説明

生体インプラント用金属材料

【課題】サンドブラスト処理に用いたブラスト材を水洗により容易に除去でき、良好な粗面を有しているために骨などの生体固着性にも優れた新規な生体インプラント金属材料を提供する。
【解決手段】本発明に係る生体固着性に優れた生体インプラント用金属材料は、サンドブラスト処理された表面を有する生体インプラント用金属材料であって、表面の平均粗さRaは1〜2.5μmであり、サンドブラスト処理後の水洗によってサンドブラスト処理に用いたブラスト材の残留がなく、且つ、サンドブラスト処理前後の金属材料表面の成分が変化しないものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体インプラント用金属材料およびその製造方法、並びにインプラントに関し、特に、骨内に埋植されるインプラントに用いられる生体インプラント用金属材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体内、特に骨内に埋植される生体インプラント用金属材料は、骨との固着性(接合力)を向上させる目的で、通常、骨に埋植される部分の表面(骨との接触表面)の少なくとも一部を粗くする粗面加工を行っている。粗面加工によって骨との接触面積が高められ、凹部に骨が入り込み(アンカー効果)、骨との固着力が向上するようになる。金属材料としては、化学的に安定であり金属材料のなかで最も優れた生体親和性を示すチタンまたはチタン合金が汎用されている。粗面加工処理の後、骨との直接結合性(生体活性)を付与する目的で生体活性化処理が行なわれる場合もある。生体活性化処理としては、例えば特許文献1に記載のアルカリ加熱処理が挙げられる。
【0003】
粗面加工の方法としては、金属材料の表面にプラズマ溶射またはアーク溶射によって凹凸層をコーティングする方法や、金属材料の表面を砥粒(ブラスト砂)を用いてサンドブラスト処理する方法が、一般に用いられている。しかしながら、通常、前者の方法では、金属材料の疲労強度が低下するため、荷重負荷が大きな部位には用いられていない。後者のサンドブラスト処理は、処理条件に依存するが、疲労強度の低下を抑制可能なため、高荷重部位にも応用可能である。
【0004】
通常、サンドブラスト処理には、硬度の高い物質がブラスト砂(ブラスト材)として用いられ、α−アルミナ(α相の酸化アルミニウム結晶、以下単にアルミナと表記する)が汎用されている。しかしながら、アルミナのブラスト砂を用いると、サンドブラスト処理後、金属材料の表面にアルミナ成分が残留し、生体内で生体不活性材料として認識されるため、骨との固着が遅延するという問題が懸念される。また、表面に付着したアルミナの除去は極めて困難であり、通常の超音波洗浄では除去されない。
【0005】
そこで、アルミナなどの不活性な不純物が残留しないサンドブラスト方法として、例えば特許文献2および3の技術が提案されている。
【0006】
このうち特許文献2には、生体親和性が高く骨に吸収される材料である、焼結した水酸アパタイト(HAP)またはリン酸三カルシウムをブラスト粒として用いる方法が開示されている。この方法によれば、Ti芯部材に吹き付けられたHAP焼結粒子は、Ti表面に到達した際、非常に細かく破砕された粒子が突き刺さり、この突き刺さった微細粒は、通常の超音波洗浄では除去されず残留するが、HAPは骨伝導能を持つため、植立直後の骨形成に寄与すると記載されている。
【0007】
また、特許文献3は、上記特許文献2の技術が抱える問題点に鑑みてなされたものであり、ここには、フルオロアパタイトを含有するショット材(ブラスト材)を用いたサンドブラスト法が開示されている。すなわち、特許文献2に記載のHAPは、1000℃以上の高温で分解し易く緻密な焼結体を製造するのが難しく、また、インプラント表面を所望の粗面加工することは困難であるなどの問題を抱えているのに対し、フルオロアパタイトは、HAPに比べて生体親和性の面ではやや劣るものの、結晶構造が緻密で高温で分解し難く、酸により容易に溶解するといった性質を有している。よって、特許文献3の方法によれば、良好な表面粗さを有し、酸により残留ショット材を容易に除去できると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第2775523号公報
【特許文献2】特開平10−99348号公報
【特許文献3】特開2009−171190号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように特許文献3の方法によれば、酸により残留ブラスト材の除去が可能なサンドブラスト法が提供されるが、より簡便に、水洗を行なうだけで残留ブラスト材の除去が可能であり、しかも骨などの生体固着性にも優れた技術の提供が望まれている。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、サンドブラスト処理に用いたブラスト材を水洗により容易に除去でき、良好な粗面を有しているために骨などの生体固着性にも優れた新規な生体インプラント金属材料およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決することができた本発明に係る生体固着性に優れた生体インプラント用金属材料は、サンドブラスト処理された表面を有する生体インプラント用金属材料であって、前記表面の平均粗さRaは1〜2.5μmであり、サンドブラスト処理後の水洗によってサンドブラスト処理に用いたブラスト材の残留がなく、且つ、サンドブラスト処理前後の金属材料表面の成分が変化しないところに要旨を有するものである。
【0012】
本発明の好ましい実施形態において、上記ブラスト材は硼砂である。
【0013】
本発明の好ましい実施形態において、上記金属材料は、TiまたはTi合金である。
【0014】
本発明の好ましい実施形態において、上記金属材料は、更に生体活性化処理されたものである。
【0015】
本発明には、上記の生体インプラント用金属材料を用いて得られるインプラントも包含される。上記インプラントとして、例えば人工歯根、人工関節、骨接合用部材、または金属製人工骨が挙げられる。
【0016】
また、上記課題を解決することができた本発明に係る生体インプラント用金属材料の製造方法は、生体インプラント用金属材料の表面を、硼砂を用いてサンドブラスト処理するところに要旨を有するものである。
【0017】
本発明の好ましい実施形態において、上記サンドブラスト処理の後、生体活性化処理を行なうものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、サンドブラスト処理に用いたブラスト材を水洗により容易に除去でき、良好な粗面を有しているために生体固着性にも優れた生体インプラント金属材料およびその製造方法を提供することができた。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、実施例1において、硼砂を用いてサンドブラスト処理を行なった後の金属材料表面に存在する元素をEDX分析した結果を示すグラフである。
【図2】図2は、実施例2において、硼砂およびアルミナを用いてサンドブラスト処理を行なった後の金属材料表面に存在する元素をEDX分析した結果を示すグラフである。
【図3】図3は、実施例3において、硼砂を用いてサンドブラスト処理およびアルカリ加熱処理を行なった後の金属材料と骨との固着効果を調べた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、アルミナを用いたサンドブラスト処理における問題点(アルミナ残留による生体固着性の低下)を解決するため、特に、アルミナに替わるサンドブラスト処理用ブラスト材を提供するという観点から検討を重ねてきた。その結果、ブラスト材として硼砂を用いれば、サンドブラスト処理後の水洗浄により硼砂を容易に、且つ完全に除去でき残留の問題もなく、しかも、アルミナを用いた場合に比べて生体固着性に優れた生体プラント用金属材料が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0021】
このように本発明では、サンドブラスト処理に用いられるブラスト材として、硼砂を用いたところに特徴がある。
【0022】
硼砂(borax)は、四ホウ酸ナトリウムの結晶であり、水溶性が高い。硼砂は、ホウ素の原料鉱石として使用されたり、その洗浄作用や消毒作用を利用して洗剤や防腐剤として使用されたりしているが、アルミナに比べて硬度が低く、ブラスト処理材として用いられたことはない。本発明者らの実験結果によれば、ブラスト処理後の水洗浄により硼砂は容易に除去され、金属材料表面への残留が見られないことがわかった。
【0023】
しかも、硼砂を用いてサンドブラスト処理した金属材料の表面は、アルミナを用いてサンドブラスト処理したものに比べて表面粗さRaは小さいにもかかわらず、骨との固着力が高いこともわかった。すなわち、硼砂は、アルミナに比べて粗面効果(ブラスト効果)は劣るものの、粗面加工による骨との固着効果(アンカー効果)を得る程度の表面粗さを実現できることがわかった。そして、金属材料表面への残留による固着効果の低下や疲労強度の低下も見られないため、アンカー効果がそのまま有効に発揮されるものと思料される。
【0024】
本発明の金属材料は、サンドブラスト処理に用いたブラスト材の残留がなく、且つ、サンドブラスト処理前後の金属材料の成分が変化しない点で、アルミナを用いてサンドブラスト処理された金属材料と相違している。本発明において、「サンドブラスト処理に用いたブラスト材の残留がない」とは、サンドブラスト処理後の水洗によって残留していたブラスト材が除去され、金属材料の表面をEDXなどで組成分析したときに、ノイズレベルを超えるようなブラスト材にのみ由来する成分のピークが検出されないことを意味する。また、「サンドブラスト処理前後の金属材料の成分が変化しない」とは、サンドブラスト処理の前と、処理後水洗時(本発明では、水洗した後のものを「処理後」と呼ぶ。)における金属材料の表面をEDXなどで組成分析したときに、処理前後で金属材料を構成する元素のピーク強度の比が実質的に変わらないことを意味する。
【0025】
更に、サンドブラスト後の表面に、骨との直接結合(生体活性)を付与する目的で生体活性化処理(代表的には、特許文献1などに記載のアルカリ加熱処理)を行なうと、アルミナを用いた場合に比べて埋植後の骨との接合が促進され、早期に強固な骨の固着が見られることが確認された(後記する図3を参照)。その理由は詳細には不明であるが、本発明で用いた硼砂は、サンドブラスト後の水洗によって完全に除去されて金属材料表面に残留しないため、アルカリ加熱処理による生体活性効果が阻害されることなく有効に発揮されたものと思料される。
【0026】
従って、本発明に用いられる硼砂は、汎用のアルミナに替わる、インプラント用金属材料表面のサンドブラスト用ブラスト材として極めて有用であり、材料強度と骨固着性の両立が強く求められる人工歯根や人工関節のステム等として大いに期待される。
【0027】
本発明に用いられる硼砂は、所望とするアンカー効果とサンドブラスト処理の効率とのバランスなどを主に考慮し、粒径(目の開きの異なる篩によって区分される粒径範囲)を適切に制御することが好ましく、おおむね、10〜2000μmの範囲内であることが好ましい。粒径が細かすぎると、所望のアンカー効果が得られないほか、流動性が悪くなってブラスト装置からの噴射に支障を来たすなど、サンドブラスト処理効率が低下する。一方、粒径が大きすぎても、サンドブラスト装置の噴射ノズルが詰まるようになる。より好ましくは、280〜600μm(篩目の範囲は、28メッシュパス→60メッシュオン)である。
【0028】
上記粒径を満足する硼砂は、日本国内外の試薬製造/販売業者の市販品を購入し、適宜粉砕分級して調製することができる。具体的には、例えば(株)内藤商店、昭和化学(株)、富山薬品工業(株)などから市販されている硼砂を用いることができる。
【0029】
硼砂を用いてサンドブラスト処理された金属材料表面の平均粗さRaは、おおむね、1〜2.5μm程度であり、アルミナを用いて同一条件でサンドブラスト処理を行なったときの金属材料表面のRa(おおむね、3〜6μm程度)に比べて小さい。このように本発明ではRaは小さくなるが、サンドブラスト処理による所望とするアンカー効果(骨との固着力向上効果)は有効に発揮され、しかも、サンドブラスト処理後は水洗により硼砂を簡易且つ完全に除去できるため、その後の生体活性化処理に悪影響を及ぼす恐れもない。なお、上記Raは、一般に行なわれるサンドブラスト処理を、硼砂を用いて実施したときに得られる範囲であり、Raが上記範囲内であれば、所望のアンカー効果は確保される。
【0030】
このRaは、JIS B 0601(2001年)およびJIS B 0633(2001年)に基づいて測定されたものであり、測定速度は1mm/secとし、評価長さ12.5mm(カットオフ値2.5mm)、又は評価長さ4mm(カットオフ値0.8mm)とした。
【0031】
本発明に用いられる金属材料の種類は、インプラントに用いられるものであれば特に限定されず、純TiまたはTi合金、ステンレス鋼、コバルトクロムモリブデン合金、ジルコニウム合金、タンタル又はその合金などが例示されるが、強度や硬度などの機械的特性と骨との親和性などを合わせて考慮すると、純TiまたはTi合金の使用が好ましい。Ti合金の種類も特に限定されず、例えば、Al、V、Zr、Mo、Nb、Taなどの元素を少なくとも一種含むTi合金が例示され、具体的には、Ti−6質量%Al−4質量%V合金、Ti−15質量%Mo−5質量%Zr−3質量%Al合金、Ti−6質量%Al−2質量%Nb−1質量%Ta−0.8質量%Mo合金などが例示される。
【0032】
本発明では、硼砂を用いたところに特徴があり、サンドブラストの条件を限定するものではなく、所望の表面粗さを得られるよう適宜条件を設定することができる。具体的には、上述の粒径の硼砂を用い、噴射圧力1〜5Kgf/cm2、ノズルからの位置1〜20cm、処理時間1〜30秒などの条件で行なえば良い。
【0033】
サンドブラストの後、残留する硼砂を除去するため、水洗を行なう。硼砂は水溶性のため、水洗により容易に除去される。水洗条件は、使用する金属材料などの種類によっても相違するが、例えば常温で超音波洗浄機を用い、10分〜1時間行なうことが好ましい。
【0034】
このようにして粗面加工された金属材料は、その後、アルカリ加熱処理に代表される生体活性化処理が施され、これにより、骨と直接結合する層が形成され、更に強固な骨固着力が得られる。具体的には、水酸化ナトリウム水溶液(濃度2〜10M)などのアルカリ溶液に40〜70℃の温度で、2時間から48時間程度浸漬した後水洗し、乾燥後、大気中にて300〜800℃の温度で1〜24時間加熱する。本発明に用いられるアルカリ加熱処理は、例えば特許文献1に記載の方法を参照することができる。
【0035】
このようにして得られる金属材料は、整形外科領域での人工股関節、人工膝関節、人工肩関節等の人工関節;骨スクリュー、骨プレート、脊椎固定部材等の骨接合用部材;その他の金属製人工骨;歯科領域での人工歯根などのインプラント用材料として好適に用いられる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0037】
実施例1
本実施例では、硼砂を用いてサンドブラスト処理を行なった後の金属材料表面に存在する元素を分析した。
【0038】
詳細には、金属材料としてTi−15質量%Mo−5質量%Zr−3質量%Al合金を用い、機械加工されたままの表面に対して、硼砂(市販の硼砂を28メッシュパス、60メッシュオンに分級したものであり、粒径は280〜600μm)を用いて、噴射圧力2〜3Kgf/cm2、ノズルからの位置1〜10cm、処理時間1〜10秒の条件でサンドブラスト処理を行なった。
【0039】
サンドブラスト後の金属材料表面の表面粗さRaを、前述した方法に基づいて測定した結果、2μmであった。
【0040】
サンドブラスト処理の後、水洗した試料の表面に存在する元素を、高分解能エネルギー分散型X線分光器(Cambridge Corporation(マサチューセッツ州、USA)製KEVEX、検出器Be−ウィンドウ厚5mm)にて分析を行なった。測定条件としては、電子線加速電圧20kVとし、定量的な結果が得られるようスペクトルを調製した。
【0041】
比較のため、サンドブラスト処理前の表面元素分析も同様にして行なった。これらの結果を図1に示す。
【0042】
図1に示すように、サンドブラストの前・後において金属材料を構成する元素(Ti、Mo、Zr、Al)のピーク強度は変化しなかった。また、サンドブラスト後では、硼砂に含まれるNa由来のピークも観察されなかったことから、ブラスト材として用いた硼砂は、水洗により金属材料表面から完全に除去されることがわかった。
【0043】
以上の実験結果により、硼砂を用いてサンドブラスト処理を行なうと、サンドブラスト処理前後の金属材料は変化せず、サンドブラスト処理に用いた硼砂の残留も見られないことが確認された。
【0044】
実施例2
本実施例では、Ti−6質量%Al−4質量%V合金に対して硼砂を用いてサンドブラスト処理を行なった後の金属材料表面に存在する元素を分析した。
【0045】
詳細には、基材の金属材料としてTi−6質量%Al−4質量%V合金を用い、実施例1と同様にしてサンドブラスト処理および水洗を行なった後、金属材料表面を実施例1と同様にして測定した。
【0046】
比較のため、硼砂の代わりに市販のα−アルミナ製ブラスト砂(粒度50〜150μm)を用い、噴射圧力約6kgf/cm2としたこと以外は硼砂ブラストと同様にサンドブラスト処理および水洗を行なった後の金属材料表面を測定した。また、サンドブラスト処理前の表面元素分析も同様にして測定した。これらの結果を図2に示す。
【0047】
なお、サンドブラスト後の金属材料表面の表面粗さRaを、前述した方法に基づいて測定した結果、硼砂を用いたときのRaは2μmであり、アルミナを用いたときのRaは4μmであった。
【0048】
図2に示すように、ショット材として硼砂を用いた場合、サンドブラストの前・後において金属材料を構成する元素(Ti、Al、V)のピーク強度は変化しなかった。また、サンドブラスト後では、硼砂に含まれるNa由来のピークも観察されなかったことから、ブラスト材として用いた硼砂は、水洗により金属材料表面から完全に除去されることがわかった。
【0049】
これに対し、アルミナを用いた場合は、サンドブラスト後に、Alのピーク強度が、主成分であるTiに比べて遥かに大きくなった。この高いAlピーク強度は、ショット材として用いたアルミナ由来のものであり、アルミナが金属材料表面に残留したと考えられる。
【0050】
以上の実験結果により、硼砂を用いてサンドブラスト処理を行なうと、処理前後の金属材料は変化せず、サンドブラスト処理に用いた硼砂の残留も見られなかったのに対し、アルミナを用いると、処理後にアルミナ由来のAl量が金属材料表面に残留することが確認された。
【0051】
実施例3
本実施例では、硼砂を用いてサンドブラスト処理およびアルカリ加熱処理を行なった後の金属材料と骨との固着効果を調べた。
【0052】
詳細には、実施例2と同様のTi−6質量%Al−4質量%V合金を基材としてサンドブラスト処理および水洗を行った後、アルカリ加熱処理を行った。アルカリ加熱処理の処理方法は以下の通りである。まず5M(モル濃度)のNaOH水溶液を調製し、この溶液を60℃の温度に加温、保持した。サンドブラストおよび水洗を行なった上記の基材を、アセトンで脱脂洗浄し、蒸留水で洗浄した後、上記溶液に24時間浸漬した。浸漬後、溶液から取り出した上記の基材を超音波洗浄装置を用いて数十分程度の蒸留水による洗浄処理を行った。適宜乾燥した後、電気炉内に上記の基材を入れ、大気中にて600℃まで昇温し1時間保持した後、室温まで冷却した。このようにして作製した試験体を滅菌バックに入れ、ガンマ線滅菌を施した後、骨内埋植実験に供した。骨内埋植実験は、文献(T.Ogawa et al., Biomechanical evaluation of osseous implants having different surface topographies in rats, J Dent Res, 79(11), 1857-1863(2000))に記載の実験方法に従い、金属材料と骨との固着効果を調べた。
【0053】
具体的には、上記処理を行なった金属材料(サイズφ1mm×L2mm)を、麻酔下のラット(約8週齢)の大腿骨の遠位端から約11mmの位置に1本ずつ埋植し、埋植後1週間、2週間、4週間、8週間経過後に大腿骨ごと回収し、各大腿骨と金属材料との結合力(押し込み力)をインストロン試験機を用いた押し込み試験によって評価した。比較のため、硼砂の代わりに実施例2と同じアルミナブラスト砂を用い、上記と同様の実験を行った。
【0054】
これらの結果を図3に示す。図3中、横軸は埋植後の経過時間(週)であり、縦軸は骨との結合力(N)である。各群はn=6であり、図には、平均値+標準偏差の結果を示しており、図中、NSは、危険率5%で統計的有意差無し;<0.05は、危険率5%未満で有意差有りを表す。
【0055】
図3より、硼砂をショット材として用いた場合は、アルミナを用いた場合に比べ、全ての試験期間において高い骨固着力を示すことが分かる。詳細には、アルミナを用いた場合には、埋植後8週間目で獲得した強固な骨固着力を、硼砂では埋植後わずか4週間以内の極めて短期間に獲得できることが分った。すなわち、本発明に用いられる硼砂は、汎用のアルミナに替わる、インプラント用金属材料表面のサンドブラスト用ブラスト材として極めて有用であることが確認された。
【0056】
両者の骨固着力に対する顕著な相違は、サンドブラスト処理後の金属材料表面の清浄性に起因すると推察される。アルミナは硬度が高いためブラスト砂として極めて好適な材料ではあるが、処理後も金属材料表面に突き刺さったような状態で残留するため、容易に除去することができない。これに対し、本発明で用いられる硼砂は比較的硬度が低く、ブラスト砂としての研磨効率は劣るが、所望とするアンカー効果が得られる程度の表面粗さは確保されており、しかも、水溶性物質であるためサンドブラスト処理後の水洗により残留分を容易且つ完全に除去できたため、骨との強い固着性能が達成されたと考えられる。
【0057】
以上の実験結果より、硼砂を用いて得られる本発明の金属材料は、強固な骨固着性能を早期に獲得できる点で極めて有用であることが実証された。
【0058】
本発明の金属材料は、人工関節や人工歯根などのインプラント用途に好適に用いられる。例えば、人工股関節ステムにおいては、断面が四角形状の薄型のステムで溶射(ポーラス)部を有さず、骨埋入領域が全面にブラスト処理されているタイプ(ヨーロピアンタイプとして知られている)のステムにおいて、ステムの強度を低下させることなく早期の骨固着性を達成できると期待される。また、人工歯根では、2回に分けて手術が行なわれるのが一般的であるが、本発明によれば、インプラントの強い骨固着を早期に獲得できるため、骨内埋入部品(フィクスチャー)を顎骨に埋植して歯肉を縫合する1回目の手術から、フィクスチャーと骨とが十分に固着した数ヶ月後、上部構造(歯冠部分)を取り付ける2回目の手術を行うまでの期間(上部構造取り付けまでの期間)を短縮することが可能である。また、本発明の金属材料は、アルミナに比べて表面粗さが小さいため、ステム自体の強度も維持でき、形状適合性などステム設計の自由度も向上する。また、万が一、手術後に感染症等の理由によりステムを抜去する必要が生じた場合には、ステムと骨の境界に薄刃の骨ノミを打ち込んで骨とステムを分離する術式を採るが、アルミナサンドブラストによる粗い表面よりも硼砂ブラストによる表面の方が骨ノミを挿入しやすく抜去がスムーズに行える、という利点も有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンドブラスト処理された表面を有する生体インプラント用金属材料であって、
前記表面の平均粗さRaは、1〜2.5μmであり、サンドブラスト処理後の水洗によってサンドブラスト処理に用いたブラスト材の残留がなく、且つ、
サンドブラスト処理前後の金属材料表面の成分が変化しないことを特徴とする生体固着性に優れた生体インプラント用金属材料。
【請求項2】
前記ブラスト材は硼砂である請求項1に記載の生体インプラント用金属材料。
【請求項3】
前記金属材料は、TiまたはTi合金である請求項1または2に記載の生体インプラント用金属材料。
【請求項4】
前記表面は、更に生体活性化処理されたものである請求項1〜3のいずれかに記載の生体インプラント用金属材料。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の生体インプラント用金属材料を用いて得られるインプラント。
【請求項6】
前記インプラントが、人工歯根、人工関節、骨接合用部材、または金属製人工骨である請求項5に記載のインプラント。
【請求項7】
生体インプラント用金属材料の表面を、硼砂を用いてサンドブラスト処理することを特徴とするインプラントの製造方法。
【請求項8】
サンドブラスト処理の後、生体活性化処理を行なうものである請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記生体活性化処理は、アルカリ加熱処理である請求項8に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−194099(P2011−194099A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−65515(P2010−65515)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】