説明

界面活性剤含有排水の処理方法

【課題】 アニオン系界面活性剤の生物易分解性、毒性、濃度などにかかわらず、安定して排水中のアニオン系界面活性剤を処理する方法および装置を提供する。
【解決手段】 上記課題は、アニオン系界面活性剤を含有する排水に3価の鉄を加え、生成した鉄とアニオン系界面活性剤を含む沈殿物を分離することを特徴とする、アニオン系界面活性剤を含有する排水からアニオン系界面活性剤を除去する方法と、装置によって解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニオン系界面活性剤を含む排水を処理する方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
排水中のアニオン系界面活性剤の処理に関する従来技術
(1) 生物処理法
微生物の代謝を利用して排水中のアニオン系界面活性剤を分解する方法(非特許文献1)。
(2) 泡沫分離法
界面活性を有する物質が気‐液界面に吸着する性質を利用して、排水中に気体を導き、アニオン系界面活性剤を泡沫部分に濃縮させる方法(非特許文献1)。
(3) 酸化処理法
オゾンなどの酸化剤を利用してアニオン系界面活性剤を分解する方法(非特許文献2)。
(4) イオン交換法
イオン交換樹脂あるいはイオン交換膜を通して、イオン性物質を吸着、透析させる方法(非特許文献1、2)。
【0003】
【非特許文献1】高橋越民、他、界面活性剤ハンドブック増補8版、工学図書株式会社(1970)
【非特許文献2】水処理管理便覧編集委員会編、水処理管理便覧、丸善株式会社(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
(1) 生物処理法
原理的に微生物の代謝を利用する方法であるため、排水中の界面活性剤の生物易分解性および微生物への毒性が処理効果に大きく影響する。したがって、界面活性剤の種類によっては処理の困難な場合があった。また、処理速度が遅いため処理設備が大型となる、維持管理に生物処理特有の経験を要すといった問題があった。
(2) 泡沫分離法
界面活性剤濃度が限界ミセル濃度以下では泡沫が生成しないため、1)完全に界面活性剤を排水から除去することができず、後段に別の方法による仕上げ処理が必要となる、2)臨界ミセル濃度以下の界面活性剤を含む排水の処理には適用できない、といった問題があった。また、界面活性剤を泡沫へ濃縮できる濃度に限界があるため、高濃度の界面活性剤を含む排水に本法を適用した場合、大量の泡沫が発生し、処理水量/泡沫量の比が増大するといった問題があった。数%の界面活性剤を含む排水に対しては、泡沫量が処理水を上回ってしまう場合もある。
(3) 酸化処理法
微量の界面活性剤を処理するには有効な処理方法であるが、排水中に含まれる界面活性剤の濃度に応じて酸化剤の添加量を増加させる必要があるため、高濃度の界面活性剤を含む排水に対しては大量の酸化剤を使用する必要があり、非常に高コストの処理となるといった問題があった。
(4) イオン交換法
この方法も低濃度の界面活性剤を処理するには有効な方法であるが、排水中に含まれる界面活性剤が高濃度になるほどイオン交換樹脂の再生頻度が多くなり、再生に要する薬品の使用量が嵩むと共に、イオン交換樹脂が劣化して寿命が短くなるといった問題点があった。
【0005】
本発明は、上記のような問題点を解決するためになされたもので、アニオン系界面活性剤の生物易分解性、毒性、濃度などにかかわらず、安定して排水中のアニオン系界面活性剤を処理する方法および装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、かかる目的を達成する手段として、アニオン系界面活性剤を含有する廃水に3価の鉄を加えて、アニオン系界面活性剤とのイオン会合による不溶性塩を形成させて廃水から除去する方法を案出した。そして、この不溶性塩の形成によるアニオン系界面活性剤の除去は、3価の鉄を二プロトン酸として作用する有機配位子と錯体を形成させることによってさらに除去率を高めうることを見出した。形成した不溶性塩はアルカリを加えることによって鉄とアニオン系界面活性剤を分離させ、鉄は不溶性の水酸化物として、また、アニオン系界面活性剤は水溶液に移行しているのでそれぞれを分離回収できる。
【0007】
本発明は、かかる知見に基いてなされたものであり、アニオン系界面活性剤を含有する排水に3価の鉄を加え、生成した鉄とアニオン系界面活性剤を含む沈殿物を分離することを特徴とする、アニオン系界面活性剤を含有する排水からアニオン系界面活性剤を除去する方法と、3価の鉄がニプロトン酸として作用する有機配位子と錯体を形成している、上記記載の方法と、分離した鉄とアニオン系界面活性剤を含む沈殿物にアルカリを加えてアニオン系界面活性剤を遊離させるとともに鉄の水酸化物を沈殿させ、この沈殿物を分離することを特徴とする、上記記載の方法と、それに用いる装置に関するものである。
【発明の効果】
【0008】
アニオン系界面活性剤とカウンターイオンとのイオン会合により不溶性塩を形成させることによりアニオン系界面活性剤を排水中から沈殿除去する方法であるため、アニオン系界面活性剤の生物易分解性、毒性および含有濃度によらず安定した処理が行える。
【0009】
本発明によればアニオン系界面活性剤を回収・再利用できるため、国内生産量の約46%(約5万トン/年)を占めるアニオン系界面活性剤の使用量を大幅に節減でき、界面活性剤による環境汚染の緩和に大いに貢献するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の対象とするアニオン系界面活性剤は、硫酸エステル型、スルホン酸型、リン酸エステル、その他、3価の鉄イオンにより沈殿を生じる一般的なアニオン系界面活性剤である。排水中のアニオン系界面活性剤の濃度は、例えば、陰イオン界面活性剤に含まれるメチレンブルー活性物質がメチレンブルーと反応して生じる青色の錯化合物をクロロホルムで抽出して、これを吸光光度分析法により波長654nm付近で吸光度を測定して、陰イオン界面活性剤としてその濃度を求める方法などが挙げられる。
【0011】
3価の鉄として使用される化合物は水溶性のものであり、例えば塩化第二鉄や硫酸第二鉄などである。
【0012】
3価の鉄に予めイミノ二酢酸(IDA)、フマル酸、シュウ酸など二プロトン酸として作用する有機配位子を添加して錯体を形成させ、該錯体を排水に添加してアニオン系界面活性剤とイオン会合により不溶性塩を形成させることによりアニオン系界面活性剤をより効率よく沈殿除去することができる。ここで、二プロトン酸とは、イオン解離により1分子から2つの水素イオンを放出するプロトン酸を言う。
【0013】
鉄(III)は強く水和しており、アニオン系界面活性剤とのイオン会合体では、その配位子の影響でアニオン系界面活性剤を定量的に沈殿させることは困難である。ここに、二プロトン酸である有機配位子(H2L)を加えると、以下の反応により+1価の鉄錯体が生成する。
[Fe(H2O)63+ +H2L →[Fe(H2O)6・n L]+ 2H+ +n2O
【0014】
ここで、nは二プロトン酸の配位原子数を表す(IDAの場合はn=3)。
生成した[Fe(H2O)6・n L]+は、[Fe(H2O)63+と比較して疎水的であり、且つ[Fe(H2O)6・n L]+に配位している水分子は[Fe(H2O)63+に配位している水分子よりも鉄との結合が弱いため、アニオン系界面活性剤とのイオン会合体の形成において容易に解離することができる。これにより、生成したイオン対はより疎水的な性質を持つことになり、鉄(III)を単独に用いる場合よりも沈殿しやすくなることを見出した。
【0015】
この錯体の形成方法としては、3価の鉄と二プロトン酸とをモル比で0.8:1〜1.2:1程度、好ましくは1:1程度で混合する。
【0016】
尚、カウンターイオンとしては、3価の鉄以外にアルミニウム、ガリウム、インジウムなども使用できる。
【0017】
鉄(III)の添加量(モル数)は、アニオン系界面活性剤の当量((アニオン系界面活性剤のモル数)×(アニオン系界面活性剤1分子あたりの負電荷数))の3分の1以上とする。好ましくは、アニオン系界面活性剤の当量の5分の2以上とする。
【0018】
鉄と二プロトン酸配位子との錯体の添加量(モル数)は、排水中のアニオン系界面活性剤の当量以上とし、好ましくは、1、2倍以上が適当である。
【0019】
アニオン系界面活性剤を含有する排水に3価の鉄を加えることにより、速かに鉄とアニオン系界面活性剤とが反応してフロックを形成し、速かに沈殿する。沈殿時間として数分ないし数十分程度とすることが好ましい。
【0020】
生成したフロックの分離は、沈殿の外、遠心分離、ろ過等の手段で行うこともできる。
上澄水は処理水として排出されるが、必要に応じて上澄水をろ過することにより、より清澄度の高い処理水が得られる。
【0021】
生成した沈殿にアルカリ剤(水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウムなどの溶液のpHを上昇させ、鉄(III)の水酸化物沈殿を定量的に生成することができる物質)を添加して沈殿中のアニオン系界面活性剤のみを可溶化せしめ、鉄水酸化物を分離することが好ましい。
【0022】
生成した沈殿を溶解する際に加えるアルカリ剤は、添加した鉄の濃度、配位子の濃度、及び生成する鉄−配位子錯体の安定度定数を考慮した平衡計算から、鉄(III)が水酸化物として定量的に沈殿するpHになるまで加える。
(この平衡計算方法の具体的説明をお願いします。)
【0023】
たとえば、Fe3+:6、5mM、IDA:6.5mMの場合pHは10以上とする。一般的にはpH10以上にすればよい。反応時間は数分程度、好ましくは5分〜10分程度とする。
【0024】
生成した3価の鉄の水酸化物の分離は、沈殿法によればよいが遠心分離、ろ過等も利用できる。分離した3価の鉄の水酸化物および上澄液中のアニオン系界面活性剤はいずれも回収して再利用することができる。
【0025】
本発明の一実施態様を、図1を参照して説明する。
この装置は、アニオン系界面活性剤‐鉄(III)イオン対を沈殿させる沈殿槽A、水酸化鉄(III)を沈殿させる沈殿槽Bおよび水酸化鉄(III)溶解槽よりなる。
【0026】
沈殿槽Aには、下部に排水供給管が、上部に処理水排出管が、そして底部には沈殿回収管がそれぞれ接続されている。排水供給管の途中には3価の鉄や有機配位子を形成する二プロトン酸の投入管が接続されている。処理水排出管の接続口にはフロックが逃げ出さないようフィルターが装着されている。また、上記の管にはいずれも弁が取付けられていて、開閉および流量調整を行えるようになっている。また、内部をゆっくり攪拌する攪拌翼が設けられている。
【0027】
沈殿槽Aにおいては、途中の投入管から3価の鉄や二プロトン酸が加えられた排水が排水供給管から連続的に投入され、生成したフロックは沈殿する。上澄液は処理水排出管から排出される。沈殿した鉄とアニオン系界面活性剤を含むフロックが連続あるいは断続的に引抜かれて沈殿槽Bに投入させる。
【0028】
沈殿槽Bには、上部にアルカリ剤投入管と上澄液排出管(出口にはやはりフィルターが装着されている。)が接続され、底部には沈殿回収管が接続されている。さらに内部をゆっくり攪拌する攪拌翼が設けられている。
【0029】
沈殿槽Bにおいては、沈殿槽Aから投入された鉄とアニオン系界面活性剤を含むフロックにアルカリ剤が投入されて、アニオン系界面活性剤が遊離されるとともに、3価の鉄は水酸化鉄に変わって沈殿する。遊離されたアニオン系界面活性剤を含む上澄液は上澄液排出管から連続的に排出され、沈殿した水酸化鉄は沈殿回収管から連続あるいは断続的に抜き出されて、水酸化鉄(III)溶解槽に投入される。
【0030】
水酸化鉄(III)溶解槽には、酸投入管と溶液排出管が接続されている。
水酸化鉄(III)溶解槽においては、沈殿槽Bから投入された水酸化鉄が投入された酸によって溶解し、溶解排出管から回収される。
【0031】
上記各槽に接続されている各管にはいずれも弁が取付けられていて、開閉および流量調整を行えるようになっている。本発明の別の実施態様を図2に示す。この装置は、錯体形成槽、混合槽、沈殿槽A、可溶化槽、沈殿槽B及び水酸化鉄(III)溶解槽からなっている。
【0032】
錯体形成槽は、3価の鉄と二プロトン酸として作用する有機化合物を混合して、該有機化合物を有機配位子とする錯体を形成させる槽であり、3価の鉄の投入管、該有機化合物の投入管及び錯体排出管が取付けられている。
【0033】
混合槽は、排水にこの錯体を加えて混合する槽であり、排水供給管と、錯体形成槽の錯体排出管と、混合液排出管が接続されている。
【0034】
沈殿槽Aは、混合槽から排出された、鉄(III)とアニオン系界面活性剤を含むフロックを沈殿させる槽であり、基本構造は、沈殿回収管が混合液排出管であるほかは、図1の沈殿槽Aと同じである。
【0035】
可溶化槽は、沈殿槽Aで分離されたフロックにアルカリ剤を加えて、アニオン系界面活性剤を遊離させるとともに鉄の水酸化物を生成させる槽であり、沈殿槽Aからの沈殿回収管、アルカリ剤投入管および可溶化物排出管が接続されている。
【0036】
沈殿槽Bは、可溶化槽で生成した鉄の水酸化物を沈殿させて遊離したアニオン系界面活性剤と分離する槽であり、基本構造は図1のものと同じである。
(図1の装置に対するメリットの説明をお願いします。)
【実施例1】
【0037】
鉄(III)を単独でカウンターカチオンに用いた場合
アニオン系界面活性剤にドデシルべンゼンスルホン酸ナトリウム(DBS)を、カウンターカチオンに鉄(III)を用いた場合の実施例を以下に示す。
6.5mMのDBS溶液50mLに、1M鉄(III)溶液0.05〜0.50mLを加え攪拌する。これにより、溶液中のDBSは鉄(III)とのイオン対として沈殿する。生成した鉄(III)−DBS沈殿に0.1M水酸化ナトリウム水溶液50mLを加える。これにより、鉄(III)は水酸化物沈殿となり、DBSは溶液中に放出される。
生成した鉄(III)の水酸化物沈殿をろ別した後、ろ液中のDBS濃度を吸光光度法(λ=226nm)により測定した結果を図3に示す。ここで、回収率は以下の式で表させる。
回収率(%)={(ろ液中のDBS濃度)/(DBSの初濃度)}×100
これにより、鉄(III)の添加量がDBSの当量の3分の1以上(この場合、図の横軸の値が2.2×10-3以上)のとき、DBSの回収率は70%程度となる。
【実施例2】
【0038】
鉄(III)‐イミノ二酢酸錯体をカウンターカチオンに用いた場合
アニオン系界面活性剤に、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(DBS)を、カウンター配位子にイミノ二酢酸(IDA)を用いた場合の実施例を以下に示す。6.5×10-3MのIDAと6.5×10-3Mの鉄(III)を含む溶液150mLにDBSを0.34g加え、攪拌し、DBSを鉄(III)‐IDA錯体([Fe(IDA)]+)とのイオン対として沈殿させる。これにより、溶液中のDBSは定量的に沈殿し、溶液より取り除かれる。この沈殿をろ過した後、生成した沈殿に0.1M水酸化ナトリウム水溶液150mLを加え、沈殿中の鉄を水酸化物の形態に変換すると同時に、DBSを溶解する。これにより、DBSは溶液中に回収させる。
【0039】
ろ過中のDBS濃度を吸光光度法(λ=226nm)により測定した結果、DBSの回収率は99%以上となり定量的な回収が可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、アニオン系界面活性剤含有排水に適用されるものであり、アニオン系界面活性剤を安価かつ容易に回収して再利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の一実施態様である装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の別の実施態様である装置の概略構成を示すブロック図である。
【図3】本発明の実施例で得られた、3価の鉄の添加量とアニオン系界面活性剤の回収率との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン系界面活性剤を含有する排水に3価の鉄を加え、生成した鉄とアニオン系界面活性剤を含む沈殿物を分離することを特徴とする、アニオン系界面活性剤を含有する排水からアニオン系界面活性剤を除去する方法
【請求項2】
3価の鉄がニプロトン酸として作用する有機配位子と錯体を形成している、請求項1記載の方法
【請求項3】
有機配位子がジカルボン酸である、請求項2記載の方法
【請求項4】
分離した鉄とアニオン系界面活性剤を含む沈殿物にアルカリを加えてアニオン系界面活性剤を遊離させるとともに鉄の水酸化物を沈殿させ、この沈殿物を分離することを特徴とする、請求項1、2又は3記載の方法
【請求項5】
3価の鉄と二プロトン酸として作用する有機化合物を混合して該有機化合物を有機配位子とする錯体を形成させる錯体形成槽、該錯体形成槽から排出された錯体をアニオン系界面活性剤を含有する排水に加えて混合する混合槽、混合槽から排出された、鉄とアニオン系界面活性剤を含む生成物を沈殿させる沈殿槽、沈殿槽で分離された沈殿物にアルカリ水溶液を加えてアニオン系界面活性剤を遊離させるとともに鉄の水酸化物を生成させる可溶化槽、可溶化槽で生成した鉄の水酸化物を沈殿させて遊離したアニオン系界面活性剤と分離する沈殿槽よりなる、アニオン系界面活性剤を含有する排水の処理装置

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−255523(P2006−255523A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−73443(P2005−73443)
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】