説明

生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法

【課題】 生鮮海産頭足類の発色機構とその制御に関し、表皮の色素胞活動と高エネルギー化合物であるATPを利用して行われている可能性を究明すること、すなわち安定的な呼吸環境を維持するとともに神経興奮を制御するための技術的要素を解明し、嫌気的な条件下で起こるエネルギーレベルの低下を抑制することによって、個体の長期間細胞活性を持続させ、発色を制御できる可能性を究明することによって、そのための最適条件を見出すことを課題とする。
【解決手段】 酸素を2〜12vol%に維持した気体中に生鮮海産頭足類を入れ、該生鮮海産頭足類の体色変化を抑制して表皮色素胞活動能を長期に維持させることを特徴とする生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、該生鮮海産頭足類の発色を抑制して表皮色素胞活動能を長期に維持させることを特徴とする生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イカ・タコ等の海産頭足類には、活魚として流通されるもの、鮮魚として流通されるもの、冷凍されて流通されるものがあり、商品上この順に価格が高く設定されている。
最も鮮度が良いとされ、高い価格で取引されている活魚については、関連分野で活かしたまま保管又は輸送する、つまり活魚流通するための多くの技術開発がなされている。しかし、個体の死後に保管又は輸送される鮮魚の品質(鮮度)保持技術については、産業上有益と思われる先行技術は乏しい。
【0003】
即殺直後のイカは、表皮に存在する色素胞が激しく拡張・収縮を繰り返しているが、時間経過とともに色素胞の運動能は低下し、拡張したままの状態へと変化していくことによって、体全体が赤黒く変わっていく(ここでは、この現象を発色と表現する)。
このように、イカの色素胞活動に由来する体色は、死後の時間経過とともに変化することから、表皮の色合いは、現場的な鮮度評価法の一つとして利用されているばかりか、商品価値を決定する一つの要因ともなっている。しかし、このような鮮度保持の主眼を表皮の色素胞活動能に向けた知見はほとんどない。
最近、生鮮品の品質保持技術としては、いくつかの研究報告がなされているので、その概要を以下に示す。
【0004】
(ホタテガイ貝柱)
空気中で貯蔵するよりも酸素ガスで貯蔵する方が、アデノシン三リン酸(ATP)の低下と硬直が遅くなることを報告している。その中で、ATP低下とK値の上昇が、-3°Cよりも5°Cで遅いことが報告されている。更に、溶存酸素濃度の高い人工海水で保存することにより、ATPの低下を抑制できるとしている(非特許文献1参照)。
なお、ATPは、生体におけるエネルギー伝達体としてエネルギーの獲得及び利用に重要な役割を果すものであり、種によって一部の分解経路が異なるが、魚肉中では、死後の時間経過とともに、逐次ATP→アデノシン二リン酸(ADP)→アデノシン一リン酸(AMP)→イノシン酸(IMP)→イノシン(HxR)→ヒポキサンチン(Hx)へと分解が進むことがわかっている。K値は、ATPの分解産物総量(ATP+ADP+AMP+IMP+HxR+Hx)に対する最終ステージの分解産物(HxR+Hx)の割合を百分率で示すものである。何れも、死後の時間経過に伴って数値が変化することから、生鮮水産物の生化学的な鮮度指標として利用されている。
【0005】
(ウニ)
本願発明者でもある木下康宣らは、ミョウバン処理を施していない剥き身のウニを人工海水とともに包装し、酸素ガスを充填することによって、ATPと官能的な品質の低下を遅延できるということを報告している(非特許文献2参照)。
(ワカメ)
本願発明者でもある木下康宣らは、未加熱のワカメは加熱することによって緑色に変化するが、鮮度低下に伴い緑色化しなくなり、酸素ガスとともに包装することにより緑色化を起こさなくなるまでの期間を延長できるということを報告している(非特許文献3参照)。
【0006】
(イカ)
イカ表皮の色調劣化(赤から白くなっていくこと)や身で起こる白濁・食感低下・ATPの低下が、0°Cや10°Cよりも5°Cの方が遅いという報告がある。同時に、イカの身については、酸素濃度が高いほどそれらの劣化を抑制しやすいと報告している(非特許文献4参照)。
これらの多くは、生鮮水産物において、個体の死後でも細胞の活性は一定期間持続しており、(おそらく細胞単位の呼吸の必要上)酸素を提供することで、その活性低下を抑制できることを示唆するものである。これらの知見は、特にホタテガイ貝柱で多く見られるが、イカに関して実証されたものはない。特に、イカの場合、表皮の発色具合が現場的な鮮度判断の一つの指標とされているが、より高い鮮度を意味する表皮の色素胞活動能の持続性に主眼を置いたアプローチは全く無い。
【0007】
その他、屠殺直後の魚体を酸素飽和無機塩水に2〜12時間浸漬し、12時間経過後空気中に出して冷蔵し鮮度を保つという技術が開示されている(特許文献1参照)。この場合、12時間を越える浸漬は鮮度が低下するというものである。
また、屠殺直後の魚体を吸収シートで包み、これを酸素ガス中で保持し鮮度を維持するという技術が開示されている(特許文献2参照)。また、食塩水にカリウムイオンと糖類を混ぜてイカの変色を防止する技術が開示されている(特許文献3参照)。また、鮮魚を樹脂袋等に空気を遮断して密封包装し、冷却した塩水に浮遊させておくという技術が開示されている(特許文献4参照)。
【0008】
しかし、これらの特許文献1、2、4に記載されている技術は、生鮮海産頭足類の表皮色素胞活動能の維持に関する技術ではなく、その効果も充分でないと考えられる。なお、特許文献3のみが、イカの変色に関心があるようであるが、糖類を混ぜることによる十分なデータが示されておらず、その効果は確認できない。
【非特許文献1】埜澤尚範外2名著「10.ホタテガイ貝柱の生存保蔵技術」技術雑誌“水産物の品質・ 鮮度とその高度保持技術”113〜119頁、恒星社厚生閣発行(平成16年)
【非特許文献2】木下康宣外2名著「塩水パックウニの品質に及ぼす酸素充填の影響」“平成14年度日本水産学会、北海道支部・東北支部合同支部大会、講演要旨集”218頁、日本水産学会発行(会期:2002年11月29日〜30日)
【非特許文献3】木下康宣外4名著「生鮮ワカメの保存性に及ぼす酸素パックの影響」“平成16年度日本水産学会、北海道支部、講演要旨集”103頁、日本水産学会発行(会期:2004年11月26日、27日)
【非特許文献4】「スルメイカの品質保持に関する研究開発」財団法人函館地域産業振興財団発行(平成15年3月)38〜70頁
【特許文献1】特開昭61−185152号公報
【特許文献2】特開昭61−56038号公報
【特許文献3】特開平4−360643号公報
【特許文献4】特開2004−113149号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、海産頭足類における表皮の発色機構とその制御に関するものであり、長期間に亘り表皮色素胞活動能を維持させる最適条件を見出すことにある。特に、個体の細胞活動が継続している間におこる運動はエネルギーレベルの維持にとって不都合と考え、安定的な呼吸環境を維持するとともに神経興奮を制御するための技術的要素を検討し、主として一定濃度の酸素を含有させた気体中で生鮮海産頭足類を保存することによって、死後の発色を抑制して表皮の色素胞活動能を長期間に渡って維持できる生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
1)酸素濃度を2〜12vol%に維持した気体に生鮮海産頭足類を接触させ、該生鮮海産頭足類の発色を抑制して表皮色素胞活動能を長期に維持させることを特徴とする生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
2)密閉された容器又は包装資材内に空気を入れ、さらにこの空気に窒素を導入して前記容器又は包装資材内の酸素濃度を2〜12vol%に維持することを特徴とする上記1)記載の生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
3)活きた海産物、苦悶死した又は即殺により活き絞めした生鮮海産頭足類であることを特徴とする上記1)又は2)記載の生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
4)酸素濃度を2〜12vol%に維持した容器又は包装資材内に生鮮海産頭足類を1〜3日間入れて保存又は輸送した後、塩水、天然海水又は人工海水からなる液体に浸漬し、表皮色素胞活動能を回復させることを特徴とする上記1)〜3)のいずれかに記載の生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
5)酸素濃度を2〜12vol%に維持した容器又は包装資材内に生鮮海産頭足類を1〜3日間入れて保存又は輸送した後、12vol%を超える酸素濃度の気体中に入れて、表皮色素胞の拡張にともなう体色変化を促進することを特徴とする上記1)〜3)のいずれかに記載の生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の生鮮海産頭足類の表皮色素胞活動能を維持させる方法は、上記の通り生鮮海産頭足類を、一定の酸素の雰囲気にさらすことによって、頭足類の周囲に一定量の酸素を供給するものである。これによって、生鮮海産頭足類の細胞に対して安定的な呼吸環境を提供して嫌気的な条件下で起こるエネルギーレベルの低下を抑制しつつ、高酸素環境に接触することによって起こる神経興奮を抑制することが可能となり、空気中で保存した際に起こる発色を抑制し、個体の細胞活性を長期間持続させ、表皮の発色を任意に制御することが可能となった。これにより、生鮮頭足類の色素胞活動能を長期間に亘って維持できるという優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の内容を、研究の内容と具体例を紹介しながら下記に説明する。しかし、下記の説明は本発明の理解を容易にするためのものであり、これらの例あるいは説明に制限されるものではない。すなわち、本発明の技術思想に基づく、他の態様若しくは変形又は実施条件若しくは例は全て本発明に含まれるものである。
また、以下の説明は主としてイカについて説明するが、タコを含む頭足類全般に共通して言えることであり、本願発明は生鮮海産頭足類を包含するものである。
【0013】
一般に、漁場、販売者、流通者等の現場、さらには消費者における生鮮海産頭足類の鮮度評価は経験的に、表皮の色合いや、身の透明感で判断されている。
生鮮イカの表皮に由来する体色は、色素胞の拡張収縮により変化する。死後、保存中のイカ色素胞の運動能は、死後の時間経過とともに低下するが、色素胞活動に由来する体色は、見かけ上色素胞運動能の低下と反比例するように、即殺後10〜20数時間にかけて一方的に赤黒くなっていく。
今回、発色機構の解明に関する研究を進めた結果、イカは死後、すぐに組織活動が停止する訳ではなく、色素胞の運動能は本来、数日間にわたって持続できる力を有していることが明らかとなった。また、保存中生息環境の酸素濃度(空気中に換算して2vol%程度)の10倍にもなる空気という高濃度の酸素環境(およそ20vol%)に曝露されることによって神経興奮がおこり発色していることが明確となった。つまり、これまで一般的に行われてきた空気中の保存では、高濃度酸素環境にイカを曝露することになるので神経興奮を招いて発色がおこり、これが色素胞運動能の低下につながっていくのではないかということがわかってきたのである。なお、本願明細書中で、空気(空気)中での酸素又は窒素の%を示す場合は、vol%を現すこととする。
【0014】
本発明者らは、液体中で保存することにより、色素胞活動能の維持が図れることがわかり、「塩水、天然海水又は人工海水からなる液体に、酸素又は空気を連続的又は間歇的に供給した後、前記液体中に生鮮海産頭足類を浸漬又は浮遊状態にして保管又は輸送することを特徴とする生鮮海産頭足類の表皮色素胞活動能の維持方法」を提案した(特開2005-077035号公報)。
その後の研究から、この処理によって長期間、色素胞の活動能が維持されるのは、基本的に表皮が筋肉と組織的に異なっており、死後も長期にわたって高エネルギーを保持できていることと、液体への酸素の溶解性が低く、空気と同じような酸素濃度にはなりえなく、生息環境に近い溶存酸素濃度を維持しやすい方法であるためということが明らかになってきた。
【0015】
液中で保存することによって、空気中で保存した場合におこる発色を抑制して色素胞の活動能を維持できることは、生鮮イカの流通にとって画期的なことである。しかし、液体とともに輸送しなければならないため、生産上のコストは決して安くない。
また、液中保存では、エア便の場合、気圧変動による輸送中の液漏れが懸念されるため、発送には相当気(機中での水漏れにより混載品や運行に損害を与えた場合の保証など)を払わなければならないし、輸送途中の破損によるクレームの発生も考慮しなければならなかった。
【0016】
一方、本願発明の最大の特徴は、同様の色素胞運動能の維持効果を気体中で実現させた点にある。これは、液中保存の技術に比べて、輸送コストの低減に寄与するだけではなく、作業効率を著しく向上させるためとともに、塩水代や、連続・間歇的に曝気する酸素代などに要する生産コストの低減を実現させるため、産業上の利点が著しく高いと考えられる。
保存に使用する気体の調製は、純酸素と純窒素のようなものを混合させてもいいし、空気に純窒素などを混ぜ込んでもよい。要は、気体中の酸素濃度を調整してやれる方法であれば、いずれでも構わない。以下に説明するものは、スルメイカを用いたものであるが、タコを含む頭足類全般について共通した結果が得られることは容易に理解されるべきものであり、本願発明はこれらの生鮮海産頭足類を全て包含するものである。
【0017】
一般的な保存形態、つまり肉と皮がついている状態で、空気中、5°Cで保存した時の体色変化を観察し、発色率を測定した。ここでいう発色率は、イカ表皮の赤黒さを示すもので、イカ表皮の色彩情報をデジタルカメラに記録し、これを、色見本を用いて画像処理することによって二階調化し、観察面積に対する閾値以上の赤黒さを持つ面積を百分率で表したものである。この結果を図1に示す。
図1から明らかなように、発色率は、即殺直後から上昇し、24時間後には最大値を示し、その後徐々に低下した。この発色率の変化は、目視による観察結果を良く反映していた。
【0018】
次に、この時の筋肉と表皮におけるATPの経時的変化を測定した。この結果を図2に示す。この図2に示す通り、筋肉のATP含量は、即殺直後6μmol/g以上あったが、保存後1日でほぼ消失した。一方、即殺直後の皮のATPは、筋肉の1/4程度であったが、保存期間を通じて大きな変化が認められず、保存5日後でも、保存開始時とほぼ同様の含量を維持していることがわかった。
ATPは、生体の高エネルギー化合物として知られているもので、この減少は、表皮色素胞などの組織の運動能低下を意味するといえる。死後の保存中に見られる体色変化には、エネルギーロスの関与が指摘されているが、その詳細は明らかでない。この結果から、表皮のATPは、少なくとも死後数日間、高いエネルギーレベルを維持していることがわかり、高い運動能が維持されていることがわかった。
【0019】
即殺直後のイカ色素胞に対して、神経伝達物質として知られているグルタミン酸ナトリウム(L-Glu)が拡張作用を、γ-アミノ酪酸(GABA)が収縮作用を有していることがわかっている。
前述したとおり、生鮮イカの表皮色素胞は、即殺直後激しく拡張収縮を繰り返しているが、徐々に運動能が低下して発色に至り、その後、指で突いても動かなくなってしまう。しかし、ATPが高いレベルを維持していれば、刺激に対する反応がおこるはずである。
そこで、人為的な刺激を与えるために50mMのL-GluやGABAを含む人工海水を調製し、保存日数が異なるイカを浸漬させて、発色率の変化を測定した。この結果を図3に示す。
【0020】
図3に示す通り、保存0日目のものは、発色率が60%程度であったが、L-Gluへの浸漬により70%以上へと増加し、GABAへの浸漬によって45%程度に低下した。保存1日目のものは、発色をおこしており、発色率が90%にも達していた。この場合、L-Gluへ浸漬しても発色率はほとんど変わらなかったが、GABAへ浸漬すると約45%まで著しく低下した。
保存3日目のものは、白色化が進行しており、発色率は保存初期よりも低い約50%へ低下していた。これをL-Gluに浸漬すると、発色率は約60%へとやや増加し、GABAへ浸漬すると再び約40%へ低下した。このことから、保存が長くなると色素胞の運動能は低下する傾向にあるが、3日後のものでも運動能自体はある程度保持されていることがわかった。
なお、図には示さないが、イカ外套膜を、L-Glu受容体のブロッカーとして知られる6,7-Dinitroquinoxaline-2,3-dione(DNQX)を溶解した人工海水に5分間浸漬したものを空気中で5°C、24hr保存した場合、色素胞の拡張がおこらず発色しないことを確認している。このことから、発色は、空気という高濃度酸素環境に曝露されることによっておこる神経興奮に起因するものであると考えられる。
【0021】
これまでの結果から、酸素がある状態で保存した場合には、イカ表皮のATPが数日間にわたって高濃度で保持され、色素胞の活動能が維持されているが、空気中で保存した際には、イカにとっては極めて高濃度の酸素環境に曝露されることになり、これが組織活動を継続しているイカの神経興奮を招き発色がおこっている可能性が高いことがわかった。そこで、次に体色に与える酸素濃度の影響を追跡した。
【0022】
窒素ガスと酸素ガスを混合して酸素濃度を0〜20%に調製した気体300mlとともにイカ外套膜を密封し、5°Cで24hr保存した際の発色率を比較した。この結果を図4に示す。
その結果、図4に示すように、酸素濃度が0〜7%の場合、発色率に大きな違いが認められなかったが、酸素濃度0%では、個々の色素胞が強く収縮していることがわかった。
酸素が存在しない場合は、呼吸活動ができなくなり、色素胞が強く収縮して運動能が低下していき、この状態での保存が長くなると、刺激に対する応答が全く見られなくなってしまう。
【0023】
一方、酸素濃度が7〜12%の場合には、発色率が60%強から80%弱となったが、目視上色素胞が丸々とし、今にも激しく拡張収縮を繰り返しそうな状態で、保存初期とほぼ同様の外観を呈していた。このことから、気体中で保存した場合、保存環境の酸素濃度によって保存中の体色が変化することがわかる。
また、酸素濃度14〜20%にかけては、発色率が80%以上であり、目視上も明らかにおおよその色素胞が拡張して発色している状態にあった。しかし、発色率が80%以上であり、色素胞が拡張した状態は、指で突いた時の応答から判断すると明らかに色素胞の運動能が低下してきており、必ずしも良い結果がもたらすものではないことが分る。
【0024】
次に、このようにして気体中の酸素濃度を、各種の酸素濃度に調整して包装したものを24hr保存した後に開封して、更に5°Cの空気中で保存を続けた時の発色の程度を観察した。この結果を表1に示す。この表1に示すように、酸素濃度2〜12%で保存したものは、良好な色素胞の運動能を維持できることが分かる。
細胞組織は死んでいないので、安定的な呼吸環境を整える意味で、一定の酸素を提供することが、必要である。しかし、酸素を加えすぎると神経興奮を引き起こし、早期に発色させてしまう。発色すると、その後の色素胞の運動能が低下するので、良好な動きのあるイカの提供は難しくなると考えられる。したがって、適度な酸素濃度が長期の運動機能を持続させる上で重要であることがわかる。すなわち、酸素は不足しても、また過剰であっても好ましい状態ではないことが分かる。
【0025】
【表1】

【0026】
なお、酸素量が2%程度(液体中での溶存酸素濃度に換算すると7〜8mg/L)の安定した環境を作るために、イカ外套膜を人工海水に浸漬して、密封せずに液体中、5°Cで保存した場合の発色率の経時変化を確認した。この結果を図5に示す。図5の黒丸(●)データに示す通り、開放状態の液体中に浸漬保存し、液体中の溶存酸素濃度を7〜8mg/Lに保持させた場合には、保存5日間を通して発色率に大きな変化がなく、極端な発色の増加を生じないことが確認された。一方、図5の白丸(○)のデータは空気中に曝した場合である。一時的に発色率は80%と向上するが、2日を経ると発色率は急速に低下した。
本願発明者による先の発明(特開2005-077035号公報)において、「塩水、天然海水又は人工海水からなる液体に、酸素又は空気を連続的又は間歇的に供給した後、前記液体中に生鮮海産頭足類を浸漬又は浮遊状態にして保管又は輸送する生鮮海産頭足類の表皮色素胞活動能の維持方法」を提案したが、気体中での酸素濃度が2%にあたる環境で保存した際には、死後長期間に亘って色素胞の活動能を維持できたことを確認している。
【0027】
上記の酸素量が2%(液体中での溶存酸素濃度7〜8mg/L)において、長期間色素胞の運動能が維持されているかどうかを確認するために、一定期間毎に、液体中で保存した後バットに取り上げて空気中、5°Cで保存を継続した場合の発色率の変化を追跡した。
この結果、図6に示すように、液体中で3日間保存したものでも、空気中での保存に変更することによって発色率が80%程度まで上昇し、十分な色素胞の運動能を維持していることが確認された。すなわち、酸素調整の状況により色素胞の運動能は長期間保持され、酸素過剰の環境に移すことによって発色を起こすのである。
【0028】
先の発明(特開2005-077035号公報)は「イカ外套膜の発色を抑制し色素胞の運動能を維持させる」技術として極めて有効である。しかし、この技術は、輸送又は保管手段として、液体を使用しなければならないということである。液体中の酸素量を一定に保持しながら、輸送又は保管することは、コスト高となる問題を有している。
先の発明においてはイカ外套膜の発色を抑制し色素胞の運動能を維持させるために、液体中であることが必須の要件であり、酸素を富化した液体中で初めて達成できると考えていた。液体中での輸送又は保管するという煩雑さと、コスト高になるということを除くと、先の発明が否定されるものはないのである。
しかし、本願発明において、必ずしも液体中での酸素の富化である必要は無いということが分かった。この意味は極めて重要である。すなわち、先の発明(特開2005-077035号公報)に示した海水又は人工海水を空気又は酸素で曝気した場合又は図5に示した密閉しない液体中で保存した場合と、気体中の酸素濃度を2〜12%に維持した場合とでは、イカ外套膜の発色を抑制し色素胞の運動能を維持させる効果が極めて近似していることである。
本願発明はガス雰囲気で輸送又は保管することを可能とするものである。そして、その条件は、酸素濃度2〜12%で保存することである。
【0029】
このことから明らかなように、保存又は輸送後に、酸素濃度を2から12%に制限した状態から、大気に開放する場合にも、同様に発色率を80%にまで高めることができる。しかし、図6に示す通り、大気への開放後に急速に発色率が高まるが、そのピークを過ぎると、ほぼ1日で急速に発色率は急速に低下する。したがって、酸素濃度の制限した状態から大気の開放への時期は、必要に応じて適宜選択することが必要となる。
以上から、色素胞運動能を長期間維持するためには、保存環境の酸素濃度を2から12%に維持することによって発色を防ぐことが重要で、これによって発色を抑制し色素胞の運動能を高く維持させられることが明らかとなった。
【0030】
次に、酸素ガス透過度が55cc/m2-day・atmのポリ塩化ビニリデン製の市販ラップを表皮表面に密着させることによって、表皮と空気中の酸素との接触を遮断して5°Cで保存した場合の経時的な発色率の変化を観察した。この結果を図7に示す。図中黒丸は酸素を遮断した場合であり、白丸は大気に曝した場合である(これは図1に対応する)。
図7に示すように、ラップをはったものでは、保存中の発色率は低く、保存1日目後を過ぎると、発色率は殆ど消失する。
【0031】
この場合、色素胞の運動能が維持されているかどうかを、さらに確認するために、一定期間保存した後ラップを除いて空気中で保存を継続した場合の発色率の変化を追跡した。この結果を図8に示す。この場合、ラップ保存24h(1日)までは、ラップを取り除くことによって発色が起こることが確認された。
しかし、それ以降1.5日では、全く回復しなかった。このことから明らかなように、酸素の遮断は1日程度であれば、回復の余地はあるが、それ以上は、発色率の回復はないことが分かる。これは色素胞の死を意味すると考えられる。
以上より、気体中で保存した場合、保存環境の酸素濃度が体色変化に影響を及ぼしていることが確認された。表1に示すように、表皮に接触する酸素を2〜12vol%に維持することによって、保存0〜24時間程度の間は十分に、発色を抑制し色素胞の運動能を維持させられることが明らかとなった。この意味は重要であり、本願発明の根幹をなすものである。
【0032】
酸素を2〜12vol%に維持するためには、密閉された容器又は包装資材を用意し、この密閉された容器又は包装資材内に空気を入れ、さらにこの空気に窒素を導入し、あるいは酸素と窒素などを用いた混合ガスを充填することにより達成できる。更には、生鮮海産頭足類をラップなどで包装することによって、一時的に魚体表層部の雰囲気の酸素濃度を2〜12vol%となるようにすることもできる。以上によって、簡単な操作により、生鮮海産頭足類の発色を抑制して表皮色素胞活動能を長期に維持させることができる。
【0033】
このような保存を行った後に、空気などの酸素を12vol%以上含む気体中に開放することにより、表皮色素胞の拡張にともなう発色を回復及び促進できる。大気は21%程度の酸素を含有しているので、大気に開放することで充分である。なお、酸素濃度の制限した状態から空気の開放への時期は、必要に応じて適宜選択することが必要となる。
また、酸素濃度を2〜12vol%に維持した容器又は包装資材内に生鮮海産頭足類を1〜3日間入れて保存又は輸送した後、塩水、天然海水又は人工海水からなる液体に浸漬し、表皮色素胞活動能を回復させることもできる。この場合も、同様に、酸素濃度の制限した状態から液体中への浸漬の時期を適宜選択することが必要となる。
【0034】
以上の説明では、主としてイカについて説明したが、タコを含む頭足類全般について共通した結果が得られるものであり、本願発明はこれらの生鮮海産頭足類を全て包含するものである。また、生鮮海産頭足類は、活きている生鮮海産、苦悶死したもの又は即殺による活き絞めしたもの、いずれも使用できることが分る。
さらに、包装生鮮品を、直接氷蔵を行わずに間接氷蔵を行い、氷と生鮮品の直接接触を防止して、保管又は輸送することにより、上記の条件を効率良く維持することが可能となり、生鮮海産頭足類の色素胞活動能を長期間に亘って維持する方法として有効である。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、生鮮海産頭足類の表皮色素胞活動能を維持させる方法は、上記の通り生鮮海産頭足類を、一定の酸素の雰囲気にさらすことによって、頭足類の周囲に一定量の酸素を供給するものである。生鮮品組織の安定的な呼吸環境を維持するとともに神経興奮を制御することによって、嫌気的な条件下で起こるエネルギーレベルの低下を抑制することができ、個体の死後も長期間細胞活性を持続させ、生鮮海産頭足類の表皮の発色を任意に制御でき、生鮮品の鮮度を高く保持できるという優れた効果が得られる。
したがって、本発明は、長期に亘る生鮮海産頭足類の色素胞活動能の維持に極めて有効である。さらに、液中保存の技術に比べて、輸送コストの低減に寄与するだけではなく、作業効率を著しく向上させるためとともに、塩水代や、連続・間歇的に曝気する酸素代などに要する生産コストの低減が可能となり、産業上の大きな利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】イカの保存期間(時間)とイカ表皮の発色率(%)との関係を示す図である。
【図2】筋肉と表皮におけるATPの含量と保存期間の関係を示す図である。
【図3】保存日数が異なるイカをL-Glu及びGABAを含む人工海水へ浸漬させて、発色率の変化を測定した結果を示す図である。
【図4】窒素ガスと酸素ガスを混合して酸素濃度を調製した気体に、イカ外套膜を密封して保存した際の発色率を比較した結果を示す図である。
【図5】イカ外套膜を人工海水に浸漬して密封せずに、液体中で保存した場合の発色率の経時変化示す図である。
【図6】一定期間液体中で保存した後、バットに取り上げて空気中に開放した場合の発色率の変化を示す図である。
【図7】ラップをイカ外套膜の表皮表面に密着することによって、表皮と空気中の酸素との接触を制限した場合の、保存期間と発色率の変化を観察した結果を示す図である。
【図8】一定期間保存した後、ラップを除いて空気中で保存を継続した場合の発色率の変化を追跡した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素濃度を2〜12vol%に維持した気体に生鮮海産頭足類を接触させ、該生鮮海産頭足類の発色を抑制して表皮色素胞活動能を長期に維持させることを特徴とする生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
【請求項2】
密閉された容器又は包装資材内に空気を入れ、さらにこの空気に窒素を導入して前記容器又は包装資材内の酸素濃度を2〜12vol%に維持することを特徴とする請求項1記載の生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
【請求項3】
活きた海産物、苦悶死した又は即殺により活き絞めした生鮮海産頭足類であることを特徴とする請求項1又は2記載の生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
【請求項4】
酸素濃度を2〜12vol%に維持した容器又は包装資材内に生鮮海産頭足類を1〜3日間入れて保存又は輸送した後、塩水、天然海水又は人工海水からなる液体に浸漬し、表皮色素胞活動能を回復させることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。
【請求項5】
酸素濃度を2〜12vol%に維持した容器又は包装資材内に生鮮海産頭足類を1〜3日間入れて保存又は輸送した後、12vol%を超える酸素濃度の気体中に入れて、表皮色素胞の拡張にともなう体色変化を促進することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の生鮮海産頭足類の保存又は輸送方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−237093(P2008−237093A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−81577(P2007−81577)
【出願日】平成19年3月27日(2007.3.27)
【出願人】(000173511)財団法人函館地域産業振興財団 (32)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(505100252)株式会社古清商店 (4)
【Fターム(参考)】