので、その特徴として、先ず、一方の刃体については、一般的なカット鋏の刃と同様に、髪に刃を立てた状態で前記刃体を刃裏方向に摺動させると、髪に対して引っかかりが生じるようにして刃を形成している。これに対して、他方の刃体については、刃裏側の角を取って円味を付けるようにして形成することで、同じく髪に刃を立てた状態で摺動させたときには髪に引っかかりを生じずに滑るようにされている。そして、このような理容鋏により、スライドカットとしての操作、例えば、理容鋏に髪を挟んで閉じさせていきながら、鋏を滑らせるように移動させていくという操作を行うと、髪が刃に引っかかるようなことがなくなる。これにより、例えば、最後まで鋏を抜ききるようにして髪をカットできるようになり、途中で鋏を開き直すような操作は行わなくてもよくなる。つまり、スライドカットが容易に行えるようになる。
【0003】
【特許文献1】特開2003−53061号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明としては、上記の特許文献1に記載される理容鋏を基にして、これを改良し、スライドカットなどの技法に適った、より良好な髪の滑り(逃げ)を伴って髪をカットできる理容鋏を得ることを、その課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願の発明者でもある上記の特許文献1の発明者は、この特許文献1による理容鋏を発明した後においても、特許文献1の理容鋏を基として改良を図っていたのであるが、ここにきて、1つの結果が得られたものである。そして、この改良の所産を、本願発明に対応する課題を解決する手段として、下記のようにして提案する。
つまり、第1の刃本体部と第2の刃本体部を組み合わせて成る理容鋏の製造方法に関して、第1の刃本体部において刃が形成される部位となる第1の刃体部に刃付けを行うための工程として、第1の刃体部の刃表を研ぐ第1の表研ぎ工程と、第1の刃体部の刃裏を研ぐ第1の裏研ぎ工程と、第1の表研ぎ工程と第1の裏研ぎ工程の後において行うもので、仕上げ研磨体の研磨方向が上記第1の刃体部の刃表から刃裏に向かうようにされ、第1の刃体部の刃先側が研磨方向の先側で、第1の刃体部の刃元側が上記研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら第1の刃体部を刃元側に引いていくのと同等の仕上げ研磨体と第1の刃本体部との間での相対的な位置移動が行われるようにする第1の仕上げ工程とを行うようにされる。また、第2の刃本体部において刃が形成される部位となる第2の刃体部に刃付けを行うための工程として、第2の刃体部の刃表を研ぐ第2の表研ぎ工程と、第2の刃体部の刃裏を研ぐ第2の裏研ぎ工程と、第2の表研ぎ工程と第2の裏研ぎ工程の後において行うもので、仕上げ研磨体の研磨方向が上記第2の刃体部の刃裏から刃表に向かうようにされ、仕上げ研磨体の研磨面に対応するとされる水平面と、刃表の面とが所定の鋭角を成すようにされ、第2の刃体部の刃先側が研磨方向の先側で、第2の刃体部の刃元側が研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら第2の刃体部を刃元側に引いていくのと同等の仕上げ研磨体と第2の刃本体部との間での相対的な位置移動が行われるようにする第2の仕上げ工程とを行うこととした。
【発明の効果】
【0006】
上記した構成を採ることとした結果、本願発明の製造方法により製造した理容鋏としては、髪をカットする操作を行ったときに、よりスムーズな髪の滑り、逃げを生じた状態で髪がカットされていくようになった。これにより、理容師などの理容鋏の使用者は、これまでよりも、さらに容易に、また、上手にスライドカットなどの技法を用いて髪をカットすることができる。
また、上記のようにして、よりスムーズな髪の滑りを伴うカットが行えるようになったことで、髪の毛をカットしているときに、その髪の毛が引っ張られてしまうこともほぼ完全になくなった。理容師が髪の毛をカットするときには、不用意に髪の毛を引っ張って、髪の毛をカットしてもらっている人に痛みや不快感を与えないように配慮しなければならないが、本願発明の製造方法により製造した理容鋏であれば、必要以上に注意を払わなくとも、髪を引っ張ってしまうようなことは防がれる。また、髪を引っ張りながら切るような状態ではなくなることで、カットによる髪の傷みがなくなるという効果も得られることとなった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以降、本願発明を実施するための最良の形態(以下、実施形態という)について説明を行っていくこととする。
図1、図2は、本実施形態としての理容鋏の製造(生産)方法により製造された、完成品としての理容鋏1の外観例を示す。図1は、平面図であり、図2は、側面図である。
これらの図に示されるように、本実施形態に対応する理容鋏1は、静刃本体2と動刃本体3とを、ネジ4により枢着するようにして組み合わせることで、その全体形状が得られるようになっている。
そのうえで、図1に示されるように、静刃本体2は、静刃体部2aと柄部2bとの部位から成る。静刃体部2aの長手方向に沿った内側のエッジ部は刃端部2eとされ、この刃端部2eには、後述する工程により「鋭刃」が形成される。また、柄部2bのほうには、薬指を入れるための薬指孔部2cが形成され、また、薬指孔部2cの外側には、鋏の保持を安定させるために小指を添える部位である小指掛2dが設けられている。
一方の動刃本体3も、動刃体部3aと柄部3bとの部位から成る。ただし、この動刃体部3aの長手方向に沿った内側の上記刃端部2eと合わさる側のエッジ部である刃端部3eには、後述する工程により、「鋭刃」ではなく「鈍刃」が形成される。また、柄部3bのほうには、母指(親指)を入れるための母指孔部3cが形成される。
【0008】
図3は、図1におけるA−A矢視による断面を示している。この図により、上記の「鋭刃」と「鈍刃」とについて、その断面形状についての区別をしておくこととする。
この図においては、上側において動刃本体3の動刃体部3aが示され、下側において静刃本体2の静刃体部2aが示されている。理容鋏1が閉じられていくのに応じては、動刃体部3aと静刃体部2aは、一点鎖線Loに対応する平面にて、刃端部3e、2e側から刃裏同士が摺り合っていくようにして閉じ重なっていくようにされるものである。
そのうえで、静刃体部2aの刃端部2eは、図示するようにして、その先端部が頂角となる鋭い形状に形成されている。これに対して、動刃体部3aの刃端部3eの先端部は、上記の頂角を鈍らせたような丸みのある形状となるように形成されている。このような形状の対比から、ここでは、静刃体部2aのほうに形成される刃を「鋭刃」といい、動刃体部3aの刃端部3eに形成される刃を「鈍刃」というものである。
なお、確認のために述べておくと、図3に示される静刃体部2aと動刃体部3aの断面形状は、あくまでもイメージによる模式的なものであり、実際においては、刃端部2e、3eの刃先となる先端部分の各々は、非常に微細な加工により鋭刃と鈍刃が形成されるものである。
【0009】
そして、上記のような鋭刃と鈍刃が形成される理容鋏1を使用することによっては、例えばスライドカットといわれるカット技術がさらに容易に行えるようになることをはじめ、後述するようにしていくつかの新たな効果を生む。
【0010】
そこで、以降、本実施形態として、上記の理容鋏1を製造するための方法例について説明を行っていくこととする。なお、以降の説明にあたり、図4〜図7により説明する工程は、静刃本体2と動刃本体3とで同様となる。そこで、図4〜図7の説明にあたっては、静刃本体2を挙げて説明するが、これと同様の工程を動刃本体3の製造のためにも行うものである。
先ずは、原材料であるステンレス鋼板を用意し、例えばこれを所定の型により打ち抜くなどすることで、図4(a)に示されるように、静刃体部原型2a’と、柄部原型2b’を得る。静刃体部原型2a、柄部原型2b’は、その後の加工により、図1に示した静刃体部2a、柄部2bとなるものであるが、この段階では、図示する平面形状のみが、図1に示す静刃体部2a、柄部2bと同様となっている板状とされる。
理容鋏に関する一般的なこととして、切断性能が特に重視されることから、刃が形成される部位については一定以上の硬度が必要とされる。これに対して、業務として頻繁に人が持つことになる柄部の側については、例えば耐食性のあることが重要視される。このために、刃が形成される部位については、例えばマルテンサイト系ステンレス鋼を使用し、柄部の側については、オーステナイト系ステンレス鋼を使用するというように、同じステンレス鋼であっても、それぞれの要求に応じて異なる材質を使用することがしばしば行われている。そこで、本実施形態としても、刃が形成される部位の原型である静刃体部原型2a’と、柄部側の部位の原型である柄部原型2b’とで、それぞれ異なる材質から取ることとしているものである。なお、静刃体部原型2a’と柄部原型2b’の材質としては、上記したものに限定されるものではなく、他の材質が用いられても構わないものであり、場合によっては同じ材質を用いることもできる。また、同じ材質であれば、はじめから静刃体部原型2a’と柄部原型2b’とが一体化されたかたちで鋼板などからの打ち抜きを行うようにしても構わない。
【0011】
そして、上記のようにして用意した静刃体部原型2a’と柄部原型2b’との接合すべき部分を合わせて溶接などを行う。これにより、図4(b)に示すようにして、静刃体部原型2a’と柄部原型2b’とが接合されて一体化された、本体母材2’が形成される。この本体母材2’が静刃本体2の原型となるものである。
【0012】
上記のようにして本体母材2’を形成した後においては、未だ板状となっている静刃体部原型2a’の部分について刃を形成していく工程を施すようにされる。
ここで、図5(a)には、図4(a)のB−B矢視による静刃体部原型2a’の断面を示している。この図に示される静刃体部原型2a’の断面形状からも理解されるように、この段階での静刃体部原型2a’は、未だ刃が形成されておらず、打ち抜きの板状のままとなっている。そこで、この静刃体部原型2a’の表面を、例えば図5(a)の破線により示す外形となるようにして研削を行っていくようにされる。
なお、このような研削の工程は、例えば図6に示すようにして、円環砥石100といわれる工具を用いるようにされる。この円環砥石100の内周壁側に対して、静刃体部原型2a’を宛がって、その宛がう角度や強さなどについて調節を行いながら研削を行っていくようにされる。
そして、このようにして研削の工程を行うことで、最終的に図5(b)に示すようにして、表面側において、徐々に厚みが少なくなって端部において鋭角が形成される形状の断面を形成するようにされる。この段階で、刃表21としての粗形状が形成された静刃体部2aが用意されたことになるものである。
【0013】
上記のようにして静刃体部2aについて刃表21の粗形状を与えたとされると、この後においては、この静刃体部2aについて、その長手方向(刃端に沿う方向)に沿って、刃裏側に湾曲させるような形状で全体に反りを与えるようにされる。このような反りは、例えば静刃体部2aの部分を叩くなどの作業工程により形成する。
このような反りを静刃体部2aと動刃体部3aに与えることで、例えば完成品として静刃本体2と動刃本体3とが枢着された状態では、静刃体部2aと動刃体部3aとが、それぞれに形成された反りにより、相手方の刃体部と相互に押し合う力が働くようにされる。先の図2においては、静刃体部2aと動刃体部3aの刃裏側にて反りによる隙間が生じている状態を示すことにより、イメージとして、上記の力の働きのあることを表している。
上記のようにして静刃体部2aと動刃体部3aとで相手方の刃体部と相互に押し合う力は、「触圧」といわれる。この触圧により、静刃体部2aと動刃体部3aの刃端部に挟まれたものを切断する機能、能力が生じる。換言すれば、上記の反りは、触圧を生じさせて鋏としての切断能力が生じることを目的として形成するものである。
【0014】
また、静刃体部2aについて刃表21の粗形状を与えた後においては、裏スキといわれる工程も行う。
この裏スキは、静刃体部2aの刃裏22となる側の面において、例えばその周辺縁部より内側に対して、図7の断面図に示すように、凹状に湾曲させた形状を与えることをいい、例えば、刃裏22の面を研磨する作業によって上記の形状を得るようにされる。
例えばこのようにして裏スキにより凹部が形成された完成品の理容鋏1では、閉じ操作を行ったときに、静刃体部2aと動刃体部3aのそれぞれの刃先(刃端部)同士のみが接触するようになる。このようにして刃先同士のみが相互に押し合いながら接触するようにされることで、上記の反りによる切断能力が有効に発揮され、良好な切断を行える。
仮に裏スキによる凹部を形成しないとすると、静刃体部2aと動刃体部3aの刃裏の面同士で接触することになり、刃先同士が相互に押し合う動作が得られにくくなり、従って、切断能力も不充分になってしまう。
【0015】
これまでに述べてきた工程をひととおり完了したとされる段階で、静刃本体2としては、刃部分(静刃体部2a)の粗形状が完成したことになる。また、先にも述べたように、ここまでの工程は、動刃本体3側についても同様にして行うようにされる。従って、ここでの作業手順として、これまでの工程を静刃本体2、動刃本体3の両方について完了させたものとすれば、この段階にて、刃部分の粗形状が完成された静刃本体2、及び動刃本体3が用意されたことになる。そして、この次の工程としては、静刃本体2と動刃本体3のそれぞれについて、いわゆる「刃付け」といわれる作業を行うようにされる。つまり、先にも図3にて述べたように、静刃本体2側の静刃体部2aには「鋭刃」を形成し、動刃本体3側の動刃体部3aには「鈍刃」を形成するものである。
【0016】
なお、実際においては、例えば刃付けに至るまでの工程で、刃体部の刃端以外の部分であるとか、柄部2b、3bや薬指孔部3b、母指孔部3cなどの仕上げ加工、さらには小指掛2dの取り付けと仕上げ加工などが行われるのであるが、このような工程については、説明を省略した。
【0017】
刃付けの工程としては、先ず、「表研ぎ」といわれる工程と、「裏研ぎ」といわれる工程とを行うようにされる。この「表研ぎ」と「裏研ぎ」は対となる工程であり、例えば下記のようにして行う。なお、刃付けの工程にあって、この「表研ぎ」と「裏研ぎ」の工程については、静刃体部2aと動刃体部3aとで同様にして行う。下記の説明としては静刃体部2aを加工する場合を例に挙げておく。
【0018】
対となる表研ぎと裏研ぎの工程を行うのにあたり、先ずは、表研ぎのほうを行うようにされる。
この表研ぎは、例えば図8(a)に示すようにして、研磨面TMに対して、静刃体部2aの刃表21側の刃端部2eを宛がい、イメージとして、研磨面TMに刃表側の刃先端部側の角度をほぼ合わせるよりは、少し刃先を立てる(つまり、静刃体部2aの姿勢を立て気味にする)ようにした姿勢状態とする。そして、静刃体部2aの刃端部2eと研磨面TMとの間に押圧力を適宜与えながら、相対的には、静刃体部2aを研磨面TMに対して白抜きの矢印Fで示す方向に移動させるようにして研ぎを行うようにされる。この研ぎ作業を、例えば或る程度まで刃先が鋭利となるように必要回数行うようにされる。
【0019】
上記のようにして、表研ぎを行ったとされると、刃端部2eの先端となる刃先は鋭利になってくるが、図8(b)において矢印Sにより示すようにして、刃先においては、刃裏側に反ってくるようにして、例えばバリなどといわれる部分が形成される。
【0020】
そこで、上記の表研ぎに対応した作業として、刃裏22側から研ぎを行うことで、バリを取りつつ、より刃先を鋭利に形成するための裏研ぎを行うようにされる。
この裏研ぎは、図8(c)に示すようにして、刃裏22の側の刃端部2eを研磨面TMに対して宛がい、イメージとして、このときにも、研磨面TMに対して、刃裏22側を水平に置いた状態よりも、少し刃先を立てるようにした姿勢状態とする。そして、この場合にも、静刃体部2aの刃端部2eと研磨面TMとの間に押圧力を適宜与えながら、相対的には、静刃体部2aを研磨面TMに対して白抜きの矢印Gで示す方向に移動させるようにして研ぎを行う。また、この研ぎ作業についても、上記のバリが取り除かれて、必要なだけの鋭利さが刃先に得られるまで、必要回数を行うようにされる。
【0021】
なお、必要に応じて、上記図8により説明した「表研ぎ」→「裏研ぎ」からなる1セットの工程を、必要に応じて複数回行うようにされてもよい。また、このときに、より鋭利できれいな刃先を形成することなどを目的として、適宜、例えば研磨面TMの粗さについての番手の変更、あるいは研磨面TMを形成する砥粒の種類の変更などを行うようにしてもよい。
【0022】
また、上記の表研ぎ、裏研ぎの工程の実際として、本実施形態では、作業者が静刃本体2を手に持ちながら、研磨機を使用して、手作業によって研ぎを行うものとされる。このような手作業により表研ぎ、裏研ぎを行う場合においては、上記の研磨面TMは、例えば円盤状の砥石や、ベルトグラインダーなどといわれる研磨機のベルトの面などとなる。
【0023】
そして、上記した表研ぎ、裏研ぎの工程を完了すると、静刃体部2aの刃端部2eにおいては、鋭刃としての粗刃(ここでは仕上げ前の状態の刃のことを指している)が形成されることになるものである。
また、上記と同じ工程を動刃体部3側についても施すことにより、動刃体部3aの刃端部3eにおいても、同じく、鋭刃としての粗刃が形成される。
【0024】
そして、上記のようにして表研ぎ、裏研ぎの工程が完了したとされると、続いては刃の仕上げの工程に移ることになる。この刃の仕上げ工程として、静刃体部2aの刃端部2eについては、先に図3により示した鋭刃としての完成状態を形成して仕上げるようにされる。一方、動刃体部3aの刃端部3eについては、同じ図3に示した鈍刃を形成して完成状態に仕上げるようにされる。
【0025】
先ず、静刃体部2aのほうの鋭刃の仕上げ形成について、図9を参照して説明する。図9(a)(c)(d)は研磨面110を平面からみたときの研磨面110と静刃体部2aの位置関係の様子を示し、図9(b)は、図9(a)のC−C矢視により静刃体部2aを切断してみたと仮定した場合の、研磨面110と静刃体部2aの位置関係の様子を示している。
この鋭刃の仕上げ形成には、つまり、静刃体部2aの刃端部2eをバフといわれる道具により磨く、いわゆるバフ掛けという工程を行う。この場合のバフは、例えば全体としては円柱となる形状で、この円柱形状における側面に相当する部分が、図9に示される研磨面110となる。そして、この研磨面110は、布などの軟質な所定の材質から成り、必要に応じて、仕上げに好適な微細な研磨材がまぶされる。なお、ここでのバフが、本願発明における仕上げ研磨体となる。
また、バフは、その円柱形状の円形面における中心を回転軸にして例えば図9(a)〜(d)における矢印Aとして示す方向に回転させておくようにされる。これにより、その研磨面110としても、矢印Aに示す方向に沿って移動することになる。なお、ここでは、この矢印Aに沿った研磨面110の移動方向を「研磨方向A」ともいうことにする。
【0026】
そして、鋭刃の仕上げ形成のためのバフ掛け作業にあたっては、始めに、下記のようにして静刃体部2aの刃端部2eを研磨面110に宛がうようにされる。
つまり、先ず図9(a)(b)に示すようにして、研磨方向Aが刃表21から刃裏22に向かうようにする。また、静刃体部2aについての刃端部2eを支点とした立て具合としては、図9(b)に示すようにして、バフの円形の中心を通る直線L1にほぼ沿って直立させるようにする。また、平面から見た姿勢としては、図9(a)に示すようにして、研磨方向Aと直交する直線Lxと、静刃体部2aの刃表21側の刃渡りに沿った線とが交差して形成される角について、角度aとしての鋭角が形成されるようにする。つまり、静刃体部2aの刃先側を研磨方向Aの先のほうに向け、これに対して刃元側を相対的に研磨方向Aの後ろのほうに向けた姿勢とする。なお、この角度aは、例えば約45°とされるが、本実施形態の実際として、この作業は作業者が手作業によりで行うものであり、従って、厳密には、本実施形態の理容鋏1として求められる切れ味、切断性能が発揮されるようにして、作業者の微妙な感覚により設定されるものである。
【0027】
そして、この姿勢により、適当な力を加えて静刃体部2aの刃端部のほうを研磨面110に押し当てながら、図9(a)から図9(c)、さらに図9(d)への遷移として示すように、静刃体部2aを、矢印Bで示されるようにして刃元側を引いてくるようにして移動させるものである。
例えば、この図9に示されるバフ掛けの手順を、必要により研磨剤の粗さなどに応じて研磨面110を変えるなどしたうえで或る回数繰り返すことにより、鋭刃として必要な鋭利さを得るようにされる。
【0028】
ここで、鋭刃としての切れ味を与えるバフ掛け工程について比較するために、通常のブラントカットといわれるカットを行うための鋏を作ることとした場合の静刃体部2aについてのバフ掛け工程を図10に示しておく。なお、図10(a)は研磨面110を平面からみたときの研磨面110と静刃体部2aの位置関係の様子を示し、図10(b)は、図10(a)のD−D矢視により静刃体部2aを切断してみたと仮定した場合の、研磨面110と静刃体部2aの位置関係の様子を示している。
【0029】
このブラントカット用の鋏の場合にも、図10(a)(b)に示すようにして、研磨方向Aが刃表21から刃裏22に向かうようにする点では同じである。しかし、静刃体部2aの立て具合としては、図10(b)をみてよく分かるように、バフの円形の中心を通る直線L1にほぼ沿って直立させるのではなく、例えば直線L1と刃裏22に沿った直線とにより、或る角度cが与えられるようにして、刃表21側に傾けるようにされる。この傾きは、刃端部2eにおける刃表21側の端面部を研磨面110に合わせるイメージ、感覚で静刃体部2aを置くことで得られるものである。さらに、平面から見た姿勢としては、図10(a)に示すようにして、静刃体部2aの刃表21側の刃渡りに沿った線は、研磨方向Aとほぼ直交するようにされる。
そして、このような位置姿勢により、静刃体部2aの刃端部2eについて満遍なくバフ掛けを行うことで、鋭刃を仕上げるものである。なお、ブラントカット用の鋏の場合には、残る動刃本体の動刃体部のほうについても、同様にして鋭刃を形成するものである。
【0030】
上記図10と比較して分かるように、本実施形態の理容鋏1における鋭刃の仕上げ工程(図9)は、通常の鋭刃を形成するための工程とは異なっていることが分かる。なお、これら図9、図10により説明したそれぞれの仕上げ工程により形成された鋭刃についての切断性能、切れ味の相違については後述する。
【0031】
次に、動刃体部3aにおける鈍刃の仕上げ形成について、図11、図12を参照して説明する。図11(a)(c)は研磨面110を平面からみたときの研磨面110と動刃体部3aの位置関係の様子を示し、図11(b)は、図11(a)のE−E矢視により動刃体部3aを切断してみたと仮定した場合の、研磨面110と動刃体部3aの位置関係の様子を示している。また、図12は、図11(b)に示される動刃体部3aの刃端部3eの周囲部分を拡大したときのイメージを示した図である。
【0032】
この動刃体部3aにおける鈍刃の仕上げに関しても、静刃体部2aにおける鋭刃の仕上げ形成の場合と同様にして、バフ掛けの作業により行うものとされる。
そして、鈍刃の仕上げ形成のためのバフ掛けにあたっての動刃体部3aの研磨面110への宛がい方としては、先ず、図11(a)(b)に示すようにして、研磨方向Aが刃裏32から刃表31に向かうようにする。これは図10により説明した研磨面110に対する静刃体部2aの当て方とは反対の向きとなるものである。
また、動刃体部3aについての刃端部3eを支点とした立て具合(傾け具合)は、図11(b)に示すようにして直立させるのではなく、刃表32側に一定角度分、傾けるようにする。つまり、バフの円形の中心を通る直線L1と刃裏32に沿って形成される直線L2との間に、鋭角としての角度eが形成されるようにする。
また、平面から見た姿勢としては、図11(a)に示すようにして、研磨方向Aと直交する直線Lxと、動刃体部3aの刃表21側の刃渡りに沿った線とが交差して形成される角について、角度bとして示す所定の鋭角が形成されるようにする。つまり、動刃体部3aの刃先側を研磨方向Aの先のほうに向け、これに対して刃元側を相対的に研磨方向Aの後ろのほうに向けた姿勢とする。例えば、静刃体部2aとの比較では、図9(a)と図11(a)とを比較して分かるように、互いに、研磨方向Aに沿った研磨面110の中心線に対して対称となるような配置となる。
【0033】
そして、上記の姿勢により、動刃体部3aの刃端部3eを研磨面110に対して適当な力で押し当てるようにしながら、図11(a)から図11(c)への遷移として示すように、動刃体部3aを、矢印Cで示されるようにして刃元側を引いてくるようにして移動させる。
【0034】
上記のようにして動刃体部3aのバフ掛けを行っているとき、その刃端部3eは、図12において模式的に示すように、先ず刃裏32側に研磨面110が当たり、その後に研磨方向Aに従って研磨面110が移動していくのにつれ、刃表側に抜けていくようにされる。
このようにして研磨面110が刃端部2eを研磨することで、刃端部2eにおいては、刃裏32側から突端の角部が磨き取られていくようにされ、この結果、図3においても示しているように、刃端部2eの突端において微細に円味が与えられることになる。つまり、本実施形態としての鈍刃が形成されていく。
そして、この場合においても、例えば、必要により研磨剤の粗さなどに応じて研磨面110を変えるなどしたうえで、図11に示した工程を或る回数繰り返すことにより、鈍刃として求められる仕上げ状態を得るようにされる。
【0035】
なお、この鈍刃の仕上げ形成にあたっては、研磨方向A(即ちバフの回転方向)に対して逆らうようにして動刃体部3aを当てることになるので、研磨が行われているときに動刃体部3aにかかる抵抗力は、例えば図9のようにして鋭刃を仕上げ形成する場合と比較して非常に大きくなる。このために、例えば鋭刃の仕上げ形成のときと同じバフの回転速度で鈍刃の仕上げ形成を行おうとすると、動刃体部3aをバフに当てた状態での適正な位置姿勢を保つことが難しくなり、結果、鈍刃を思うように仕上げることも難しくなる。
そこで、研磨方向Aの進行速度、つまりバフの回転速度は、図9に示した鋭刃を仕上げ形成するときと比較して、より低速に設定する。例えばバフ掛け装置についてバフを回転させるモータの速度を可変可能に構成すれば、1つのバフ掛け装置により静刃体部2aの鋭刃と動刃体部3aの鈍刃を仕上げ形成することが可能となる。
【0036】
これまで説明してきた工程により、静刃本体2の刃端部2eの鋭刃と、動刃本体3の刃端部3eの鈍刃とについての仕上げ形成が完了したことになる。そして、ここでまでの工程を経たことで、静刃本体2、動刃本体3の各本体については完成したことになる。
そこで、先に図1によっても述べたように、このようにして完成した静刃本体2と動刃本体3とをネジ4により枢着するようにして相互の取り付けを行う。これにより、本実施形態の理容鋏が完成したことになる。むろん、このようにして完成した後も、なんらかの修正加工など、より万全な完成の状態を得るための加工などは必要に応じて行われてよいものである。
【0037】
図13は、上記のようにして完成した本実施形態の理容鋏1により髪をカットするときの状態遷移のイメージを示している。
先ず、図13(a)に示すようにして、理容鋏1を開いて刃端部2e、3eの間に空間を形成し、ここに髪130を挟み入れるようにする。なお、ここでは図示を簡単で分かりやすいものとすることの都合上、髪130としては2本のみを示しているが、実際にはより多くの本数の髪の毛の束を同様にしてカットできるものである。
上記図13(a)に示すようにして髪130を刃端部2e、3eの間に入れたら、次は、図13(b)→図13(c)→図13(d)への遷移として示すようにして、徐々に理容鋏1を閉じていくようにされる。
このようにして本実施形態の理容鋏1が閉じられていくのに応じては、例えば図13(b)から図13(c)への遷移としても示すように、髪130が、刃先のほうに逃げていくようにして動いていくようにされる。つまり、刃端部2e、3eの閉じ部分にかかったときに直ぐに切れてしまうのではなく、刃端部2e、3eが閉じられていくのに応じて刃先側に滑るようにして押しやられていくものである。そして、この後において或る程度まで理容鋏1の閉じが進んでいくのに応じて、或る段階にて、図13(d)に示すようにして、髪130が切断されることになる。
そして、このようにしてカットされた髪130は、図14に示される状態が得られる。つまり、例えば髪130に設定した仮想の水平線Lhに刃端部を沿わせるようにしたうえで鋏を閉じていくようにしてカットを行ったとしても、カットのときに刃先側に逃げていった分に応じて、破線Rに沿ったアウトラインが得られるものである。つまり、髪の長さが一様にならずに不揃いなものとなる。
上記図14に示されるカットの状態は、いわゆるスライドカットというカット技法により得られるものである。つまり、本実施形態の理容鋏1によっては、単純に鋏の閉じ操作を行うだけでも、スライドカットが行える。換言すれば、これまでよりも高い技能を要さなくとも、スライドカットを容易に行える。
【0038】
このようにしてスライドカットを行うことのできる本実施形態の理容鋏1は、先に本出願人が出願した特許文献1に記載される理容鋏からさらに改良を施したものである。
その改良点としては、カットをするときの髪の毛の引っかかりがさらに軽減され、図13により説明した鋏の閉じ操作に応じた髪の毛の逃げをスムーズにしたことである。このことが、上記したように、ほぼ単純な閉じ操作のみによっても容易にスライドカットを行うことを可能としているものである。
また、閉じ操作に応じた髪の毛の逃げが良好になったとしても、スライドカットに充分な切断能力が失われてはならない。つまり、本実施形態の理容鋏1は、鋏の閉じ操作に応じた髪の毛の逃げを非常にスムーズに行いながらも、この逃げていく髪の毛は良好に切断されていく、という微妙なバランスを保つことが必要とされる。しかし、本実施の形態の理容鋏1は高いレベルでこの点をクリアしている。これは、既に現実の試作品でも確認されていることである。
【0039】
本実施形態の理容鋏1において、髪の毛の引っかかりが少ないことの大元の要因は、鋭刃と鈍刃を組み合わせたことにあるが、これは、特許文献1に記載の理容鋏についても同様のことがいえる。そのうえで、本実施形態の理容鋏1としては、髪の毛の引っかかりをさらに軽減してより良好なスライドカットが行えるようにするために、鋭刃については、先に図9にて説明した仕上げ形成を行うこととし、鈍刃については、先に図11、図12にて説明した仕上げ形成を行うこととしたものである。
このような鋭刃、鈍刃の仕上げ形成を行ったことで、例えば鋭刃が形成される刃端部2eと、鈍刃が形成される刃端部3eには、図15において斜線により模式的に示しているように、仕上げ形成時のバフ掛けのときの研磨方向Aと、刃を引き抜いた方向(矢印B、C)(図9、図11参照)に応じて、微細な斜め方向の研ぎ目が形成されるイメージとなる。このようにして刃端部2e、3eにおいて斜めに研ぎ目が形成されることで、刃端部2e、3eに挟まれた髪は、刃先のほうに逃げやすくなるようにされているものである。
ちなみに、例えば図10に示したブラントカットのための鋏のバフ掛け工程によっては、刃端部2eに沿った線に対して垂直となるようなイメージで研ぎ目が形成される。このような研ぎ目が形成された刃端部2eと、本実施形態のようにして斜めに研ぎ目が形成された刃端部2eとでは、同じ鋭刃であっても、充分な切断能力は有したうえで、本実施形態の刃端部2eのほうがはるかに引っかかりが少ない。このことは、発明者が実際に確認していることである。
【0040】
さらに、上記のようにして髪の毛の逃げを改善しながら、良好な切断性能を獲得することも両立するために、本実施の形態では、鈍刃を形成する工程を、特許文献1に示されるものから根本的に変更したものである。
つまり、特許文献1にあっては、図10(c)に示されているように、鈍刃を形成するために、一度、刃裏面に略直角を為す微少幅な被研磨面26を刃線に沿って形成することとしている。そのうえで、図10(d)に示すようにして研磨材Dに対して刃裏面をほぼ垂直に立てた状態で刃裏から刃表にかけて研磨することで、刃裏の角に円味を与えているものである。この場合には、図10(c)の工程により、一度、刃をつぶすような研磨を行っているということがいえる。このような工程の後に研磨すれば、本実施形態の図11、図12により示した工程と比較して、より容易に刃端部に円味を形成することはできる。特許文献1の場合には、研磨材Dに対して刃裏面をほぼ垂直に立てればよいのに対して、本実施形態では、これよりもさらに刃裏側がより手前に向くようにして研磨面110との角度を与えることになるから、本実施形態のほうが、特に手作業による研磨では在る程度の技術を要するといえる。
しかし、特許文献1の手順により形成される鈍刃は、上記もしたように、一度、つぶすようにして研磨した刃に円味を付けて形成されるものとなるため、円味としては相応に緩やか、大まかなものとなり、鋭刃と組み合わされて完成品とされた場合には、切れ味が必要以上に鈍くなる傾向があったものである。この問題を解消しようとすると、例えば鈍刃、鋭刃の双方について、その刃付けの修正作業などに必要以上の神経を払ったり、手間を掛けたりすることになる。なお、確認のために述べておくと、特許文献1の場合には、鈍刃の形成にあたって、本願の図11(a)(c)に示すような矢印C方向に刃を引き抜くことを行っていないので、この点で、円味が大きめであるからといって、髪の毛の逃げに関しては本実施形態の鈍刃よりスムーズである、ということには必ずしも成らないものである。
これに対して、本実施形態の場合であれば、図11、図12などに示される鈍刃を形成する工程の内容そのものは、上記もしたように或る程度の熟練した技術は要するものの、刃をつぶすことなく、ほぼ鋭刃に近い状態から円味を形成していくようにされるために、形成される円味は充分でありながらも相応に微細であり、従って、鋭刃との組み合わせにより髪の毛をカットするときには、先のようにして、髪の毛の逃げが改良された上で、良好な切れ味が獲得されているものである。
また、工程数からみれば、本実施形態では、特許文献1における被研磨面26を形成するための工程が省かれることになる。従って、特に本実施形態の鈍刃を形成する作業に熟練して慣れてくれば、本実施形態のほうが製造効率は大幅に向上するものである。
【0041】
そして、このようにして髪の毛の引っかかりの軽減と良好な切れ味とが両立されるようにして改良されたことで、本実施形態の理容鋏1としては、上記したように単なる閉じ操作だけでスライドカットが容易に行えるようになったほかにも、下記のような効果が得られることとなった。
先ず、スライドカットなどを行うのにあたっては、髪を濡らすことなく、乾いたままの状態で行うことが可能になった。スライドカットは、本来は鋏をスライドさせながらカットするので髪が引っ張られやすく、従って髪の毛も傷みやすいという問題があった。しかし、本実施形態の理容鋏1であれば、髪の毛にほとんど引っかかりを生じることなく、かつ良好な具合でカットすることができる。これにより、髪の毛を濡らさなくとも、いわゆるドライといわれる、髪が濡れていない(乾いた)状態のままでカットを行うことが可能となったものである。髪が乾いたままの状態でカットができれば、理容師にとっては、カットによるヘアスタイルのイメージをすぐに確認できることになり、作業をしやすくなる。
また、髪の毛の引っかかりがほとんどなくなるということは、髪の毛をカットされている人にとっては、髪の毛が引っ張られることによる痛みであるとか不快感を味わうことがない、ということになる。そこで、理容師の技術にもよるが、これまでにおいては、髪の毛を引っ張りがちであったカット技法を、本実施形態の理容鋏1を用いて、髪の毛をカットされている人に不快感を与えることなく行えることができるようになった。一例として、鋏の刃先で髪を挟んで引っ張り加減で切るようにして髪の間引きを行うようなカット技法があるが、これを本実施形態の鋏により行うようにすれば、或る程度の髪の毛の逃げを伴ってカットされる状態となるので、髪の毛をカットされている人はほとんど髪を引っ張られた感じを持たない。
【0042】
なお、これまでの説明にあっては、本願発明に基づく理容鋏1の製造については、例えば職人などの作業者が手作業で行うことを前提にしていたのであるが、本願発明としては、例えばこれまでに説明した理容鋏の製造工程を、人手によるのではなく、工作機械、ロボットなどにより行うこととした場合にも適用されるべきものである。
例えば、図9、図11などにより説明した鋭刃、鈍刃の仕上げ工程などは、静刃本体2、動刃本体3を機械などに固定したうえでバフなどに宛がうようにすれば、人手によらず行うことができる。このときに、研磨面110に対して矢印B、若しくは矢印C方向に静刃本体2、動刃本体3を移動させる工程を行うのにあたっては、静刃本体2又は動刃本体3を固定したうえで、研磨面110のほうを移動させるような形態を採っても構わない。つまり、研磨面110との相対的な位置関係として、静刃本体2又は動刃本体3が矢印B、若しくは矢印Cで示される方向に移動するようにされていればよいものである。
また、上記実施形態にあっては、静刃側に鋭刃を形成し、動刃側に鈍刃を形成することとしているのであるが、これとは逆に、動刃側に鋭刃を形成し、静刃側に鈍刃を形成することとしてもよい。また、メガネ型などといわれ、2つの刃本体の指環部分(薬指孔部、母指孔部の周囲部分)が同じ形状で、例えば小指掛けなどが形成されていないタイプの鋏もあるが、このような型の鋏にも本実施形態により製造された鋏を適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施形態としての理容鋏を平面方向より示す図である。
【図2】実施形態の理容鋏を側面より示す図である。
【図3】実施形態の理容鋏の刃端部を拡大して模式的に示す図である。
【図4】実施形態における刃本体(静刃本体、動刃本体)の母体を製造する工程例を説明するための図である。
【図5】実施形態における刃体部(静刃体部、動刃体部)の粗形状を形成する工程例を説明するための図である。
【図6】実施形態における刃体部(静刃体部、動刃体部)の粗形状を形成するために円環砥石を使用する場合の作業例を説明するための図である。
【図7】実施形態における裏スキの工程例を説明するための図である。
【図8】実施形態における刃体部(静刃体部、動刃体部)の表研ぎと裏研ぎの工程例を説明するための図である。
【図9】実施形態における鋭刃の仕上げ形成のための工程例を説明するための図である。
【図10】ブラントカット用の場合における、鋭刃の仕上げ形成のための工程例を説明するための図である。
【図11】実施形態における鈍刃の仕上げ形成のための工程例を説明するための図である。
【図12】実施形態における鈍刃の仕上げ形成のときの研磨面と刃端部との状態を、拡大して模式的に示す図である。
【図13】実施形態の理容鋏により髪をカットするときの様子を示した図である。
【図14】図13に示すようにしてカットされた髪の様子を示す図である。
【図15】実施形態の理容鋏の刃端部に形成される研ぎ目を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0044】
1 理容鋏、2 静刃本体、2a 静刃体部、2e 刃端部、3 動刃本体、3a 動刃体部、3e 刃端部、4 ネジ、21・31 刃表、22・32 刃裏、100 円環砥石、110 研磨面、130 髪
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の刃本体部と第2の刃本体部を組み合わせて成る理容鋏の製造方法であって、
上記第1の刃本体部において刃が形成される部位となる第1の刃体部に刃付けを行うための工程として、
上記第1の刃体部の刃表を研ぐ第1の表研ぎ工程と、
上記第1の刃体部の刃裏を研ぐ第1の裏研ぎ工程と、
上記第1の表研ぎ工程と上記第1の裏研ぎ工程の後において行うもので、仕上げ研磨体の研磨方向が上記第1の刃体部の刃表から刃裏に向かうようにされ、上記第1の刃体部の刃先側が上記研磨方向の先側で、上記第1の刃体部の刃元側が上記研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら上記第1の刃体部を刃元側に引いていくのと同等の上記仕上げ研磨体と上記第1の刃本体部との間での相対的な位置移動が行われるようにする第1の仕上げ工程とを行い、
上記第2の刃本体部において刃が形成される部位となる第2の刃体部に刃付けを行うための工程として、
上記第2の刃体部の刃表を研ぐ第2の表研ぎ工程と、
上記第2の刃体部の刃裏を研ぐ第2の裏研ぎ工程と、
上記第2の表研ぎ工程と上記第2の裏研ぎ工程の後において行うもので、仕上げ研磨体の研磨方向が上記第2の刃体部の刃裏から刃表に向かうようにされ、仕上げ研磨体の研磨面に対応するとされる水平面と、上記刃表の面とが所定の鋭角を成すようにされ、上記第2の刃体部の刃先側が上記研磨方向の先側で、上記第2の刃体部の刃元側が上記研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら上記第2の刃体部を刃元側に引いていくのと同等の上記仕上げ研磨体と上記第2の刃本体部との間での相対的な位置移動が行われるようにする第2の仕上げ工程とを行う、
ことを特徴とする理容鋏の製造方法。
【請求項1】
第1の刃本体部と第2の刃本体部を組み合わせて成る理容鋏の製造方法であって、
上記第1の刃本体部において刃が形成される部位となる第1の刃体部に刃付けを行うための工程として、
上記第1の刃体部の刃表を研ぐ第1の表研ぎ工程と、
上記第1の刃体部の刃裏を研ぐ第1の裏研ぎ工程と、
上記第1の表研ぎ工程と上記第1の裏研ぎ工程の後において行うもので、仕上げ研磨体の研磨方向が上記第1の刃体部の刃表から刃裏に向かうようにされ、上記第1の刃体部の刃先側が上記研磨方向の先側で、上記第1の刃体部の刃元側が上記研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら上記第1の刃体部を刃元側に引いていくのと同等の上記仕上げ研磨体と上記第1の刃本体部との間での相対的な位置移動が行われるようにする第1の仕上げ工程とを行い、
上記第2の刃本体部において刃が形成される部位となる第2の刃体部に刃付けを行うための工程として、
上記第2の刃体部の刃表を研ぐ第2の表研ぎ工程と、
上記第2の刃体部の刃裏を研ぐ第2の裏研ぎ工程と、
上記第2の表研ぎ工程と上記第2の裏研ぎ工程の後において行うもので、仕上げ研磨体の研磨方向が上記第2の刃体部の刃裏から刃表に向かうようにされ、仕上げ研磨体の研磨面に対応するとされる水平面と、上記刃表の面とが所定の鋭角を成すようにされ、上記第2の刃体部の刃先側が上記研磨方向の先側で、上記第2の刃体部の刃元側が上記研磨方向の後側となる姿勢で仕上げ研磨体の研磨面に当てた状態を維持しながら上記第2の刃体部を刃元側に引いていくのと同等の上記仕上げ研磨体と上記第2の刃本体部との間での相対的な位置移動が行われるようにする第2の仕上げ工程とを行う、
ことを特徴とする理容鋏の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2008−272141(P2008−272141A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−117931(P2007−117931)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(501317526)有限会社サイキ (1)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(501317526)有限会社サイキ (1)
【Fターム(参考)】
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