説明

生体内脂質検出用薬剤

【課題】 生体に存在する脂質を区別して二次元画像としてその存在部位やひろがりを検出でき、脂質の蓄積に関与する疾患の診断を可能とする薬剤を提供する。
【解決手段】 生体内の脂質を検出するための薬剤であって、分子内に基−SO3-を有するスルホン酸系青色色素及びホミジウムから選ばれる1種以上を有効成分とする脂質検出用薬剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内に存在する脂質を検出するための薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
急性心筋梗塞や不安定狭心症は、冠動脈内膜の肥厚とそこへ脂質が沈着し動脈硬化病変(プラーク)が形成され、それが崩壊して血栓が形成され発症する。血管壁では、マクロファージなどにより低比重リポ蛋白(LDL)から酸化低比重リポ蛋白(酸化LDL)が生じることが知られている。酸化LDLは、単核球やマクロファージの血管壁への侵入と増殖を促し、更に侵入したマクロファージはLDLからの酸化LDL産生を促すとともに膠原繊維を破壊し、プラークを不安定化させることが報告されている(非特許文献1参照)。そして、マクロファージは、酸化LDLを取り込み、泡沫細胞へと変化する(非特許文献2参照)。
【0003】
したがって、血管壁における酸化LDLを含むリポ蛋白質を検出できれば、不安定化したプラークであるかどうかを診断でき、急性心筋梗塞や不安定狭心症の発症予知、治療法の選択、治療効果の判定ができる。同様の機序で発症する脳梗塞、閉塞性末梢動脈硬化症についても同様である。
【0004】
従来、リポ蛋白質の検出は、採血した血液中の量を、超遠沈法により、比重で超低比重リポ蛋白(VLDL)、低比重リポ蛋白(LDL)、中比重リポ蛋白(IDL)、高比重リポ蛋白(HDL)に分けることにより、検出されていた(非特許文献3参照)。最近になり、酸化LDLを血中の過酸化脂質にチオバルビツール酸を加え、産生されるマロンジアルデヒドを吸光度計で測定する(非特許文献4参照)、抗体を加えELISA法で測定する方法(特許文献1参照)が考案されているが、採血した血液でのみ用いうる方法であり、生体内、特に血管壁における検出には用いることができない。すなわち、生体内において、リポ蛋白質又はそれを構成する物質の存在部位や種類を検出する方法は未だ確立されていない。
【0005】
一方、エバンスブルー等の分子内に基−SO3-を有するスルホン酸系青色色素は、障害内皮細胞検出(非特許文献5参照)等の臨床検査、又は食用として用いられている色素であり、最近では、抗血栓作用(特許文献2参照)、血管再狭窄抑制作用(特許文献3参照)、幹細胞の血管壁侵入抑制作用(特許文献4参照)を有することが見出されている。
しかしながら、これらの物質が、リポ蛋白質等の脂質に結合して特有の蛍光を発光せしめることは、全く知られていない。
【特許文献1】特開平7−238098号公報
【特許文献2】国際公開第01/93870号パンフレット
【特許文献3】国際公開第01/93871号パンフレット
【特許文献4】特開2004−035414号公報
【非特許文献1】Sakai M, et al:Atherosclerosis 133; 51-59, 1997
【非特許文献2】Itabe H, et al: J. Bio1. Chem.269: 15278-15281, 1994
【非特許文献3】Friedewald WT, et al: Clin. Chem. 18:499-502, 1972
【非特許文献4】Yagi K: Biochem Med 15: 212-216, 1976, 1978
【非特許文献5】Uchida Y, et al:Am Heart J 130:1114-1119, 1995
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、生体内に存在する脂質を区別して波長としてではなく二次元のカラー画像として、その種類とひろがりを検出でき、脂質の蓄積に関与する疾患の診断を可能とする薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、斯かる実情に鑑み、リポタンパク質等の脂質に親和性を有する生体適合性物質を探索したところ、SO3-基を有する青色色素及びホミジウムが、生体内に存在する酸化LDL、LDL、VLDL、IDL、HDL及びこれらを構成する成分に結合し、その種類に応じて特有の蛍光を発することを見出し、当該蛍光を画像として検出・観察することにより、酸化LDLの存在部位やひろがりを把握でき、従って不安定プラーク等の診断が可能となることを見出した。
【0008】
すなわち本発明は、生体内の脂質を検出するための薬剤であって、分子内に基−SO3-を有するスルホン酸系青色色素及びホミジウムから選ばれる1種以上を有効成分とする脂質検出用薬剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の薬剤によれば、生体内に存在する酸化LDL、LDL、VLDL、IDL、HDL等の脂質をそれぞれ区別して検出することができる。例えば、血管壁に存在する酸化LDLを他のリポ蛋白質と区別して検出できることから、血管壁に形成された不安定プラークを診断することができ、不安定プラークの崩壊によって発症する急性心筋梗塞、不安定狭心症、脳梗塞、閉塞性末梢動脈硬化症の疾患やその発症予知、治療法の選択、治療効果の判定が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明薬剤において、分子内に基−SO3-を有するスルホン酸系青色色素としては、プラーク中の脂質に結合して特有の蛍光を発すものであればよいが、好適にはエバンスブルー、ナイルブルー、トリパンブルーが挙げられる。
また、ホミジウムとしては、臭化ホミジウム、塩化ホミジウム等を使用することができる。
斯かる青色色素及びホミジウムは、いずれも市販品を用いることができる。尚、本発明の青色色素及びホミジウムは、単独で用いてもよく、また2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0011】
本発明の脂質検出用薬剤において、検出可能な脂質としては、例えば、酸化LDL、LDL、VLDL、IDL、HDL等のリポタンパク質、当該リポタンパク質を構成する成分、例えばコレステロールエステル、トリグリセライド、フォスファチジルコリン、酸化フォスファチジルコリン、リゾフォスファチジルコリン、遊離コレステロール、アポリポ蛋白B100等が挙げられる。
すなわち、斯かる脂質は、本発明の薬剤と結合することにより、特定波長の励起光(例えば360nm、470nm)を受けた場合に、特定波長領域(例えば、420nm、515nm)においてそれぞれ固有の蛍光を発する(表1、表2)。
【0012】
本発明の薬剤は、上記青色色素及びホミジウムの1種以上を、製薬上許容し得る担体と共に非経口投与又は固形若しくは液体形態での経口投与のための製剤として製剤化することができる。
非経口投与製剤は、血管内投与製剤、皮下若しくは筋肉内投与製剤が挙げられ、青色色素及びホミジウムの1種以上を薬学的に許容される溶媒、例えば、生理食塩水、等張リン酸緩衝液等に溶解し、必要によりプロピレングリコール、ベンジルアルコール等の任意成分を添加して、製剤化すればよい。
また、経口投与製剤としては、例えば錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤等の固形製剤、溶液剤、シロップ剤、エリキシル剤、油性若しくは水性懸濁剤等の液剤を例示できる。
本発明薬剤は、これらの投与形態のうち、血管内投与製剤として用いるのが好ましい。
【0013】
本発明薬剤の使用量は、その目的や対象となる臓器、疾患によっても異なるが、一般には0.1〜5mg/kgとなる程度の量を投与すればよい。
【0014】
本発明の薬剤を用いて、生体内の脂質を検出するためには、薬剤投与後一定時間経過後に、特定波長(例えば330〜570nm)の励起光を照射し、特定波長領域(例えば390〜660nm)の蛍光を、二次元カラー蛍光像として撮像可能な内視鏡装置を用いて検出すればよい。
例えば、本発明の薬剤を用いて血管壁に形成された不安定プラークの検出・診断を行う場合は、本発明の薬剤を用いて血管内投与製剤を調製し、これを目的とする動脈内に注入し、1〜5分後に、図5に示すような、血管内に挿入する石英ファイバースコープ(ライトガイド部ファイバーが約100本、イメージガイド部ファイバーが約8000本)を内蔵する誘導カテーテル、蛍光を励起する励起装置及び蛍光像を受像する受像装置を有し、蛍光物質をカラーで検出できるカラー(天然色)蛍光像取得用血管内視鏡装置を用い、特定波長領域の蛍光を二次元のカラー画像として取得することにより、酸化LDLの存在を確認すればよい。
【0015】
また、本発明の薬剤を用いることにより、血液を含む体液中に存在する脂質の定性及び定量を行うことができる。例えば、静脈内に本発明の薬剤を投与し、血管壁ではなく血液自体の蛍光を検出すればよい。
【0016】
また、本発明の薬剤は、疾患モデル実験動物に投与し、血管壁に形成された不安定プラークを検出し、当該不安定プラークと各種疾患との関係を研究するための検出試薬として用いることができ、医学上有用な情報が得られる。
【実施例】
【0017】
実施例1 蛍光顕微鏡によるリポ蛋白質蛍光発光の検討
(1)酸化LDL、LDL、VLDL、IDL、HDL 100μg/mL含有水溶液0.05mLをデッキグラスに滴下し、そこへ、エバンスブルー、ナイルブルー、ないしはトリパンブルー1×10-5M 0.05mLを加え、蛍光顕微鏡下で、励起波長、360nm、470nmで励起し、それぞれ420nm、515nmで受光した。
【0018】
図1、2に示したごとく、エバンスブルー、ナイルブルー、トリパンブルーを加えると自家蛍光を有さない酸化LDL、LDL、VLDL、IDL、HDLが、異なった色調の蛍光を発光した。表1に示したごとく3種類の色素を用いることにより、上記の5種類のリポ蛋白質が分別検出できる。
【0019】
【表1】

【0020】
LDL、VLDL、IDLは、核にコレスチールエステル、トリグリセライドを有し、外殻に燐脂質(フォスファチジールコリン)、遊離コレステロール、アポリポ蛋白Bを有する。HDLはアポリポ蛋白Bは有していない。酸化LDLは、フォスファチジールコリンが酸化され、酸化フォスファチジールコリンやリゾフォスファチジールコリン、アポリポ蛋白Bの代謝物質も外殻に有する(Witztum JL, et al:J. Clin. Invest. 88: 1783-1792, 1991)。これらの物質の含有の差異が異なった蛍光発光の原因と判断される。
【0021】
次に、リポ蛋白質を構成している物質100μg/mL溶液0.05mLにエバンスブルー、ナイルブルー、ないしはトリパンブルーを同様にして加え蛍光を調べた。表2に示したごとく、それぞれが異なった色調の蛍光を発光した。
【0022】
【表2】

【0023】
血管壁におけるリポ蛋白質の検出を行なう場合、血管壁を構成している、他の物質の蛍光がリポ蛋白質の検出の妨げとなってはならない。そこで、血管壁を構成している主な物質の蛍光を調べた。表3に示したごとく、リポ蛋白質と同じ蛍光を発光する物質はなかった。
【0024】
【表3】

【0025】
(2)同様にして、橙色の自家蛍光を有するホミジウムクロライドを単独で1×10-5 M0.05mLをリポ蛋白質ないしはその構成物質に加え蛍光を調べた。また、トリパンブルー1×10-5 Mとともに加えた。その結果、表4に示すごとく、ホミジウムクロライドの自家蛍光色である橙色以外の色調の蛍光を発光することが判明した。
【0026】
【表4】

【0027】
実施例2 ヒト冠動脈動脈硬化病変(プラーク)におけるリポ蛋白質の検出の検討
家族の承諾を得て、剖検心より冠動脈を摘出し、エバンスブルー、ナイルブルー、トリパンブルー 10-5M溶液に浸し、内膜面を蛍光顕微鏡で調べた。図3に示したごとく、エバンスブルーでは、励起波長360nmで菫色、470nmで褐色の物質が確認された。ナイルブルーでは、図4のごとく、励起波長470nmで、金色の物質が検出され、酸化LDLであると判断された。従って、図5に示すような、蛍光物質をカラーで検出できるカラー(天然色)蛍光像取得用血管内視鏡装置を用いれば、人体内において、冠動脈を含む血管壁におけるリポ蛋白質の検出ができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】励起波長360nm、受光波長420nmにおけるエバンスブルー、ナイルブルー、トリパンブルー存在下でのリポ蛋白質の蛍光を示す。
【図2】励起波長470nm、受光波長515nmにおけるエバンスブルー、ナイルブルー、トリパンブルー存在下でのリポ蛋白質の蛍光を示す。
【図3】エバンスブルー存在下におけるヒト冠動脈病変の蛍光を示す。 上段:励起波長360nm、受光波長420nm。左:エバンスブルー投与前 右:エバンスブルー投与後。矢印:菫色物質。×40。 下段:励起波長470nm、受光波長515nm。左:エバンスブルー投与前。 右:エバンスブルー投与後。矢印:褐色物質。×40。
【図4】ナイルブルー存在下でのヒト冠動脈病変の蛍光を示す。 励起波長470nm、受光波長515nm 左:ナイルブルー投与前。中央:ナイルブルー投与後。散在する金色の物質。×40。 右:拡大像。金色の物質。×400。
【図5】蛍光像取得用血管内視鏡の説明図である。
【符号の説明】
【0029】
1 水銀キセノンランプ
2 集光レンズ
3 励起フィルター
4 石英ファイバー接続部
5 励起フィルター変換用ツマミ
6 ファイバースコープ
7 イメージガイド部
8 受像フィルターを変換するツマミ
9 送像回路接続部
10 受光フィルター
12 高感度デジタルカメラ
13 フィルター板
14 ライトガイド部
15 フィルター板
a 励起装置
b 受像装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内の脂質を検出するための薬剤であって、分子内に基−SO3-を有するスルホン酸系青色色素及びホミジウムから選ばれる1種以上を有効成分とする脂質検出用薬剤。
【請求項2】
プラーク中の酸化低比重リポ蛋白質を検出するものである請求項1記載の薬剤。
【請求項3】
スルホン酸系青色色素が、エバンスブルー、ナイルブルー及びトリパンブルーである請求項1又は2記載の薬剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−76957(P2006−76957A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−264357(P2004−264357)
【出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【出願人】(501356237)
【Fターム(参考)】