説明

生体分子検出装置および生体分子検出方法

【課題】高感度な測定が可能な生体分子検出装置を提供する。
【解決手段】配向制御光117の照射方向を周期的に切り替えることにより、溶液中のバインディング分子15の配向方向を周期的に切り替えた。溶液中の蛍光分子14が発生する蛍光123からバインディング分子15の配向周期に同期した成分を抽出して検出することにより、簡便な構成で検出対象物質の濃度を正確に測定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中の検出対象物質を検出する技術に係り、特に、検体内の生体分子、ウイルス、核酸、蛋白質および細菌等を検出することが可能な生体分子検出装置および生体分子検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医師や技師等が診療の現場で生体分子検出を行い、その場で測定結果を得て診断や治療に役立てる生体分子検出法が注目されている。生体分子検出法は、抗原抗体反応等の特異的な反応を利用した高い選択性により、血液、尿、汗といった複数成分を有する体液の中から、検出対象物質だけを選択的に検出する方法である。このような生体分子検出法は、特に、ウイルス、核酸、蛋白質および細菌等の生体分子の微量検出、検査、定量および分析などに広く用いられている。
【0003】
生体分子検出法として、ラジオイムノアッセイが実用化されている。ラジオイムノアッセイは、アイソトープで標識された抗原または抗体を用い、その抗原または抗体と特異的に結合する抗体または抗原の有無を検出するものである。ラジオイムノアッセイは、アイソトープの放射線量を測定することにより抗体または抗原等の検出対象物質を定量するもので、高感度な測定が可能である。
【0004】
放射性物質を用いない生体分子検出法として蛍光イムノアッセイがある。蛍光イムノアッセイとしては、予め反応層に抗体を固定しておき(抗体が固定された反応層を固相という)、当該反応層に、測定対象溶液および蛍光分子で標識された抗体を流し、反応層近傍の蛍光を測定することにより、抗体に特異的に結合した抗原の濃度を測定する装置が知られている(例えば特許文献1参照)。
【0005】
しかしながら、固相を利用した蛍光イムノアッセイは、固相を作成するのにコストがかかるという問題があった。固相を用いず液体中で生体分子検出を行う(すなわち、液相のみを用いる)方法として、蛍光偏光法を利用して抗原抗体反応を確認する方法がある。蛍光偏光法は、蛍光標識した分子に別の分子が結合し分子の大きさが変化することにより生じる、ブラウン運動の変化に基づく蛍光偏光度の値の変化を検出する方法である。蛍光偏光法を利用した生体分子検出法は、検体中の検出対象物質の簡便かつ迅速な検知法として知られている(例えば特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−120397号公報
【特許文献2】特開2008−298743号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の蛍光偏光法は、ランダムな運動であるブラウン運動の変化を利用しているため、測定感度に限界があるという問題がある。また、特許文献2の方法では、ブラウン運動の変化による影響を受ける程度に蛍光寿命が長い必要がある。しかし、蛍光寿命は検体内の成分によって影響を受けるため、特許文献2の方法による測定結果は、ばらつきが生じることがある。
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、高感度測定が可能な生体分子検出装置および生体分子検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明に係る生体分子検出装置は、
検出対象物質に特異的に結合する物質と蛍光分子とを有する第1の複合体から発生する蛍光と、第1の複合体と検出対象物質とが結合した第2の複合体から発生する蛍光とを検出して、溶液中に存在する検出対象物質の検出または定量を行う生体分子検出装置であって、
特定方向の直線偏光成分を有し蛍光分子を励起する励起光を照射する光源と、
蛍光分子から発生する蛍光を検出する受光部と、
溶液中の第2の複合体を周期的に切り換えて配向させる配向制御手段と、
受光部によって検出された上記蛍光の内、第2の複合体が配向する周期に同期した成分を抽出する同期成分抽出手段と、
同期成分抽出手段によって抽出された上記成分に基づいて検出対象物質の検出または定量を行う演算部とを具備する構成をとる。
【0010】
また、本発明に係る生体分子検出装置において、配向制御手段は、第2の複合体が有する蛍光分子の遷移モーメントが励起光の上記直線偏光成分の振動方向と平行となる第1の方向、および、上記遷移モーメントが上記振動方向と垂直となる第2の方向に、第2の複合体を切り換えて配向させるものであることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る生体分子検出装置において、第2の複合体を切り換えて配向させる周期は、検出対象物質の分子量または体積と、検出対象物質と特異的に結合する物質および蛍光分子の分子量または体積と、配向制御手段による配向制御の強度とに基づいて決定されることが好ましい。
【0012】
また、本発明に係る生体分子検出装置において、配向制御手段は、励起光と波長が異なる光を照射して第2の複合体を配向させる配向制御光源を備えることが好ましい。この場合において、配向制御光源は、励起光と波長が異なる上記光を溶液に対し複数の位置から照射するものであることが好ましい。
【0013】
さらに、配向制御手段が配向制御光源を備える場合において、溶液を保持する溶液保持部であって少なくとも一面に平面を有する溶液保持部を備えることが好ましい。この場合において、配向制御光源は、溶液を通って溶液保持部の上記平面から出射する方向に、励起光と波長が異なる上記光を照射し、かつ、溶液と上記平面との界面において励起光と波長が異なる上記光に焦点を結ばせるものであることが好ましい。
【0014】
また、本発明に係る生体分子検出装置において、受光部は、光を分光する分光手段を備えることが好ましい。この場合において、分光手段は、特性の異なる複数のフィルタであり、受光部は、蛍光の波長に応じて複数のフィルタを切り替えるものであることが好ましい。
【0015】
また、本発明に係る生体分子検出方法は、
検出対象物質に特異的に結合する物質と蛍光分子とを有する第1の複合体から発生する蛍光と、第1の複合体と検出対象物質とが結合した第2の複合体から発生する蛍光とを検出して、溶液中に存在する検出対象物質の検出または定量を行う生体分子検出方法であって、
特定方向の直線偏光成分を有し蛍光分子を励起する励起光を照射するステップと、
溶液中の第2の複合体を周期的に切り換えて配向させるステップと、
蛍光分子から発生する蛍光を検出するステップと、
検出された上記蛍光の内、第2の複合体が配向する周期に同期した成分を抽出するステップと、
抽出された上記成分に基づいて検出対象物質の検出または定量を行うステップとを具備する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高感度な生体分子検出をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1A】実施の形態1に係る生体分子検出装置の抗原抗体反応の概要を説明するための模式図である。
【図1B】実施の形態1に係る生体分子検出装置の抗原抗体反応の概要を説明するための模式図である。
【図2A】励起光の振動方向と蛍光分子の遷移モーメントとが互いに平行な場合を表した模式図である。
【図2B】励起光の振動方向と蛍光分子の遷移モーメントとが互いに垂直な場合を表した模式図である。
【図3A】フリー分子(抗原が結合していない蛍光分子および抗体)を表した模式図である。
【図3B】バインディング分子(抗原が結合した蛍光分子および抗体)を表した模式図である。
【図4A】実施の形態1に係る生体分子検出装置の外観斜視図である。
【図4B】実施の形態1に係る生体分子検出装置の開閉部を開けた状態の外観斜視図である。
【図5】生体分子検出装置の主要な構成を示すブロック図である。
【図6】配向制御用光源部から照射される配向制御光の照射方向の切り替えを上面から見た模式図である。
【図7A】配向制御光のある照射方向とバインディング分子の配向方向とを表した模式図である。
【図7B】図7Aにおける照射方向と直交する配向制御光の照射方向とバインディング分子の配向方向とを表した模式図である。
【図8】実施の形態1に係る生体分子検出装置における受光部の詳細な構成を表した模式図である。
【図9】検体の準備から廃棄までの流れを模式的に表した図である。
【図10A】実施の形態1に係る生体分子検出装置における配向制御信号およびPD出力を示したグラフである。
【図10B】実施の形態1に係る生体分子検出装置におけるロックインアンプ出力を示したグラフである。
【図11A】実施の形態2に係る生体分子検出装置の抗原抗体反応の概要を説明するための模式図である。
【図11B】実施の形態2に係る生体分子検出装置の抗原抗体反応の概要を説明するための模式図である。
【図12】実施の形態2に係る生体分子検出装置の主要な構成を示すブロック図である。
【図13】実施の形態2に係る生体分子検出装置における受光部の詳細な構成を表した模式図である。
【図14A】実施の形態2における一方の検出対象物質についてのPD出力を表したグラフである。
【図14B】実施の形態2における他方の検出対象物質についてのPD出力を表したグラフである。
【図15A】一方から配向制御光を照射した場合における、蛍光分子の遷移モーメントの方向とランダム偏光した励起光の振動方向との関係を表す概念図である。
【図15B】他方から配向制御光を照射した場合における、蛍光分子の遷移モーメントの方向とランダム偏光した励起光の振動方向との関係を表す概念図である。
【図16A】一方から配向制御光を照射した場合における、蛍光分子の遷移モーメントの方向と2方向に直線偏光した励起光の振動方向との関係を表す概念図である。
【図16B】他方から配向制御光を照射した場合における、蛍光分子の遷移モーメントの方向と2方向に直線偏光した励起光の振動方向との関係を表す概念図である。
【図17A】配向制御信号の小さい周波数に同期した蛍光成分を検出する例を示す図である。
【図17B】配向制御信号の大きい周波数に同期した蛍光成分を検出する例を示す図である。
【図18A】配向制御光の偏光軸の変化に伴うバインディング分子の配向の変化を説明するための概念図(1)である。
【図18B】配向制御光の偏光軸の変化に伴うバインディング分子の配向の変化を説明するための概念図(2)である。
【図18C】配向制御光の偏光軸の変化に伴うバインディング分子の配向の変化を説明するための概念図(3)である。
【図19】試薬カップの多点に直線偏光した配向制御光を底面から入射させる場合を示す概念図である。
【図20】直線偏光した配向制御光を所定の方向から多点に入射させるための配向制御用光源部の構造を示す概念図である。
【図21】直線偏光した配向制御光を所定の方向から多点に入射させるための光学系の一例を示す概念図である。
【図22】直線偏光した配向制御光を所定の方向から多点に入射させるための光学系の別の例を示す概念図である。
【図23】マイクロレンズアレイを示す概念図である。
【図24】試薬カップの形状の一例を示す概念図である。
【図25】集光された配向制御光の焦点と試薬カップとの位置関係の一例を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施の形態について説明する。生体分子検出には様々な特異的な反応が利用されるが、各実施の形態では、抗原および抗体の特異的な反応を利用し、当該抗体に標識された蛍光分子から発生する蛍光を基に、抗体と反応した抗原を検出する装置を例にとって説明する。
【0019】
(実施の形態1)
図1Aおよび図1Bは、本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置における抗原抗体反応の概要を示した模式図である。図1Aおよび1Bを用いて、液中での抗原抗体反応について説明する。実施の形態1では、1種類の抗体を使用し、均一溶液中で1種類の抗原を検出する。ここでは、円筒形の試薬カップ10の中に乾燥した抗体12が入れられている場合を考える。抗体12は、蛍光分子14で標識されている。
【0020】
本実施の形態において、検体は、全血から分離した血漿16である。試薬カップ10に血漿16を分注して撹拌すると、抗体12と特異的に結合する抗原18が血漿16中に存在する場合は、抗体12と抗原18との間で抗原抗体反応が起こり、図1Bに示すように抗体12および抗原18が特異的に結合して血漿溶液中に存在する。
【0021】
本実施の形態では、検体として全血から分離した血漿16を用い、検出対象物質である抗原18としてPSA(Prostate Specific Antigen)を検出する場合を考え、検出対象物質と特異的に結合する物質である抗体12として抗PSA抗体を用いた場合について示す。蛍光分子14としては、Alexa Fluor 568(Molecular Probes社の商品名)を用いた。Alexa Fluor 568は、波長610nm程度にピークを持ち、550nm−700nm程度の波長を持った蛍光を発する。
【0022】
抗体12は、抗原18に対して十分に多い量が入れられているため、一部の抗体12は抗原抗体反応をしないまま血漿16中に残る。以下、抗原抗体反応で結合した抗体12および抗原18ならびに蛍光分子14の複合体をバインディング分子、抗原抗体反応をせず液中に漂っている抗体12および蛍光分子14の複合体をフリー分子と呼ぶ。バインディング分子およびフリー分子は、血漿16中に混在している。なお、血漿16中には抗原18以外の成分も存在するが、説明を簡単にするため、図1Aおよび1Bでは抗原18以外の成分は省略してある。
【0023】
本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置は、液相であることによりフリー分子およびバインディング分子が混在している溶液に対し、励起光を照射し、蛍光分子14から発生する蛍光を受光して、抗原18の検出および定量を行う。従って、抗原18を含むバインディング分子から発生する蛍光のみを検出することが望ましい。しかしながら、フリー分子およびバインディング分子は溶液中に混在しているため、溶液に励起光を照射すると、フリー分子に付随する蛍光分子14からも蛍光が発生する。この蛍光はバインディング分子に付随する蛍光分子14から発生する蛍光との関係で不要成分となる。そこで、本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置は、バインディング分子の配向を光により切り替えつつ蛍光を検出し、配向の切り替えに伴う蛍光強度の変化に基づいて全蛍光データの中からバインディング分子に付随する蛍光分子14から発生する蛍光の寄与分を算出する。
【0024】
本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置において、バインディング分子から発生する蛍光の寄与分とフリー分子から発生する蛍光の寄与分とを算出する原理を説明するために、直線偏光した励起光による蛍光分子14の励起効率について図2Aおよび2Bを用いて説明する。
【0025】
図2Aは、励起光19の振動方向と蛍光分子14の遷移モーメントの方向とが互いに平行な場合を表す模式図、図2Bは、励起光19の振動方向と蛍光分子14の遷移モーメントの方向とが垂直な場合を表す模式図である。本明細書では、説明を分かりやすくするため、蛍光分子14の長手方向(楕円で示された蛍光分子14の長軸方向)と遷移モーメントの方向とは互いに平行となっているものとする。つまり図2Aおよび2Bは、蛍光分子14の向き(楕円で示された蛍光分子14の長軸方向)と遷移モーメントの向きとが一致している場合を描いた図である。なお本明細書において、光の「振動方向」とは電場の振動方向を意味し、光が偏光している場合にはその偏光方向と同義である。
【0026】
蛍光分子14は、光エネルギーを吸収すると励起状態に遷移し、基底状態に戻る過程で蛍光を発する。一般に、直線偏光した励起光で蛍光分子14を励起すると、蛍光分子14は当該励起光の振動方向と同じ方向に偏光した蛍光を発する。蛍光分子14から発生する蛍光の偏光度は、蛍光分子14の回転運動の速度に依存する。すなわち蛍光分子14が回転運動していなければ、蛍光分子14は当該励起光の振動方向と同じ方向に偏光した蛍光を発し、蛍光分子14が速い回転運動をしているほど、蛍光分子14から発生する蛍光の偏光度は小さい。
【0027】
蛍光分子14が励起される場合、蛍光分子14の分子構造によって決まる遷移モーメントという蛍光分子14内のベクトルが励起光19と相互作用する。遷移モーメントは、蛍光分子14内で、ある固有の方向を持っており、遷移モーメントの方向と励起光19の振動方向との関係が蛍光分子14の励起効率を決定する。具体的には、蛍光分子14は、遷移モーメントの方向と平行な方向に振動する光を選択的に吸収する。従って、図2Aおよび2Bに示すように、励起光19が紙面上下に振動しながら紙面左から右に進行して蛍光分子14に当たる場合、直線偏光した励起光19の振動方向が蛍光分子14の遷移モーメントの方向と平行な場合(図2A)に最も励起効率が高くなり、直線偏光した励起光19の振動方向と蛍光分子14の遷移モーメントの方向とのなす角の角度が大きくなるほど励起効率は下がり、直線偏光した励起光19の振動方向が蛍光分子14の遷移モーメントの方向と直交している場合(図2B)に励起効率が0となる。遷移モーメントの向きは、蛍光分子14の向きによって変わるため、溶液中における蛍光分子14の向きは、蛍光分子14の励起効率に影響を与える。
【0028】
溶液中における蛍光分子14の向きを考えるため、図3Aおよび3Bを用いて、溶液中におけるフリー分子13およびバインディング分子15の運動について説明する。図3Aは、フリー分子13を構成する抗体12および蛍光分子14を示した模式図である。図3Bは、バインディング分子を構成する抗体12、抗原18および蛍光分子14を示した模式図である。
【0029】
フリー分子13およびバインディング分子15は、溶液中で不規則に運動(ブラウン運動)しており、溶液中の移動および回転運動を行っている。溶液中での分子のブラウン運動は、絶対温度、分子の体積、分子の分子量(質量)および溶媒の粘度等の影響を受けることが知られている。バインディング分子15は、抗原18の分だけフリー分子13より体積が大きく、溶液中でブラウン運動しにくい。溶液中でフリー分子13およびバインディング分子15のブラウン運動のしやすさが異なることを利用して、ブラウン運動の変化からバインディング分子15の検出を行う方法が知られているが、ブラウン運動というランダムな運動を利用しているため、検出感度に限界がある。
【0030】
そこで、本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置は、レーザーを利用して溶液中のバインディング分子15を周期的に配向させ、配向周期に合った信号のみを検出することでバインディング分子15から発生する蛍光の寄与分の算出を行う。
【0031】
溶液中のフリー分子13およびバインディング分子15にレーザーを照射すると、溶液中のフリー分子13およびバインディング分子15は、外力を受ける。レーザーによりバインディング分子15が受ける外力をFb、フリー分子13が受ける外力をFfとすると、フリー分子13およびバインディング分子15は、抗原18の有無により体積および分子量が互いに異なるため、レーザーを照射された場合に受ける外力の大きさも互いに異なり、Fb>Ffとなる。
【0032】
また、フリー分子13およびバインディング分子15では、体積または分子量等の差異により溶液中でのこれらの分子のブラウン運動のしやすさが互いに異なる。フリー分子13の方が、バインディング分子15より体積および分子量が小さいため、ブラウン運動をしやすい。バインディング分子15を配向させるために必要な力をBb、フリー分子13を配向させるために必要な力をBfとすると、Bb>Bfとなる。Fb>Bbであればバインディング分子15は配向し、Ff<Bfであればフリー分子13は配向しない。
【0033】
本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置は、バインディング分子15のみを周期的に配向させ、配向周期に合った信号のみを検出することでバインディング分子15から発生する蛍光の寄与分の算出を行う。バインディング分子15を配向させ、フリー分子13を配向させないために、Fb>Bb、Ff<Bfとなるように溶液の絶対温度、分子の体積、分子量、溶媒の粘度およびレーザーの強度等の要因を決定する。分子の体積および分子量は検出対象物質により決定されることが多く、溶液の粘度は検体に依存することが多いため、本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置は、主に溶液の絶対温度およびレーザーの強度を変更しながらバインディング分子15のみを配向させるような条件の調整を行う。そのため、本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置は、溶液の温度を調節する機能とレーザーの強度を調節する機能とを有している。
【0034】
本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置100の構成について説明する。図4Aは、生体分子検出装置100の外観斜視図である。生体分子検出装置100の側面には、表示部102、ユーザー入力部104および開閉部106がある。表示部102は、測定結果等を表示する。ユーザー入力部104は、ユーザーがモードの設定および検体情報の入力等を行う部分である。開閉部106は、上蓋の開閉が可能な構成となっており、検体のセット時には上蓋が開けられ、測定時には上蓋が閉じられる。この構成により、外部の光が測定に影響を与えることを防いでいる。
【0035】
図4Bは、開閉部106が開いた場合における生体分子検出装置100の外観斜視図である。開閉部106を開くと、中には試薬カップ108および保持台110がある。試薬カップ108は、保持台110に保持されており、保持台110から着脱可能となっている。試薬カップ108は、溶液を入れる円柱状の容器である。ユーザーは、試薬カップ108に検体を分注し、上蓋を閉じて測定を行う。図示しないが、生体分子検出装置100内には試薬タンクおよび分注部があり、測定が開始されると、分注部は試薬タンク内から試薬を吸い上げて試薬カップ108内に分注する。
【0036】
図5は、生体分子検出装置100の主要な構成を説明するための機能ブロック図である。生体分子検出装置100は、表示部102、ユーザー入力部104、試薬カップ108、試薬タンク112、分注部114、配向制御用光源部116、励起光源部118、AOD(Acousto Optic Deflector)120、FG(Function Generator)122、受光部124、増幅部126、ロックインアンプ127、A/D変換部128、サンプリングクロック発生部130、CPU132およびダイクロイックミラー138を有する。
【0037】
試薬カップ108は、試薬タンク112に保存してある試薬と患者等から採取した検体とを反応させる容器である。試薬カップ108は、生体分子検出装置100から着脱可能となっている。試薬カップ108の容量は、例えば約120μLである。
【0038】
試薬タンク112は複数種類の試薬を貯めておくタンクである。フリー分子13は試薬タンク112中に試薬として保存されている。
【0039】
分注部114は、着脱可能なピペットや吸引器によって構成される。分注部114は、CPU132からの命令に従い、測定に使用する試薬を試薬タンク112からピペットで吸い上げ、試薬カップ108へ分注する。
【0040】
配向制御用光源部116は、配向制御光117をAOD120に向けて照射し、試薬カップ108内の溶液中に存在するバインディング分子に外力を加えてバインディング分子を配向させる。つまり本明細書において、配向制御用光源部116が本発明における配向制御手段に相当する。配向制御光117としては、例えば、波長980nm、出力700mWのレーザーを用いる。配向制御光117は、蛍光分子14が吸収しない波長のレーザーであり、蛍光分子14の色素が壊れる等の影響を与えない程の強度を有する。配向制御光117は、試薬カップ108の溶液全体を照らす程度の幅を有している。
【0041】
励起光源部118は、内部に備えた偏光子により直線偏光した励起光119を、ダイクロイックミラー138を介して試薬カップ108に向けて照射して蛍光分子14を励起する。励起光としては、例えば波長532nm、出力10mWの光を用いる。
【0042】
ダイクロイックミラー138は、特定波長の光を反射し、その他の波長の光を透過させるミラーである。ダイクロイックミラー138は、配向制御光117を反射し、励起光119を透過させる。
【0043】
AOD120は、音響光学効果を利用して入力電圧に基づいて内部の屈折率を変化させることで入射した光の進行方向を切り替える。AOD120は、FG(Function Generator)122から出力された電圧信号(以下このAOD120への出力信号を配向制御信号という)によって入力される電圧に基づいて、内部の屈折率を変化させて配向制御光117の進行方向を切り替える。換言すれば、配向制御光117の進行方向は、FG122が発生させる配向制御信号によって決まる。AOD120は、配向制御光117の進行方向を、試薬カップ108に照射させる方向(図中では矢印134で示す)と、ダイクロイックミラー138に照射させる方向(図中では矢印136で示す)とで交互に切り替える。
【0044】
FG122は、様々な周波数と波形をもった電圧信号を発生させることのできる装置で、CPU132から出力された命令を受けて、AOD120、ロックインアンプ127およびサンプリングクロック発生部130へ電圧信号を出力する。
【0045】
CPU132は、FG122に対して出力する配向制御信号を指定することで、AOD120が配向制御光117の進行方向を切り替えるタイミングを制御する。
【0046】
受光部124は、フィルタやフォトダイオード等によって構成される。受光部124は、試薬カップ108の下部に設けられ、試薬カップ108内の蛍光分子14から発生する蛍光123を試薬カップ108の下部で受光し、受光した光の信号をアナログ電気信号(アナログ蛍光データ)に変換して増幅部126へ出力する。
【0047】
増幅部126は、受光部124から出力されたアナログ蛍光データを増幅してロックインアンプ127へ出力する。
【0048】
ロックインアンプ127は、アナログ蛍光データを直流に周波数変換する。ロックインアンプ127には、FG122から参照信号である方形波が入力される。ロックインアンプ127は、増幅部126から出力されたアナログ蛍光データから、参照信号の周波数と等しい周波数成分の検出を行う。具体的には、ロックインアンプ127は、参照信号の周波数と等しい周波数成分のみを同期検波により直流信号に変換し、内部に設けられたローパスフィルタにより直流信号のみを通過させる。ロックインアンプ127は、直流信号をA/D変換部128へ出力する。つまり本明細書において、ロックインアンプ127が本発明における同期成分抽出手段に相当する。
【0049】
サンプリングクロック発生部130は、FG122から出力された電圧信号に基づいて、A/D変換部128がアナログ蛍光データをサンプリングするタイミングを指定するサンプリングクロックをA/D変換部128に出力する。
【0050】
A/D変換部128は、サンプリングクロック発生部130から出力されたサンプリングクロックに基づいて、ロックインアンプ127から出力されたアナログ蛍光データのサンプリングを行い、サンプリングしたアナログ蛍光データをデジタルデータに変換してCPU132へ出力する。
【0051】
CPU132は、A/D変換部128から出力されたデジタルデータの演算を行い、その結果を表示部102へ出力する。また、CPU132は、ユーザー入力部104から入力を受けて、配向制御用光源部116、励起光源部118、分注部114およびFG122の動作の指示命令を行う。具体的には、CPU132は、配向制御用光源部116および励起光源部118に対してはそのON/OFF命令を行い、分注部114に対しては使用する試薬を指定する命令および分注動作開始命令を行い、FG122に対しては出力する電圧信号の波形の指示命令および出力命令を行う。
【0052】
図6は、配向制御用光源部116から照射されるレーザーの照射方向の切り替えを説明するため、生体分子検出装置100の内部を上面側から見た模式図である。
【0053】
配向制御用光源部116から照射される配向制御光117は、AOD120を通って試薬カップ108へ照射される。配向制御光117は、試薬カップ108の溶液全体を照らす程度の幅を持っている。
【0054】
AOD120は、配向制御用光源部116から照射された配向制御光117の照射方向を2方向で交互に切り替える。具体的には、AOD120は、FG122から5Vの配向制御信号が出力された場合には、配向制御光117を矢印134の方向へ進ませ、FG122から0Vの配向制御信号が出力された場合には、配向制御光117を矢印136の方向へ進ませる。
【0055】
矢印134の方向に進んだ配向制御光117は、そのまま試薬カップ108の側面に入射する。矢印136の方向に進んだ配向制御光117は、ダイクロイックミラー138によって反射され、矢印134の方向と垂直な方向に進んで試薬カップ108の側面に入射する。上面から見た試薬カップ108を時計の文字盤に例えると、矢印134の方向へ進んだ配向制御光117は9時の位置から入射して3時の方向へ進行し、矢印136の方向へ進んだ配向制御光117は6時の位置から入射して12時の方向へ進行する。すなわち、矢印134の方向へ進んだ配向制御光117が試薬カップ108へ入射する方向と、矢印136の方向へ進んだ配向制御光117が試薬カップ108へ入射する方向とは互いに直交する。
【0056】
ダイクロイックミラー138は、配向制御光117に用いた波長の光のみを反射し、その他の波長の光を透過させる。励起光源部118から照射された励起光119は、ダイクロイックミラー138を透過し、ダイクロイックミラー138で反射した配向制御光117と同じ方向に進行して試薬カップ108の側面へ入射する。
【0057】
このような構成により、生体分子検出装置100は、FG122からの配向制御信号の入力によりAOD120を制御することで、配向制御光117が試薬カップ108へ入射する方向を、角度が互いに90度異なる2つの方向で交互に切り替えることができる。
【0058】
AOD120と試薬カップ108との間には遮光板140があり、生体分子検出装置100は、矢印134および矢印136が示す方向以外に進行する配向制御光117が試薬カップ108へ照射されないように構成されている。また、配向制御光117は、矢印134および矢印136のいずれの方向に進行した場合においても、円柱状の試薬カップ108の側面へ入射する。試薬カップ108は円柱であるため、配向制御光117の進行方向が切り替わっても、配向制御光117が入射する試薬カップ108の側面の形状は同じである。
【0059】
配向制御光117の照射方向の切り替えに対する試薬カップ108内のバインディング分子の動きについて、図7Aおよび7Bを用いて説明する。図7Aは、配向制御光117の一方の照射方向とバインディング分子の配向方向とを表した模式図であり、図7Bは、配向制御光117の他方の照射方向とバインディング分子の配向方向とを表した模式図である。図7Aおよび7Bは、試薬カップ108を上面から見た図である。なお、本明細書において、フリー分子およびバインディング分子に関して「配向方向」とは、配向の切り替えが完了した状態における抗体および蛍光分子が並んだ方向を意味するものとする。
【0060】
配向制御光117を照射された試薬カップ108内のバインディング分子15は、配向制御光117によって外力を受けて特定の方向に配向する。配向制御光117による外力は、配向制御光117がバインディング分子15に当たって散乱する反作用として生じるものであり、配向制御光117が進行する方向とバインディング分子15の溶液中での向き(バインディング分子15の長手方向(蛍光分子14、抗体12、抗原18が並んだ方向))との関係によって力を及ぼす方向が決まる。
【0061】
通常フリー分子およびバインディング分子は、溶液中でランダムな方向を向いて分散している。しかしながら図7Aのように、紙面左から右に進行する配向制御光117を照射されたバインディング分子15は、配向制御光117によって回転するような方向(回転方向)の力を受け、配向制御光117の照射範囲内で、配向制御光117の外力がバインディング分子15に及ぼす様々な方向への回転方向の力が釣り合う方向を向いて安定する。換言すれば、バインディング分子15は、配向制御光117の進行方向とバインディング分子15の長手方向とが同じ方向を向いていない場合は、右回転または左回転の外力を受けるが、配向制御光117の進行方向とバインディング分子15の長手方向とが同じ方向を向いている場合は、右回転および左回転の外力が釣り合うため、安定する。試薬カップ108内のバインディング分子15は、配向制御光117を照射されると全て同一方向(配向制御光117の進行方向とバインディング分子15の長手方向とが平行となる方向)を向いて配向する。すなわち、全てのバインディング分子15に付随する蛍光分子14の遷移モーメントが同一方向を向くように揃う。一方、試薬カップ108内のフリー分子13は、配向制御光117によって受ける外力より、ブラウン運動を行う力の方が強いため配向されず、溶液中でブラウン運動を行う。
【0062】
そして図7Bのように、配向制御光117の進行方向が紙面左右から紙面上下に切り替わると、紙面右を向いて配向していたバインディング分子15は、左回転する方向の力を受ける。紙面下から上に進行する配向制御光117を受けたバインディング分子15は、紙面左から右へ進行する配向制御光117によって配向した方向に対して垂直な方向を向いて安定する。この場合も、全てのバインディング分子15に付随する蛍光分子14の遷移モーメントが同一方向を向くように揃う。また、試薬カップ108内のフリー分子13は、配向制御光117によって受ける外力より、ブラウン運動を行う力の方が強いため配向されず、溶液中でブラウン運動を行う。このように、配向制御光117の照射方向を変えることにより、溶液内でのバインディング分子15の配向方向を切り替えることができる。
【0063】
本実施の形態では、矢印134の方向に進んだ配向制御光117によって配向されたバインディング分子15に付随する蛍光分子14の遷移モーメントの方向は、直線偏光された励起光119が振動する方向と平行であり、蛍光分子14の励起効率が最大となる。また、矢印136の方向に進んだ配向制御光117によって配向されたバインディング分子に付随する蛍光分子14の遷移モーメントの方向は、直線偏光された励起光119が振動する方向と垂直となり、蛍光分子14の励起効率が0となる。従って、AOD120による配向制御光117の照射方向の切り替えは、直線偏光された励起光119に対するバインディング分子15に付随する蛍光分子14の励起効率を、最大と最小(励起できない場合)との間で切り替えることになる。AOD120に入力される配向制御信号が5Vの場合は、バインディング分子15に付随する蛍光分子14の励起効率が最大となり、AOD120に入力される配向制御信号が0Vの場合は、バインディング分子15に付随する蛍光分子14の励起効率が最小となる。
【0064】
続いて図8を用いて受光部124の詳細な構成について説明する。図8は、受光部124の詳細な構成を表した模式図である。受光部124は、レンズ142、フィルタ144、偏光子146、レンズ148およびPD(フォトダイオード)150を含む。受光部124は、試薬カップ108の底面側から蛍光を受光する。
【0065】
試薬カップ108内の蛍光分子14から発生して、受光部124の紙面左側部分に入射した蛍光147および受光部124の紙面右側部分に入射した蛍光149は、レンズ142によって集光、平行化され、フィルタ144、偏光子146およびレンズ148を通ってPD150へ入射する。なお、図示しないが蛍光147と蛍光149との間にも蛍光が存在し、それらの挙動は当業者であれば予測可能であるので説明を省略する。
【0066】
フィルタ144は、蛍光分子14から発生する蛍光以外の光をカットするバンドパスフィルタであり、励起光等の蛍光以外の光がPD150へ入射することを防いでいる。
【0067】
偏光子146は、直線偏光した励起光119の振動方向と同じ方向に偏光した光のみを透過させる。試薬カップ108内で散乱された励起光や、フリー分子およびバインディング分子の配向方向を切り替えている途中で蛍光分子14から発光した蛍光は、その振動方向が元々の励起光の振動方向と異なっているため、偏光子146を透過できない。
【0068】
PD150は、APD(Avalanche Photodiode)によって構成され、レンズ148によって集光された蛍光を受光し、蛍光の強度に応じた電荷を発生させて増幅部126へ出力する。
【0069】
このようにして受光部124は、配向の切り替えが完了した蛍光分子14から発生した蛍光を電荷に変換する。また、受光部124は、試薬カップ108の底面側で蛍光を受光するため、配向制御光117および励起光119の影響を受けにくい。本明細書において、「配向の切り替えが完了した」とは、配向制御光の照射方向の切り替え後、配向制御光による外力に対して分子が安定状態になったことを意味する。
【0070】
続いて生体分子検出装置100の測定時における動作について説明する。図9は、検体の準備から廃棄までの流れを模式的に表した図である。
【0071】
測定の準備にあたり、まず患者から採集した全血156を50μL遠心分離し、血漿16を分離する。分離して取り出した血漿16を、生体分子検出装置100の検体セット部152にセットする。ここまでの作業はユーザーが行う。
【0072】
生体分子検出装置100は、検体セット部152にセットされた血漿を、試薬カップストック部160にストックしてある未使用の試薬カップ108の中に分注する。続いて、生体分子検出装置100は、試薬タンク112の中にある抗PSA抗体をピペット158で吸い上げ、試薬カップ108の中に分注する。試薬カップ108内に血漿および抗PSA抗体を入れた生体分子検出装置100は、試薬カップ108を37℃で温調しながら、内蔵したボルテックスミキサーによって振動させ、抗原抗体反応を起こさせる。その後、生体分子検出装置100は、励起光の照射および蛍光の検出を行い、蛍光の検出終了後に試薬カップ108を内蔵のごみ箱154へ廃棄する。
【0073】
測定の際にFG122が出力する配向制御信号、測定の際にPD150が出力するPD出力の例を図10Aに、および測定の際にロックインアンプ127が出力するロックインアンプ出力の例を図10Bに示す。なお、ここでは説明を容易にするため、PD出力およびロックインアンプ出力については、グラフを模式的に示してある。
【0074】
FG122から出力される配向制御信号は、測定前は0Vとなっている。配向制御信号は、0〜T(秒)までの間は5Vの信号を出力し、T〜2T(秒)までの間は0Vの信号を出力する周期2Tの方形波である。測定前においては、配向制御信号が0Vであるから配向制御光136が試薬カップ108に照射され、すべてのバインディング分子が同一方向に配向している。
【0075】
生体分子検出装置100は、時刻T1で配向制御信号を5Vにすると共に、励起光を試薬カップ108に向けて照射する。その後配向制御信号が5Vになると、AOD120が配向制御光117の進行方向を切り替え、配向制御光117が進行する方向が矢印136の方向から矢印134の方向に切り替わる。配向制御光117の進行方向の切り替えに伴い、試薬カップ108に対する配向制御光117の照射方向も90度切り替わる。
【0076】
配向制御光117の照射方向が切り替わったことに伴い、バインディング分子15の配向方向が切り替わり、励起光119の振動方向と蛍光分子14の遷移モーメントの方向とが互いに垂直でなくなると蛍光123が発生する。配向を切り替える途中のバインディング分子15に付随する蛍光分子14から発生した蛍光は、大半が偏光していないため偏光子146によって遮断される。
【0077】
配向の切り替えが完了したバインディング分子15に付随する蛍光分子14では、遷移モーメントの方向が励起光119の振動方向と平行となり励起効率が最大となる。配向の切り替えが完了したバインディング分子15に付随する蛍光分子から発生する蛍光は、励起光と同じ方向に偏光しているため、偏光子146によって遮断されずPD150に到達する。
【0078】
時刻T1で励起光119が試薬カップ108に照射された瞬間において、PD出力はizの値を出力する。PD出力izは、溶液中の一部のフリー分子13に付随する蛍光分子14から発生する蛍光と、装置等由来のノイズ成分を含んだ値である。バインディング分子15に付随する蛍光分子14は、配向制御信号が0Vの場合には励起されないため、PD出力に寄与しない。
【0079】
配向制御信号が0Vから5Vに変わり、配向の切り替えが完了したバインディング分子15に付随する蛍光分子14が発生する蛍光123がPDに到達することにより、PD出力もizから増加していく。配向を切り替える途中のバインディング分子15に付随する蛍光分子14から発生した蛍光123は、大半が偏光していないため偏光子146によって遮断される。配向の切り替えが完了したバインディング分子15が増加することに伴ってPD出力は増加し、全てのバインディング分子15の配向の切り替えが完了すると値itで飽和する。
【0080】
配向制御信号は、5Vの出力がT秒間続いた後0Vとなる。このT秒は、少なくとも全てのバインディング分子15の配向の切り替えが完了する以上の期間、すなわちPD出力が値itで飽和をする以上の期間を取る。全てのバインディング分子15の配向の切り替えが完了し、時刻T2になると配向制御信号が5Vから0Vに変わる。配向制御信号が5Vから0Vに変わると、バインディング分子15に付随する蛍光分子14の遷移モーメントの方向と励起光119の振動方向とが互いに垂直となり、バインディング分子15に付随する蛍光分子14の励起効率が0となって蛍光123が発生しなくなる。そのため、PD出力は徐々に減少してizとなる。この場合においても、配向を切り替える途中のバインディング分子15に付随する蛍光分子14から発生した蛍光123は、大半が偏光していないため偏光子146によって遮断される。
【0081】
時刻T2から時間Tが経過し、時刻T3で再び配向制御信号が5Vとなると、PD出力も増加して値itで飽和する。ここで、配向制御信号を0Vとする期間は、配向制御信号を5Vとしていた期間と同じT秒とした。これは、配向制御光117の出力が一定という条件下では、溶液中のバインディング分子15の配向の切り替えが完了するまでに要する時間は、配向制御信号を0Vから5Vにする場合と、配向制御信号を5Vから0Vにする場合とで、ほぼ同じだからである。
【0082】
時刻T3から時間Tが経過し、時刻T4で配向制御信号が0Vとなることに伴い、PD出力も減少して値izとなる。なお、配向制御信号の1周期は2Tであるため、T4−T3=T3−T2=T2−T1=Tである。つまり、PD出力は配向制御信号と同様に周期2Tで値の増減を繰り返す周期的な出力となる。
【0083】
ロックインアンプ127は、入力された信号から参照信号と同期して増減を繰り返す成分を検出する。生体分子検出装置100では、配向制御信号と同じ信号が参照信号としてロックインアンプ127に入力されている。すなわち、ロックインアンプ127は、PD出力から配向制御信号に同期した成分を検出する。PD出力は、配向制御信号と同様に周期2Tの周期的な信号であるが、PD出力の周期的な成分に寄与しているものは、配向制御信号により配向されるバインディング分子15に付随した蛍光分子14から発生した蛍光である。従って、ロックインアンプ127により、配向制御信号と同期した成分を抽出すると、PD出力の中からバインディング分子15による寄与分を抽出することができる。ロックインアンプ出力は、当初は増減を繰り返す不安定な出力であるが、徐々に値Sに収束する。値Sが、バインディング分子15に付随した蛍光分子14から発生した蛍光の総量によるPD出力である。
【0084】
CPU132は、ロックインアンプ出力Sから検出対象物質の濃度Cを算出する。具体的には、次式(1)によって求める。
C=f(S)・・・(1)
【0085】
ここで、f(S)は、検量線関数である。生体分子検出装置100は、あらかじめ測定項目ごとに異なる検量線関数を持っておき、測定値Sを診断値Cに変換する。CPU132は、得られた診断値Cを表示部102へ出力する。
【0086】
以上説明したように、本発明の実施の形態1に係る生体分子検出装置100によれば、配向制御光117の照射方向の切り替えにより、溶液中のバインディング分子15の配向方向を切り替えることが可能な構成とした。配向制御光117によるバインディング分子15の配向方向は、バインディング分子15に付随する蛍光分子14の遷移モーメントの方向と直線偏光した励起光の振動方向とが互いに平行となる方向、またはバインディング分子15に付随する蛍光分子の遷移モーメントの方向と直線偏光した励起光の振動方向とが互いに垂直となる方向の2つである。すなわち生体分子検出装置100では、配向制御光117の照射方向の切り替えにより、バインディング分子15に付随する蛍光分子14が、直線偏光した励起光により励起される場合と励起されない場合とを切り替えることが可能となる。
【0087】
また、ロックインアンプ127は、受光した蛍光データの中から、配向制御光117の照射方向の切り替えを指示する配向制御信号と同期した成分を検出するため、配向制御光117により配向されるバインディング分子15に付随する蛍光の寄与分を算出することができ、簡便な構成で検出対象物質の濃度を正確に測定することができる。
【0088】
また、以上の構成において、生体分子検出装置100は、配向制御光117による外力によって、バインディング分子15の配向を全て同じ方向に切り替えるため、ブラウン運動というランダムな運動を利用して測定する場合に比べて、高感度な測定をすることができる。
【0089】
なお、本実施の形態では、蛍光分子としてAlexa Fluor568を用いたが、蛍光分子はこれらに限られない。蛍光分子は、遷移モーメントを有し、励起光によって励起され、PDで検出可能な光を発生するものであれば何でもよい。
【0090】
なお、本実施の形態では、抗原抗体反応を利用する場合を例にとって説明したが、検出対象物質と検出対象物質に特異的に結合する物質との組み合わせは、ここで説明した場合に限られない。例えば本願発明は、抗原を用いて抗体を検出する場合や、特定の核酸を用いて当該核酸とハイブリダイゼーションをする核酸を検出する場合、核酸を用いて核酸結合性たんぱく質を結合する場合、リガンドを用いてレセプターを検出する場合、糖を用いてレクチンを検出する場合、プロテアーゼ検出を利用する場合、高次構造変化を用いる場合等にも適用することができる。
【0091】
また、配向制御信号を5Vまたは0Vとする期間は、バインディング分子の分子量、体積、溶媒の粘度、または溶液の温度等に基づいて変化させることが望ましい。バインディング分子に対する配向制御光117の照射方向が切り替わり始めた時から配向の切り替えが完了するまでに要する時間は、バインディング分子の分子量、体積、溶媒の粘度、または溶液の温度等によって決まる溶液中におけるバインディング分子の回転しやすさによって決まる。バインディング分子が溶液中で回転しにくい場合は、バインディング分子の配向の切り替えが完了するまでに要する時間が長くなるため、配向制御信号を5Vまたは0Vとする期間を、配向の切り替えが完了する程度まで長くすることが望ましい。また、バインディング分子の分子量が大きいほど配向制御信号を5Vまたは0Vとする期間を長くし、バインディング分子の分子量が小さいほど配向制御信号を5Vまたは0Vとする期間を短くすることが望ましい。
【0092】
また、本実施の形態では、配向制御光117として波長980nm、出力700mWのレーザーを用いたが、配向制御光として用いるレーザーはこれに限られない。配向制御光117の波長および出力は、フリー分子およびバインディング分子の体積、分子量、溶媒の粘度、絶対温度等に起因する溶液中でのフリー分子およびバインディング分子の回転しやすさに基づいて、バインディング分子のみを配向する出力とすることが望ましい。
【0093】
(実施の形態2)
図11Aおよび11Bは、本発明の実施の形態2に係る生体分子検出装置の抗原抗体反応の概要を示した模式図である。実施の形態2では、2種類の抗体を使用し、均一溶液中で2種類の抗原を検出する。
【0094】
試薬カップ20の中に、抗体22および抗体26が入れられている場合を考える。抗体22および抗体26は、それぞれ蛍光分子24および蛍光分子28で標識されている。
【0095】
試薬カップ20の中に検体30を入れて撹拌すると、抗体22と特異的に結合する抗原32が検体中に存在する場合は、抗体22と抗原32との間で抗原抗体反応が起こり、抗体22および抗原32が特異的に結合する。同様に抗体26と特異的に結合する抗原34が検体中に存在する場合は、抗体26と抗原34の間で抗原抗体反応が起こり、抗体26および抗原34が特異的に結合する。
【0096】
実施の形態1で説明した場合と同様に、一部の抗体は、抗原抗体反応をしないまま溶液中に存在する。以下、抗原抗体反応をした抗体22、抗原32および蛍光分子24をバインディング分子1、抗原抗体反応をしなかった抗体22および蛍光分子24をフリー分子1と呼ぶ。抗原抗体反応をした抗体26、抗原34および蛍光分子28をバインディング分子2、抗原抗体反応をしなかった抗体26および蛍光分子28をフリー分子2と呼ぶ。本実施の形態では、検出対象物質である抗原32はPSA、抗原34はSCC(Squamous Cell Carcinoma)抗原とする。また、抗体22としてPSAと特異的に結合する抗PSA抗体を用い、抗体26としてSCC抗原と特異的に結合するSCC抗体を用いる。蛍光分子24として、Alexa Fluor 568(Molecular Probes社の商品名)を用い、蛍光分子28として、Alexa Fluor 555(Molecular Probes社の商品名)を用いた。Alexa Fluor 555は、540−700nm程度の波長を持った蛍光を発し、570nm程度の波長の蛍光を最も強く発する。
【0097】
本発明の実施の形態2に係る生体分子検出装置は、2種類のフリー分子および2種類のバインディング分子が混在する溶液に励起光を照射し、目的のバインディング分子の検出または定量を行う。
【0098】
図12は、本発明の実施の形態2に係る生体分子検出装置200の主要な構成を示すブロック図である。なお、実施の形態1で示した生体分子検出装置100と同一の構成要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0099】
生体分子検出装置200は、実施の形態1で示した生体分子検出装置100の構成に対して、受光部202、分注部204、試薬タンク206およびCPU208が主に異なる。
【0100】
分注部204は、複数の抗体がそれぞれ別の容器に入った試薬タンク206から2種類の抗体を吸い上げ、試薬カップ108内へ分注する。
【0101】
受光部202は、試薬カップ108内の蛍光分子から発生した蛍光を検出するものであるが、CPU208からの命令(S1)を受けて、蛍光分子24から発生した蛍光と蛍光分子28から発生した蛍光とを分離して受光できるように構成されている。
【0102】
CPU208は、A/D変換部128から出力されたデジタルデータの演算を行い、その結果を表示部102へ出力する。また、CPU208は、ユーザー入力部104から入力を受けて、配向制御用光源部116、励起光源部118、分注部204、FG122および受光部202の動作の指示命令を行う。具体的には、CPU208は、配向制御用光源部116および励起光源部118に対してはそのON/OFF命令を行い、分注部204に対しては使用する試薬を指定する命令および分注動作開始命令を行い、FG122に対しては出力する電圧信号の波形の指示命令および出力命令を行い、受光部202に対してはフィルタの切り替え命令を行う。
【0103】
受光部202の構成について、図13を用いて具体的に説明する。図13は、実施の形態2に係る生体分子検出装置200における受光部202の詳細な構成を表した模式図である。受光部202内のフィルタ切替部210は、フィルタ212およびフィルタ214の2種類のフィルタを備えている。2種類のフィルタは、可動式となっており、レンズ142によって集光、平行化された光が通るフィルタを切り替えることができる。
【0104】
試薬カップ108内の蛍光分子14から発生して、受光部202の紙面左側部分に入射した蛍光216および受光部202の紙面右側部分に入射した蛍光218は、レンズ142によって集光され、フィルタ212またはフィルタ214を通って偏光子146へ入射し、レンズ148を通ってPD150へ入射する。なお、図示しないが蛍光216と蛍光218との間にも蛍光が存在し、それらの挙動は当業者であれば予測可能であるので説明を省略する。
【0105】
フィルタ切替部210は、CPU208からの命令を受けて、使用するフィルタを切り替える。本実施の形態では、フィルタ212として、SpRed−Aフィルタ(Semrock社の商品名)セットの受光側フィルタを用いる。SpRed−Aフィルタセットの受光側フィルタは、605nm−650nm程度の波長の光を透過するバンドパスフィルタである。一方フィルタ214としては、SpOr−Aフィルタ(Semrock社の商品名)セットの受光側フィルタを用いる。SpOr−Aフィルタセットの受光側フィルタは、575−600nm程度の波長の光を透過するバンドパスフィルタである。
【0106】
続いて生体分子検出装置200の測定動作について説明する。生体分子検出装置200の測定動作は基本的には、実施の形態1で説明した生体分子検出装置100の測定動作と同じであるが、細かな点で異なる。フリー分子とバインディング分子を分離して検出できる理由については、実施の形態1で説明したため、ここでは2種類のバインディング分子を分離して検出する方法を説明する。
【0107】
生体分子検出装置200は、まず2種類のバインディング分子のどちらを先に検出するか決定する。これは、ユーザーが、ユーザー入力部104を通して入力する等して任意に決定することができる。ここでは、Alexa Fluor 568を蛍光分子として持つバインディング分子1から先に検出する。CPU208は、受光部202内のフィルタ切替部210に、フィルタ212の使用を指示する命令を出す。フィルタ切替部210は、CPU208からの命令を受け、レンズ142で集光、平行化された光が通る位置にフィルタ212を移動させる。配向制御信号が5Vに変わり、試薬カップ108に向けて励起光が照射されると、溶液内の蛍光分子24および蛍光分子28は、蛍光を発生する。蛍光分子24および蛍光分子28から発生した蛍光は、レンズ142によって集光、平行化され、フィルタ212へ入射する。フィルタ212は、605nm−650nm程度の波長の光のみを通すため、蛍光分子24から発生した蛍光は当該フィルタを透過し、蛍光分子28から発生した蛍光は当該フィルタによりほぼ全て遮断される。このようにして、受光部202は、蛍光分子24から発生した蛍光のみを検出することができる。
【0108】
実施の形態1と同様に、生体分子検出装置200によって配向制御信号の数周期分の測定を行い、蛍光分子24から発生した蛍光の検出を行った結果のPD出力を、図14Aに示す。なお、図14Aにおいては、計算を容易にするためグラフを模式的に示してある。PD出力は、配向制御信号の周期と同じ周期を有する信号を出力する。図示しないが、ロックインアンプは、PD出力の中から配向制御信号の周期に同期した成分を検出して、値S1を出力する。
【0109】
続いて、CPU208は、得られた値S1から、バインディング分子1の濃度を算出する。具体的には、実施の形態1と同様に検量線関数f1(S)を用いて、測定値S1から濃度C1に変換する。CPU208は、得られた濃度C1を表示部102へ出力する。
【0110】
次に、生体分子検出装置200は、バインディング分子2の測定を行う。CPU208は、受光部202内のフィルタ切替部210に、フィルタ214の使用を指示する命令を出す。フィルタ切替部210は、CPU208からの命令を受け、レンズ142で集光、平行化された光が通る位置にフィルタ214を移動させる。フィルタ214は、575nm−600nm程度の波長の光のみを通すため、蛍光分子24から発生した蛍光は当該フィルタにより遮断され、蛍光分子28から発生した蛍光は当該フィルタを透過する。このようにして、受光部202は、蛍光分子28から発生した蛍光のみを検出することができる。
【0111】
生体分子検出装置200によって配向制御信号の数周期分の測定を行い、蛍光分子28から発生した蛍光の検出を行った結果のPD出力を、図14Bに示す。なお、図14Bにおいては、計算を容易にするためグラフを模式的に示してある。PD出力は、配向制御信号の周期と同じ周期を有する信号を出力する。
【0112】
バインディング分子2を測定する場合の配向制御信号の切り替えタイミングは、バインディング分子1を測定する場合と異なる。これは、バインディング分子1、フリー分子1、バインディング分子2およびフリー分子2それぞれの体積および分子量が異なるため、それぞれの分子が配向の切り替えが完了するまでに要する時間が異なるためである。
【0113】
図14Aおよび14Bに示したように、バインディング分子1を測定する場合と、バインディング分子2を測定する場合とでは、PD出力の増加および減少が切り替わるタイミングは同じだが、PD出力の最大値および最小値は互いに異なる。これは、バインディング分子1とバインディング分子2との溶液中での濃度の違いおよびフリー分子1とフリー分子2との溶液中での濃度の違いに起因する。
【0114】
続いて、CPU208は、得られた値S2からバインディング分子2の濃度を求める。具体的には、検量線関数f2(S)を用いて、測定値S2から濃度C2に変換する。CPU208は、得られた濃度C2を、表示部102へ出力する。
【0115】
以上説明したように、本発明の実施の形態2に係る生体分子検出装置200によれば、実施の形態1で説明した生体分子検出装置100の構成に加え、検出対象物質と特異的に結合する物質として2種類の抗体および蛍光分子を用い、フィルタ切替部210を2種類のフィルタの切り替えが可能な構成とした。そのため、検出対象物質を含むバインディング分子に付随する蛍光分子に対応したフィルタを使用することで、検出対象物質を含むバインディング分子に付随する蛍光分子から発生する蛍光のみを検出することができ、一の検体に含まれる2種類の検出対象物質のそれぞれの濃度を正確に測定することができる。
【0116】
なお、本実施の形態では、蛍光分子としてAlexa Fluor568およびAlexa Fluor555を用いたが、蛍光分子はこれらに限られない。複数の検出対象物質のそれぞれとそれぞれ特異的に結合する複数の物質を、フィルタで分離できる程度に蛍光波長、励起波長または蛍光寿命が互いに異なる複数の蛍光分子でそれぞれ標識すれば良い。
【0117】
なお、本実施の形態では、抗原抗体反応を利用する場合を例にとって説明したが、検出対象物質と検出対象物質に特異的に結合する物質との組み合わせは、これに限られない。例えば本願発明は、抗原を用いて抗体を検出する場合や、特定の核酸と当該核酸とハイブリダイゼーションをする核酸、核酸と核酸結合性たんぱく質、リガンドとレセプター、糖とレクチン、プロテアーゼ検出、高次構造変化等にも適用することができる。
【0118】
また、本実施の形態では検出対象物質が2種類の場合について説明したが、検出対象物質の種類は、それより多くても良い。その場合においても、複数の検出対象物質のそれぞれとそれぞれ特異的に結合する複数の物質を用い、互いに異なる複数の蛍光分子で当該複数の物質をそれぞれ標識し、それぞれの蛍光分子から発生する蛍光を、それぞれの蛍光に対応した複数のフィルタで分離して検出することで、それぞれの検出対象物質を互いに分離して検出することができる。
【0119】
なお、検出対象物質の種類が増えるほど蛍光分子の種類も増え、複数の蛍光分子から発生する複数の蛍光が混在することになるため、フィルタのみで蛍光を分離することが困難となる場合がある。その場合は、励起光の種類を増やすことで蛍光の分離を容易にすることができる。蛍光分子の吸光度は励起光の波長に依存し、蛍光分子の種類ごとに吸収しやすい波長帯がある。そのため、励起光の波長を変えることで、一部の蛍光分子のみが蛍光を発生するようになり、フィルタでの蛍光の分離が容易となる。また、より狭い通過帯域を持つバンドパスフィルタを用いることで、目的の蛍光分子から発生する蛍光を検出しやすくすることができる。
【0120】
また、本実施の形態では、受光部において光を分光する分光手段としてフィルタを用いたが、必ずしもフィルタを用いる必要はない。例えば、回折格子やプリズムを用いて光を分光して、特定の波長を有する光のみをフォトダイオードで受光してもよい。
【0121】
(実施の形態1および実施の形態2の設計変更)
なお、以上説明した本発明に係る各実施の形態は、本発明の一例を示すものであり、本発明の構成を限定するものではない。本発明に係る生体分子検出装置は、上記各実施の形態に限定されず、本発明の目的を逸脱しない範囲で種々変更して実施することが可能である。
【0122】
例えば、溶液中のバインディング分子の配向の切り替えは、レーザーによるものに限られず、バインディング分子のみを配向できれば、磁気的な方法や電気的な方法としても良い。また、配向制御光の照射方向は、必ずしもAODで切り替える必要はない。例えば、配向制御用光源部を複数設けて光源自体を切り替えることにより配向制御光を照射する方向を切り替えても良く、また駆動式ミラー等を使って配向制御光の照射方向を切り替えても良い。また、配向制御光として直線偏光したレーザーを用いてバインディング分子を配向させ、λ/2波長板や電気信号で制御可能な液晶位相変調デバイスを用いることでレーザーが直線偏光する方向を切り替えることでバインディング分子の配向方向を切り替えても良い。
【0123】
また、本発明に係る各実施の形態では、配向制御光117の進行方向を、バインディング分子に付随する蛍光分子の遷移モーメントの方向と直線偏光した励起光の振動方向とが互いに平行となる方向、および、バインディング分子に付随する蛍光分子の遷移モーメントの方向と直線偏光した励起光の振動方向とが互いに垂直となる方向の互いに直交する2つの方向で配向制御光の照射方向を交互に切り替えたが、必ずしもこの互いに直交する2つの方向で切り替える必要はない。例えば、検出対象物質の定量を行いたい場合は、設定すべき配向制御光の2つの照射方向のうち一方が、バインディング分子に付随する蛍光分子の遷移モーメントの方向と直線偏光した励起光の振動方向とが垂直となる方向、すなわち直線偏光した励起光が蛍光分子を励起不可能な方向であれば良い。この場合、励起光が蛍光分子を励起できない方向に蛍光分子を配向させれば、蛍光が発生しないためPD出力は一部のフリー分子による出力および装置等に起因するノイズのみとなる。すると、配向制御光117の照射をもう一方の方向に切り替えた時、配向の切り替えが完了したバインディング分子に付随する蛍光分子から発生する蛍光のみがPD出力の変化となって表れる。換言すれば、バインディング分子に付随する蛍光分子の発光を一旦リセットすることができるため、不要な蛍光を受光することがなくなり、不要な蛍光によるノイズがなくなる。
【0124】
この場合、配向制御光117が進行する2つの方向が互いに直交していれば、バインディング分子の配向の切り替えが完了するまでに要する時間が最大となって、最もS/Nが良くなる。一方で、例えば配向制御光117が進行する2つの方向の成す角度が60度であれば、配向制御光117の2つの進行方向が互いに直交する場合と比べ、バインディング分子の配向の切り替えが完了するまでに要する時間が短くなり、測定に要する時間も短くなる。このように配向制御光117が進行する2つの方向の成す角度が90度より小さいほど、バインディング分子の配向の切り替えが完了するまでに要する時間が短くなり、測定時間も短くなる。
【0125】
また、溶液中に検出対象物質が存在するか否か、すなわちバインディング分子が存在するかしないかのみを測定したい場合は、バインディング分子の配向の切り替えに時間差が生じる程度だけ角度をつけた2つの方向で配向制御光117の照射方向を交互に切り替えれば良く、必ずしもバインディング分子に付随する蛍光分子の遷移モーメントの方向と直線偏光した励起光の振動方向とが互いに垂直となる方向が含まれていなくても良い。バインディング分子の配向の切り替えに時間差が生じれば、その差は蛍光データに表れるため、バインディング分子の存在を確認できる。
【0126】
また、本発明に係る各実施の形態では、生体分子検出装置内に試薬カップを1つ設ける場合を説明したが、必ずしも試薬カップは1つである必要はなく、装置内に複数の試薬カップを設けて複数の検体をセットできる構成としても良い。その場合は、装置が試薬カップを順に測定位置に移動させて測定を行う構成とすれば、自動で複数の検体を測定することができる。
【0127】
なお、本発明に係る各実施の形態では、蛍光分子で標識化された抗体を用いた例を説明したが、必ずしも蛍光分子で標識済みの抗体を用いる必要はない。例えば、抗体および抗原の結合と、抗体および蛍光分子の結合とを同時に試薬カップ内で行っても良い。この場合、ユーザーが抗体および蛍光分子をそれぞれ別の試薬タンクに用意しておき、測定時に生体分子検出装置が、抗体、蛍光分子および検体をそれぞれ試薬カップへ分注して、反応させる。
【0128】
また、配向制御用光源部116や励起光源部118は、着脱可能な構成として、検出対象物質および蛍光分子等に応じて、適切なものに交換できるような構成としても良い。
【0129】
配向制御の方向を切り替える所定の時間間隔は、検出対象物質、検出対象物質と特異的に結合する物質および蛍光分子それぞれの分子量または体積と、配向制御手段の外力の強度とに基づいて、全てのバインディング分子の配向の切り替えが完了するまでに要する時間を求め、その時間を所定の時間間隔とすることが望ましい。このような場合、全てのバインディング分子の配向の切り替えが完了した後も同一方向に配向制御光を照射することがなくなり、消費電力を削減することができる。また、不要な時まで測定を続けることがなくなり、測定時間を短くすることができる。
【0130】
全てのバインディング分子の配向の切り替えが完了するまでに要する時間は、PD出力やA/D変換部出力に基づいて求めてもよい。例えば、測定を何周期か繰り返せば、それぞれの出力が飽和するまでにどのくらいの時間を要するかおおよそ分かるため、それぞれの出力が飽和するまでに要する時間を加算平均等して、算出した時間を所定の時間間隔として決めれば良い。
【0131】
配向制御光により分子の配向制御を行う場合には、磁力等によって分子の配向を制御する場合に比べ複雑な機構が必要ない。例えば、磁力を用いて分子の配向を制御するためには、それぞれの分子が磁性を持ったものであるか、磁性を持った分子を用意して配向を制御したい分子に結合させる必要があり、測定にあたって準備が煩雑となる。
【0132】
なお、本発明に係る各実施の形態では、検体として全血から分離した血漿を用いる場合を例にとって説明したが、検体は全血から分離した血漿に限られず、検出対象物質が溶液中に分散していれば尿や隋液等の体液を検体とすることもできる。
【0133】
なお、本発明に係る各実施の形態では、バインディング分子は配向し、フリー分子は配向しない場合を例にとって説明したが、フリー分子は必ずしも配向しないわけではない。配向制御光によりフリー分子が配向される場合においても、フリー分子とバインディング分子とでは体積および分子量が互いに異なり、配向する速度が互いに異なる。そのため、配向制御光の照射方向を切り替えた場合においても、これらの分子の配向の切り替えが完了するまでに要する時間が互いに異なるため、蛍光が発生する周期も互いに異なる。そのため、配向制御信号が切り替わってからバインディング分子の配向の切り替えが完了するまでに要する時間の2倍を1周期とする参照信号をロックインアンプに入力すれば、バインディング分子に付随する蛍光分子から発生する蛍光成分を検出することができる。
【0134】
また、本発明に係る各実施の形態では、抗原、抗体および蛍光分子が液体中に分散している液相で測定ができるため、抗原等を反応層に固定して測定を行う固相での測定に比べ、前処理が簡単であるという利点がある。また、抗原およびフリー分子が固相に固定されていないため、抗原およびフリー分子が溶液中を自由に動き回ることができ、固相での測定に比べて反応が早いという利点もある。
【0135】
また、本発明に係る各実施の形態は、従来の蛍光偏光法のようにブラウン運動の変化による蛍光の偏光度の変化を調べるものではないため、検体の成分が蛍光分子の蛍光寿命に影響を与えたとしても測定に与える影響は少ない。
【0136】
また、本発明に係る各実施の形態では、一方向に直線偏光した励起光119を溶液に照射する場合、すなわち偏光面が単一の励起光119を溶液に照射する場合を例にとって説明したが、励起光119は必ずしも単一の偏光面を有する直線偏光した光である必要はない。実施の形態1および実施の形態2の効果と同様の効果を奏するためには、励起光119が特定方向の直線偏光成分を少なくとも1つ有していれば良い。ここで、特定方向の直線偏光成分を有する光とは、蛍光分子の配向方向の変化により、蛍光分子の遷移モーメントの方向と励起光の当該直線偏光成分の振動方向との関係が変化して、当該直線偏光成分による蛍光分子の励起効率に変化が生じる光である。例えば、ランダム偏光した励起光を照射し、受光部の前に検光子を設けて、蛍光分子から発生した蛍光から特定方向の直線偏光成分のみを受光するように構成しても良い。ここでランダム偏光とは、光の振動方向がランダムであり、様々な方向に振動する直線偏光成分が存在することをいう。
【0137】
図15Aおよび図15Bは、それぞれ配向制御光136、134を照射した際の蛍光分子14の配向方向とランダム偏光した励起光230の振動方向とを表した概念図である。励起光230の振動方向232a〜232dは、励起光230の進行方向に対して垂直な平面内における光の振動方向を表す。図15Aおよび図15Bでは、振動方向232a〜232dによって励起光230の振動方向が様々な方向であることを表しているが、実際は、図示した成分だけでなく、あらゆる角度方向のより多くの成分が含まれている。一般に、溶液中で静止した蛍光分子を直線偏光した励起光で励起すると、蛍光分子は、励起光の偏光方向と同一の方向に偏光した蛍光を発生する。ランダム偏光した励起光230によって配向したバインディング分子が励起されると、バインディング分子に付随する蛍光分子14からもランダム偏光した蛍光234が発生する。
【0138】
検光子236は、蛍光分子14から発生したランダム偏光した蛍光234のうち特定の方向に振動する成分を透過させ、それ以外の方向に振動する成分を遮断する。換言すれば、検光子236を透過した光は特定の方向にのみ振動する光となる。図15Aおよび15Bにおいて検光子236を透過可能な特定の方向に振動する蛍光234の成分とは、振動方向232aに振動する成分である。従って、検光子236を透過した蛍光234の振動方向は、図15AおよびBにおいて振動方向232aのみとなる。蛍光234に含まれる振動方向232aに振動する成分は、励起光230のうち振動方向232aに直線偏光した励起光成分によって励起されて発生する。つまり、励起光230に含まれる振動方向232aに直線偏光した励起光成分によって励起されて発生した蛍光成分のみをフォトダイオード238に到達させることができる。従って、このような構成にすることで、励起光230としてランダム偏光した光を用いても、特定の方向に振動する励起光を用いて測定を行った実施の形態1と同様の測定を行うことができる。なお、検光子236が透過させる特定の方向に振動する蛍光234の成分とは、必ずしもここで示した方向に振動する成分に限られず、蛍光分子14の配向方向の変化に伴い蛍光分子14に対する励起効率に差が生じる成分であれば何でも良い。
【0139】
また、図15Aおよび図15Bでは励起光230がいずれの方向に振動する場合においても振幅が一定である例を示したが、必ずしも全ての方向において振幅が一定である必要はない。フォトダイオード238が受光する蛍光234の成分は、ランダム偏光した蛍光234のうち特定方向に振動する成分のみであるので、その他の方向に振動する成分は遮断される。
【0140】
図15Aに示すように、配向制御信号が0Vの場合、配向制御光136により配向した蛍光分子14の遷移モーメントの方向と検光子236を透過可能な光の振動方向とは垂直となる。この場合、励起光230に含まれる振動方向232aに振動する成分による蛍光分子14の励起効率は最小となる。従って、蛍光分子14から発生する蛍光234のうち、検光子236を通ってフォトダイオード238に到達する成分は最小となる。
【0141】
一方、図15Bに示すように、配向制御信号が5Vの場合、配向制御光134により配向した蛍光分子14の遷移モーメントの方向と検光子236を透過可能な光の振動方向とは平行となる。この場合、励起光230に含まれる振動方向232aに振動する成分による蛍光分子14の励起効率は最大となる。従って、蛍光分子14から発生する蛍光234のうち、検光子236を通ってフォトダイオード238に到達する成分は最大となる。
【0142】
このような構成とした場合においても、配向制御信号を0Vから5Vに変化させると、蛍光分子14の配向方向が変化し、蛍光分子14の遷移モーメントの方向と検光子236を透過可能な光の振動方向とが徐々に平行に近づく。それに伴い、励起光230に含まれる、検光子236を透過可能な方向に振動する成分による蛍光分子14の励起効率が増加し、蛍光分子14から発生する蛍光234の成分であって検光子236を透過可能な方向に振動する成分が増加する。すなわち、フォトダイオード238において検出する蛍光強度は、実施の形態1と同様に徐々に増加する。この場合、配向制御光の切り替えに伴いバインディング分子15の配向のみが切り替わることにより、フォトダイオード238が受光する蛍光強度が変化する。そのため、このような構成とした場合においても、配向制御信号を0Vから5Vに変化させた際の、時間に対するフォトダイオード出力のグラフは、図10Aと同様の形状となる。つまり、この場合においてもフォトダイオード出力のグラフについて実施の形態1と同様の計算を行うことにより、検出対象物質の濃度を測定することができる。
【0143】
また、図16Aおよび図16Bに示す概念図のように、互いに直交する2つの方向にそれぞれ直線偏光した2つの成分のみを有する励起光240を用いてもよい。励起光240は、進行方向に対して垂直な平面内において振動方向242a、242bにそれぞれ直線偏光した2つの成分のみを有する。つまり、振動方向242aと振動方向242bとは互いに直交している。このような励起光240によって励起された蛍光分子14は、励起光240の振動方向と同一方向に振動する成分を有する蛍光244を発する。すなわち、蛍光244は振動方向242a、242bにそれぞれ直線偏光した2つの成分を有する。
【0144】
図16Aは、配向制御信号が0Vの場合の概念図である。配向制御信号が0Vの場合、配向制御光136が照射される。配向制御光136を照射された蛍光分子14は、遷移モーメントの方向が振動方向242bと同一の方向となるように配向する。つまり、配向制御信号が0Vの場合の蛍光分子14の遷移モーメントの方向と励起光240の一方の成分の振動方向242bとは互いに平行である。
【0145】
偏光ビームスプリッタ246は、蛍光244のうち振動方向242aに振動する直線偏光成分244aを透過させ、振動方向242bに振動する直線偏光成分244bを反射する。偏光ビームスプリッタ246を透過した蛍光244の直線偏光成分244aは、フォトダイオード248に到達する。偏光ビームスプリッタ246で反射した蛍光244の直線偏光成分244bは、フォトダイオード250に到達する。
【0146】
図16Bは、配向制御信号が5Vの場合の概念図である。配向制御信号が5Vの場合、配向制御光134が照射される。配向制御光134を照射された蛍光分子14は、遷移モーメントの方向が振動方向242aと同一の方向となるように配向する。つまり、配向制御信号が5Vの場合の蛍光分子14の遷移モーメントの方向と励起光240の他方の成分の振動方向242aとは互いに平行である。
【0147】
偏光ビームスプリッタ246を透過した蛍光244の直線偏光成分244aに着目する。この場合、励起光240の一方の成分の振動方向242aと蛍光分子14の遷移モーメントの方向との関係は実施の形態1の場合の関係と同様になる。そして、フォトダイオード248の出力の時間変化は、実施の形態1において説明した図10Aに示したグラフと同様のグラフとなる。つまり、配向制御光の照射方向の切り替えに伴いバインディング分子の配向方向が切り替わり始め、フォトダイオード248の出力は増加する。そして、全てのバインディング分子の配向の切り替えが完了した時刻において、フォトダイオード248の出力は最大値となる。そして、配向制御信号は5Vの出力がT秒間続いた後0Vとなる。配向制御信号が5Vから0Vに切り替わると、バインディング分子の配向方向が再度切り替わり、フォトダイオード248の出力は減少する。
【0148】
一方、偏光ビームスプリッタ246で反射した蛍光244の直線偏光成分244bに着目する。この場合、配向制御光の照射方向が切り替わるまでは、励起光240の他方の成分の振動方向242bと蛍光分子14の遷移モーメントの方向とが互いに平行であるため、励起光240の当該他方の成分による蛍光分子14の励起効率は、それまでは最大の状態である。すなわち、配向制御光の照射方向が切り替わるまでは、蛍光244の直線偏光成分244bの量が最大であるため、偏光ビームスプリッタ246で反射する蛍光244の直線偏光成分244bを受光するフォトダイオード250の出力もそれまでは最大となる。配向制御光の照射方向の切り替えに伴いバインディング分子の配向方向が切り替わり始め、フォトダイオード250の出力は減少する。そして、全てのバインディング分子の配向の切り替えが完了した時刻において、フォトダイオード250の出力は最小値となる。配向制御信号は5Vの出力がT秒間続いた後0Vとなる。配向制御信号が5Vから0Vに切り替わると、バインディング分子の配向方向が再度切り替わり、フォトダイオード250の出力は増加する。これは、励起光240の当該他方の成分の振動方向242bと蛍光分子14の遷移モーメントの方向とが互いに平行となる状態に戻るためである。
【0149】
そして、フォトダイオード248の出力およびフォトダイオード250の出力を用いて、受光データを正規化する。2つのフォトダイオードの出力を用いて受光データを正規化することで、フリー分子およびバインディング分子の濃度ばらつきや、光学系の励起パワー変動などの影響を低減させることができる。
【0150】
そして、正規化した受光データからバインディング分子の濃度を算出する。
【0151】
また、本発明に係る各実施の形態では、飽和した蛍光強度の値を基にバインディング分子の濃度を求めたが、必ずしもそのような方法で求める必要はない。例えば、配向制御光の照射方向の切り替え後蛍光強度が飽和する前に配向制御光の照射方向が元に戻るような高い周波数を用いてロックイン検波を行ってもよい。
【0152】
図17Aは、蛍光強度が飽和する程度に配向制御信号が5Vとなっている期間が充分長い配向制御信号の出力、および当該配向制御信号を用いて検出された蛍光強度を示すグラフであり、図17Bは、蛍光強度が飽和しない程度に配向制御信号が5Vとなっている期間が短い配向制御信号の出力、および当該配向制御信号を用いて検出された蛍光強度を示すグラフである。図17Aにおいては、配向制御信号の周期t1が充分長く、配向制御信号が5Vとなっている期間が長いため、全てのバインディング分子が配向して、蛍光強度は最大値となり、ロックインアンプの出力は最大値i1となる。一方、図17Bは配向制御信号の周期t2が短く、全てのバインディング分子が配向する前に配向制御信号が0Vになるため、蛍光強度は理論上の最大値とならず、ロックインアンプ出力はi2となる。i2はi1より小さい。
【0153】
また、本発明に係る各実施の形態では、配向制御用光源部は必ずしも1つの照射方向に対して1つである必要はなく、複数の配向制御用光源部を設けて、同一方向に複数の配向制御光を照射しても良い。
【0154】
また、本発明に係る各実施の形態のように、配向制御光を照射する方向を変えることにより蛍光分子の遷移モーメントの方向を制御する光学系においては、配向制御光のビーム径を細長く絞った場合に配向制御光で照射できる範囲が減少してしまうことを回避する観点から、配向制御光をある方向から同時に多点に照射して照射範囲をより広くするために、光学系を複数段用意しても良い。複数段の光学系は、少なくとも試薬カップに配向制御光が入射する前の段階で光路が複数存在していればよい。例えば、光源も含めた同様の光学系を3段重ねれば、3つの配向制御用光源部からそれぞれ配向制御光が照射され、試薬カップへある方向から3点に配向制御光を照射することができる。また例えば、光源が1つであっても2次元レーザーアレイやマイクロレンズアレイ等を用いて配向制御光を分岐すれば、分岐した分だけの複数の点で配向制御光を照射することができる。このような場合、配向制御光を同時に多点に照射することができ、複数の箇所で蛍光分子の遷移モーメントを回転させることができる。
【0155】
また、本発明に係る各実施の形態では、配向制御光を照射する方向を切り替えることにより蛍光分子の遷移モーメントの方向を制御する場合について説明したが、蛍光分子の遷移モーメントの方向を制御する方法はこれに限られない。例えば、蛍光分子の遷移モーメントが直線偏光した光の振動方向に追従する現象を利用して、直線偏光した配向制御光の振動方向を制御することにより蛍光分子の遷移モーメントの方向を制御してもよい。
【0156】
直線偏光した配向制御光の振動方向を制御することにより蛍光分子の遷移モーメントの方向を制御する方法としては、例えば、一方向に直線偏光した配向制御光を用い、当該配向制御光の偏光軸を回動させてバインディング分子の配向を制御し、蛍光分子の遷移モーメントの方向を制御する方法が挙げられる。直線偏光した配向制御光を照射されたバインディング分子は、配向制御光の偏光軸によって決まる特定の方向に配向する。直線偏光した配向制御光の偏光軸の制御は、λ/2波長板を用いることにより実施できる。λ/2波長板は、光の互いに直交する2成分間の光路差を1/2波長にする機能を有する位相板であり、光の偏光軸を回転操作するために用いられる。λ/2波長板の光学軸方向と平行な方向に直線偏光した光はλ/2波長板を素通りするが、λ/2波長板の光学軸方向と45度の角度をなす方向に直線偏光した光は偏光軸が90度回転された状態で透過する。つまり、直線偏光した配向制御光に対するλ/2波長板の角度を切り替えることにより、配向制御光を素通りさせる場合と配向制御光の偏光軸を90度回転させて配向制御光を透過させる場合とを切り替えることができる。すなわち、λ/2波長板を用いて直線偏光した配向制御光の偏光軸を回転させることにより、バインディング分子を2つの方向へ配向させることができる。
【0157】
また、直線偏光した配向制御光の振動方向を制御することにより蛍光分子の遷移モーメントの方向を制御する場合において、進行方向に垂直な平面での配向制御光の断面形状はどのようなものであっても良い。例えば、図18Aに示すように、偏光軸352を有する直線偏光した配向制御光350が照射される場合を考える。この場合、配向制御光350は、進行方向に垂直な方向の断面形状が略長方形である。このとき、配向制御光350の中心に位置するバインディング分子354と配向制御光350の周縁部に位置するバインディング分子356の挙動を考える。
【0158】
図18Bに示すように、配向制御光350を回転させると偏光軸352も回転し、回転軸(偏光軸352の回転中心)上に位置するバインディング分子354は、偏光軸352の回転にすぐに追従して回転する。一方、配向制御光350の周縁部に位置するバインディング分子356は、偏光軸352の回転にすぐには追従できず、偏光軸352から離れることになる。その後しばらくすると、バインディング分子356も、配向制御光350に引き込まれ、偏光軸352の回転に追従して回転を開始する。そして、図18Cのように、配向制御光350の偏光軸352を図18Aの場合における偏光軸352に対して90度回転させた場合、偏光軸352の回転の終了と同時にバインディング分子354の配向の切り替えは完了し、一方、バインディング分子356が偏光軸352の回転にすぐには追従できないためバインディング分子356の配向の切り替えはバインディング分子354の配向の切り替えの完了後しばらくしてから完了する。つまり、回転軸上に位置するバインディング分子354の動きは、配向制御光350の偏光軸352の回転に同期して自転する挙動となるが、配向制御光350の周縁部に位置するバインディング分子356の動きは、配向制御光350の偏光軸352の回転に同期せずかつ回転軸を中心として公転するような動きとなる。
【0159】
このように、配向制御光350の偏光軸352の回転に追従できないバインディング分子が存在すると測定に影響を与えることがある。そこで、このような影響を低減するため、配向制御光を所定の方向から同時に多点に入射させることが好ましい。例えば図19(試薬カップ108の上面図)に示すように、360a〜360iの9点にそれぞれ対応した9本の配向制御光を試薬カップ108入射させるような態様でも良い。このようにすると、配向制御光の偏光軸の中心に位置するバインディング分子の数が増えるため、測定への影響を低減することができる。なお、ここでは9点に配向制御光を入射させる例を示したが、配向制御光を同時に入射させる点は9点に限られず、9点より多くても少なくても良い。配向制御光を絞るほど、多くの点に入射させることが望ましい。これにより、複数箇所で配向制御光の回転に同期してバインディング分子を回転させることができる。その結果、突発的な蛍光強度の変動を低下させることができ、相対的な散らばりを表す指標である変動係数(Coefficient of Variation)を改善することができる。
【0160】
このように、配向制御光を所定の方向から同時に多点に入射させるための配向制御用光源部402の構造について図20に示す。配向制御用光源部402は、3×3の2次元レーザーアレイである。配向制御用光源部402は、発光点404a〜404iの9点が発光する。発光点の大きさは縦が1μmで横が100μmである。発光点の間の距離は約100μmである。
【0161】
図20に示される配向制御用光源部402を用いた光学系の一例を図21に示す。なお図21では、配向制御光および励起光の光学系以外の構成要素は省略して描いてある。
【0162】
配向制御用光源部402から出力された直線偏光した配向制御光422は、コリメータレンズ406を通って焦点において平行光線となる。コリメータレンズ406を通った配向制御光422は、ビームエキスパンダ408およびビームエキスパンダ410を通ってλ/2波長板412に入射する。ビームエキスパンダ408およびビームエキスパンダ410を通った配向制御光422は、特定の倍率の平行光束に広げられる。λ/2波長板412は回転ステージ上にあり、回転可能となっている。これにより配向制御光422の振動方向を回転することができる。λ/2波長板412を透過した配向制御光422は、ダイクロイックミラー418で反射してレンズ420により集光されて試薬カップ108の底面から上方に向かって入射する。
【0163】
光源部414から出力された励起光424は、レンズ426を通ってダイクロイックミラー416により反射される。ダイクロイックミラー416により反射された励起光424は、ダイクロイックミラー418を透過してレンズ420により集光されて試薬カップ108の底面から上方に向かって入射する。
【0164】
図21に示される光学系において、コリメータレンズ406の焦点距離を3.1mm、レンズ420の焦点距離を4mmとすると、倍率は1.29倍となる。そのため、試薬カップ108の底面において、配向制御光422の大きさは約1.3μm×130μmとなり、ピッチは約129μmとなる。
【0165】
また、配向制御光を所定の方向から同時に多点に入射させるための別の光学系の例について図22を用いて説明する。なお図22においても、配向制御光および励起光の光学系以外は省略して描いてある。また、図21と同一の構成要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0166】
図22に示される光学系において、配向制御用光源部116は実施の形態1と同様のものである。配向制御光432は、コリメータレンズ406、ビームエキスパンダ408およびビームエキスパンダ410を通り、マイクロレンズアレイ428へ入射する。マイクロレンズアレイ428は、図23に示されるように、複数のマイクロレンズ428aを格子状に並べたものである。マイクロレンズアレイ428を通った配向制御光432は、複数の光源から照射された光のように、異なる位置で焦点を結ぶ複数の光束となる。配向制御光432は、ピンホールアレイ430によって絞られ、ダイクロイックミラー418で反射し、レンズ420を通って試薬カップ108の底面から上方に向かって入射する。このようにマイクロレンズアレイを用いても、配向制御光を所定の方向から同時に多点に入射させることができる。
【0167】
また、上記各実施の形態では試薬カップを円柱状の形状としたが、試薬カップは必ずしも円柱状の形状とする必要は無い。例えば、図24に示されるように、四角柱状の形状を有し、内部に四角柱状の溶液保持部を有する試薬カップ432を用いても良い。このような四角柱状の溶液保持部を有する試薬カップ432は、特に、配向制御光の進行方向に働く配向制御光による圧力を利用してバインディング分子を試薬カップ432の内部側壁面に押しつける場合に適している。これは、バインディング分子の質量が軽い場合に起こる現象であり、配向制御光による圧力を受けてバインディング分子が溶液中を移動することが原因である。この場合、溶液保持部が四角柱であると、バインディング分子は溶液と試薬カップ432との界面に押しつけられながら配向する。当該界面が平面でありかつ配向制御光による圧力が当該界面に垂直な方向に作用する場合には、バインディング分子は当該界面に平行な方向に移動して配向制御光の照射範囲の外に出ることがない。
【0168】
また、バインディング分子を試薬カップ432の内部側壁面に押しつける場合には、配向制御光の焦点の位置を工夫することによりこれらの分子をより容易に配向させることができる。図25は、集光された配向制御光の焦点と試薬カップとの位置関係の一例を示す図である。配向制御光434は、レンズ436に入射し、血漿16と試薬カップの側壁部432bとの界面(側壁部432bの内部側壁面)において焦点434aを結ぶ。配向制御光434の焦点434aの位置では、配向制御光434の強度が最も強いため、より強い圧力でバインディング分子を押しつけることができる。従って、図25のように配向制御光434を入射させると、焦点434aの位置においてバインディング分子を側壁部432bの内部側壁面に押しつけつつ、より効率的にバインディング分子を配向させることができる。この場合においても、直線偏光した配向制御光434の振動方向を回転させることで、バインディング分子の配向方向を焦点434aの位置において変化させることができる。
【0169】
なお、溶液保持部は必ずしも四角柱状の形状を有している必要はなく、少なくとも一面に平面を有していれば良い。その平面において焦点を結ぶように配向制御光を照射すれば、バインディング分子は、当該平面に平行な方向に移動して配向制御光の照射範囲の外に出ることがなく平面に押しつけられながら配向する。
【産業上の利用可能性】
【0170】
本発明に係る生体分子検出装置および生体分子検出方法は、例えば、検出対象物質と、その検出対象物質に特異的に結合する物質との相互作用を利用して、検出対象物質の検出又は定量を行う装置に利用することができる。
【符号の説明】
【0171】
12 抗体
13 フリー分子
14 蛍光分子
15 バインディング分子
16 血漿
18 抗原
100 200 生体分子検出装置
116 配向制御用光源部
117 配向制御光
118 励起光源部
119 励起光
120 AOD
123 蛍光
124 受光部
144 212 214 フィルタ
146 偏光子
150 PD
202 受光部
210 フィルタ切替部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出対象物質に特異的に結合する物質と蛍光分子とを有する第1の複合体から発生する蛍光と、前記第1の複合体と前記検出対象物質とが結合した第2の複合体から発生する蛍光とを検出して、溶液中に存在する前記検出対象物質の検出または定量を行う生体分子検出装置であって、
特定方向の直線偏光成分を有し前記蛍光分子を励起する励起光を照射する光源と、
前記蛍光分子から発生する蛍光を検出する受光部と、
前記溶液中の前記第2の複合体を周期的に切り換えて配向させる配向制御手段と、
前記受光部によって検出された前記蛍光の内、前記第2の複合体が配向する周期に同期した成分を抽出する同期成分抽出手段と、
該同期成分抽出手段によって抽出された前記成分に基づいて前記検出対象物質の検出または定量を行う演算部とを備えたことを特徴とする生体分子検出装置。
【請求項2】
前記配向制御手段が、前記第2の複合体が有する前記蛍光分子の遷移モーメントが前記励起光の前記直線偏光成分の振動方向と平行となる第1の方向、および、前記遷移モーメントが前記振動方向と垂直となる第2の方向に、前記第2の複合体を切り換えて配向させるものであることを特徴とする請求項1に記載の生体分子検出装置。
【請求項3】
前記第2の複合体を切り換えて配向させる周期が、前記検出対象物質の分子量または体積と、前記検出対象物質と特異的に結合する物質および前記蛍光分子の分子量または体積と、前記配向制御手段による配向制御の強度とに基づいて決定されることを特徴とする請求項1または2に記載の生体分子検出装置。
【請求項4】
前記配向制御手段が、前記励起光と波長が異なる光を照射して前記第2の複合体を配向させる配向制御光源を備えることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の生体分子検出装置。
【請求項5】
前記配向制御光源が、前記励起光と波長が異なる前記光を前記溶液に対し複数の位置から照射するものであることを特徴とする請求項4に記載の生体分子検出装置。
【請求項6】
前記溶液を保持する溶液保持部であって少なくとも一面に平面を有する溶液保持部を備えることを特徴とする請求項4または5に記載の生体分子検出装置。
【請求項7】
前記配向制御光源が、前記溶液を通って前記溶液保持部の前記平面から出射する方向に、前記励起光と波長が異なる前記光を照射し、かつ、前記溶液と前記平面との界面において前記励起光と波長が異なる前記光に焦点を結ばせるものであることを特徴とする請求項6に記載の生体分子検出装置。
【請求項8】
前記受光部が、光を分光する分光手段を備えることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の生体分子検出装置。
【請求項9】
前記分光手段が、特性の異なる複数のフィルタであり、
前記受光部が、前記蛍光の波長に応じて前記複数のフィルタを切り替えるものであることを特徴とする請求項8に記載の生体分子検出装置。
【請求項10】
検出対象物質に特異的に結合する物質と蛍光分子とを有する第1の複合体から発生する蛍光と、前記第1の複合体と前記検出対象物質とが結合した第2の複合体から発生する蛍光とを検出して、溶液中に存在する前記検出対象物質の検出または定量を行う生体分子検出方法であって、
特定方向の直線偏光成分を有し前記蛍光分子を励起する励起光を照射するステップと、
前記溶液中の前記第2の複合体を周期的に切り換えて配向させるステップと、
前記蛍光分子から発生する蛍光を検出するステップと、
検出された前記蛍光の内、前記第2の複合体が配向する周期に同期した成分を抽出するステップと、
抽出された前記成分に基づいて前記検出対象物質の検出または定量を行うステップとを備えたことを特徴とする生体分子検出方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図6】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8】
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【図9】
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【図10A】
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【図10B】
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【図11A】
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【図11B】
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【図12】
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【図13】
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【図14A】
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【図14B】
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【図15A】
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【図15B】
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【図16A】
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【図16B】
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【図17A】
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【図17B】
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【図18A】
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【図18B】
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【図18C】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【公開番号】特開2012−93339(P2012−93339A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−123101(P2011−123101)
【出願日】平成23年6月1日(2011.6.1)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】