説明

生体標本解析装置

【課題】生体標本に対して、所望の識別成分を高精度で抽出できる生体標本解析装置を提供する。
【解決手段】被検生体標本の分光特性に基づいて、当該被検生体標本の注目領域を識別する生体標本解析装置であって、注目領域の識別成分を決定する識別成分決定部11と、該識別成分決定部11により決定された識別成分に基づいて注目領域を識別する識別部12と、を有し、識別成分決定部11は、基準生体標本の分光特性から固有ベクトルを算出する算出部111、遺伝的アルゴリズムに基づいて固有ベクトルの組み合わせを選択する選択部112、固有ベクトルの選択結果を評価する評価部113、固有ベクトルの選択結果を識別成分として決定する判定部114を有し、識別部12は、被検生体標本の分光特性から識別成分決定部11で決定された識別成分を抽出して注目領域を識別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体標本、特に1つ以上の色素で生体組織が染色された染色標本を解析する生体標本解析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、病理診断に用いる病理標本(組織標本)は、臓器摘出によって得たブロック標本や針生検によって得た標本を厚さ数ミクロン程度に薄切りして作成される。この病理標本は、様々な所見を得るために顕微鏡を用いて拡大観察することが広く行われている。この場合、薄切りされた病理標本は、無色透明に近いため、観察に先立って色素による染色を施すのが一般的である。
【0003】
染色手法としては、種々の方法が提案されており、特に病理標本に関しては、ヘマトキシリン-エオジン染色(以下、H&E染色と略記する)が標準的に用いられている。H&E染色は、ヘマトキシリン色素により生体組織内の細胞核、骨組織等を青紫色に染色することができ、エオジン色素により細胞質、結合組織、赤血球等を赤色に染色することができる。
【0004】
ところで、病理診断では、病理標本を用いて癌の有無およびその悪性度が主な診断項目となる。癌の悪性度は、大きさや深さ、血管やリンパ管への浸潤の有無を確認する必要がある。特に、浸潤の有無は、他臓器への転移の有無を診断する指標であり、治療方法の選択に大きく影響する。
【0005】
ここで、病理標本における血管やリンパ管は、正常な組織ではH&E染色により形態的に位置を特定できるが、癌が進行して組織の形態が崩れてくると視認が難しくなる。この場合、他の染色により、H&E染色では視認が難しい血管壁を構成する組織(弾性線維)の色を変えて視覚的に強調する手法が臨床的に用いられている。この染色には、大別して特殊染色と免疫染色とがあり、その染色数は総じて100種以上にも及ぶ。これにより、様々な対象を染め分けることができる。
【0006】
しかしながら、特殊染色および免疫染色は、概して臨床現場でのコストおよび作業工程の増加を招くことになる。そこで、最近では、特殊染色や免疫染色を施すことなく、画像処理によって特定組織を抽出する技術が種々提案されている(例えば、特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−153742号公報
【特許文献2】特開2006−084425号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示の技術は、H&E染色された標本画像から色情報や平均輝度値を特徴量として抽出し、その特徴量に基づいて組織を識別するものである。しかしながら、この特許文献1に開示の技術では、例えば抽出対象組織が弾性線維の場合は、周囲組織との色や輝度の違いが微小なため、抽出するのが困難となる。また、弾性線維に限らず、H&E染色時間や標本厚さ等の染色工程の違い、もしくは測定から画像化までに至るシステムの違い等により、同一組織の病理標本に対して上記特徴量から安定的にかつ高精度に組織を特定することは困難である。
【0009】
これに対し、特許文献2に開示の技術は、対象そのものの物理特性を用いて特徴量を抽出するものである。しかも、所定の測定データに対して主成分分析等を行い、算出された固有ベクトルのうち上位から所定の本数の固有ベクトルで示される成分を入力値から減算して特徴量を抽出している。したがって、測定データに内在する主成分の影響を受けにくい特徴量を抽出することができる。
【0010】
また、特許文献2には、皮膚画像に対して上記の特徴量を適用した例が記載されている。この例では、先ず、皮膚の色の違いを含む正常な皮膚の分光特性に対して主成分分析を行い、算出された固有ベクトルのうち主成分を示す上位の固有ベクトルを決定する。次に、入力値から上位の固有ベクトルで示される成分を減算することで、入力値から正常な皮膚の主成分を除いた、つまり正常な皮膚には存在せず、異常な皮膚には存在する特徴量(識別成分)を抽出している。さらに、上記特徴量と悪性度とを定量化することで、また視覚的に異常な皮膚を強調して表示することで、皮膚科医による診断を支援するようにしている。
【0011】
しかしながら、本発明者による各種実験によると、上記特許文献2に記載の手法を、病理標本中の弾性線維を抽出する処理として適用したところ、弾性線維を高精度に識別できない場合があることが判明した。
【0012】
そこで、本発明者は、その原因を鋭意検討したところ、上記手法にて抽出される特徴量には、弾性線維と弾性線維の周辺に存在する組織(周辺組織)とを識別する識別成分に加えて、微小なノイズが含まれていることがわかった。このため、識別成分が極めて小さい場合は、識別成分が微小なノイズに埋もれて識別が困難になり、弾性線維を高精度に識別できないことになる。なお、このような問題は、弾性線維に限らず、様々な組織を対象とする場合にも、同様に生じるものである。
【0013】
したがって、かかる点に鑑みてなされた本発明の目的は、生体標本、特に病理標本に対して、所望の識別成分を高精度で抽出できる生体標本解析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成する第1の観点に係る発明は、被検生体標本の分光特性に基づいて、当該被検生体標本の注目領域を識別する生体標本解析装置であって、
前記注目領域の識別成分を決定する識別成分決定部と、
該識別成分決定部により決定された前記識別成分に基づいて前記注目領域を識別する識別部と、を有し、
前記識別成分決定部は、
基準生体標本の分光特性から固有ベクトルを算出する算出部と、
遺伝的アルゴリズムに基づいて前記算出部により算出された前記固有ベクトルの組み合わせを選択する選択部と、
該選択部による前記固有ベクトルの選択結果を評価する評価部と、
該評価部による評価結果に基づいて前記選択部による前記固有ベクトルの組み合わせの選択変更を判定して、前記固有ベクトルの組み合わせを変更しないと判定した時点の前記選択部による前記固有ベクトルの選択結果を前記識別成分として決定する判定部と、を有し、
前記識別部は、前記被検生体標本の分光特性から前記識別成分を抽出して前記注目領域を識別する、
ことを特徴とするものである。
【0015】
第2の観点に係る発明は、第1の観点に係る生体標本解析装置において、
前記評価部は、前記注目領域と該注目領域以外の少なくとも一つの領域とのクラス内分散値とクラス間分散値とに基づいて前記固有ベクトルの選択結果を評価する、
ことを特徴とするものである。
【0016】
第3の観点に係る発明は、第1の観点に係る生体標本解析装置において、
前記評価部は、前記注目領域及び該注目領域以外の少なくとも一つの領域の何れかを重みを付加して前記固有ベクトルの選択結果を評価する、
ことを特徴とするものである。
【0017】
第4の観点に係る発明は、第1〜3のいずれか一つの観点に係る生体標本解析装置において、
前記識別成分決定部は、前記注目領域の段階的な複数の識別成分を決定し、
前記識別部は、前記複数の識別成分に基づいて前記注目領域を段階的に識別する、
ことを特徴とするものである。
【0018】
第5の観点に係る発明は、第1〜4のいずれか一つの観点に係る生体標本解析装置において、
前記被検生体標本の撮像画像を表示する表示部と、
前記識別部で識別されて前記表示部に表示する前記注目領域を擬似カラーで強調する画像強調部と、
を有することを特徴とするものである。
【0019】
第6の観点に係る発明は、第1〜5のいずれか一つの観点に係る生体標本解析装置において、
前記基準領域は正常な細胞核であり、前記注目領域は異常な細胞核である、ことを特徴とするものである。
【0020】
第7の観点に係る発明は、第1〜5のいずれか一つの観点に係る生体標本解析装置において、
前記基準領域は細胞質領域であり、前記注目領域は線維領域である、ことを特徴とするものである。
【0021】
第8の観点に係る発明は、第1〜5のいずれか一つの観点に係る生体標本解析装置において、
前記基準領域は未癌化領域であり、前記注目領域は癌化領域である、ことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、基準領域と注目領域の違いが極めて小さく識別が困難な場合においても、所望の識別成分を高精度で抽出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本実施の形態に係る生体標本解析装置の要部の構成を示す機能ブロック図である。
【図2】図1の生体標本解析装置による前処理動作を示すフローチャートである。
【図3】図1の生体標本解析装置による実行処理動作を示すフローチャートである。
【図4】生体標本画像の注目領域と基準領域とを示す図である。
【図5】図1の生体標本解析装置による固有ベクトルの選択評価方法を示すイメージ図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る生体標本解析装置の好適実施の形態について、図を参照して説明する。なお、以下の説明では、特にH&E染色が施された病理標本を対象とするが、本発明は病理標本に限らず、全ての生体標本の解析に適用することができる。
【0025】
先ず、本実施の形態の概要について説明する。本実施の形態では、例えば、既知の注目領域を有する標準標本や教示用標本からなる所定の病理標本に対する前処理と、対象とする病理標本に対する実行処理とを行う。前処理においては、先ず、所定の病理標本を基準領域と非基準領域とに分別し、さらに、非基準領域を注目領域と非注目領域とに分類する。次に、基準領域と注目領域とを識別する識別成分を決定する。ここで、識別成分は、所定の病理標本の入力値から、基準領域の主成分と注目領域のノイズ成分とを除去することにより取得する。
【0026】
ここで、基準領域と注目領域との組み合わせは、例えば、正常な細胞核と異常な細胞核との組み合わせ、細胞質領域と線維領域との組み合わせ、未癌化領域と癌化領域との組み合わせ等である。もしくは、注目領域を決定して、その他全ての領域を基準領域としても良い。
【0027】
実行処理においては、対象とする病理標本から、前処理で決定された識別成分を抽出し、その抽出した識別成分に基づいて注目領域を病理医等が診断を行うのに好適な表示形態で表示する。これにより、病理診断の診断支援システムを構築する。
【0028】
図1は、本実施の形態に係る生体標本解析装置の要部の構成を示す機能ブロック図である。この生体標本解析装置は、分光特性取得部10、識別成分決定部11、識別部12、記憶部13、表示部14を有する。ここで、識別成分決定部11は、固有ベクトル算出部111、固有ベクトル選択部112、固有ベクトル評価部113および固有ベクトル判定部114を備える。また、識別部12は、識別成分抽出部121および画像強調部122を備える。
【0029】
本実施の形態に係る生体標本解析装置は、上述したように、前処理と実行処理とを行う。前処理では、図2に示すフローチャートに従って、所定の病理標本の分光特性に基づいて識別成分を決定する。そして、実行処理では、図3に示すフローチャートに従って、識別対象とする病理標本の分光特性から、前処理にて決定された識別成分を抽出し、その抽出された識別成分に基づいて注目領域の強調処理等を行う。強調処理は、病理医等が診断を行うために好適な表示形態とする。
【0030】
以下、図1に示した生体標本解析装置の各部の動作について、図2および図3に示したフローチャートを参照して説明する。
【0031】
先ず、図1および図2を参照しながら、前処理について説明する。前処理では、先ず、分光特性取得部10において、以下に示す分光特性取得処理により、所定の病理標本から基準領域と注目領域との分光特性を取得する(ステップS101)。なお、分光特性は、透過率や吸光度等の様々な分光特性を取得しても良いが、ここでは透過率を取得するものとする。
【0032】
分光特性取得処理では、光学フィルタおよび固体撮像素子を用いて複数(Nj次元)のマルチバンド画像を撮像し、そのマルチバンド信号値をウィナー推定処理によりスペクトル推定処理して高次元(M次元(M>N))の透過率スペクトルを取得する。これにより、高解像度かつ高精度な分光スペクトル画像を取得することができる。ここで、本実施の形態は以降の識別処理を高精度化するためスペクトル推定処理を行うが、識別処理に可能な分光スペクトルが得られていればスペクトル推定処理を行う必要はない。
【0033】
なお、マルチバンド画像は、例えば、同一円周上に16枚のバンドパスフィルタを有するフィルタホイールを回転させながら、各バンドの画像をCCD等の固体撮像素子により面順次方式で撮像して取得する。このような技術は、例えば、特開平7−120324号公報に開示されており、公知である。また、スペクトル推定処理は、ウィナー推定処理に限らず、公知のスペクトル推定処理を採用することができる。さらに、マルチバンド画像は市販のRGBカメラ、RGBカメラに光学フィルタを用いた撮像システム、複数の分光特性を有する照明を用いた撮像システム、イメージング分光計等を用いて取得してもよい。
【0034】
ここで、各バンドにおける透過率をt(x,λ)とすると、透過率スペクトルT(x,λ)は、次式で与えられる。ただし、λ(d=1〜M)は分光スペクトルの波長を示し、xは分光スペクトル画像の画素位置を示す。
【0035】
【数1】

【0036】
次に、病理標本を基準領域と非基準領域とに分類し、さらに非基準領域を注目領域と非注目領域とに分類する。上記分類方法は、例えば、病理医が、図4に示すように、生体標本画像20から注目領域21と基準領域22とを決定する。なお、図4に示した注目領域21は、繊維をイメージしたものである。このため、分光特性取得部10には、操作者が手動で領域を指定するGUI(グラフィカルインターフェース)を設ける。これにより、少なくとも基準領域22と注目領域21とを含む領域の透過率スペクトルを取得することができる。
【0037】
上述したようにして、分光特性取得部10において所定の病理標本の透過率スペクトルを取得したら、次に、識別成分決定部11において、取得した透過率スペクトルを用いて注目領域の識別成分を示す固有ベクトルを決定し(ステップS102〜S110)、最終的に、固有ベクトルおよび該固有ベクトルのうち識別成分を示す通し番号を出力値として記憶部13に保存する。以下、識別成分決定部11によるステップS102〜S110の処理の詳細について説明する。
【0038】
識別成分決定部11では、先ず、固有ベクトル算出部111により、以下に示す固有空間算出処理に従って、基準領域の透過率スペクトルデータから固有空間を示す固有ベクトルの組み合わせ、すなわち主成分を分析(算出)する(ステップS102)。
【0039】
固有空間算出処理では、先ず、基準領域に分類された透過率スペクトルデータのうちN個のデータを用いて、下記の式(2)により平均ベクトルT(λ)を算出するとともに、下記の式(3)により分散共分散行列Sを算出する。なお、上記のTは、Tの上に平均値であることを示す記号「(バー)」が付いていることを示す。
【0040】
【数2】

【0041】
式(3)に示すように、分散共分散行列Sは、M×M次元の正方行列であるので、次に、SX=eX(e:実数、X:固有ベクトル)の固有方程式を解いて、固有値e(i=1,2,3,・・・,M)を求める。これにより、固有値の大きい順に、第1主成分、第2主成分、・・・第M主成分とすることができるので、各eに属する固有ベクトルを求めれば、各主成分の係数を得ることができる。すなわち、第P主成分の固有ベクトルXを、下記の式(4)とすると、各主成分Zは、下記の式(5)のように表される。
【0042】
【数3】

【0043】
こうして得られた各主成分Zは、上位の主成分ほど対象の特性を表す情報を多く持っている。一般に、主成分分析は、多次元ベクトルデータが示す多次元ベクトル間の距離関係を可能な限り保持したまま、より低次元のベクトルに次元を縮退する手法として広く知られる。本実施の形態においては、M次元の透過率スペクトルについて主成分分析を行うと、M個の固有ベクトルが算出され、その算出された固有ベクトルの固有値の大きい順に固有ベクトルをソーティングすると、上位の固有ベクトルで示される成分の積算によって基準領域の透過率スペクトルがほぼ完全に復元できる。
【0044】
これにより、透過率スペクトルは、固有ベクトルによって形成される固有空間に写像することができる。さらに、算出された固有空間の特徴として、上位の固有ベクトルに基準領域の主成分(ベクトル)が示され、下位に基準領域に依存しない成分(ベクトル)が示される。なお、固有空間は、主成分分析に限らず、多変量解析の分野において様々な次元縮退法が提案されており、それらを用いて算出しても良い。また、固有空間は、基準領域と注目領域の透過率スペクトルデータから、もしくは基準領域と非基準領域の透過率スペクトルデータから算出しても良い。
【0045】
上記のように、固有ベクトル算出部111による固有空間算出処理が終了したら、固有ベクトル選択部112、固有ベクトル評価部113および固有ベクトル判定部114により、以下に示す固有ベクトル選択処理に従って、算出された固有ベクトルのうち基準領域の主成分および注目領域のノイズ成分を示す固有ベクトルの組み合わせを決定する。本実施の形態では、遺伝的アルゴリズムを用いて、固有ベクトルの組み合わせを決定する。
【0046】
このため、固有ベクトル選択部112において、固有ベクトルの組合せパターンを遺伝子とする遺伝子の初期集団を生成し(ステップS103)、その初期集団から遺伝子を選択して(ステップS104)、交叉させ(ステップS105)、固有ベクトルの組合せパターンを生成する(ステップS106)。そして、固有ベクトル評価部113において、各固有ベクトルの組み合わせの適応度を評価して(ステップS107)、その可否を固有ベクトル判定部114により判定する(ステップS108)。
【0047】
その結果、否の場合は、突然変異を発生させて(ステップS109)、ステップS104へ移行する。これに対し、可の場合、もしくは可否判断の処理回数が所定の回数を超えた場合は、当該遺伝子すなわち固有ベクトルの組合せパターンを識別成分の最適パターンとして、もしくは最適パターン無しとして記憶部13に記憶して(ステップS110)、処理を終了する。
【0048】
以下、ステップS103〜S110の遺伝的アルゴリズムにおける各処理について、さらに詳細に説明する。先ず、ステップS103では、固有ベクトルのうち識別成分を示す成分を「1」、上記以外を「0」と表記するビットパターンで示される遺伝子の初期集団を生成する。ここで、固有空間はM次元なので、遺伝子は2Mビットで示すことができる。なお、初期集団の遺伝子は、乱数を発生させてランダムに生成してもよいし、与えられた設定に従って内容の偏りを調整しながら生成してもよい。
【0049】
次に、ステップS104では、初期集団から遺伝子を2種選択し、選択された2種の遺伝子を、ステップS105において交叉させる。ここで、交叉とは、2種の遺伝子の一部を入れ換える処理で、1点交叉または2点交叉等を行う。なお、1点交叉とは、交叉する点をランダムに1点選んで、その点より後を入れ換えて新規遺伝子を生成する手法である。2点交叉とは、交叉する点をランダムに2点選んで、それらの点に挟まれている部分を入れ換えて新規遺伝子を生成する手法である。この交叉処理により生成された遺伝子を、ステップS106において、固有ベクトルの組合せパターンとする。
【0050】
その後、ステップS107において、それぞれの遺伝子について適応度を算出し、適応度の高い遺伝子を次世代に残す。ここで、適応度は、予めそれぞれの領域に分類された生体標本の透過率スペクトルを用いて算出する。そのため、先ず、各透過率スペクトルから、固有空間算出処理によって算出された固有ベクトルの係数を算出する。具体的には、各透過率スペクトルt(x,λ)は、下記の式(6)により求まり、固有空間の各固有ベクトルの係数c(P)=(c,c,・・・,c)は、下記の式(7)により求まる。
【0051】
【数4】

【0052】
次に、各遺伝子で示される固有ベクトルの組み合わせに基づいて、識別成分を抽出する。ここで、遺伝子は、それぞれの固有ベクトルが識別成分か否かの情報を示しており、固有ベクトルに対応する遺伝子の各ビット位置の値が「1」の場合、固有ベクトルは識別成分とし、「0」の場合、固有ベクトルは非識別成分とする。これにより、識別成分Rは、下記の式(8)に示すように、遺伝子を「1」とする固有ベクトルで示される成分の積算で算出することができる。
【0053】
【数5】

【0054】
次に、算出された識別成分の積算値Rから、基準領域と注目領域の分類に基づいて適応度を算出する。ここで、適応度は、以下の手順で算出する。先ず、基準領域のカテゴリ及び注目領域のカテゴリに対して識別成分の各波長の値に基づくクラス間分散値及びクラス内分散値を算出する。基準領域のカテゴリを添え字「1」で表し、注目領域のカテゴリを添え字「2」で表した場合、クラス内分散値σW及びクラス間分散値σBは、次式で表される。
【0055】
【数6】

【0056】
上式(9)および(10)において、基準領域のカテゴリにおける平均値をμ、分散値をσ、データ数をnで示し、注目領域のカテゴリにおける平均値をμ、分散値をσ、データ数をnで示し、全データの平均値をμTで示している。次に、クラス間分散値σBとクラス内分散値σWの比を分散比として算出し、分散比の値を適応度とする。なお、注目領域以外の全ての領域と注目領域の分類に基づいて適応度を算出する場合には、上記した基準領域のカテゴリを注目領域以外の全ての領域のカテゴリとして同様の処理を行う事で実施できる。更には、基準領域、注目領域、上記以外の領域に対して其々重みを付加したい場合には、データ数を他領域のカテゴリと比較して相対的に増やすか、もしくは、重み係数αを乗じて擬似的にデータ数を増やす事により可能となる。更には、基準領域、注目領域、上記以外のカテゴリは其々のカテゴリで複数にカテゴリ化して良く、例えば、繊維領域を多種の繊維領域にカテゴリ化しても良い。上記した処理を組み合わせる事により、例えば、注目領域のうち弾性繊維の重みを付加して処理を行う事で、繊維領域を識別しながら、特に弾性繊維の識別率を向上させる識別成分を抽出する事ができる。上記の処理構成は、注目領域の検出率及び未検出率、注目領域以外の領域の誤検出率を鑑みて決定する事ができる。
【0057】
次に、ステップS108において、適応度に基づいて可否判断を行う。その結果、全体の遺伝子の適応度が所定の閾値以下の場合(否の場合)は、ステップS109において、その場合の適応度に基づいて突然変異率を決定して、遺伝子から突然変異率の分だけの遺伝子を選択する。これにより、部分的にビットを反転させる等の処理を行って内容を変化させる。
【0058】
ここで、遺伝的アルゴリズムを用いた色素量の組み合わせを探索する場合、適応度が低い段階では、突然変異率を高く設定する。これにより、早期に最適解に近付き易くできるとともに、局所解に陥ることがあるという遺伝的アルゴリズムの弱点を解消することができる。また、最適解に近付き、適応度が高くなった段階では、突然変異率を低く設定する。これにより、急激に評価値が低化することを避けることができる。こうして、1世代分の処理を完了した後、ステップS104の遺伝子の選択処理に移行する。
【0059】
一方、ステップS108において、全体の遺伝子の適応度が所定の閾値より大きい場合(可の場合)、もしくは、可否判断の処理回数が所定の回数を超えた場合は、ステップS110において、当該遺伝子すなわち固有ベクトルの組合せパターンを最適パターンとして抽出し、その抽出した最適パターンを記憶部13に記憶して処理を終了する。ここで、可否判断の処理回数に基づいて処理を終了させているのは、遺伝子操作の一連の処理を繰り返しても適応度が所定の閾値を超えずに、処理が完了しなくなることを避けるためである。以上のことから、基準領域と注目領域とを識別するには、図5に固有ベクトルの選択評価方法のイメージ図を示すように、基準領域および注目領域のクラス内分散を小さくしつつ、基準領域と注目領域とのクラス間分散を大きくして適応度を大きくすればよいことがわかる。
【0060】
なお、遺伝的アルゴリズムは、上記のアルゴリズムに限定する必要はなく、様々な分野によってアルゴリズムの改善が成されており、それらを適用することでより高速かつ高精度に最適化処理を行うことができる。
【0061】
以上により、適応度に基づいて最適な固有ベクトルの組合せパターンが取得される。
【0062】
次に、図1および図3を参照しながら、実行処理について説明する。
【0063】
実行処理では、先ず、分光特性取得部10により、図2のステップS101で説明した分光特性取得処理に従って、対象の病理標本の分光特性として透過率スペクトルを取得する(ステップS201)。
【0064】
その後、取得した透過率スペクトルを用いて、識別部12により、対象の病理標本から識別成分を抽出し、抽出された識別成分に従って表示部14に画像を強調表示する(ステップS202〜S204)。以下、識別部12によるステップS202〜S204の処理の詳細について説明する。
【0065】
識別部12では、先ず、識別成分抽出部122において、識別成分抽出処理に従って、対象とする病理標本の各画素の透過率スペクトルを、記憶部13に記憶されている固有空間に写像し(ステップS202)、識別成分の積算値を算出する。これにより、先ず対象とする病理標本の各画素の透過率スペクトルT(x,λ)と、記憶部13に記憶されている固有ベクトルXとを用いて、上記式(7)に従って固有空間の値である各固有ベクトルの係数c(P)を算出する。
【0066】
続いて、記憶部13に記憶される固有ベクトルXと固有空間の値c(P)とを用いて、上記式(8)に従って識別成分の積算値Rを算出する。これにより、基準領域の主成分と注目領域のノイズ成分とを除去して識別成分を抽出する(ステップS203)。ここで、識別成分を複数取得する事により、識別処理を多段的に実行しても良い。例えば、先ず、繊維領域を注目領域として抽出し、更に、繊維領域のうち弾性繊維領域を注目領域として抽出するとしても良い。ここで、識別成分は、病理標本のうち繊維領域を識別する識別成分と繊維領域のうち弾性繊維を識別する識別成分を用いる。其々の識別成分は識別成分決定部にて同様に算出する事ができる。
【0067】
その後、画像強調部123において、強調処理に従って、対象とする病理標本画像に注目領域を容易に識別できるように、注目領域と識別された場合は、該注目領域を所定の擬似カラーで強調して、表示部14に表示する(ステップS204)。例えば、ステップS203の識別成分抽出処理によって抽出された識別成分が所定の閾値より大きい場合、該画素は注目領域として所定の擬似カラーにて表示する。なお、強調表示の方法は、これに限らない。
【0068】
このように、本実施の形態では、前処理において、所定の病理標本の分光特性から基準領域の主成分と注目領域のノイズ成分とを除去して、基準領域と注目領域とを識別する識別成分を取得し、この前処理で決定された識別成分を、実行処理において、対象とする病理標本の分光特性から抽出して、対象標本の注目領域を識別する。ここで、基準領域の主成分は、基準領域に対して相関性が高く、注目領域のノイズ成分は、注目領域に対して相関性が低い。しかし、これらの成分を除去すれば、その差分は基準領域に対して相関性が低く、注目領域に対して相関性の高い特徴を有する識別成分となる。したがって、この識別成分を対象とする病理標本の分光特性から抽出すれば、基準領域と注目領域の違いが極めて小さく識別が困難な場合においても、所望の識別成分を高精度で抽出することができる。しかも、本実施の形態においては、抽出した識別成分に基づいて注目領域を所定の擬似カラーで強調して表示するようにしたので、例えば、病理医に対して容易に注目領域を識別させることができる病理診断の診断支援システムを構築することができる。
【0069】
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、幾多の変形または変更が可能である。例えば、本発明は、病理標本自体あるいは細胞単位の正常・異常を検出して、強調表示により識別して表示する場合にも適用することができる。
【符号の説明】
【0070】
10 分光特性取得部
11 識別成分決定部
12 識別部
13 記憶部
14 表示部
111 固有ベクトル算出部
112 固有ベクトル選択部
113 固有ベクトル評価部
114 固有ベクトル判定部
121 識別成分抽出部
122 画像強調部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検生体標本の分光特性に基づいて、当該被検生体標本の注目領域を識別する生体標本解析装置であって、
前記注目領域の識別成分を決定する識別成分決定部と、
該識別成分決定部により決定された前記識別成分に基づいて前記注目領域を識別する識別部と、を有し、
前記識別成分決定部は、
基準生体標本の分光特性から固有ベクトルを算出する算出部と、
遺伝的アルゴリズムに基づいて前記算出部により算出された前記固有ベクトルの組み合わせを選択する選択部と、
該選択部による前記固有ベクトルの選択結果を評価する評価部と、
該評価部による評価結果に基づいて前記選択部による前記固有ベクトルの組み合わせの選択変更を判定して、前記固有ベクトルの組み合わせを変更しないと判定した時点の前記選択部による前記固有ベクトルの選択結果を前記識別成分として決定する判定部と、を有し、
前記識別部は、前記被検生体標本の分光特性から前記識別成分を抽出して前記注目領域を識別する、
ことを特徴とする生体標本解析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の生体標本解析装置において、
前記評価部は、前記注目領域と該注目領域以外の少なくとも一つの領域とのクラス内分散値とクラス間分散値とに基づいて前記固有ベクトルの選択結果を評価する、
ことを特徴とする生体標本解析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の生体標本解析装置において、
前記評価部は、前記注目領域及び該注目領域以外の少なくとも一つの領域の何れかを重みを付加して前記固有ベクトルの選択結果を評価する、
ことを特徴とする生体標本解析装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の生体標本解析装置において、
前記識別成分決定部は、前記注目領域の段階的な複数の識別成分を決定し、
前記識別部は、前記複数の識別成分に基づいて前記注目領域を段階的に識別する、
ことを特徴とする生体標本解析装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の生体標本解析装置において、
前記被検生体標本の撮像画像を表示する表示部と、
前記識別部で識別されて前記表示部に表示する前記注目領域を擬似カラーで強調する画像強調部と、
を有することを特徴とする生体標本解析装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の生体標本解析装置において、
前記基準領域は正常な細胞核であり、前記注目領域は異常な細胞核である、ことを特徴とする生体標本解析装置。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の生体標本解析装置において、
前記基準領域は細胞質領域であり、前記注目領域は線維領域である、ことを特徴とする生体標本解析装置。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の生体標本解析装置において、
前記基準領域は未癌化領域であり、前記注目領域は癌化領域である、ことを特徴とする生体標本解析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−145264(P2011−145264A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−8433(P2010−8433)
【出願日】平成22年1月18日(2010.1.18)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】