説明

生理的状態変化と生理的状態に変化を与える要因の効果を評価する遺伝子マーカー、評価方法、評価システム、及びコンピュータプログラム

【課題】 特定人の末梢血サンプルによって当該特定人の生理的状態及び/若しくは生理的状態に変化又は影響を与える要因の効果を評価可能な遺伝子または当該遺伝子の組み合わせ、および、それを用いた評価システム、このシステムによって実行される評価方法、及びこのコンピュータシステムに評価方法を実行させるためのコンピュータプログラムを提供すること。
【解決手段】 加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中のCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子を有する生理的状態評価用遺伝子マーカーであって、
この遺伝子マーカーは、被験者の末梢血中における前記1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するために用いられるものであることを特徴とする遺伝子マーカー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定人の末梢血サンプルによって当該特定人の生理的状態変化および若しくは生理的状態を変化させる要因の効果又は寄与度を評価可能な遺伝子マーカー、評価システム、このシステムによって実行される評価方法、及びこのコンピュータシステムに評価方法を実行させるためのコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の分子生物学的情報生成技術の発達により、特に医療分野において、生体サンプル中の特定のRNA分子の存在頻度(遺伝子発現情報)とその生体の状態との関連が明らかになりつつある。
【0003】
このような、医療処置を補助する情報としてRNA等の転写産物頻度を利用する医療行為では以下のような諸段階を経て医療が行われている。具体的には、まず癌やリウマチといった目的の疾患を特定し、その目的の疾患に罹患した患者および罹患していない健常者を募り、その患者および健常者の了解の下で血液等の生体サンプルを収集する。その後、当該患者の疾患の状態の情報とともに当該生体サンプルから取得した遺伝子発現情報を解析する。そして、その疾患の状態に相関のある転写産物を特定することによって、目的の疾患の分析を可能としている。このような検査方法の例としては以下のような文献が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−253258号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、疾患という特殊な生理的状態変化に限らず、年齢、性別、身体的特徴といった個人の特性や特徴、住所や住環境、職業や就労状況といった境遇や環境などの、生理的状態に変化又は影響を与える要因の効果(強度)にも、共通する遺伝子発現パターンが存在することは周知である。また、本発明者等は、筋肉疲労、労働疲労、特定の食品や栄養素の摂食、食習慣、生活習慣といった要因の効果においても、共通する遺伝子発現パターンが存在することを確認している。
【0006】
こうした個人の生理的状態変化や、生理的状態に変化又は影響を与える要因の効果を反映する遺伝子発現情報を利用可能とすることは、例えば、疲労の度合や疲労回復における食品の効果等の、従来、定量的な指標のない、あるいは、客観的判断が困難な生理的状態変化を可視的に明らかにすることを可能とする。
【0007】
また、個人について、上記のような生理的状態に変化又は影響を与える要因と生理的状態変化を反映する遺伝子発現情報とを組み合わせて評価することにより、特定の個人にパーソナライズされた、精度の高い、生理的状態に変化又は影響を与える要因の評価を行うことが可能となる。
【0008】
一方で、こうした評価を一般に行う為には、均質な特定人のサンプルを容易に収集する必要があり、また、遺伝子発現の日内周期など、目的とする生理的状態変化に対して不安定な発現パターンを示す遺伝子を排除して、適切な遺伝子群から最適な遺伝子をマーカーとする必要がある。
【0009】
本発明は、このような状況を鑑みてなされたものであり、特定人の末梢血サンプルによって当該特定人の生理的状態及び/若しくは生理的状態に変化又は影響を与える要因の効果を評価可能な遺伝子または当該遺伝子の組み合わせ、および、それを用いた評価システム、このシステムによって実行される評価方法、及びこのコンピュータシステムに評価方法を実行させるためのコンピュータプログラムを提供することを目的とする。
【0010】
本発明はまた、上記評価方法に使用するための固相化試料を提供することも目的とする。この固相化試料は、本発明に係る上記遺伝子に特異的にハイブリダイズし、当該遺伝子を検出するためのプローブを適当な固相上に固定して作製される。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、特定人の生理的状態を客観的に評価するために、検体として容易に得られ、且つ生理的状態を変化させる要因に関連する因子又はその受容体の多くを発現する末梢血に着目した。そして、本発明者らは、末梢血中で発現する遺伝子群の解析の中で、数万に上る遺伝子のmRNAの発現を網羅的に解析することで、加齢に比例して発現頻度が変化する遺伝子に関する新たな知見を得、さらに鋭意研究・実験を重ねた結果、本発明を完成するに至ったものである。
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中の遺伝子であるCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGが、当該遺伝子を有する被験者の、加齢を含む生理的状態及び/若しくは生理的状態を変化させる要因を当該被験者に与えた場合におけるその要因の効果又は寄与度を評価するために用いることが可能であることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明の要旨は、加齢に比例して相対発現頻度が変動するCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGを用いて、被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態を変化させる要因を当該被験者に与えた場合におけるその要因の効果又は寄与度を評価することにある。
【0014】
具体的には、本発明の第一の主要な観点によれば、加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中のCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子を有する生理的状態評価用遺伝子マーカーであって、この遺伝子マーカーは、被験者の末梢血中における前記1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するために用いられるものであることを特徴とする遺伝子マーカーが提供される。
【0015】
このような構成によれば、特定人の末梢血サンプルによって当該特定人の生理的状態及び/若しくは生理的状態に変化又は影響を与える要因の効果を、簡便に且つ高精度で評価することができる。
【0016】
また、生理的状態及び/若しくは生理的状態に変化又は影響を与える要因の効果を評価する上で不可欠な遺伝子群を特定することで、評価の指標とする遺伝子の数を最小化し、再現性・信頼性の高い評価方法を提供することができる。
【0017】
また、本発明の一実施形態によれば、この遺伝子マーカーにおいて、前記CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGの各遺伝子は、それぞれ、配列ID番号1〜10に記載の塩基配列のコード領域を含むDNAを有するものである。
【0018】
また、本発明の他の実施形態によれば、この遺伝子マーカーにおいて、前記生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度の評価は、前記被験者における前記1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルと、前記被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力するための、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較することによって行われるものである。
【0019】
さらに、本発明の別の実施形態によれば、この遺伝子マーカーにおいて、前記生理的状態を変化させる要因は、前記被験者の年齢、筋肉負荷、精神負荷、休息、睡眠、労働、怪我、糖尿病罹患を含む疾病罹患、又は特定の食品若しくは食品成分の摂食、及びそれらの任意の組み合わせである。
【0020】
また、本発明の第二の主要な観点によれば、加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中のCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価可能な生理的状態評価システムによって実行される方法であって、(a)前記被験者の末梢血由来のmRNAに基づいて、前記1若しくはそれ以上の遺伝子の相対発現頻度を測定する工程と、(b)前記測定した相対発現頻度と、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較する工程と、(c)前記比較した結果に基づいて、前記被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力する工程と、を有することを特徴とする、方法が提供される。
【0021】
本発明の一実施形態によれば、上記のような方法において、この方法は、さらに、(d)生理的状態が既知である複数の被験者の末梢血由来のmRNAに基づいて、CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の相対発現頻度を測定する工程と、(e)前記被験者毎に、前記(d)工程において測定した相対発現頻度と前記被験者の既知の生理的状態を変化させる要因とを関連付けて格納する工程と、を有するものであり、前記予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線は、前記格納した相対発現頻度に基づいて生成されるものである。
【0022】
また、本発明の他の一実施形態によれば、この方法において、前記生理的状態を変化させる要因は、前記被験者の年齢、筋肉負荷、精神負荷、休息、睡眠、労働、怪我、罹患、糖尿病罹患、又は特定の食品若しくは食品成分の摂食、及びそれらの任意の組み合わせである。
【0023】
さらに、本発明の第三の主要な観点によれば、上記のような方法に用いられるアレイであって、CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから選択される1又はそれ以上の遺伝子をコードする少なくとも一部の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするプローブが、固体支持体上の各々異なる位置に固定してなることを特徴とするアレイが提供される。
【0024】
また、本発明の第四の主要な観点によれば、加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中のCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するために用いるキットであって、上記したアレイを有することを特徴とする、キットが提供される。
【0025】
また、本発明の第五の主要な観点によれば、被験者の末梢血中におけるCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価可能な生理的状態評価システムであって、前記被験者の生体サンプル由来のmRNAに基づいて、CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の相対発現頻度を測定する手段と、前記測定した相対発現頻度と、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較する手段と、前記比較した結果に基づいて、前記被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力する手段と、を有することを特徴とするシステムが提供される。
【0026】
また、本発明の第六の主要な観点によれば、被験者の末梢血中におけるCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価可能なコンピュータシステムの記憶装置に格納され、このコンピュータシステムに、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するための処理を実行させるコンピュータプログラムであって、前記被験者の末梢血由来のmRNAに基づいて、CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の相対発現頻度を測定する工程と、前記測定した相対発現頻度と、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較する工程と、前記比較した結果に基づいて、前記被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力する工程と、を有することを特徴とするコンピュータプログラムが提供される。
【0027】
なお、上記した以外の本発明の特徴及び顕著な作用・効果は、次の発明の実施形態の項及び図面を参照することで、当業者にとって明確となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】図1は、本発明の一実施形態に係る生理的状態評価システムを示す概略図である。
【図2】図2は、本発明の一実施形態に係る生理的状態評価システムの概略構成を示すブロック図である。
【図3】図3は、本発明の一実施形態において、加齢に比例して発現変動する遺伝子プローブのリストである。
【図4A】図4Aは、本発明の一実施形態において、加齢に比例して発現変動する遺伝子プローブの散布図である。
【図4B】図4Bは、本発明の一実施形態において、加齢に比例して発現変動する遺伝子プローブの散布図である。
【図4C】図4Cは、本発明の一実施形態において、加齢に比例して発現変動する遺伝子プローブの散布図である。
【図5】図5は、本発明の一実施形態において、サプリメント摂取前後における加齢マーカーの変動を示すグラフである。
【図6】図6は、本発明の一実施形態において、運動負荷前後における加齢マーカーの変動を示すグラフである。
【図7】図7は、本発明の一実施形態において、糖尿病患者における加齢マーカーの変動を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下に、本願発明に係る一実施形態および実施例を、図面を参照して説明する。
本実施形態に係る生理的状態評価用遺伝子マーカーは、上述したように、加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中のCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子を有する生理的状態評価用遺伝子マーカーであって、この遺伝子マーカーは、被験者の末梢血中における前記1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するために用いられるものであることを特徴とするものである。なお、CD248は配列ID番号1、LTKは配列ID番号2、SYT11は配列ID番号3、KATNAL1は配列ID番号4、ARHGEF4は配列ID番号5、SLC1A7は配列ID番号6、IGFBP3は配列ID番号7、RGS9は配列ID番号8、BTBD11は配列ID番号9、及びSPEGは配列ID番号10、にそれぞれ記載される塩基配列のコード領域を含むDNAを有するものである。
【0030】
ここで、本発明の一実施形態において、上記各遺伝子マーカーは、加齢に比例して発現量が変化するものである。なお、本発明において「遺伝子マーカー」とは、ある対象物の状態又は作用の評価の指標となるものであって、ここではある遺伝子の発現量と相関するときの遺伝子関連物質をいう。例えば、遺伝子それ自体、転写物であるmRNA、翻訳物であるペプチド、遺伝子発現の最終産物であるタンパク質などが含まれる。また、「遺伝子の発現頻度」とは、当該遺伝子の発現量を標準化したものを意味するものであり、当該遺伝子の転写レベル(転写物などの場合)または翻訳レベルにおける発現量(ポリペプチド、タンパク質などの場合)をも包含して意味するものである。
【0031】
本実施形態において、前記被験者の上記各遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルと、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較することにより、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価する。
【0032】
本実施形態に係る生理的状態評価用遺伝子マーカーは、概説すると、図1に示すような生理的状態評価システム1において用いられる。
【0033】
本実施形態に係る生理的状態評価システム1は、前記遺伝子マーカーの標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するものである。また、この生理的状態評価システム1は、被験者2から分子診断検査用RNA採血管等によって採取された末梢血3から抽出されたRNA4等の核酸を元に核酸分析を行う核酸分析装置5と、この核酸分析装置5から得られる遺伝子発現頻度(転写産物頻度、転写産物の絶対頻度、翻訳産物頻度、等)の測定値を含む核酸分析結果6の標準化処理等を行い、遺伝子発現頻度プロファイル8を生成する遺伝子発現頻度プロファイル生成装置7と、前記遺伝子発現頻度プロファイル8と予め用意され生理的状態情報DB9に格納された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較することにより、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態を変化させる要因の効果又は寄与度を評価する生理的状態評価装置10と、を備えている。なお、これらの本システムが有する構成によって、遺伝子発現量測定機能、遺伝子発現量標準化機能、遺伝子発現頻度プロファイル生成機能、生理的状態変化要因評価機能等、本システムを実行するために必要な各種機能が実行される。
【0034】
前記核酸分析装置5は、前記被験者2から得られた末梢血3についてマイクロアレイ法、PCR法、RT−PCR、ビーズ法、SAGE法、高速シーケンシング法等の核酸分析を行って、転写産物頻度情報、特定転写産物存在情報、特定転写構造情報等の核酸分析結果6を得る。
【0035】
前記遺伝子発現頻度プロファイル生成装置7は、前記核酸分析装置5から得られた核酸分析結果6を、例えばQuantile NormalizationやLoess/Lowess Normalization等の方法を用いて標準化すると共に、この標準化された核酸分析結果6を元に遺伝子発現頻度プロファイル7を生成する。そして、この遺伝子発現頻度プロファイル7を、被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する生理的状態を変化させる要因の効果又は寄与度を評価するために、生理的状態評価装置10に送信する。
【0036】
前記生理的状態評価装置10は、前記被験者2の末梢血3を元にして得られた前記遺伝子発現頻度プロファイル7と、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較することにより、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する生理的状態を変化させる要因の効果又は寄与度を評価する。また、前記予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線は、後述する生理的状態情報DB9に格納されるものであり、前記評価の際には、必要に応じて、この生理的状態情報DB9からデータが取得される。
【0037】
ここで、上記した生理的状態を変化させる要因には、被験者の年齢、筋肉負荷、精神負荷、休息、睡眠、労働、怪我、糖尿病罹患を含む疾病罹患、又は特定の食品若しくは食品成分の摂食、及びそれらの任意の組み合わせ等が含まれるが、これらに限定されるものではない。
【0038】
そして、前記特定の食品若しくは食品成分としては、オリゴノール、ローヤルゼリー、クロレラ、米糠エキス、又はサイエンスワンや、若しくはエネルギー源、ビタミン、アミノ酸、抗酸化剤、ペプチド、タンパク質、ミネラル、及び脂質から成る群から選択される少なくとも1以上の食品成分を有するものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
(フローチャート)
以下に、生理的状態評価システム1の具体的な処理過程を説明する。なお、図中の各符号S1〜S4は、以下の説明中の各ステップS1〜ステップS4に対応するものである。
【0040】
図1に示すように、本実施形態において、被験者2の末梢血3が採取され(ステップS1)、その末梢血3からRNA4が抽出される(ステップS2)。そして、そのRNA4が核酸分析装置5にかけられると、前記RNA4中の少なくとも1以上の上記10遺伝子の遺伝子発現頻度(本図においては、符合6で「核酸分析結果」として示す)が測定され(ステップS3)、その測定値に基づいて、遺伝子発現頻度プロファイル生成装置7によって当該10遺伝子についての標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイル8が測定される(ステップS4)。次いで、生理的状態評価装置10によって当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する、生理的状態を変化させる要因の効果又は寄与度(本図においては、符号11で「評価結果」として示す)が評価される(ステップS5)。
【0041】
また、当該評価は、特定のRNAサンプルをコントロールサンプルとして、被験者サンプルの標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルと、予め用意したコントロールサンプルの遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較解析することにより行うことができる。この評価を行うことで、被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力する。
【0042】
あるいは、当該評価は、同一被験者の平常時における標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルと生理的状態を変化させる特定の要因が負荷された状態における標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとを比較解析することにより、当該被験者のストレスを評価するものであってもよい。
【0043】
好ましくは、前記コントロールや平常時の遺伝子発現プロファイルとの比較データは、予め取得しておいた生理的状態変化要因負荷状態の他の被験者の同様のデータと比較解析して評価する。このように予め蓄積されたデータとの比較解析を行うことで、より精度の高い評価を行うことができる。
【0044】
例えば、平常時サンプル群に対して筋肉疲労負荷4時間後のサンプル群、筋肉疲労負荷24時間後のサンプル群、及び筋肉疲労負荷48時間後のサンプル群をそれぞれ測定して、それぞれの時系列の全てで比較解析をする。
【0045】
また、上記のような蓄積されたデータは、本図において符合9で示す生理的状態情報DBに格納しておく。この生理的状態情報DB9は、複数の被験者のサンプルが得られるに従って、当該被験者の生理的状態と当該被験者に負荷されている生理的状態を変化させる要因とを関連づけて随時更新するようにしても良い。
【0046】
なお、データの解析方法は、クラスタ解析に限定されず、所定のアルゴリズムを用いて解析を行う等、当該技術分野で知られた任意の解析方法を用いることができる。
【0047】
(システム構成)
次に、図2の機能ブロック図を参照して、上記した生理的状態評価システム1の構成を説明する。
【0048】
この生理的情報評価システム1は、コンピュータシステムに内蔵されたCPU15にシステムバス16を介してRAM17、ROMやHDD、磁気ディスクなどの記憶装置18及び入出力インターフェース(I/F)19が接続されて構成される。入出力I/F19には、キーボードやマウスなどの入力装置20、ディスプレイなどの出力装置21、及びモデムなどの通信デバイス22が夫々接続されている。記憶装置18は、生理的状態情報DB9を備えている。何れも、記憶装置18内に確保された一定の記憶領域である。
【0049】
このようなハードウェア構成において、入力装置20を介して各種の指令(コマンド)が入力されることで、又は通信I/Fや通信デバイス23等を介してコマンドを受信することで、この記憶装置18にインストールされたソフトウェアプログラムがCPU15によってRAM17上に呼び出されて展開され実行されることで、OS(オペレーションシステム)と協働してこの発明の機能を奏するようになっている。
【0050】
また、プログラム格納部23に格納されるコンピュータプログラムは、コンピュータを、上記した生理的情報評価システム1として構成するものであり、具体的には、上記したような、遺伝子発現量測定機能、遺伝子発現量標準化機能、遺伝子発現頻度プロファイル生成機能、生理的状態変化要因評価機能等、本システムを実行するために必要な各種機能を備えている。これらの各機能は、夫々が独立したコンピュータプログラムやそのモジュール、ルーチンなどであり、上記CPU21によって実行されることでコンピュータを各システムや装置として構成させるものである。なお、本明細書においては、夫々のシステムにおける各機能が協働して夫々のシステムを構成しているものとする。
【実施例】
【0051】
以下に、本実施形態による実施例を、図面を参照して詳細に説明する。
(評価方法スキーム)
以下に説明する実施例は、いずれも、事前に後述の方法により選別され、末梢血において測定可能であり、ヒトの日常の生活周期において発現量の変化が少なく、且つヒトの年齢と高い相関をもつ遺伝子である、CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子を、遺伝子マーカーとして、以下の(a)〜(f)の方法スキームによって実施されている。
【0052】
(a)既定の生理的状態にある特定人の末梢血サンプル由来のmRNAに基づいて、上記10遺伝子の発現量を測定する工程、
(b)前記特定人の既定の生理的状態と、当該特定人の特性や特徴、境遇や環境、サンプル採取時の状態等の個体特徴情報とに関連付けて、遺伝子発現情報として格納する工程、
(c)前記格納した遺伝子の発現量を標準化し、評価対象の生理的状態変化および若しくは生理的状態に影響を与える要因の影響以外の条件で変動する遺伝子を特定して、以降の工程から除去する工程、
(d)前記評価対象の生理的状態変化および若しくは生理的状態に影響を与える要因毎に、前記遺伝子発現情報を少なくとも2以上の蓄積し、特定生理的状態遺伝子発現プロファイルを作成する工程(評価対象は「人の生理的状況」または「要因の影響」。個人プロファイルは1人の複数ポイント、汎用プロファイルは複数人)、
(e)評価目的の生理的状態変化および若しくは生理的状態に影響を与える要因が未知である評価対象における遺伝子の発現量を、前記評価対象の遺伝子発現情報として受け付ける工程、
(f)前記評価対象の遺伝子発現情報における、前記遺伝子マーカーの相対発現頻度を、前記特定生理的状態遺伝子発現プロファイルにおけるもの比較することで、前記評価目的の生理的状態変化および若しくは生理的状態に影響を与える要因の影響に関する指標値を出力する工程。
【0053】
(マーカー遺伝子の探索・選定方法)
以下に、本発明のマーカー遺伝子の探索・選定方法について説明する。
発明者らは、以下(1)〜(3)に記載する被験者から採血し、その採血した全血からRNAを抽出した後、DNAマイクロアレイを用いて発現解析を行った。DNAマイクロアレイとは、ガラス等の支持基体上に多数の遺伝子に相当する塩基配列を有するDNA断片を固定化したものであり、ハイブリダイゼーションにより、サンプル中のDNAあるいはRNAを検出するものである。解析は遺伝子の網羅的な発現解析が可能であれば、上記DNAマイクロアレイに代えて、他のDNA固相化試料(DNAチップ、キャピラリー、メンブレンフィルター等)や定量法を利用してもよい。
【0054】
マーカー遺伝子の探索に用いたヒト末梢血検体は、以下(1)および(2)の2つの検体群から収集した。
(1)2007年11月〜同年12月の間に、健診目的で医療法人飛祥会北國クリニック(石川県金沢市)を受診した健常者のうち、末梢血遺伝子発現解析研究に参加することについて文書により説明し同意を得た119名の末梢血(以下、「北國クリニック検体群」とする)。
(2)2008年1月〜同年3月の間に、健診目的で公立松任石川中央病院(石川県白山市)を受診した健常者のうち、末梢血遺伝子発現解析研究に参加することについて文書により説明し同意を得た100名の末梢血(以下、「松任石川中央病院検体群」とする)。
【0055】
また、上記被験者の性別・年齢情報を表1に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
対象被験者血液からのRNAの抽出はPAXgene Blood RNA System(キアゲン社製)を用いて行った。各被験者血液から抽出したRNAの品質をバイオアナライザー2100(アジレント社製)を用いて調べ、分解が無いことを確認した。次に、各RNA250ngからアジレント社製Low RNA Input Linear Amp Kit PLUS,One−Colorを用いて、in vitro転写反応によりcRNAを増幅、同時に蛍光標識(Cy3標識)した。続いて、アジレント社製Whole Human Genome Microarray 4×44kに対して、蛍光標識されたcRNAを65℃にて17時間ハイブリさせた。Agilent社製Gene Expression Wash Bufferにて洗浄後、Agilent Scanner(Agilent社製)により蛍光画像を読み取り、さらに、Agilent社製画像数値化ソフトFeature Extractionを用いて蛍光画像における各スポットのシグナル強度の数値化を行った。
【0058】
下記マイクロアレイデータのノーマライゼーション以降は上記2つの検体群ごとにまとめて行った。数値化後のデータのノーマライゼーション処理はAgilent社製マイクロアレイ解析ソフトGeneSpring GX10を用いて行った。まず、解析に用いるマイクロアレイ間でシグナル分布が同一になるようにQuantile Normalizationを行い、マイクロアレイ間の補正をした。さらに各遺伝子にて、解析に用いる検体群のmedian値で除し、遺伝子間の補正を行った。
【0059】
マイクロアレイに搭載されている全41000プローブの中からシグナル強度の信頼性の高いプローブを選別するため、各解析検体群の検体数の80%以上で有効検出フラグ(Agilent社製マイクロアレイ解析ソフトGeneSpring GX10にて判定される)が存在するプローブを抽出した。結果、北國クリニック検体群では抽出プローブ数が23780個、松任石川中央病院検体群では20612個となった。
【0060】
血中ホルモン、血糖、血圧をはじめとする臨床検査マーカーは日内変動することが知られており、末梢血に存在する細胞も当然、これらの変動を受けて、あるいは自らその日内周期を刻んでいる可能性がある。よって本発明者らは、上記方法で抽出したプローブには、加齢とは関係なく日内周期で変動する遺伝子が含まれている可能性があり、それらは解析のノイズになりうると考えた。
【0061】
日内変動する遺伝子群を同定するため、以下に示す新たな試験を行った。(株)DNAチップ研究所にて試験参加の同意を得た10名の被験者より9:00、13:00の2ポイントで採血し、上記と同様の方法でマイクロアレイデータを取得、シグナル値の補正を行った。GeneSpring GX10を用いて、9;00−13:00の2グループ間でPaired−T検定、Fold change解析を行い、日内変動する遺伝子を抽出した。(抽出基準:Benjamini Hochberg FDR<0.05且つFold change>1.5)加齢解析2検体群の解析プローブから、これら日内変動遺伝子を除去すると、解析対象プローブは、北國クリニック検体群では19691プローブ、松任石川中央病院検体群では16666プローブとなった。
【0062】
各検体群データセットにて、各プローブのノーマライゼーション値と被験者の年齢とのPearson積率相関係数、Spearman順位相関係数、さらにそれぞれの無相関検定p値を算出した。いずれのデータセットのいずれの相関関係の計算でもp<0.005を満たし、かつ相関係数の符号が同一の10遺伝子(CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、SPEG)を抽出した。10遺伝子のうち、加齢とともに発現が亢進する遺伝子はSYT11、KATNAL1、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、加齢とともに発現が抑制される遺伝子は、CD248、LTK、ARHGEF4、BTBD11、SPEGであった。これら遺伝子のアノテーション・統計値を図3、散布図を図4A〜Cに示した。
【0063】
加齢を客観的に評価するシステムが存在しないため、抗加齢効果に関して信頼できるデータのないまま売られている食品、飲料、サプリメントが少なくない。我々は抽出した遺伝子マーカーを用いて食品摂取がもたらす抗加齢効果を評価できるのではないかと考え、以下に示すような試験を行った。(株)DNAチップ研究所にて試験参加の同意を得た3名に、抗加齢効果がうたわれる某サプリメントを連日摂取させ、その摂取前、摂取1カ月後の2ポイントで採血、上記と同様の方法でマイクロアレイデータを取得、シグナル値の補正を行った。結果、加齢とともに抑制される遺伝子マーカー(CD248、LTK、ARHGEF4、BTBD11、SPEG)の発現が被験者1及び2では摂取後にほぼ全て上昇、被験者3では全て低下していることが明らかとなった(図5)。これらのことより、このサプリメント摂取が被験者1及び2に対しては抗加齢効果を、被験者3では逆に加齢を進める作用をもたらしたことが示唆される。サプリメント効果モニタリングの一指標として、これら加齢マーカーが利用できる可能性が示された。
【0064】
末梢血にてRNAを有する主たる細胞は白血球である。白血球は加齢とともにその機能が低下することが知られており、我々が抽出した前期遺伝子マーカーの加齢依存性変化は、白血球の加齢依存性機能低下を反映するものである可能性がある。よって、本発明者らが抽出した前記加齢遺伝子マーカーは免疫機能の新たな客観的指標となり得る可能性がある。
【0065】
適度な運動は生体の維持に不可欠である一方、過度な負荷をかけすぎるとそれがストレスとなり、免疫機能の低下を招く。しかし、運動負荷を客観的に評価する指標は今のところ存在しない。そこで我々は、前記抽出した加齢遺伝子マーカーが運動負荷の指標になるのではないかと考え、以下の試験を行った。試験参加の同意を得た被験者2名に、最大酸素消費量の80%の負荷の自転車運動を4時間与えた。最大酸素消費量の80%の運動はかなりの高強度の運動として知られている。負荷前、負荷24時間後の2ポイントで採血を行い、上記と同様の方法でマイクロアレイデータを取得、シグナル値の補正を行った。結果、両被験者にて、加齢とともに上昇する遺伝子マーカー(SYT11、KATNAL1、SLC1A7、IGFBP3、RGS9)の発現が、負荷前に比べ負荷24時間後にほぼ全て発現亢進していることが明らかとなった(図6)。このことは、高強度の運動負荷が免疫機能の低下を招いたことを示している。運動負荷の客観的指標として、これら加齢マーカーが利用できる可能性が示された。
【0066】
本発明者らが抽出した加齢遺伝子マーカーは加齢とともに変動する性質をもっているため、加齢とともに発症することが知られる種々の疾患の有無と関連があるのではないかと推察された。そこで本発明者らは、加齢依存性疾患の一つである糖尿病患者16名とそれと年齢をマッチさせた非糖尿病者16名の末梢血由来RNAを用いて、前期と同様の方法でマイクロアレイ解析を行い比較した。その結果、加齢とともに低下する加齢遺伝子マーカーCD248、BTBD11、SPEGの遺伝子発現が糖尿病患者群にて有意に低下していた(図7)。糖尿病診断の指標として、これら加齢マーカーが利用できる可能性が示された。
【0067】
(実験手法)
以下に、本願発明に係る一実施形態に係る遺伝子マーカーの効果を証明するために使用した実験手法および物質並びにその定義を説明する。なお、本実施形態において、以下の実験手法を用いているが、これら以外の実験手法を用いても、同様の結果を得ることができる。
(遺伝子マーカーの定量)
また、本実施形態において、遺伝子マーカーが遺伝子または遺伝子の転写物(mRNA)である場合、遺伝子マーカーの発現量の測定(定量)は、例えば、DNAチップ、マイクロアレイ法、リアルタイムPCR、ノーザンブロット法、ドットブロット法、定量的RT−PCR(quantitative reverse transcription−polymerase chain reaction)法等の種々の分子生物学的手法によってmRNA量を測定することにより行うことができる。
【0068】
定量的RT−PCR法に用いるプライマーとしては、遺伝子マーカーを特異的に検出することができるものであれば特に制限されるものではないが、12〜26塩基からなるオリゴヌクレオチドが好ましい。その塩基配列は、ヒトのCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGの各遺伝子の配列情報に基づいて決定する。そして、決定した配列を有するプライマーを、例えば、DNA合成機を用いて作製することができる。
【0069】
一方、遺伝子マーカーが遺伝子の翻訳物(ポリペプチド)又は最終産物(タンパク質)である場合、例えば、遺伝子マーカーに対して特異的なポリクローナル抗体、モノクローナル抗体等を用いたウエスタンブロット法やELISA法などによって遺伝子マーカーの発現量の測定を行うことができるが、これらの方法に限定されるものではなく、RIA(radioimmunoassay、放射免疫測定法)、EIA(enzyme immunoassay、酵素免疫法)等、様々な手法を用いることができる。
【0070】
「遺伝子」には、RNAやDNAなどの塩基配列によって示される遺伝情報をいうものである。ヒト、マウス、ラットなどの生物種間で保存されるオーソログ遺伝子なども含まれる。遺伝子は、タンパク質をコードするものだけでなく、RNAやDNAとして機能するものであってもよい。遺伝子は、その塩基配列にしたがうタンパク質をコードするのが一般的であるが、当該タンパク質と生物学的機能が同等であるタンパク質(たとえば同族体(ホモログやスプライスバリアントなど)や変異体や誘導体)をコードするものであってもよい。たとえば、遺伝情報による塩基配列によって示されるタンパク質とはわずかに塩基配列が異なるタンパク質であって、その塩基配列が遺伝子情報による塩基配列の相補配列とハイブリダイズするようなタンパク質をコードするような遺伝子であってもよい。
【0071】
「RNA」とは、1本鎖RNAだけでなく、これに相補的な配列を有する1本鎖RNAやこれらから構成される2本差RNAを含む概念である。また、totalRNA、mRNA、rRNAを含む概念である。
【0072】
「DNAチップ」「DNAアレイ」とは、プローブDNAを基板上に配した構造を有し、ハイブリダイゼーションにより、複数の遺伝子の発現を測定するものである。光学的に発現量を計測するためのものだけでなく、電気的に発現量を出力するものも含む。「DNAチップ」としては、たとえば、アフィメトリクス社のGeneChip(商標)を用いることができる。「DNAアレイ」としては、アマシャムバイオサイエンス社のCodeLink Expression Bioarray(商標)を用いることができる。なお、DNAアレイには、DNAマイクロアレイだけでなくDNAマクロアレイも含む。
【0073】
「発現量」とは、遺伝子の発現量を直接的に測定した値だけでなく、所定の計算や統計学的手法によって変換された値も含む概念である。また、「遺伝子発現量」や「発現シグナル」、「遺伝子発現シグナル」、「発現シグナル値」、「遺伝子発現シグナル値」、「遺伝子発現データ」、「発現データ」等も個々の遺伝子の発現を反映する値を指すものとして同義である。
【0074】
「遺伝子発現」とは遺伝子の発現量により表現される生体の遺伝子発現の態様を指し、1個の遺伝子の発現量により表される場合及び複数の遺伝子の発現量により表される場合のいずれもが含まれる。また、「発現」も生体の遺伝子発現の態様を指すものとして同義である。
【0075】
その他、本発明は、さまざまに変形可能であることは言うまでもなく、上述した一実施形態に限定されず、発明の要旨を変更しない範囲で種々変形可能である。
【符号の説明】
【0076】
1…生理的状態評価システム
2…被験者
3…末梢血
4…RNA
5…核酸分析装置
6…核酸分析結果
7…遺伝子発現頻度プロファイル生成装置
8…遺伝子発現頻度プロファイル
9…生理的状態情報DB
10…生理的状態評価装置
11…評価結果
15…CPU
16…システムバス
17…RAM
18…記憶装置
19…入出力インターフェース(I/F)
20…入力装置
21…出力装置
22…通信デバイス
23…プログラム格納部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中のCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子を有する生理的状態評価用遺伝子マーカーであって、
この遺伝子マーカーは、被験者の末梢血中における前記1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するために用いられるものであることを特徴とする遺伝子マーカー。
【請求項2】
請求項1記載の遺伝子マーカーにおいて、前記CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGの各遺伝子は、それぞれ、配列ID番号1〜10に記載の塩基配列のコード領域を含むDNAを有するものである。
【請求項3】
請求項1記載の遺伝子マーカーにおいて、
前記生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度の評価は、前記被験者における前記1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルと、前記被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力するための、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較することによって行われるものである。
【請求項4】
請求項1記載の遺伝子マーカーにおいて、前記生理的状態を変化させる要因は、前記被験者の年齢、筋肉負荷、精神負荷、休息、睡眠、労働、怪我、糖尿病罹患を含む疾病罹患、又は特定の食品若しくは食品成分の摂食、及びそれらの任意の組み合わせである。
【請求項5】
加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中のCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価可能な生理的状態評価システムによって実行される方法であって、
(a)前記被験者の末梢血由来のmRNAに基づいて、前記1若しくはそれ以上の遺伝子の相対発現頻度を測定する工程と、
(b)前記測定した相対発現頻度と、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較する工程と、
(c)前記比較した結果に基づいて、前記被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力する工程と、
を有することを特徴とする、方法。
【請求項6】
請求項5記載の方法において、この方法は、さらに、
(d)生理的状態が既知である複数の被験者の末梢血由来のmRNAに基づいて、CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の相対発現頻度を測定する工程と、
(e)前記被験者毎に、前記(d)工程において測定した相対発現頻度と前記被験者の既知の生理的状態を変化させる要因とを関連付けて格納する工程と、
を有するものであり、
前記予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線は、前記格納した相対発現頻度に基づいて生成されるものである。
【請求項7】
請求項5記載の方法において、前記生理的状態を変化させる要因は、前記被験者の年齢、筋肉負荷、精神負荷、休息、睡眠、労働、怪我、罹患、糖尿病罹患、又は特定の食品若しくは食品成分の摂食、及びそれらの任意の組み合わせである。
【請求項8】
請求項5記載の方法に用いられるアレイであって、
CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから選択される1又はそれ以上の遺伝子をコードする少なくとも一部の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするプローブが、固体支持体上の各々異なる位置に固定してなることを特徴とするアレイ。
【請求項9】
加齢に比例して相対発現頻度が変動する末梢血中のCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するために用いるキットであって、
請求項8記載のアレイを有することを特徴とする、キット。
【請求項10】
被験者の末梢血中におけるCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価可能な生理的状態評価システムであって、
前記被験者の生体サンプル由来のmRNAに基づいて、CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の相対発現頻度を測定する手段と、
前記測定した相対発現頻度と、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較する手段と、
前記比較した結果に基づいて、前記被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力する手段と、
を有することを特徴とするシステム。
【請求項11】
被験者の末梢血中におけるCD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の標準化発現頻度若しくは遺伝子発現頻度プロファイルとして表される生理的状態と当該被験者の生理的状態を変化させる要因との相関関係に基づき、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価可能なコンピュータシステムの記憶装置に格納され、このコンピュータシステムに、当該被験者の生理的状態及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度を評価するための処理を実行させるコンピュータプログラムであって、
前記被験者の末梢血由来のmRNAに基づいて、CD248、LTK、SYT11、KATNAL1、ARHGEF4、SLC1A7、IGFBP3、RGS9、BTBD11、及びSPEGから成る群から選択される1若しくはそれ以上の遺伝子の相対発現頻度を測定する工程と、
前記測定した相対発現頻度と、予め用意された遺伝子発現頻度プロファイル又は予測関数に基づいて回帰する回帰直線若しくは回帰曲線とを比較する工程と、
前記比較した結果に基づいて、前記被験者の生理的状態に関する指標値及び/若しくは生理的状態に対する前記要因の効果又は寄与度に関する指標値を出力する工程と、
を有することを特徴とするコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−92100(P2011−92100A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−249519(P2009−249519)
【出願日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【出願人】(501002172)株式会社DNAチップ研究所 (33)
【Fターム(参考)】